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シャマルさん 32

 

 お爺さんの家を出て、家々の間を通る生活道を走り抜ける。
やっぱりあの子を信じてよかった。今も私の前をさっきと変わらず走ってくれている。
よーし、待っててちょうだいね、はやてちゃん!

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練習 36


「ねえ~。あんなところに駄菓子屋さんなんてあったかしら~!」
 先を急ぐハルヒが手をぶんぶん回しながら、何やら叫んでいる。
ご近所迷惑だから止めなさい。これまた偶然、周囲に人がいないのは助かるが。そうでなきゃ変人扱いされちまう。
だからと言って放っておくわけにもいかんだろう。早く追いついて黙らせるべきだ。
「ほら、見てみなさいよ」
 追いついた俺の首根っこを掴むと、指差す方へ無理やり引っ張る。
イタイイタイ。そんなに引っ張ったら見れるものも見れなくなるだろうが。
「本当ですね。しかも店を構えていると言うのとは少し違うようです」
「車庫を使ってるんですね。中にはお婆さんが一人座ってます」
「今日は偶然タイミングがあったのかしら。いつもここのシャッター下りてるもの」
 俺は実物を拝めない体勢だが、3人のありがたーい説明台詞によって何とか事情を掴む事が出来た。
「ふぅ~ん。……決めた!今日はここで買い食いよ!キョン、遅れたんだからアンタの奢りだかんね!」
「へいへい。分かったから、まずその手を離してくれないか?」
「あ、ごめん」
 なにやら素直に謝るハルヒ。不気味だな。
素直に謝って不気味扱いされるのも気の毒だが、普段の行いが悪いんだ。恨むなら自分を恨んでくれ。
「おばあちゃん!ここにあるのいくら?」
 掴まれた襟首を直している間に、ハルヒはガレージの前でお婆さんに話しかけていた。
相変わらず行動の早いヤツだ。
「みんなー。好きなの選んで良いわよ!キョンの奢りなんだからなるべく高いヤツを選びなさいね!」
 一体どんな命令なんだ。
いくら団長といえども無茶苦茶だ。大切な団員を殺す気か。
それにこういう場面では団長が奢るもんじゃないのか?
「しょうがないじゃない。聞いたら高くても100円ぐらいなんだって言うんだし」
 しょうがないって、どうしょうがないんだ。訳が分からん。
もっとこう切羽詰った状況で使うべきだろ。例えばだ、寝過ごしたから弁当作れなかったの。しょうがないでしょ!とか。
……余り変わらんか。
「じゃあ、私はこれで」
 5円チョコですか。さすが朝比奈さん、分かってらっしゃる。
「ボクはこれをいただきます」
 あの小さいヨーグルトか。俺は食った事ないけどな。大きさから言って安いんだろう。
「これ」
 イカか、それ?また小さく収まったな、長門。
「いいの?一箱抱えてるわよ?」
 ……すまん。みんなの手前だ。自重してくれ。
「……一本にする」
 イカ一本で泣くなよ。
「じゃあ、私はこれにしようかしら」
 たくさんチョコが入ったやつか。こっそり高いのを買うんだな、お前は。
「占いが出来るんですって」
 宇宙人が占いねぇ。やっぱり女の子というのは、そういうのが好きなんだろうか。
「みんな控えめね。見てなさい。私が奢られの真髄を見せてあげるわ!」
 なんだその"奢りの真髄"とやらわ。止めてくれ、嫌な予感がする。
お前の良い知らせ!ってうのと同じ臭いがするんぞ。どう考えても俺が不幸になりそうだ。
「う、う~ん……安いものばかりで困るわねぇ」
 店主が目の前にいる状況でよくそんなこと言う気になれるな、ハルヒ。
しかし、この分だと真髄は見れそうにもないぞ。見たくもないから残念でも何でもないんだが。
「う~ん……これにするわ!」
 ハルヒが手に取り高々と掲げたのは、小さなドーナッツがいくつか入ったヤツだ。
これは割と高いが真髄と呼ぶには、ちとインパクトにかけるぞ。
いや、インパクトなんぞないに越した事はないんだ。それで良いぞハルヒ。
「おばあちゃん、全部でいくら?」
 ハルヒの問いかけに間髪いれず答えるお婆さん。
なりはいかにも日向でネコを膝に乗せお茶を啜ってるような、今時珍しいぐらいの"お婆さん"だが頭は冴えているようだ。
商売をやっていると衰えないんだろうな。
俺も若さに感けてちゃイカンということだ。
「ほらキョン。お金出しなさいよ」
 ふんぞり返って手の平を差し出す。
分かってるよ。その代わりお釣りをちょろまかしたりするんじゃないぞ。
「私がそんなケチなことするわけないでしょ!」
 そんなら団員にケチケチ奢らせず団長が、こうパァーッと大盤振る舞いしてくれよ。
「はい、お婆さん。お釣りは取っといてくれて構わないわ」
 おい。人の話を聞けって。
「じゃあ、みんな食べるわよー!はい、いただきまーす!」
 皆が次々にお菓子を口に入れていく。
「へぇ~。五円チョコって穴が開いてるから五円なんですか~?」
 未来の5円は穴が開いてないんですか?
「これは中々美味しいですね」
 小さなビンを模った容器から、食べにくそうに中身を掬って食べている。不器用だな。
「……ユニーク」
 見た目もユニークだ。
「へえー。金運アップですって」
 宇宙人のクセに俗っぽいヤツだ。
「小さくて固いけど、癖になる味かもね」
 ほう、そりゃ良かった。
ところでハルヒさん。ボクの分はどうなってるんですか?

 

 練習 37 >

 

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シャマルさん 31

「そこなお嬢さん。家に何か御用かね?」
「わたぁ……は、はい?」
 こちらを向いてにっこり話しかけるお爺さんに、口を開けて間抜けな格好の私。
あぐぅ。どうしましょう。
「もしかしてこのバッグの持ち主ですか?」
「え、ええ!そうです、そのバッグ私のなんです!」
「そうですか。では、あちらから回って中にお入りください」
「ええと、よろしいんですか?」
「構いませんよ。ほら、それにこのバッグも」
 あの子がいまだ咥えたままのバッグを触りながら、逆の手で左側を指差している。
あっちが玄関みたいね。
「はい、分かりました」
 垣根から顔を抜き、それにそって歩いていくと門が見当たりました。
中々に立派なものです。若しかして結構なお金持ちだったりするのかしら。
「お邪魔しまーす」
 ここからじゃ聞こえないだろうけど、気持ちの問題よね。
綺麗に手入れされ敷かれた玉砂利の上を歩き、あの子とお爺さんの待つ庭へ。
樋からひょっこり顔を出すと、さっきと変わらぬ様子で二人は待っていてくれました。
二人ってのは変よね。1匹だったわ。
「こんにちわ、はじめまして」
「こちらこそはじめまして」
「……ふぅ~ん」
 なんだかあの子の様子が変ね。どうしたのかしら。
「ところで、お嬢さん」
「はい、なんでしょう」
「つかぬ事をお聞きしますが、こいつとのご関係は?」
「この子との?」
 相変わらず頭を手に置きながら私に尋ねる。
あの子の様子といえば片目だけでチラリと見るけれど、それ以上は何もしない。
「ええ。あなたのバッグを咥えてここまで来たという事は何かがあったのでしょう?」
「そ、それはですね」
 状況だけいえば、この子にバッグを盗られてココまで来たのよね。
でも、この子なりに私を目的地まで連れて行ってくれるつもりだったと思うの。
はっきりと言ったわけじゃないし、そもそも言葉が通じないんだけど。
私を待っててくれるし、何処かへ連れて行こうとしているのは明らかよね。
勝手な思い込みかもしれないけど、私はこの子を信用するわ!
「この子が私を聖祥まで案内してくれている途中なんです。でも、関係と言われればそれだけで。
 いえ、一度会ったことはあるというか見たことはあって、顔見知りと言うか何と言うか、その、えっと」
「こいつが道案内を?」
「はい、そうなんです」
「なるほど。珍しい事もあるものですね」
「……くぅん」
 頭を撫でられているのに、なんだか居心地が悪そう。
「あの、それで。私も一つ聞いてもよろしいですか?」
「ええ、何なりと」
「お爺さんとこの子のご関係は?」
「こいつですか。たまにふらっと現れては一食食べていくぐらいなんですよ。一人暮らしの私を気遣ってるつもりなんでしょうかね」
「そうなんですか。何だか意地悪な子だと思ってたんですけど、違ったんですね」
「意地悪ですか……こいつが意地悪を?ほぅ~、それはそれは」
 優しそうな笑みを浮かべていたお爺さんは、私の話を聞くなりとても楽しげに二サッと笑います。
この笑い方。どこかで見たことあるような。うぅ~ん。
頭の引き出しをひっくり返していると、あの子が居心地悪そうにきゅーんと鳴く声が聞こえます。
「どうしたの?」
「……」
「ははは。これ、いい加減バッグを返してやらないか」
「ぐぅ~」
 ナデナデとしていた手で、頭をゴシゴシ力強くすると仕方なさそうにバッグを下に落としました。
やったー!やっとバッグを取り戻しましたよ、はやてちゃん!
バッグを拾い上げ抱きしめると、嬉しさの余りクルクルとその場で回ってしまう。
ひゃっほーい!
「ここ何日か全く姿を見かけなかったので心配してたんですが、まあ、元気そうでなによりです」
「~~~~♪(クルクル~)……へ?あ、ええと、その事なんですけど」
「こいつが何か」
「少しどこかで休ませたいんですね。体力が随分落ちてるので」
「ええ、それなら構いませんが。そうなると、ここから学校への道は分かりますか?」
「……いいえ。分かりません」
「そうですか。困りましたね」
「……(クゥ~ン)」
 ぽんぽんと背中を撫ぜているんだけど、何だか元気がない。
そうよね。多分ここへ来るまでに力を使っちゃったんだわ。
出来れば協力して欲しいのだけれど、無理させるわけにもいかない。もう充分してるんだし。
「あの、何とか頑張ってみます。ですから、その、この子のことなんですけど」
「お任せください。家で保護しておきますよ」
 それを聞いて安心した。
案内をしてくれたのは嬉しいんだけど、本音を言えばどこかで安静にしてほしいもの。
「ここまでありがとうね。結構走ったし近道もしたから大分近づいたと思うの。後は一人で何とかするわ」
 どこかで一度クラールヴィントを立ち上げて、はやてちゃんにもう一度連絡を取れば何とかなるかも。
今ならフェイトちゃんが読んできてくれた、すずかちゃん達がいるかもしれないし。
「じゃあね」
「……うー、わん!」
 意を決したように立ち上がり気勢をあげる。
ねぇ、案内してくれるのは嬉しいんだけど無理しちゃ駄目よ?分かってるの?
「わん、わん!」
 私の言う事なんて聞いてないみたい。
もう家の裏手に回ろうとしているもの。ああ、どうしたら良いのかしら。
「わかった、わかったから。付いていくから無理をしないで」
 これは素直に従った方が良いみたいね。
どういうつもりか、最後まで私の面倒をみてくれるつもりらしいし、早く用事を済ませた方がこの子のためかも。
「それでは行ってきます」
「お気をつけて。ああ、それと」
「はい?なんでしょう」
「あいつをよろしくお願いします」
「……はい。わかりました」
 このお願いというのがどのレベルのものを指すのか分からないけど、死ぬような事はないから安心してくださいな。
出来れば魔法を大っぴらに使うような事態だけは避けたいところですけどね。
お爺さんに一礼をして、あの子の後を追い裏口から家を出ました。

 

 シャマルさん 32 >

 

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シャマルさん 30

「えいしょ、うんしょ……てい!はぁ、ふぅ。なんとか」
「……はっはっはっ(パタパタ)」
 何とかビルの合間から抜け出た私を、尻尾を振りながら待っててくれる。
なんだかんだ言って良い子じゃない。ねぇ?
「……うー、わん」
 付いて来い、休憩は仕舞いだといって再び歩き出す。
ちょっと待ってよ。何だか膝とか肩とか擦った気がするから、ちょっと綺麗にしておきたいの。
「……(ふんっ)」
「分かった。分かったから待ってよー」
 一瞥をくれたかと思うと、鼻で笑って速度を上げてしまった。
そんな暇があるなら走れってことね。うぅ、正しいこといってるわね、反論できないわ。くすん。
膝だけさっさと埃を払い、肩は叩きながら追いかけることにしました。


 ビルを抜けたところは、一気に住宅街へ様変わりしていました。
今来た方を振り返ると一直線の道が続いていて、この道へ入るには合間を抜けるのが近道だったのね。
流石野良犬たちのリーダー。こういう抜け道はお手の物ね。
若しかしたらザフィーラも知ってるのかしら。今度聞いてみましょ。
少しずつスピードを上げながら私の前を行くあの子。
私も随分疲れてるはずなのに、なんだか全然辛くない。この分なら結構走れそうね。
けれどあの子は大丈夫かしら。怪我が治ったばかりな上に体力が相当落ちてるんだから。
何を思って私を引っ張っていってくれるのか分からないけれど、届け物が終わったらどうにかお礼をしなくちゃ。
幾らか走って突き当たりを左に曲がると、重そうな格子に大きな建物。でも学校じゃないわ。
ううん?工場?
塀に掲げられた看板を見るに、何かを作っているところみたい。
「へ~。何を作ってるところなのかしら……って!ちょっと!?何処へ入っていくのよ!」
 あの子はバッグを咥えたまま堂々とその敷地の中へ入っていきます。
ど、どうしたら良いのかしら。入って良いの?
大きな入り口で一人おたおたしている間にも、あの子はどんどん小さくなっていきます。
ええっと、ううんと。
「警備の人とか見当たらないし、こんなところでウロウロしている方が怪しまれちゃうわよね。……よし!」
 意を決し、敷地の中へ。
お願いだから誰にも見つかったりしないでー。うぅ、こんなお願いを1日に2回もする羽目に遭うなんて~。
中へ入ってみると、結構人が目に付く。それはそうよね。今はお昼休みだもの。
このまま何事もなく通り過ぎさせてくださいな。
「あ、あら?」
 だんだん追いついて来たのだけど、先を行くあの子がここの人たちに見つかったみたい。
女の人が数人きゃーきゃー言い出した。こ、これは不味いわね。
だけど今更どうすることも出来ない。
あの子ならイザとなったら走って逃げられるだろうけど、私は無理よ。そんなに速くないもの。
捕まらないようにこのまま突っ切るしかないわ!
「きゃー!何あの犬ー!?」
「ちょ、ちょっと逃げた方が良いわよ!」
「ねぇねぇ!こっちに来てご覧なさいよー。大きな犬がいるわよ~!」
 ええ~い。最後の人!余計なこと言わないで!
他の人と一緒に逃げたちょうだいな。男の人とか呼ばないでよ、お願いだから。
きゃーきゃー言う声を背に、その場を走り去る。
あの子ばかりを気にしてたせいか、私の事は全然目に入らなかったみたい。
いくら何でも気付かないかしら?も、もしかして私って存在感がない?ははは、まさかね。
「わん、わん!」
 私に呼びかけるように口を上げ、大きく吼える。
分かってるったら!バレなかったんだから気にせず走れってことでしょ?も~!
ワンワンとたきつけられながら必死に走る。
敷地をもう直ぐ抜けようかというときに、遠くで何やら騒いでいる声が背中に届く。
ごめんなさいね。お騒がせして。
見ず知らずの人たちに心の中でペコリと頭を下げながら、大きな工場を後にしました。


「も、もう~。ああいうことをするなら前もって言ってくれなきゃ」
「……」
 聞こえているのかいないのか。返事もせずに先を急ぐ。
住宅街を大きな野良犬と追いかけっこ。
途中で何人かとすれ違ったけれど、みんなあの子に視線を奪われてたみたいで私の事は気にかけてないみたい。
これは助かるわ。
それもそうよね。かなり大きな犬だモノ。
ザフィーラも最初は相当ご近所さんで注目の的だったらしいし、それが野良犬ともなれば。
しかもバッグを咥えているし、注目を集めるのは当然だわ。
このまま平穏な追いかけっこが続くと思った矢先。
急に立ち止まったかと思うと、回りを2、3度見渡し垣根に飛び込んだ!
「ええ~!ちょ、ちょっとそれは無理よ~!」
 冬だからか剪定したからなのか、葉っぱも少なめで中を覗き見ることが出来る。
ごめんなさいね。勝手に覗くなんて真似しちゃって。
こっそり垣根の隙間から覗き込んでみると、中ではお爺さんが一人。
そしてその隣には、あの子がお利巧にお座りしていた。
お爺さんは頭を撫でてやりながら何か話しかけてるみたい。
尻尾こそ振っていないものの、大人しく頭を撫でられている様子を見て何だか面白くない。なによ、あの子ったら。
それに一体どういう関係なのかしら。
飼い主……じゃないわよね。ザフィーラも野良犬のリーダーだって言ってたし。
でも、何だかとっても懐いてる。
この分なら事情を話してバッグを返してもらえないかしら。
一人垣根に頭を突っ込みモヤモヤした気持ちを抱えていると、お爺さんの声が聞こえた。
「その口に咥えているもの。誰から盗ってきたんだ?」
「……くぅ~ん」
「違うのか?じゃあ、どこかで拾ったのか」
「……(チラッ)」
「うわっ」
 私のバッグについて話していたかと思うと、あの子が指差す代わりに鼻先でこちらを示した。
お爺さんと私の視線がバッチリあってしまった。うぅ~気まずい~。
どうしよう。覗いてたってこともあって何だか後ろめたいわ。
でもここは正直に事情を話すのが一番よね。
事情を説明しようと考えを固めると、お爺さんが先に口を開きました。

