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2007年6月13日 (水)

目を覚ましたら 12-4

 
 
 
 いつになく真剣な眼差しのユーノ。
同意を求めている言葉とは裏腹に、その瞳はアタシに拒絶を許さないと言っているようだった。
しかも、こういう前置きのときは絶対に相手が怒るような内容に違いない。
普通ならそれは約束できない、だけど喋れっていうところだけど、今日ばかりはユーノにそんなこと言える雰囲気じゃない。
その眼差しに気圧されたアタシは黙って頷くしかなかった。
アタシの同意を確認すると、深く2,3度深呼吸をして一寸あった後、ゆっくり口を開いた。

「……今回の事。シャマルさんは凄い責任を感じてたんだ」
「はぁっ!?」

 一瞬だった。
そのユーノの口から放たれた言葉に、身体中の血液という血液、細胞という細胞が一気に沸騰した。
でもそれは後になってみてそうだったと言えるだけで、その場ではそんなことを感じる暇すらなかった。
キャリアーから手を離し、ユーノの胸元を掴むと思い切り壁に背中を叩きつけた。
壁が鈍い音を響かせ、ユーノの口からは肺の中の空気が一気に溢れ、呼吸が出来なくなる。
それにも構わず思い切り締め上げるように腕に力を込め、さらににじり寄る。
手を離れたキャリアーは1メートルちょっとぐらいの位置で静かに動きを止めた。

「お前な!適当なこと言ってんじゃねーぞ!どんな根拠があってそんなこと言ってんだよ!えぇっ!?」
「ヴィ……ヴィー、タ」
「何とか言ってみろってんだ!」

 大きな通路に響き渡る。さっきとは比べ物にならないほど。
遠くでは自分の声が木霊しているのも分かる。
そして、一瞬で全てが静寂に包まれた。

『は、離してよ。そうでなきゃ続きを話せないよ』
「だーってろ!適当なこと抜かすからだろうが!」
『ちゃ、ちゃんと理由があるんだ。本人から聞いてる、んだか、ら……』
「ぐ、ぐぐ……くそっ!」
「げほ!げほっげほげほっ!」
「おい、本当だろうな!シャマルが何て言ったんだ!おい!」
「げほっ、うえっ、ごほごほっ!う、うぅ~……」

 手を離され床にしゃがみ込んで顔を真っ赤にしている。
アタシが掴んでいた胸元は、しっかりと手が掴んだ形が残っているし、すっかり伸びきってしまっていた。
まだ咳き込んでいるユーノ。
まだ興奮が収まらないアタシ。
何とか息を整えようとしている間も、腹の底で煮えたぎる激情は全く納まりを見せなかった。

「はぁ、はぁはぁ……ヴィ、ヴィータ。シャマルさんはね。こういう事を言ってたんだよ」
「……どういうことだ」
「あの日のこと。なのはが搬入されて準備をしている間に、はやてとシグナムが来たはずだよね」
「あ、ああ。そうだったな」
「桃子さんと士郎さんがくるまでは30分近くあった。本局から輸血用血液はいつ来るか分からない。
 そんな中、一番に駆けつけたのがはやてとシグナムとシャマルさん……になるはずだったんだ。そう、シャマルさんが一緒に来るはずだったんだ」
「それは知ってるよ。急患が入ってこっちに来れなかったってな。で、それがどう関係するってんだよ」
「現場では絶対的に血液が足りなくて、なのはの出血をまともに押さえるのも覚束ない状態だったらしいんだ」
「それとシャマルと何か関係あるのかよ……!」
「現場の人たちを悪く言うつもりはない。けどね、単純に錬度不足だったんだ。そこまでの技術も装備もない。
 だから、なのはの症状は悪化の一途を辿り、はやての輸血も焼け石に水みたいなものだった。
 そんな当時の状況を聞いてシャマルさんは目の前が真っ暗になったって。……そう、言ってた……!」
「……分かんねーな。それでどうして」
「ヴィータ。あのね、こういう時は1分1秒を争う。それは分かるね」
「ああ」
「もしあの時。はやてと一緒にシャマルさんが来ていれば、こんな酷い事にはならなかった。シャマルさんの技術ならそれが可能だったからだよ。
 自分ならば出来ることが出来ていれば、防げた事態を防ぐことが出来なかった。
 シャマルさんの担当した急患は別にシャマルさんでなければならない者ではなかった。
 自分は判断を間違ったんじゃないか。
 ちゃんと情報が自分のところへ来ていて、なのはの症状が把握できていればそちらを優先することが出来た。
 緊急度で判別すればシャマルさんがなのはを担当する事に文句を言う人なんていなかったはず。
 それが出来たはずだった。自分がやらなければならない仕事だった。
 だけど、結果は…………言わなくても分かるよね。未だになのははベッドの上のまま。目を覚ます気配すらない」
「………………なんだよ、それ」
「だからシャマルさんはヴィータを見たとき、疲れきった僕を見たとき、フェイトの様子を見たとき、はやての様子を見たとき。
 自分がするべきことをしていれば、みんなはこんな顔をする必要がなかったはずだ。
 特にヴィータ。君がそんなに悲しむ事もなかった、責任を感じる事もなかった、泣く事もなかったって。そう思ってるんだ」
「…………!」

