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2007年5月29日 (火)

目を覚ましたら 10-1

 
 
 
 目が覚めた。
どれだけぶりだろう。自分の叫び声で目が覚めなかったのは。
身体が軽い。腕も足もウソみたいに、まるで身体が全部羽になったみたいに軽い。あの日からの疲れも何もかも全部吹っ飛んだみたいに感じる。
身体だけじゃない。なんだか心まで軽くなったような気もする。
今まで溜めていたものをある程度シャマルにぶちまけたからか、思いっきり泣いたからか。
実際、まだモヤモヤと身体の周りに何かが漂っているような感覚はあるけれど、意識すれば大丈夫なレベルにまで落ち着いていた。
鳩尾の辺りにずんぐりと留まっていた、黒く渦巻く何かはある程度小さくなっているような気がする。
よし、今のうちに済ませておくとするか。
余りじっとしてるのも良くないし。いらない事を考えないようにしたい。
サイドテーブルに置かれたスタンドに手をかざし、明かりを点ける。
椅子の背に武装隊のアンダースーツがかけてあるのが目に入った。
ベッドの上で身体をずらし手を伸ばす。
手触りから新品だって分かった。言ってた通り、シャマルが持ってきてくれたんだ。
という事は部屋に入ってきてたんだよな、全然気づかなかったぞ。
改めてシャマルのかけてくれた魔法に感謝する。人の気配にも気づかないほど、夢を見ることも出来ないほど深く眠ることが出来た。
でも、こんな魔法いつの間に覚えたんだろうな。まあ、良いや。
身体を起こし何日かぶりに服を脱ぐ。
シャマルとの約束だしな。ちゃんと風呂に入らねーといけない。
それにしても、臭い。
ベッドに投げ捨てられた服は、何かで型を取ったみたいにアタシの体型そのままに固まっている。
全部脱ぎ終わると、ベッドの上には透明人間が服を着て寝ているみたいな、奇妙な光景が広がっていた。
どうせ支給品だ。このまま捨てて新品を申請しておこう。
自分の体型のまま固まった服を、まとめダストシュートに放り込んで、風呂場に向かった。
 
 
 
 
 
 まずボサボサに解れてしまった三つ編みを解く。
ゴムを取っても三つ編みは形を保ったまま。かなりカチカチに固まってる。こりゃ難儀なことになりそうだ。
まずは指を使って少しずつ揉み解していく。
汚い。触っている指がどんどん砂や埃に塗れ、ベタベタしていく。
シャマル、こんなアタシの髪の毛を撫でてくれてたんだ。医務局なんて清潔が第一なのにさ、何だか悪いことしちまったな。
そう言えば思いっきり抱きついてもいたし、胸元も随分汚れたんだろうな。
……うん、謝っとかなきゃいけない。今日のことのお礼も言わなきゃいけないしさ。
お礼、か。……う、ううー!自分がシャマルにしたことを思い出したら急に恥ずかしくなってきたぞ!
シャマルは、はやてやアイツみたいな事はないと思ってるからな、信用してるからな。頼むから誰にも言わないでくれよ!
恥ずかしさの余り、一人浴室で頭をわしわしするけど、指が絡まって上手くいかない。ふけがそこらを舞うばかり。
確かこんな探偵がいたような気がするなー。
わしわししても、指でぐいぐい解きほぐそうとしても駄目。こりゃ埒が明かない。何か良いもんはないもんか。
洗面台の下を開け、ごそごそと漁っていると、一つのボトルが目に入った。
少し古びているようで、蓋の周りには中の液体が固まったモノなのか、何が白く固まってコビコビしていた。
大丈夫か、これ?

「なんだこれ。"頑固な汚れもこれで一発!あなたの素敵なヘアライフを強力サポート"?こ、これで良いのか?」

 後ろの説明書きには、武装隊に似た格好をしたヤツが頭を洗ってすっきりしている絵が描かれていた。
よ、よし。これを使ってみるか。
注意書きをよく読んで、手の平にぐにゅーっと搾り出すと、白くてどろどろした液体みたいなのが出てきた。
両の手の平でよく馴染ませ、ベタベタに固まった三つ編みに擦り込むようにして、大体終わったところで揉み解し始める。
すると、あれだけ頑固だった髪の毛が、ほろほろと鮭の塩焼きみたいに解れ始めた。こりゃ凄い。
あっという間に三つ編みは綺麗に解れた。けれどまだ上の方が同じようにカチカチに固まっている。
さっきと同じようにどろどろした液体を手に取って、髪に擦り込む。
後頭部も前髪も、あっという間に解れていった。
よし、これでやっと頭を洗えそうだ。
立ち上がりシャワーに手をかざすけど、手が届かない。何てこった。
ぴょんぴょん飛び跳ねてみるけど上手くいかない。

「おい!こら!出てこいって!アタシは行かなきゃいけないところだあるんだからよ!」

 シャワーに向かって一人文句を言う。とてもじゃないが間抜けな格好だ。人には見せられない。
でも仕方ない。はやく行かなきゃ……ん?何処へ行くんだ?
何の考えも無しに、自然と口から出た言葉に驚く。自分はどこへ行くつもりだったんだろう。
うーんと頭を捻って自分に問いかけてみる。
何処へ行くつもりだったのか。それは自分の考えなのか、それとも誰かに言われたからなのか。
裸のまま、湯船の縁に腰掛けて考える。
何だろう、誰かに言われた気がする。誰だか分からないけど。