 

 シャマルさん 31 >

 

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練習 35


 いつものようにSOS団の活動を終え、全員でゾロゾロと長い坂を下っていく。
先頭はもちろん団長であるハルヒ。その横で始終絡まれているのが1学年先輩の朝比奈さんだ。
ハルヒ、少なくとも先輩なんだからもうちょっと敬うような態度は取れないもんかね。
そしてハルヒと朝比奈先輩の間、2、3歩遅れて朝倉と長門。
この二人は当然にハルヒの観察やらが仕事なわけだし、気紛れに話を振られたときの絶妙な位置取りな訳だ。
といっても、何か意見するでもなく殆どが肯定の意を表す相槌だけだ。
まあ、それは古泉のようなイエスマン的な態度ではなくてだな。
朝倉は面白がって頷いているだけのようだし、長門はウンともイイエとも言わない。
そこで当SOS団の副団長にして偉大なるイエスマンな古泉が何処にいるかと言えば……
「ちょっとその例えには同意しかねますね」
「そうか?随分と立派な感じがするんじゃないかと思うんだがね」
 俺の横にぴったりくっついては、おやおやとでも言いたげな顔で肩をすくめる。
一々オーバーリアクションなヤツだ。ああ、それと。くっつくなそれ以上。気色悪い。
「ボクとしては親交を深めるためのスキンシップが……」
「止めろ。男同士でくっついて喜ぶやつがいるのか」
「いやいや。世の中には色々な方がいらっしゃいますからね」
「あほらしい。そうだとしても、俺はお前とくっ付きたくはないね」
 しっしと払うようにして歩幅を大きくする。大体こいつと歩調をあわせる必要なんざないんだからな。
後ろで溜息と共に"随分と嫌われてしまいましたね"などという声が聞こえる。
そう言ってる割には、余り残念そうに聞こえないのは何故だろうね。
「ちょっとー!古泉君とキョーン!ちんたら歩いてんじゃないわよー!」
 古泉と話している僅かな間に、ハルヒたちは随分先に行っちまったようだ。
坂の下で手を上でブンブン回しながら俺たちに向かって早く来るよう催促している。
やれやれ。否応なしにハルヒとは歩調をあわせないと駄目みたいだ。
ほれ、古泉。そんなとこでいつまでもイジケてるんじゃない。
不機嫌なハルヒの機嫌を取り持つのがお前の仕事だろうが。頑張ってこいよ。
「……!そ、そうですか?」
 何を嬉しそうな顔をしてるんだ。
「ゴホン。では、参りましょうか」
 お、おおい!?お前が先に行けば良いだろうが。
なんで俺まで引っ張ってくんだ!それに手を握るな手を!
「ボクだけでは駄目な事ぐらい分かっているでしょう?」
「はぁ?何を言ってるんだ、お前は」
「くっくっくっ。そんなところがあなたらしいですよ」
 いやらしい笑みを浮かべながら俺を引っ張っていく古泉。なんだ?気色悪いやつだな。全く。


「なんだか小腹が空いたわね」
 6人で固まりながら、それこそゾロゾロと歩いているとハルヒが突然腹が減ったなどと言い出した。
いつものことで、それほど気にする事でもないが。
いや待て。腹が減ったとなれば何かを腹に入れなきゃならんだろう。
と言う事はだ。このままファミレスか喫茶店などでも入ろうものなら俺の財布の出番ってわけだ。
それはいかん。俺の財布には福沢さんは入ってないんだ。夏目さんだって怪しい。
頼むハルヒ。余計な事を考えないでくれ。
と言うかだな。お前部室で長門に付き合って散々煎餅を食っただろうが。
その上何を食べるなんて言い出すんだ。
そんな事してると、あっという間に太っちまうぞ。
「う~ん。何処か食べに入りましょうか。下校中の買い食いも学生生活の醍醐味よね!」
 ああ、駄目だ。グッバイ夏目漱石。あんたの作品は多分教科書に載ってるぐらいしかしらないが。
「ねえ、涼宮さん。お菓子なんてどうかしら」
「お菓子い?うーん、今はお腹が空いてるから、もうちょっと」
 どうにも腹に溜まるものが食べたいらしい。こいつの胃袋はどうなってるんだ。
長門と朝倉が割と腹ペコになるのは分かるんだが、こいつに関しては全く分からん。
自分の都合の良いように周りを変えるっていうのと何か関係があったりしてな。ははは、まさか。
ところで朝倉。お菓子にした理由は何だ。
「ただ、何となく」
 ふーん。お前のことだから何か深い考えでもあるのかと思ってたんだがな。
「あら。随分私のことを評価してくれてるのね。嬉しい」
 五月蝿い。
「……(じー)」
「……何ですか、長門さん」
「……別に」
 じぃっと、それこそ穴が開きそうなほど俺を見つめたかと思うと、ハルヒが気勢をあげる。
「そうよね!みんなで駄菓子を食べ倒すとか良いじゃない!食い倒れ北高、いえーい!」
 奇声かと思ったぞ全く。
呆気に取られる俺を放って、「流石涼宮さん」とヨイショをするのが古泉。やっぱりイエスマンじゃないか。
「そ、そうですね~」と控えめに賛同するのが朝比奈さん。あなたも大変ですね。
長門は俺を見つめたまま、グルグルと腕を回すハルヒに引っ張られトテトテと行ってしまった。
まだ俺の事を見ている。後で長門の機嫌をとっておく必要があるだろうか。
何か知らんがヘソを曲げてしまったようだし。
「うふ。そんなあなたの鈍感なところが好きよ」
 冗談は止めてくれ。
「キョ~ンっ!そんなところでチンタラしてんじゃないわよ!遅れたらあんたの奢りだかんね!」
 マジかよ。死刑もイヤだが奢らされるのは死に直結する気がするぞ。
「死刑より重い奢りってもの不思議なものね。それじゃ、頑張ってね」
 ニコニコ現金払いならぬ、ニコニコ走法で俺の先を行く朝倉。
ああ、俺の財布に夏目さんは、とんと縁がないようだ。
くそ、世界が終わる前に俺の財布が終わりそうだぞ、古泉。機関とやらで俺を助けてくれ。

 

 練習 36 >

 

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シャマルさん 29


 威厳たっぷりに歩き出すけれど、私が付いて来ていることが分かると歩みの速度を速める。
それでも、今までみたいに走り去るって感じじゃなくて、リズムよく4本の足をとっとっとっと動かす。
そうね、なんて言ったら良いかしら。ドッグショーなんかで、ちょっと駆け足気味に歩くぐらい?
あれより少し遅いぐらいかも。そういうのをイメージしてちょうだいな。
そうやって歩いて、直ぐそこの角を曲がってわき道に入ってしまう。
まだその辺りは大きなビルなんかが建ってて、普通の住宅は建ってないわ。
そんなビルの立ち並ぶ中の道をてってと進んでいくので、私も頑張って後を追う。
さっきまでは、頑張って走っていたこともあってか、未だに胸のドキドキも荒い呼吸も収まらない。
その上、走るのを止めたから?顔や胸元、手なんかにドッと汗が噴出してくる。
顔や首筋、手ぐらいはハンカチで拭う事が出来るけど、服の中までは無理だものね。ちょっと困っちゃうわ。
こういう時に一番困るのって、ストッキングなんか穿いてること。
蒸れちゃうのよね、ホント。
コレ一枚で随分暖かくなるから重宝するんだけど、こう暑いときはね。
今日は冬のこの時期にしてみれば暖かい日だと言っても、流石に履かないでも大丈夫って程じゃないわ。
それが外へ出かけるとなればなお更。
だから履いて出てきたんだけど、まさかね。こんなに走る羽目に遭うなんて夢にも思わなかったわ。
……バスで夢は見てたけど。
あ~ん、早くはやてちゃんの下にコレを届けて家に帰りましょう。
「それにしてもどうやって行くのかしら」
 2~3メートルほど前を歩くあの子。もう全然振り向いて私のことを見もしない。
わき道に入って2度ほど角を曲がる。
どんどん表通りから離れていって住宅街へ向かっていく。私は海沿いから行った方が良いと思うんだけど。
うーん。やっぱり心配になってきたわ。
自分で決めた事だけど、人任せっていうのは良くないわ。
シグナムだってそう言ってたじゃない。
でも、「この子に任せてみよう」って決めたのは自分自身なんだから、えーっと、う~んと……
「……ふぅぅん」
 考え事をしながら追いかけていると、急に立ち止まってしまう。
どうしたのかしら。
ジッとしてるかと思うと、パタっとバッグを落とした。
随分疲れてるみたい。ふさふさと振っていた尻尾もたれ~んと垂れ下がっちゃってるもの。
そら御覧なさい。体力までは回復してないんだから、急に走ったり出来ないのよ?
走るスピードを落として、呼吸を整えながら近づく。
でも、どうしましょう。体力の回復までとなるとちょっと大掛かりになっちゃうから。
「……うー、わん!」
「きゃ!?ね、ねえ。やっぱりそれ、返してくれない?無理しちゃ駄目よ」
 近づいて様子を窺おうとすると、垂れていた頭を上げ短く唸ると元気に吼えた。
な、何よ。心配しただけじゃない。
あのね。一度はお別れをしようとしたけれど、ホントだったらちゃんとあなたが回復するまで面倒みてあげたいんだから。
それにあなたが「付いて来い」みたいな態度取るから、何かあったら困るの。
私はいち早くはやてちゃんのところに行かなきゃいけないんだからね。
「ねえ。バッグを返してちょうだい」
「……(ぷいっ)」
「私のご主人様がね、それがないと困るの」
「……(はぐっ)」
「あ、あー!ま、待ってー!」
 私が差し出した手を顔を背けて拒否した上に、困ってるのって言った途端に再びバッグを咥えて走り出した。
だ、だからそんな走ったりしちゃ駄目なんだってば。
う~ん。やっぱりもうちょっと傷の直りを遅くしておくべきだったかしら。
こう動き回られちゃ身体に良くないわ。
せっかく私について来いだなんて言ってる好意を無駄にしちゃうけど、大人しくしてて頂戴な。
「もうー、どこに行っちゃう気なのよ。はぁはぁ、あー!」
 いくらか真っ直ぐ走ってたかと思うと、急に方向転換してビルの中に入っていった。
ああ、違った。ビルとビルの合間に入っていったみたい。
追いついて隙間を覗き込むと、昼間とはいえ流石にビルの合間には日差しが差し込まなくてジメジメと暗い。
そんな道ともいえないような隙間を、尻尾をふりふり歩いていく姿が見える。
こ、ここを通らなくちゃいけないみたいね。
どうしましょう。見た感じ大丈夫そうだし、漫画みたいに途中でひっかかっちゃって「痩せなきゃー」とかにはならなそう。
ごくり……!ええい!儘よっ!
意を決してビルの合間に飛び込む。むむ~、意外と大丈夫そうね。
あの子がゆったり歩いているぐらいだらか、結構隙間が大きかったのね。
それでも流石に横向きにならないと危ないわね。油断は禁物だわ。
「うんしょ、よいしょ。うぅー、歩きにくいわねー」
 横向きに歩いたってギリギリじゃないから、結構早く歩けるんじゃない?なんて思ったのが間違いだったわ。
服をビルの壁で擦ってしまわないよう、前と後ろに気をつけながらっていうのは難儀なものね。
肘とか膝とかお尻とか。胸は……シグナムだったらつっかえてたかもね。
ほほほ。胸が大きくても良いことなんてそうないって事よ~……はぁ。言ってて虚しくなるわ。
ビルに手をついて蟹歩きみたいになってる。
うぅ~、こんなところを誰かに見られたら次からご近所を歩けなくなるわ。
お願いだから誰にも見つからないで~、ああーん。
で、でもこの辺りなら二度と来ないだろうし、もし見つかっても大丈夫かしら。
いいえ、人のウワサも七十五日。……違った。ウワサ、千里を走る。だった?
と、とにかく人のウワサなんて思わぬところから伝わるものだから油断出来ないってこと。
「うんしょ、よいしょ。ああん、あの子がもう行っちゃうわ」
 そう言ってる間にも、あの子はビルの合間から抜け出て日差しをたっぷり浴びてる。
暗いところから見てるせいか、とっても眩しく見える。
眩しさに目を細めていると、あの子はこちらに向き直りちょこんと座りなおした。
待っててくれるのね、ありがとう。
余り待たせないように私も頑張るわよ。

 

 シャマルさん 30 >

  

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練習 34


 ここ数日、部室で弁当を食ってるわけだが幸運なことにハルヒの耳には入ってない。
俺としては谷口がいつ余計な事を口走るかと心配してたんだが、口から出任せで言ったことが効いてるらしい。
あいつとしてもSOS団の厄介ごとには巻き込まれたくないだろうしな。
朝倉も、俺に弁当を渡したのはあの時一回だけだ。早く用意することにしたんだろう。
それはありがたい。
何せ朝倉の手製弁当を食っていると(実際少し貰っているのだが)思われるのは良くないからな。
別に俺たちはそういう関係じゃないしな。勘違いされて要らん厄介ごとを呼び込みたくない。
一度谷口がえらく絡んできたが、それも幸運なことにハルヒのいないときだった。
これだけ上手く事が運ぶと逆に不安になるのが人の勝手なところだと思う。
どう考えたってトラブルなぞ起きん方が良いに決まっている。
だが「こう上手くいく筈がない」とか勝手に思い込むわけだ。小心者なんだろうな。
「本当にそう思う?」
 俺の隣でパイプ椅子に座って朝倉手製の弁当をまぐまぐしている長門が口を開く。
俺が呆気に取られていると、ずずっと俺の淹れたお茶で口を濯ぐ。
どうなんだろうね、実際のところ。
こうやって不安に思っていると"思っている"だけで、本当は違うのかもしれん。
トラブルの起きない事に退屈していて、そんな日常が続く事を不安に感じている?
まさか。それはないね。ハルヒじゃあるまいし。
俺はこうやって昼休みに部室で長門とのんびり弁当を食べているような時間が好きなんだ。
退屈な授業だって、放課後の古泉に付き合わされるボードゲームをしている時だって良い。
そういう日常の中で、ちょいとハルヒの気紛れに付き合うからスパイスになってる。
よく考えてもみろ。毎日スパイスだけ食べて生きていけん。
「今日のそれはなに?」
 うん?ああ、これか。今日は要らんことばかり考えて長門に構ってなかったな。
これはな、から揚げだ。
「それは前に食べた」
 そうか。でも以前俺の弁当箱に入っていたのは冷凍食品のから揚げだ。
でも今日のは違うぞ。これは俺が(手伝って)作ったやつだ。
「情報改変が見られた。不正を正すべき」
 ……流石長門。出来る女は違うぜ。
正確に言うとだな。揚げる時間を計ってから揚げを引き上げてただけだ。
うん、済まん。殆ど手伝ってないに等しい。
「から揚げ全部で手を打つ」
 せめて一つぐらいは残してくれないか?俺だって少しは……
「……(シュッ!プス)」
 うおっ!?急に何するんだ長門。危ないじゃないか、箸をそんな風に使ったりしちゃ。
それにな?箸で食べ物を刺しちゃいけません。しかも、一本ずつで2個も確保するなんて。行儀悪いにもほどがあるぞ。
「……(まぐまぐ)」
 一本だけ手を離し、から揚げを一つだけ口に運ぶ。
1個手放したのが長門なりの譲歩だったのかもしれんが、箸で刺すという行為をやめるつもりはないらしい。
から揚げは食べて良いから、箸で刺すのは止めなさい。
「……(しょぼん)」
 口を動かすのを止めると、チラチラ俺を見ながらから揚げから箸を引き抜く。
悪戯の見つかった子供みたいだな。
済まなそうにしているところを見ると、分かってくれたんだろうか。それなら良いんだが。
「(もぐもぐ)……ごくん。これを忘れてた」
 何処からとなく取り出した小さな布巾に包まれたもの。大きさは……某携帯ゲーム機の箱ぐらいか。
長門がその小さな手で持っている様子が愛らしいぞ。
「それがどうかしたのか?」
「朝倉涼子からの預かり物」
 俺と自分の弁当の間にそれを置き、するすると布巾を取るとプラスチック製の可愛らしい弁当箱と思われるモノが出てきた。
このぐらいの弁当箱をクラスの女子が持ってきているのを見る。
よくこんな大きさで腹が膨れるもんだ。そりゃ男と女じゃ随分違うだろうけどな。
俺の周りの女性陣が異常なんだろうか。
感覚が麻痺しているのかもしれん、と言っても長門とハルヒだけだが。
朝倉はどうだろうな。長門の隣にいるから随分見劣りするが、それでも一般女子に比べたらよく食べるのかもしれん。
太い太いと気にしているところを見るに。
そんな事ないだろうと何度か言ってるが、本人が気にしているんだからしょうがない。
年頃の男子連中に聞いてみろ。殆どの男が俺の意見に賛成票を投じるだろうね。
なにせ、女性が思っているほど男は細い女が好きなわけじゃない。
2000人からアンケートを取ってないから信頼性は高くないが。
そのぐらいが魅力て……
 ぎゅっ
「イタッ。なにするんだ」
「別に」
 膝の薄い皮をギュッとつねると、プイッと横を向いて弁当を食べ始める。
なあ、何か気に障るようなこと言ったか?
「知らない」
 黙々と箸を動かす。うーん、こりゃ機嫌が悪いらしい。
仕方が無い。腹がいっぱいになってから理由を聞くことにしよう。
さて。この朝倉からの預かり物の正体を拝もうとするかね。
「なんだこれ。玉子焼きとから揚げじゃないか」
 蓋を開けてビックリ弁当箱。リズムよく言うと昔話の1フレーズみたいだ。
中に入っているのは玉子焼き4切れに、から揚げ4つだ。この数には何か意味があるのか?
などと考えていると、タイミングよくポケットにしまった携帯の呼び出し音が鳴る。これはメールか。
なになに?
『私の作ったおかずを食べて実力の差を思い知りなさい』
 なんだこれ。この弁当箱に入ったもののことか。
全く意図が分からん。こんな事をしなくたってお前が作る料理が美味いなんて百も承知だろうに。
くそ。なんだか段々と腹が立ってきたぞ。
分かりきっている事を改めて指摘されると無性に腹が立つもんなんだな。
「長門。これ食って良いぞ」
「これはあたなが食べるように渡されたもの」
「朝倉の作る飯が美味い事は分かってるからな。今更確認することもない」
「……」
「ほら。だったら食べさせてやるぞ。あーん、だ」
「……あーん」


