練習 26
「ふぇーん」
嘘泣きで最後の抵抗を試みる妹。
俺には嘘と分かっているから問題ないが、気の毒に思ったのか朝倉は違った反応を見せた。
「ねえキョン君。炬燵の上にミカンは備えておくものでしょ?」
「あ、ああ。そうだな。籠に盛っておくか」
「ふうん。妹さん、籠もってらっしゃいな」
相槌を打ち、一瞬考えるようにした朝倉は妹にそう告げた。
俺はただ驚き、それを表に出さないようにしていたが、妹はすぐさま立ち上がりリビングに駆けていった。
「あら、泣いてたと思ったのに」
「ありゃ嘘泣きというんだ」
「覚えておこうっと。うふふ」
この"覚えておこう"というのは、勿論自分で使うという意味だろうな。
妹。お前はとんでもないヤツに嘘泣きの実演をしちまったんだぞ、どうしてくれる。
それと引き換えがミカンじゃ割りにあわないぜ、全く。
「何処で使っちゃおうかな。二人っきりのときじゃ面白くないわよね」
勘弁してくれ。
結局どのぐらい貰ったかと言えば、かなり大き目の籠に山盛りだった。
一家族で食べるには少し少ないような気もするが、妹はこれで満足したらしい。良かったな、妹よ。
「それじゃ今度こそお暇させていただくわ」
大きなダンボールを抱え上げる。
このまま持って帰らせるわけだ。きっと長門には俺が当てたことを言うだろう。
別に何も問題はない。玄関先で見送ってやれば良いんだ。まだ部屋の掃除もあるしな。
「ちょっと待ってろ。それは俺が運ぶ」
「なあに。私が手柄を横取りするかと心配になった?」
「まさか。お前はそんなことしないだろう」
部屋にコートを取りに戻った。
「……私って結構信頼されてるのね」
妹に少し出かけてくると伝言を頼み、朝倉と一緒に家を出た。
「ご飯までには帰ってくるんだよー」だと。俺は小学生か。
ダンボールを受け取り、二人で並んで歩く。
流石に家の用事で忙しいのか人通りも疎らだ。これから3日ほどはこういう光景が続くんだろうな。
「重くない?」
「腕がだるくなったら代わってもらう。安心しろ」
これだけ人通りも少なければ朝倉に持たせても構わんか。それでも自分で言い出したことだ。
「やっぱり私が持つわ。このままじゃ日が暮れちゃう」
確かに。日が暮れるというのは大げさだが、長門のマンションまでのんびり歩いてちゃ遅くなっちまう。
我ながら情けない限りだが、ここは朝倉の言う通りにするか。
「うんしょ。じゃあ、私は先に行ってるから後から追いかけてきてね」
「余り薦められることじゃないが仕方ない。人に見つからないようにしろよ」
「心配性ね」
ダンボールを受け取った朝倉は呆れたように呟くと、足取りも軽くマンションに向かって走り出した。
後ろに棚引く長い髪が冬の太陽の日差しを反射している。
天気は良いが夏なんかに比べると弱い日差しの下で見るとまた違った印象だ。
今日は一日部屋の掃除や何かに費やすつもりだったが、出かけて正解だったかな。
段々と小さくなっていく朝倉を眺めながら、ボンヤリとそんな事を考えていた。
「もう、私が持ってあげたのに何のんびりしてたの?」
「はぁはぁはぁ……んは、はあ。す、すまん」
まさか本当のことを言うわけにもいかず、息苦しさを言い訳に言葉を濁しておいた。
朝倉の言う通り番号を打ち込み自動扉をあけ中に入る。
管理人の爺さんを適当にやり過ごし長門の部屋へ。
「こんにちわ、長門さん」
「急に来て悪かったな」
ドテラを着込んだ長門はフルフルと首を横に振った。
「はい、これ。キョン君からの差し入れ」
「なに」
「お正月には欠かせないものよ」
まるで何も入ってないかのようにダンボールの受け渡しをする二人。もう見慣れた光景で特に思うこともない。
「あがっていって」
その場に杭が刺さったように全く動かずに、くるりと踵を返して奥へ引っ込んでいく。
「それじゃお邪魔しましょうか」
俺たちが一足遅れてリビングに入る頃には、炬燵テーブルの上にミカンを並べ始めていた。
ダンボールから右手から左手、そしてテーブルの上と全く淀むことなく。
しかしミカンよ。籠に盛られているお前は本当に美味そうなのだが、ただ整然と並べられているとそれ程でもないな。
やはり冬の風物詩。ここは籠が必要だろう。
「ね?私の言ったとおりでしょ」
ああ、全くだ。
「それに今年はおミカン高いから懸賞で当てておいて正解」
そうらしいな。母親がぼやいてたぞ。
「それじゃ3人でやりましょうか」
何処からか取り出したるは、贈答用かと思われる大きな籠だった。
もう何も言うまい。準備のいい女だと思っておこう。
「実はキョン君が見てない間にお台所から持ってきたんだけどね」
そりゃ悪うござんした。
「はい、あーん」
ミカンの皮を剥いては長門に食べさせている朝倉。
