「わぁ! ねぇ、フェイトちゃん。雪だよ!」
「本当だね。どうりで冷えるわけだ」
窓際のソファーに二人で腰掛け、すっかり冷えてしまったミルクキャラメルのコップをテーブルの上に。
なのはの上げた声に外を見れば、いつの間にかずんぐりと立ち込めた雪雲から、ちらちらと雪が舞い降りてきていた。
暫し言葉を忘れて、ぼんやりと外を眺める。
舞い降りてくる雪を眺めていると、何故か自分が空へ昇っていくような、そんな錯覚に囚われる。
私たちは空を飛べるけど、それとはまた違った感覚は足元が覚束ないような不安。
それはなのはも感じたのか、ソファーについていた手を重ねてくれた。
「フェイトちゃん。また、手が冷たくなってる」
「そう、かな。ちゃんと空調は効いてるよ?」
「もう。そうじゃなくて……」
空を見るのをやめ、顔をあわせれば、重ねた手にもう片方の手を。私の手を持ち上げて両手で包んでくれる。
じんわりとなのはの体温が伝わってきて、それは宛らなのはの優しさのよう。
その温かさは手だけじゃなくて、腕を通って全身に染み渡っていく。
でも、それを片手だけじゃ物足りなくって、もう片方の手をなのはの手に重ねてみる。
いつも温めてもらうばかりの私。
今日のことで思った。いつもして貰ってばかりじゃなくて、こうやって、なのはにもして上げたい。
だから、もっと。なのはとの距離を。
「ほら、こうするとなのはも温かいでしょ?」
「うん。とっても……あ、そうだ。あれ、温めなおしてくるね」
「あれって、キャラメルミルクのこと? でも、それなら」
「ううん。良いから。ね?」
「あ、うん」
私は一時だって離れたくなくって、手すら離したくなかったけど、なのはが言うなら……仕方ない。
コップを二つ持ってソファーを離れるなのは。後姿をぼんやりと眺めていると、ぐっと部屋が寒くなった感覚。
ぽっかりと空いてしまった左側。あり得ない筈の、隙間風が私を撫ぜる。
呼び止めようと思う前に、頭で考えるよりも先に、私の足は駆け出し手は背中に伸びていた。
「フェ、フェイトちゃん!?」
「駄目だよ、なのは。行っちゃ……ヤダ」
「でも、これじゃ動けないよ」
「だったらそのままで良い。いま温めなくても良いよ……」
「私は、フェイトちゃんと一緒に雪を見ながらキャラメルミルク、飲みたいな」
「……そう?」
「うん。初めての雪だよ。フェイトちゃんと一緒に、ね?」
「……分かった。でも」
「一緒にね。もう、ワガママなフェイトちゃん」
半ば呆れたように。でも、嬉しそうななのは。
なのはが居れば寒くないよって。そう言って抱き止めることが出来たら良いのに。
流石にソレを言うほどの勇気がなくて、喉の奥で引っ掛かったまま、ワイシャツの裾を摘むようにして給湯室へついて行った。
簡単に温めなおして、また同じようについて行く。
一つずつ持って、空いた手を繋ぎあいたかったのに、なのはは駄目だって。
両手のコップを恨めしげに見つめながらソファーへと戻っていく。
「はい、フェイトちゃん」
「うん」
「こうして……はい。どうかな」
「……温かいよ。なのはの手が」
「えへへ。こうやってして上げたかったんだ」
「私も。こうしてくれるのが一番温まるよ。なのはの手が私にとって、一番」
「嬉しい。私がフェイトちゃんの一番だってこと。ねぇ、私の一番にフェイトちゃんはなってくれる?」
「! も、もも勿論! なのはが望むなら、わた私……」
私の両手に手を重ね、真っ直ぐに見つめるなのは。
その瞳に、その言葉に心の底まで射抜かれてしまうようで、私は肝心なところで言葉に詰まってしまった。
でも、そんな私になのははニッコリ微笑み返してくれる。
手に込められる力も、私の言葉への返事だって、なのはの気持ちが伝わってくる。
恥かしいなって思う気持ちも、じんわりと広がるソレに徐々に薄れていった。
「フェイトちゃん。そうやってはにかんでるの、とっても可愛いよ」
「か、かわ可愛い!?」
「うん。はにかんで……そう。ほっぺをちょっとだけ赤く染めて」
「う、うぅ……」
「ねぇ、フェイトちゃん。順番、逆になっちゃったけど……聞いてくれる?」
「う、うん」
重ねられていた手は、そっと私の手から離れていって。
私の頬を撫でる左手の人差し指が耳をなぞり、そのまま髪を通して絡めとっていく。
右手は腰を取って、隣にぴったりとついたなのはに、思わずドキリとさせられる。
少し思いつめたかのような顔。
今日一番の揺れる青。
深い、肺の中の空気を全部入れ替えるつもりのような深い深呼吸の後。なのはは切り出した。
