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なのヴィ 2-2

 
 
 
「そ、そうだね。ちょっと……意地悪、かな」
「そうだろそうだろ!?そんでさ。アタシの目の前で美味そうにそのケーキ食いやがるんだ!
 そうなるとさ。思わず見ちまうじゃん。美味そうだなーってよ。そこからまたアイツの意地悪が始まるんだ」
「(ご、ごくり……)」
 私はヴィータの話に聞き入ってた。だって。そんななのはが新鮮だったから。
「"あれ?ヴィータちゃん。私のケーキが食べたいなの?"つーんだ!あぁー!思い出しただけでも腹が立つ!」
「そ、それでそれで?」
「散々悩んだからさ。やっぱどうしても片方に未練が残るんだよ。だから、こう……」
「なのはに貰っちゃうんだ」
「……そうだよ!でもよ。くれっつっても駄目なんだ。"そういう時はどう言うのかな?ヴィータちゃん"」
「い、意地悪だ……」
「そんな事言いたくねーけどよ。美味いケーキを譲ってもらうためだ。ここはグッと我慢してだな。
 ちゃんと言うんだ。その辺の礼儀もよ、ちゃんとはやてに教わってるからな」
 
 
 
 
 
「う、うん」
「"それ。美味そうだから貰ってやるよ"って、言ってやるんだ」
「へ、へぇ……」
 ヴィータは"ちゃんと言えてるだろ"みたいな顔をしてるけど。駄目だよ、ヴィータ。
「それでなのははどうするの?ちゃんとケーキ分けてくれる?」
「"うんもー。しょうがないなの。でも……"まだまだ一筋縄じゃいかねー。
 "あーんして?あーん"とかやってくんの!そんなの恥かしくて出来ねーって!な?分かるだろ?」
 私の服を掴んで詰寄り、必死な顔で訴えるヴィータ。
「そ、そうだね。人がたくさんいる所じゃ恥かしいかな」
「分かってくれるかテスタロッサ。つーかこんな事話したのお前が初めてだけどな」
「こ、光栄かな。初めて聞かせてもらって」
 
 
 
 
 
「兎に角だ。これだけじゃないんだけどよ。色々あいつには意地悪されてるんだ」
「うーん。意地悪、か」
「もうな。意地悪するためにアタシを連れて行ってるとしか思えねぇ……」
 いつになく真剣な顔で考え込むヴィータ。
しかし、このヴィータの話は驚きだった。なのはって好きな子には意地悪するタイプだったんだ。
「ふう。何だかすっきりしたや。サンキューな、テスタロッサ」
「そう?私も何時もと違うなのはの話が聞けて楽しかったよ。ありがとね、ヴィータ」
「聞いてもらったお礼だ。なんか奢ってやるよ」
「い、いいよ、そんなこと。今回のことはお互い様ってことで」
「駄目だって。半分アタシの愚痴みたいなものだからよ。ちゃんとお礼したいんだ。はやてにも普段言われてるしさ」
「な、なら。お言葉に甘えちゃおうかな。余り断るのも悪いし」
「うん。お前はそうやって少し素直になった方が良いぜ」
 
 
 
 
 
「素直って?」
「お前さ。なのはの事好きなんだろ?さっきもイライラするって言ったけどよ。
 ああやってアリサに取られてるのにニコニコしてるのがイヤだって言うんだ。その辺も素直になれって事」
「よく……意味が分かんないんだけど」
「ホントは一緒に夜店回りたかったんだろ?それをアリサに取られて寂しいのにニコニコしててさ。
 そうやって物分りが良い振りしてんのが、アタシはイヤだって言うんだよ。分かるか?この考え方」
「……そんなの。ヴィータだって同じじゃない。なのはの事好きなのに、素直になれなくて
 意地張って、あいつの事なんて好きじゃねーなんて言ったりして。だから私にそんな事言うんだ」
「な、なにが……アタシの何が素直じゃねーんだよ」
 戸惑いの色を瞳に浮かべるヴィータ。きっと図星なんだ。
 
 
 
 
 
「私が物分りが良い振りしてるのも、ヴィータが意地張って素直にならないのも同じだよ」
「同じじゃねーって!」
「そうやって認めたくない事を私にアドバイスする事で覆い隠してるんだ。誤魔化してるの」
「ア、アタシはそんな……頭良くねーし」
「だから。一緒になのはの所にいこ?私も素直になるから。ね?」
 私はそっとヴィータに手を差し出した。ヴィータは随分悩んだみたいだったけど、最後には手を取ってくれた。
「あ、あのよ。テスタロッサが言ったんだからな。お前が奢ってくれよ」
「じゃあ、私へのお礼の分でなのはに何か買ってあげなよ。私たちの分は私が買うから。それで良いかな。ヴィータ」
「……へん。勝手にしろよ」
「それじゃ、なのはを探しに行こっか」
 ヴィータの手を取り、私たちは人ごみの中へ駆け出した。
 
 
 
 おしまい

 

 なのヴィ 3-1 へ

 

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練習 77

 
 
 朝倉がSOS団特別団員になって数日。ハルヒが何の大した理由も無しに早く解散している。
俺としては早く帰ることが出来るに越したことはないし、下手に突っついて藪から大蛇を引っ張り出すこともない。
ありがたく帰らせていただくことにしていた。
久しぶりに早く帰る我が家は新鮮で、普段見ないテレビ番組を見たり、読みかけの本を読んだり。
とても有意義な時間を過ごした……はずだった。
しかし何故か直ぐにその時間を持て余してしまい、手持ち無沙汰になってしまう。
結局ぼんやりとベッドにひっくり返り、無駄に天井を眺めるばかりだった。
妹の「寝てるぐらいなら相手してよー」という言葉に身を起こし、何をするでなし、一緒にテレビアニメでも見た。
当たり前だが続き物であるので、いきなり今週だけ見ても訳が分からず、となりで真剣に見つめる妹を横目で盗み見ながら終わってしまった。
「面白かったねー」
 と言われても、特に感想など出ることもなく、「ああ、そうだな」などと倦怠期を迎えた夫婦みたいな返事をするしかない。
当然妹は面白くない。
ちゃんと見てないだの、寝てただの、そんなんじゃ女の子に嫌われちゃうだの、ハルヒお姉ちゃんに捨てられちゃうよだの。
黙って聞いていれば勝手なことを言ってくれる。
まあ、前半はほぼ当たっていたので反論しないでおく。
しかし、残り半分はなんだ。特に「ハルヒお姉ちゃんに捨てられちゃう」というのは。
俺はハルヒに拾われた覚えないし、もしそうだとしてだ。
別にハルヒに捨てたられたところで困りはしない。
SOS団の活動からも開放されるだろうし、寧ろ願ったり叶ったりかもしれん。
「そうかなー。キョン君退屈そうにしてたじゃない。毎日あんな定年後のお父さんみたいな事して過ごすの?」
 言ってくれるな。
しかも例えがかなり現実的でイヤだぞ。俺の四十数年後が見えたようじゃないか、全く。
しかし、育ちが遅いだのなんだの言っていたが、ちゃんと年相応に育ってるようで兄としては安心だ。うんうん。
「そうやってすぐにごまかすー」
 うるさい。
 
 
 だが、妹のいうことも一理ある。
夕食も終わりベッドに寝転びながら、夕方のことを思い出す。
大体たった一日か二日、放課後を自由に過ごせるようになっただけでこの有様だ。
こりゃSOS団自体から放り出されたら、マジで定年後のお父さんになりかねん。
……いやいや、待ってくれ。
ここ二日のことじゃないか。それにこんな事は初めてじゃない。
以前はどうだったかよく思い出すんだ。
うーん……そうだ、そうだ。
そういう日は長門の家に行ったりしてたんじゃないか。
二人で本を読んだり大量に買い食いしたり――主に食べるのは長門だが――特に何をするでもなく過ごしてだな。
ん?一人でするか二人でするかの違いだけで、やってる事に変化がない。
絶望した!……いや、それは言いすぎだが、がっかりしたぞ。自分に。
どうなってるんだ、殆ど変化がないなんて。これが青春まっさかりの高校生のすることなのか。
まあ待て。それは放課後暇なときだけだ。
SOS団の集まりがあるときは違うんじゃないか?
そうだ、よく思い出してみるんだ、俺。
何をしているか思い出してみろ。
まず、メイド服に身を包んだ朝比奈先輩の淹れる美味しいお茶を飲み。いや、これは良い。これはSOS団の特典じゃなかろうか。いつもありがとうございます。
それからニヤケ顔の古泉が持ち込んだボードゲームかカードゲームをこなす。これは暇つぶしにはちょうど良いが、殊更持ち出すほどのものでもない。
…………後は何をしてるだろうな。
長門と一緒に何かをしていることは殆どない。いつも一人で本を読んでいるからな。
後は突然気勢を上げては無理難題を雨霰と吹っかけてくるハルヒの対応に追われるぐらいだな。これは活動の本来の目的だから仕方ない。
ふぅん、こう普段の自分を思い出してみるに、特に何をして過ごしているわけじゃなさそうだ。
情けない。
俺の青春ってのはこの程度か?もっと有意義に過ごす方法があるんじゃないのか?
まさか。そんなこと思うわけない。
傍から見れば、もっと何かに打ち込んでみるとか、何か一つやり遂げてみればどうかと思われるかもしれん。
確かに、俺たちと同じことをしている奴らがいたらそう忠告してやろう。要らん世話かもしれんがな。
しかしだ。
もしそれを俺が他人から忠告されたら。それは凄く不愉快だろうな。
具体的に何か事例を上げて反論する事は出来ないのが残念だが。
何もしていないわけじゃない。だが、こんな事を他人には説明できないことだらけなんだ。
なに?そら未来人だの超能力者だの宇宙人だのと一緒に世界がどうにかなっちまわないよう、日々影に日向に頑張ってるだなんてな。……俺は何もしちゃいないが。
そうそう。
俺たちは普段何もしていないように見えて、実はどこぞのヒーロー並みの活躍をしているわけだ。
「それもどうかねぇ」
 ごろりと寝返りを打ちながら、自分の考えに自分で突っ込みを入れる。
そんな風に理由をつけろと言われればこういう理由になるだろう。
あのまったりな意味のなさそうに見える日常の消費。その裏に隠された本当の意味……なーんてな。
そんなんじゃないんだ。
この毎日の過ごし方にこそ価値があるんだ。
一日の授業を全て終え、旧校舎への渡り廊下を歩き、古びた階段を上り、いつものように文芸部部室の前で立ち止まりノックをする。
その日によって誰が先に来ているかは違う。
朝比奈さんであったり古泉であったり、長門であったりハルヒであったり。
それで違うのは扉を開けた際の第一声が違うぐらい。
定位置に腰を下ろし、朝比奈さんであればそのお茶に負けず劣らずの笑顔とともに渡されるお茶。古泉であれば何かのボードゲーム。
長門であれば……本に視線を落とすだけ。
ハルヒなら、正直予想がつかん。
機嫌が良いのか悪いのか。何かを思いついているのかいないのか。それによって違ってくるからな。
例えどれであっても、大方はいつもと同じようであって。
たまに鶴屋さんが、にょろ~んと扉をその花丸印の素敵な笑顔と共に開け放ったり、朝倉が大きなダンボールを抱えて入ってくるぐらいか。
こんな変わり映えのない日々。
こんな贅沢な時間の使い方ってないんじゃないか?
その部室に揃っている朝比奈さんや古泉や長門が、本当はどういう人間なのかなんて問題じゃなくてだ。
何もしない、何をするでもない時間。ただ流れているだけの時間。
これは今だから許される事だ、高校を卒業した後じゃとてもじゃないが出来ないだろう。
だから、今にしか出来ない時間の使い方をしてるという意味で、SOS団の活動ともいえない活動ってのは非常に意味があるんだと思う。
「そうだな。こればっかりはハルヒのやつに感謝してやらなくちゃな」
 ベッドの上で手足を思い切り伸ばし、肺の中の空気を腹の底から全部吐き出す。
こういうのは性にあわない。
難しい事を悶々と考えるのは古泉にでも任せて置きゃ良いんだ。
ふぁ~あ。
珍しく頭を使ったせいだろう、気が抜けた途端。急に眠気が襲ってきたぞ。
食後に直ぐ寝るのは良くない。横になる分には内臓に負担をかけないので良いそうだが、それで寝てしまってはいかだろう。
風呂もまだだ。
このまま寝てしまわないよう、ベッドから身体を起こし、何となく携帯を手に取る。
何か暇つぶしに触っていれば眠気もその内飛んでくんじゃないか。
めるめる、と携帯電話を操作すると、その履歴のほとんどがハルヒであることに気づいた。
何でアイツはこんなにメールやら電話をしてくるんだ。
初めはなんでもないような、正直どうでも良いような内容ばかりだ。
こんな内容のないメールを俺がしてみろ。途端に電話がかかってきて文句の一つや二つを言ってくれるはずだ。
全く困ったもんだな、うちの団長様にも。
変わって古泉はほとんどない。
大方アイツがメールで連絡してくるなんざ余程のことだ。
それ以外は部室でだらだら取り留めのないネタ話につき合わされてるからな。メールまで送ってこられちゃ敵わん。
朝比奈さんは……まあ、この人は別の意味でメールがくる。
本人はメールを打つのが遅そうだ。やはりメールなんかよりもあの笑顔を見ながらお話したいもんだね。
最後は長門だ。
長門もない。
普段から余り喋らない方だし、メールで饒舌になるタイプでもない。
なにせ長門は行動で示すタイプだ。
言葉は要らない。言葉以外の方法で意思疎通をする方法もある。ナノマシン的なものだったりな。……これは違うか。
「そうだな。たまには長門にメールしてみるか」
 用事は何も思いつかないが、別に一介の高校生男子がするものだ。
大した理由なんていらないだろう。何かその時気になったことを自然に聞いてみれば良い。
例えば―――
『今日の晩ご飯はどうだった』
 なんじゃこりゃ。
いくらなんでも良いったってこりゃないだろ。最悪だ。ハルヒのことをどうこう言っていたのは誰なんだ、いや俺か。
って!しまった!間違えてメール送っちまったぞ。
くそぅ。
なんでメールにはキャンセルボタンがないんだ。
これが何か世界を揺るがすような間違いメールだったらどうするんだ。幸いこれは普通の内容だったが。
ああ、いかん。こりゃ長門はどうするだろう。
何か聞き返してきたらメールじゃなくて、ちゃんと電話で謝るとするか。
いや、明日会ってちゃんと謝るべきだろうな。うん、そうしよう。
 
 
 
 
 
 その後俺は2時間に渡って長門から一方的に送られてくるメールを読み続けなければならなかった。
メールの内容?
そりゃ勿論『今日の晩ご飯』についてだ。
グルメハンター長門の実力を思い知らされた夜だった。
 
 

 練習 78 >

 

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なのヴィ 2-1

 
 
 
「テスタロッサは良いのかよ」
「何が?」
「なのはの事だよ。アリサに取られちゃってるぜ?」
 突然ヴィータは私に話し掛けてきた。今日は夏祭り。屋台もたくさん出ている。
「と、取られるとか、そんな」
「大体なのははどうしてあんなに鈍臭ーんだ」
「ドン臭い?」
「だってそうだろ?列に割り込まれたり全然目当ての所に辿り着けなかったりよ」
 ヴィータはとても不満そうに呟いた。
「ああいうの見てるとイライラするんだよな。まったく」
 
 
 
 
 
「そんなんだからアリサに"アタシがいなきゃ駄目ね"とか言われちまうんだ」
「別に良いじゃないかな。なのはもそれで楽しそうなんだから」
「なのはの事言ってんじゃねーって!お前はどうなのかって聞いてんの!」
 キッと鋭い目つきで私を睨むヴィータ。もう、どっちの話をしてるのか分からないよ。
「だ、だから。別に私は何とも思ってないよ。それに、友達は取ったとか取られるとかそんな」
「嘘付けって!さっきから随分寂しそうにしてるじゃんか!」
「う……む……」
 ヴィータはとてもよく私の事を見てたんだなって思った。
「そんなにさ。寂しそうにするぐらいならアリサから獲っちまえばイイじゃん。そうだろ?」
「だ、だから。取るとかそんなのと違うったら」
「う~!お前見ててもイライラするっ!」
 ヴィータはワシワシと頭を掻き毟った。
 
 
 
 
 
「そ、そんなこと言ったらヴィータこそどうなの?」
「ア、アタシか?アタシがどうしたって言うんだよ。テスタロッサ」
「ヴィータこそ。アリサが手を引っ張ってっちゃった時、残念そうな顔してたじゃない」
「はぁ!?どうしてアタシがそんな顔しなきゃいけねーんだよ」
「知らない。でもね。確かにそういう顔してたよ」
 ヴィータは私の言葉に怪訝そうな表情を浮かべた。
「アタシはお前と違ってなのはの事なんか好きじゃねぇからよ。別にそんな顔をする理由がねぇよ」
「ホントに?てっきりヴィータはなのはの事が好きなんだと思ってた」
「お前正気かよ。一体どこをどう見たらそういう考えが浮んで来るんだ?」
 ヴィータは怪訝を通り越して呆れ顔になった。
「だって。最近とっても仲良さそうにしてるから」
 
 
 
 
 
「一体いつアタシとなのはが仲良さそうにしてたって言うのさ」
「知ってるよ。ヴィータがよく教導隊の方に顔を出してるってこと」
「あ、あぁ。あれか。アレはさ、実を言うと、まぁ。色々理由があってさ」
「訓練後にケーキ食べに行くんでしょ?」
 ヴィータは何だか急に慌てたように、あうあうした。
「い、いや。ちょっと待てよ。そ、それだって他の局員の姉ちゃん達と一緒で、別になのはと二人って訳じゃ……」
 必死に手をブンブン振りながら喋るヴィータ。きっと言い訳してるんだと思う。
「なのははね。ヴィータの事好きだと思うよ。だから食べに誘うんだと思うし」
「そ、そんな事ねーだろ。別に好きとかじゃなくて、ふ、普通に、その、なんだ。友達……とか」
 何だか照れながら"友達"という言葉をひねり出したヴィータ。
 
 
 
 
 
「そうだね。友達でも一緒に行くと思うよ」
「そ、そうだろ?それによ。アイツはいっつもアタシに意地悪するしさ。ぜってー友達でもないって」
「意地悪?なのはが?」
 私の疑問にヴィータは最近のなのはについて語り始めた。
「そうだな。最近一番の意地悪は……こないだケーキ食べに行ったときだよ!
 聞いてくれテスタロッサ!アイツったらな!"ヴィータちゃん。今日はどっち食べる?"とか聞いてくんの!」
「聞いてくれるの?それって良い事じゃない」
「それがよくねーの。アタシが散々悩んで決めるとよ。"じゃあ、私はこっち食べるねー"とか言うの!
 そうなると何だかそっちが美味しそうに見えてくるじゃんか!分かるだろ?この気持ち!」
 ヴィータは一気に捲くし立てた。
 
 
 つづく

 

 なのヴィ 2-2 へ

 

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練習 76

* 練習 75 の続きです。

 
 
「さてと。何だかんだでお昼休みももうお終いね」
「あら、そう」
 お弁当を片付け終わり、時計を見て言う朝倉さん。
ふぅ、助かった。このまま向かい合わせで喋る続けるのはちょっと大変なんだもの。
余りホッとして自分を崩してしまう事も出来ないから、私もお昼を片付ける事にした。
「あ……」
「あら、忘れてたわね、それ」
 今の今まですっかり忘れてた。
私は教室を飛び出して、急ぎに急いでパンを買ってきてたんだった。
勿体無い。せっかく買ってきたって言うのに。
どうしよう。このまま持って帰って家で食べるのも何だか違うし、けど、放課後というわけにもいかないよ。
「きっと放課後になったらお腹空いちゃうわよ。緊張が解けたから5時限目にも空いちゃうかもね」
「幾らなんでもそんなに早くは空かな……(キュー」
「ほらね」
 緊張の為に食欲がなくなっただけだった。
だから、それがなくなればお腹が本来の欲求を示すのは当然……なんだけど、それすら忘れてた。
恥ずかしいぃ……お腹の鳴く音を聴かれちゃうなんてー
「でも今鳴ってよかったじゃない」
「どうしてよ」
「このまま授業が始まってたらキョン君が聞いてたわよ?ね、困るでしょ」
 そう言われればそうだ。
今、ここで鳴ったから、お腹が空いてた事に気づけたけど、そうじゃなかったらこのまま授業を受けているところだったもの。
朝倉さんに聴かれて恥ずかしい。なんて思ったけど、寧ろ朝倉さんで良かったのかな。
「うふふ。パンが無駄にならなくて良かったみたい。じゃあね、涼宮さん」
「あ、うん」
 大きなお弁当箱を布巾で包みなおした朝倉さんは、にっこり笑うと席をしまい、艶やかな髪を揺らしながら帰っていきました。
やっぱり良いな、憧れちゃう。
同性の私から見ても憧れちゃうんだもの、男の子のキョン君だったらもっと好きだったりするのかな。
そんな事を考えながら、私の手は知らぬ内に後ろの髪を梳かすように触っていた。
「そ、そうだ。こんなことしてる場合じゃない。早くお昼の続きを」
 机の端におかれたパンを無造作に掴むと急いで包みを開けて、中のパンに齧り付いた。
……うーん、さっきのお弁当を食べちゃった後だと、何だか味気ない、かな。
 
