目を覚ましたら 12-3
「ああ、そうだ」
ずっと黙って、そろそろ目的地の無限書庫がある区画にきたところで思い沈黙に耐えかねたのか、ユーノが口を開いた。
もう直ぐでアタシとはお別れなんだから、最後まで黙ってりゃ良いのによ。
そうは思っても口には出せない。
仕方なく返事をすることにした。
「なんだよ」
「なのはの事なんだけど」
「…………それがどうかしたのか」
「えっと、違うや。正確にはシャマルさんのことかな、うん。どちらかと言うと」
「一体どっちなんだよ」
「今回のなのはに関して、シャマルさんのこと。ちょっと教えておいた方が良いかなって思うことがあるんだ」
「何かあったのか?」
無限書庫へ繋がるこの通路は広く、人通りも多い。様々な人とすれ違う。
アタシたちがこっちへ来るまでは、殆ど使い物になってなかったらしい無限書庫は闇の書事件でユーノが手を付けて以来、急速に整理が進んでるらしい。
そのお陰で、今まで大きな倉庫扱いになってた書庫は、重要なでーたべーすとしての役割を果たせるようになりつつあるんだと。
だから、医務局、司法局、技術局など、管理局の主要な機関がデータを集めたり貰ったりするために出入りが頻繁になってる。
通路が大きいだけじゃなくて、そういう理由もあって、同じように中央から離れている他の区画に比べて断然人通りが多くなってた。
入っていく人も出て行く人も、手にしたデータでどうするか、何をするかを話し合うのに一生懸命で人の会話なんて気にしない。
偶然すれ違っただけの他人の会話になんて気を向けるどころか、気づいてすらいないかもしれない。
そのお陰で、ここらならちょっとぐらい人に聞かれちゃ不味いような会話でもすることが出来る。
そうでなきゃ、ユーノの話にここで返事をせずに、どこか別の場所に移そうというはずだった。
「あのね。実はさっきシャマルさんのところに居たのは、なのはのお見舞いに行ってたところを捉まったからなんだ」
「なんでシャマルが捉まえるんだよ」
正直驚いた。
いや、それは正しくないか。驚いたように心臓が跳ね上がったんだ。
また不意打ちだ。
シャマルがお見舞いに行ってたなんてな。
シャマルだけじゃない、ユーノも頻繁に顔を出してたんだろう。
アタシが一人、真っ暗な部屋で現実逃避をしている間も、みんなはそうしてたんだろうか。
どんなにアタシが薄情なヤツだって思ってるんじゃないか。
自分では、ちゃんとしているつもりでも、外から見てみてそう思われなければ意味がない。
きっと、何を一人で逃げ回ってるんだろうって、呆れていたに違いない。そうだ、きっとそうだ。
「なのはのいる部屋から出てくるところだったんだけどね。挨拶をする間もなく、どうしたの?って」
「だから、見舞い……なんだろ」
「そういう意味じゃなくてね。初めは僕もそういうかと思ったんだけど、直ぐに違うって分かった。
変な顔してたんだろうね。そういう意味じゃなくて、その顔よって。僕が何をしに来たのか、そういうことを聞いてたんじゃなかったんだ」
「じゃあ、何を聞いたのさ」
「えっとね。酷く疲れた顔をしてたんだって。僕自身、最近ちょっと徹夜続きだったからそうかな、と思い当たる節がないわけじゃなかったけど
徹夜とかには慣れてるし、元々そういうのには強い性質だしね、そんな2週間かそこらの徹夜で少し大げさだなーって思わないこともなかったかな」
「ふーん……」
「でも鏡を見せてもらったらね。寝不足とかじゃなくて、なんて言うのかな。言われてみると、そうかなって思った」
「それで?」
「それなら仮眠でも取ることにするから良いですって言ったんだけど、どうしても聞いてくれなくて。それで」
「医務局まで引き摺られていったわけか」
「そういうこと」
「相変わらず押しが弱いな、ユーノ」
