練習 14
「キョン!食堂に行くわよ!」
4時限目の終了のチャイムとともに教室を飛び出していくハルヒが俺の襟首を掴んだ。
クラスメイト注目の中、ドナドナの子牛のように引き摺られていく。
なあ、ハルヒ。俺は母親の作った愛情たっぷりの弁当が食べたいんだが。
「育ち盛りなんでしょ!部活中に食べればいいじゃない!」
どういう理屈だ。そりゃ確かに夕方になれば腹は減る。
だがそれとこれとじゃ話が違うだろ。それと。俺は食堂で食べる金なんぞは持ってきてないぞ。
「今日はSOS団の親睦を深める昼食会なんだから私が奢ってあげるわよ!」
それは結構なことだがそんな話は初めて聞いたぞ。
「そりゃそうよ。アンタには初めて言ったんだから」
ここは怒るところだろうか、それとも冷静に突っ込みを入れるべきだろうか。
しかも親睦会とやらを今日やる意味が分からん。別に休日の不思議探索のときでも良いだろう?
「朝倉が特別団員になったんだから、そのためよ」
休日にやらない意味になってないぞ。
「さあ着いたわ!」
結局引き摺られたまま食堂へ到着。すると何だ。俺はこの人通りの多い中ハルヒに引き摺られていたのか。
「お疲れ様です」
先に到着していた古泉がいつものニヤケ顔で手を差し出す。まったくだ。よければ代わってやってもいいぞ?
「遠慮しておきます。僕には大それた役ですから」
古泉の手を借り立ち上がる。
既に食堂は混み始めていた。これは早く中に入らないといかんな。
「その辺は私に任せなさい!」
気勢を上げるとハルヒは人ごみの中に突入していった。ハルヒ、元気なのは真にいい事だが人様に迷惑をかけるなよ。
人ごみに消える黄色いリボンを見送ると、長門に朝比奈さん、そして今日の主役が到着した。
「今日は涼宮さんがご馳走してくれるんですって。楽しみですね」
そうですね、俺もそう思いますよ。
「早く席を確保するべき」
さすが長門、冷静な分析だ。早速そうするか。
「今日は長門さんの分も作らなくて楽させて貰っちゃった」
なんだと朝倉。今日の話は昨日聞いてたって事か。
くそ。なんで俺だけいきなり連れてこられる羽目に会うんだ。
「ふふ。モテモテね、キョン君」
意味が分からんぞ、朝倉。
思いがけないハルヒの行動で豪華な昼飯になったが、その代わりに食べなかった弁当をどうするか考えていた。
そりゃ俺だって健康な育ち盛りだから、昼を食べても夕方には腹が減る。
だが何時も何時も腹ペコ小僧なわけじゃない。
「さて。どうしたもんかね」
たいした解決策の思いつかないまま授業は終わり、部室の前にいる。
ノックをして返事が無いことを確認し、ドアを開ける。
そこにはいつもと変わらぬ長門の姿があった。
「長門。暗いのは分かるが直射日光で本を読むと目を悪くするらしいぞ」
「メガネ属性は無い」
「そういう意味じゃない」
何事も無かったかのように視線を本に戻す。
全く、要らん心配ばかりして。別にメガネをかけるようになることを心配したわけじゃない。
いやそうじゃなくてだな。目が悪くなってはダメだと思って、メガネをかけてくれるな……ああ、違う。
誰に言い訳するでもなしに悩んでいるのがバカらしくなり、定位置に腰を下ろす。
「ふう。それにしても誰も来ないな」
どうやっているかは知らんが、長門は大体一番乗りだ。
次に朝比奈さんか、古泉。ハルヒは同じクラスなのでそれほど違うことは無い。特別団員の朝倉もそうか。
そうなると俺がここにいてハルヒと朝倉がいない理由が分からん。
何か別の用事でも出来たのだろうか。
「来て欲しい?」
いや、あの二人がいないほうが平和なんでね。俺にとっては特に。
ただ、ここにいないと何をやっているのか不安になるだろう?何か悪いことでも企んでいるんじゃなかろうか、とか。
「腹ごしらえをして備えるべき」
そうだな。腹が減っては戦は出来ぬというし。
お茶を入れるために立ち上がると、長門も本を閉じ席を立った。
ポットの置いてあるロッカーの前にしゃがみ込み、中からダンボールを引っ張り出す。
ちょっと待て。そのダンボールはどう贔屓目に見てもその中には入りきらない大きさだろう。
「問題ない。涼宮ハルヒも承知している」
アイツは不思議探しのために休日を潰すくせに、身近な不可思議に気づかんとはどういう神経をしているんだ。
「あなたも食べる?」
身体に不釣合いなほど大きなダンボールを抱える長門。
せっかく聞いてもらって悪いんだが、俺は食べるものがあるんでな。それは必要ない。
「残念」
まったく重さを感じさせない動作で床に置き、元の場所に戻す。
やはり不自然だ。重さを感じないのも奥行きよりも大きなダンボールが入っていく様子も。
「改善する」
いや、良い。
今日から突然入らなくなったら、ハルヒのヤツがどうしてそうなったか騒ぐだろうしな。
それに重たいものを持つときは言ってくれ。そのぐらいのことは出来る。
聞こえていたのか心配になるが、長門は静かに引き戸を閉め、本を取り定位置に席を移した。
「さて。お茶でも入れて弁当を片付けるとするか」
急須にお湯を注ぎ、湯飲みを二つ持って席に戻る。
お茶が出るのを待ってもいいが、他のメンバーが来る前に食べておくべきだろう。
鞄から弁当を取り出し、箸を持って頂きますと言ったところで視線を感じた。
「どうした長門。何か気になるか?」
「それは昼時に食べるもの」
「そうなんだが、今日は親睦会があったろう?それでこの弁当を食べられなかったんだ」
納得したような長門は本を置くと、椅子を持って俺の横に陣取る。
どうした。この弁当が気になるか?