 
 
「おい、ハルヒ。まだ昼飯食べてたのか?」
「うっはいわへ。わはひが」
「口にモノを入れたまま喋るんじゃない。汚いだろうが」
「んがんぐ……ぷはっ。良いでしょ、私がいつ何を食べようと。アンタと違って忙しいんだからね」
「あーはいはい。そうだったな」
 面倒くさそうに答えながら席に着くキョン君。
腰を下ろし、席を引いたところで、ふと動きが止まった。
「……なあ、ハルヒ。昼休みの間、どこにいた?」
「どこって。教室よ、教室」
「そうか。なら聞くけどな、俺の席に誰か座ってたか?」
「どうしてよ」
「いや、なんかこう。生暖かくてだな、ちょっと気になったんだ」
 ゴツッ
「って!なにすんだ!」
「黙って前向いてなさいよ!アホキョン!」
 さっきまで朝倉さんが座っていた椅子を、さすりさすりする手の動きが何だかイヤらしくて、思わず足が出てしまった。
別に朝倉さんのお尻を触ってるわけじゃないのに、なんだかそんなイメージが頭に浮かんでしまって。
むぅ~。これは、詰まらない嫉妬なのかしら。
あとでちゃんと、この行儀の悪い足を叱っておくから。
 
 
 
 
 
「今日は解散!」
 私の掛け声と共に、みんなが一斉に帰り支度を始める。
今日も何をするでなく、ただ何となく時計の針が進んでいった。
キョン君は古泉君が持ち込んだカードゲームをしていたみたい。
モニターから時折顔を出しては覗いてたんだけど、どういうものか全く分からなかった。
それでも相変わらず古泉君の旗色が悪いらしいことは分かった。でも、楽しそう。
こういうのは、二人ですることが楽しいんだよね。勝ち負けは別なんだよ、きっと。
長門さんは、いつもの位置で本棚を背に分厚いハードカバーの、何だか難しそうな本を読んでいた。
一定のペースで淀むことなくページを捲っていく。
読み返すこともしないし、本当に凄いな~っていつも感心する。私も本とか読んだほうが良いのかな。
朝比奈先輩は、みんなに温かいお茶を淹れてくれた後、古泉君の斜め後ろに椅子を置き、薄めの本を捲っていた。
ここからじゃどんな本なのか、分からなかったけど、前にも読んでいた美味しいお茶の淹れ方とかかもしれない。
毎日みんなに美味しいお茶を淹れてくれる朝比奈先輩。
とっても感謝してます。美味しいお茶をありがとう。
「お先に失礼します」
「またね。古泉君」
「それじゃあ、朝比奈さん。また明日」
「ちょっと。私にあいさつはないの?」
「……」
「じゃあね、有希」
 支度が終わった順に部室を出て行く。
古泉君とキョン君が出て行ったのを確認して、朝比奈先輩も着替えを始めた。
余りじぃっと見つめるのも失礼だし、放っておくとそうしてしまうので、必死にモニターに齧り付いていた。
ハンガーをかける物干しが軽く軋む。
着替えが終わったみたい。
モニターからひょっこり顔を出せば、制服に着替え終わった先輩が鞄を持ち上げるところだった。
「お先に失礼しますね」
「ええ、さよなら。みくるちゃん」
 パタン。
静かにドアが閉められる。
よーし。私も帰ろう。
 
 
 
 校舎を出て、校門まで一人。
校庭でまだ頑張る運動部の掛け声を聞きながら歩いていると、校門に見慣れた後姿。
誰を待っているのかしら。
「涼宮さん。待ってたわよ」
「あら、どうしたの?」
「丁度キョン君たちが帰っていくのが見えて、それで待ってたの。迷惑だった?」
 迷惑じゃないのは当然、と言いたいけれど、今日のお昼のことを考えるとちょっと躊躇しちゃう。
でも、せっかく待っててくれたのに、断るのも悪いし、う~ん。
「そんなこと無いわよ。坂の下までだけど、良い?」
「ええ、私もそのつもりだったし」
 私が追いつくのを待って、一緒に校門をくぐりました。
 
 
 
「ねぇ、午後の授業は大丈夫だった?」
「ご心配なく。あれから直ぐにパンを食べたから」
 私の返事にクスクスと笑う。
若しかしてそんなことを言うために……そんなわけないよね。
「これでも気にしてたのよ?私のせいでお昼を満足に食べられなかったんじゃないかって」
「そうだったの……」
「ええ、まあね」
 詰まらないプライドが働いたんだと思う。
素直に「ありがとう」って一言言えば良いのに。
そんなことない、なんていうぐらいなら、ちゃんと心配してくれたお礼を言うべきだよ。
普段は、素直じゃないな、もうちょっと素直になれば良いのにって思ってるくせに、肝心なところで邪魔をする。
しかも、感情よりも行動が先走っちゃうような難儀な私。
こういう時、もっとこう、熟慮するようにして、それからちゃんと行動に移さないと。
うん、そうだ。そうしなきゃね。
「そうだ。昨日の続き、いつしようか」
「続き?」
「SOS団の差し入れ。昨日見に行った中で目ぼしいものはあったかしら」
 どうしよう。すっかり忘れてた。
大きな倉庫での不思議な雰囲気と、その後の喫茶店でのことで全部頭から飛んじゃってた。
困ったな、困ったよ。
一日あったのに何も考えてなかったなんて、今更言えるわけもない。
私はうんうんと頭を捻り、額の前髪の生え際にじっとり汗が滲もうかというとき。
朝倉さんがぐっと身体を寄せてきた。
「そんな急がせるつもりじゃなかったの。ゆっくり考えてくれれば良いわ。お菓子は逃げていかないもの」
 顔を近づけて、鼻がくっつきそうな程。
そこでにっこり笑う朝倉さんの笑顔にホッとさせられた。
「そう?ならゆっくり考えさせてもらうけど良いかしら」
「ええ。決まったら言ってちょうだいね」
「うん」
 何だか素直に言葉が出てきた。どうしたんだろう。
それに、こんなに顔と身体が近くにあるっていうのに、いつもみたいに緊張でドキドキしない。
なんて言うのかな。
軽く走って身体を温めたあとみたいな、心地よい胸の鼓動。
い、今ならなにか―――
「じゃあね、涼宮さん」
「あっ……」
 いらない事を考えているうちに坂を降りきっちゃったみたい。
すっと私から距離を取る朝倉さん。
なんだか隣が寂しくて、身体に当たる冷たい風が一層強く感じた。
なんだろう、もうちょっと一緒にいたい気分。
だけど、ここでお別れなんだ。最初からそういう事だったじゃない。
それに、これが最後の分かれって訳じゃない。
同じクラスなんだから明日になればまた会えるよ。
最近はSOS団にも顔を出してくれるんだもの。放課後になれば一緒にいられるじゃない。
「また明日」
 手を振り、くるりと背中を向けてしまう。
ああ、行っちゃう。
本当に坂の下までって約束だったし、最初はそれほど一緒にいたいって思ってなかったのに、いつの間にか気持ちがずっと変わってた。
なんて言うのかな。
今の気持ちを何かにして現したかった。
行動じゃなくて、言葉で。
何だろう、何が良いかな。何が出来るかな。
一歩二歩と進み始めた朝倉さんの背中を見て、私は、今はさよならの挨拶だけでもしておこう。
何も思いつかないから。
そんな口を開きかけたとき。
みんなに返事を返したときのことを思い出した。
もし、朝倉さんが嫌がらないなら、悪く思わないなら、これが私の気持ちなの。
「じゃあね、涼子。また明日会いましょう」
「―――。そうね、また明日」
 いつもよりスムーズに出た言葉に朝倉さんは、にっこり。沈み行く夕日を背に応えてくれた。
 
 

 練習 77 >

 

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なのヴィ 1-2

 
 
 
「ふ、ふぅ。そ、それでね。教導隊の方に顔を出してくれる一番の理由なんだけど」
「うーん。ヴィータが只で手伝う訳ないからなー」
「訓練後のおやつなの」
「おやつぅ?」

 アカンなー。どうしても顔がニヤけてくる。
どうしてって?そりゃ、ヴィータらしいなーって、可愛らしいなーって思うからや。
 
 
 
 
 
「おやつって言ってもね?女性局員さん達で食べに行くんだけど」
「あーあ。いかん子やね、ヴィータは」
「どうかしたの?みんなでケーキ食べに行くだけなんだけど」
「あんな、なのはちゃん。家ではケーキとか一日一個になっとるのよ」
「そうだったの?ヴィータちゃん、何にも言ってなかったよ」
「そりゃ言わんやろうね。せっかく沢山食べられるチャンスなんやから」

 ヴィータはようさん食べる子やから、全然気付かんかったけど
まさか手伝いに行ってはケーキ食べとったとはね。そりゃ楽しそうに行くわけやわ。
どーしようかね。この辺ちゃんと注意した方がエエかな。
 
 
 
 
 
 
「それでね。ケーキを食べる時のヴィータちゃんがかっわいいの~」
「食べる時?そりゃ美味しそうに頬張ってる顔は可愛いけど」
「しかも。人から"ケーキ食べる?"って勧められた時。これがまた可愛いの~」
「ほう~。それは興味深い。是非聞きたいわ」

 今度はスプーンでカップの底を擦るように、ゆっくり動かす。
うん?直ぐに言わへんの。私を焦らそうって言うんか。
……はよ喋って。気になるからー。

「まずね。メニュー見て"今日はどれにしよーかな、これかな~"って考える時ね」
「あれは可愛い。ヴィータ今日なにする?て聞いて
 "今日のご飯はー"って考えるときな。腕組んでウンウン考えてる時は本当に可愛い」
 
 
 
 
 
 
「それで。ここでお決まりのセリフを誰かが言うの」
「ヴィータが言うんやのうて、誰かが?」
「"ヴィータちゃん。皆で別々のを頼んで少しずつ分けて食べない?"って」
「はっは~ん。それなら種類も量もたくさん食べれるもんなー」
「待って。計算してそうしてる訳じゃなくて」
「ま、まぁ。ヴィータにそういう悪知恵働くとはアンマ思えへんけど」
「真剣に悩んでるでしょ?そこでそう言ってあげると。
 "ホントか?本当に良いのか?え、えっと、えっと!"って嬉しそうな顔するのー!」

 おーおー。なのはちゃんが、いやんいやんしとるわ。
よっぽど可愛いんやろーな。きっと目をキラキラ輝かせてメニューを覗くんやね。
うん、目にありありと浮ぶわ。その光景が。
 
 
 
 
 
「それでみんなでバラバラのを注文して。ヴィータちゃんに一口ずつあげるの。
 "ヴィータちゃん、これ食べてー"って。それで、嬉しそうに"一口だけなー"て」
「ほうほう。ヴィータは人気者やね。みんなに随分可愛がってもらって」
「そうなの。ヴィータちゃんはお姉さん達に大人気で
 訓練外ではナデナデされたり、バリアジャケット付けてーって言われたり」

 ヴィータのバリアジャケット姿は大層評判が良いようだ。
それはそうやろ。私の渾身の作やからね。ヴィータの可愛らしさがバッチリ出とる。
 
 
 
 
 
「それでね。そうやって色々ヴィータちゃんの可愛いところ、あるんだけど」

 ちょっとだけ、なのはちゃんのテンションが落ちる。
ソーサーにスプーンをそっと置き、ちょっとだけ困ったような顔。
ううん。これは困ったというより残念、という顔だ。

「一番可愛いのは、はやてちゃんと一緒にいる時なんだよね」
「私と……?」
「そう。ヴィータちゃんが一番可愛くて嬉しそうなのは、はやてちゃんといる時だよ。
 大切で大好きな人だってのは分かってるんだけど、ちょっと妬けちゃうかな」
「なのはちゃん……」
「でも。はやてちゃんと一緒に居るヴィータちゃん見るの、好きなんだ」

 ちょっと寂しそうに、でも嬉しそうに。なのはちゃんはそう言って紅茶を飲み干した。
 
 
 おしまい

 

 なのヴィ 2-1 へ

 

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練習 75

* 練習 74 の続きです。

 
 
「それにしても。まさか私とキョン君のことを気にしてたなんてね」
「べ、べっつに!そんなことないったら!」
「そう?明らかに具合が悪そうだったわよ?」
「今日はたまたま早くにお腹がいっぱいになっちゃっただけで、具合が悪くなったとかそんな事全然ないんだから!」
「そう、なら良いんだけどね」
 こういう時必死に否定すればするほど怪しくなるものだけど、そのことに気づいたときにはもう後の祭り。
そうそう。後の祭りの祭りって、祇園祭のことなんですって。確かそんなような事聞いた覚えがあるの。
そうじゃなくて。
一番そこは冷静に受け流して何てことない顔しなきゃいけなかったのに。
ああ、もうどうしたら良いんだろう。
絶対に知られちゃったよ、朝倉さんに!どうしよう、どうしよう。
「あ、あれよ。なんていうの?その、そうよ!朝倉もSOS団の大切な団員な訳なんだから、もしもの事があったら大変でしょ!」
「もしもって、例えば?」
「それは、その、キョン君がおいたをしないようによ」
「出来れば具体的に教えて欲しいな~」
 肘をついて手を組んでは顎を乗せ、ニコニコと私を追い詰める。
も、もうどうしたら良いんだろう。だめだ、喋るたびに墓穴を掘っていく気がするよ。
そんなこと分かってるんだから、喋らなきゃ良いのになんで私の口は勝手に開いて、いらない事をどんどん喋っちゃう。
「それは、えっと、例えばそう。着替えを覗いたりとか」
「残念だけど、部室で着替えたりするのは朝比奈先輩だけじゃないかしら。涼宮さんが私にもメイド服をくれるっていうなら話は別だけどね」
「ないない、ないったら。そんなこと」
「あら、残念。キョン君はそういうの好きそうだから、これ以上増やしちゃ駄目ってこと?」
「あ、ぐ……それは、予算の問題よ。そう、予算の。あれってば結構高いんだから」
「そうよね、あれを後3着揃えようって思ったら大概なお値段になりそうだものね。返す返す残念だわ」
「なによ、あんなのが着たいわけ?変わってるわね」
「着替えを覗かれるためには部室で着替えなきゃいけないじゃない。別にメイド服でなくても良いけど、ジャージなんかじゃ味気ないだろうし」
「何もそこまで」
「それとも意外にジャージ好きだったりするかしら、キョン君。こういうことに無頓着そうで結構拘りがあったりしてね」
「う、むぅ」
「それとも体操着とか?物の本によれば男の子ってそういうのが良いんですって」
「た、体操着……」
 朝倉さんは何だか楽しそうに話を続ける。
けれど私にとっては心臓に悪いばっかり。余りドキドキが続いて本当に気分が悪くなってきたみたい。
落ち着け、落ち着いて私の心臓。
これ以上早鐘のように打ち続けたら本当に壊れちゃいそうなんだもの。
「そうだ」
「な、なに」
 ポンと手を合わせて何やら妙案でも思いついたと言わんばかりの顔をする。
でもそれはきっと私にとって余り良い提案にはならなそう、ううん、多分ならない。
「一度涼宮さんもして見たら?メイド服とか。案外良い反応が返ってくるかもよ?」
「は、はぁ!?」
 何とか涼宮ハルヒを維持する私。
でもそれはサスペンスドラマの最後で崖の縁に立っては、吹き上がっている潮風にフラフラとしているような危なっかしさだった。
どうしよう。
口を開かなければ黙認したってことになっちゃうけれど、何か反応すれば今の私じゃ墓穴を掘るばかりになりそうで、やっぱり安易に行動できないジレンマだった。
「SOS団でメイド服を常時身に着けてるのは朝比奈先輩だけでしょ?そこへある時涼宮さんが着ていればどうかしら」
「ど、どうって。別にみくるちゃんが制服になって私がメイド服になるだけじゃない」
「キョン君の反応がよ、どう思うかしら。意外な光景にまず驚いて、脈打つ心臓と冷や汗を隠し平穏を装っては席に着くんじゃないかしら」
「う、うーん。どうかしら」
「そこでお茶を一杯淹れてあげるのよ、はいどうぞ。って」
「いやよ。なんで私がキョンのためなんかに、その」
「そこまでちゃんとしなきゃ。そうしたら流石にみんなにも分かるように目を剥いて驚くかもね。若しかしたら椅子から落ちちゃうかも」
「そんなに驚くかしら、キョンが」
「やってみなくちゃ分からないってところが本当だけど、私は良い反応が見込めると思うわ」
「ふぅ~ん」
「それでね。たまには団員のキョン君を労ってあげるわよ、というような事でも言えば、何だか怪しんで周りをキョロキョロするの」
「ふんふん」
「ここで前もって他の人にも教えておかなきゃね。何も知らぬはキョン君ばかり」
「ドッキリってこと?」
「そういうことかな。でも見てみたいと思わない?慌てふためくキョン君の姿」
 すっかり朝倉さんのペースに乗せられてしまっている私。
しかも、知らない内に話の内容は私がメイド服を着てキョン君を驚かすことに移っている。
うーん、興味がない事もない。
普段と違うキョン君が見られそう、という提案は中々に魅力的だとは思う。
けれど、それ以上にそんな事したら可哀想だよって思う。やっぱりそういう事って良くないよね。
それにただでさえ私はいつもキョン君に迷惑をかけちゃっているんだもの。
「べっつに。キョンなんか驚かせたところで面白くもなんともないわ」
「そうかなぁ、私は面白そうって思うんだけど。残念」
 ふぅ、と息をついていかにも残念そうといった感じを出す朝倉さん。
良かった、諦めてくれて。キョン君のみならず私まで助かった気分になった。これ以上この話題を引っ張られるのは身体によくなさそうなんだもの。
「でもびっくりしたなぁ。涼宮さんが私とキョン君の関係を疑ってたなんて」
「だから違うって言ってるじゃない。アンタもいい加減しつこいわね」
「だって気になるじゃない?それにSOS団に彼を一番に連れ込んだんだし」
「連れ込むって……ずいぶん聞こえが悪いわね。たまたま後ろの席に座ってたし暇そうにしてたから使っただけで、別に」
「まあまあ、そういう事にしておきましょう」
「だから……!もう良いわ。勝手にしたら」
「怒らない怒らない。怒ると余計に怪しまれちゃうんだから、ね?」
「ふん、だ」
 腕組みをして、プイッとそっぽを向く。
余り反応すると墓穴を掘るのは変わってないけど、これで話を切る事が出来そう。
一安心。もうこれ以上この話題を続ける事は好ましくないもの。
それにしても、今日からどうしよう。
さっきまでとは別の意味で、放課後の活動が心配になってきた。
今まで他の誰にも知られてないって思ってたのに、朝倉さんにあれだけ見事に指摘されちゃうだなんて。
私とキョン君と、そして朝倉さん。
放課後の時間を一つの部屋で過ごすのはとっても危険な感じがするもの。
私みたいに頭がぐるぐる回っちゃって、とんでもない事を言い出しちゃうことはないって思うし、面白半分に言いふらすなんてことは絶対になさそう。
でも、朝倉さんの視線を気にしながらの放課後はいつにも増して大変そうだよ、ふぅー。
 
 

 練習 76 >

 

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なのヴィ 1-1

 
 
「なのはちゃん。ちょっとエエかな」
「うん、大丈夫だよ。はやてちゃん」

 翠屋の表でケーキを頬張る私とはやてちゃん。
実は今日のは、はやてちゃんのお誘いなのだ。
だからケーキ代もはやてちゃん持ち。何だか悪いなーって。

「むぐむぐ……あんな、なのはちゃん。最近ヴィータと仲エエやん?」
「そう?」
 
 
 
 
 
「そうや。最近教導隊の方にもよう顔出しとるみたいやし、それに」
「それに?」
「管理局での話題がなー。なのはちゃん系が増えてきたんや」
「ふ、ふ~ん」

 私がヴィータの話題を切り出すと、なにやら居心地悪そうに。
ま、嫌がっとる風ではないね。なにやら照れてるみたいや。
急に紅茶の入ったカップをカチャカチャとかき混ぜ始めた。
 
 
 
 
 
 
「なのはちゃん?ヴィータのどの辺が好き?」
「す、すすす好き?私がヴィータちゃんを!?」

 あっという間に耳まで赤くなる。
なんやのこの反応は。ますます突っ込みたなってったわ。

「あの子の家族としてやねー。一応意中の相手のことは知っときたいし」
「あ、あー。えっと、うんと~」

 ますます紅茶をかき回すスプーンのスピードが速くなった。
 
 
 
 
 
「え、え~っと。うんと……可愛いところかな?」
「ほぉ~。それでそれで?」

 ちょっと照れたように眉を落とし、エヘへと笑いながら答える。
まだ、紅茶をかき回すスプーンのスピードは落ちない。

「まずあの大きな目かな。ちょっとツリ目なところが可愛いの」
「せやね。しかも人見知りなところが余計印象を悪くしとるというか」
「えっと……そこまでは言ってないけど」
 
 
 
 
 
 
「他は他は?」
「うんとね~。あの赤い髪の毛かなー?」
「髪の毛?ヴィータのか?」
「うん。あの長く三つ編みにしてある髪が好きなの。こう、ニギニギしてると落ち着くの」
「そうやな~。あの太さは何とも言えん安心感があるなー」
「後ね。一番好きなのは髪を解いた時かな~」
「せやね。三つ編みしとる所為もあってウェーブ掛かっとるから印象ガラっと変わるもんな」
「それもあるけどね。ウェーブ掛かった髪に指を通す感覚が堪らないなの」

