練習 7
クッキーの箱を両手に持ち、交互に首を振る姿を見て思わずくだらない感想が口から漏れた。
「なんだか怪しげな宗教みたいだぞ」
幸い俺の戯言は3人の耳には入らなかったようだ。
しかし、何時も思うことだがハルヒのあの自信は何処から来るんだろうね。
まさかこんな下らない事で何かトラブルを起こしたりするんじゃないだろうな。
「大丈夫でしょう。ダンボールが必要になるような事態なら一介の高校生でも解決出来ますよ」
「うわっ!?」
今度はお前か、古泉。
いきなり後ろに回りこみやがって。今の今まで俺の正面で悩んでただろうが。
朝比奈さんと入れ替わってるのか。古泉の席に座りにこやかに手を振っている。
いや、朝比奈さんと入れ替わったことに文句はない。寧ろそうしてほしい位だ。だが、お前は来なくていい。
しかし何だ、アレか。急にこんな事をして。マジシャンにでもなるつもりか。
「残念ながら超能力者で。しかもそんな便利な能力でもありません」
冗談だ。真面目に受け取るな。
それとだ古泉。いいか、俺の後ろに立つな。何か危険なものを感じる。
「それは失礼を」
大げさに肩をすくめ、やれやれといった感じの古泉。
「あ、あの~。クッキーを食べるならお茶じゃなくて紅茶にしますか?」
朝倉が入ってきてから蚊帳の外だった朝比奈さんが手を上げながら提案する。
「さっすがみくるちゃん!紅茶を用意しておくなんて流石ね!」
「は、はい。ちょうど昨日から美味しい紅茶の入れ方をテレビでやってたもので」
「それなら早速頂きましょ!朝倉。その辺の椅子に適当に座って」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ハルヒは自分の席に戻り、朝比奈さんは紅茶を入れる準備を。そして朝倉はというと
「こんにちわ。そこ良いかしら」
折りたたみ椅子を持って俺の横を指差していた。
「イカン事はないが。なぜ俺の隣なんだ」
「同じクラスの好でしょ?」
「それはそうだが」
ちらりと長門を見やる。
クッキーを両手に持ったまま、こっちを何の感情も読み取れない真っ暗な瞳でこちらを見ている。
違うぞ長門。勘違いするな。これは朝倉が勝手にやってることなんだ。
俺の本意じゃない。いや、それなら断れという事か。
「あら。ここでどんな理由をつけて断るつもり?涼宮さんに怪しまれるわよ?」
何を怪しむって言うんだ。
しかしハルヒのことだ。どんな発想をするか想像できん。
そうなると朝倉のいうことも一理ある。これは困ったぞ。
「大丈夫。こうすれば良い」
俺が悩んでいる間に、長門が椅子を持って俺の後ろに立っていた。
ということは古泉は何処へ行ったんだ?
朝比奈さんが座っていた元の席に戻って俺に向かって手を振っている。
また何時の間に。やっぱりお前、超能力のほかに何か出来るんじゃないか?
「ここに座る」
要らん事を考えているうちに長門は俺の左隣に陣取った。
「それじゃ私もここで良いって事ね」
そして朝倉は俺の右隣に椅子を設置する。
「こらー!そこの二人!キョンから離れなさい!」
今度はハルヒか。なんだ、お前まで椅子を持って何をするつもりなんだ。
しかも離れなさいとは何だ。まるで俺が何か悪いことでもするみたいじゃないか。
「そうよ!それ以外に何があるって言うのよ!」
「ちょっと待ってくれ。俺がなにか如何わしいことでもしたことがあるのか?」
「これからするかもしれないでしょ!それに有希は大人しいからアンタが強引に迫ったら拒否できないじゃない!」
残念だがそれはない。大体な……
「はい、みなさーん。紅茶が入りましたよ~」
ハルヒがもう一言俺に何か言おうとしたところで朝比奈さんの天の声。
なんていいタイミングなんだ。まるで図ったようじゃないですか。
「ええ、ちゃんと図ってましたよ?ほら」
朝比奈さんは俺に古びた懐中時計を見せてくれる。
いや、紅茶のアレではなくて、その。まぁいいです。
「よーし。みんな良いわね?紅茶が行き届いたらクッキー大食い大会よ!」
ハルヒ、二人の座る位置に関してもう言うことはないのか。無いならそれで構わんのだが。