 結局全部を長門に食べてもらった。
教室で弁当を渡さなかったのは、コレの事があったせいかもしれん。
一々人を驚かせるヤツだ。この辺ハルヒと気があったりするんだろうか。
やめてくれ。古泉ほどじゃないが、俺も胃痛薬の世話になりそうな事態は勘弁だからな。
 くいくい
部室を閉めると、後ろからブレザーの裾を引っ張る。
どうした長門。
「期待に沿えない」
「?なにがだ」
「必要ではない限り、私が朝倉涼子のような体型になることはない」
「……?」
 それだけ言うと、長門はさっさと旧校舎を後にした。

 

 練習 35 >

 

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シャマルさん 28


 
「はぁはぁ、ひー。はぁはぁ、あ、あら?」
 手前まで来たと思ったら、あの子は歩幅を大きく狭め、あっという間にスピードを落としてしまう。
そして、横断歩道を渡ろうと点字ブロックの辺りで信号の色が変わるのを今か今かと待っている人たちの後ろで止まってしまった。
どういうこと?もしかして信号を渡ろうっていうの?
そうなら人だかりの後ろで止まるっていうのは信号を待ってるって事よね。む~、前言撤回する必要があるみたい。
流石野良犬たちのリーダー。交通ルールもしっかり守れる偉い子だったのね。
犬の世界でもお天道様が見ているっていうのは、共通理念みたい。
だから、ゴミを荒らしたりするのは夜なんだわ。
お天道様は休業中ですもの。
そこまで考えて悪事を働くなんて。あの子、恐ろしい子……っ!
でも、そんなに賢いのなら悪いことはしないでほしいわね。 うん、その方が仲良く出来るわ。
「うんうん。信号で待っててくれるなら今がチャンスね!」

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練習 33


 そういうことで今日も弁当話だ。
どういうことだ、という突っ込みは却下。質問は受け付けません。
以前はそういう事に全くと言っていいほど興味がなかったんだが、いざ見始めるとだな。これが随分と違うもんだ。
まず簡単なものから作り方を学ぼうとするだろう?
取り合えず身近な料理人である母親の出番だ。
俺の場合は、玉子焼きなんかの弁当のおかずを聞いたわけだが、ここで一つ驚かされた。
生まれてこの方、ずっと口に入れている物なのに何にも知らないってことにだ。
こんな簡単で、料理とも言えるか?なんて、やる前は思ってたのにな。
自分でやってみると当然に上手くいかない。
イメージでは、初めてながらもそれなりに上手くいくはず、と考えてた自分が恥かしくて穴があったら入りたいとは正にこのことだ。
こんなこと絶対に人には言えん。
ハルヒや朝倉なんて勘弁な。あのニヤケ面に笑いの種を提供してやる気もない。
長門ならどうだろう。
笑ったり(そもそも、そんな顔が想像出来んが)はしないだろうが、それでも言いたくないね。
自分で言うのもなんだが、長門の為に弁当を作ってやると言うんだ。
なるべく情けない姿は見せたくないだろう?
変な見栄というなら笑ってくれ。俺だってそう思う。
しかしだな。それでも見せたくないもんだ。
まあ、話が横に逸れたが、そうやって食べる飯がどうやって作られるのか俄然興味がわいてくるって寸法だ。
実践あるのみだと思うが、知識がなくちゃな。
右も左も分からない状態で取り組んでちゃ、結局母親の手を煩わせる事になる。
夕飯ならまだしも、朝のこの忙しいときにわざわざ仕事を増やす息子をありがたがる推称な人間なら別だが。
そういうわけで、始めは朝食や弁当作りを手伝いながら(それでも皿を出したり料理とは関係のないことばかりだが)まず観察。
手の空いたところを見計らって、疑問に思ったことを彼是質問する。
成る程と思うこともあれば、さっぱり分からないこともある。
その辺りの疑問をなるべく潰していってだな、そろそろ手を出していくわけだ。
このとき一番の強敵。俺に立ちふさがる壁は意外なヤツだった。
早起きなんですよ、早起き。
朝一番から元気いっぱい。いつでも天気予想図快晴マークみたいな妹が起こしてくれるまで起きられない事もある。
そんな俺が家で、母親に次いで2番目の早さでベッドから身体を起こさにゃならん。
始めは、料理よりも何よりもこの早起きが辛い。
元々夜更かしはするタイプじゃないが、睡眠時間と関係なく普段起きない時間に起きるというのは辛いもんだ。
そこで起き抜けでぼんやりする頭に、文字通り冷水をかける……とは行かないが、顔を洗ってシャッキリさせる。
素早く朝食を済ませ、母親の弁当作りを手伝う。
全部の準備が終わってしまえば、俺が台所を使おうと文句も言うまい。
自分でやるといった分だけスペースを空けておき、さあ調理開始だ。
と、意気込んでみたものの、やっぱり上手くいかない。
準備の段階からまごまごしていると、見かねた母親に手伝ってもらう羽目にあう。
さっきも言ったとおり上手く出来るわけなくてな。
横であれこれ指示されることの半分も出来ないまま出来上がったのが、以前の玉子焼きだ。
味付けは母親の言う通りで問題はない。
焼き方は流石にな。実際やってみると焼けるタイミングも分からんわ、剥がそうとして破れてしまうわで散々だ。
これは長門に内緒だったんだが、最後は結局頼っちまった。
それで体裁は整ったが、まごまごしてた分焼きすぎてあの様だ。
ベロベロ捲れてしまってな。ありゃ悲惨だった。
まあ、捲れた玉子焼きをモグモグと口にしまっていく様子は可愛かったが、うん。
また実際にやってみると湧き上がる疑問や、自分の出来ない事なんかが具体的に分かって色々考えるんだ。
その横で母親が色々助言してくれるのは、ありがたいんだがアドバイザーは無理難題を仰る。
そのありがたーい助言を生かせず一度失敗。これは俺の朝ごはんになる予定だ。
失敗し無残な姿に成り果てた玉子焼き。この材料となったタマゴを産んだ母鳥の気持ちを考えると夜も眠れん。朝になったばかりだしな。
その失敗を胸に、もう一度フライパンに油を敷く。
今度は黙って見てるだけ。そりゃありがたい。
アドバイスを頭で反芻しながら、タマゴをかき混ぜフライパンに流し込む。
そうやって出来たのが、この玉子焼きってわけだ。
上手くいったと自分でも思うし、長門にも褒めてもらったしな。
まだまだ上達の余地もあるのは分かっているし、目の前に大きく立ちはだかるのは朝倉涼子だ。
ヤツに勝たずして本当の勝利は訪れない。

「どうしたの?」
「……ん?いや、別になにも」
「そう」
 空の弁当箱を脇に置き、俺を心配そうに見つめる長門。
なんだ、知らない内に食べ終わったみたいだな。
「そろそろ時間」
「そうだな。じゃあ教室に戻るとするか」
 二つの空になった弁当箱を片付け、二人で部室を後にした。
こんな明るい時間に二人で部室を出る。
これだけ通った部室にも、こんな風にすることは稀だ。しかも今日は弁当箱を片手に持って。
見慣れた光景が、感じる空気が一気に違うものに思えてな。
新校舎への帰り道。一人胸が高鳴っていたんだが、長門はどうだったんだろう。
2歩ほど先を行く長門の背中からは変化を読み取る事が出来なかった。

 さて。教室に帰った俺は谷口から「どうしてお前が朝倉に弁当作ってもらってるんだよ」と問い詰められた。
はっきりいって勘弁してほしい。
ここで面白がって否定しない朝倉も勘弁してくれ。
ハルヒがいなかったのが不幸中の幸いというところか。

 

 練習 34 >

 

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シャマルさん 27


 
 あの子を見据え走り出す。私の前には誰もいない。
一直線に、ただひたすら真っ直ぐに。
ゆっくり身体を起こしたあの子は、肩を下げお尻を上げてぐぃーっと伸びをしている。
伸びで身体を解し、気持ち良さそうに大きな口を開けてあくびのオマケ。
大きくて長い尻尾をフサフサと振りながら、キリリとした双眸が私を捉える。
お互いが見詰め合うその間には何もない。
どんどん近づくにつれ周りの余分なものが見えなくなって、まるでココには私とあの子しかいないみたい。
今はそれで構わない。余計なことを考えなくて済むもの。
……やっぱりちょっとは考えたいわ。さっきみたいなのは勘弁したいし。
要らない考えを放り出すように、ブンブンと頭を振る。
きゃー。走りながらしたせいでグラグラする~。
頭のグラグラにつられて、私の身体も蛇行運転を始めちゃった~。あ~フラフラしちゃう。

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シャマルさん 26

 お行儀よく、まるで置物のようにお座りして私のバッグを咥えている。
たっと駆け寄って追いつくけれど、それで逃げるなんてことをしない。一体何ナノかしらね、もう。
「はい、それ返してちょうだい。とっても大切なものなの」
「あぐー」
 右手を差し出して返してくれるよう催促すると、口を閉じたままで喉を鳴らすように返事をした。
そうそう、大人しくそれを返してちょうだ……ってあら?
すくっと立ち上がり尻尾をペンっと立てたかと思うと、後ろ足で跳ねるようにして前足を上げ踵を返す。
私が自分を見ているか確認するかのように、背中越しにチラリと見るとスッと前に向き直る。
そして、軽快な足取りで、あっという間に角を曲がって行ってしまった。
ちょ、ちょっと。治ったばかりなんだからそんな無茶しちゃ駄目よー。
「ち、違う!そりゃ心配だけど今はそれどころじゃない!」
 角を曲がり表に出る。
「シャマルー。一体どないなってるんやー」
「いま逃げちゃったので探しているところなんです!」
「そ、そか。頑張ってや」
 ちょっと語気が強くなっちゃったかしら。はやてちゃんが済まなそうな声を上げてたわ。
もう、こうなったのもあの子が悪いのよ。
早く見つけ出してバッグを返してもらわなくっちゃ。
何処へ逃げたのか。少しずつ多くなる人ごみの中から必死にあの子を探す。
道路を渡る事は出来ないと思うから、この歩道をずっと向こうに走って行ってるはずよね。
でも、途中の角で曲がってるかもしれない。そうなったら見つけられないわ。
そんな私の心配を他所に、バッグの持ち主は直ぐに見つかったの。
「あ、いた!ちょっと待ちなさい!」
「見つかったんか?頑張れシャマルー」
 視線の先のずっと真っ直ぐ行ったところ。さっきと同じようにお利巧に座っている。
大きな犬だとは思ってたけど、人やガードレールなんかの対象物があると、一層その大きさが目立つわね。
よくお店の前なんかに大型犬が、ご主人様を待ってる様子を見るけれど、あれだけ大きいと待ってたとしても可愛げはないわね。
そんな大きな犬だから、道行く人たちがその辺りを避けてて人通りの中洲が出来てる。
そこを歩いている人には邪魔だろうし悪いけれど、分かりやすくて助かるわ。
良い?そこを動かないでちょうだいよ!
はやてちゃんが聞いてるんだから!
流れに逆らってあの子のところまで一直線に走る。
すれ違った人のうち、何人かは私の事を振り返ってたけど今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
焦って走る私とは対照的に、見つけたときのまま、そこでジッと私のことを見つめるように座っている。
どういうつもりなのかしら。
途中で逃げ出したら、どうしようかと思ったけど、その子は私が目の前に着くまで大人しく待っていてくれた。
そうそう。そのままで居てちょうだいな。
「はぁ、ふー。ちょっとそのまま。それを私に返してくれないかしら」
「……」
 中腰になって低く手を差し出す。
この子に対しては、もっと上からモノを言っても良いんじゃないかと思うんだけど今回は目をつぶりましょう。
さぁ、その口に咥えてるはやてちゃんの体操着が入ってるバッグを返してちょうだい。
むむむ。往来の中でのにらみ合い。
よく見ると咥えてるところが涎で濡れてるような気が、ううん。濡れてる。絶対に濡れてる。
このバッグ。そんなに高いものじゃないけど、ちょっと、すっごくイヤよね。
バッグって家で洗えたかしら。駄目ならクリーニングよね。
涎まみれのバッグを出すなんてイヤだわ。出すとき変な目で見られそうで。
うーん、でも大丈夫かな。ザフィーラが家に居ることは知ってるだろうし。ごめんなさいね、ザフィーラ。
ほらほら。咥えてる時間が長いほど余計涎がついちゃうでしょ。
私とはやてちゃんと、ザフィーラの名誉のために早く離して。
「わん!」
「あ、こらっ!」
 それにしても器用な子ね。口に咥えたまま吼えるなんて。
短く、私に何か言うように吼えると、さっきと同じように跳ねるみたいに走り去ってしまう。
くぅ~。こうなったら絶対に捕まえてあげるわ!
私は背筋をピンと伸ばし、決意を新たに拳を固める。
「はやてちゃん、ごめんなさい。電話を一回切ります」
「あんなシャマル。あんま無理せんでもええよ?犬ちゃんに追いついたり出来へんし」
「いいえ!これは私とあの子の戦いなんです、きっとそうです」
「そ、そうなん」
「必ず奪い返して、はやてちゃんの元にお届けしますから待っててください」
「う、ん。分かった、せやけど無理して怪我とかしんといてな?そんなけや」
「はい。分かりましたはやてちゃん。では、これで」
 耳に聞こえるはやてちゃんの電話がぶつりと切れるのを確認して、こっそり手で隠しながらクラールヴィントを元に戻す。
はやてちゃんとのやり取りの間に何処かに行ってしまったかとキョロキョロしたけれど、そんな心配はなかった。
まるで、私とその子の間にはあるように、視線を遮るものも人も何もなくて直ぐに見つかった。
さっきと同じように、ずっと前に、私を待つようにジッと座っている。
よーし、待ってなさいよ。
必ず捕まえてあげるんですからね!
「…………はっ!?」
 道の真ん中で一人拳を固める私に対する周りの視線。
なんだか気の毒なものを見るような目で私のことを見てる。
しかも、あの子と同じように私の周りを避けるようにして中州が出来てるじゃない~。
く、くぅー。
心臓が口から飛び出るとか、顔から火が出そうとか色々恥かしい気持ちを表す言葉はあるけれど、そんな生易しいものじゃない。
なんて言うか、その、あーっ!この貧弱な語彙しか持たない子の頭が憎らしい~!
もう、兎に角すっごく恥かしいってことだけ分かって!
「……ふぅ~ん」
 さっきまで、お利巧に座っていたあの子がバッグを咥えたまま、顎を投げ出すように前足を敷いて座っている。
余裕の態度って言うのかしら。バカにしてるわね。
あなたのせいでこんな目に遭ってるっていうのに、失礼しちゃうわ。
でも、私だって昼間っから大きな野良犬と追いかけっこしながら、何やら一人で喋ってたら避けちゃうわ。
しょうがないか、しょうがないわね。
犬と追いかけっこなら、何か盗られちゃったのね、と微笑ましいというか間抜けな感じで済むけれど
一人で喋ってるのは怖いもの。この人どうしちゃったんだろうって。
はぁ、落ち込むわ。
ううん、そんな暇なんてない。
恥かしさと溜息に曲がりそうな背中に気合を入れて、真っ直ぐあの子を見つめなおす。
私の視線に気づいたのか、顎を上げゆっくりと身体を起こす。
犬との追いかけっこなんて自信ないけど、はやてちゃんのためですもの。ちゃんとやり遂げて見せるわ。

 

 シャマルさん 27 >

 