 カップにいれたスプーンから指を離し、人差し指をくるくると絡ませる振りをする。
随分と話に熱が入ってきたみたいや。結構ノリノリになるんかな。
 
 
 
 
 
 
「本当は手櫛って良くないんだけど、ついついやっちゃうの。
 あのね。本当に髪にコシがあるって言うの?キチッと結ってあるのに折れてなくて。
 その強くてしなやかな髪に指を通してると幸せ~って感じなの。
 艶々のキューティクルぴかぴかって髪は女の子の宝物じゃない?」
「せやね。ヴィータとかの髪の手入れは私が丁寧にしとるから褒められると嬉しいね」
「ヴィータちゃんは"やめろよ~"とか言ってジタバタするけど
 そうやって嫌がってる仕草も堪らなく可愛いの。うんもー、照れちゃって~って感じで」
「ほぉ~、それはそれは」

 私が髪を触っている時はとても上機嫌なヴィータなので、
なのはちゃんが話しているようなヴィータは意外だ。あまり想像出来ない。
ふぅん。そういう私に見せないような姿を見せているわけかい。
 
 
 
 
 
 
「それでね?私も随分三つ編みを編むのが……」
「あ~、もうその辺はエエから次々~!他にヴィータの好きなところは?」
「え~、まだ語ることあるんだけど。う~ん、そうだな~」

 髪を弄ぶようにクルクルしていた指を再びスプーンに戻し、かき混ぜ始めた。
今度はさっきの様ではなく、何やら思案しながらゆっくりと。

「うんと~。そうだな~。後はどんなところが可愛いかな~?」

 まだヴィータの可愛らしいところがあるらしい。まぁ、当然だとは思うけど。
 
 
 
 
 
「最近は教導隊の方にも顔を出してくれてるってのは、知ってるんだよね」
「そうやね。"今日も新人を扱いてやったぞ~"って自慢げに言うてるし」
「自慢げ?うふっ。あははははは~!」
「何が可笑しいの、なのはちゃん」
「だって……全然そんな事ないんだよ?」

 スプーンを置き、笑いを堪えきれないという感じで。
一体ヴィータが教導隊で何をやらかしているのだろう。それも笑われるような。

「確かにね。新人局員さんに厳しい面もあると思うの」
「ほー、ふんふん。ヴィータの普段からは想像も出来んな~」
「でもね……?」
 
 
 
 
 
「偶に加減を間違えてぶっ飛ばしちゃう時があるの」
「あれま。それを誤魔化すために言うてたのかね」
「その時は"お前だらしねーなー!そんな事じゃ武装局員としてやっていけねーぞ"って。
 でもね?訓練が終って、少し人が引けたときにそっと近寄って
 "なぁ、大丈夫か?どっか痛いんだったら医務室行った方がいいぜ?無理すんなよ"言うの。
 で、局員さんが"大丈夫ですよ、これぐらい"って言うと
 "そうだよな。アレぐらい何ともねーよな!なんだよ、心配させんなよな!"とか」
「へ、へぇ~。そりゃまた」
「話し掛けるまで心配そうに見てたくせに、いざ話し掛けちゃうと、あぁなっちゃって。
 うんもー!可愛いったらありゃしないんだからー!」

 テンションの上がったなのはちゃんは、カップをガチャガチャかき混ぜ始めた。
あ~あ、零れる零れる。
 
 
 つづく

 

 なのヴィ 1-2 へ

 

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練習 74

* 練習 73 の続きです。


 
 
「涼宮さん、具合でも悪くした?」
「え、ううん。そんなことないわ」
「そう?急に箸が止まったようだったから」
 お弁当のおかずに箸をつけながら朝倉さんが私を心配する。
食欲がなくなっていく。急に鳩尾の辺りに風船でも入ったような圧迫感がせり上がってきて、喉元まで押し上げた。
胸がいっぱいって言うのは、こういう感じなのかな。ううん、胸焼けかも。
次いで箸が重くなる。
豪華なお弁当箱の中のおかずたちが急に色あせてゆく。
さっきまでアレだけ美味しそうに見えていたって言うのに。
既に半分ほどなくなっていて、もう半分しかない、なんて思っていたのがウソのよう。
まだ半分もある、なんて後ろ向きな考えに変わっていた。
「そ、そんなことないったら。ちょっと休憩休憩……」
「でも時間経っちゃうと満腹感きちゃうから」
「そっか、そうよね」
 朝倉さんのいう理由とは違うけれど、実際満腹感というか、お腹を圧迫するような感覚に箸は止まっていた。
このまま黙っているのも失礼だし、ここは素直にお腹がいっぱいになったって言うべきかしら。
 
 
 
 もそもそ、もそもそ。
何とか喉元まで上がってきた圧迫感を押し下げて箸を進める。
あんまり美味しくない。
さっきまで一つ口に入れては、美味しい美味しい言っていたのに、急に押し黙っちゃ、どうしたのか気になって朝倉さんも心配だろうと思う。
それに美味しく感じられないのに無理矢理胃に押し込めるような食べ方は、作った人にも食べ物にも失礼だよね。
ここは正直に言って箸を置いちゃうことにしよう……
「ごめんね、朝倉。ちょっとお腹膨れてきちゃったわ」
「そう?多かったものね。ちょっと残っちゃったのはしょうがないか。うん、一緒に食べてくれてありがとう」
 初めの勢いはどこへやら、急に箸を止めてしまった私にお礼を言ってくれる朝倉さん。
ごめんなさい、余り貢献出来なくて。3分の1ほど残ったお弁当箱を前に謝る。
朝倉さんも、まだ余裕があるみたいだし、私もいつも通りならこれぐらいは食べちゃいそう。
でも、食欲がなくなった原因は満腹感からじゃないだから、いくら待ったところで解決するものじゃないもの。
そう、食欲がなくなった、から。
じぃっと考えを巡らせ、食欲がなくなった原因を思い出す。
直ぐにお弁当の残り具合が気になって、そっちの考えは直ぐに頭の端へ追いやってしまってた。
それは、元々大したことなかったら、お弁当へ意識が向いてしまったのでなくて、また嫌な感情が身体を侵食してしまいそうだったから、隅に寄せたんだ。
そうだ、そうなんだ。
今、私が食べていたお弁当。それは朝倉さんが誰かに食べさせようとして作ったお弁当。
そのお弁当が、本当にお腹に収まるべき人。それは……キョン君。
 
 
 
 やっぱりキョン君だよね。
昨日の私の考えは、強ち間違ってなかったんだ。
せっかく色々考えあぐねいて、勝手にキョン君じゃないって結論つけて一人で安心してたのに。
せっかく朝倉さんが美味しいお弁当を持ってきてくれて、美味しい素敵なお昼を過ごせるはずだったのに。
せっかく朝倉さんと楽しくこれからもお話出来るのかな、って思ってたのに。

やっぱり朝倉さんの好きな人はキョン君だったんだ。

キョン君はどうなのかな。
一緒にお弁当を食べるぐらいだもの。とっても仲が良いって事だよね。
私が毎日4時限目が終わってバタバタと教室を飛び出して、外でお昼を食べているときに、キョン君は朝倉さんとお弁当を食べていたんだ。
毎日美味しいお弁当を食べてたんだ。
うん、分かるよ。
私だって朝倉さんみたいに美人さんと一緒に、タダでさえ美味しいお弁当。食べたら嬉しいもの。
楽しいお昼休みになるよね。待ち遠しいよね。
お母さんの手作りなのも良いけど、やっぱりクラスメイトの女の子が作ってくれたのが良いよね。
……。
自分には出来っこないことなんだし、自分で分かってるんだから、別に何も考える事ってない。
キョン君が選んことなんだから、私がどうこう言う事じゃない。
それに分かってよかったじゃない。
いつまでも一人相撲しなくて済むんだし、逆に考えれば、分かっちゃったからこそ、朝倉さんと普通に接する事が出来るようになったって。
こうやってモヤモヤをいつまでも一人で抱える事もなくなったって。
…………。
今日から部室で会っても普通に出来るかな。
それよりまずお昼休みが終わったら帰ってくるキョン君にいつも通りにしなきゃね。
変に、ううん、これはいつもの事だけど意識しないようにしなないと。
ようし、うん。大丈夫大丈夫。
いつも通りにするだけだよ。得意じゃない、"いつも通り"振舞うだけなんだから。
「……ふぅ」
「そんなに辛い?保健室に行こうか?」
「ううん。心配には及ばないわ、それよりも」
「なぁに」
「いつからキョンにお弁当作ってたの?」
「……」
 "いつも通り"の私。その口からとんでもない言葉が出た。
目の前の朝倉さんは呆気に取られているの分かる。こんな目を見開いている朝倉さんなんて初めて見たよ。
けれど、言った本人である私が一番驚いているかも。
今の私がどんな顔をしているか分からないけど、きっと二人で向かい合わせに驚いてるんじゃないかな。
傍から見ればとても間抜けな光景かもしれない。
ごめんね、朝倉さん。
そんなことを考えていると、朝倉さんの表情がみるみる変わっていった。
控えめに開けられた口の下唇がぐっと上がり、なにかを堪えているよう。
目も見開いていたのに、だんだん細くなっていく。
どうしたんだろう。
怒っているわけじゃなさそうだけど、やっぱり変なこと聞いちゃったからかな。
ここは早く謝ったほうが良いよ。うん、そうだ。
「あ、あのね……」
「ねぇ、涼宮さん。気を悪くしないでくれるかしら?」
「え?」
「あのね。私はキョン君にお弁当作ってないわよ」
「…………ん?」
「本当よ」
「キョンに……作ってたんじゃないの?」
「うっふふふふ。違うったら」
 今度は私が呆気に取られた。
朝倉さんは堪らなく可笑しいといった感じで、肩を震わせている。
手を口に当て隠すようにしているけど、口の端がくくっと上がっているのが分かる。
「そ、そそんなに変だった?」
「うふふ、涼宮さんの顔見てたら……おほん。気を悪くしたんならごめんなさい」
「いや、別に怒っちゃいないわよ。でもそんなに変なこと言ったかしら」
「おかしなことって訳じゃないけど、どうして私がキョン君にお弁当を作ってるだなんて思ったのかなって」
「そ、そりゃ、えっと」
 言えるわけないよ、本当のことなんて。
勝手に妄想膨らませて、朝倉さんとキョン君が、その……お付き合いしてるんじゃないかって。
そんなこと考えてたことじゃなくて、その、それで具合が悪くなったり、若しかして機嫌が悪そうに見えてたのかもしれない。
もしそれが朝倉さんに知れたら、気を悪くするだろうし、キョン君をそういう風に、その、えっと……
「まさか私とキョン君がそういう仲だって思ってたの?」
「!!!」
「う~ん、そういう関係じゃないことだけは確かよ。キョン君のことは好きだけどね」
「!!??……す、好き、なの?」
「ええ、まあね」
 ああ、やっぱり。やっぱりそうなんだ。
「でもね?」
「でも?」
「涼宮さんとは違う意味だと思うけどね」
 にっこり。でも少し意地悪そうに笑う。
その言葉どおり、私の本心を見透かしているような、少なくともこの事に関しては私自身より分かっているよう。
冷や汗が吹き出る。
心臓がバクバクして、一気に身体中を血液が駆け巡り、勢い余って心臓が口から飛び出ちゃいそう。
なんで、なんで分かっちゃったの?
私が、私が……ああ!自分で口にするのも恥ずかしい!
「だから安心して?私と涼宮さんの利害が、キョン君に関して相反する事はないから」
 ばっちりと、ウインクしてみせる。
まだ私の身体は恥ずかしさと焦りで、頭はグラグラと揺れ、お尻がむずむずしていた。
 
 

 練習 75 >

 

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リインのたんけん大作戦! 8

 
「BDさん。ありがとうございました。なんだか元気出てきました」
「……よかった」

 えへへ、と照れ笑いをするリイン。
少し泣いてすっきりすると、何だかバルディッシュの前で泣いてしまったのが恥ずかしくなってきて、急いでゴシゴシと涙の後を拭き始めます。
リインが元気を取り戻したようで、バルディッシュも一安心。
小さな後輩が泣いているのを見過ごすわけには行きません。
それに、レイジングハートの言葉を正確に伝える役目が自分にはあると考えたからです。
リインがレイジングハートに叱られた事だけに執着して、そのことを誤解するような事があってはいけません。
そこは、レイジングハートもリインならちゃんと理解してくれるだろうと考えた上で叱っています。
その事は自身の言葉からも明らかです。
ただ、小さなリインが泣いてばかりだったのが、少し気になりました。
これが、二人に対する裏切りではないかとも思い、不安に思うわないでもありませんでしたが、照れ笑いするリインをみて一安心したのでした。

「もう帰りますね。はやてちゃんが待ってますから」
「……うん」
「さようなら、BDさん」
「……また」
「ようし!今日も頑張ってお勉強するです!」

 バルディッシュが別れの挨拶を超えて"また"と言ってくれたのをリインは聞き逃しませんでした。
初めて会ったとき、一番最近顔を会わせたとき。
決して悪い雰囲気ではありませんでしたが、だからと言って良い関係だとも言えません。
そんな歯にモノの挟まったような、すっきりしない関係を、リイン自身、もやもやと胸の中に抱えていました。
こちらから何か言おうにも、何かと会話に困るバルディッシュ相手では、中々上手くいきません。
黙って一緒にいるだけでは、息が詰まってしまって居心地が悪く、それでつまらぬ事を口ばしっては頭を抱えていたのです。
そんなバルディッシュとの関係が、一歩二歩。
いいえ、もっと前進したように感じられ、しかも自分を少しだけ認めてくれたような気さえします。
それが嬉しくて嬉しくて、リインの中で小さく萎んでしまった元気印な笑顔と前向きな心が、ぐーんと大きくなりました。

『リイン。もう良いの?』
『はい、フェイトさん。ありがとうございました』
『そう、良かった。もうすぐ終わるから机の端に座っていると良いよ。授業が終わったらはやてのところへ連れてってあげるね』
『はい!ありがとうございますです!』

 やっぱりフェイトに知られていたようでした。
バルディッシュの中にいたことにお礼を言うと、そっと微笑み返してくれるフェイト。
机の端を勧めてくれるので、そこへ腰掛け、足を投げ出します。
はやての元を飛び出したときは、あれほど退屈で詰まらなく感じられた授業も、何だか違って見えました。
投げ出した足をブラブラさせながら、リインはきらきらと降り注ぐ日差し眩しい空を眺め、授業の終わりを、はやてに会えるのを待つことにしました。

 
 
 

(放課後)
 学校も終わり、いつもの仲良し5人組。
校門でアリサの車を待っていると、なのは、フェイト、はやての3人に連絡が。
どうやら急な用事が出来たようです。
アリサとすずかに別れのあいさつをして、校舎裏へ駆け込みます。

「ようし!今日こそちゃんと出てくるんやよ!リインフォースッ!」
「…………ZZZzzz」
「また出てこうへん~~~!なんでやの~~~~っ!?」
「(ちょっとキツかったのかしら)」
「(…………やっぱりダメかも)」
 
 

 おしまい
 
 
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練習 73

* 練習 72 の続きです。

 
 
「これ、今日初めて作ってみたんだけどどうかしら」
「ふーん、もぐもぐ……これ美味しい!」
「そう?嬉しい、じゃあレパートリーに加えちゃいましょ」
「ぜひそうするべきよ。そうなさいな」
 自分の分を買ってきてあるのだけど、私はそれに殆ど手を付けることがなかった。
だって、朝倉さんがどんどん勧めてくるのだもの。
断る理由もない私は、勧められるままに差し出されるおかずを食べ、口直しにパンを食べれば「そんなのじゃ駄目よ」とお茶を汲んでくれる。
外で、しかも人が見てる前で口を濯ぐようにお茶を飲むわけにもいかなくて、ずずーっと大人しくすすった。
カップを返すと、直ぐにお茶を注いでくれる。
そのお茶の入っていた水筒。
これも一人用としては多すぎるよね。
このお弁当と大きな水筒。誰と一緒に食べるつもりだったのかな。やっぱり気になるな。
他のクラスの女の子……というわけじゃなさそう。何となくだけど。
いつもクラスで昼食を取っているのだけど、今日は何かで席を外している。
そんな子が朝倉さんと約束してた子だよね。
うーん……分かんないよ。
こうやってクラスを見渡してみて思い出した。
何を今更なんて自分でも思うけど、私はいつも外でお昼を取っている。
教室にいつも誰がお弁当や買ってきたもので昼食を取っているか何て知らないんだった。
それじゃ分からないはずだよ。うんうん。
「どうしたの?」
「え、なにが?」
「だって、さっきから周りをキョロキョロしちゃって。何か気になる人でもいたかしらと思って」
「ううん、別に」
「てっきりキョン君を探しているのかと思っちゃった」
「キョ、キョンを!?ま、まさか」
 びっくりした。
考えてもいなかったことだから。
そうか、キョン君……ちょっと待って。
キョン君も毎日教室でお弁当を食べていたよね。
いつもお友達と一緒に食べてたような気がする。うん、そうだ。
今この教室にキョン君はいない。
お弁当を忘れちゃったのかな。それともこの間みたいにお母さんが病気か何か?
それだったら予め何かを買ってきているか、授業が終わったら買いに行くよね。
教室を出て行ったことは、お昼を買いにいったんだよね。
帰ってこないのかな。
どうしてるんだろう。今日は天気も悪くないし、外で食べてるってことも考えられるよね。
ああ、どうしてるのかな。キョン君。
「それにしても、ちょっと多かったかしら」
「このお弁当が?」
「うん、やっぱり女の子二人じゃ多いよね」
「あ、ええっと、そうかも」
 どうしよう、あんまり多いなんて思わなかった。
普通の女の子なら多いって感じる量なんだよね?きっとそうなんだ、きっと。
う、うう……そうだ、今は考え事しながらお腹に入れちゃってたからで、普通に食べてたらきっと多いって感じたはずだよ。
そうだよ、そうだよね。うん、うん。
女の子二人なら多いよね、女の子二人なら……ん?
"女の子二人"?
ということは、朝倉さんはこれを男の子と食べるつもりだったって事になるよね。
いつもお弁当を教室で食べていて、今日はいない男の子。
朝倉さんと仲が良くて、お昼を一緒にしそうな人。
「もうお腹いっぱいかしら?」
「え、ええ、まあ」
 
 
 
 なんだか急に食欲がなくなってきた。

 

 
 練習 74 >

 

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リインのたんけん大作戦! 7

 
「……。怒られちゃいました」

 レイジングハートをこっそり飛び出そうとしたリイン。
しかし、そんな落ち込むリインを呼び止める声がしました。

「……リインフォース」
「BDさん」
「ちょっと来て欲しい」
「…………?」

 自分になにか用があるのか。
今のリインは、余り余裕がなくて、特に用がないのなら無視してしまいたい気分でした。
けれど、あのバルディッシュが自ら進んで自分に声をかけてくれたのです。
それはそれで、個人的にとても興味が惹かれましたし、はやてのところへ帰ることも出来ない今、居場所のないリインには良い助け舟のように感じられました。
 
 
 
 こっそり。
フェイトに分からないよう、バルディッシュの中へ入っていくリイン。
分からない事はないとは思うのですけど、フェイトに何も言われなかったので、そのままお邪魔する事にしました。

「お邪魔しますです」

 相変わらずの殺風景。
けれど、以前と違ったのはデバイスの家主であるバルディッシュが出迎えてくれたことです。
今日も部屋の真ん中でぽつんと座っているものだと思っていたリインは、びっくり。
あんぐり口を開けて驚いているリインに、バルディッシュは静かに話を切り出しました。

「話は聞いてた」
「はい、です」
「盗み聞き、は良くないと思う。けれど、リインが落ち込んでいたから」
「え?」
「心配だった」
「……」

 リインの心は驚きに満ち、あのバルディッシュが自分を心配してくれたことを、とても嬉しく思いました。
寂しさと悲しみに暮れていたリインにとって、とても心を暖かく満たしてくれる事実でした。
そんなリインのことを気遣ってくれているようなバルディッシュ。
しかし、その小さくぎゅっと結ばれた口からは、ぐさりと来る言葉が吐き出されました。

「RHお姉さんに怒られた」
「はい……」
「落ち込むといい」
「うぅ……」

 実は少しだけ期待していたリインでした。
わざわざ出迎えてくれたバルディッシュが、慰めてくれると思っていたのです。
そんな淡い期待は、真っ向から一言で打ち砕かれてしまい、リインのショックは数倍も大きかったのでした。
俯き、下唇を噛み、ぐっと涙を堪えるリイン。
酷いとは思います。
酷いとは思いますが、それでバルディッシュを悪く思うことはありませんでした。
その辺り、流石にリインも子どもではありません。
自分がそう言われるだけの、しなければならない事も出来ない、半人前にすらならない事が痛いほど分かっていたからです。
唇が白くなるほど、ぎゅっと噛んでは涙を堪えます。
けれど、鼻の奥はツーンとして、目頭から涙は溢れ、縁を伝って目じりに大粒の雫を作りました。
鼻水も出てきます、身体も震え始めました。
もう、溜まった涙も零れ落ちそうになり、しゃくり上げようと思った、その時。
ジッと黙っていたバルディッシュが再び口を開きました。

「それで反省したら、一歩、素敵なデバイスに近づける」
「えっ……?」

 思っても見ない言葉が、頭上に降ってきたのです。
喋ったところを見てはいません。しかし、ここには自分とバルディッシュの二人だけ。
声も間違いなく、バルディッシュのものでした。
ハッと顔を上げるリイン。
さっきより少しだけ、ほんの2、3歩だけ。
いつの間にか近づいていたバルディッシュがそこに。
棒立ち、特に何をしているわけではありません。
どんどん視線を上げていけば、ほんのちょっぴり。リインの勘違いかと思うほど、ちょっぴりだけ。
優しく微笑むようなバルディッシュが、そこにいました。

「立ち止まっちゃダメ。俯かない。前を向くの。本当にダメな人にRHお姉さんは怒ったりしない」
「BDさん……」
「私もそれで立ち直って、頑張れた」

 バルディッシュの視線は、どこまでも真っ直ぐリインを見つめています。
そのレイジングハートを語る言葉に迷いなど微塵も感じられません。
きっと、自分の経験を元に話しているのかな。だから、レイジングハートが私にしてくれたことの意味を正確に把握できる。
そして、最後の言葉はバルディッシュ自身から、自分に向けた励ましなのだと。
リインの目には大粒の涙が溢れました。
けれどそれは、さっきまでと全く違う意味を持つ涙でした。

 

 たんけん大作戦! 8 >

 
 

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日記

 
 今日の夕ご飯はモスバーガーへ行きました。
何やら変わったとCMで見たのもあったからです。
新聞折込の割引券をもってモスバーガーへ。
モスバーガーへ到着し「モスバーガーください」。モスバーガーは安心ですね。
マクドナルドへ行って「マクドナルドください」。こんな間違いを犯して日本が滅亡することもありませんし。
「よろしいでしょうか」「はい、他の割引券忘れましたから」
お金を払って帰宅。
お茶を淹れて、早速変わったと宣伝されるモスバーガーを食べる事にしました。
「おー、これが変わったモスバーガーなのね」
 ・
 ・
 ・
 失敗だった。
よく考えると私は一度もモスバーガーを食べた事がなかったのですよ。
だから何が変わったのか、さっぱり分かりません。
タレが変わったのかしら、それともお肉かしら。若しかしてパン?

