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2008年1月31日 (木)

流行りモノ

 
 
 霙ちゃんが頬杖をつきながら物思いにふけっているの。
その少しだけ近寄りがたいような風体はいつもの通りなのだけど、昨日のこともあったし気になって聞いてみちゃった。
そしたらね。
ほんの少しだけ間を空けて、頬杖を突いたまま首をかしげて「風邪が、流行っているそうだから」って。
それだけ言うと、また何も無かったみたいに窓の外を見ているの。


 普段は進んで何も言わないのに、どうしてかなって。
でも、学校へ行くときも帰ってくるときもマフラーと手袋を一緒にぎゅっとなって、クラスでもお休みしちゃっている子がいる冬だから。
私たちのことも心配してくれたのかなって。
とっても嬉しくなっちゃって「霙ちゃんも気をつけてね」って。
そうしたら「味覚が――変わるらしい、から」って。それは独り言のようにも聞こえたけど、きっとさっきの続きなんだろうって。
だから今日は温かいお風呂にゆっくり入って、風邪を引かないように気をつけなきゃって。
その前に、学校で風邪にはビタミンが良いのよ。夕ご飯にはカボチャを煮付けを食べてみんなで風邪さんを追い出しちゃうんだって、思いました。
 
 
 
 
 あそこのどら焼きはいつも美味しいから、とても楽しみにしていたのだが。
なんだか味が違ったような気がした。
先日読んだ本に、体調に左右されることもある、との記述を見つけどのような物かと思っていたら――まさにこれのことなのかと。
これは私の味覚が変化したのか。それとも、作っている人の変調なのか。
そのどちらか分からないが、そのどちらだとしても――楽しみにしているどら焼きを堪能できないのは勿体無いだろう?


 作ってくれた人にも、買ってきてくれたヒカルにも、そしてなにより――どら焼き自身に失礼なことじゃないか。
だから、別に誰でも良かったのだが、ちょうどそう思い至った時に蛍が近くに居たのだから、この想いを伝えておいた方が良いじゃないのか、と。
私のような思いを他の姉妹がするのは可哀想だし――オマエだってそう思うだろう。
それにしても、どら焼きには失礼なことをしたと今でも、後悔の残るところであって。
この残された想いと、届かなくなってしまった想いは、私の中でどうなっていくのだろうか。
何にも残らず、知られることのなく――


 少なくとも、オマエが私のこの想いを覚えていてくれるだろうか。
 
 

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2008年1月30日 (水)

新婚なの! 7-26

 
 目を覚ますと一番に飛び込んできたのは、相変わらずの緑色した天井。
またジャングルでの糞暑い一日が始まるのかと、起き抜けのぼんやり頭で考えた。
あの一週間のことを考えると寝袋から出る気なんて全く起きない。
それでも何とか起きようと、のっそり寝袋の中で動き始めるけど、気だるさの抜けない身体は言うことを聞かず、頭すら上がらない。
困った。
装備の点検に打ち合わせ、朝食も作らなきゃいけないってのに、このままじゃメンテやフーガに迷惑かけちまう。
もう一度気合を入れて頭ぐらいは起こそうとするけど、結果変わらず。
力の入らない首は頭を支えることなく、そのまま枕の上へ。
すると、やけに枕が気持ち良いことに気がついた。
任務に持ち込んだ枕なんてこんなに気持ち良いものだったか? もうちょい硬かったと思ったけど……
じゃあ自分で持ち込んだモンか? 
確かめるように頭を動かしてみるけど、後頭部に伝わるその感触は普段使ってるモノとも違う。
なんだろ? 柔らかい……違う。ふかふか……違う。
知ってる感触なんだけど……覚えがあるような無いような。合ってるようで違うような。
ダメだ。こんなこと考えてる暇があったら起きなきゃいけねー。
だけど、気持ちいいなぁ。
起きたくねーなぁ……
 
 
 
 
 
「……ちゃん」
「う、うーん……」
「ヴィータちゃん。大丈夫? ヴィータちゃ~ん」
「あ、あぐ……な、なのは、か?」
「そうだよ。私だよ」
「なんで……なんでここになのはが居るんだ?」
「なんでって。だって、ここはヴィータちゃんの家で、私も住んでるから、えっと」
「家? アタシの……うん?」
「寝ぼけてるの? もう任務から帰ってきてるんだよ?」
「帰ってきて、る?」