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シャマルさん 25


 クラールヴィントを使って、はやてちゃんの携帯を呼び出す。
そういえば、闇の書の蒐集を黙ってやってたときに随分とこうやって電話してたわね。
結界の中や別次元から連絡をしなくちゃいけない時なんかに。
電波の出所や送信データ、自分の携帯に履歴を作ったりしての偽装をして、初めての嘘の電話。
とっても緊張したわ。バレやしないかって。
後は周りの環境ね。
やけに静かだったり、逆に街中ではしないような音が後ろで聞こえてもいけないし。
そういう事にも気をつけながら。
私なんかはおっちょこちょいだから、嘘なんかついたりすると直ぐにバレちゃうんじゃないかと思ってイヤだったの。
でも仕方ないわよね。
シグナムやヴィータちゃんは、嘘が下手なんですもの。
家に帰って、はやてちゃんの前で「一日の報告」をするの。殆ど嘘のね。
殆どっていうのは、時折報告どおりに過ごしておかないと何処から嘘がばれちゃうか分からないもの。
「ヴィータちゃんを最近見ないわね」とか「シグナムが道場に顔を出してないけど」とか。
そうやって、大きな嘘の中にちょっぴりの本当を混ぜた生活。
初めの頃は、はやてちゃんの姿が見えなくなると、どっと疲れが押し寄せて溜息の連続だった。
こんな生活が何時まで続くか?というより、いつやバレてしまわないだろうかって。
それでも、いくらか時間が経つにつれて嘘も上手に、より自然になった。
「結構自然な感じじゃねーか?」なんてヴィータちゃんは言った後に、必ず落ち込んでたわね。
「別に嘘なんか上手になったってしょーがねぇ……」って。
そう言って雰囲気が、ずんと重くなるとシグナムが決まって口を開くの。
「ヴィータ、お前が落ち込んでいては主も心配するだろう?お前の笑顔が一番、主を元気付ける」
「……ふん。わーってるよ、そんなことはさ」
ヴィータちゃんも、ふんと顔を背け悪態をつくけどそんな悪い気はしなかったみたい。
それもそうよね。
こちらにきて、幾らか変わったとは言え私たちはずっと長い時間を一緒に過ごしてきたんですもの。
ぼんやりと光を放つクラールヴィントを眺めながら、そんなことを考えていると、ブツリと音がした。
「はいよ、シャマルゥ。どないしたん?」
「ちゃんとシャマルって呼んでください。その"ゥ"はいりません」
「別にエエやん。○ルルゥと間違うてるわけやないんやし」
「ああ駄目ですよ、そんなこと言っちゃ。色々とアレですから」
「はっはっは。色々ぶちまけたらイカンかな?」
「ぶっちゃけです。それを言うなら。ああ、そんな事言ってる場合じゃない。はやてちゃん。実はですね、あのですね」
「なんや。この時間になっても連絡こうへんから、てっきりバスで寝過ごしたんか?」
 がーん!
いま私の後ろに、効果音と共にビシャッとイナズマの効果が走ったような気がしたのは幻覚よね。
「……さ、流石はやてちゃん。仰るとおりです」
「ま、マジか。そんなんなってたら面白いな~ぐらいの軽い気持ちで言うたんやけど。そこまでお約束とは。恐ろしい……」
 うぅ。酷い言われよう。
でも、ここはサッと気持ちを切り替えて、要件だけを早く聞かなくちゃ。
「その話は後でゆっくりと。そ、それで今何時ですか?」
「今か?ちょっと待ってな……ふん、30分ちょい過ぎぐらいかな?」
 思ったより時間は経ってなかったみたい。
バスで寝過ごした時間も、この子に構ってた時間も思ったより短かったってことね。
でも、安心は出来ないわ。だって、ここから学校までどのくらい掛かるか分からないもの。どうしましょう。
「時間はそんなとこ。で、シャマル。今自分がどこにおるんか分かっとる?」
「……え?」
「まさか乗り過ごした上に迷子になっとるのと違うやろね。流石にそこまでやとフォローできんわ」
 がーんっ!
今度は冗談じゃなくて、本当に何か見えた気がするわ……がっくり。
「わふっ」
 ああ、この子にまで笑われちゃった。
そうよね。こんな間抜けな話なんてないわよね。うぅ、ショック。
怪我を治して「名乗るほどのものではありません」とか格好よく立ち去りたかったわ。
それなのに……ふふ。上手くいかないものね。
「わふ、わふ」
「もう、笑わないでよ」
「そこに誰かおるん?」
「あ、あの、いいえ。それで、申し上げ難いんですけど、その」
「……うーん、困ったな。タイミング悪くここには、私とフェイトちゃんしかおらんのよ」
「そうなんですか?」
 私の疑問を受けて、はやてちゃんは電話を離し、フェイトちゃんに何か聞いているようです。
僅かに漏れ聞こえる学校の喧騒。
一体どこにいるのかしら。若しかして私からの連絡を待って下駄箱の近くに居るのかも。
そこなら人の出入りも多いし、騒がしいのも肯けるわ。
ああ、今はこんな騒がしいところにいるのね。
以前のような静かな家に一人で居るんじゃないわ。うん、うん。
「ごめんな、シャマル。フェイトちゃんもよう分か……ん?シャマルー、聞いてるー?」
「え、あ、はい。聞いてますよー」
「たぶん聞いてもシャマルがどこにおるか分からんと思うって、うん?フェイトちゃん?」
 はやてちゃんが話している後ろでフェイトちゃんの声が聞こえます。
一体何を言っているのかしら。
「あんな、今フェイトちゃんがアリサちゃんかすずかちゃんを探しに行ってくれるて」
「そうなんですか?ありがとうフェイトちゃん……ん?」
 クラールヴィントをかざしたままぺこぺこと頭を下げていると、あの子が視界から消えているのに気がつきました。
もう、何処かに行っちゃったのかしら。
そうよね。怪我が治ったんだし、もう私には用はないんだから。
さーて。バッグを持って移動しましょ。
とりあえずバス停まで行けば自分の位置も説明しやすいだろし……って~~っ!?
ない!私のバッグがない!一体何処に行っちゃったのかしら!
まさか置き引き?ううん、流石にそれはないわ。いくら私でもそれぐらいは気づくもの。
それならバッグに足が生えて一足先に?……うーん、違うかも。
それじゃあ、なんで?ええっと、ええっと~。
「ああっ!?」
 その場でグルグル回りながら考えていると、表通りの曲がり角に私のバッグを咥えたあの子がお行儀よく座っていました。
お利巧さんね。私のバッグを持ってくれたんだ……って!違うわよ~。
「私のバッグ返して~!」
「おんや、シャマル。どないしたん!?シャマルっ!?」
「ええっと、私のバッグが犬に取られちゃったんです!」
「一体どないしたらそんな事態に陥るんやっ!」
「ああ~ん、そんなの私が聞きたいですよ~」

 

 シャマルさん 26 >

 

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練習 32


 あれから母親に色々聞いてやってみることにした。
タマゴをやたらにかき混ぜていたが、これは良くないらしい。
根拠を聞いてみると「分からないけど、そっちの方が上手くいくのよ」とのことだ。
この際理屈なんてのはどうでも良いか。結果上手くいけば良いんだから。俺は先生でもないんでもないしな。
はやり焦げてしまうのが怖いので、弱火でちょろちょろと玉子焼き用の四角いフライパンを温めていたら
「ほら、もうっと強くしないと」といって、俺の技量を無視した火力にする。
そりゃ無理だって。火を強くして焦がさず焼く自信は、入れた砂糖小さじ一杯よりも少ないんだ。
「タマゴを一気に流し込めば結構大丈夫よ。それに熱いフライパンで一気に焼かないと」
だから、それが無理だと言っているんだ母上。
「そうやってると、何時までたっても上達しないわよ?失敗したら自分で食べれば良いじゃない」
そりゃご尤も。上手くいったときだけ長門に食べてもらえば良いんだからな。
流石主婦歴××年。言う事が違う。
「早く作っちゃわないと、冷ます時間がなくなるわよ」
へいへい。分かってますって。


「おい、キョン。今日も他所で食うつもりかよ」
 4時限目の終わりのチャイムと共に後ろの席を跳ね飛ばすようにしたハルヒが教室を飛び出していく。
これがはっきりいってありがたい。
ハルヒが教室に居る状態で、弁当を持ったまま出て行くのは都合が悪い。
あいつの事だ。絶対に「ちょっと!何処行くのよ!」と要らぬ茶々を入れてくるに違いない。
普段つまんなーいとか言う割には、詰まらない事に首を突っ込むんだからな。
別に俺がどうしようと、お前の欲求を満たすほどの行動をしないことぐらい分かりそうなもんだろ。
やれやれだ。
そんなハルヒの背中を見送り、鞄を手に席を立ち上がると谷口が声をかけてくるわけだ。
聞いての通り「今日も」である。
言っておくが、毎日教室で食べないわけじゃない。
ただ、ここ最近は教室以外で食べることが増えただけだ。ちょっと大げさなんだよ、あいつは。
大体高校生にもなったんだ。毎日つるんで一緒に弁当を食べる事もないだろう?
なんで高校男子が毎日顔を引っ付き合わせて弁当を食べにゃならん。
彼女の一つでも作って青春を謳歌しろよ。
「ああ、ちょっとな」
「キョンも大変だね」
「まあな。そういう事にしておいてくれ」
 国木田は分かっているのかいないのか。適当に聞き流してくれる。
一度SOS団の集まりという事にしようかとも思ったが、これがハルヒの耳にでも入ったら面倒だ。
なにせアイツが団長なんだからな。
「私はそんなことしてないわよ!」などと言われちゃ面倒この上ない。
そうすりゃ教室で釈明する羽目に遭う。
まさか言えるわけないだろう?「長門に弁当の味見をしてもらってる」だなんてな。
どんな結果になるか見当もつかん。
ハルヒのことだ。降水確率0%の天気予報で土砂降りになるぐらいの分かり易さじゃないことだけは確かだ。
「じゃあな、また今度だ」
「お前、そうやってると友達なくすぞ」
「はは、肝に銘じておくよ」
 谷口のありがたい忠告が左から右に通り抜け、教室を出ようとしたところで、ふと袖を掴む感触に止められた。
「うん?なが……なんだ、朝倉か」
「ちょっとキョン君。何処行くの?」
 思わず「長門」と言いかけ踏み止まった口よ。偉いぞ。
「別に。何処だって良いだろう?」
「それと。そのお弁当はどうするの」
 流石朝倉。俺が弁当を持っているのをお見通しか。
いや、今の会話を聞いていればそれほど驚くことでもないが、こいつの事だからな。
「もー、教えてくれないの?なら、これ。長門さんにお願いね」
 なんだ、分かってるんじゃないか。ワザとらしい。
それで?これを長門に届ければ良いんだな。
しかし、珍しいな。昼時になって弁当を届けるとわ。何かあったのか?
「えっとね。何時もはお弁当が出来上がるまで待ってくれるんだけど、ここ何日か先に行っちゃうのよ」
 ふーん、と生返事をして弁当を受け取る。
「お願いね、キョン君」
 みんなの目の前だろうか。いつもの調子で「お願い」をする朝倉の顔を見ずに、手をひらひらと振っておいた。

「待ったか?」
「ちょっと」
 窓辺で冬の低い日差しを明かりに本を読んでいた長門が、パタンと本を閉じて返事をする。
今日は少し遅れたからな。「ちょっと」というのは長門なりの気遣いだろうか。
鞄と朝倉から渡された大き目の弁当箱を長机に置く。
さっきは自信があったが、いざ目の前にするとちょっとな。
直接聞くのは野暮なことだろうが、さて、どうしよう。
「お腹、空いた」
「長門。朝倉から預かってきたんだ、ほら」
 テコテコ歩いて俺のとなりへ。鞄と弁当箱をジッと見比べる。
「朝倉涼子のを、どうして」
「教室でな、預かったんだ。ほら、食べたらどうだ」
「あなたのも」
 するすると布巾を解き、朝倉手製弁当の蓋を開ける。
「こりゃまた」
 どうせ朝倉のことだから随分凝ったものを作ってきてるんだろうとは思ってたが、まさかこれほどとはね。
冷凍食品を始めとした既製品や昨夜の残り物なんて一つも入ってないだろうな。
いや別に残り物が悪いわけじゃない。
明日の弁当の中身も考えて晩ご飯の献立を考えるんだから大変なもんだ。
今度からもっとありがたく頂かないといかん。さんきゅー、母。
「早く食べないと時間がなくなる」
 朝倉の弁当をぼんやり眺めながら考え事をしている内に、長門の箸は随分進んでいた。
そうだな。俺も早く食べるとしよう。
「玉子焼き」
「うん?朝倉が作ったやつがあるだろう?」
「上達振りの調査のために必要」
「そうか。ほら、一つたべ……ん?」
「……(あーん)」
 長門が取り易いよう、弁当箱をすっと進めてやると、そんな俺を無視するように口を開けて待っている。
はいはい。ただいま。
「ほら、あーん、だ」
「……(まぐまぐ)」
「どうだ?」
「……(もぐもぐ、ごっくん)」
 焼き方の上達による変化はあるはずなんだが、どうだろう。
グルメハンター長門、しかも毎日朝倉の美味い料理を食ってるんだ。そうそう認められるとは思わんが。
飲み込んだ後も、じぃっと俺の弁当箱を見つめている。
もう飲み込んだんだ。何も考える事はないと思うんだが……
「焼き方の上達による食感の向上が見られる」
 緊張で腹の中に溜め込んでいた空気が一気に吐き出される。
良い評価を貰えたようだ。
「だけどまだ向上が望める」
 ホッとする俺の心情を見透かすようにコメントをつけたす。
こんなところで満足しちゃ駄目だって事だな。流石分かってるぜ、長門有希。出来る女だ。
「もう一つ(あーん)」
 こんなので良ければいくらだって食べてくれて構わないぞ。ほら、もう一つだ。
「……(まぐまぐ)」

 この後、参考という事で朝倉手製弁当を少し分けてもらった。
こりゃ確かに美味い。どこからこの技術を仕入れてきたんだろうか。やっぱりヒューマノイド何たらだからなのか?
『愛の力と言ってほしいわね』
 そんな朝倉の声が聞こえた気がした。

 

 練習 33 >

 

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シャマルさん 24


 あれやこれやと考えたけれど、結局良いアイデアは浮かばなかった。
もう既に治療は大方終わってしまっているし、何よりこの子が動きたくて堪らないといった感じ。
ふーん。困ったわ。
私だって、いつまでもここに居るわけにはいかない。
早くはやてちゃんのところに行かなくちゃいけないんだし。
勝手な考えかもしれないけど、ある程度治してあげたなら大丈夫かしら。
どういう経緯で野良犬生活になったのか分からないけれど、ここまで大きくなっていて、この辺一体のリーダーだっていうし。
そこまで上り詰めることが出来た子なら、歩けるようになれば後は一人でやっていけるわよね。
それに、ザフィーラと一緒に散歩してるような私とは、余り付き合いたくないかもしれない。
仲が悪いわけでもないみたいだけど、仲良くしているって事はないし。
今は動けないから仕方なくこうしてるだけで、本当だったらまっぴらゴメンだーって思ってるかも。
うん、そうよね。そう考えましょ。
心配で最後まで面倒を見てあげたいという気持ちを、グイグイと頭の片隅に追いやる。
胸のうちはモヤモヤするけれど、これは仕方ない事だと自分に言い聞かせるようにして、その子から手を離した。
「……?」
「はい、お終い」
 地面についていた膝を上げ、手で砂や埃を払いながら立ち上がる。
背中越しに私の様子を窺っていたけれど、立ち上がったのを見て状況を理解したみたい。
自分の右足にグッタリと乗っていた左足を、そろそろと動かし始めた。
さっきは、もう動き出さんばかりだったように見えたけど、いざとなるとやっぱり心配みたい。
それはそうよね。いきなり魔法を使ってあっという間に怪我が治ったりしたら不思議に思うもの。
3本の足に力をいれ、ブルブルと全身を震わせながらゆっくりと立ち上がっていく。
痛みが引いたばかりの左足を、恐る恐る地面につけ、その感触を確かめるように地面を叩く。
しっかり足が動くことを確認できると、次は私の周りをゆっくりと回り始めた。
「どう?ちゃんと治ったでしょ。私だってやる時はやるんですからね」
「……」
 全然聞いてない。もう、失礼しちゃうわ。
でも、しょうがないか。暫く思うように歩けなかったんだから、今は怪我が治って嬉しいのよね。
「さて。今は何時かしら~……って!?」
「……!?」
 時間を確認しようと左手首を持ち上げた私は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
なんと。その左手首には時計が付けられていなかったの。
あ、ああ。えっと、どういうことかしら。
手首に時計がなってことは、腕時計を忘れてきたって事よね。
という事は、部屋に置きっぱなしなのか、はたまたリビングにでも置いてきたのか。
ああ、違う。全部同じことじゃない。理由は同であれ、今わたしは時計をつけてなくて時間を確認出来なのよ。
「あ、えっと、時計時計……あ~ん、街中って時計ないのね」
 当然だと思う。そんじょそこらに時計が置いてあるなんてみたことない。
もう、私みたいに時計を忘れた人はどうすれば良いのよ。
う、うーん。ええっと、ううんっと……そうだわ!
「携帯電話があったじゃない。アレにも時計が付いていたわよね」
 時間が正確に合ってるかはわからないけど、少なくとも大体の時間は分かるはずよ。
ええっと、携帯携帯……う、ううん!?
ない!携帯電話がないわ!
ああ、えっと、どこに入れたかしら?
胸の内ポケットや、パンツのポケットなんかを上からパタパタと叩いて確かめる。
けれど、身体を触っても何かしらのモノがポケットに入っている感触はない。
大きく溜息をついて、腕がだらんと力なく垂れ下がる。
どこに忘れてきちゃったのかしら。
はやてちゃんの連絡を受けて、え~っと着替えたに部屋に戻って……
そうだわ。きっと着替えたときにジャンバースカートのポケットに入れっぱなしにしてたんだ。
あ~ん、なんて間抜けなのー。連絡手段を忘れて出かけるなんてー。
はぁ、一体どうしたら良いものかしら。
「う、ん?どうしたの?」
 しょんぼり足元を見つめると、そこには私を見上げるようにあの子が座っていた。
あら、まだいたの?もう怪我は大方治ったんだから、ここに居なくても良いのよ?
「わん、わん!」
 真っ直ぐに私を見つめ、何かを伝えるように短く2度吼える。
何が言いたいの?もしかしてお礼の言葉?
それにしては尻尾も振ってないし、雰囲気的にお礼を言ってるって感じじゃないわ。
うーん、一体どうして欲しいのかしら。
こういう時、動物の言葉が分かったら便利よねって思う。
本当に、稀にだけというか殆ど思ったことないけど。ザフィーラは人間の言葉使えるし。
ち、違った。ザフィーラは動物の言葉も分かるだったわ。
こんなこと考えてたった知れたら、また拗ねちゃうかも。
だって、普段からずっと犬なんですもの。人間形態になってる方が不自然というか何と言うか。
「わふ、ぐぅ」
「あ、ちょ、ちょっと」
 ずいっと身体を近づけ、私の左手を濡れた鼻でつんつんと押す。
ひゃ、冷た~い。
今日は陽気が良いとはいえ、やっぱり冬なのね。とっても鼻先が冷たいわ。
濡れた鼻に触れた部分が冷たくて、思わず手を擦り合わせて暖めようとしたとき、この子の言いたい事が分かった。
「あ、あ!クラールヴィント!」
「わん!」
 そうよ!この子には通信機能もあったじゃない!
最近は携帯電話で連絡を取る事が多くなってたし、他のときは管理局の通信士の人がやってくれるからすっかり忘れてた!
ああ、ごめんなさいね。あなたの事すっかり忘れてたわ。
「よし、お願いね。クラールヴィント」
 一瞬拗ねたような感覚が指から伝わってきたけれど、この場は無視する事にした。
後で、目一杯お礼するから今は我慢してちょうだいな。