 モスバーガーが泣いているような気がした夕ご飯でした。
 

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練習 72

* 練習 71 の続きです。

 
 
「そ、そうだった?いつの間に授業終わったのかしら」
「いつもは授業が終わると教室を出て行くものだから、気になってたの」
 朝倉さん。
クラス委員長で、こんな私を何かと気に掛けてくれる。
いつも私が4時限目が終わるや否や教室を飛び出していくのを知ってたんだ。
何だか嬉しい。
そう思うだろうと思う。昨日までの私なら。
けれど、今日は違ってしまう。
やっぱり昨日のことが気になってしまう。
さっき自分なりの結論を出したっていうのに、いざ本人を目の前にしてしまうと、また疑いの気持ちがむくむくと頭をもたげてしまう。
あの言葉の本当の意味するところ。
なんて事ないのなら。私の勘違いなら、今度からは気楽に話せば良い。
もし、そうでなくて。私が勘違いだって思う前の。
直感的に、だけど根拠もなく感じたあの感覚。
あれが正しくて、本当だったら……でも、どうしたら良いんだろう。どうするつもりなんだろう。
また私の悪い癖だ。
何か思い詰まっちゃって、色々と考えるんだけど結局後先考えずに、思いつきで行動してるようになっちゃう。
どうしよう、どうしよう。
話を切り出すか、早く何か返事をしないと。
うーん、うーん。困ったよ~。
「全然気づかなかったわ。ありがとね、朝倉」
「そう?お役に立てたみたいで嬉しいわ」
 机に手をついて、私の顔を覗き込むように前の席、キョン君の椅子に腰を下ろす。
あ、さっきまでキョン君が座ってた椅子。
スカートの裾を手で整えながら、ゆっくりと深く腰を下ろす。
そ、そんな意識する事じゃないよね。ただ、私と話をするために都合の良い前の席に腰を下ろしただけなんだから。
深呼吸、深呼吸。
ようし、息も整ってきた。うん。
「ねぇ、今日のお昼はどうするの?まだなんでしょう?」
「あ……っ」
 そういえばそうだった。
もう今から行ったんじゃお目当てのものが残っているとも思えない。
どうしよう、困っちゃったな。
「もし良かったらなんだけど」
「な、なぁに?」
「今日はね、偶然ちょっとお弁当箱が大きいの、だから」
「……分けてくれるってこと?」
「話が早い!本当言うとね、作りすぎちゃって困ってたのよ。嬉しいわ」
「そういう事なら任せてよ。じゃあ、ちょっと待っててね。何か飲むもの買ってくるわ、何が良い?」
「お任せしちゃう、でも変なのはイヤよ?」
 私たちは同時に席を立ち、朝倉さんは自分の席へ。
そして私はジュースやパンを買いに教室を飛び出した。
 
 
 
 
 
「おまたせ」
「こちらも準備万端よ」
 私が大急ぎでジュース2本とパンを買って、いかにもそれ程急がなかった風を装うために教室の扉の前で一息ついてから開ける。
キョン君の席に座り私の机の上には既に豪華そうなお弁当が私の帰りを待っていた。
ここから見ても豪華さが分かることが、そのお弁当の凄さを物語っている。
う、うーん。
今手の中にあるビニール袋に詰められた菓子パンが酷くみすぼらしく感じられた。
パン屋のおばちゃん、ごめんなさい。
でも、流石にあのお弁当を目の前にすると、何ともいえない敗北感にさえなまされるの。
その豪華なお弁当に視線が釘付けのまま、席に戻った私はゆっくり腰を降ろす。
はぁ。
目の前にすると、まるで圧倒されるよう。
お弁当かぁ……そういえばキョン君も毎日お弁当だったよね。
やっぱりこういうのに憧れたりするのかな。
好きな女の子が朝にお弁当を作ってきてくれた、なんて。
でも、毎日お母さんが作ってくれるんだから、その日は駄目になっちゃうよね。
だから「明日から作ってきてあげる」なんて言ったりして。
そうだよね。
こういう家庭的な女の子の方が男の子は、嬉しいよ。
それで机を向かい合わせにして、一緒にお弁当食べたりするの。
教室でそんな事したら嫌がるかな。
そうだったら文芸部の部室をちょっと貸してもらったら良い。
うん、そうだよ。
そういうの。キョン君は好きかなぁ……
「ねぇ、どれから食べる?」
「ぅえぇ?」
「どうしたの?ぼーっとしちゃって」
「あ、ああ。ええっと、あれよ。美味しそうなお弁当だなーって思ってたところだったの。それにしても凄いわね」
「そう?ありがとう」
「だけど、ちょっと多くない?いくら作りすぎたって言っても」
「うーん。急用が出来ちゃったって言うか、上手くタイミングが合わなかったのよね」
「へー、タイミング……」
 この豪華なお弁当。
どう考えても二人分はあるよね。
そうか、わざわざ二つのお弁当箱に分けなくたって、一つの大きなお弁当箱を二人で一緒に食べるって方法もあるんだ。
そっかぁ。ふーん、そっかぁ。
やっぱり良いなー、二人で一緒にお弁当……あ、これってキョン君が好きかな?って話から私の妄想になってる。
あー、恥ずかしい!
朝倉さんを前にして一人でぼーっと妄想してたなんて。
あー、どうしよう。顔に出ちゃったりしてないかな?
何だか急にドキドキしてきちゃった。
落ち着いて、落ち着いて。
ふー、深呼吸だよ。
「そうなの。こんな大きなお弁当、一人で食べるのは無理だし、持って帰るのも勿体無いでしょ?」
「あ、う、うん」
「一人寂しく食べるところだったんだけど、そこに丁度お昼を逃した涼宮さんがいて」
「そういう事なら協力するわよ。私だって美味しいお昼を食べたいもの」
 良かった。顔には出てなかったみたい。
そうだ。この大きさ。
タイミングが合わなかったって言ってたよね。
どういう意味だろう?
どう考えても二人分あるお弁当。それがタイミングが合わない。
誰かと一緒に食べるつもりだったのに、ってことだよね。
その誰かって、誰だろう。
せっかくこんな美味しそうなお弁当だっていうのに。
 
 

 練習 73 >

 

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リインのたんけん大作戦! 6

 
『ところで何しにきたの?』

 なのはの前でべそをかくリインにフェイトは優しく問いかけます。
涙を拭いて謝ったものの、未だに涙はべそべそと零れ落ち、鼻水をずずーっと啜っている始末。
涙を拭きつつ、鼻水をちーんっとかみながら何とか話を続けます。

「はやてちゃんが授業中だったのです。だから教室を飛び出したのですけど遊んでる内に、はやてちゃんの教室が……」
『今は授業中だから……どうしよう?』
「はやてちゃんもお勉強中ですの」
『授業中だって言うけど、どうして出てきちゃったの?』
「だってぇ、退屈だったんです」

 口を尖らせ上目遣いに二人を見ながら、ちょっと拗ねた風なリイン。
いくら自分が悪いと分かっていても、何となく面白くありません。
リインのあからさまな態度に、なのはとフェイトは仕方ないと言いたげに溜息をつきました。

『しょうがないなの、ちょっとRHに会っていったら?』
「はい……そうさせてもらいますです」

 なのはの言わんとするところが分かったのか、リインは大人しく言う事を聞く事にしました。
しょんぼりと、なのはの胸元にかけられたレイジングハートの中に入っていきます。
ただ、はやてに会えないのは寂しいですけど、レイジングハートに会えるならば、これはこれで良かったかも。
リインは怪我の功名などと内心思っていたかもしれませんが、これは大きな間違いです。
 
「あら、こんにちわ。リインフォース」
「はい、こんにちわです。RHお姉様」

 デバイスの中、部屋のインテリアは何だか古めかしい感じでした。
テレビでいつかみたアンティーク調?というか、今っぽくないというか、国も時代もなんだか違う印象を受けたのです。
リインは、テレビでしか見たことのないような家具や飾りなどの目を奪われ、キョロキョロと落ち着きなく辺りを見渡しています。
大方見渡したところ。
リインは、ふと疑問に思いました。
部屋全体から古めかしい雰囲気は充分に伝わってきます。
長年使い込んできた、年季の入ったものだと分かります。
しかしそれは、目の前に居るレイジングハートがそうしたのではないように感じたのです。
何か生活臭、というと野暮な感じですが、そこに家主の存在を感じ取れないのです。
他の誰かが使っていて、それが今ここにある。
そして、それはレイジングハートが来てから時が止まっている。
そんな風に感じました。
けれど、リインはそれを口にはしませんでした。
何か言ってはいけないような、もしかしたら自分の勘違いではないかと思ったからです。
そんな部屋の中。
レイジングハートは何をするでなく、部屋の中心に、ただ立っているだけでした。

「リイン。今は授業中でしょ?」
「はい。だから退屈で遊んでたんです。そしたら……」
「……ふぅ。それはいけないわね」

 レイジングハートは、とても残念そうに溜息をつきました。
溜息をつくのは良い事だとは思わなくとも、胸のうち、心の底から噴出してきたものが、溜息に留まったというところです。

「どうしてですか?」
「もし、今マスターに何か起こったらどうするの?」
「あっ……」

 不思議に思うリインに対し、レイジングハートはその深紅の瞳で、真っ直ぐリインを見つめました。
何かを我慢するように、けれど決してリインを責めているわけではありません。
真っ直ぐ、けして逸らさぬよう。
リインの心に深く届くように、静かに、力強く言いました。

「私たちデバイスは何時いかなる時もマスターのお側に居なければいけないわ」
「…………」
「特にあなたは不慣れなマスターに必要不可欠の存在。いざと言うときに近くに居なければならない」
「…………」
「本当にやむを得ない時を除いてね」
「……はい」

 最後こそ、柔らかい言葉でしたが、語調は決して柔らかくありませんでした。
そこには力強さの裏に、何か隠し切れないものがあるように思えました。
しかし、今のリインにとってそれは大した問題ではありません。
寧ろ、それだけのことをレイジングハートに言わせた自分に対するモヤモヤが、鳩尾の辺りにどっしりと圧し掛かっていたのでした。

「あなたはまだ小さいけれど、その辺りのことはちゃんと分かってると思ってた」
「……済みません、です」
「謝るのは私にじゃなくて、あなたのマイスター。八神はやてによ」
「はい……」

 やはり、いつもと違うレイジングハートの様子にリインは心底自分が情けなくなりました。
そして、デバイスとしての責務を放り出し、そのことを指摘されるまで気づかなかった自分に。
自分から、はやての元を離れたくせに、一人で寂しかったと言う自分に。
リインはレイジングハートの視線と、今の自分に耐え切れなくなり、その場を飛び出していきました。
 
 

 たんけん大作戦! 7 >

 

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練習 71

* 練習 70 の続きです。


 
 
 朝倉さんの挙動が気になって、その日は授業どころじゃなかった。
そうでなくても、キョン君の後ろの私は授業どころじゃないじゃない、って言うのはなしにしてね。
私の心を朝倉さんに繋ぎとめる、あの一言。

  「私ならちょっと強引な手に打って出ても良いかな~って思うけど、涼宮さんならどうする?」

どうすることもない。
朝倉さんがキョン君を好いているなら、そうしたら良いと思う。
このクラスに朝倉さんのようにキョン君を好いている人がどのくらい居るか、私には分からない。
私たちのSOS団に、朝倉さんのようにキョン君を好いている人はいるのかな。
朝比奈先輩と長門さん、こい……男の子だから好くの意味が違うよね、きっと。
朝比奈先輩はどうなんだろう。
いつも私に振り回される先輩を気遣ってるキョン君。
悪く思うなんてことはないよね。
何かあるとキョン君に目配せしているような素振りを見せる。きっと助けを求めているんだ。
こんな私でごめんなさい、朝比奈先輩。
そんな時、一番頼りになるのはキョン君だもの。
長門さんはどうなんだろう。
部室ではいつも静かに本のページを捲っている長門さん。
私がSOS団立ち上げの為に、一人きりの文芸部部室を盗っちゃった時から、ずっとキョン君は長門さんのことを気にかけてると思う。
先輩に対してみたいじゃなくて、何て言うのかな。
見えないところで、何か繋がっているような気がするときがあるの。
長門さんも、きっと表に出さないだけでキョン君のことを、とっても信頼しているように思う。
そう言えば初めて朝倉さんが来たとき、長門さんと朝倉さんはキョン君の両隣を陣取っていたのを思い出した。
あの時、そういえば朝倉さんが先に隣に座ってた気がする。
それに次いで長門さんが。
よく考えれば、あの時から朝倉さんはキョン君を気にしてたのかな。
その朝倉さんにヤキモチ……ううん、少なくとも私はそうだった。でも、長門さんはどうだったのかな。
もし長門さんもそうだったとしたら。
私みたいに訳も分からず大声を上げちゃって、キョン君に迷惑をかけるようなやり方じゃなくて。
ああやって静かにアピールする方法だってある。
普段はそうでなくても、いざってときに隣にいるの。
キョン君に何かあれば長門さんが。長門さんに何かあればキョン君が。
……やっぱりそうだよね。
長門さんはキョン君のことが好きなんだよね。
キョン君はどうなのかな。
キョン君の長門さんに対する接し方。
何だかお父さんみたい、なんて思った事がある。それは私に対しても同じ、ってことだったけど。
あれは希望的観測っていうのか、こうだったりしたら良いなって、願望。
知らない内に自分の願望が入ってたんだ。
ああ、そっか。
キョン君も長門さんのことが好きなんだ、きっと。
そうだよね。
小さくて、物静かで、読書好きなんて特に。
それでいて、いざって時に隣に居て頼りになる長門さん。
私みたいにトラブルを撒き散らして、隣に居るとハラハラさせるんじゃなくて、居て欲しいときに隣にして、ホッとさせてくれる。
もし私が男の子なら、私みたいな子より長門さんの方が良いもん。
もしかしたら、私がきょん君に対してしてる事、ヤキモチだって思われてるのかな。
そうなのかな。そうだったら私ってなんて見っとも無い子だって思われてるだろう。
ああ、また墓穴だ。
はぁ……その内、墓穴の見本になっちゃいそうだよ。


 そうなると朝倉さんの言ってたことってどういう意味なんだろう。
キョン君が長門さんのことを好きなんだとすると、朝倉さんの言う対象は私じゃなく長門さんってことになる。
長門さんと朝倉さんは同じマンションに住んでて、顔見知りってほどより、もっと親しい仲のはず。
それなのに、その長門さんから好きな人を盗っちゃう様なことを言うなんて。
まさか。そんなことないよね。
朝倉さんがそんなことするなんて。
だったらやっぱり、あれは本当に単なる他愛もない話で、私の思い違いだって方が正しい。
変わった、非日常的な雰囲気に飲まれた私は、何だか気分が高揚してて深読みしちゃったというか、勘違いだったんだ。
うん、そうだ。そうだよね。
そんな風に、うんうんと一人で納得して満足を得ていると、頭の上から声が降ってきた。

「涼宮さん。もうお昼休みよ?」
「……えっ?」

 まず、何よりも先に、青みがかった艶のある髪が、さらりと視界に入った。
 
 

 練習 72 >

 

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ブログタイトル

 
 
 お気づきの方もいらっしゃると思いますが、先日、ブログタイトルを文字だけから写真に変えてみました。
こちらの方からアドバイスを受けての変更です。

タイトルの猫、2匹です。
一番手前の白黒の猫は、「のらくろ」です。白黒だからです。足袋が可愛いです。
左奥にいる、ねずみ色の猫は「ジジ」です。ねずみ色だからです。足が小さい子です。
もうお分かりでしょうが、ブログタイトルの「のらとジジ」は、この飼い猫2匹の名前です。
ブログの内容と全く関係ありませんが、何も凝った名前が思いつかなかったので、こうなった次第でした。
 
 

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練習 70

* 練習 69 の続きです。

 
 
「そうだよね。涼宮さんぐらいになると中々、ね」
「そういうこと」
 今度は朝倉さんが間を取るようにカップに口をつけた。
もう私のカップには殆どコーヒーが入っていない。
お替りをしようかと思ったけど、舌と喉に残る苦味がそれを躊躇させた。
朝倉さんは私と同じぐらい口にしているはずなのに、まだ残ってるのかな。
それほどカップを傾けていないし。
私の一口が多いだけなのかな。それとも朝倉さんの一口が少ないのかな。
たぶん、何となくだけど朝倉さんの一口が普通で、私の一口が多いんだと思う。
で、でもそれは今日特に緊張してたからで、普段から多いわけじゃなくて、えっと……うぅ。
「ねぇ、涼宮さん」
「え?あ、うん。なにかしら」
「ここへはケーキが美味しいから来たつもりだったのに、頼むの忘れちゃってたわ。追加でお願いしましょ」
「そ、そうね。せっかく来たんだから食べなきゃ損ってもんよ」
「うふふ、そうね。すいませーん」
 その後、私たちは夕食が控えている事もあって、ケーキを2個ずつにしておいた。
控えたといっても2個は多い?
そうかな。だってとっても美味しそうだったし、倉庫を歩き回った分お腹が空いてたのかな。えへへへ。
 
 
 とっぷりと日は暮れて、辺りは家路を急ぐ学生服を来た人、スーツ姿の人、買い物袋を抱えた人などが、わらわらと歩いていた。
私たちも急がなきゃいけない。
ここは立ち並ぶお店のお陰で明るいけれど、そこから外れ住宅街に入ればぽつぽつとある街灯に頼らなくちゃいけないから。
女の子の一人歩きは危ないよね。
SOS団の集まりの後ならキョン君と古泉君が心配して付いてきてくれたりするかな。
何だかんだ言って付いてきてくれそう。
そういうのって一寸憧れたりするけれど、迷惑かけちゃいけないし、やっぱり早く家に帰るべきだよね。
心に留めておくことにしよう。
思っているだけなら自由だよね。うん。
「今日は長くつき合わせちゃってごめんなさいね」
「ううん。とっても楽しかったわ」
 ウソじゃない。ウソじゃないけど、全部ホントでもない。
私と同じように周囲の様子に目配せしながら、暗くなるまで私を引き止めたことを悪く言うようにする。
その表情には、それ以外のものは読み取れず、私は一寸安心して、ホントじゃないことを口にする余裕が生まれていた。
「それじゃあ、涼宮さん。また明日、教室で会いましょう?」
「ええ。じゃあね、朝倉」
 背を向け、ひらりと広がる長い髪の毛が、お店から漏れる電灯の明かりに照らされて、昼間の太陽の下とは違う輝きを放つ。
人ごみの中を規則正しい歩幅で遠ざかる背中を、髪の毛を眺めていた。
そろそろ私も家路に着こうかと踏み出したとき、見つめていた髪の毛がくるりと翻り、にっこり微笑む顔が、私に向かって手を振るのが見えた。
控えめなその手に負けないよう、大げさに手を振り返して、今度は二人同時に、どちからともなく背を向けた。
 
 
 
 
 
