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2006年12月19日 (火)

練習 22


 
「もうこんな時間。夕飯の準備しなくちゃ」
 みたらし団子を食べ終わるにはさして時間は掛からなかったが、朝倉の淹れたお茶を啜りつつのんびりしていたらこの時間だ。
この季節。6時ともなれば真っ暗だ。
さて、なら俺も帰ろうとしようかね。

朝倉が鞄を持って立ち上がりリビングを出て行ったのに続こうとすると、身体が何かに引っ掛かる。
違和感があるのは左腕だ。視線を二の腕から順に先へ送っていくと。
「……長」
 そこまで言って口を噤んだ。
顔は朝倉のほうへ向けていて、表情こそしっかり読み取れないが、何と言うかその雰囲気ってヤツだ。
それに掴んでいる袖は、朝倉からは炬燵で死角になっている。
長門が俺の方に寄りすぎだとか、朝倉相手に死角程度でどうこうなるとは思ってない。
しかしだ。"死角になるような場所で俺の袖を掴んでいる"というのが重要なんだろう。
だから俺は黙って、上げかけた腰をゆっくりと下ろした。
「それじゃあね。準備が出来たら戻ってくるから」
「分かった」
「それじゃあね」
 朝倉は声だけで、顔を見せずそれだけ言うと自分の家に帰っていった。