 

 シャマルさん 25 >

 

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シャマルさん 23

 改めてもう一度周囲に人がいない事を確認して、右手に装備された相棒に話しかける。
「お願いね、クラールヴィント」
 状況をちゃんと理解して、いつもより控えめに待機フォルムからリンゲフォルムへ。
流石クラールヴィントね。よく分かってるわ。
右手を太ももの骨折をしているんじゃないかと思われる部分にかざす。
外からでは分からない内部の状況を読み取るために、目を閉じて集中する。
普段ならちゃんとした設備があったり、そういう技術に長けた人が怪我の状態にあわせて、まずレベル分け。
その人たちが収集・分析した情報から、各自の得意分野にあった患者を担当する事になっているの。
だから、私は普段こういうことはしないんだけどね。
ちゃんと訓練だけは積んでるのよ?いついかなる時に、設備の整わないところで仕事をすることになるか分からないんだから。
今までそういう事態に遭遇したことがなかったから、ちょっと面倒だなって。
ホントにちょっとよ?ホントにこのぐらい、えっと、小さじ一杯ぐらい!
でも、しっかり訓練をしておいて正解だったわ。
随分いらない事を考えちゃったけど、内部の状況は読み取る事が出来た。
骨は折れてるのかと思ったけど、完全に折れてるわけじゃなかったみたい。
これなら私だけでも治せそうね。
「……」
 ギリギリ触らないぐらいに手を近づけて、クラールヴィントに力を込める。
クラールヴィントを中心に柔らかな緑の光が、手と患部を覆うように広がっていく。
大きく光が発生してしまうのは困るわ。さらに集中力を高めてその光を絞る。
うんうん、このぐらいなら大丈夫かしらね。
周りを気にしたり、怪我の治療のイメージ。その上光が大きくならないよう集中力を切らすわけにいかない。
こんな二つも三つも同時にしなきゃいけないだなんて大変。
こういうのってマルチタスクって言うんだったかしら。
魔道師には必須のスキルですってね。
特に、なのはちゃんやフェイトちゃんは得意なんですって。羨ましいわ。
私なんか二つの事を同時にしようとすると、失敗する確率がうなぎ登りですもの。
マルチタスクってどうやるのか一度聞いてみたことがあるけど、なのはちゃんに。
そうしたら「普段からRHで練習してますから、シャマルさんもそうしてみたらどうですか?」ですって。
もうちょっとコツというか、何か聞きたかったんだけど「訓練あるのみ」だなんてシグナムみたいな事言うんですもの。
フェイトちゃんに聞いてみたらどうかしら?
別に、なのはちゃんがそうじゃないって言うつもりはないんだけど、フェイトちゃんなら優しく教えてくれそう。
そうね。今日は無理だから今度管理局で会った時か遊びに来てくれたときにでも聞いてみましょ。
でも、それじゃ中々機会がないかも。
う~ん。そうだ!フェイトちゃんはシグナムと一緒によくいるんだった。
二人で模擬戦したりしてるんですって。
シグナムがフェイトちゃんに会うときに、一緒について行ったら良いわ。
うん、そうしましょ。
「……ぐ、ぐぅ」
「あ、あら。どうしたの?なに、早くしろって?もう、分かってるわよ」
「……くぅん」
 分かってるんだったら早くしろと言わんばかりに、鼻を鳴らす。
わ、分かってるわよ。私だってこの後に大事な用事が控えてるんだから早く済ませちゃうわよ。ふーんだ。
「む~ん、は~」
 魔力光の絞りを少し押さえて治療にまわしていく。
絞って少しずつするよりも、ある程度に抑えて人のいないうちに手早く済ませた方が良いわよね。
手を覆うほどに大きくなった光。
真昼の太陽に照らされているから、大きくしてもそれほど目立たないわね。
この分なら思ったより早く終わらせる事が出来そう。
骨の損傷した部分が徐々に補われ元に戻り、それに合わせて周囲の筋肉や血管、腱や細胞も元に戻って骨にくっ付いていく。
頭の中に浮かぶイメージは、それほど具体的じゃないの。
そりゃ弱音は吐いていられないけど、余り患部を直接見るのは得意じゃなくて。
なんて言ったら良いのかしら。状況は分かるけれど、具体的じゃないイメージというか、う~ん。
パズルのピースがはまって行って一枚の絵が完成するって感じかしら。
こう、パズルがバラバラになったのを元に戻していくって言うのをイメージしたら、それが一番近いかも。
そんな感じで治療をしていくのを頭に思い浮かべるの。
「ぐ、ぐふ、ぐぅ~……」
「う、ん?まだ動いちゃ駄目よ。もう少しなんだから」
 一番の問題だった骨に関しては大体お終い。
周囲の組織も大方元に戻ったと思うわ。後は痛みを取るだけね。
問題なく治してしまうときは良いのだけれど、そうじゃない時は全部取ってしまわない方が良いかしら。
痛みがないと無理をかけちゃうかもしれないしね。
苦しまない程度には残して、後は取ってしまいましょう。
「ぐふ、わふっ」
 殆ど痛みが引いたからか、もう動きたくて堪らないと言った感じ。
でも、怪我が治ったからといって動けないわよ?
さっきまで随分弱ってたじゃない。いくらかご飯も食べてないんでしょうし。
う~ん、困ったわ。
本当なら、ちゃんと元気になるまで面倒を見てあげたいんだけど、この子は野良犬だし。
家に連れて帰ろうとしたって、この子はついて来ないでしょうね。
それに、これから学校に行かなきゃいけないし、帰りはバスを使うからもっと無理よね。
どうしましょう。ザフィーラに言って何か届けてもらった方が良いかしら。
「……」
 駄目そう。この子とザフィーラ。決して仲が悪いわけじゃなさそうだけど、そうやって助け合うような仲でもないみたいだし。
う~ん、困ったわ。
治療が終わって「はい、さようなら」って言うのも何だか薄情な感じがするし。
うーん、うーん。どうしましょう?

 

 シャマルさん 24 >

 

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練習 31


 以前長門に弁当を作ってやるとか、一緒に作ろうなどと言ってた事を思い出した。
そこで一度早起きをして、弁当作りを試みようと台所へ急いだのだが、あっさりと断られてしまった。
そりゃそうだ。朝の忙しいときにわざわざ仕事を増やす事もないだろう。
こういうのは徐々に夕食時などに手伝って、スキルを高めるべきだ。

 と、言うわけでさらに数日経った。
「どうした、キョン。今日の弁当はやけに質素だな」
「ん?あ、ああ」
「どうしたの?お母さん、病気か何か?」
 昼休み。弁当箱を開けた俺に質問をぶつける谷口と国木田。
そりゃそうだろうな。今日の弁当のおかずは玉子焼きに炒めたウインナーだけだ。
ご飯は流石に日の丸というベタなところは避けたかったので、ゆかりを振り掛けてある。
普段の弁当の内容からすれば、当然作っているだろう母親に何かあったと思うのが自然だろうね。
「いや、別に」
「別にってことはないだろう?」
「そうだよ、キョン。心配してるんだから」
 そりゃありがたいが、母は健全そのものなんだ。済まんな。
しかし、それでは自分で弁当を作ったと言わねばならん。面倒だな。
母を病人にするのも二人の好意を無駄にするようで悪いし、ここいらで退散するとしよう。
「どうした、キョン」
「済まんな、急用を思い出した」
「なんだ、また涼宮絡みか?」
「そう思っててくれ。じゃあな」
 手早く弁当箱を片付けると、二人の視線を背に教室を後にした。

 でだ。教室以外で弁当を食う場所などここしかない。そう、元文芸部であり現SOS団の部室だ。
ここなら誰も近寄らないし、いたとしても長門ぐらいなもんだろう。
……しまった。部室のドアノブに手をかけようとした瞬間に思い出す。
こんな練習中の弁当を長門の前で食べるわけには行かない。
なんて基本的なことを見逃してたんだ俺。あ~しまっった。こんなことなら教室で食ってりゃ良かった。
行く当てもないがとりあえず部室は止めておこう。
そう思い踵を返したところで、ドアノブがガチャリと音を立てた。
きぃ~っと、まるでベタなホラー映画のような普段立てない音を出しながら開くドア。
そこから、ちょこんと顔を覗かせるのはSOS団部室の主といっても過言ではない長門有希だった。
「……どうしたの」
「あ、ああ。いや、その、なんだ」
「お弁当?」
 流石は長門。俺がだらんと垂らした手に持つ弁当を見逃さなかった。
「それは誰にでも分かる」
 少しむくれたような調子で喋る。
別にな、長門の食べ物に対する嗅覚を殊更取り上げたわけじゃなくてだな。
「……」
 つつっと顔を引っ込め、そのままドアを閉めようとする。
ああ、悪かった。ドアを閉めないでくれ。
「……どうするの」
 ドアの隙間から顔を半分だけ覗かせる。
こうなったら仕方ない。とりあえず長門に味見をしてもらう事にしよう。
本当なら上手くなったところで食べさせて驚かせたかったんだがな。
「徐々に上達するのも良い」
 食べさせたい相手がそう言ってくれるなら、それで良いんだろう。

「質素」
 弁当を見た長門の第一声はそれだった。まさか長門の口から谷口と同じ感想を聞くことになろうとはな。
「不本意」
 結構根に持つタイプなのだろうか。やけに谷口を敵視している気がする。
「そんなことはない」
 ……深く追求するのは止めておこう。
そんなことよりも、長門に弁当の味見をしてもらわなきゃならん。
昼休みは意外に短いからな。既に時間は相当経過しているはずだ。
「どれが欲しい?」
「変わった形をしている」
 指差す先は、断面に切り込みをいれ反り繰り返ったウインナーだ。通称タコさんウインナー。
まさか高校生にもなってタコさんウインナーを食べる事になるとは思わなかったぞ。
「これはな、タコさんウインナーというんだ」
「タコ……」
「何か気になることでもあるのか?」
「足が足りない」
 文字にすると同じ字が並んで、一瞬なんだか分からなくなるな。
「その辺は勘弁してくれ。余り細かく分ける技術はないんでな」
「そう」
 まだ何や言いたげという感じだ。ここは早く一口食べさせて黙ってもらうとしよう。
「ほら、あーん、だ」
「あーん」
 タコさんウインナーを一つ。摘んで口に放り込んでやる。
以前にも同じような事をした覚えがあるな、などと考えながらモグモグと動く長門の口元を眺めていた。
「どうだ?」
「普通のウインナー」
 そりゃそうだろう。残念ながら切って形が変わっている以外何もしてないからな。
味付けは普通に塩とコショウだけだ。
「でも」
「でも?どうした」
「もう一つ」
 "普通のウインナー"のどこが気に入ったが知らんが、弁当箱のウインナーをジッと見つめている。
ああ、いいぞ。気の済むまで食べてくれ。
「あーん」
「ほら、どうだ。タコさんウインナーは」
「……(もぐもぐ)普通」
 二つ目で感想が変わることもないか。当然といえば当然だが。
次は玉子焼きなんてのはどうだ?これも俺が作ったんだ。
「あーん」
 既に準備万端な長門。はいはい、ただいま。
弁当箱から玉子焼きを摘み上げると、巻かれた玉子焼きはべろべろと他の玉子焼きに引っ付いて剥がれてしまう。
なんだこりゃ。随分見っとも無いことになっちまったな、玉子焼き。
「すまん、今別のヤツにするから」
「良い、それで良い」
「そ、そうか?こんなヤツよりもっと」
「おそらく他の玉子焼きも同様と思われる」
 それもそうか。別々に作ったわけでもないし、他のも同じ状態と考えるのが妥当か。
ちょっと不恰好なヤツだが食べてやってくれ。
「あーん(ベロベロ)」
 捲れた玉子焼きを口だけでモグモグとしまっていく。ちょっと見っとも無いな。
今度からはちゃんと剥がれてしまわないよう、母に聞いておくとするか。
「どうだ、玉子焼きは」
「甘くて美味しい。以前と同じ味」
 そりゃそうだ。焼いたのはともかく味付けは母だからな。
焼き方が上手ければもっと美味いんだろうが、今の俺にはそれが限界だ。
「次に期待してる」
 ああ、期待しててくれ。
長門がそうやって待っててくれると分かってりゃ、やる気も断然違ってくる。
「もう一つ」
 はいはい。もう一つな。

 

 練習 32 >

 

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シャマルさん 22


 普段の私なら驚いてひっくり返ってしまうか、そのまま腕を噛まれてたと思うの。余り考えてくないけど。
でも、今日の私は違って、とっさに手を引っ込めて向かってきた大きな口をかわすと、その口を思い切り掴む。
開いた口を無理やり閉じられて驚いたのか、一瞬動きが止まる。
その隙に腕を返し、口を掴んだまま頭を地面に押し付けた。
それから、グイグイと頭を揺すり前足を私の手にバシバシと叩きつけ、左手で掴んだ後ろ足もバタバタと動かして暴れる。
けれど、ここで離すわけにはいかない。
この子が元気なときだったら、とてもじゃないけど押さえ切れなかった。
でも今日は随分弱っているし、口をしっかりと押さえ込むことが出来たから、何とか大丈夫。
「も、もう~。いい加減大人しくなさいなっ!!!」
「!?きゅうん……」
 普段大声を出す事なんてないから、自分でもびっくり。
けれど、そんな驚くような大声のお陰か、やっと大人しくなってくれた。
右手は涎まみれになるし、袖は前足でバシバシ叩かれて泥だらけ。
でも、そうやってよごした甲斐あってかしっかりとこの子を確保する事が出来た。怪我の功名っていうのかしら。え、違う?
大人しくなったけれど油断は禁物。
ゆっくりと掴んだ足を持ち上げて、身体を仰向けにしようとするけど、重くて上手く出来ない。
下になった左足をみたいんだけど、何とかならないかしら。
「ねえ、ごろーんと寝返りを打ってくれない?」
「……」
 ちらりと視線を送るだけで、プイっと無視する。
もう、何よ。別に良いわ、私が勝手にするから。それで痛くたって我慢なさいよ。
流石に口を掴んだままじゃ何ともならないので、恐る恐る離してみる。
大丈夫かジッと眺めてみるけど、涎まみれになった手からつーっと糸が引くだけ。特に動く気配はなかった。
両足を持って向こう側に倒してひっくり返そうと、グッと力を入れる。うわーん、重い~。
びろ~んと足を広げられ、お腹が見える。うっふふふ。悪いけど間抜けな格好ね、可愛い。
最近の子犬フォームなザフィーラを、こうやって遊ぶヴィータちゃんの気持ちが分かるわ。
「ぐぅ……」
 私に笑われたのが面白くなかったのか、自分から寝返りを打つ。
そうよ、笑われたくないのなら、初めからそうしたら良いのよ。私は悪くないわ。
うふ。でもそうやって拗ねるのもまた可愛い。
身体の向こう側になってしまって診辛いけれど、仕方ないわね。
両膝を着いて足を覗き込むと、やっぱり左足の様子がおかしかった。
太ももの部分が異様に腫れてる。酷く曲がったりはしてないけれど、多分骨が折れてるのね。
これは重症……このままじゃ歩けないからご飯も探せない。
やつれ具合とか体中が汚れてるのを見るに、いくらか前にした怪我をしたみたいだし直ぐに治さないと。
そっと首を上げ、周りを見渡す。
こんな昼間だっていうのに、全く人通りがない。
今の私にとってはありがたい状況だけど、ちょっと不気味ね。
「よーし!大げさには出来ないから時間かかっちゃうけど、我慢してね」
「……きゅぅ~ん」
 元気付けるように明るく話しかける私に対して、心配そう~といった感じで返事をする。
失礼しちゃうわ。これでも時空管理局医療班期待の新人なのよ?
「……」
 犬って表情豊かなのよね、ホント。今目の前に横たわるこの子を見てると、改めてそう思うわ。
今のこの疑いの目。本当に出来るのか?こいつ、と人間なら言ってるでしょうね。
あなたには分からないかもしれないけれど、時空管理局ってところは凄い人たちの集まりなんだから。
その中でも私は新人ながらに活躍する凄い人材なのよ。
う~ん、人間の言葉は分からないみたいね。表情全然変わらないというか、もうこっちも見てない。
今から治してあげるから、元気になったらザフィーラにでも聞いて御覧なさいな。
きっと私が言ってた事が嘘じゃないって分かるわよ。
「…………?」
 ああ、でも一つ注意して。
あくまで聞くのは仕事振りだけよ?ほかの事は聞いちゃ駄目だから。絶対よ?
「……ぐぅっ」
 首を上げて小さく呻く。
ああ、ゴメンなさい。怪我を治してあげるんだったわね。無駄話をしてる場合じゃなかったわ。
「わふぅ」
 ……笑ったわね。今のは絶対に笑ったわ。
こうなったら絶対に治してあげるんだから。今から私への感謝の言葉でも考えておいて頂戴ね。