 早めに教室についた私は、視線を外へ流し、昨日のことをぼんやりと考えていた。
朝倉さんは私に何を聞きたかったんだろう。
ううん、そうじゃない。何を言わせたかったんだろう。
私なんかに、好きな人がどうとか、敵わないような人が恋敵だったらどうするか?なんて。
昨日も、ふと時間が出来てしまうと、その事ばかり考えていた。
でも、どんなに考えを巡らしたところで、これといった結論が出るわけなんてない。
だって。朝倉さんのことを大した根拠もなく疑ってるんだから。
私の勝手な思い込みだっていう可能性の方が高いんだもの。
倉庫に出入りしたときの不思議な雰囲気や、初めて二人っきりになったこと、喫茶店に入ったこと。
そんな、普段しないことの不安とか妙な高揚感とかで、浮き足立って、軽い熱に浮ついてたんだと思う。
そこへ、ちょっと面を食らうような質問をされた。
だからきっと、ヤジロベイのように興奮と不安を行ったり来たりしていた心が、一気に不安側に傾いたんだと思う。
それであらぬことを考えては、その言葉や表情の裏なんかを勝手に深読みしたり、自分で自分の不安感を煽っていたんだ。
勝手だな、私って。
いつも一人でぐるぐる同じところを回っては、周りを見ずに自分の尻尾を追いかける犬のようにしてる。
そしてその尻尾に向かって、ワンワンと吼えているんだ。
「はぁ……」
 頬杖をついた頬をぐっと持ち上げて、溜息が漏れる。
一番後ろの席。
そしてキョン君がいなくて良かったと思う。
もしいたら要らぬ気苦労をかけるだろうから、ごめんなさい。キョン君。
 
 
 
だけど。
昨日のことが私の一人相撲だったとして。
それでも気になることがある。

「私ならちょっと強引な手に打って出ても良いかな~って思うけど、涼宮さんならどうする?」

他愛もない一言だったのかな。
それとも、私と朝倉さんが、そういう状況になり得るってことを言ってるのかな。
もし、そうだとしたら。
あの時の会話で。
私たち二人に共通する要素を持ち合わせた異性は……

「よう、ハルヒ。なんか面白そうなもんでも見えるのか?」

キョン君、なのかな。
 
 

 練習 71 >

 

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リインのたんけん大作戦! 5

 
 ロビーを飛び出し、校内を当てもなく彷徨うリイン。
ガラス窓越しのお日様も、今のリインには暖かく感じる事が出来ませんでした。
何だか背中をすーすーと風が通り抜けていくよう。
風が通り抜けていくたびに身体が冷えていきます。
実際に冷えているわけではありませんが、リインにはそのように感じられたのです。
そんな冷え込む身体に、隙間風が吹き込む心に、ぼんやりと暖かい火を灯してくれる人。
顔を上げれば、そこにはやての顔が見えたような気がしました。
そうです。はやてこそ、リインをいつも抱きしめて、暖かく見守ってくれるのですから。

「はやてちゃんのところに帰りましょう。そうしましょうです」

 取りあえず階段を探す事にして、少しでも早くはやての元に帰りたかったリインでした。


 


「あれ……はやてちゃんの教室……忘れちゃったです」

 階段を見つけ、上がってみたものの、はやての教室は何階にあるのか。
よく考えてみると、教室に入ったときは寝ていたし、教室を出たときも外の景色ばかり見ていて、どこから出てきたか見ていません。
これでは、はやてのいる教室がどこなのか、全く見当がつかないのです。
2階に上がり、辺りをキョロキョロしながら。リインは置かれた状況にゾッとしました。
忘れてのでなくて、初めから覚えてもなかったのですから。

「もっと上だったですか?」

 もう一つ上の階に上がってみる事にしました。

「えーっと……ここ、でもないような気がします」

 さっきまでいた2階と何処が違うのか。
リインにはさっぱり分かりません。確か階段を上がったはずなのに。
こっそり下を覗いてみると、確かに上がってきています。
なのに目の前にある窓や壁、廊下に教室。2階と今いる3階の違いが分からないのです。

「ふぇ、ふえぇ……わ、分かんなくなっちゃったです」

 さっきまで小さかった不安が、どんどん大きくなっていき、それは心の中だけに納まらず、身体中に広がっていくよう。
リインはその大きくなる不安を振り払うように、わき目も振らず次の階に上がっていきました。
次も、またその次も。
リインは周りを確かめることなく階段を上がっていき、ついに行き止まりになってしまいました。
目の前にあるのは、随分と重そうな鉄の扉だけ。
この扉が違うという事は、きっとこの向こうには違う景色が広がっているはず。
若しかしたら、この向こうかも。
リインは思い切って扉を開けてみる事にしました。

「え~と、え~と……この扉かな?」
 ガチャン……
「わぁ……!ここは学校のてっぺんみたいです」

 サァーーー……
重い扉を開け放ったその向こうには、目を細めるほどの眩しさ、ヒンヤリと頬を撫でる風、そして自分の髪のような綺麗な青空が。
寂しくて不安だったリインの心に一気に飛び込んできました。

「うぅ~ん……風がとっても気持ちいいです」

 変わり映えのしない風景に不安と寂しさを覚えていたリインにとって、このお日様と青空は一服の清涼剤となったようでした。
しかし、屋上に出てしまってはいけません。
ここには、はやてはいないのですから。
リインはこの景色に名残惜しさを感じながらも、重い扉を閉めようとしたとき。

「カァ、カァ、カァ……」
「あ、あれはカラスさんです。おーい、カラスさ~ん」

 自分の足元に影が落ち込むので見上げてみれば、そこには1匹のカラスが止まっているではありませんか。
ようく夕方頃に何匹かと連れ立って山のある方角へ飛んでいくのを、出窓から見たりはします。
しかし、こんなに近くで見たことはありません。
初めて近くで見たカラスに、リインのテンションも思わず上がってしまいます。
閉めかけた扉をもう一度開き、外へ出ては頭上にゆったりと止まっているカラスに向かって大きく手を振り振り、自分をアピールしました。
こういう時、はやてちゃんに読んでもらったご本によると、カラスさんが何かを知っていたりするんですよね。
何か知っていませんか?と聞けたら良いな。なんて内心ワクワクしながら手を振り振りしていると……

「ギャァ、ギャァ、ギャァ!」
「えぇっ!?」

 お日様の光を浴びてピカピカと光る黒いくちばしを大きく開け、ガラガラにしゃがれた声で、まるでリインを威嚇するように鳴きます。
同時にバサバサと翼を広げ、真っ黒な羽根を辺りに散らしました。
はやての使う飛行魔法のときに散らばる黒い羽根とは全く違う印象を受けるリイン。
お日様を背にするカラスは実際よりも大きく見えて、殊更リインの不安を煽りました。

「ギャワー!」

 勢いよく飛び出したカラスは、迷うことなくリインに向かってその鋭い口ばしを付きたてようと突っ込んできました。
間一髪のところでカラスの口ばしを避けるリイン。

「あぁ~ん!何でですか~~~!」

 扉を閉めて逃げようとしますが、なんと重いこの扉。
さっきはどうやって簡単に開け閉めしようとしていたのか。
自分に聞いてみたいぐらいです。
必死に重い扉を閉めようと頑張るリインの頭上では、カラスが、ガァガァとしゃがれた声で飛び回るばかりでした。
 
 

 やっとのことで重い扉を閉めたリイン。
しかし、頭上でガァガァとしゃがれた声でなくカラス。
どうやら、もたもたしていたためにカラスも一緒についてきてしまったのです。
バサバサと黒い羽根を撒き散らしながら、足を蹴り出し、大きな黒い口ばしでツンツン。
幸いにもリインが小さいために、上手く捉える事が出来ないカラス。
それでも真っ黒なカラスが、ガァガァと騒ぐ姿はリインの不安を際限なく煽ります。
次第にカラスの姿はにじみ、膝はガクガクと震えだしました。

「ふ、ふぇ~~……」

 アンテナ毛はへにゃへにゃに曲がり、口からは言葉にならない声が漏れるばかり。
けれど、リインの心に残された僅かばかりのプライドが。八神はやての娘としてのプライドが何とかその足を踏み止まらせます。
アンテナ毛は曲がったまま、口は開いたまま、涙を目一杯溜めたまま、リインはその場から走り出しました。
後ろは振り返りません。
カラスの声が、羽音が依然聞こえる気がします。
それでもリインは走りました。がむしゃらに、とにかく少しでもカラスから離れるために。
さっきの猫さんのときなど問題にならないぐらいに。
リインはとにかく走りました。


 


「もう~。髪の毛くしゃくしゃになっちゃったです……グスン」

 ふわふわ……
ぜいぜいと息を切らし、走る元気もなくなった頃、いつの間にかカラスの声も羽音も聞こえなくなっていました。
実際は飛んでいたのであって、走っていたのではないけれど、そういうイメージだったのだし、飛ぶのも疲れるのですから。
カラスが追いかけて来ないのが分かると、息を整え、髪の毛を気にする余裕も出てきました。
まだ、自分のぜいぜいと肺から吐き出される息が五月蝿いけれど、リインは髪の毛に手櫛を当て始めました。
朝、はやてちゃんが梳いてくれた、サラサラの自慢の髪は、くしゃくしゃに絡み合って手に引っ掛かってばかり。
ギチギチと指の通らない髪が、余計にリインの心を曇らせました。

「うぅ……はやてちゃんのところに帰りたいです………あっ、ここは」

 俯き、絡まった髪の毛が顔の横に揺れ、リインの心にたちこめた雲が雨粒を落とそうとしていた頃。
ふと、扉についたガラス窓に見知った髪の色を見たような気がしました。
ドキドキと胸が高鳴り、身体がカァッと熱くなるのを感じながら、ガバッと窓に駆け寄れば、リインのそれは確信に変わりました。

「わぁ~ん!高町なのはさ~ん」
「うわっ!?」
「どうしたの、なのは?」

 我慢しきれず声をあげてなのはに飛びつくリイン。
いきなり気配もなく現われた小さなお客様に、なのはは思わず声を漏らしてしまいました。
なのはの隣に座るフェイトが心配の声をかけます。

「どうかしましたか?高町さん」
「あの、えと……何でもありません」
「じゃあ、続けますね?」
「はーい」

 先生にも心配され、クラス中の視線が自分に集まるのを感じるなのは。
管理局期待のエースといっても、まだまだ小学生なのです。
今、自分が置かれている状況に顔がカァッと熱くなるのを感じました。

「ぐすっ……」
『もう、リインフォースちゃん。驚かせないで欲しいなの』
「しょんぼり。ごめんなさい、です」

 ちょっぴり恥をかいてしまったなのはは、この小さなお客様に文句の一つでも言ってあげようかと思いましたが
向こうの透けて見えるリインは、涙をポロポロ流しながら鼻をすするので、流石のなのはもそんな気はしょ気てしまい
結局は、やんわりと注意をするに留まるのでした。
リインは泣きながらも、なのはが自分を気遣ってくれているのを感じ取ったので、涙を拭いて鼻をすすり、何とか一言謝ったのです。


 
 たんけん大作戦! 6 >

 

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日記

 
 良太郎のお姉さんこと、愛理さん。
どうもかなりの頻度で精のつくお夕飯を用意しているみたい。
これって大変ですよね。良太郎はお年頃なんですし。
例えば
「こんばんわ、ハナちゃん」
「こんばんわです」
「さっきそこであったんだ。まだ外は寒いし、それでちょっと寄って貰おうと思って」
「そうだったの。じゃあ、ハナちゃんも食べていったら?今日の晩ご飯は頑張っちゃうから」
「う、うん」
 ・
 ・
「あ、あのー。姉さん?」
「どうしたの、良ちゃん」
「いくらお客様が来てるからって、このメニューはどうかと」
「だって精をつけなきゃいけないでしょ?ねぇ、ハナちゃん」
「え、ええ?まぁ」
「そうだ!今日は泊まっていったらどうかしら。せっかく良ちゃんも精をつけたことだし、ね?」
「「ええー!?」」

――――
「おい!ハナクソ女!何してやがる!早く戻って来い!」
「まぁセンパイ。別に構やしないでしょ。良太郎だって年頃なんだし」
「なんだぁ?そんな空かしたこと言ってる割には声が震えてるじゃねぇーか。あぁん?」
「センパイがそうだからって、僕まで巻き込まないで欲しいな」
「へっへー。何だかんだ言ってお前も良太郎のことが心配みてぇだな。うぅん?」
「違いますよ。これだから唐辛子で寝ちゃう人は困る」
「それは今カンケーねぇだろ!」
 ギャー、ドスン、バタン
 
 
 みたいな。
……絶対あり得なさすぎて泣ける。
「私のアホさに、お前が泣いた」
ええ、泣けます
 
 

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練習 69

* 練習 68 の続きです。
 
 
 一人相撲だ。
朝比奈先輩に長門さん。現時点で私が敵わなさそうな二人がSOS団に揃っているっていうのに。
そこに朝倉さんまで来ちゃったら……ううん。私なんかがキョン君の相手にならないって分かってる。
私なんかに好かれちゃったら迷惑だよね。今でだってこんなに迷惑かけてるのに。
だから私がキョン君をどう思うとか、それで朝倉さんが来るようになったらますます……はぁ。
こんな事を考えてるのはきっと私だけで、他の皆は私に付き合ってくれてるだけ。
だから、そんなみんなを相手に私一人がヤキモキしたり、朝倉さんの加入に胃をキリキリさせて。
みんなを連れてきたのは私なのにね。
本当に一人相撲だ。
「ねぇ、涼宮さん。一つ聞いて良いかしら」
「え、えぇ?う、うん。良いよ」
「そう。ならね。例えばの話なんだけど、自分より優っている人と思っている人がね?容姿でも何でも良いんだけど」
「え、ええ」
「そういう、自分じゃ敵わないなぁ、て思う人がいるとき。涼宮さんならどうする?」
「どうするって。別に。何もしないわよ」
「そうね。別にただそういう人がいるなら問題ないわよね」
 何を言っているんだろう。
正面に座った朝倉さんは、表情一つ変えず、私に質問を投げかける。
いつものように微笑んではいるのだけど、今は逆にそれが不気味に感じられた。
こんな質問をするときに、こんな表情をするものかしら。
「そんな敵わないなぁって人と、自分と利害を一致しているなら、さらに問題ないわよね」
「そうね。そんな人が味方なら頼もしいじゃない」
「じゃあ、ここからが本題なんだけど」
「う、うん」
 一息。
ティーカップに手をかけ、ゆっくりと口元に運ぶ。
ジリジリする。僅かにコーヒーカップにかけた手の平にじっとり汗が滲む。
落ち着かない。思わず膝が上下に揺れる。見っとも無いから止めなきゃ。
さっきまで優雅とも思った仕草が、何をコレほど私を焦らせるんだろう。
さっきと同じ、同じなんだから。何も私が焦ったりしなくて良い、落ち着いて、じっくり構えていれば良いんだもん。
口元に運ばれたにも関わらず、それほど量の減っていないように見えるカップを元に戻した。
「そんな人が自分と相反するようだったら?」
「う~ん、それは困るわね」
「そうだよね。それが身近にいる人だったりしたら余計、そう思うよね」
「え、ええ。それは勿論そうよ。でも、それがどうかしたの?」
「涼宮さんは、こういうのって興味ないかもしれないけど、私たちぐらいの年頃だと多くの子があることなんだけど」
「何かしら?」
「好きな人とか、恋愛の話」
「……」
 表情も、声のトーンすら変わらない。
それなのに、何だかとても追い詰められてような気がする。
ううん、これは私が勝手に思ってるだけで、朝倉さんは放課後に年頃の女の子がするような、他愛もない話がしたいだけかもしれない。
そうかな。そうだよね、きっとそうだよね。
そうだよね……
「クラスメイトとか同じ部活とか。そういう中で同じ人を好きになるとか、ない?」
「……」
 違う、絶対に違う。
何も根拠はない。この言語化できない根拠で人を判断するなんて良くないよ。
直感とかそういうのとはまた違う。何か得体の知れない何かが、自分の考えを否定している。
話している内容こそ、なんて他愛のないものなのに。
「クラスメイトぐらいだと、まだ良いかもしれないけど、同じ部活だったりすると大変だよね」
「……え、ええ」
「部活の先輩とか同級生の男の子とか」
「……そう、だね」
「それで最初の話に戻るんだけどね」
「……なんだった、かしら」
「自分じゃ敵わないなぁって思う人がいたら、どうするって話」
「べ、別に。なにもしやしないわよ」
「その人が同じ部活で、しかも同じ人を好きでも?」
「……そ、それは」
 困る。困るとしか言えない。
だって逆立ちしても敵わないような人が、自分と同じ人を好きだなんて。困る、困っちゃうよ。
でも、これは単なる例え話だよね?
何か事実や体験に基づいてるとか、そんなんじゃないよね?
「私ならちょっと強引な手に打って出ても良いかな~って思うけど、涼宮さんならどうする?」
「……」
「同じ部活に好きな人がいるんだけど、その人を好きな人が他にもいるって。同じ部活に。しかも自分が敵いそうにないの」
「そ、そりゃあ……」
 正面から言って白黒はっきりつける。黙っちゃいないわよ。
"涼宮ハルヒ"ならどうする?言うかしら。ううん、きっと言わないよ。
敵わない人だから勝負を避ける、とかじゃなく、なんて言うんだろう。きっと大事なことはその人を前にすると言えなくなる。
だから、私も涼宮ハルヒも次の句を告げないでいた。
「流石に涼宮さんでも恋の乙女ってところかしら。それとも考えも及ばない?興味のないことだから」
「そ、そうね。今までそんなこと考えてもみやしなかったわ」
「ふぅん。涼宮さんぐらいなら今までお付き合いぐらいした事あると思ったんだけどな」
「し、したことぐらいあるわ。でもいつも相手からよ。私がどうこうってことじゃないの」
「じゃあ~。今まで自分から好意を寄せた人はいないの?」
「……いないわね」
「そっか。御めがねに適う人がいないってことかな」
「そうね。ちょっとやそっとぐらいの男じゃイヤよ」
 ちょっと不機嫌そうに顎を反らして、コーヒーカップを持ち上げる。
今は一息、間を取りたかった。
口の中が乾いてる。それだけじゃない、唇も喉もカラカラになってる。緊張しすぎて全然気づかなかった。
唇にカップが吸い付く。
ぐぅっと流し込むけれど、コーヒーの香りも、その苦味も今の乾いた口や喉にはイヤに残ってしかたない。
舌で濡らしながら、ゆっくりカップを離す。
カップを除けたその向こう。
相変わらず、朝倉さんは私に微笑みかけていた。
 
  

 練習 70 >

 

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リインのたんけん大作戦! 4

 
 すぃ~~……
匂いを追ってふわふわと廊下を漂う。
擦りガラスの窓や扉が並ぶ壁がどこまで続いているのかしら、なんて思っていると、ふとそれが途切れているのが見えました。
少しスピードを上げてそこまで急ぐと、探していた階段がありました。

「ここですね。確かに匂いが強くなってるような気がするです」

 くんくん。
確かにこの辺りから、ふわっと空気の流れに乗って匂いがやってきます。
さて。このふわっとした空気は上からか下からか。どちらでしょう。
もう一度思い出します。
匂いは湯気や煙と一緒に、下から上へ。もくもく、もやもやと立ち昇っていく様子を。

「そうです。これはきっと下の階段から来てるです!」

 ビシッと指差す先に見えるは下の階へと続く階段。
ここを降りていけば、美味しい~匂いを発してる元に辿り着けるはずです。
そこにはとっても美味しいご飯がいっぱいあるんでしょうね~。
もうリインの頭の中は、目くるめく美味しそうなご飯の数々が並ぶ光景が繰り広げられて、その口はだらしなく開き、涎がたr……

「……はっ!?い、いけません。こんなことでは(じゅる」

 周りをキョロキョロ。
誰も自分を見ていないか警戒しながら、垂れそうになった涎をゴシゴシ拭き取ります。
うえぇ~~、変な臭いですぅ~。
せっかく美味しそうな匂いで幸せいっぱいだったですのに、これじゃ台無しです。
今度からちゃんとハンカチを持って歩くようにするですね。
リインは、はやてちゃんの言いつけをちゃんと守るべきです。はぁ、流石はやてちゃん。と思いました。

「さて。気を取り直して美味しい匂い探索再開です!」

 一人ガッツポーズを決め、目星をつけた下の階へ通じる階段をすいすいと降りていくリインでした。


 


「むぅーん。今度は右か左か……どちらでしょう。これは難しい選択です」

 階段を降りるとそこは1階でした。
美味しそうな匂いは、階段を降りるに連れてだんだんと強めていって、1階に降り立った今は、より一層強く感じます。
リインの予想は見事的中。
胸を張って、えっへん。鼻息荒く誇らしげにしました。

「流石私ですね。これはきっと凄い発見です。帰ったらはやてちゃんやヴィータに教えてあげるです」

 この大発見をリインから教えてもらった二人が、目を白黒させて口をあんぐり開け、バックに稲妻を背負いながら仰け反る姿が目に浮かぶようです。
にしししし。そんな二人の姿を想像するに、笑いが堪えられません。
頬を押さえ、にんまりとだらしなくのを止めようとしますが、可笑しいのはどうしようもないんですもの。
にししし、にへへへ。
いつも教えてもらってばかりの自分が、人に教える立場になるのです。
その誇らしさ足るや想像以上。楽しくて嬉しくて思わずその場でジタバタ足踏みまで始める始末。