そこまでは大人しく聞いてたけど、正直ユーノ自身の話ばかりで、さっぱりシャマルは関係ないような気がして堪らなかった。
でも、話には順序があるし、短気は損気だってはやても言うし、もう少し我慢して聞くことにした。
ユーノもアタシの疑問が分かったんだろうか。
その間にも何かあったらしいけど、その辺は掻い摘んで適当に話してくれた。
確かにどうでもいい話で、きっとシャマルがユーノを退屈させないよう、その場しのぎで話を振ったんだろうと想像に難くない。
一気にトランスポート使えば良いのに、何を考えてたんだろうな。
ユーノの話はやっと医務局に着き、シャマルの前に座らされたところまできた。
「治療を始める前にね。どうしてそんな徹夜をすることがあったのか聞かれたんだ」
「そりゃあ、忙しいからなんだろ?特にお前は捜査資料がどうとかで扱使われてるじゃんか。クロニョなんかに」
「クロノね。それで、えーっと……以前みたいな事はないよ。ちゃんとタグをつけて管理をしてるから。
言語、時系列、文化、世界……色々なタグから、複数のキーワードでアッという間に検索出来るようにしたからね。随分便利になったんだ」
「ふーん。じゃあそんな忙しいこともなくなったんだな」
「そうだね」
「で。シャマルになんて答えたのさ。忙しかった理由」
「まあ、なんて言うか……」
頬を人差し指で軽く掻く仕草をする。
コレはどういう時にするんだっけ。眉毛も少し下がってる。照れ隠しだっけ。
「なあ、手。離すなよ。別にそんな変わらんないけどさ」
「あ、ごめん。えっとね、その理由がなんていうか。仕事は穴が空けられないからね。一応責任者みたいな立場だから」
「そうか、大変だな」
「だから、その日に片付けなきゃいけない仕事を早く済ませて、明日しなきゃいけないことを出来るだけこなしておくんだ。
それで一応に定められた勤務時間が終わってから、自分の仕事を始める。書庫を整理して分かったこととかね。論文なんて言うと大げさだけど」
「ふーん」
「それもある程度きりをつけたら、医療関係の、ううん。それ以外に生物とか魔力どーとか精神なんだとか、そういう胡散臭いようなものまで調べ物をする」
「それは何に使うのさ」
「これはね。なのはが少しでも早く目を覚ますようにって」
「ふ、ふーん」
「一命は取り留めたわけだけど、未だに目を覚まさない。検査を繰り返しても何処にも異常は見つからない。
あ、異常って言ってもね。それは意識が戻らない理由はないって意味で。身体はとても正常だとは言えないんだけど。
担当の先生は時機に目を覚ますだろう、なんて言ってるけど出来る限りの事はしておきたいんだ」
「あ、ああ。そう、か」
「だから身体的な理由じゃない。だったら何か他に原因がある訳だし、手掛りになるものはないかって調べ物をしてるんだ。
せっかく自分でタグをつけて整理したんだから、他人のためじゃなくて、たまには自分の調べ物の為に使っても良いじゃないかな?」
――あのさ。それは自分のためじゃなくて、アイツのためじゃんか。人のために自分の整理した情報を使ってるんだろ。何言ってんだよ。
そうやって言うべきだったんじゃないかって思ったけれど、それが口から漏れ出ることはなかった。
ギリギリで口を噤んで、腹の底へ飲み込んでしまう。
悔しかった。
アイツのことを「自分の為に」って簡単に、恥かしげもなく言えることに。
何の照れも気後れも気負いもない。
腹の底から、全身から意識しないで、躊躇することなく口から出る言葉。
そうやって言い切れるユーノが悔しくて悔しくて。そしてほんの少しだけ羨ましかった。
「そうやって何かヒントになりそうなモノが見つかったり見つからなかったり。どちらにしろ決まった時間になればそれを切り上げて、なのはのお見舞いに行く」