 

 シャマルさん 23 >

 

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シャマルさん 21


「えっと、アレ。何かしら……?」
 そんな疑問が口から出る前に、私は左足を踏み出して。
「ちょっとだけ見えてるの、余計に気になるわよね」
 次いで右足も踏み出し、腕を振り出して。
「ちょっと。ちょっと見るだけよね」
 左足で地面を蹴って。
「時間ないんだもの、ホントは構ってる暇なんてないんだから」
 その、道端に置かれた植木鉢やシートの被せられた自転車などの影から少しだけ覗く、ナニかに向かって駆け出していました。

 一つ二つと建物の向こうの影に見える、そのナニか。
遠くからではボロボロの布キレのようでしたが、私は何故か違うと直感していました。
頭では「どうみたって布切れよね」とか「本当に興味ないから」などと考えているはずなのに。
それでも意識していない頭の何処かが、仕事上の経験からいう直感というのかしら。
きっと後で誰かに説明するなら、こういう風に説明せざるを得ないと思うの。
そういう何かが、私を走らせていたの。
「ふぅー。ねえ、あなた。大丈夫?」
「…………」
 少し警戒して、自転車から覗き込むように物陰から少しだけ頭を出した布切れに話しかける。
ソレは私の直感が訴えたとおり、大きな(流石にザフィーラには及ばないけれど)大きな犬でした。
しかも、以前ザフィーラの散歩中に一度だけ見た子。
あの時は遠目だったけれど、その大きな身体にザフィーラより黒に近い青の体毛。長くフサフサとした尻尾。
そして何よりも印象的だったのは、何者も寄せ付けまいとする鋭い瞳。
それは遠目にも分かるほどで、私は咄嗟に小さなザフィーラの後ろに隠れるように回り込むぐらい。
それらの記憶と照らし合わせても、あの子であるだろうと思いました。
ただ一つを除いて。
それは、それをもってその子足らしめていた鋭い瞳。それが今や殆ど力を失っている。
物陰にぐったりと横たわり、日の当たる目は閉じてしまって、下になった目も僅かに開いた瞼から覗くだけ。
身体を覆う全身の毛。前見たときは野良犬なのに綺麗にしてあるのね、とザフィーラと言ってたのに。
今は埃や泥で薄汚くなって、逆立ったり絡み合ったりした体毛が本当に"野良犬"みたいでした。
でも、ザフィーラが認めるほどの強さを持った子が、どうしてこんな風に?
「……ぐぅ」
 じっくり観察するために、いつの間にか随分身体を乗り出していたけど
僅かに瞼の奥の瞳を動かすだけで逃げたりするような仕草を見せない。
そんなに衰弱してるなら早く原因を調べた方が良いわね。この子の気が変わっちゃう前に済ませちゃいましょ。
中腰に覗き込んでいたのを止め、地面に片膝をつき、じっくりと全身を診ることにしました。
頭。酷く汚れてはいるけれど、特に目立った怪我なんかはない。
外傷が見られないなら、一安心かしら。でも、油断は出来ないわよね。
喉や胸。毛がフサフサしていて、よく分からないけれど、血なんかで毛が固まってたりはしてない。
この辺りを怪我してないんだったら、犬同士の喧嘩じゃないのかしら。
前足。いくつか擦ったように毛がなくなってる。何かに引き摺られたのかしら。
でも、これだけでここまで衰弱するとも思えない。多分これじゃないわ。
肋骨の辺りとお腹。弱弱しい呼吸と同じように小さく上下している。
お腹周りも外から見る限り大丈夫。打撲とかで内臓が弱ってないと良いけど。
そのまま視線を下ろしていって、次は後ろ足。
グッと折り曲げている。特に左足を不自然に身体の下に隠すようにしている。
きっと原因はこれね。
足が悪いから、ご飯を探したり出来ないんだわ。
どうにか左足を見たいのだけれど、身体の下に隠していて診てあげられそうにない。
グズグズしている訳にはいかない。
意を決して、右足と身体を退けようと手を伸ばす私に対し、その子は唸り声を上げました。
「うぅ……ぐ、ぐぅ……っ!」
 顎を上げ開いた口からは殆ど唸り声は漏れず、お腹と喉の辺りを震わせて搾り出すように出ただけ。
私を威嚇して触らせまいとする、その意思は伝わってくるけれど、今はあなたの言う事を聞いて上げられないの。
触ろうと手を伸ばしたところで警戒したのだから、やっぱり見立て通りだったのね。
こんどこそ、と右手右足を掴もうとした時です。
その子は上体を持ち上げ、唸り声と共に大きく口を開け私の右手に襲い掛かってきました。
「ぐぅう~、ぐわぁっっっ!!!」

 

 シャマルさん 22 >

 

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練習 30


 今日も今日とて長門の家に遊びに行く。
しかしこれが長門に誘われて赴く事は殆どなく、大体が朝倉に誘われるのだが。
これが何とも情けない気分になる。
何かと長門と絡めてからかってくるし、そうでない時は雑用を押し付けられる。
朝倉に使われるのは正直面白くないが、その後に控える長門の事を思えば我慢できん事もない。
まあそういうところを上手く使われているんだろう事は想像に易いが、今のところ実害もないし、うん。
さて。長門の家に来ていることは言ったと思うが、そのリビングに広がる光景だ。
炬燵は相変わらず、問題はその上に乗っているもの。
二人はそれを炬燵に入ってジッと見つめている。俺の方を見ようともしない。
ああ、突っ込んでほしいんだろうなあ。俺に疑問に思って欲しいんだろうなあ。
チラチラと長門がこちらの様子を窺っているのを感じる。
くくく。朝倉に炬燵の中で突っつかれたんだろうな。アイコンタクトの後に顔の向きを直したぞ。
さあて、どうしたもんかね。
このままもう少し様子を見るのも面白そうだが、いい加減にしないと朝倉のナイフが飛んできそうだ。
俺だって若い身空で死にたくはない。そろそろ質問してみますか。
「今日はまた何をするつもりなんだ」
「今日ね、何日か知ってるでしょ?」
 一つ聞いておいて欲しい。今日は1月11日なんだ、頼む。
「ああ、11日だな。それがどうかしたのか」
「これを見れば分かるでしょ?鏡開きよ、鏡開き」
 そう。炬燵の上に鎮座しているのは大きな鏡餅なんだ。
別に鏡餅の大きさには驚いたりしない。ああ、豪華なもんだと思うだけだ。
問題はだ、今更かと思うだろうが聞いてくれ。
正月からこの家に出入りしているが、鏡餅なんてなかったぞ?
言っちゃ悪いが、この何もないリビングにこの大きさの鏡餅が置いてあれば絶対に気づく。絶対にだ。
「さ、キョン君も炬燵に入りなさいな。これから鏡開きするから」
 この疑問を解決する方法はなさそうだ。
何せ長門と朝倉の興味はすでに鏡開きに移ってるからな。
俺が、この鏡餅の入手経路などに言及しようとも無視するだろう。きっとそうに違いない。
なんで俺の周りの女性陣は、こういう方が多いんだろうねえ。
「よいしょ……と。でだ、誰が割るんだ?」
「もちろん私。これでね♪」
 何度も言うのが面倒だが、今日はあらかじめ用意してあったんだろう。
でもな、朝倉。鏡開きはナイフや包丁の類でやっちゃ駄目なんだ。
「え~、なんで?」
「なんで?と言ってもだな。そういう決まりなんだからしょうがないだろう」
「ちぇ~。せっかく楽しみにしてたのに」
 ナイフの先を左手でクイクイっと弄ぶようにしながら、口をへの字に曲げる。
こんな表情もするようになったんだな、と嘗ての朝倉を思い出した。
「じゃあ、誰が割るの?」
 もう、どうでも良さ気といった感じだ。
朝倉、そんなにナイフで切りたかったのか。悪いがまた別の機会にしてくれ。
「私がやる」
 炬燵に入れていた手をあげ、長門が口を開く。
おお。今まで静かに見つめていた分、その瞳に凄い闘志を感じるぞ。
よし、長門。一つばっちり割ってくれ。
チラリと視線を俺にやり、すっと鏡餅に向き直る。上げた手はいつの間にか手刀をするような形を取っている。
長門の小さな手がストン、と落ちようとするのを間一髪でとめる。
「なに?」
「その落とし方を見るに、綺麗に八等分になりそうな勢いだと思ってな」
 止めた手を離してやると、気まずそうに手を引っ込め俺から視線を逸らす。
不満そうだ。言わんとしていたことを当てられた子供のように不機嫌な顔をしている。
この場合、空気を読めない親が悪いと思うんだが、それは俺にも当てはまるんだろうか。
「あのな?木槌なんかで割り開くのが決まりなんだ。切ったように割れるのは良くないやもしれん」
「どうして」
「何だったかな。何か理由があったと思うんだが」
 困った。思い出せないぞ。
思い出せないというのは、覚えていた事が前提なわけだ。本当に覚えていたのか?俺。そう思うほど出てこないぞ。
いかん、長門の疑惑の視線が突き刺さるようだ。
ハルヒのように口の一つでもへし曲げてくれりゃ良いんだが、それもないと余計罪悪感に苛まされる。
ああ、一体どうすりゃ良いんだ。
「長門さん。鏡餅を割り開くのは神様への礼を欠かないようにするためですって」
「礼?」
「失礼のないように、ってことね。私たちには少し分からない感覚だけど」
「……(じぃ~)」
 朝倉の説明に今一納得のいかないという顔の長門。そう俺を見ないでくれ。
「詳しい事は重いだせんが、大方そういう理由だと思う。"切る"というのは縁起が悪いもんなんだ」
「……そう」
 どうにか納得してくれたようだ。助かったぞ、朝倉。
「んふっ(ばちん♪)」
 思いっきりウインクする。そういうもんは、こっそりやるもんだ。
ほれ見ろ。長門がまたこっちを見てるだろ、ああ、いや、違うんだ。別に朝倉とは別に、その、あの。

「こうで良いのか?」
「絶対に動かないで」
 今俺は鏡餅を両手を伸ばして持っている。
よく分からんだろうが、空手なんかで板を割る演習というか、ああいったのをイメージしてくれ。
「……」
「……(ゴクリ)」
 木槌もないし、床に置いて割るのも下の住人に迷惑が掛かるだろうという事で、こういう形になった。
本当なら俺が割ると言いたい所だが、流石に鏡餅を素手で割るのは無理だ。
仕方なく長門に任せる事にした。
おいおい長門さん。その拳の握り方。嘗てないほど力が入っているようにお見受けしますが?
本当に大丈夫か?鏡餅を突き破って俺に当たったりしないだろうな?
「……始める」
 頼むぜ長門さんよ。信頼してるんだか―――

しゅん―――ばかっ!

 俺が言い終わるか終わらないかの内に、空気を裂くような音がしたかと思うと手の中の鏡餅は見事に……粉砕された。
バラバラと音を立てながら、床の上に落ちる鏡餅。
どうするんだ長門。これからお汁粉なんかに入れて食べるはずなんだぞ。
「……先に言わなかったあなたが悪い」
 長門が涙目になるのを見た気がした。
「大丈夫よ。鏡餅はまだいっぱいあるから」
 やはり入手経路を先に聞いておくべきだったな、俺。

 

 練習 31 >

 

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シャマルさん 20


 とりあえずバスの来た道を逆に歩いていく。
こっち側の歩道に渡ったのは、下りか上りか分からないけれど学校へ向かうバスを捕まえるため。
上手く時間が合えば、学校の前を通るバスがあるはず。
交差点から少し行ったところでバスの停留所を見つける。
とととっと駆け寄り停留所の時刻表を確認。
え~っと、今は12時だから……
「ガーンッ!次に来るバスは55分!?」
 手をつき、よろよろとバス停によりかかる。
この時刻表だって"時間通り"のことよね。もし何かあって幾らか遅れることだって充分ありえる。
まだ時間はある、学校前から過ぎた停留所は3つぐらいだって、運転手さんは言ってた。
なら歩けば間に合うかもしれない。
でも、バスが時間通りに到着するかもしれない、それなら歩くより確実に間に合うわ。
どっちの"間に合うかもしれない"を取るか。
どうしよう。
余り悩んでる時間はない。どっち、どっち?
目を閉じて思考を巡らす。道を行き交う自動車や吹き抜ける風の音、街の喧騒が遠ざかる。
疲れてないかしら。きっと大丈夫。全然ってことはないけど、少し寝ちゃったしペースを考えれば走れるわ。
バスは時刻表通りくるかしら。ここまで順調に来てから大丈夫かも。
うーん、うーん。
でも距離が分からない。意外に遠くて走って間に合わない距離かもしれない。
でもバスは時間通り来ないかもしれない。
うーん、うーん。
こうなると、間に合わなかった情景ばかりが頭を駆け巡る。
どんどん不安が大きくなって、もういつの間にか失敗する以外の私が思い浮かばない。
駄目よ、今日に限らず失敗することばかり考えてちゃ。
もちろん、リスクなんかを考えなきゃいけないときもある。でも、今はそれよりも上手くいく方法を考えなくちゃいけない。
あ~、こういう時、どうやって考えたら良いんだったかしら。
確か、えっとシグナムが、えっと……

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練習 29


「今日は七草粥よ」
「また唐突だな、朝倉」
「ちゃんとカレンダーを御覧なさいな」
 壁にかけられたカレンダーに目をやる。
確かに今日は1月7日だ。七種類の野菜を入れた粥を食べる日なので唐突でもなんでもないって事か。
そりゃ悪かった。
「これは昨日の夜から用意してあるのよ」
「そりゃご苦労なことで。しかしそんな時間のかかるものか?」
「駄目ね、キョン君。まな板の上で歌の一つでも歌いながら夜のうちに用意しておくのよ」
「ほう」
「万病を除く占い的効果があるんですって。今年一年元気に過ごすためにちゃんと食べなきゃ」
 どう考えても粥を作るには大きすぎる土鍋を鍋掴みで持った朝倉。
色々年中行事をちゃっかりこなそうとする、何処かの誰かみたいだ。具体的に名前は出さないが。
その辺意外に気が合うのかもしれない。最近クラスでも仲良くしてるみたいだからな。
「さ、頂きましょ」
「いただきます」「いただきます」
 
 ぞぞ、ふーふー。ぞぞぞ。
只でさえ冷めにくい粥が、土鍋で作られたために一向に冷める気配を見せない。
そりゃ粥なんてのは冷めたら食べにくいだけだが、あまりに熱いままってのもな。これも食べにくい。
これは流石の長門も勢いよく食べられないらしい。
大きなスプーンに掬っては、フーフーと冷まして食べている。
あのな、長門。そんなに熱いなら、もう少し小さな取り皿にしたらどうだ?
そんな一人だけ土鍋を抱えるようにしてないで。
いやいや、丼をだしても駄目だ。
土鍋は冷めにくいし、俺と朝倉はそんなに食べん。安心して良いから、少しずつゆっくり食べなさい。
俺の説得に耳を貸したのか、朝倉が取り皿に分けて渡すのを大人しく受け取る。
「ふーふー」
 小さな口をすぼめて懸命に粥を冷ます長門。
先ほどから思っていたが、ふーふーする姿は可愛いことこの上ないな。
その冷ましたスプーンを口先に少しずつ、熱さを確かめるように含んでいく様も。
「キョン君は、もっと普通に食べられないの?」
 何がだ。俺は普通に箸で食べてるだろう?
なんだ、器から啜るようにしてるのが行儀悪いとでも?
「長門さんのことじっと見ながら食べてるの。ほら、早く食べないと冷めちゃうわよ?」
 う、ううん?そうだったか?いや、さっぱりなんのことやら、ぞぞぞ。うわっつ!
「熱いのに慌てて食べるからよ、ね?長門さん」
「……(コクコク)」
 えらくあっさり肯定したな。
こりゃ自重しないといかん、大人しく粥を食べるのに集中するとしよう。
「……(コクコク)」
 ふん、ここまで言われると立つ手がないな。
それにしても、今日はいつにも増して無口だ。もう少し喋ったって良いだろうに。
「ふーふー」
 その上。前からそんなに猫舌だったか、長門。
幾らなんでもそんなに冷まさなくても食べられるだろう。
「ふーふー」
 これはいくらなんでも様子がおかしい。食べるよりも冷ましている時間が多いなんてな。
「長門。どこか調子が悪いのか?」
「……(フルフル)」
「そんなことないだろう。朝倉の作った七草粥が口に合わなかったのか?」
「あら失礼ね。そんなことないったら」
「そうだろうな。朝倉がそんな凡ミスを犯すとも思えん」
 長門に向き直り正面から見つめてやると、一瞬視線を逸らしたが、おずおずと舌先を出した。
「うん?あっかんべーか?」
「やけろした」
「やけろ?ああ、火傷か」
 ははーん、なるほど。
やけに無口なのも、普段ほどの勢いがないのも、全部初めに舌を火傷したからか。
気の毒だが、これはいいやもしれん。
七草粥は正月の弱った胃腸を整える為に食べるという側面をあるわけだからな、食べ過ぎては意味がない。
それにゆっくり食べていると、満腹感が訪れて食べる量も減ると聞く。
よく噛んで、ゆっくり食べるのも偶には良いもんだろう?
あとだ。正月に「今年は違う」と言ったばかりだろうに。もう忘れたのか。
「……それはない。ちゃんと覚えている」
 どうだか。