それともう一つ。それは長門のおやつなんだぞ。今日一日で食べきるつもりか。
「大丈夫よ。長門さんの家にも送っておいたから」
そういう問題じゃない。
「あー美味しかった」
結局大食い大会は開催され、ハルヒと長門の一騎打ちとなった。
そもそも乗り気だったのはハルヒだけであったし、長門が結構な量を食べるから自然とそうなった形だ。
「殆どなくなっちゃったわね」
ダンボールを覗き込み、困ったように眉を下げてみせる朝倉。
俺は寧ろ残ったことに驚きだ。今日はハルヒの分が余計だったわけだし。
「それもそうね」
しかし、長門とハルヒのあの細い身体の何処にアレだけ入るスペースがあるんだろうね。
テレビで見るような大食い選手なんかは腹周りが凄い膨らんでいたぞ。
長門は宇宙的な何かかもしれんが、ハルヒは本当に謎だ。
「さて。お腹も一杯になったし今日は解散ね」
ハルヒの一声に各々が帰る準備を始める。
俺と古泉は朝比奈さんの着替えのために一足先に部室を出なければならない。
オトコ連中は、特に片付ける物もないので素早く出て行くことが出来る。
「それではボクは一足先に失礼させていただきます」
いつものニヤケ顔で挨拶をして古泉はさっさと部室を出て行った。
今日はハルヒの機嫌も良かったからな。たまにはお前もゆっくり過ごしたいだろう。
「それじゃ私たちも帰りましょうか」
「うん?」
朝倉が帰ろうと言う。
何で俺を誘うんだ。同じマンションの長門と一緒に帰ればいいだろう?
「駄目よ。長門さんがあなたと一緒に帰りたがるんだから」
「そうなのか、ながぁっ!?」
後ろにいるだろう長門に聞くために、振り返ろうとした俺の手間を省いてくれるやつがいた。
いきなり襟首を後ろから掴み、強引に自分へ向かせた。
「ちょっとキョン!有希と一緒に帰るってどういうことよ!?」
口から飛ぶ唾がかかりそうな程、顔を近づける。
お前はいつもそうだな。教室に居るときも、もう少し離れて喋ってくれ。ちゃんと聞こえてるからさ。
「待て。よく朝倉の話を聞くんだ。"長門が"だ。俺がじゃない」
「あら、そうだった?」
こいつ。わざとやってるんじゃないだろうな。
「あなたは帰りたくない?」
「は!?」
ハルヒの横で俺の袖を引っ張りながら、留守番を頼まれ寂しそうにする長門がいた。
うぅ。その顔に袖を引っ張る仕草は販促だ。いや、反則だ。
「いや、そういうわけじゃないだ、長門。これは何と言うか」
「何をごちゃごちゃ言ってんのよ」
「あら。キョン君にしては歯切れが悪いわね」
くそ、朝倉。お前が要らんことを言うからこうなってるんだろうが。
襟を掴むハルヒ、袖を掴む長門。正面でニコニコ笑う朝倉。
傍から見れば俺を取り合う3人の美女といった感じに見えるかもしれんが、そんな生易しいもんじゃない。
下手をしなくても命に関わるような事態が、一瞬後には訪れるかもしれないんだ。
「もう良いわ。今日はアタシも一緒に帰ることにするから」
「仕方ない。この状況を穏便に打破するいいアイデア」
「うーん。私としてはちょっと残念かな」
やっと二人から解放される。
おい、朝倉。指をアゴに当てながらにっこりしてみたって可愛くないぞ。
ほれ見てみろ。長門だって少し残念そうな顔をしてるじゃないか。
「キョンはちょっとだまっ……!」
「あの~、みなさーん」
またもハルヒの発言を遮るように声を上げた朝比奈さん。
ああ、やはりあなたは輝いて見えますよ。今日は特にそうだ。
「早く着替えたいんですけど……」
「「あっ」」
「あら。御免なさい」
俺たちは朝比奈さんのために、そそくさと部室を後にした。
結局4人で帰る事になり、坂を下りたところで長門と朝倉、ハルヒと別れることになった。
普段からそれほど積極的に長門と下校していた訳ではないが、いざ出来なくなると寂しいもんだ。
これも今日限りのことなら我慢できるが、朝倉が特別団員になった今、それも期待できない。
ハルヒの世話だけでも大変だっていうのに、朝倉まで入ってきたら一体どうなるんだ。
「美人が一人増えるだけよね?」
勘弁してくれ。
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