目を覚ましたら 7-2
それから数日。
みんなは様々に心配事を抱えながらも、何とかいつも通りの生活を送っていました。
今は管理局に勤めているのですし、自分たちは特に事情が違います。
周りの人とも仲良くなり、本来の目的など忘れてしまいがちですが、元々は罪を償う一環で行っているのですから。
初め、ヴィータが問題を起こしたとき、それはもう胆を冷やしたものでした。
どうなるかと思い、最悪の事態が頭を過ぎりました。
しかし、思いのほか自分たちは管理局の中に根ざしていて、それほど問題にならなかったのです。
本当に同僚と呼べる人たちが沢山出来たいたことを嬉しく思いました。
当然、バックについてくれているリンディ提督やクロノ執務官の影響もあるでしょう。
そんな人たちに感謝しながらも、これで甘えてちゃいけない。もっと頑張らないと、と思ったものでした。
「ふわぁ~あ。今日は何もなくて暇ですね」
「そうね。でも私たちが暇で悪いことなんてないんだから、給料泥棒ぐらいで丁度良いのよ」
「それもそうですね」
ここは医務室。
今日は朝から全くの暇で閑古鳥が鳴き通しです。
ただ、自分たちの仕事柄、同僚に言われたとおりに暇で悪いことはなく、朝から暇で夜まで寝て過ごせるぐらいがちょうど良いのです。
それでも細々とした書類の整理や入院患者の経過チェックなどすることは山積みで、そういう意味では全く暇でありません。
シャマルは朝から書類の整理をしていて、デスクワークのために椅子に座りっぱなしです。
欠伸をかきながら、ぐぅーっと背もたれに背中を押し付けながら腕を上げ伸びをすると、凝り固まった肩や背中の筋肉がギシギシと伸びていくのが分かります。
ちょっぴり痛いけど、これが気持ち良いの。
ついでに首を左右にコキコキと鳴らし(これはしちゃいけないんですってね。はやてちゃんが言ってました)、椅子を回しました。
「今日のお昼はどうしますか?」
「そうね。今日のランチセットはどれだったかしら」
そんなお昼時になると決まってでる会話に今日も平和なのだと思っている私を、机に置かれた通信装置が叱るように鳴り響きました。
一瞬にして医務室に緊張が走ります。
私は直ぐに椅子を半回転させ、通信機の呼び出し音に返事をしました。
「どうしました!?」
「あ、その声はシャマルさんですか!あの……とりあえず訓練室まで来ていただけませんか!?」
「取りあえずって。行くけれど何があったか説明してくれなきゃ」
「いや、あの……とにかく来てくださいとしか」
なんだろう、何か変だ。
声は妙に焦っているし何かあるのは確かなんだろうけど、言葉にして説明できないような違和感がある。
向こうの、多分武装隊員さんは、早く早くというばかりで、何故そうなのか、何があったのかを説明しない。
その上声が小さい、少し篭っているようにも感じる。そして後ろがやけに騒がしい。
しかも、通信元が普通の局内通信機を使っている。緊急用のじゃない。
これはどうしたものか。
話を続けていると、段々機器の向こうの隊員さんも焦れてきたようだった。
仕方ない。ここは取りあえず行ってみるしか。
私は椅子を後ろへ弾くように立ち上がると、同僚の用意してくれた緊急キットを肩にかけました。
「場所は分かる?」
「ええ。発信元をちゃんと覚えましたから」
「急いでね!こっちでも受け入れが出来るように準備しておくから!」
「はい!お願いします!」
まずは難しい事など考えるのを止め、訓練室の番号を忘れないよう何度も呟きながら廊下をひた走りました。
「どうしたんですか!?」
「ああ、シャマルさん!」
訓練室に到着した私を迎えてくれたのは、武装隊の訓練着に身を包んだ5人の隊員さんたちでした。
……5人?