「それからか!?」
「そうだよ。今はまだ面会謝絶だからね。ちゃんと先生がいるときじゃないとモニターさせてもらえないから。
だから、先生の都合に合わせて会いに行かなくちゃいけない。そうなると、どうしてもね。こんなスケジュールになっちゃうんだ」
「そ、そうなの、か……」
「うん。それで担当医の人に話を聞いたりフェイトの様子を見たり。あと、新しく組んでみた術式を試してみたりね」
「……そ、それで」
「そうやってここ2週間、ずっとやってたからね。だから疲れちゃってたみたいなんだ」
「そんなの当たり前じゃんか!お前いつ寝てるんだよ!」
「帰ってきてからだよ。ちゃんと睡眠をとらないと仕事の効率も落ちちゃうし、その辺りは心得てるから大丈夫だって」
「バカだろ!そんなんだったらシャマルが心配するわけないじゃんか!」
思わず声が大きくなる。広い通路に響き渡る自分の声がなんとも不快だった。
けれど、さっきとは違ってユーノは全く気後れする様子もなく、淡々と話を続けた。
「いや、本当に心配するほどじゃないんだって。それに疲れてるのなら寝ている間に回復するよう時限式の魔法をセットしておくことも出来るし」
「そ、そういうもんなのかって!そういう問題じゃねーだろ!」
「ううん。そういう問題なんだよ、少なくとも僕にとってはね。それでも何故かシャマルさんは話を聞いてくれなくて」
「……ったりめーだ。んなのよ」
「今から思うとやっぱり疲れてたのかな。それとシャマルさんの態度が変に感じたところで肩をつかまれたんだ。
それでビックリしたのも手伝って話を切り上げるために、その……怒っちゃったんだ。医務室に響き渡るぐらいの大声で」
「怒った?お前が!?」
「う、うん……」
信じられない。こいつが怒るところなんて想像できない。
いや待て。コイツとしては怒ってるつもりでも、他人が見たらちょっと声が大きくなった程度かもしれない。
それでも、怒っちまうだなんて相当だよな。
「そしたら黙っちゃって。直ぐに謝ろうと思ったら、何かを言いかけてたんだ」
「シャマルが、なにを」
「"もう、お願いだから"って」
「……ど、どういう意味だ。それ」
「分かんない。その言葉自体が指す意味は分からないけれど」
「けど?けどなんだよ!」
「随分と思いつめてるみたいだったから、何とか落ち着かせて。どうにか話を聞いてみたんだ」
聞きにくいことを聞くもんだ。
それが問題解決のためなら躊躇がないってことなのか、割りに他人の機微に無頓着なのか。それとも両方なのか。
そんなことを考えたりしないこともなかったけど、今はそれよりもシャマルがどうしたのか気になって、直ぐに頭の隅へ追いやってしまった。
「まずはちゃんとシャマルさんの言うことを聞く。治療を受けるから落ち着いてって、何とか椅子に座らせた」
「あ、ああ。それで……」
「僕としてはシャマルさんの方が心配だって言ったんだ。様子は変だし、いつになく強引だしって」
キャリアーを押す手も段々と力が入らなくなって気はそぞろ。緊張で喉はかさついて、思わずゴクリと喉が鳴った。
シャマルの様子が変だったなんて。
アタシのところに来たときは全然そんな様子じゃなかったぞ。
流石にアタシだって長年連れ添った家族のことぐらい他の連中よりもわかるつもりだ。
だけど、あの時のアタシは普通じゃなかったし、若しかしたら様子が変だったのかもしれない。
その心配がただの杞憂で終わる事を祈りながら話の続きを待った。
「……あのね。先に一つ約束して欲しい事があるんだけど」
「何だよ、ココまで来て」
「ここから先の話。聞いても絶対に怒らないって約束してくれるかな」
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