 靴をひっかけ爪先で床を叩いている音は聞こえたが、あの重い扉を開けたのは聞こえなかった。
出て行った振りをして実はまだ中にいるんじゃないとも思ったが、夕飯の用意をするという。
時間も時間だ。嘘まで言ったりはせんだろう。
長門のご飯を用意する朝倉。
あれだけの量を用意するのは相当骨の折れる仕事だろうに、あっという間に平らげる長門を見て幸せそうにしている。
今頃自宅の台所で長門の喜ぶ顔でも浮かべながら、鼻歌交じりに作ってるんだろうなあ。
そう考えると、俺も何か長門に作ってやりたくなる。
「……(ズズ」
 返事をするようなタイミングで一啜りする。
ふむ。そういえば以前、弁当でも作るかと言ってたような気がするな。
俺の余り容量の多いとは言えん記憶が確かならばだ。
そうだな、次の不思議探索の時にでも……いや、それは無理か。
俺と長門だけで回る事も出来るが、余りインチキや操作の類をさせたくない。
いや、待てよ。朝倉と協力して2人で全員分作るというのはどうだ?
それなら上手く話をつけて全員で食べる事も出来るし、なにより俺の懐に優しい。
ハルヒは突然言い出す上に、そうでない時にはギリギリまで黙っている事があるから難しいだろうか。
今は朝倉を通じて情報が入るから大丈夫か。
うん、よし。今度そうやって長門に弁当の一つでも……
「どうした、長門」
 勘違いか。今こっちを向いてたような気がしたんだが。
先ほどと変わらず黙ってお茶を啜っている。やはり勘違いみたいだ。
手持ち無沙汰だ。もう一杯飲むとするか。
急須が軽い。いつの間にか空になってたみたいだな。
仕方ない、自分で淹れるとするか。
「長門。電気ポットの類はあるか?」
「台所に」
「ああ、分かった。ちょっと待っててくれ」
 よっこらせ、思わず年寄り臭い声が口から漏れちまった。
これは年齢に関係なく日本人の身体に染み付いた何かなんだろうな、きっと。
あのニヤケ顔が張り付いている古泉も、一人で油断したときは言うんだろうと思えば笑いが止まらん。
くっくっく、こりゃ傑作だ。
炬燵から出ると寒く感じるな、やはり。早く用を済ませて戻るとするか。
台所に行けば目的のものは直ぐに見つかった。
炊飯器の隣においてある。こういうのは大体どこの家でも一緒なのかね。
蓋を開けてお湯を注ぐ。ポットの中身は随分余裕があった。今から沸かし直す羽目に遭わなくて助かったよ。
よし、コレでいいか。
急須を持って炬燵に戻る。
長門は自分の湯飲みを俺が座っていたところに置いていた。
お茶がなくなったんだろう。これは俺に注げということだな。はいはい、仰せのままに。
ぐるりと炬燵を回りこみ、急須を置いて元の位置に腰を下ろす。
長門、直ぐに欲しいわけじゃないんだろう?なら少し蒸らした方がいい。
こうやってちょっと待つのも良いもんだ。
「……」
 すっと湯飲みを戻す長門。
どうせ既製品のパックのお茶だ。気分だけでも美味しく感じる方が良いだろう?
実際は大して味に変化がなかったとしても、だ。
それに聞いた話によると90秒ぐらいらしい。待つといっても大した時間じゃない。これぐらいの余裕は欲しいとこだ。
「ふぅ、やっぱり冬は炬燵に限るな」
 足をごっそり、手も炬燵に突っ込み身体を寄せる。
この部屋は炬燵以外に暖房の類はないように見えるが、その割に暖かい。
最近はもっぱらエアコンが主流になってるようだが、やはり炬燵だろう。
これが一つ部屋の真ん中に置いてあるだけで、みんなが集まってくる。
同じ場所に足を入れて、テーブルの上で食事をしても良いし、ゲームでだって良い。
のんびりテレビでも見ながらミカンを食べるのだってありだ。
そうやって人を集めてしまえる不思議な魔力を持っている、それが炬燵だ。
「ん。そろそろ良いだろう」
 のそのそと手を出し急須を揺する。
テーブルの上を滑るように湯飲みを寄せる長門。
まずは長門の湯のみ、次は俺のだ。少しずつ交互にお茶を注ぐ。
こうするとお茶の濃さが均等になるらしい。さっきは朝倉もやってたな、流石だ。
お茶を注ぎ終わり、長門に湯飲みを返してやると、黙って受け取る。
フーフーと冷ますようにしてはテーブルに戻す。
淹れたてだからな、まだ熱いだろう。湯飲みを触ったときにそれは分かっていた。
両手で湯飲みを掴む。あ~、こうやって温まるのもいいぞー。
それにこの湯飲みはわざわざ俺の為に買ってくれたというじゃないか。余計暖かい気がするぞ。
俺がそうやって暖を取っていると、長門も同じようにしていた。
「どうだ、長門。熱くて飲めないだろうお茶は、こうしてれば良い」
「生活の知恵」
 いや、そんな大げさなモンじゃない。
冬の寒い日に温かい缶ジュースでも買うと自然にそうするしな。
「分からない」
 今度外に出かけた日にでもしてみるか。
でも寒くなくちゃいかん、そうでなけりゃ効果薄いだろうからな。
学校帰りでもいいし、不思議探索の日だって良いだろう。いつか出かけたときにな。
「お弁当もその時に?」
 弁当?ああ、そうだな。そういや、そんな事も考えてたな。
どうして長門が知ってるんだ。若しかして知らないうちに声にでも出してたか?
「目は口ほどにモノを言う」
 なるほど。俺が長門の表情を読みきるように、長門も俺の表情から情報を読み取ったというわけか。
流石だと言いたい所だが、俺にだって出来る事だ。万能宇宙少女の長門にしてみたら朝飯前にもならん事だろう。
「これは私だけの事ではない」
 そうなのか?他だと誰だ。朝倉か?それなら納得するが。
「古泉一樹」
 冗談でも止めてくれ。暖房器具のない部室かと錯覚するぐらい寒くなったぞ。
脇の下をツーっと汗が落ち、手の平に汗がじっとりと滲む。
アイツが俺の表情から色々情報を読み取っているなんて冗談じゃない。
明日からどんな顔をして部活に顔を出せば良いんだ。いっそのことお面でもつけていくか。
「ユニーク」
 それはお面を付けていくという発想なのか、それともお面をつけた俺の顔を想像しての事なのか。
「両方」
 そりゃ結構な事で。