長門は長門で自分でミカンを剥いている。そんなに食べてると黄色くなってしまいますよ。
ところで、ミカンといえばあの白いスジ。口に残るのが嫌なようで珍しく渋い顔をしていたが
「ここに栄養があるんですって。残しちゃ駄目よ」
朝倉の豆知識に何故か納得した長門は、綺麗に取り除いていた白いスジをそのままに口に放り込んでいる。
そんなに栄養とか気になるのか?あれか、朝からココア飲むタイプか。
「ココア美味しいじゃない。ね、長門さん」
「おいしい。おすすめ」
そうか。今度親に言ってみるとするか。
「それが良いわ。ところで、キョン君もおミカン食べるでしょ?」
当然だ。なにせ自分で当てたミカンだからな。
二人とも、ありがたく食べてくれよ。
「了解」
そうそう。そうやってよく噛んで、皮は消化悪そうだからな。
さて、自分で当てたミカンを食べるとするかね。
そうだ、ミカンは皮を剥く前によく揉むと甘くなるというのは本当だろうか。
気分的なものかもしれん、実際効果があるのか分かり辛いしな。
「効果はある。でもこのミカンは大変美味しいので必要ない」
長門がいうなら本当だろう。今度から甘くないミカンに当たったときは揉む事にしよう。
「どこかの特産品というだけあってホント美味しいわ」
「同感」
「ミカンってこんなに美味いもんだったのかと思わせるぐらい美味いぞ」
懸賞で当たったと喜んで食べているが、マトモに買ったら一体いくらするんだろうな。
少なくとも一介の高校生には手が出る値段じゃないはずだ。
いや、一般家庭で気安く買えるようなものなのか?ミカンの相場なんぞさっぱりわからん。
バカの考え何とやらだ。せっかくのミカンが不味くなる。
「そうよ。こんな美少女二人と一緒の炬燵に入ってるんだから止めちゃいなさい」
「ろうふぁん」
分かったから口に物を入れたまま喋っちゃいけません。
注意を受けた長門は、2度3度顎を動かすと喉を下した。
「同感」
結局リズムよく目の前に積まれていくミカンを見るままに、自分では2個しか食べる事が出来なかった。
家を出た時間が遅かったからな、そろそろお暇せんといかん。
何せ部屋の掃除を途中で放ってきてるから、続きをせんといかんしな。
「そういえば長門。大掃除は……必要ないか」
部屋をぐるりと見渡しながら、バカなことを口にしたものだと思った。
殆どモノがないことは分かってたじゃないか。考えついでだったとは言え軽率だった。すまん、長門。
「大掃除なら、あなたが来る前に終わった」
ミカンを剥く手を休め、胸を張るように得意げに語ってみせる。
もちろん、他人が見れば何も変化を感じ取れないだろう。そこは俺だ、僅かな変化も見逃さない。
でだ。大掃除は何をしたんだ。
「台所。コンロ周りは汚れている。それと換気扇」
なるほどね。朝倉がここで料理することもあるしな。そこは当然汚れるだろう。
「あとは水周り。ガラス、レール。フローリングのワックスがけ」
ああ、その辺りも自然と汚れるもんな。
ふぅん、なるほど。気がつかないだけで掃除するところなんてあるもんだな。
ところで。どんな格好でしてたんだ?まさか制服だったわけじゃないだろう?
「体操着。でも着替えたから」
そりゃ残念。体操着姿で掃除をする長門を見てみたかったぞ。頑固な汚れを前に苦戦するとかな。
それで汚れでもしたのか、着替えてドテラ姿になっているわけね。
なるほど。少しサイズ大きめなのが可愛いぞ。新発見だ、ドテラがこれほど可愛いとは。
「ほら御覧なさい。私の言ったとおりでしょう?」
「(む~)」
朝倉の得意げな表情が気に入らなかったのか、不機嫌そうだ。
良いじゃないか、褒めたのは長門のことなんだから。
「そういう自分は終わったの?大掃除」
ナイス朝倉。危うく忘れるところだった。
悪いな長門。俺はもう帰らなくちゃいけない。ミカンは余り食べるなよ。正月3が日の分がなくなる。
そそくさと立ち上がると、上着を抱え玄関に向かう。
靴を履き、つま先で床を叩いて踵を整えていれば後ろに長門がいた。
「どうした。見送ってくれるのか」
「大掃除は大変?」
「そうだな。特に俺は普段の怠け癖のために一年分の掃除をするからな」
「私はそれほど」
ここで俺だけ苦労するのも面白くない。
この先どれほど長門がここにいるか分からんが、こう毎年楽な大掃除では張り合いもないだろう。
よし、年が明けたら何か部屋に置くものでも買いに行くか。
まずは本棚だな。SOS団の部室のように大きな本棚を置いたっていい。
少しずつ本で埋めていくのも楽しいかも知れんぞ。
「楽しみにしてる」
「そうか。じゃあな、長門。また来年だ」
「良いお年を」
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