「サラサラと指どおりの良くてシルクのような、キューティクルの整った髪が。
まるで太陽を思わせる、空を飛ぶフェイトちゃんの軌跡のような金に輝く髪の色が」
―――髪を指に絡め、まるで梳くようにゆっくりと。
「深紅に、どこまでも深くて吸い込まれてしまいそうな紅に憂いを湛えた瞳が。
その優しげな眼差しに、深紅の瞳に映り込むことが、私をとても心安らかにしてくれる」
―――なのはの飛ぶ晴天の空を思わせる、抜けるようなどこまでも続いていく青の瞳に私が映る。
「まるで紅を差したように赤い唇。柔らかくて吸い付くような、甘い囁きをくれる唇が」
―――寄せた唇が、先を掠めていく。
「私の名前を呼んでくれる、その声が。歌うように、優しさの中に強さを秘めた声。
その声で名前を呼ばれるたびに、私、心がざわめいて、フェイトちゃんを抱きしめたくなっちゃう」
―――腰に回した手に力がこもり、髪を梳かしていた指は再び私の手に重ねられる。
「長くしなやかなで柔らかなその肢体が。細くて、いつも心配しちゃう。
甘い匂いに少しひんやりとした手足、優しさを現したかのような胸にざわめいた心が静まっていくの」
―――腕を引かれ、なのはの腕の中に納まる。髪の、微かな香水の香りが鼻先を撫で、私を包んでくれる。
「控えめで困ったさんで、怖がりで自信がなくてホントは寂しがり屋の心が。
でも、私を受け止めてくれる、包み込んでくれる、きっと私の半身なんだって思わせる、その心が」
―――重ねた手が、抱いた手が。私を映す瞳が。囁く唇が…………震えてる。
「好き。大好きなの。全部が、全身で。心からフェイトちゃんを求めてる」
コップを離し、重ねられた手を握り返し、抱いた腕を引き寄せる。
透き通る青い瞳に応え、震える唇を―――塞いだ。
「……なのは。ずるいよ。私だってなのはに言いたいこと、たくさんあったのに」
「どうしても我慢できなかった。ずっとこの想いを伝えたかった。全部吐き出して、離したくなかった」
「それは私だって一緒だよ。抑えきれない想いに振り回せれて、言葉に出来なくて、伝えられなくて……凍りつきそうに」
「この四日間。今までこんなに距離を感じたことがなかった。
離れてしまった距離を取り戻すために今日だって……ホントは全然余裕なんてなかった」
「私も、どうして良いか分からなかった。逃げ出したのに、戻りたくて仕方なかった。
失敗を取り戻したくて。でも、何も思いつかなくて。一人で泣いてばかりだった。なのはが恋しくて」
「嬉しかったよ。フェイトちゃんの初めてが。失敗も含めて、フェイトちゃんの全部が。
私だけのモノだって。失敗も成功も、悲しみも嬉しさも全部。私と……フェイトちゃんで共有できるんだって」
「なのは。本当に良いの? 失敗ばかりで……こんな私でも?」
「うん。全部含めて。何が欠けてもダメ。全部欲しいの。フェイトちゃんの、全てが」
今日、部屋に戻ってきてからのなのはとは別人みたい。
儚くて脆くて、今にも崩れそうで。必死だと訴えたその声は、嘗てなく不安に震えていた。
震える唇を。声を。唇を重ねて、身体を抱きしめて。なのはの不安に凍りつきそうな心を溶かしてあげたかった。
いつもなのはに貰っているものを、返すのは今だって。これが出来るのは私だけなんだって。
そう思えてくると、さっきまでアレだけ躊躇した行為が、とても自然に、惹き合うように。
「……泣かないで。私、なのはにはいつも笑顔でいて欲しい。そのためだったら、何でも出来る」
「じゃあ、私が欲しいときにしてくれる? いつも傍にいてくれる?」
「うん。もう離さない。逃げ出さない。全部欲しいって言ってくれるなのはが、そう願う限り」
「なら、ずっと一緒だね」
「この涙みたいに。流す涙は全部甘くしてあげる」
怖かった。なのはに嫌われることが。その手を二度と握れなくなることが。
大げさだって思うこともあった。だけど、その想いは私を狂わせて、見えなくしていたのかもしれない。
失敗が怖くて何も出来なかった。そして訪れた失敗に、繋いでいたはずの手を離してしまった。
今なら分かる。はやての言っていたことが。
あの時は想像できないなんて思ったけど、それは私がなのはのことを知らなかっただけ。
これだけ近くに居たのに。ううん、近すぎて見えなかったのかもしれない。
でも。もう大丈夫。
あの時の死んでしまいたいとまで思った心は、この触れ合う温もりに溶けていく。
甘い囁きに、甘い香りに、キャラメルミルク味のキスに。
―――終わり。