 グツグツと腹の底で未だに熱を持ち続けるマグマは今にも噴出しそうだった。
全身を言いようのない怒り……そんな安っぽいもんじゃない。何か堪えきれないものが駆け巡っていた。
腕が、足が震え、力の限り拳を握った。
手の平が熱い。焼けるように熱くて、その熱さがさらに駆け巡る何かを加速させた。

「こっちに来てから、シャマルさんは色んな現場を見てきたはずなんだ。
 間一髪で助かった事もあるかもしれない。僅かな差で間に合わなかったこともあったかもしれない。
 その度に思う。何が間違いだったのか、何をどうすれば良かったのか。
 そうやって次に生かす。次こそ同じ失敗を繰り返さない。一つでも悲しみに彩られる瞳をなくしたかった。
 そういう経験に基づいていたはずだった。
 それなのにとても基本的なことで失敗した。
 情報をしっかりと集め、正確に判断する。何をするべきか、少ないリソースをどう使うべきなのか。
 そんな基本で躓いたために、みんなの生活が、心が少しずつ軋んで壊れていく。
 だからね。ヴィータや僕、フェイト。その他のみんなのことを異常に心配したんだ。こうなったのは自分のせいだって」
「待てよ!そもそもアイツがあんなことになったのはアタシに油断があったからだ!
 アタシが気をつけてさえいればこんな事にならなかった!そうだろう?そうだよな!
 なのに何でシャマルが責任を感じることがあるんだよ!誰だよ!そんなこと言ってるヤツは!ええっ!?どうなんだよ!」
「誰もそんなこと言ってないよ」
「そうだよな!もしそんなこと言うヤツがいたら誰だろうと容赦しねぇ!アタシに言うのは構わねぇけどな……シャマルを悪く言うヤツは許さねぇ!」
「落ち着いてヴィータ!大丈夫、誰もそんなこと言ってやしない!もちろんヴィータのことだって!」

 ユーノのこんな大きな声を聞いたのは初めてだった。
大きいと言ってもアタシの声よりは小さかったけど、それでも初めて聞いたその声に思わず自分の声が引っ込む。
アタシがぐっと声を飲み込んだのを確認したのか、ゆっくりと立ち上がり、肩をポンポンと優しく撫でてくれる。
沸騰していた身体中の細胞が、駆け巡っていた何かも、煮えたぎる腹の底も、ビックリ水を差した鍋みたいにすーっと引いていった。
信じられないぐらいに、あっという間に鎮火していく自分に驚いていると、さっきとは打って変わって、優しげな口調でユーノが話しかけてきた。

「でもね、ヴィータ。勘違いしないで上げて欲しい。シャマルさんは謝罪の意味を込めてヴィータを心配してたわけじゃない。
 確かに、いつもより心配する態度が強かったりしたのはそこから来てたのかもしれない。
 けれどその根本、一番根元にあるのは純粋にヴィータを、家族として心配する気持ちなんだって事。それは分かって欲しいあげて欲しい」
「…………それもシャマルが言ったのか?」
「ううん。これは僕の勝手な想像。シャマルさんの話を、その態度からそういう風に思えたんだ」
「…………っか。バカだ、そんなこと。アタシが思うわけないじゃんか」
「そうだね」
「別にさ。そんなことお前に言われなくたって勘違いするわけないじゃん」
「うん、余計なお世話だったかな」
「全くだ……」
「そっか。だったら、勝手なこと言った僕を怒ると良いよ」
「……今。お前を殴ったらまたシャマルの仕事が増えるしよ。また今度にしといてやる」
「うん、ありがとう。ヴィータ」
「……うっせー」

 なんだよ、この態度。
全然余裕じゃねーか。一人だけ必死になってこんな人通りの多いところで騒いでる自分がバカ…………あっ。

「さ。そろそろ行こうか。知らないうちにギャラリーも増えてきちゃったし」

 ユーノの声に周りを見渡すと、遠巻きにだけどアタシ達を眺めている連中がわらわらと群れていた。
唖然としていると、肩に置いた手でくるっと90度回転させられてそのままキャリアーまで押される。
1メートルちょっと先で、まるで他人のような顔をしているキャリアーを二人で必死に押すと、人が居る事を知らせる警告音が鳴り響くのも無視してそこを立ち去った。
 
 
 
 
 つづく。

 
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