「あー!早く教えてあげたいですー!」

 頬に手を当て足をジタバタ。
その手を上に万歳してその場でくるくる。
また頬に手を当て足をジタバタ。
その手を上に万歳してその場でくるくる。
 ・
 ・
 ・
……さて。いい加減飽きてきましたね。
おほん。咳払いを一つ。服の襟を整え、くるくる回った際に乱れた髪を整えます。
いくら嬉しくて、その湧き上がる喜びを押さえきれずに身体で表現してしまったとはいえ、流石にこれは恥ずかしい。
自分のしていたことなど、とても思い出せるものではありません。
リインは、そそくさとその場を後にしました。


 


 くんくん。くんくん。
恥ずかしさから、特に何も考えずその場から動いてしまいましたが、これが何とかの功名というのでしょうか。
左か右か。
実を言うと左かなぁ?なんて思っていたのですが、思わず走り出したのは右。
それが正解だったみたい。
漂ってくる匂いは強くなるばかりです。
くんくんと匂いの元を辿っていくリイン。
進むにつれて、いよいよ強く、濃くなっていきます。
そしてついに。リインはこの美味しそうな匂いの元に辿り着いたのです。

「ここでご飯を作ってるんですね」

 大きなロビーに、テーブルと椅子がいくつも並べられて、暖かな色で統一されたそこは、お昼に来るだろう大勢の生徒達を静かに待っていました。
それらテーブルや椅子の横を通り過ぎ、奥へ奥へと進んで行きます。
すいすいと進んだその先。そこが辿ってきた匂いの大元。
白いエプロンに三角巾をつけた人に、見たこともないような大きな鍋やフライパンが、これまた見たこともないほど並んでいます。
そんな鍋やフライパンから、もくもくと立ち昇る湯気、湯気、湯気。
姿が見えないことを良いことに、エプロンをつけた人たちの間をすり抜け、湯気の袂へ。
大きな自分の2倍ほどもありそうな杓文字で、近づいただけで焼けちゃいそうな熱い火にかけられた浅い鍋の中をぐるぐるとかき混ぜています。

「うぅ~~ん。香ばしくて良い匂いです~~」

 焼けそうな火を避け、かき混ぜているおばさんの肩にちょこんと乗ると、すぅ~っと胸いっぱいに匂いを嗅いで言いました。
けれど、その匂いを嗅げば嗅ぐほど、リインはある考えを確かにするのです。
それは……

「でも!はやてちゃんの方が美味しそうです!」

 肩に乗ったまま、おばさんの耳元で、ぐっと拳を固めて高らかに叫ぶリイン。
それは散々美味しいと言っていた事が、はやてにとても悪いような気がして。
それは家族であるはやてが他の人に負けるのが嫌な、自分の家族が一番だって。
しかし、それは何ら客観的な、基準も何もない評価であることも分かっていました。

「はぁ~、私も一度ご飯を食べてみたいです……」

 それも当然。
リインはご飯を食べないからです。
"美味しそうな匂い"というのも、見たり聞いたりして形成された知識からくるもので、自分の味覚なるものに基づいていません。
強がってみるだけ、余計に自分の空虚さが際立つよう。

「ヴィータみたいに"今日もはやてのご飯はギガ美味だな!"とか言ってみたいです」

 はぁ、と溜息一つ。
元気にピンと立っていたアンテナ髪の毛もしんなり。

「シグナムみたいに"……ふむ。主、お出汁を替えましたね?"とか格好よく言ってみたいです」

 吐く息と共に、下がっていく肩。
しんなりしていたアンテナ髪も完全に他の髪と混じって、どれとも見分けが付かなくなってしまいました。

「違うです。これは湯気のせいでしんなりしただけです。きっとそうです」

 おばさんの肩から降りて、熱い火や、もやもやと湯気をあげる鍋を通り過ぎ、厨房を後にします。

「…………なんだか。はやてちゃんが恋しくなってきたです……」

 リインは大きな、人気も疎らで、昼の賑わいの面影もない、寂しげなロビーを当てもなく去るのでした。
 
 
 
 たんけん大作戦! 5 >

 

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練習 68

* 練習 67 の続きです。
 
 

 キィィ……
その古ぼけた扉は、見た目通りに重そうで蝶番の部分が軋んでは高い音を捻り出した。
朝倉さんに牽かれてその重い扉をくぐると、建物の中は真っ暗で、外の寒さとはまた違ったひんやりとした空気が頬に触れた。
鼻を利かしても特に何も私の鼻には届かなかった。
こういう暗い、倉庫みたいな雰囲気の場所は決まってカビ臭いとか、そういう風に思ってたんだけど、私の思い込みだったみたい。
そうだよね。食べ物を預かる倉庫だもの。カビ臭かったら買う人がいやだよね。
朝倉さんは尚も私の手を牽きながら、暗い倉庫の中を進んでいく。
入ったばかりのころは真っ暗だと思っていたけど、だんだんと目が慣れてきたみたい。
所々に明かりが見え、私たちは何やらダンボールが高く積み上げられた中を進んでいた。
「今日はいないのかなぁ」
 一度立ち止まり、きょろきょろと辺りを見渡す朝倉さん。
どういうことだろう。いつもの人がいないのかな。
それなのに勝手に入ってきて大丈夫かな、心配だな。怒られたりしない?
そうだよね、勝手に人の倉庫に入ったりしたら怒られちゃうよ。
でも、そうなったら一緒に謝ろう。二人して謝ればきっと大丈夫。
朝倉さんの横顔を見ながら、どうやって謝ろうか考えている私の手は、急にぐいぐいと引っ張られた。
「あ、いたみたい。こっちよ、涼宮さん」
「あ、え、ちょっと」
 たたたっと走るほどではないけど、早足よりは速くして動くので、急に引っ張られた私は付いていくのが大変だった。
たった、たったと軽快に足を動かす朝倉さんに、バタバタと全くスマートに動けない私。
何とか歩調が合い始めた頃、向こう側にぼんやりと人影が見え、朝倉さんの足が緩やかに速度を落とした。
「こんにちわ。今日もお願いできるかしら」
「構わないわ」
 ぼんやりと見えていたその人は、髪をおかっぱにしてマスクをつけ、ジャージに大き目のエプロンをしていた。
マスクをしている割に、声がはっきりと聞こえたような気がしたけど、気がしただけで気のせいだったのかも。
朝倉さんは私の手を離すと、その人との間に立つようにして、私を紹介してくれた。
「こちら涼宮ハルヒさん。いつも私と長門さんがお世話になっているところの団長さんなの」
「初めまして。私、涼宮ハルヒと言います」
 丁寧に頭を下げ、下げたときと同じぐらいゆっくりと頭を上げる。
目の前の女の子?はちょっと私から横に目を離し、直ぐに戻すと「こちらこそ」と短めに返事をした。
何だかぶっきら棒な感じがしないでもない。
けれど口調からそれを感じることはなく、きっと初めて会った人だから、ちょっとそんな感じになっちゃっただけだと思う。
「じゃあ、これから涼宮さんに見せて回るから」
「分かった」
 また短めに返事をすると、踵を返しさっさと奥へ引っ込んでしまった。
朝倉さんにもこの調子だとすると、これがこの人の普段通りなんだ。
私だからそんな態度だったんじゃないかな、初めてなんだから当たり前だよねって思いながらも、少し気にしてた私はホッとする気分だった。
「それじゃ、いきましょ」
「うん、お願い」
 また同じように手をとって、私を更に奥へ案内してくれた。
 
 
 
「今日はありがとうね、涼宮さん」
「ううん、それはこっちの台詞よ。それにとっても楽しかったし」

 あれから見た目よりもずっと大きな倉庫の中を縦に横に行ったり来たり、山積みのダンボールの中を二人で歩き回った。
ダンボールには、クッキーとかチョコレートとかゼリーとか、どういう食べ物か記してあるんだけど、商品名が書いてあるものはなかった。
どこからか仕入れてきてるとか、在庫になっているものとか。
そういうのを想像してたんだけど、なんだか違ったみたい。
朝倉さんは、まだまだ寒いから温かい飲み物にあうようクッキーにしましょう、とか色々提案してくれる。
私はそれに、そうねそうしましょう、としきりに頷くばかりで、特に何をしたというわけでなかった。
初めはこれほどのダンボールなんか見る機会がないし、お菓子ってこれだけ種類があるんだって、とても楽しくヒヨコみたい後をついてまわるだけ。
だけど、次第に何もしない私が悪い気がしてきて、楽しい気持ちは順々に萎んでいってしまった。
自分としては、そういうのを悟られないよう気をつけていたつもりだったんだけど、どうにも隠し切れなかったみたい。
様子を見るように歩みは遅くなっていき、最後には「一日で見ちゃうのは無理ね。今日はこの辺にしておきましょう」と言ってくれた。
私のことを気遣ってくれたのが分かったから、悪いとは思いつつ、素直に頷いた。
現在位置の全く分からない私は、また手を牽かれるままに後をついていって、さっきの女の子にもう一度挨拶をすると、この不思議な倉庫を後にした。
外に出ると、初めて入り口に立ったときとは雰囲気が変わっていて、"時間通り"になっていた。
辺りは暗く、建物の陰、今まで暗いところにいたから、置かれている物なんかの輪郭がぼんやり見える程度になってた。
そんなに長いこと中にいたのかな、とも思ったけれど、ここに来たときの様子から考えるとそうでもないように思う。
とにかく不思議なところ。
もっと周囲の様子を確かめようと、キョロキョロ辺りを見渡す私の手をとる感触にハッとする。
ぼんやり薄暗い中に浮かぶ朝倉さんの顔。
目も口もほとんど見えない。その顔のない朝倉さんに何か言い知れぬ何かを感じるまでもなく、ぐいぐいと引っ張られてはその場を後にした。
それから二人で近くの喫茶店に入り、紅茶とコーヒーを注文。
頼んだモノが来るまで、今日のことを相談したりしているところ。

「何か目ぼしいものはあった?」
「そうねー。ちょっと趣向を変えてお煎餅なんてどうかしら」
「お煎餅……うん、たまには日本のお菓子も良いわよね」
「じゃあ、次はそれでお願いね」
 朝倉さんの返事に被せるように、ウエイトレスさんが頼んだものを持ってきてくれた。
私にコーヒー。朝倉さんに紅茶。
確かめることもなく置かれるコーヒーと紅茶。やっぱりそういう風に見えるのかな。
ウエイトレスさんの手を煩わせることなくて良かったけれど、なんだかショック。
やっぱりコーヒーより紅茶が似合う女の子が良いよね。
……きっと、キョン君だって。
目の前では、紅茶を飲む朝倉さん。
そう。こういう"女の子"然してるほうが良いようね。うん、うん……
「どうしたの?何か気になることでもあった?」
 静かにカップを置く。傾げる首にそれに合わせて流れる艶のある髪。
はぁ。思わず漏れそうになる溜息。それをぐっと飲み込む。
「ううん、ちょっと疲れちゃったのかしら」
「そうね。あの倉庫かなり広いから」
 やっぱりキョン君も朝倉さんみたいな人が良いよね。
SOS団には長門さんも朝比奈先輩もいるし、私じゃ見劣りするばかりで、何だか今更なその事実が私の気を一層重く沈みこませた。
 
  

 練習 69 >

 

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練習 67

* 練習 66 の続きです。


 
 
 部室を後にし、旧校舎を出て、校舎を横目に校門を目指して歩く。
先に部室を後にしたキョン君と古泉君の姿は見えない。
それほど時間を空けて出たわけじゃないから、もしかすると。なんて思ったけれどそうはならなかった。
やっぱり男の子だもんね。私たちとは歩幅が違うんだ、きっと。
まだ校庭には運動部の人たちがテニスをしたり野球をしたり、走ったり投げたりしていた。
今日は早めに切り上げたんだったよね。
普段はあまり目にしない光景を珍しげに眺めながら、本来の目的を思い出して再び校門に足を向けた。
そのままずんずんと足を進め、ずんずんとこれからの事を考えながら歩いていくと、校門に青い髪を腰まで伸ばした美人さんが立っていた。
「待たせたわね、朝倉」
「あら、涼宮さん。もう良いの?」
「ええ。適当に理由をつけて解散させたわ」
「じゃあ、行きましょうか」
 私と朝倉さん。
顔を見合わせると、どちらからとなく歩き出し、二人で一緒に校門を出た。
 
 
 
「ねぇ、キョンたちに会わなかった?」
「いいえ。涼宮さんが私を見つけるほんの少し前に着いたばかりだったから」
「そうなんだ」
 何てタイミングの良いことなんだろう、とは思ったけれど、偶然ってこともあるし、余り深く考える事もないよね。
それより、今日の部室に顔を出せない用事ってなんだったんだろう。
朝倉さんは私と違ってSOS団以外にも沢山お友達が居るみたいだから、きっと色々大変なんだ。
うん、そうだよね。
私なんかと違ってお友達が沢山いるんだ。うん、そっか。そうだよね……
「あのね、涼宮さん。今日は今度もって来るお菓子を見て欲しいんだけど」
「あ、ああ。そうだったわね」
「いつも長門さんの好みで揃えてるでしょ?だから今日は涼宮さんに聞いてみようと思って」
「私は別に構わないけれど、それならみんなの居るところで聞いたほうが良かったんじゃないの?」
「うーん。それも良いかと思ったんだけどね?」
 人差し指を顎にちょこんと当てて、悩むポーズ。
とても自然で厭味がなく、それでいていつもの美人ではなく「可愛い」と表現出来るものになっている。
そんな風に朝倉さんを見つめていると、どうしたの?と言いたげに首を傾げる。
またその姿が様になっていて、流石に私は嫉妬するしかなくて、そんな自分が何だかとてもイヤで、ほんの少し視線を逸らした。
「あのね?部室で聞いたら、多分誰も意見を言わないと思うの」
 そんな私の様子に気づいたのか、朝倉さんはその理由を口にした。
確かにそうだろうと思う。
本来の目的である「長門さんへの差し入れ」についても、長門さんが積極的に意見をいう様は想像出来ない。
きっと朝倉さんが持ってきてくれるものなら、何でも喜んで口にすると思うの。
キョン君もそう。
朝倉さんの持ってきてくれたものに、彼是文句を言ったりはしなさそう。
それは古泉君も朝比奈先輩も同様だと思う。
むしろ朝比奈先輩などは、差し入れに見合ったお茶などを淹れてくれるんじゃないかな。
あのお茶を淹れるときの熱い眼差し。様々な種類のお茶に見合った淹れ方。その時の気候に合った選別。
その知識と情熱には頭が下がる思い。ありがとう、朝比奈先輩。
「そこでね。みんなで譲り合ってどうぞどうぞと言い合うぐらいなら、ビシッと涼宮さんに決めてもらおうと思ったの」
 別に一人私を呼び出す理由にはならないような、部室で言ってくれれば良いじゃないかな、なんて思ってしまった。
折角朝倉さんが誘ってくれたのに、とは思った。
私なんかを誘ってくれたのに、とっても失礼なことだと承知してる。
けれど、今の私の胸の中は朝倉さんの隣にいることの居心地の悪さが何にも勝ってしまって、とにかく背中がむずむずしてしまって、落ち着きがなかった。
なんて言うか、居場所がないっていうか、知らない親戚中の集まりに放り込まれたというか、借りてきた猫というのかな。違うね。
「今日決めなくても良いの。どういうものがあるかだけ涼宮さんに予め見てもらっておこうと思うって」
 私が朝倉さんの話半分に、あれやこれやと要らぬことを考えていると、ピタリと足を止まった。
いつの間にか見知らぬ商店街の裏口みたいなところに立っていた。
確かに学校を出たときには、少しずつ日は傾いていて、そこから長い坂を下り、会話こそ少なかったけれど、随分歩いていた。
ここは薄暗い。といった方が正しいみたい。
冬の夕闇。建物が作り出す陰。真っ暗で吸い込まれそうな、月明かりのない夜とはまた違った、暗さ。
そんな冬の暗さとは違った。
時間的にそうなっていても良いはず。しかもここは建物の裏口。もっと暗くても良い。
明かりは見当たらない。どこから明かりが漏れてるんだろう。
なんにしろ、私はいつの間にか、とても怪しげな雰囲気の場所に立っていた。
「あのね涼宮さん。ここはナイショの場所なの。私も偶然見つけてね?いつもここで分けてもらってるの」
 口に人差し指をそっとあて、しーっ、と子どもにするようにする。
その仕草が可愛いとか様になってるとか、まいど自分のボキャブラリーの愛想が尽きるとか、また居た堪れなくなるとか。
そんな風に思わなかったわけじゃない。
確かに私は朝倉さんを前に、仄暗く否らしい感情を抱かなかったわけじゃない。
それよりも、こんな私に「ナイショの場所」を教えてくれた、という事実が私の胸を高鳴らせ、頭をぼうっと逆上せさせた。
そうなってくると、この仄暗さも、怪しさよりも不思議さを醸し出しているように感じらる。
人なんて勝手なもので、簡単で単純だな、って呆れるよりも、この雰囲気に呑まれた私は、何だか玩具売り場に連れてこられた子どものような気分になっていた。
「それじゃ、涼宮さん。入りましょうか」
 とても自然に、優しく、壊れ物に触れるかのように私の手を引いて、目の前で黙って閉じている少し古ぼけた扉に手をかけた。

 

 練習 68 >

 

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リインのたんけん大作戦! 3


「ふぎゃーーーーっ!」
「ああ~~~ん!どうして追いかけてくるですかーーっ!?」

 いきなり身体を大きくたわませたかと思うと、全身の毛を出来の悪いデッキブラシのように逆立てる猫さん。
大きく開いた口からは真っ赤な舌が覗き、昼間のために目の黒い部分は糸のように細く鋭さを増しているように見えます。
その酷く恐ろしい険相に、リインは声にならない声で驚き、全身がガタガタと震え始めます。
そんな驚きと恐怖で縮み上がったリインの目の前では、一層身体を大きく全身をブルブルと震わせたかと思うと、けたたましく鳴き声を響かせました。
リインは叫び声と共に、猫に負けないぐらい髪の毛が逆立ち、まるで叫びのように顔がぐんにゃり曲がってしまいます。
しかし、驚き怯んでいる場合ではありません。
猫は大きな鳴き声を上げたと思うと、身体が大きく跳ね、飛び掛ってきたのです。
その様子は、まるで映画のスローモーションのように見えました。
ああ、猫さんがどんどん大きくなるです。ひぇー、あんな鋭い牙で噛み付かれたらちっさなリインは一たまりもありませんね。
なんてのんびり構えている場合じゃないです!早く逃げなきゃいけません!
何とか飛び退いたその瞬間。猫は今まで自分が居たところに見事着地。
リインは間一髪で正気を取り戻し、猫の襲撃をかわしたのです。
しかし、それで諦める猫ではありませんでした。その瞳は今だリインを捉え、もう飛び掛ろうと身体をぐぅっと縮め、力を蓄えていました。
もうリインは猫の様子を確かめることもなく、その場を、まさに脱兎のごとく逃げ出しました。
またも間一髪。
リインには見えていませんが、猫は的確にリインの居た場所に飛び掛ってきていたのです。
わき目も振らず必死で走るリイン。
後ろからは言葉では表せないような何かを叫びながら、走ってきているだろう猫。
ひたひたと迫ってくる、などという生易しい表現ではありません。
猫との距離は怒涛のように縮まり、もう直ぐそこまで迫っているようにすら感じます。
その押し寄せる恐怖のためにリインの大きな目には、決壊寸前のダムのごとく涙が溜まっています。
リインに正常な判断力がないのは火を見るよりも明らかです。
何故か猫に姿が見えているようなのですが、今は実体化していないのです。
飛びつかれたところで、猫の爪は、牙は身体をすり抜けしまいます。
だから、そのまま立っていても大丈夫なのですが……やっぱり怖いですよね。
リインは実体化していないことも、空を飛べることもすっかり忘れ、ただひたすらに走りました。


 


 猫の声が真後ろに迫り、何度もにゅーっと伸びた爪に引っ掛かれているのですが、勿論実体化していないのです。
その伸びた爪は、空を切るというか素通りするというか。一度も当たる事はありません。
しかし後ろも振り返らず走っているリインに、そんなことは分かるはずもありません。
兎にも角にも必死に、闇雲と言っていい走りを続けるリイン。
きゃーきゃー。ふぎゃふぎゃー。
ふぎゃふぎゃー。きゃーきゃー。
二人のいつ終わると知れない追いかけっこ、それを終わらせてくれそうなモノが向こう側に見えました。
それは何本と敷地沿いに植えられた木でした。
中々の大きさで、枝を広く広く広げていました。
これに上れば猫さんは追いかけてこれないのでは?リインは藁ならぬ枝先にすがる気持ちで、その木まで一直線。
根元に辿り着き、一気に幹を駆け上がると適当な枝の先まで走って、後ろを振り返りました。
ふっふっふ。ここまでこれば流石の猫さんも私を追ってはこれまいでしょう。
リインは少し得意げに木の根元を見つめますが、そこには猫の姿がありません。
実は随分前に自分を追いかけることを止めていた?
なぁんだ、私は一人で追いかけっこをしてたんですね。わっはっは。
腰に手を当て勝利の笑い声を上げるリイン。しかし、その恐怖は目の前に迫っていたのでした。

「ぐるるるるるる……っ!」
「……え?」

 リインが逃げた枝の根元。
白と黒の斑。3ヶ月ぐらい使った歯ブラシのようにモサモサになった毛。
短い尻尾。これってジャパニーズボブテイルって言うんで……ち、違います!
あれは私のことを追いかけていた猫さんじゃありませんか!

