目を覚ましたら 10-2
「う、うおぉぉ……なんてこった」
洗面台に備え付けられた鏡。これはどっちの世界でも同じだ。
身体を洗うために座る椅子の上に立って鏡を見ている。
その鏡に映った自分の姿に思わず、間抜けな声が漏れて出た。
今までガチガチにジェルでも付けたように固まっていた髪の毛は、その反動からか、もこもことボリューム満点になっていた。
手で触ってみると、少しごわごわしている。
これも長いこと洗ってなかったせいだろうな。こりゃ念入りに手入れをしないと当分は元に戻らなそうだ。
しかし困った。
こんな無様な格好じゃ外も歩けないぞ。何か良い手はないものか。
……ない。何も思いつかない。
普段、自分でも髪の手入れはするけれど、それははやてがいない時に悪くならないようするぐらいで、何がどうなって髪に良いのか知ってやってるわけじゃないんだ。
仕方ない。
せっかく洗ったばっかりだけど、また何か髪につけて無理矢理にでも押さえ込むしかない。
でも、こういうのも付けたことないんだよなぁ。
また洗面台の下の開きを漁り、何かおあつらい向きなモノはないか探す。
髪を洗ったり身体を洗ったりしたときに、大方ひっくり返してしまってので、やたらと散らかっている。
探し終わったらちゃんと片付けよう。
「う、うーん。"朝の忙しいときにもこれで一発!あっという間にストレートリフォーム、自然でしなやかな髪を!"こ、これか?」
文面からしてさっき使った髪を解すやつと同じ種類みたいな感じがする。
形はアイロンをかけるときに使う皺伸ばしの霧吹きみたいな感じだ。なんでこんなのまで同じ形してんだよ。
こっちの世界は文明進んでるのか進んでないのか分かんないや。
文句を一人タレながら、鏡を見つつ、もこもこした髪の毛に吹きかけた。
外見はさっぱりなヤツだったけど、ここは流石にこっちの世界の商品だ。あっという間にもこもこは収まっていき、ぺしゃりと大人しくなった。
見た目にもガサガサしてそうな髪も、いくらか艶があるように見える。
よし、取りあえずこの辺で良いかな。
「……うぅ、へっくしょい!うぁー、早く服着なきゃな」
散らかしたモノの後片付けは後回し、先に服を着ることにした。
「しまった。これじゃ裸アンダースーツになっちまうぞ」
サイドテーブルの椅子の背にかけられた新品のアンダースーツを手に取るところで、やっとこの疑問に辿り着いた。
今まで着てた服はさっきダストシュートに放り込んじまったし、普段着は……家に置いてきた。
バリアジャケットはまだ着たくない。
こりゃどうするか。覚悟を決めて裸アンダースーツで行って事務に新品貰いにいくしか……
仕方なく椅子の背から持ち上げたところで、何かがバサリと下に落ちた。
手元のスタンドしかつけてなかったから、机の陰になって何が落ちたのかよく分からない。
「あっ……これ」
拾い上げて分かった。
さっき捨てたばかりのインナーと同じものだった。きっとこれもシャマルが持ってきてくれてたんだ。
そっか。アタシが風呂に入ってないこと知ってるんだ。当然インナーも酷く汚れてる事ぐらい分かるもんな。
寝る前までのシャマルとのやり取りが思い出されて、何だか鼻の奥がツーンとしてきた。
ちぇ、風呂に入って綺麗にしたばかりだっていうのに鼻水出てきたじゃんか。
アンダースーツをベッドに放り投げ、インナーを着込む。
支給品だ。今までとの何の変わりもない。
なのに、今まで来てたものと全然違った。何かは分からないけど、何だかシャマルの存在を凄く近くに感じられる。
上を着込んだところで、何か内側に張り付いているモノがあるのに気づいた。
ぐいーっとを伸ばして腕を突っ込み、その何かを取り出す。何か小さな紙切れだった。
「何か書いてあるぞ、なになに……
"多分3時間ぐらいで目を覚ましたと思います。服は新品を貰ってきておきました。良かったらそれを着てください。
ご飯はそのぐらいの時間に行けば出してくれるよう、頼んでおいたので食堂へ行けば出してくれると思います。
ヴィータちゃんは有名人だから大丈夫よね。
武装隊には急用が出来たと連絡しておきました。ペアの人と上手く話を合わせておいて下さい。
……だって」
なんだ。シャマルってこんなに気が利くんだ。全然気づかなかったや。
違うな、気が利くからそういうの全然意識させないんだ。そういう事が出来るって……凄ぇのな。
へ、へへへ……これで料理が上手かったら完璧なのによ。
でもよ、そのシャマルがこれだけはっきり分かるようにしてきた事。意味を良く考えないといけないな。
いっけね。服着てないから鼻水がまた出てきちゃったぞ。湯冷めして風邪ひいちゃ駄目だかんな、早く服着ないと。
取りあえずシャマルのメモを机におき、スパッツみたいなきっちしりたスーツを着込み。
後はアンダースーツを着てしまいだ。
「よし。これで準備完了。次はご飯だな」
正直食欲までは戻ってない。
けどせっかくのシャマルの厚意を無駄には出来ない。ちょっとでも腹に収めておかないとな。
スタンドの灯りを消そうとしたとき、裏返しにおいたメモが目に入った。
何かまだ書いてある。
スタンドに伸ばした手を止め、メモを拾い上げた。
「"最後に。少しでも良いので、はやてちゃんに会いに行ってあげて。言わなくても分かってるとは思うけど、とっても心配してるから"…………」
……なるほど、そういうことだったのか。
誰かに言われた気がしたってのはこれだったんだ。
記憶はない。寝る前にはこんな事言ってなかったし、何時言ったのかは分からない。
けれど、どこかに行かなきゃとは思ってた。
このメモを見て何の疑問も湧かない。うん、これだ。間違いなく、アタシが言ってた"行かなきゃいけないところ"ってのはこのことだ。
もう一度メモに目を落とす。
こればっかりは即断出来なかった。
今はやてに会ってしまったら、全部崩れてしまいそうな気がするから。
はやてを前にして我慢できるだろうか。今の自分を保っていられるだろうか。
「違うな。シャマルのことも、はやてのことも。今ははっきりと思い出せる。離れてるとかじゃない。アタシ達は家族なんだ。いつだって一緒だ」
シャマルのお陰で思い出せた感触。
いつだって、アタシの隣にははやてがいてくれた。そして今だっていてくれる。それだけで充分じゃないか。
大丈夫。今なら大丈夫だ。
「よし!まずは食堂だな!」
メモを内ポケットに突っ込むと、スタンドを消し、部屋を後にした。
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