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新婚なの! 3-2

「あ~、もうこんな時間かよ……」

 モニタに映し出された書類を前に溜息が漏れる。
今日は朝からデスクワークだったって言うのに、その殆どが空白のまま。
自分で言うのもなんだけど、この分じゃ書き上げた部分も間違いだらけだろうな。
ちぇ。これじゃなのはのこと、とやかく言えないじゃん。

「今日中にこれ全部済ませないといけねーのにさ……ったく」

 自分のことながら腹が立つ。
横に積まれた書類をペラペラと捲ってみても減るでもなし。部屋の時計は正午の休憩30分前を指している。
このままじゃとてもじゃないけど間に合いそうにない。
今日は残業だなぁ……

「ヴィータ。ボヤッとしてどうしたんだよ」
「ん?あ、ああ。お前か」
「随分だな。デスクワークお得意のヴィータさんは正午のチャイムを待つだけ……って。全然終わってないじゃないか」

 恨めしげに積まれた書類を睨んでみれば、同じ部署のヤツが衝立の上から顔を出す。
どうやら珍しく早くに仕事が片付いたらしい。
それでいつも仕事が遅い事で小言の多いアタシのところに様子を見に来たって感じか。
衝立にもたれ掛かって、ぐいっと身を乗り出して覗き込めば驚いた顔をする。
そりゃそうか。
いつも仕事で小言を言うアタシが正午のチャイムを前にしても、全然終わってないんだからな。

「うるせーな。今日は特に数が多いんだよ。邪魔だ、あっち行ってろって。忙しいんだ」
「その割には手が止まってるけどな。どっか具合でも悪いのか?」
「そんなんじゃねーって」

 椅子にどっかり身体を預ける。
駄目だ。モニタを集中して見れないし、こいつの話も全然頭に入ってこねー。
こういう日は、ジッとしてるのが良くない。
訓練か何かでもあって、身体をバーッと動かしてでもすりゃ気も楽なのにさ。

「だったらそれか?」
「な、何がだよ」
「その右頬。さっきからずっと触ってるじゃないか」
「は、はぁ?」
「みんなが言うものだから来てみれば言われた通りだな」

 一瞬、何のことやら分からなかったけど、言われて気がついた。
さっきまでコンソールの上に乗っていた手は、椅子に深く腰掛けたのを機に知らぬ間に右頬に当てられていた。
指先で、頬に出来たニキビを気にするよりも、もっと優しく触れるかのように。

「仕事が進まない理由はそれだな」
「何だよ、いったい」
「右手が塞がってるってこと。しかも、そうしてる時のお前。全然ボーっとしてるぜ?」
「し、してねーよ。そんなこと」
「そうか?心、ここに在らずって顔だ。その頬を触り始めてから特にな」
「う、むぅ……」
「話に聞いた時には虫歯でも気にしてるのかと思ったけど、どうやら違うみたいだ」
「あったりめーだ。この歳になって虫歯なんて作るかよ」

 邪魔なヤツだ。
アタシを咎めたりするのかと思いきや、衝立にのっ掛かってニヤニヤしてやがる。
何か楽しくて堪らないって感じだが、アタシは逆に全然楽しくない。
コイツなりに何か納得がいったらしいんだけどよ。アタシは全然分かんないんだからよ。
しかも、今でも視界の端には大量のまっ白な書類が、アタシの作業を待ってるんだ。
右には書類、左にはムカつく顔。
全く。面白くもなんとも無い。

「なぁ、頬っぺた。一体全体どうしたんだ?」
「さ、さぁな。なんでもねーよ」
「ウソつけ。朝からこっち、ずーっとそうやって頬っぺたを触ってはボーっとしてるんだろ?」
「……だから別になんでもねーって」
「ま、身体が悪いとかそんなんじゃないって言うなら良いんだけどよ」
「うっせ。他人の心配する暇があったら自分の書類の誤字脱字でもチェックしとけっての」
「へいへい。わーってるよ。毎日どやされてるんだからな」