 寝ぼけ眼に映る栗色の髪に蒼い瞳。
視線を泳がしてみれば、見慣れたテーブルに見慣れた白い天井。
もう少し広く見渡して見ようにも、首が痛くてそれ以上動かない。
仕方なく視線を戻せば、アタシを覗き込む蒼い瞳にドキリとさせられる。
―――なんだ、なのはじゃないか。

「どうしたの? 何だかうなされてたみたいだけど」
「なんだったかな。夢……見てた気がするけど覚えてねーや」
「そういうものだよね、夢って」

 僅かに火照りの残る手で凸にかかった髪をかき上げてくれる。
ご機嫌にアタシを見下ろすなのはに、逃げようとするけど身体は思うように動かない。
その時の足の状態。さっきみたテーブルや、なのはの後ろに見える天井から、やっとのことで今の体勢を把握することが出来た。
なのはがソファーに座って、膝枕してもらってんだ。
つーことはアレだ。
いつの間にか風呂から上がってんだな、アタシ。

「もう大丈夫? 一応治療魔法は使ってみたんだけど」
「いや、まだ痛ぇ。首とか横向かねぇもん」
「困ったなぁ。病院行ったほうが良いかな?」
「湿布して一晩寝りゃ治るだろ。それでも治らなきゃ……イテテ。シャマルんとこでも行くよ。明日休みだしさ」
「ああ、まだ起きちゃダメだよ。ほら、フラフラするでしょ?」
「むむっ。頭もそうだけど身体が重いや」
「だったらこっちおいで~。えへへ」
「っな! だか……まあ良いや」
「あれ、どうしたの? いつもなら"やめろー抱きつくなー"とか言うのに」
「……むー」
「なんで? なんでかな? 教えて欲しいなぁ~」
「べ、別に良いじゃねーか。アタシがいつなにをしようと……さ」
「だーめ。そうやって内緒にするの禁止!」

 痛いままの首を抱えて身体を起こそうとするけれど、なのはの言う通り、頭が左右にグラグラ揺れるような感覚に視線も定まらない。
身体が重いと誤魔化しはしたけれど通用するわけもなく、風呂場よろしく抱き寄せられてしまった。
違うのは、後ろからじゃなくて正面向いてってこと。
洗うはずだったシャツ一枚を羽織っただけ、風呂程でないにしろダイレクトに感触が伝わってくる。
いつの間にか育った豊かな膨らみに、顔を埋めると入浴剤の匂いに混じって香水の匂いも感じる。
風呂に入って体温が高いせいか、いつもよりはっきりと。アタシが倒れたせいで身体も洗わず出てきちまったみたいだ。
わき腹に添えられた手の温もりに、久しぶりななのはの匂い。そして耳でなく、頭に直接響く鼓動。
こういうの良くないんだよな。
だってよ。いつもこうされてさ、クラクラして思考が纏まらなくなって何も出来なくなって、なのはの言う通りになっちまう。
そういうの、知られたくない。
もう口に出しちまった手前、なのはでも予想はついてるんだろうけどさ。
こんな風に、なのはに対して参ってるってバレたらさ……形無しだし、その……負けた気がする。
一回負けたら二度と勝てない気がするし、なんだかプライドっていうか、そういうの。

「プ、プライバシーとかあんの。最低限のことは内緒だ」
「えー。だったら喋る気になるまで離して上げない! ずーっとこのままだからね!」
「そ、そんなこと言ったってよ。アタシだって言いたかないことぐらいある」
「む~……―――あっ」
「ん?」
「良いよ、別に。喋ってくれなくて。その方が都合いいかも」
「なに言ってんだ、急に」
「喋ってくれるまで離さないから、ヴィータちゃんが話してくれるまでずっと抱きついてられるってことだもん」
「げっ! な、なにを言ってやがる! 勝手に決めんな! お前ルールなんて知らねーぞ!」
「そう決めたから。どうする? 話す気になった?」
「ギギギ……」