「後回しにするか。このまま裸でいたんじゃ風邪ひいちまうし」

 空調は効いているけど、何だか裸のままでいるのは寒く感じる。
もうシャワーは諦めよう。久しぶりに湯船にたっぷりお湯を張って入りたい気分だ。
蛇口付近のパネルを操作して好みの温度を設定する。40℃ぐらいで良いかな。あっつい方が気持ち良いだろうし。
大きな音を立てながら、みるみるお湯が溜まっていく。
上がっていく水位をぼんやり眺めていると、いつも一緒の風呂だったはやての顔が浮かんできた。

「もう、はやてと結構一緒に入ってないよなぁ」

 これはあの日からのことじゃなくて、管理局に入ってから、それも特にココ最近のことだ。
アタシ達の管理局での位置も大体固まってきた。はやても自分がしたいことが段々と具体的になってきたみたいだし。
みんながみんな、やる事を見つけ始めたもんだから、次第にそれぞれの時間がバラバラになっていき、自然と一緒に過ごす時間は減っていった。
まだ、はやては学校へ通っているから、あと何年かは海鳴の家からこっちに通う生活になるけど、その内引っ越す事になったりするのかな。
あの家は、色んな想いが詰まっているところだから引っ越すつもりなんてアタシはないし、多分はやてもないと思う。
だけど、はやてがこっちの世界に引っ越したいって言うならついて行く。
なんて言っても一家の主だからな。
はやての居るところが、アタシ達のいるところだ。

「お、おおっと。ちょっと深くなり過ぎちゃったや。はやてに怒られちまうよ」

 慌てて蛇口を閉める。いや、ホントに閉めるんじゃなくてさ、あの、今でもチャンネル回すっていうだろ?そういうの。
風呂桶でいっぱいすくい、ザーッと勢いよくかける。
こんなぐらいじゃ身体の汚れなんて取れないし、この風呂は自分だけが入るんだけど、身に付いた習慣ってやつだ。
髪の毛も括らず、そのまま湯船に飛び込む。
少し深くいれた風呂の水面が大きく揺れ、湯船の縁に辺り溢れそうになる。

「あ゛あ゛ーー」

 久しぶりに浸かった風呂の湯は、全身をちくちくと刺すようにアタシを包んでくれた。
冷えていたのか、指先やつま先が正座して痺れたみたいにじんじんする。
この痛さが、痺れが、自分の身体っていうのを改めて認識させてくれる。生きてるんだなって感じさせてくれる。
今までの、さっきシャマルが来てくれるまでのアタシは死んでたも同然だった。
あの日に立ち止まったまま。
動かなくなるアイツの感覚が身体中にべっとり染み付いて、そればかりを考えて、それから逃げようともがけばもがくほど、逆に引き摺りこまれていった。
変だよな。

「ふぅー。久しぶりだから熱いや」

 ゆらゆらと浴室の明かりに照らされた水面には、油や埃なんかの汚れがいっぱいに浮いていて、今の自分がいかに汚かったかを教えてくれた。
水面だけじゃない。湯船に張ったお湯全体に垢やフケなんが漂っていて、見ていて気分の良いものじゃない。
身体も温まったことだし、少しふやけて汚れも落ちやすくなってるかな。
湯船から上がり、備え付けのスポンジを手に取る。
見た目は綺麗だし、これ、ちゃんと新品だよな……ちょっと心配だけど今のアタシに比べりゃ綺麗なもんか。
頭を解したときに散らかしっぱなしにされた物の中から、ボディーソープを取り出しここぞとばかりにスポンジに塗りたくる。
どうせ一回目は泡なんて立たないだろうし、備え付けのもんだ、ケチったってしょうがない。

「おお、全然出ないぞ、どんだけでも取れてくるじゃんか」

 擦れば擦っただけ垢が塊になって取れてきた。
腕だけでこれだけ取れるんだ、全身洗ったら体重変わりそうなほど取れそうだぞ。
ゴシゴシ、ゴシゴシ…………

「背中洗い辛ーよー」

 大方洗い終わったけど、どうにも背中だけ上手く洗えない。
右手でやってみても左手でやってみても、同じところに手が届かない。
くそっ、なんてこった。今までこんな事あったかな。殆ど毎日、ちゃんと背中洗えてたよな?
どうやって洗ってたっけなぁ……

「あ、そうだ。はやてが居たからなんだ」

 大体家で風呂に入るときは、はやてが一緒なんだよ。
そんでさ、変わりばんこに背中を洗いっこしてたんだ。アタシがはやての背中を洗ってやってさ、次にはやてがアタシの背中を洗ってくれるの。
そうだよ、そうやってはやてに洗ってもらってたから、どうやって洗ってたか記憶にないんだ。
ああ、そうか。そうだったんだ……
なんだか急に背中が冷たくなってきた気がした。ひんやり冷たい空気がアタシの背中を撫ぜていくよう。
空調効いてるのにな、湯船からはゆらゆらと湯気が上がっているし、浴室自体はとても温かい。
それなのに、何だか寒くてしょうがないや。
取りあえず身体を洗うのはここまで。先に頭を洗って、それからもう一回身体を洗うことにしよう。
 
 
 


 つづく。

 
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