訓練は普通二人組みを基本としてチームを組むから……やっぱり、誰か怪我をしたんだわ。
それに、昨日会った人がいる。
とっても怒ってた人。最後には同意のサインをしてくれたんだけど、どうしましょう。気が重い……ううん、そんなこと言ってる場合じゃない。
緊急キットの肩紐をぐっと握り締め、クラールヴィントに起動の準備をするよう呼びかけました。
急いで駆け寄ると、一人が前に出てきたので事情を聞くことにしました。
「シャマルです。それで、怪我をしたのは誰?」
「いや、それが……」
「ほら、早くしないと!誰なの?その人のところに案内して!」
「ちょ、ちょっと。こちらに来てください」
その隊員さんに手を掴まれるとぐいぐい引っ張られて訓練室の中に入りました。
入ると同時に、ジトッとした重苦しい空気が私の頬をでろりと撫で、息をするとその重苦しい空気が肺にのっそり入ってきました。
ここは熱帯林をテーマにした訓練室みたい。
気温と湿度がとても高く、バリアジャケットを着ていないと、服がベタベタと引っ付くようで気持ち悪くなってしまいます。
ずんずんと手を引っ張られ、背の高い草木の中をすすんだところで、少し開けた場所に着き、そこで足が止まりました。
「すいません、ちょっとしゃがんで頂けますか?」
「え、あ、はい」
言われたとおりにしゃがみ込むと、他の隊員さんたちも同じようにしゃがみ込みます。
まるで何かから隠れるみたいに。どうしたのかしら。
すると、私を引っ張ってきてくれた人が草むらに隠してあった小さな発信機みたいなものをゴソゴソと付け出し、そっと口を開きました。
「こんなところで申し訳ありません」
「それは良いから。早く怪我人を……」
「それが……いないんですよ」
「いない!?」
「しー!静かにしてください。結構声が響くんですから」
「で、でも!」
「い、今から説明しますから。それで、あの」
「もう~、焦れったいわね!」
「……その、呼んだのはヴィータが倒れたからなんです」
「!!!」
そっと耳打ちするように言われた言葉に、私の頭は一瞬真っ白になってしまったように感じました。
え、なに?ヴィータちゃんが倒れた?
でも、ちょっと待って。どこで?訓練中に?
それなのに連れて来られた場所にはヴィータちゃんはいない。どういうこと?
私の疑問は顔に出ていたんでしょう。
直ぐにそれに答えてくれました。
「発信機で緊急信号を送ろうとしたんですけど、そしたら止められてしまって」
「止められたって……それでヴィータちゃんは!?」
「それで後から追いついたこの4人に頼んで、こっそり訓練室を抜け出したあとに、外の通信機から連絡したんですよ」
「頼まれた俺たちは仕方なく様子を見てたんですけど、こいつが出て行った直ぐ後に起き上がって……」
「"連絡したらぶん殴るからな"って、デバイス引き摺って出て行っちまったんだよ」
4人はどうしたら良いのかって、不安そうな顔をしている。
この様子からするにヴィータちゃんは相当具合が悪いらしい。これだけ暑苦しい場所にいるのに、脇の下をつーっと冷や汗が流れ落ちるのが分かった。
そして最後に喋った人。
この人が昨日とっても怒ってた人。ちょっと悪態をつくような口調に私の胃はキューッと萎んだ。
ああ、どうしましょう。
ヴィータちゃんは倒れた上に勝手に出てっちゃうし、この人はとっても怒ってるし。
もう、昨日の今日でこんなことになるなんてー。
「俺たちはもうコースに戻らないと、そろそろ教官にどやされちゃんで」
「え、ええ。わかったわ。無理して連絡くれてありがとうね」
「それじゃ、俺たちが言うのも変ですけど。お願いします」
「待てって。俺たち言うなよ。俺はそんなこと思ってなんだからな」
「あ、あの……」
「ほら、行こうぜ。いつまでもアイツに構ってて俺たちまでトバッチリ食ったんじゃ割りにあわねぇ」
むっつりした顔で立ち上がり、さっさとその場から出て行ってしまいました。
他の隊員さんたちもつられて立ち上がります。
ううん、これは仕方ないわ。受け入れなきゃ。本当のことなんだもの。
遅れて私も立ち上がり、みんなの後をつけていくと、先頭を歩いていた例の人がくるりと振り返り、睨みを利かせながら
「アイツの家族なんだってな」
「え、ええ。そうだけど……」
「ココを辞めるか首に縄でもくくりつけるかどっちかしておいてくれないか?正直、邪魔なんだ」
「!!!」
「もう勝手な行動に巻き込まれて迷惑被るのは勘弁してくれ。それだけだ」
それだけ言うと、ぷいっと顔を背け、肩を怒らせながら草をかきわけ、ずんずんと行ってしまう。
後を追いかけてた隊員さんたちはその様子を見ると、一人ずつ軽い会釈を私にくれながら走って追いかけていった。
でも、なにかしら。この違和感。
なんだか今の人のことを笑ってるみたいな感じだった。
う、ううん。今はそんな事よりも。
はぁ、どうしましょう。
今日は偶然、ヴィータちゃんに対してそう思っている人の気持ちを聞けたけど、他にもいっぱい居たりするのかしら。
そうよね。
少なくとも今回のことで、そう思っている人や以前から不満に思っている人も大勢いるんだろうし……
ううん、確かにそれはとっても大切なことだけど、今はヴィータちゃんの体調の心配をしなきゃ!
じっくり身体を治して、それからみんなで直していけば良い。
「クラールヴィント、お願いね」
首から提げたクラールヴィントを起動させ、両手に装着する。
きっとヴィータちゃんはいつもの部屋に帰ったはず。
けれど、もしもって事もありうるから、僅かに感じる魔力の残滓を追って私は駆け出しました。
つづく。
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