「長門。もう一杯飲むか」
 短く肯定の意を示す。
急須を傾けてやると出が悪い。もう軽かったしな、これで最後だろう。
蓋を押さえ更に傾ける。最後の一滴まで注ぎきるのが美味いらしい。
「ゴールデンドロップ」
 そりゃ紅茶の話だ。
最後の一滴まで注ぎきる、という点においては一緒だが意味まで同じかどうかは知らん。
綺麗に注ぎ終わり、湯飲みを返してやる。
随分冷めているから飲みやすくなってるだろう。
受け取った長門はそのままズズ、と口をつけた。
「ふぅ。もうこんな時間か」
 外を見ると、他の家々やビル、街灯の明かりがはっきりとしている。
そもそも長門の部屋に来た時点で暗かったんだ。今更何を言ってるんだとも思わん。
しっかし。長門は何を思って俺を呼び止めたんだろうな。
アレから特に何をしたわけでもない。二人で黙ってお茶を何杯か飲んだだけだ。
もちろん、その度にお茶を注ぎ急須にお湯を入れたのは俺だが。
ふむ、どうしたもんかね。
呼び止めた長門から何か言ってくれんと分からん。特に今日は表情が読めんからな。
これだけ二人きりなら長門でも何かしら言いそうなもんだ。今日のところは引き上げるとするか。
……待てよ。二人きり、か。そういえば随分久しぶりのような気もする。
幾度か出かけた事もあるし、部室でも何かと一緒になる事も多い。
それが朝倉が頻繁に間に入るようになってから、そういう事も少なくなっていた。
以前は長門に直接聞いていたことでも、最近は朝倉を通して知る事もある。
今日も朝倉との会話が多かったんじゃなかろうか。
そうだな。普段無口な分、隣によくお喋りをするヤツがいればそっちに傾くのも当然の流れだろ?
いや、こんな事を言い訳がましく言うもんじゃない。
事実、長門と一緒にいる時間は変わらなくても「二人きり」というのは確実に少なかったはずだ。
もしかしたら。これが俺の自惚れじゃなければだ。
俺と、別に何をするでもなく一緒に居たかったから呼び止めたのか。
くそ、なんて可愛いんだ。
つま先からムズムズと上ってくる何ともいえない感覚と共に、後悔の念も湧き上がってきた。
普段から長門の意図を読めていた、分かってる。
全く分かってなかった。なんてお調子者なんだ、俺は。
こんな事わざわざ長門から言わせるなんて、情けない。情けない……
「なあ、長門。今度の日曜のことなだが」
「なに」
 罪滅ぼし、にしては随分と軽い。しかも俺の自己満足に過ぎないことだ。
許してくれとは言わん。
「どうせハルヒのヤツが恒例行事に乗り出すはずだ」
「天気予報によれば11月上旬並み。その可能性は高い」
「そこでだ。"二人"で弁当を作らないか?」
「……」
 明らかに目を丸くする。他の連中にしてみれば大した事ないかもしれんが、長門にしてみれば結構な変化だ。
意外だったのか?まさか俺が行動を起こさないとでも。
いかん、これは随分長門をがっかりさせていたな。
よし。期待してくれよ、長門。時間は少ないが明日から特訓だ。
「期待してる」
 その台詞も久しぶりに聞くぞ。
だが余り期待しないでくれ、授業のアレぐらいでしかやった事などなんだ。
「弱気は禁物」
 ああ、やる前からこんな調子じゃ駄目だな。
「テキストなら任せて」
 いつかの図書カード。
SOS団の活動が終わってからじゃ、街の図書館は無理そうだ。
とりあえず学校の図書室で済まそう。
「残念、」
 それもたま今度だな。天気の良い日に活動のないことを祈っててくれ。
でもな、インチキはなしだぞ。フェアじゃない。
天気を変えるのは良くないんだろう?
「そう」
 取りあえずは、長門の下に敵った弁当を作る母に教えを請うとするか。
まさか不思議探索の日を待ち遠しく思う日がくるとはね。世の中何が起こるか分からんもんだ。

  

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