 いい加減邪魔になってきたから、空いた左手で追い払うようにすると、やっと退く気になったらしい。
書類をヒラヒラと振りながら、ニヤケた顔そのままに衝立から離れていった。
そういや、みんな言ってたとか言ってたな。
ど、どうすんだよ。そこら中に広がってるってことじゃねーか。

「……はぁ」

 自分の仕草については指摘されて始めて気がついたけど、その原因ってのは考えなくたって分かる。
無意識のうちに手が伸びていくその先。右頬ってのは、その……今日の朝の、アレだ。
な、なななのはの、えっと……く、唇が触れたところ。
漠然として、意識するってわけじゃないんだけど、何故だか集中できない。
そわそわして、背中がむずむずして、椅子にジッと座ってられないんだ。
その原因が、頬に由来する感覚だってのは、言われるまで気付かなかった。
無意識の内にしてた事を意識するようになって、原因が分かったとなれば解決しそうなものなのに。
今まで漠然としていたものが、より浮だって今の自分のモヤモヤに直結する事になってさ。
集中出来ない、それを妨げていた感触が、より鮮明になってくる。
なのはの、なのはの感触が。

「くぅ~!なんだってんだよ~」

 頭を抱えて机に突っ伏し、ゴロゴロしてみても一向に治まる気配を見せない。
目を瞑ってうつ伏せになったものだから、余計に意識が頬ばかりに集まってくる。
今でも……今でも、なのはの唇がそこにあるみたいに思えてきた。
玄関口に呼び出したかと思いきや、いきなり、い、行ってらっしゃいのチュ、チューだなんてふざけた事言いやがるし。
そんで時間がないもんだから、早く行かせようっていうのにさ。
押し出そうとするアタシの手を掴むや否や、そのまま抱きしめた挙句に、キ、キキキキ……キス、しやがって。
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「あー、なんだよ。なんだよー!」

 アタシがイヤだって言ったときの、少し拗ねたような顔。
それでも直ぐに何かを思いついたようで、楽しい悪戯をする前の子どもみたいな顔。
アタシの右手を掴む指の感触。
抱き寄せて頭に右手が添えられたときの髪に触れた指の感触。
そして……頬に触れた、なのはの唇の感触。
今だって、今でも朝の玄関口のあの時間じゃないかって錯覚するほど、しっかりと思い出す……いや、なのはを感じる。

「…………はぁ、失敗だったかなぁ」

 瞑った瞼の裏に映るのは、なのはの顔。
そっと唇を離して、満足そうに呆気に取られたアタシの顔を見るその表情。
でも、満足そうなだけで、満足じゃないんだ。きっと。
何故って、なのははアタシに……してほしかったんだから。
朝は時間もなかったし、アタシがごねたりするから、仕方なく代わりで満足しただけでさ。

「べ、別にアタシはこんな事されたって嬉しくも何ともねーし。
 仕事は遅れるしよ、何だか部署では噂になるし、こうやって無駄な思考に時間を割かなきゃいけねーしよ……」

 別に大した事無いんだって、して欲しかったわけじゃねーんだって考えても。
浮かぶのは少し残念そうな気持ちが見え隠れする笑顔だけ。
あんな顔するなんてよ。
なのは、どういう気持ちで出かけてったんだろうなぁ……

「あー!悩んだって仕方ねーっ!」

 時計を見れば正午の終了時まで後15分ってところだ。
そろそろ午前の訓練も終わるころだろう。
全部閉めちまう前に、担当官を捕まえて訓練室を借りねーと。
モニタを消して、手を付けてない真っ白な書類をそのままに放り出して。
グラーフアイゼンを片手に部屋を飛び出した。
 
 
 
 本日のイラストは楽描き格納戸のカプセル超獣さんにいただきました。

 
 

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