「あ、あわわわわわわ!」

 にじりにじり、と身体をしなやかに、前足を後ろ足を一歩一歩。リインに迫ってきます。
猫は木に登れるんです。
リインはそんなことすっかり忘れていました。
じり、じり……。なおも猫は迫ってきます。
一歩一歩、踏み出すたびに枝が上下にしなりしなり。枝先に止まったリインはその揺れに沿って大きく上下に揺れ動きます。
迫り来る猫に対し、リインはもう一歩も下がる事が出来ません。
今だ嘗てないピンチ。
追い詰められたリインの額には、汗が滲み、鼻の横をつーっと流れ落ちました。
ぐぐぐ……。
しかし、ここで座して死を待つリインではありません。
なにせ自分は夜天の王である八神はやての娘。
猫さんにやられるぐらいなら、一か八か。助かる方へ賭けてみるです!
猫がまた、身体をぐぅっと力を溜め、飛び掛ろうとしたその瞬間。
リインは枝先から、空に向かって思い切りジャンプしました。

 とりゃ~~~~~~~っ!
大空に向かって大きくその身を投げ出したリイン。
枝を蹴り出した足の、ほんの数センチ。いえ、ほんの数ミリのところを猫の鋭い爪が掠めていきます。
もう数瞬。あと一秒にも満たないほどの判断の素早さがリインの明暗を分けたといっても良いでしょう。
もしも。あと一瞬でも飛び出すのが遅ければ、リインは猫の鋭い爪にひっかかれ、少し固めの肉球の前足に押さえつけられ、
その鋭い牙によってとても口には出来ないような目に遭っていたかもしれません。
しかし!リインはその勝負に。運命に打ち勝ったのです。
後ろでは猫の情けない鳴き声が背中越しに聞こえてきます。
きっと枝先を通り越し、下まで落ちていってしまったのでしょう。

「やりました!リインはやりましたですよ!はやてちゃん!」

 勝利の雄たけびを上げ、大空を飛ぶリイン。
そう、飛んだのです。飛んだ、飛んだ、豚だ……飛んだ!?

「そうでしたーーっ!リインは飛べたんでしたーーーっ!?」

 そのまま空中で静止してしまうリイン。
そうでした、そうだったのです。
不可視になれるどころか、自分は空を自由に飛べるのでした。鳥や虫や飛行機なんて目じゃないです。
猫さんが余りに怖くて、その追いかけてくる様が黙ってアイスを食べてしまったときのヴィータ並に怖くて。
自分の出来る事などすっかり何処へやらだったのです。

「と、とと取り合えず、どこかで休憩取りましょう……」

 ゆっくりと、誰も見てやしないのに、そろりそろりと固まったままのポーズを直し、なんとなーく飛んでいるようなポーズにしてみました。
そのポーズでふわふわと飛んでいくリイン。
何とか平静を保ちつつ、目の前の校舎に入っていきました。

「ふぅ、ふぅ、ふぅー……驚いたです」

 ガラス窓をすり抜け、廊下にへたり込むリイン。
今度の廊下は南に面していて、先ほどとは違い、とても暖かでしたがリインの心は恥ずかしさで寒くもあり、また汗をかくほど熱くもなっていました。
要するに訳が分からないのです。

「もう、どうしてネコさんあんなに怒ったか分からないです」

 知らぬ内に後ろに立っていた猫さん。
自分の存在に気づくや否や、全身の毛を逆立て、けたたましく鳴き声を響かせ真っ赤な口を開き、鋭い牙で襲い掛かってきました。
何もそこまでしなくても良いのに。危うく大怪我をしちゃうところだったじゃないですか。
それとも、そこまでされるほど、何か悪いことをしちゃってたんでしょうか。
ああ、分からないです。まったく分からないです。
思い出すのもおぞましい、猫さんの真っ赤な口とそこに映える少し汚れた白い牙を思い出し、ブルブルと身体を震わせます。
やっぱりあれほどに怒るのですから、何か悪いことをしたんでしょうね。
腕組みをしながら、うんうんと唸って、どこに行くでもなく、ふわふわとその場を後にしました。


 


 ふわふわ……
「くんくん……なんだかイイ匂いです」

 日の差し込む暖かな廊下を、うんうんと唸りながら飛んでいると、何処からともなく鼻をくすぐる美味しそうな匂い。
辺りを漂う美味しそうな匂いを胸いっぱいに吸い込みます。

「んんーーーー……はぁ。美味しそう」

 深呼吸、深呼吸。
落ち着いたりするときにしたりするのですけど、今のリインにとって、それほど的外れでもないので良いでしょう。
今まで猫の怖さに涙を流し口を三角に歪め、次は猫の行動の不可解さにうんうん唸って眉間に皺を寄せ、普段しないような表情を散々作ってきたリイン。
そんな普段しない表情をしたせいで、顔の筋肉という筋肉が変に凝り固まってしまって、頬がぴくぴく。
そこでこの美味しそうな匂いを深呼吸。
鼻から入って喉奥と通り、肺の中に染み入るように満たされていく良い匂い。
肺に入ったその匂いは身体を巡って頭に辿り着き、リインの顔を解してくれました。
眉間の皺はつるっと丸く、ぴくぴくしていた頬はほにゃ~んと垂れ、目じりから流れる涙の後もすっきり綺麗になくなっちゃいます。
テレビなんかで山の上や木のたくさん生えているところなんかで、空気が綺麗だー、なんて言いながら深呼吸しているけれど
私に言わせて見れば、夕方の商店街や、スーパーのお惣菜コーナーや、はやてちゃんの作るお夕飯の匂いの方が良いですのにねー、と思うわけです。
それにしても、美味しそうな匂いは良いものです。

「この匂い。どこから来てるんでしょう」

 大方満足したリイン。
次は当然と言わんばかりに、この美味しそうな匂いの出所を探りたくなるわけです。
手を広げ、鼻を上に向けてくんくん。
ザフィーラがしているように、くんくん。匂いの出所を探ります。

「こっちですか、あっちですか……どっちでしょう」

 辺り一面に立ち込めているので、さっぱり要領を得ません。
上かしら下かしら。
ここでリインは普段はやてが料理を作っているところや、焼き鳥屋さんのことを思い出しました。
美味しそうな匂いは、その湯気や煙と一緒にもくもくと昇っては辺りに広がっていくことを。

「そうですね。きっと下から昇ってきてるですね」

 飛び込んだここは、木の枝の高さから言って2階?3階ではなさそうです。
リインはとりあえず階段を探す事にして、鼻をあげたまま、くんくんとザフィーラのようにしながら、その場を後にしました。

 

 たんけん大作戦! 4 >

 

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練習 66

* 練習 65 の続きです。

「用って言うのはね。今日の放課後、一緒に行きたいところがあるの」
「行きたいところ?」
「そう」
 なんだろう。私をわざわざ誘うだなんて。
普通、こういう風に誘われて悪い気はしないんじゃないかな。普通は。
けれど、私は何とも名前の付けようのない掴みどころのない、不信感というのは言いすぎだとしても、訝しげに朝倉さんを見てしまった。
「えっとね。そろそろおやつがなくなりそうなの」
 おやつ。
朝倉さんが差し入れに持ってきてくれている、大きなダンボールに入ったお菓子。
いつも何処から持ってきてくれるんだろう、とか、幾らぐらい掛かってるのかな、とか疑問はなかったわけじゃない。
こうやって誘ってくれるってことは、一緒に買いに行くか、見に行くってことだよね。
なんで私を誘ったのか分からないけれど、朝倉さんのお誘いに俄然興味が湧いてきたのは確かだった。
「だから、今日の放課後様子を見に行こうと思ってたのね。それで一緒にどうかなって」
「そうね。団長として責任を持って付いていってあげるわ」
 元々、この差し入れは長門さんのためなんだから、私より長門さんを連れ行くべきだと思うのだけど
このむくむくと大きくなる好奇心と予ねての疑問を満足させるための折角のチャンス。そんな事を言うのも野暮かな?
こういった要件なら、別に放課後SOS団の集まりの時にでも良いのに、と思いながらも、その場で私たちは放課後お菓子を買いに出かけることになった。
 
 
 
「じゃあ今日は解散ね」
 今日は少し早めの解散。
まだまだ日が落ちるのは早い。秋の日はつるべ落としって言うけれど、冬だって充分に早い。
天気の良い日でも、気づくといつの間にか街灯が灯っていて、周囲は暗くなっていることに気づかされる。
そう。つるべ落としのつるべって、釣瓶って書いて井戸の水をくみ上げるための桶なんだって。
言葉の響きから何か別のものを想像してたの。
良かった。誰にも知られる事なく間違いを正す事が出来て。
それはそうと、つるべ落としって喩えは、はぁなるほど。と思わず唸ってしまう。
西の空にあっという間に沈んでいく太陽の様子を、つるべがストンと落ちていく様子に喩えて言うんだもの。
本当の意味を知ってから、秋の夕暮れ、日が山の合間に落ちていくのを見るたびに、そのつるべが落ちていく様子を想像しながら
ああ、つるべが落ちていくようだ、と言った昔の人に思いを馳せるのでした。

 私の解散の声と共に、みんなは帰宅の支度をする。
キョン君と古泉君はやりかけの、何やら見たこともないような外国製?のボードゲームをいそいそと片付け始める。
キョン君は面倒臭そうに、古泉君は少し安心したよう。
きっといつもの通り古泉君は劣勢だったんだろうと思うの。私の声は助け舟になったのかな。
「決着はまた今度つけましょう」「ああ、そうだな」
台詞だけ聞いてると、何だか同じ運動部のライバルみたいな、格好良い感じだけど、古泉君はホッとしてるし、キョン君は話半分。
多分、明日には別のゲームをやってるんじゃないかなって思う。
その古泉君の後ろでは、メイド服に身を包んだ朝比奈さんがみんなに出されたお茶のカップを集め始めていた。
「もう下げても良いですか?」「ええ、ありがとうみくるちゃん」「いいえ、どう致しまして」
にっこり、先輩の笑顔は淹れてくれるお茶にも表れるよう、とても暖かくてホッとする味だ。
怒ってるときは辛い味に、優しいときは甘い味になるって本当かな。
朝比奈先輩を見ていると、なんだか本当のような気がしてくるから不思議。
私もああいうお茶が淹れられるようになりたいな。
キョン君の斜め後ろ、本棚を背にして一人座っている長門さん。
読みかけの分厚いハードカバーをパタリと閉じて席を立ち、元の位置に本を戻した。
読みかけだったのに、紙の枝折とか本についた紐の枝折とか挟まなくて良いのかなって思ってしまう。
それとも明日直ぐに読むのだから、その辺りの内容がしっかり頭に入っているから大丈夫で、私が心配するような事じゃないのかも。
本を片付け、鞄を手にした長門さんは、そのまま一足先に部室を後にした。
さよなら、長門さん。また明日ね。
「それじゃ朝比奈さん、お先に失礼します」
「はーい。また明日会いましょうね」
「それではお先に失礼します、また明日、放課後に」
 キョン君と古泉君は挨拶を済ませると、二人一緒に部室を後にした。
さようなら、キョン君。古泉君。また明日の放課後に。
キョン君は明日の朝、教室で会えるのを楽しみしてるから。
挨拶を済ませ、朝比奈先輩はいそいそとメイド服を脱ぎ、ハンガーにかけると脱いだ制服に腕を通し始めた。
私は着替える朝比奈先輩を横目に、ハンガーにかけられたメイド服をぼんやり眺めていた。
やっぱりメイド服って好きなのかな、男の子は。
それとも。朝比奈先輩が着てるから良いのかな。ううん、きっと両方だよね。
私が着ても似合わないだろうし、キョン君だって……そうだ、辞めておこう。それが良い。
「じゃあ、みくるちゃん。あと頼むわね」
「はーい。分かりました」
 大方制服を着終わった朝比奈先輩に後を頼んで、私は部室を後にした。

 

 練習 67 >

 

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練習 65

* 練習 64 の続きです。

 


 今日もお昼をとった後に、何となしに、教室へ戻ることにした。
どんよりと溜め込める厚めの黒い雲が、亀の歩みのように、のっそりのっそり東へ流れていく。
何だか自分の今の気持ちまで、どんよりもったり、重く沈みこんでいくようで、身体まで重くなっていくんじゃないかと心配になった。
そんなの錯覚だと分かっているのに、ぐったり投げ出した芝生に引き込まれるようで、何だか怖くなって足を跳ね上げ身体を起こし、その場を後にした。
 
 
 
教室にはきっとキョン君がいるだろう、もう時間的にお昼ご飯は食べ終わってる頃。
お昼休みが終わって授業になれば、私の前に席を置くキョン君はじっと座っているわけだし、今急がなくても良い。
ジッと座るその背中を、誰の気兼ねなしに頬杖でもついて眺める事が出来る。
たまにぐぅっとその背中が曲がったかと思えば、次いで後頭部がこっくりこっくり船を漕ぎ始めたり。
またぼんやり頬杖の一つでもつきながら、黒板を眺めているようで実際は、別に何処を見ているわけでなしの横顔。
そんな顔を見ながら、いつ先生に指されるのか心配して背中を突っつくと驚いて、はたとする表情がとっても可笑しい。
驚いたキョン君は、突っつく為に腕を伸ばした私を見て少しだけ恨めしそうに顔をしかめるの。
なんだ脅かすな、それとシャープペンで突っつくんじゃない。なんて言うから、ボヤッとしてるから悪いんでしょ、感謝なさい。って。
私の意図するところが分かったキョン君は、少し気まずそうに眉をひそめて一呼吸おくと、ああ、そうだな。悪かったよ。
なんて言いながら前を向いちゃう。
振り向くまでは腕組みをして、えっへんとふんぞり返るのだけど、前を向いてしまった後は、また元通りにジィッと見つめるの。
そうやって日々代わり映えのしない授業を、変わりなく過ごしている。
それで良い、それで良いと思う。
変化のない日々なんて退屈なんて思うこともない事はないけれど、毎日そんなんじゃ大変で疲れちゃう。
日常に変化を求めるなんて、きっと、今をどれだけ大切なものか再確認する作業なんじゃないかなって思うの。
今が大切だって、根っこのところでは分かってるんだけど、それを認めるのが何だか悔しいのか、そういうのが若さっていうのかな。
表面上の自分を納得させる為に……何言ってるか分からなくなってきちゃった。
随分と考え込んでたみたい。
いつの間にか、目の前には教室へ繋がる引き戸が開けられるのを待っていた。
教室にいるだろうキョン君を考えながら、寝転がったままの髪を整え顔を作ると、ガラッと景気よく扉を開けた。
 
 
 
「あら、涼宮さん。どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわ。ただ教室に戻ってきただけよ」
 扉を開けると、そこには朝倉さんが立っていた。
一寸違和感を覚える。
外へ行く為に扉の前に立っていたという感じじゃない。
なんて言ったら良いのかな。えっと……"私を待っていた"。うん、そう表現するのが一番的確に、私の感じたものを表現できている。
でも、それはそれで違和感を覚える。
朝倉さんが私を待つようなことがあるかな。
ううん、それはあるかもしれない。クラス委員長なんだから、何か用事があるとか、きっと。
だけれど、それなら教室に入ってきてから私のところにくるはずだし、扉の前で待ってるなんて無理があるよ。
あたかも私がこのタイミングで入ってくるのが分かってたみたい。
「そっか。ちょうど歩いてくるのが向こうから見えたから」
「それなら別に教室じゃなくても」
 私の疑問が分かったみたいな返事。
若しかして思ってることが顔に出ちゃった?
顔になにか書いてあるんじゃないかって、手で拭っちゃいたかったけど、図星だったことを知られたくなくて、黙ってむくれ顔を作った。
「ううん。戻ってきたら用があったぐらいで、別に今じゃなくても良かったの」
「ふーん。で、なぁに」
「なぁにって、なぁに?」
「何がって、私に用があって待ってたんじゃないの?」
「ああ、そっか。そうだったわね」
 にっこり、可愛く笑う朝倉さん。何だか上手く誤魔化された気がする。
だって、こんな美人に可愛く笑われちゃったらそれ以上言う事なくなっちゃうもの。
けれど悪い気はしないかな。だって、ね。分かってもらえるかな、目の前で美人が可愛くしている様子。
なんだか損したような得したような複雑な気持ちがマーブル状に渦巻く中、私は朝倉さんの次の言葉を大人しく待った。

 

 練習 66 >

 

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リインのたんけん大作戦! 2

 
 リインはそれからも黒板の横に掲げられた時間割表を見ては、今は国語の時間ですね、と嬉しそうに言い
はやてはヤキモキしながら、手招きするのを諦め、何度も念話を送りますが、「ちゃんと戻りますから、もう少しもう少し」。
まさに暖簾に腕押し、糠に釘。諺のいうところが身に沁みて沁みて涙が出るぜ。いや煙が目に沁みただけよ。
さて。授業中の教室ほど面白くないものもなく、リインは早くも飽きを見せ始めます。

『ほぉれリイン。もう戻っておいでって』
「そうですか。それも……あっ」

 そろそろ戻るかという空気をみせていたリイン。しかし、その眼前にはチョークで黒板をこつこつと叩きながら歩いてくる先生が。
散々他の生徒の前やら横やら頭の上やら。
声も聞こえなければ姿も見えないことを良いことに飛び回っていたリインですが、先生には挨拶がまだだった事を思い出します。
先生用の教科書片手に、生徒のほうを見ながら板書する先生に向かって一礼。

「先生。いつもはやてちゃんがお世話になってます」
『そないな挨拶はエエから』
「つまんなーい…………はやてちゃん、これは何ですか?」

 先生が手に持つ、白くて10cmぐらい。自分より3分の1ぐらいの大きさの物に興味津々のリイン。

『それはチョーク。これ、先生の邪魔になるよ』
「大丈夫です。私の姿は見えませんから」

 机に顎をのせ、べたーっと這いつくばって教科書を立て、横からチラチラ前を窺いながら念話を飛ばします。
リインの言う事は当然ですし、はやても承知しているのですが、やっぱり見ていて気持ちの良いものではありません。
しかも半透明の娘が、先生の前でペコリとお行儀よく頭を下げたり、チョークに興味津々といって触りたそうにウズウズしているのを見ると。
ショーウインドウに張り付いては、玩具を見つめるような目のリインに、はやての直感が寒気を感じ、今まさにそのチョークを手に取ろうとした瞬間。
先生はそのチョークを手に取り、さっと持ち上げ、短くなって摘めなくなったチョークを代わりにおきます。
グッドタイミングや!と思わず心の中で親指を立てるはやて。
短くなってしまっては興味も薄れたのか、薄く透けるリインの向こうに見えるチョーク。
それをリインはじいっと見つめています。
これは諦めがついただろうか。はやてはもう一押しとばかりに念話を飛ばします。

『ほれ、そんな事言わんと帰っておいで』
「だって退屈なんですも~ん」

 しかしリインは諦めません。
その場で「も~ん」に合わせて、手を広げながらくるりと一回転。
スカートと今日の空のような青色の髪がふわりと広がります。
普段は可愛いと思えるその仕草も、今は可愛さ余って何とやら。はやてはもう一度念話を飛ばします。

『ワガママ言わんと、な?』
「じゃあ、あとどの位なのです?」

 流石に観念したのか、リインは戻るのでこの退屈な授業が、あとどのくらいの間続くのか聞きます。

『まだ授業始まったばっかりやから……』
「え~!やーです。やっぱ遊びに行ってきま~す」
『これ!リインフォース!』

 その言葉を聞いて、秋の空と女心よりも素早く心積もりをひっくり返してしまうリイン。
時計を見ながら待つ、針のチクタクと規則正しい行進は、とても遅くなる事を知っています。
魔力の無駄遣いはいけないとはいえ、朝から寝てばかりいくわけもなく、読書にも飽き、当のはやては授業中。
遊んでくれるなら何とかなりそうなものですが、そこまでワガママをいい、状況が理解できないわけではありません。
誰にも見えない、少なくともこの学校に通う他2名以外には自分の姿は見えないのですから、大丈夫ですよーと壁をすり抜け出かけていくリインでした。


 


「今は誰もいないのですね。とっても静かです」

 ふわふわ……
はやての制止を聞かず、教室を飛び出したリイン。
北向きに位置する、ピータイルの廊下はひんやりとした空気を湛え、シンと静まり返っている様子は何だか気味が悪いぐらい。
南向きの窓からキラキラと注がれるお日様の恵みで暖かだった教室との違いが、一層その気味悪さを際立たせています。
そんな空気の中をふわふわと漂うリイン。
廊下は何だか寂しい感じがしてイヤです。
きょろきょろと見渡せば、窓の外。
ほの暗い廊下から見る外は眩しいぐらいに明るくて、空の青に植えられた木々の緑が反射して輝いて見えました。

「そうだ。ちょっと探検してみるです!」

 すい~~~~
暖かな日差しが、抜けるような青空が、瑞々しい緑が、リインを外の世界に誘います。
それらに手招きされるよう、リインはガラス窓をすり抜け、お日様の元へ飛び出しました。
 
「わぁ~!お花がいっぱいです!」

 ガラス窓を飛び出したリインを一番に迎えてくれたのは、ここの生徒達が植えたのでしょうか、煉瓦に囲まれ色とりどりな花びらを開かせた花たちでした。
しかもお昼を前にして、水を撒かれ、花びらや葉の先や根元に大きな滴を蓄え、お日様に照らされた滴はキラキラと反射しています。
こういう光景を、宝箱をひっくり返したようというのですか、なんてリインは一人で納得していました。