 

 練習 30 >

 

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シャマルさん 19


「…………え?」
「3つほど前の停留所ですが。もしかして聖祥へ御用が?」
「え、ええ、まあ」
 もう頭が真っ白でせっかくの運転手さんの気遣いにも、まともに返事を返す事が出来ませんでした。
「とりあえず、ここで降りられますか?反対側に回ればバスも1本ぐらいあるかもしれませんし」
「は、はぁ」
「それではお気をつけて」
 よろよろと階段を降りる私の背中に、運転手さんの心配そうな声がかけられる。
相当酷い顔をしてたのかしら。そうじゃなきゃ始めて見た人に、あれだけ心配そうな声出ないわよね。
バスを降り、停留所の看板まで辿り付いた所で扉の閉まる音が聞こえる。
信号も赤になってしまったのか、バスは動き出す気配を見せない。
ああ、あれだけ止まってほしかったバスがそのようになっているっていうのに。
そのバスは私の目的地より、随分来たところで私を降ろした。
頑張って走って追いついたのに。運転手さんが気を利かせて止まってくれてたのに。
どうして寝ちゃったのかしら。
バカね、私。自分の頑張りと人の親切をぶち壊しちゃんだもの。
はぁ、どうしてこうなのかしら。
ガードレールにもたれるように腰を乗せ、がっくりと項垂れる。
普段仕事してるときなんか、こういったミスは犯さない。
ちょっとうっかり屋の気はあるけれど、重要は場面で顔を覗かせない。今までだってそれで上手くいってたのに。
確かに今日のことは命に関わるような事でもないし、そんな深刻になることじゃないかもしれない。
でも、そんな事を繰り返していて、いつそれが仕事中に顔を覗かせるか分からない。
命に関わる事なのよ。1分1秒の遅れが重大な結果を招く事があるんだから。
「……こんなところで悩んでてもしょうがないわね」
 ゆっくりと腰を上げると、後ろでバスが唸り声を上げた。
どうやら発車するみたい。ごめんなさいね、運転手さん。私の事待っていただいたのに。
ウインカーを出し、ゆるゆると道路へ戻っていく。徐々にスピードを上げ、あっという間に交差点の向こう側へ。
バスを見送ったところで、こちら側の信号が赤に変わってしまった事に気づく。
こんなところで悩んでないで、早くあっち側に渡ってしまうべきだったんだ。
また溜息が一つ。
この場を後にしようと腰を上げた途端、その気持ちの腰を折られる。
腰を上げて腰を折られる、全然面白くないわ。

 横断歩道を前に信号が変わるのを待つ。
目の前を行きかう自動車。アレに乗っている人たちは迷わず目的地に向かっていくのだろうか。
いつもは少しだけ羨ましく思う自動車も、今日ほど羨ましく思うことってない。
アレがあれば、はやてちゃんのところへ迷わず届け物を出来るのかしら。
きっと駄目よね。
まず免許を取るまでに挫折しちゃいそうだモノ。
それに自動車ってとても高いって聞くし、買ってからも色々必要だって。
家に置く場所も確保しなくちゃいけないし、そう考えるとやっぱり要らない物よね。
バスなんかの交通機関も便利な程だって自分で言ってたばかりじゃない。
もう。早く信号変わらないかしら。ジッとしてると要らない事ばかり考えちゃんだもの。
責任転嫁もいいところ。
そんな酷い私のジトッとした視線に気づいたのか、信号は黄色い点滅を始める。
ついで右折矢印がつく。もう少しで赤に変わり、次は歩行者信号よね。
落ち込んでばかりもいられない。
信号の色が変わるように、私もバシッと気持ちを切り替えなくちゃ。
信号が赤になり、一呼吸置いて歩行者信号に歩く青い明かりが点く。
落ち込んだ気持ちを高めるために、腕を振り歩幅を広げて、意識と視線を前へ前へ。
横断歩道って、どうしてか白いところだけ踏んで渡りたくならない?
いくらか踏んで歩幅が遭わなくなると、ちょっと跳ねて見たり小さくしてみたり。
もう横断歩道を渡りきる頃には、落ち込んだ気分もさっぱり抜け落ちて、向こう側の歩道に元気よく両足で着地。
今の気持ちを表すように、グッと背筋を伸ばす。
顔を上げたところで、目の前にあるお店のガラスに自分の姿が映る。
胸を張ったその姿が、さっきまで落ち込んでいた自分とまるで違って、何故か気恥ずかしくなった。
バスを降りたばかりのときの落ち込み。
それが横断歩道の白い部分だけを踏んでただけで、元気になった自分の軽さというとか、いい加減なものね。
けれど、今はそのいい加減な部分に感謝しなくちゃね。
私には、はやてちゃんの体操着を届けるという大役があるんだから。
珍しく上手に気分転換できた私は、バスの来た道をはやてちゃんの待つ学校へ向けて歩き出しました。

 

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シャマルさん 18


 
 ゴトゴトと揺れるバスに身を任せ、流れゆく景色をボンヤリと眺めます。
次々と現れる知らない看板、そしてお店。
ここを曲がると大きなデパートがあるのね。へえ、この間の広告のお店はここにあるんだ。
あっちにみえる家。あの辺りは新しい家が立ち並んでいる。
住宅展示場とか行ってみたいわね。人様のお家って気になるじゃない?
最近はコンビニエンスストアが多いって言うけど、本当ね。こんな近くに沢山作って大丈夫なのかしら。
ふーん、なんだか新鮮な感じ。
そんな風に感じながらも、同時に自分の行動範囲が狭いことに気がついた。
そうよね。
こちらの世界に来てから外を出歩くといっても買い物ぐらい。それかはやてちゃんの病院のお供。
うーん、それ以外というと特に思いつかないわ。ザフィーラの散歩も遠出する分けでないし。
お決まりのコースをグルッと回ってるだけで、歩く距離ほど遠くにはいかないもの。
「もうちょっと積極的に出歩いた方が良いかしら」
 家に居るとき幾度となくそんな事を思ったけれど、結局先立つものがなくて実行に移してない。
しかも、管理局に勤めるようになってしまったから、こちらでの生活の時間は殆どなくなってる。
はやてちゃんを送り出して出勤、帰るついでに買い物して、それだけ。
家ではご飯を食べて、寝るだけなのよね。
ただ、この家には思い出の全てがある。こっちの世界に来て、はやてちゃんに出会って。
今から思うと、よくはやてちゃんは私たちの事を受け入れてくれたわよね。もう流石としか言いようがないわ。
それから幾日か経って、私たちは内緒で蒐集を初めて、なのはちゃんやフェイトちゃんと知り合って。
そうそう、この二人とはすずかちゃんを通して知り合った……と言った方が良いのかしら。
私たちは違うけれど、はやてちゃんにしてみればそうよね。
それからはやてちゃん、すずかちゃん達と一緒に図書館に行くようになっちゃったから、もう私は随分行ってないわ。
それから最後に。闇の書を……リインフォースが天に還っていって。
ただの生活の場、という意味だけの場所じゃない。
私の、私たちの。はやてちゃんの下で始まった新しい私たちの人生……と言って良いかしら、の全てなんですもの。
離れるわけには行かないわ。はやてちゃんの学校のこともあるし。
ただ、はやてちゃん自身が離れると判断すれば、当然ご一緒させていただくのだけれど。
でも、当分は。この世界で、この街で暮らしていくのだから少しでも快適に有意義に過ごしたいわよね。
はぁ、そうねぇ。どうしたら良いかしら。
ゴトゴトと揺れるバス。暖かくて降り注ぐ日差し。そしてそよそよと流れる冷たい空気。
はぁ、良い気分。
一人で考えてたって駄目よね。取りあえずはみんなとよく相談しないと。これは家族の問題なんだし。
それにリンディ提督やレティ提督とも相談することもあるかもしれないし。
そうよね、考えるのは……とりあえずみんなで。……それから提督たちに、相談して……

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練習 28


 朝倉の「おせちも良いけどカレーもね」という一言の為に今日はカレーらしい。
それほどおせちに飽きていたわけではない。何せ今の時代おせち以外にも食べるものはあるしな。
ただ、長門の家は別だ。
凝り性なのか、美味いもの珍しいものを続けて食べたがる。
正月は餅が気に入ったらしく、付き合わされた俺は今までの人生で食べた量よりも多く餅を食べたやもしれん。
もう見るだけで口中に餅の食感が蘇り歯にくっつき、顎が疲れるようだ。
家でも当然、雑煮を食べるが俺だけ餅無しの雑煮(最早雑煮とも呼べん)を食べている、それを見る妹の顔。
訝しげに見てくれれば楽なんだろうが、心なしかニコニコしているというか何か見透かされているような。
言っておくが別に長門の家に行ったところで特に何かしているわけじゃない。
何もしてないぞ。大概本を読んでるか何か食べているだけだ。
それに朝倉もいるからな。何かしようものなら放課後の惨劇再びというところだ。
「ほらほら手を休めないの」
「ああ、悪い」
 そんなこんなで今は台所で玉葱をあめ色になるまで炒めているところだ。
なあ、朝倉。唐突に思いついたならとりあえず今日のところはレトルトか普通のルーを使うってのは駄目なのか?
「アレ、見て御覧なさいな」
 うおっ、あのな。包丁持ったまま指を差すんじゃない。危ないだろう。
ふーん、ここからじゃよく見えんな。一体何の本を読んでるんだ?
「世界のカレー、ですって」
 えらく大層なものをお読みのようで。
「あの眼差し。カレーに対する尋常じゃない想いが感じられるでしょ?」
 そう言われてみれば、そう見えるし、ただ美味しそうなカレーの写真を眺めているようにも見える。
「お正月はおせち作ってあって、特に何もしてないから少しぐらい凝ったところでバチは当たらないと思わない?」
 なるほどね。それじゃあ、もう一頑張りしますかね。

「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」
 スパイスがどうとか煮込む時間がどうとか。結局かなり時間を使ってしまった。
最後の煮込む時間はどうしても足りず、「仕方ない。チチンプイプイ。え~い!」とおたまで三回、鍋を叩く。
途端に立ち込めるカレーの良い匂い。一体どんな魔法を使ったかは知らんが、今日のところは眼を瞑ろう。
「まぐまぐ」
「美味しい?炒め物はキョン君がしてくれたのよ」
「美味しい」
「だそうよ、キョン君。苦労した甲斐があったじゃない」
 長門の隣でニコニコと笑う朝倉。
そりゃ長門が喜んでくれるなら疲れも吹き飛ぶところだが、どうもお前の良いように使われてる感があってだな。
いや別に美人に使われるのは男として不満があるわけじゃなくて、その相手が朝倉というのがだ。
勘違いするな、お前が不美人だと言ってるわけじゃない。
谷口のAAランクだったか?学年でも有数の美人だというのは認め……いや、待ってください長門さん。
美人だというのと好きか嫌いかは別でしてね。決して美人だったら何でも良いわけじゃない。
まあ待て。ゆっくり話し合おう。話せば分かる。長門だって美人だぞ。谷口だってAマイナー付けたぐらいだからな。
評価が気に入らない?それは谷口に言ってくれ。俺の関知するところじゃない。
ああ、なんだ。一体何の話をしてたんだ?
「カレーが美味しいわねって話よ」
 そうだったな。自分が手伝ったこともあってか一層美味しく感じられる。
こういう経験を積んでいくと自分で料理しようと思うのかもしれん。
「それはたまにするから、そう思うだけよ。毎日して御覧なさい。作ってるだけでお腹膨れちゃうんだから」
 その割にはよく食べると思うがな。長門ほどでないにしろ。
「なあに?私が太いって言いたいの?」
 この際正直に言おう、でもその前にその包丁をしまってくれ。
大体なんでカレーを食べるのに包丁が必要なんだ、マジで止めろって、冗談が似合う顔じゃないんだからな。
ふう、よしよし。じゃあ言うぞ。少し細すぎるぐらいの長門は別としてだ。
朝倉ぐらいというのはな、本人がどう思うか知らんが男としてみればとても魅力的だ。
お前が嫌だというなら仕方ないが、そういう評価もあるもんだと心の隅にでも置いておいてくれ。
「本当?」
 ああ本当だとも。人それぞれ好みの幅はあるだろうが、殆どの場合大丈夫だ。
「そうなんだ。へえ、そうだったんだ」
 心なしかスプーンの運びが軽快になった気がする。
そうそう。余り小食なのも受けが良くないやもしれん。ある程度だがよく食べる子の方が一緒に居て楽しいぞ。
「はぐはぐ」
 長門。お前はいつも通りで充分魅力的だ。そんな急いで食べる事なんてないぞ。
次のご飯が炊き上がるまでに時間もあるし、カレーも大量に用意した。
学校給食ぐらい作ったからな。ゆっくり味わって食べてくれ。あとよく噛んでな。
「まぐまぐ」
 そうそう。消化にも良くないし、ついこの間よく噛むのは健康に良いと言ってたばかりじゃないか。
さて。俺も食事を再開するか。
それにしても、このジャガイモは不恰好だな。肉も大きさが滅茶苦茶だ。
二人は大丈夫か?
「ええ。キョン君が切ってくれた分ね。美味しいわ」
「直ぐにあなたのだと分かる。美味しい」
 刺身じゃあるまいに、切り方でそれほど味が変わるとも思えんが、二人が言うなら大丈夫だな。
「おかわり」
「はいはい。ただいま」
 ルーがすっかりなくなった皿を持ち、鍋に並々と作られたカレーをかける。
「ちょっと待ってほしい」
 どうした。何か不満な事でもあったのか?
「彼が切った具が入るようにして欲しい」
「はいはい。もう二人にはごちそうさまね」
「なら、あなたの分は私が食べる」
「そういう意味じゃないぞ、長門」


 次の日。長門の家にはカレーの匂いが充満していた。
昨日全部食べたわけじゃないからな。残った分に火を入れてるんだろう。
「キョン君いらっしゃい。ちょうど良いと頃に来たわ」
「朝倉。なんだ今日もカレーか?」
「そう。今日はカレーうどんよ」
「カレーうどん?それじゃあ昨日のカレーは使えなくないか?アレは出汁で溶いたりして作りが違うもんだろう」
「大丈夫。昨日のとは別に作ってあるから」
 そういえば鍋の種類が違う。
しかし、昨日のカレーが残っているのにカレーうどんを食べるとはね。
「で、何が良いところなんだ?」
「そう。カレーうどんといえばうどんよね?」
「嫌な予感がするが、一応聞いてやろう」
「長門さんの為にうどんを打って欲しいの」
「すまん、今日は用事があったんだ。じゃあな、また……ぐわっ!?」
 襟首をつかまれひっくり返される。
仰向けに倒れた俺を覗き込むようにしている朝倉。ああ、その笑顔のときは碌でもないことを頼むときだ。
「ね?お願い♪」

 その後、長門の視線も加わり、結局うどんを打つ事になった。
はっきり言って素人の俺に上手く出来るはずもなく、子供の飯事に使うおもちゃのような代物が出来た。
長門のためにはカレーぐらい作ってやるが、うどんは勘弁な。
「でも、美味しかった」
「はいはい。ごちそうさま」

 

 練習 29 >

 