「なる」
この辺の感覚は宇宙共通なんだろうか。俺も人の弁当は気になるタイプだ。
「それは?」
これは玉子焼きだ。これは何処の家庭でも入れるんじゃなかろうか。
直ぐに作れるし彩りもいい。そして何よりタマゴは物価の優等生だ。
長門、というか朝倉が作ってくれるのには入ってないのか?
「入っている」
それなら気にならんだろう。
「砂糖。それとも醤油」
そういう事か。我が家の玉子焼きは少し甘めだぞ。長門はどうだ。
「出汁」
出汁巻きか。そりゃまた豪勢な。さすが朝倉といったところか。
「甘い玉子焼きの情報が必要」
そんな大げさな。一つ欲しいならそう言えばいい。
「心外」
ははは、そういう事にしておいてやるよ。
余りからかうとご機嫌を損ねるかもしれん。この辺にしておいて半分に千切ったものを摘む。
「長門、もう少しこっちへ来い」
中腰になり身を乗り出す。
行儀がイイわけではないが、手皿をして長門に食べさせてやる。
「あーん」
玉子焼きより少し大きめに開けられた口に乗せる。
あむっと閉じられた口から箸を引き抜くと、もぐもぐと頬を動かし始めた。
「どうだ。初めての味は」
まだもぐもぐとしている。
味の分析には時間がかかるらしいが、視線が弁当箱を捕らえていることに気がついた。
これは次に貰う算段をしているんだな。
これは気づかない振りをしてやるべきだろう。
「美味しい」
喜べ母よ。グルメハンター長門の舌に敵ったらしいぞ、我が家の玉子焼きは。
長門の視線に気づかない俺は次のおかずに箸を伸ばす。
「もう少しサンプルが必要」
そら来た。やはりもう一口食べたかったらしい。
食べている振りをしながら、この台詞を考えていたかと思うと笑いが漏れる。
「ほれ。もう半分だ」
頷きもせず口を開けて待つ。
雛に餌を与える母鳥の気持ちというのは、こういった感じなんだろうな。
「もうない」
今度は早かったな。
でも俺だって玉子焼きを食べたいんだ。これは我慢してくれ。
口を閉じ、椅子に深く腰掛ける。
素直に引いてくれたのは助かるが、そのジリジリとした視線を投げかけるのは止めてくれ。
素早く放り込み、さっさと食べてしまう。勿体無い食べ方だがしょうがない。
「それは」
「これか?これはから揚げだ」
「から揚げは知っている」
「でも朝倉のは手作りだろう。これは冷凍食品だ」
知らないワードを聞かされて俄然興味を持ったようだ。
お尻は椅子につけたまま、上半身を乗り出している。おいおい、そんなにくっ付くな。
ほら、一つくれてやるから。
から揚げを箸で摘んだころには口を開けて待っている。
これは少し大きめだが上手く半分に出来なかったんでな。丸ごと一つ口に入れてやった。
うん、口を大きく開けることを教えておいて正解だ。
「どうだ。さすがに味は少し落ちると思うがな」
「濃い。冷たい」
きっと万人向けにするとそうなるんだろう。俺の家は少し薄味らしいな。
それに冷めているというのは勘弁してくれ。俺の弁当箱は普通のプラスチック製なんだ。
「普通は温かくない?」
そういう弁当箱もある。
だが、そういうのは嵩張るし、普通弁当は冷まして詰めるものなんだ。食中毒とか気になるしな。
「勉強になる」
そういう事だ。もし自分で作るときは是非そうしてくれ。
「そうする」
結局ご飯も含めて半分以上を長門に取られてしまった。それほど腹も減っていない俺としては助かったが。
そんな風に弁当を食べ終わったときの長門の一言が気になった。
「あなたは作れる?」
色々教えてやった俺だが、実際自分で作ったことなんて無い。
いつかチャンスがあれば長門と一緒に作るのもイイかも知れんな。
季節的に外で食べるのはもう遅い。だが弁当だからといって別に家の中で食べても構わんだろう。
長門と一緒なら楽しそうだしな。
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