「いろんな色のお花が咲いてて、とっても綺麗です」

 花々の間を、蝶のごとく、上へ下へ、ふわふわと。
花びらを跳ねて、ふわふわ。葉っぱを跳ねて、ふわふわ。
その度に根元に先端に蓄えられた、宝石のように輝く滴がピンと弾かれ、小さく飛び散った滴が、お日様の恵を乱反射します。
小さく飛び散る滴の一つ一つが七色の光を蓄え、リインの足元をさらに彩りました。

「えっへへへへ。とぉっても楽しいですねー。はやてちゃんもお外に遊びに出れば良いのにですね」

 蝶のように花々の間を飛びまわったかと思うと、花の中心に顔を寄せる。

「ん~~。良い匂いですね~、あま~い香りがしますです」

 いつかテレビで見た、羽根を羽ばたかせながら蜜を吸う鳥のように、手をパタパタと羽ばたかせるみたいに真似っこ。
鳥の真似が随分と気に入ったのか、どんどんと調子に乗って鼻を近づけすぎて、花粉が鼻の頭にペタン。
わっと顔を引っ込めるけれど、もう後の祭り。
寄り目にしたリインの鼻先には黄色い花粉がこんもり付いてしまっていました。

「あわわ。いつの間にはお花に触っちゃったてたみたいです。気をつけなきゃいけませんね」

 鼻の天辺に、こんもり積もった花粉を両手で取りますが、こってりしていて中々取れません。
両手でコネコネとしていると、指や手の平に集めた花粉がいくつか丸まってしまいました。
おお、これはテレビで見た蜂さんみたいですね、などと呑気な感想を述べながら、その蜂の様子を思い出しながら、両手をコネコネ。
何だか本当に蜂になったような気がして、ミツバチダンス♪ダンシング♪お尻をふりふり。
今日家に帰ったら、はやてちゃんに見せてあげよう、きっと喜ぶですね、なんてその表情を想像しては満足げに頬を緩めました。

「あっ、こんなことをしている場合じゃないです」

 花粉が鼻についたってことは、いつの間にか実体化していたということです。
再び自分を不可視にしなければいけません。
こんなところを誰かに見つかったら大変です。はやてに大目玉を食らってしまいます。
魔力の無駄使いも避けなければなりませんから。

「むぅ~~~、むむむぅ」

 気合を入れると実体化しそうな気もしますが、ようは気持ちの持ちようです。
ぐぅっと集中力を高めてるための雰囲気作りなのです。
気合を入れて数秒、だんだんと半透明になり、リインの向こうの景色が透けて見え始め、ふわっと炊飯器を開けた時に出る湯気のように見えなくなってしましました。

「よしよし、これで大丈夫ですね。うんうん」

 すっかり見えなくなったであろう、自分の手をかざして見ます。
向こう側が綺麗に透けて見えました。
もうお花さんに触れないかと思うと、とても残念でしたが仕方ありません。
さてと。一息ついたところで、リインは背後に何やら不穏な空気、冷蔵庫を開けてひんやりとした冷気のようなものを感じました。
 ジーーーーー……

「……ん?誰かが私のことを見てるです」
「にゃ~~~~……」
「あ、ネコさん。こんにちわ、です(ペコリ)」

 振り返ってみてみれば、そこに居たのは猫でした。
随分と薄汚れ、3ヶ月ぐらい使った歯ブラシのようにモサモサになった毛。
白と黒の斑に、短い尻尾。これってジャパニーズボブテイルって言うんですってね。
リインは最近仕入れたばかりの知識を自慢げに披露します。
しかし。当の猫さんはとてもそんな和やかな空気ではなく、明らかに不可思議で怪しげな存在のリインを警戒していました。

「フゥ~~~~~~ッ!」
「えぇっ!?」
「フギャーーーーーーー!」
「きゃーーーーーーですーーーー!」


 
 たんけん大作戦! 3 >

 

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練習 64

* 練習 63 の続きです。


 
 
 キョン君の話によると、今日はお母さんが寝坊したらしくその為にお弁当がなかったと言うことみたい。
 
 
私が後ろから声をかけたとき。
妙にドギマギしていたのが気になった。
少しだけ髪や肩、上半身が跳ねるようにビックリして、一瞬あってゆっくり調子の悪い人形のように振り向いてた。
私を振り向いて見せてくれたその顔は、何かを思案しているような表情だった。
半身になって、なんだ、言わなくちゃいけないか?なんて言いたそうな顔にして「どうしたんだ、もう始まるぞ」なんて言うの。
でも良いから教えなさいよ、と言えば、うーんと小さく唸って彼是考える。
そんなに言い難いことなのかなって思ったけど、ここまで来たからには最後まで聞きたい。
私が引き下がらないでいると、観念したように、ふぅと一息。
右ひじを私の机に引っ掛けるようにして、ぐぅっと身体をこちらに片寄せる。
急に前触れもなく接近するキョン君に、今度は私がドギマギしてしまう。
思わず素で、仰け反るように顔を離してしまった。しかも「きゅ、急に近づかないでよね」なんて。
それを聞いたキョン君は呆れたように「お前が教えろって言うからだろ」と言うので、「急に近づいたら誰だって驚くでしょ」と言い返す。
ご尤も。と納得してくれたよう。
それとも授業中だから言い合いになるのを避けて諦めてくれたのかな。
少し身体を起こして、ちょいちょいと手招き。ほら、早くしろ、なんて言う声が聞こえてきそうだった。
 
 
 
 机に手をついてゆっくり身体を前に倒す。前のめりになるように、ぐっと机に身体を預け、キョン君に近づく。
すると、周りをキョロキョロと見渡して、他のクラスメイトが見ていないか、先生が来ていないか確認する。
今度はさっきの反省をいかして、ゆっくり徐々に顔から近づけてくる。
キョン君の顔が近づいてくる。
私との距離が縮まっていくにつれて、キョン君の顔が大きくなるにつれて、鼓動が早鐘を打つように早くなっていくのが分かる。
びっくりした時なんかに、口から心臓が飛び出るかと思った。なんて言うけれど
まさに私の心臓はそうなりそうなぐらいに、胸の中で暴れまわっているように感じた。
その上、恥ずかしさの余り、恥ずかしさの種類が違うんじゃないかなと思うけど、本当に顔から火が出そうなほど熱く感じた。
手の平にじっとり汗が滲む、ハンカチでふき取ってしまいたかったけど、今するのも変なのでじっと我慢した。
ドキドキが凄く感じて、顔から火が出そうに感じて、手だけじゃなく全身に汗が噴出すのを感じて、もうとにかく大変。
それでも私は勤めて平静を装う事にした。
落ち着け、落ち着け私。もうキョン君の話を聞くどころじゃなくなってた。
けれど、キョン君はそんな私の事なんてお構い無しに更に顔を近づけ、耳元へ口を寄せた。
キョン君がなんとも思ってないって事は、平静を装っているのは上手くいっているみたい、なんてグルグル渦巻く頭の中が一周して冷静になったみたい。
ドキドキして頭いっぱい、今すぐにでも立ち上がって飛び出していきたい衝動を堪えている私と
ふぅ。何だか上手く誤魔化せているみたいね。良かった良かった、なんて客観的に自分を見ている私と
表面でキョン君の話を黙って聞こうとしている私が共存していて、今から思うと、とても愉快なような危険な状態だった。
そんな危険な私の耳元で、こっそり、今日の教室でお弁当を食べなかった顛末を説明してくれた。
 
 
 
 
 
 お昼を食べ終わって、直ぐに教室へ戻ってこなかった理由も聞いてみた。
今日は天気もよく、風もない日だったので中庭で空でも眺めながらのんびり、なにをするでなく時間が過ぎていくのを待ってた。だって。
それで口を付いて出た言葉は「その年でもう枯れちゃったの?」だって。
酷い、自分で言っておきながら何だけど。
それに、私だってお昼が終わった後は屋上なり中庭で、一人ひっくり返っては空を見上げ、それとなく時間を潰してるじゃない。
流れる雲を眺めながら何を思うでもなく、ただ時間が過ぎていくのを待っているだけ。
うーん。そうしてる自分を振り返ってみると、やっぱり枯れてるって思っちゃうかも。
でも、キョン君もしてるっていうなら、枯れてても良いかな。
一緒に中庭の芝生の上に寝転んで、心地よい満腹感に満たされながらチャイムの鳴るまで、流れる雲を眺めるの。
それでどんどん流れながら形を変えていく雲を指差して、あれは何?、これはどうかな、犬だよ猫だよなんて言いながら。
でも無理かな。
さっきみたいに顔を近づけただけで、ドギマギ、顔から火が出そうになってるぐらいじゃ。
でもでも。二人っきりじゃなくて、誰か他の人が一緒に居れば。
そうだ。いつか、SOS団のみんなも一緒に、そうやってのんびり出来る日が来て、その時で良いから、キョン君の隣にいたいな。

 

 練習 65 >

 

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リインのたんけん大作戦! 1

「はぁ……退屈です」

 ベッドの上で、ゴロン。
仰向けになって天井を仰ぐ。フカフカの羽根のような布団に身体を沈み込ませ、枕に頭を埋める。
ぐぅーっと伸びをして、ジッとして凝り固まった首や肩、腰を解していく。
ふぅ、と息を吐いて、だらりと手足を布団の上に投げ出すと、緊張が解けたから?小さな欠伸が出た。
天井の照明がじんわりと滲んで見えた。ちょっぴり涙が出たみたい。
照明の光がゆらゆらと揺れ、まるで水底にいるみたい。
水底になんて沈んだ事なんてないから分からないけれど。
そう言えば、お日様を見ると涙が出るとか聞いたことがあるデス。んん?それはくしゃみだったですか、どっちでしょうね。
不思議です。そんな人はお外に出るたびに涙を流したりくしゃみをしているんでしょうか。
リインは、家の外に出るたびに涙を流しくしゃみをしている様子を想像しては、ああ、不憫です。
この人は夜しかお出かけ出来ませんね、朝のタイムバーゲンも行けませんし、お洗濯も干せなくてフカフカベッドに寝ることも出来ないなんて。
そんな風に、見たこともない人の不憫さに勝手に同情し、不憫に思いながらも、そもそも太陽を見ると出るのは涙なのかクシャミなのか。
曖昧なまま話を進めたのは遥か記憶の彼方です。

「持ってきたご本も読み終わっちゃったです」

 本の中ほどより少し読み進めたところに枝折を挟んでパタリと閉じ、少し乱雑に枕の脇に放る。
こんな風に本を扱う場面をはやてに見られたら怒られてしまう、気をつけなくちゃ、などと思う。
そう思ってはいても、はやてがいない時は良いかな?なんて思っているから、今みたいな事をしてしまう。
けれど、普段してることって気を抜くとやってしまうのです。
ふとした瞬間に地が出てしまって、はやてに叱られる自分の姿が目に浮かぶ。
油断大敵。正に言葉通り。ううん、こういう時は自業自得。
モノを大切にしない子はバチが当たるですよ。
自分に言い聞かせるようにして、首を起こし、机の上をチラリと見る。
そこに置かれたのは小さな針時計。
その子の頭には大きめの金色のベルが二つ付いていて、設定した時間を針が差すと小さなトンカチがそのベルをジリジリと叩き鳴らす。
そう、普通の目覚まし機能付きの時計。
管制人格の自分が時間を知るのに針時計を使うなんて、誠に変な感じで、人間ぽいかも、と思うけれど
それは、主であり親であるはやての願いの一つでもあるし、自分も時計の針がチコチコ進んでは時を知らせてくれるのが好きなので、気にしていない。
机に置かれた件の時計の針は、本を読み始めた時より殆ど進んではいなかった。
今、枕の脇に置かれている本の続きを読むにしても、残りのページ数をみるにそれ程時間が掛かるとは思えない。
じゃあ、他の本は?
机のもう向こう側に置かれた、代わり映えのしない本棚に目を向ける。
上から順に左から右へ視線を走らせ、本の表紙を舐めていく。
あっという間に全部確認し終わってしまった。
さっきも言ったとおり、ここへ持ち込んだ本(データ)は大方読み終わってしまっていて、それは何度本棚を見たとしても変わることはない。
何だか悔しくて、もう一度上から順に見ていくけれど、やっぱり本の背表紙に書かれた文字は変わらない。

「う~ん……」

 起こした頭をもう一度枕に埋める。少し勢いが付いていたのか、ボフッと軽い音がした。
ぼんやりと、これまた代わり映えのしない天井を見つめる。
どうにかして、この退屈な時間を楽しく過ごしたい。
自分は、はやてちゃんから分けてもらっている魔力を無駄遣いしないために、一日の多くを寝て過ごしている。
だからと言って、そんな一日中寝てる訳にもいかない。
それに、朝から今まで寝ていたんですもの。
これ以上寝ていると、夜に眠れなくなってしまう。
夜にこっそり抜け出して、深夜の通販番組なんかをのんびり見るのも良いけれど、それがバレた時にまた叱られる。
それに夜更かしするとお昼に眠たくなってしまうし、イザというときに眠たいのはいけません。

「……そうです!」

 何を思いついたのか。
景気の悪そうな表情を浮かべていた顔も、お目目をぱっちり見開いて、口の端をにっこり持ち上げる。
ベッドから元気に飛び降り、リインはシュベルトクロイツから飛び出しました。


 


『これ、リイン。何しとんの?』

 今は授業中。
教室には教壇に立った先生のチョークが黒板を叩く音に、時折挟まれる話し声だけが響く。
生徒達は静かに先生の話を聞いている。とても小学生の授業風景とは思えない。
そんな中、はやてはぼんやり外を横目で眺め、いかにも授業を受けてます風を装っていた。
今まで学校へ行っていなかったハンデを埋める為に頑張っているのかと思いきや、そんな単純なはやてではありません。
はやての親友4人は、学年でも非常に優秀どころが集まっている為に、困った事があればそちらに相談すれば良いことなのです。
ぼんやり授業をやり過ごしていた所へ、突然視界に飛び込んできたリイン。
しかし、ここは流石のはやて。
全く動じることなくリインに問いかけました。

「えへへ~。退屈だから出てきちゃいましたです」
『まぁ、他の誰にも見えへんからエエけど……』

 目の前で半透明のまま、ふわふわと水面に浮かぶ浮子のように上下するリイン。
視線を動かさず、念話で注意深く会話するはやて。
傍からは何も変わらぬように映り、教室では滞ることなく授業が進んでいきます。
辺りをキョロキョロと見渡してみても、他の生徒たちは黙って黒板を見ているか、退屈そうに教科書やノートに目を落としているばかり。
ここでは退屈を凌げそうにありません。
それに、自分の姿が見えるはやても、今はここで遊んでくれなさそうです。

「じゃあちょっとお出かけしてきま~す!」
『あぁ、ちょっと!?リインフォースぅ!?』

 はやての制止も聞かず、その場からふわふわ、てふてふのように飛んでいくリイン。
前の席の男の子の目の前に飛び込んでみたり、その隣の女の子の隣に立って教科書を一緒に見てみたり、またその前の子の頭の上に乗ったりして
何とも、はやてにとっては心臓に悪い。
先ほどまでは、大らかに余所見などしながらリインのことを適当にあしらって居ましたが、流石にここまでされると気もそぞろです。
教科書を持ち上げ、正面から顔を隠すようにし、横目でちらりちらりとリインの後を目で追います。
そんな親の心子知らずなお気楽リインは、天井を逆さになって歩いては「おー、逆さはやてちゃんは絶景かな」なんて言ってみたり
少しだけ開かれた窓から吹き込む、梅雨の合間に広がる青空の爽やかな風にひらめくカーテンに包まって遊んでみたり。
カーテンに包まるのは、はやてもこればっかりは困ったものだと、念話を飛ばそうと思いましたが、
誰も授業中にカーテンなど見ているはずもなく、また、ふんわり広がったカーテンに合わせるよう、ふわふわしていたので、その場は上手くやり過ごせました。
それからも、テレビの上に飾られた地球儀を触っては(いえ、実際は半透明なので触れませんが)、
「ここが日本ですよね?じゃあ、私たちのお家はどの辺りですか?」なんて、目をキラキラと輝かせながら聞きますが
正直、こんなところから指を差して教えられるわけもありません。
「どの辺やろうなぁ、家に帰ったら教えたから。ほら、はよう戻っておいで」と、傍から見れば手で仰いでいるようにも見えるように手招きします。
しかし、リインは地球儀に掛かりっきりで、念話を片手間で聞き、勿論はやてのことなど見ていません。
こればっかりは、流石に溜息が漏れるばかりでした。


 
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練習 63

* 練習 62 の続きです。
 
 

 いつものお友達と食べていないみたい。
二人は向かい合ってお弁当箱を並べ、いそいそと箸を進めながら、合間合間に楽しげに何やら話しているように見えた。
余りジロジロ見るのも失礼、だって今の私はしかめっ面。
お弁当箱の中身を見るに、それほど減っているような感じじゃないよう。
キョン君が、この二人に比べてどれぐらい食べるスピードが違うかは知らないけれど、早食いを特技とする人でなければ、そんなに差はつかないんじゃないかな。
うん。食べるスピードは普通の人と同じぐらいだと思う。
だから、このお弁当箱の中身、その減り具合から考えてみると、今日はそもそも教室でお昼を取っていないのかな。
二人ともお弁当箱に目を落としているうちに目を逸らしておかないと。
ジロジロ見られているって分かったら、箸も進まなくなっちゃうものね。
そうなると、いつもお弁当のキョン君。
多分お母さんが作ってくれてるんだと思う。だったら、何かお母さんが具合を悪くしたってことよね。
大丈夫かな。心配だな。気になるよ。
でも、そんな事いきなり聞いたら変に思うよね。
いくらSOS団で普段から一緒に居るって言っても、クラスメイトで後ろの席に居るって言っても、そんな家庭のことまで聞いちゃったら。
でも、少なくともSOS団の団長として、団員の心配をするのは当然だよね。
ううん。そうじゃなくたって、後ろの席の好で、そういうことぐらい聞いちゃっても普通だよね。
別に無理矢理聞き出すとかじゃなくて、その、さり気なく、自然に無理なくするなら大丈夫だよね。きっと。
そのまま足を進めた私は、自分の席にドカッと腰を下ろし、頬杖をついて窓の外に視線を向ける。
外は雲が疎らに広がっているだけの空が目一杯に展開していて、ガラス窓のお陰で冷たい風が吹き込むこともなく、太陽の暖かな日差しが降り注いでいる。
外を見てはいるけど、横目でちらりちらり、と主の居ない机を見やる。
ホント、キョン君どこ行っちゃったのかな。
不謹慎なことだって分かってるけれど、キョン君に聞きたいことが出来て、話しかける理由が出来上がった事に私は胸の鼓動が高鳴っていくのを感じていた。
 
 
 
 
 お昼休みの終わりを告げる、授業開始5分前の予鈴。それが鳴る頃になってもキョン君は帰ってこなかった。
早めに昼食を切り上げ教室に戻ってきていたので、お昼休み中にお手洗いに行っていなかったのを思い出した。
今のうちに行っておこうかしら。
キョン君が戻ってこないんじゃ、ここに座っていてもしょうがないものね。
時間としては、もう戻ってこなきゃいけないんだから、もう数分の辛抱。待っていれば良いのだけれど、何だか居場所がなく感じた。
それに今すぐ帰ってきたところで、件の話を切り出して。それも自然に怪しまれないように。
その上で私の思うところとかを伝えたり、他にも色々お話が広がったとしても、それを許すだけの時間はない。
それだったら、いま席を外している途中にキョン君とすれ違う事になっても、ここでジッと大人しく待っていても変わりない。
仕方ない。
小さく溜息を吐きながら机に手をついてのっそりと、気だるそうに腰を上げる。
お昼休みの終わりは迫っているのだから、急いだ方が良いのだけれど、私の足取りは軽快さもなく、ドカドカとはしたなく歩く事も無かった。
肩を落として頭を前に。少し背中を丸め猫背になって、トボトボと教室を出る。
これもある意味景気に悪そうな具合に見えるわよね。なんて思ったりしながら、教室へ急ぐ他の生徒たちの間をすり抜けていった。


 結局、教室を出る時間が時間だった為に、教室へ戻ったのは始業ギリギリになってしまった。
行きの廊下よりも増して自分の教室へ急ぎ、走る生徒たちに混じって私も早足で廊下を急ぐ。
他に急いで教室に入った生徒がいるのかしら。
扉は開けっぱなしにされていた。開ける手間が省けたかな、なんて中には入らずに、影からこっそりと様子を窺う。
時間も時間なのだし、そんなことをせず、早く教室に入れば良かったのだけど、何故かそうしてしまった。
視線を彷徨わせることなく、一直線に向けたその先では、キョン君が机からこれから始まる授業の教科書やノートを準備しているところ。
今戻ってきたばかりなのかな。
授業の準備や、残り時間を惜しむように友人達と会話を楽しむことに忙しいのか、やはり誰も後ろを見たりしない。
扉も開けられたままだったのも、そうなのかな。
さっき、教室を出たときとは全く別に。
誰も見ていないことを良いことに、私は足取り軽く自分の席に向かった。

「ちょっとキョン。今日はどこ行ってたのよ」
 
 

 練習 64 >

 

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