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シャマルさん 17

 バスは大きく唸り加速します。
一瞬小さくなったかと思うと、また大きく唸り加速を始めます。
バスは走るときに何やらするらしいのだけれど、それを感じさせない静かな走りでした。
「ふぅ、疲れた~」
 流れる景色を窓から眺めていると、やっとバスに間に合ったんだという実感が湧いてきました。
それと共に、身体中の力が抜け、ずるずると背中とお尻がずり落ちて座席に浅く腰掛ける形になっていき、
手の平や額、鼻の頭や首筋にジワジワと汗が滲み出てきました。
「はぁ、まさかこんな冬の日に汗をかくなんて思ってもみなかった」
 バッグから取り出したハンカチで額の汗を拭う。
「あ、しまった……ん、んー!?」
 額の汗を拭ったハンカチを見て、一気に汗の引くような思いをする。
そこには汗しかついていませんでした。
思わず拭ってしまったので「しまった。ファンデーション取れちゃったかも」と思ってみたのに。
という事は、私は化粧の一つもせずここまで必死の形相で走ってきてたの?
ひ、ひーっ!恥ずかしいーっ!
身体がカァーっと熱くなり、一気に引いたと思った汗がまた噴出してくる。
どうしようもなくて前の座席の背もたれ掛かり顔を隠す。
今きっと耳まで赤くなってるわ。あー恥ずかしい、あー恥ずかしい!
も、もう!どうしてこんな事になっちゃうのよ~、うぅ~。
手を前の座席にかけたまま、俯いて顔が上げられない。
はぁ、なんてことなの。珍しく手間取らずに家を出ることが出来たと思ったら、この有り様。
どうしたら良いかしらー。
うんうんと唸りながら考えてみても、一向に現状を好転させるようなアイデアは浮かばない。
今日はクローゼットから持ってきたバッグを使ってるから、元々何も入ってないんだし。
それでも何かないものかと中を覗いてみるけれど、はやてちゃんの体操着袋以外、ポケットティッシュが目に付くだけ。
普段の私にしてみれば、肝心の頼まれ物を忘れなかっただけ好しとするしかないかも。
ううん、そうとでも思わなきゃ落ち込んじゃいそう。
そうよね。はやてちゃんの体操着を無事届けられれば良いじゃない。
それに、他人のことなんてそんなジロジロみたりしないわ。
こ、こう、気を大きく持ってオドオドしないで堂々としていれば大丈夫よ。
うん、そう。大丈夫、大丈夫……うぅ、大丈夫よぉ。
こうなったらと諦めて顔全体の汗をハンカチで拭ってしまう。
ふう、こうやっちゃうとサッパリして良いわね。
顔を上げ、座席に深く腰掛け頭を背もたれにグッタリと預ける。
そう言えば、このバスに乗ってるのは私以外だと運転手さんだけなのよね。
他の誰かが乗ってくるまではこうしていましょ。

 昼時の空いた道をバスは軽快に走っていきます。
何処かの窓が開いているのか、そよそよとヒンヤリした風が顔の前を流れていくのを感じます。
車内は暖房がいくらか効いていて、外のような少しピリピリとするような冷たさでなくて、撫でるように汗がすーっと引いていく感じです。
汗を拭いた後もジワジワと湧いてきていた汗も、少しずつ引いていきました。
こういうのって何て言うんだったかしら。
汗がひいていくときに涼しく感じるのって。
うーん、全然思い出せないわ。ま、いいわ。帰ったらはやてちゃんに聞きましょ。
「ふぁ~あ。早く着かないかしら」
 そよそよと流れる心地よい風に、すっかり身体の熱さもひきました。
汗を少しかいちゃったから、なるべく早く帰って着替えないとね。風邪を引いたら大変だわ。
それに、医療担当が風邪をひいただなんて事になったら恥ずかしいもの。
しまってしまう前に、顔や首筋をもう一度拭いておく。
特に首筋は冷やすと身体全体が冷えちゃうものね、これでちょっとはマシになるかも。
ハンカチをバッグにしまって、窓際に身体を寄せ座りなおす。
間にバッグを挟み、身体を窓際にもたせかける。
エンジンの唸りほど振動はなく、身体全体を優しく揺すってくれます。
位置を変えたので、さっきほど風も当たらなくなりました。
バスの暖房と窓から注ぎ込む日差しの暖かさが、少しずつ身体を温めてくれます。
うぅ~。風が気持ち良いと思ってたけど、寒かったんだわ。鳥肌が立つもの。
汗を拭いておいて正解。あのままじゃ本当に風邪をひいちゃうところだったかも。
バスは信号で止まりながらも、発進するときに大きな振動はなく、緩やかに体を揺すりながら進んでいきました。

 

 シャマルさん 18 >

 

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練習 27

 ひょんな事から正月早々長門の家に遊びに行く。
部屋に上がると、炬燵に家の主である長門に朝倉が入っていた。別にコレといって変わった光景ではない。
変わっているといえば。朝倉の隣で一際存在感を発揮している火鉢だ。
「朝倉。その火鉢で何をしてるんだ」
「ちょうど良いところに来たわね。もう直ぐお餅が焼けるわよ」
 火鉢の中にゴトクのようなモノを置き、そこに網を乗せ餅を焼いていた。
長い菜ばしを起用に扱い、餅をひっくり返している。
長門は大きめの皿を前に、膨れる餅を興味深げに見つめていた。
いい焼き色のついた餅の表面が裂け、中身がぷぅーっと音がしそうなほど見事に膨らむ。
これは見事に膨らんだと思ったところで、ぷすっ、ふーっと膨らんだ餅は萎んでいった。
「とてもユニーク」
 それはそうだろう。俺もこれだけ見事な膨らみは見たことがないしな。
普通の家庭じゃオーブントースターか何かで焼いてしまうだろう。
オーブントースターじゃあ、そんなの見たことない。
どういう効果かは分からんが、炭やら火鉢の形なんかが関係しているんだろう。
「はい、長門さん。キョン君はいくつ食べる?」
「俺か、そうだな。とりあえず1つもらおうか」
「二つぐらい食べちゃいなさいよ」
「昼飯を食べたばかりなんだ。勘弁してくれ」
「もう、しょうがないわね」
 朝倉が新たに新たに餅をおくのを横目に、炬燵に足を突っ込む。
今日はそれほど寒くないと思っていたが、炬燵に入れた手足はジーンと痺れたようになる。
はぁ、炬燵は良いもんだな。長門。
ところで、炬燵に隠れて見えなかったが、その大量の餅はなんだ。
「草餅、きび、あわ、栃。豆餅にえーっと、これはなんだったかしら」
 量も然ることながら、その種類に驚く。
そんなに食べるつもりなのか。いや、普段の長門からすれば当然かもしれんが。
「ぷす、ぷぅ」
 俺が餅を見ている間、皿に乗せた餅を箸で潰し、砂糖醤油にペタペタとつけていた。
おいおい、ちょっとつけ過ぎじゃないか?せっかくの餅の味が台無しだろうに。
「それはうっかり」
 うっかり長門。某教育テレビの新番組にしよう。
誰が見るだろうか。とりあえず朝倉はDVDを買うぐらいのことはするぞ。
「あなたは見ない?」
 いや、見るぞ。ちゃんとな。
「DVDは?」
 何だ、その目は。あぁ、分かった分かった。買う買う。ちゃんと買うぞ。
「全巻購入特典もある」
 そりゃ楽しみだ。
ところで。早く食べないと餅が冷めるんじゃないか?
「それはうっかり」
 そうそう。醤油はちょっとにしておく。味もそうだが身体にも良くないやもしれん。
「にょーーん」
 口から餅が伸びる伸びる。腕を伸ばし首を後ろに引いてもまだ伸びる。
「ユニーク。ひはひ」
「はい、どうぞ」
 菜ばしを使って伸びた餅を摘んで千切る。
長門はするすると餅を口に入れ、朝倉は器用に伸びた分を皿に戻した。
口をもぐもぐと動かす。
流石は餅だ。いつもより多めに動かしております、な長門でも中々飲み込めない。
今度から餅を食べさせる事にするか。これは食費にも優しいかもしれん。
「良く噛むと、脳の活性化とか顎の発育とか良いこと尽くめよね」
「それはいいことを聞いた」
 長門の顎の動きが軽快になる。
もっちもっち。もっちもっち……
「長門。いい加減飲み込んでも良いんじゃないか?」
「もっちもっち」
「次のお餅も焼けちゃうし、ほら、そのお皿のが冷めちゃうわ」
「もっちもっち」
 しまった。長門がこれほど健康に気をつけるタイプだったとわ。
去年の動向を見ているあたり、とてもそういう風には見えなかったぞ。一体何があったんだ。
「(ごっくん)一年の計は元旦にあり」
「去年までの自分とは違うってわけね」
「そう。去年までの私とは違う」
 それは良いことだ。
長門が大量に食べても自身の財布から出すため、俺自身が懐具合を心配する事はない。
もぐもぐと食べている様子は気持ちが良い。
しかしだ。余り大量に食べていると、いくらエネルギーが必要というのが分かっていても心配だ。
美味しいものを沢山食べたいのは分かるが、少し自重してくれると助かる。
「もっちもっち」
 次の餅を口に入れ、俺の話など全く聞いてない風な様子を見てがっかりするやら安心するやら。
せいぜい3日坊主で終わらないよう気をつけてくれよ。
「とても心外」
「はい、長門さん。次のが焼けたわよ」
「今度は草餅に、きび、あわ。次にひえと豆が控えている。楽しみ」
「……今日はとりあえず一つずつにしておきなさい」
 三日坊主どころか今日中にも瓦解しそうだ。

 

 練習 28 >

 

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シャマルさん 16


 横断歩道を渡りきる。ヒタヒタとバスがエンジンを唸らせながら迫ってくる。
視線を遠くにやりバス停を見る。誰もいない。どうしてこういう時に限って誰もいないのよー。
あぁ、このままじゃバスが通り過ぎちゃう。どうしよう、どうしましょう。
そんな焦る気持ちとは裏腹にバス停との距離は一向に縮まらず、バスのエンジン音は直ぐそこまで来ているようだった。
余りに近くに感じられて、チラリと横を見やる。
視界の端に映ったバスは、あっという間にそんな私の目の前を横切っていった。
「そ、そんな~」
 懸命に蹴りだしていた足も、振っていた腕からも徐々に力が抜け、段々と失速していく私。
先を行くバスを未練がましく見つめる。
そのまま、私を追い抜いていったスピードでバス停を通過す……しない?
ウィンカーを出し、徐々にスピードを落としていくバス。
そうか!バス停に誰もいなくたって、そこで降りる人がいれば止まるんだわ。
何人降りるか分からない、若しかしたら一人かもしれない。そうだとしたら間に合わない。
でもいくらか降りる人がいるなら、その間は止まっていてくれる。
そう思えば力も湧いてくる。完全に歩いてしまいそうになっていた足が再び大きく動き出す。
スピードを緩めバス停の横につけたバスは完全に動きを止める。
一間あってゆっくりと後ろの扉が開く。
何人降りるのかしら。
一人、二人……三人目は親子連れ?若いお母さんが子供の手を引いてゆっくりと降りている。
何とか間に合いそう!
一歩一歩大きな段差を降りていく子供の様子に和む暇もなく走る。
バスから歩道までは結構高い。降りるのを躊躇する子供をお母さんが抱き上げてしまった。
子供を下ろし服を整えて、二人は歩き出す。
意外に早く降りたのを見て、ガッカリする私をあざ笑うかのように後ろの扉が閉まっていく。
そんな、もう降りる人がいないだなんて。
期待が大きかった分、落胆も大きい。もう走るのを止めちゃおうかしら。
そんな考えが頭を過ぎる。
そうよ、走ったって間に合わない。息苦しいし、お腹も痛くなってきた。
でも、頼まれ物はどうするの?はやてちゃん、授業に出られないじゃない。
そうだわ。元々私がいなくて朝が忙しかったから、忘れ物をしちゃったかもしれないって考えてたじゃない。
こんなところで凹たれてちゃ駄目よ。最後まで頑張らなくちゃ。
そんな事を考えている間、意識しなかったから?私の足は止まらず動き続けていた。
忘れていた息苦しさとお腹の痛みが戻ってくる。
そんな中、バスは停車したときに点けるハザードランプをつけたままだった。
「ど、どういう、こと、かしら?」
 もう、降りる人もいないっていうのに未だバスは発車する気配を見せない。
若しかして私のことを待っててくれる?やった!
最後に降りた親子連れとすれ違い、バスに追いつく。
息苦しさから気持ち悪くなってきて、さすがに小走りになる。はぁはぁ、ひー。
バスの乗車口になんとか辿りつくけれど、足を乗せたところで思わず扉に手をついてしまう。
ご、ごめんなさい、運転手さん。ちょ、ちょっと待って。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。はぁはぁ、だ、大丈夫、です」
 なんとか顔を上げると、声をかけてくれた運転手さんは随分年季の入った男性でした。
もう少し休憩したかったけれど、私を待っていてくれたかもしれない。余り迷惑をかけられなかった。
2度ほど意識的に息を大きく吸い込み、吐く。
「す、スミマセンでした。待っていただいたようで」
「いえいえ。ここで全員が降りてしまいましたし、あなたがこちらを見て走ったように見えましたので」
「そうだったんですか。本当にありがとうございました」
「では発車いたしますので、座席へお座りください」
「はい、ありがとうございます」
 安全確認の為に私を見ていなかったけれど、お礼を言い大きく頭を下げる。
これ以上迷惑をかけないために、乗車口を登り割と前の方の座席に腰を下ろした。
私が座った事を確認したのか、バスは程なくエンジンを唸らせゆっくりと走り出しました。

 

 シャマルさん 17 >

 

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シャマルさん 八神家のお正月

「ヴィータ。お餅は何個入れる?」
「アタシは3つ」
「シグナムとシャマルは?」
「私は2つ」
「私も二つでお願いします」
「ザフィーラは……あとでエエもん上げるから待っとってな」
「恐れ入ります」
 お正月の朝といえばお雑煮。
はやてちゃんは皆にお餅を何個食べるか聞いています。
万年育ち盛りのヴィータちゃんは、まず3つ。この"まず"というところが凄い。
私とシグナムは2つ。でもシグナムは朝稽古の後だからお替りするかもしれない。1つだけだと思うけど。
ザフィーラは何を貰うのかしら。子犬フォームだとお餅は食べられないものね。
ううん、大型犬フォームだと大丈夫って意味じゃないわ。どちらにしろお餅は駄目なのよ。
きっと口の形が駄目なのか、伸びる食べ物は強敵。前足で押さえるわけにもいかないし。
「私も二つは食べられるかな、うん。シャマル、お餅取ってくれる?」
「はい、ただいま」
「そや、ついでに一緒に置いてある風呂敷包みも頼むわ」
 頼まれたモノを取るために応接間へ。
誰も使わないから暖房も焚かないし、冷蔵庫に入れるほどでもないものは大体ここに置いてあるのよね。
「えっと、3つ、2つ……9個ね。でもお替りするだろうし。後は、この風呂敷ね」
 お餅の袋を包みの上に乗せ、はやてちゃんの待つ台所へ。
ところで、この風呂敷包み。一体何なのかしら。かなり大きいわよね。
「ほいほい、ありがとさん。そんならテーブルに着いとってくれてエエよ」
「ところではやてちゃん。あの大きな包みの中身は何ですか?」
「よう聞いて下さった。みんな、聞いて驚け見て笑え!」
 はやてちゃんはみんなの待つテーブルに行き、風呂敷包みを開けます。
すると中から出てきたのは、何段にもなった重箱でした。
皆が注目する中、勢いよく重箱の蓋を開けます。
「ほほほ。今年のはすずかちゃんとアリサちゃんとこの超豪華おせちの良いとこどりや~!」
「今年のはすっげー豪華だな!はやてー」
「主、いつの間にそのような事を」
「ちょいと料理長と仲良うなってな。そこで初詣に行く合間に詰めといてもろたんや」
「ぬ、抜け目ねぇな。自分の主ながら恐ろしいぜ」
「ほっほっほ。もっと言うてー」
 私もいつの間に作ったのか不思議に思ってたの。まさかそんなカラクリがあったなんて。
どんな感じなのかしら。気になるー。
「おいシャマルー。こっち来いよ~すっげー豪華だぜー」
 ヴィータちゃんは身を乗り出しておせちを覗き込みながら、私を手招きをしています。
もう呼ばれなくても行きますったらー。
「わあ、何だかおせちのカタログでしか見たことないような物も入ってますよー」
「それだけやない。どこの家にも入っとるような品々も超がつくほどの高級品ばっかりや」
「なあなあ、話は後で聞くからさ、早く早く!」
「はいはい。そんなら分け分けするから、みんな席ついて。ザフィーラには特別にこのお肉あげる」
「ありがとございます」
「シグナム。この黒豆びっくりするよ」
「それは楽しみです」
「ヴィータ。この紅白かまぼこ、材料のお魚だけでエライ高いらしいから心して食べてな」
「へっへー。はやてが言うんだから相当なんだろうな!」
「えっとシャマルには……って!シャマルお雑煮は!?」
「え、あ、ああぁっ!?」

「あーあ。エエお餅やったからあっという間に柔らかなってまったわ」
「うぅ、スミマセン……」
「これ。どうすんだよ」
「ここから人数分切り出すのは至難の業だぞ」
 テーブルの真ん中に置かれた大きな鉢。そこには大きく一つになってしまったお餅入りの雑煮が。
煮過ぎてしまって全部のお餅が引っ付いてしまいました。
あぁ、なんてことなの。せっかくのお正月が。せっかくの良いお餅が。
「たまにはエエんやないの?お正月らしい豪勢な感じするし」
「いつも小さなヤツを何個も食べるのは面倒だと思ってたんだ。へっへー、食べがいがありそうだ」
「シャマル。包丁を持ってきたぞ、これで何とか分けるとしよう」
「もふもふ……(雑煮でなくて良かったやもしれん)」
「うふふふ。今年も一年楽しくなりそうやね!」


 おしまい。

 
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