 なんてこった。
言わなきゃ抱きしめられたまま。それが嫌ならバラさなきゃいけない。
どうする、どうするよ……

「さあ、どうするのかなー?」
「…………」
「私はどっちでも良いよ。えへへー」
「分かった。悩んでても仕方ないしな」
「中々迅速な判断ですね、ヴィータ隊長殿。で、どうなさるおつもりなの?」
「……言わない」
「だ~―――へっ?」
「言わない。言わないったら言わない。だからお前は……なのはは好きにしたら良い」
「……ふ~ん。だったら好きにしちゃうねー♪」

 頭のクラクラは収まらない。
何故か手足も鉛みたいに重くって気だるくて動かす気にすらならない。
それだったら動かなくて良い。
なのはも満足するだろうし、アタシも負けたついでだ。
今日はこのまま抱きつかせてやることにする。
なのはがそうしたいって言うんだ。
別にアタシはなのはなんて別に、どうでも良いって言うか、そんな、抱きついたりしたくないし。
だからこれは、なのはがしたいからそうしてるだけで、アタシがしたいわけじゃないんだ。
そういうことにする。
そう思うことにした!

「嬉しいけど抵抗がないのもちょっぴり寂しいかなぁ~」
「んだよ。だったら暴れてやろうか?」
「出来るならどうぞ。その代わりもっとくっついちゃうもんね~」
「んぎゅ。やってもねーのに力入れんじゃねーよ!」
「そうそう。やっぱり抱きしめ概があるなー、ヴィータちゃんは」
「……ふん。うっせーよ、なのは」

 胸に顔を埋めてるから、勿論なのはの顔は見えない。
逆になのはからもアタシの顔は見えない……はずだ。
だから、顔が熱くて汗ばんでるのも、耳が冬の日に耳当てしないで散歩に出たみたいにチカチカしてるのも分からないはず。
心臓が、それこそ口から飛び出そうなほどドキドキしてきたのも分からないはず……だと思いたい。

「アンテナ。へにょへにょだね」

 口調から想像するしかないが、思うに腹の立つだろうことは容易に分かる。
なのはは同じようにアタシの顔を想像しているんだろうか。
絶対にお前の思ってるような顔してんじゃねーぞ、って言葉を飲み込んで。
さっきより少しだけ、ホントに少しだけ強く。背中に手を回してみた。
数日前のような後ろめたさから、なのはを抱きつかせた訳じゃない。
だから、と自分に対して言い訳を繰り返して。
 
 
 
 新婚なの! 7-27 へ

 

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パンジュウではダメなの

 
 
 それなりに、かなり大きな家になると思います。
そしてお皿、お箸、湯のみ……それぞれが19個ずつ用意しなければなりません。
それはオヤツも例外ではなく、大きく盛って食べる物を除いて個別のモノ―例えばどら焼き―は19個(しかし現在は17個)。
それって大変なのに、どら焼き一個で足りるかしら。
既に中学で部活をやっているだろう子、育ち盛りの子、年頃と言えどお腹の空く時期。
どら焼き一個で足りないわよね。


 さて。各自のオヤツの割り当てられたお皿って、各人別のモノなのかしら。
19種類用意するのは無理そうだから、普通に全員同じもの。
だからリビングへ置いたとしても、これが誰のオヤツ割り当てなのか分からない。
それならまだ食べていない子は当然手を出しますでしょ。
……まさか長女という可能性はないでしょうか。ないですね、彼に「あ、食べるでしょ? 男の子はお腹空いちゃうものね。遠慮なんてしなくて良いのよ~。はい、あーん」
彼は、いま自分が口にしたモノが人数分しか用意されていないことを知っているでしょうか。
知っていて「人数分用意してある(のだから当然自分の分も用意してある)から、きっと何処かにあるはずだよね」と一緒に探したのかしら。


 これは用意した子(蛍かしらね)は、うっかり全員分しか用意せず、人数分用意されたのだから彼が食べていたとしても不思議に思わない。
しかし。魔法で探しても見つからない(彼が食べてしまったと言う真相にたどり着かない)と言うことは、本当に――
最後までどら焼きの行方に拘っていた程に好きなのに、着替える途中でうっかり本を読み始めて―しかも制服を脱いだのだから―しまう辺り、なんと言うか年相応らしさがないというか。


 でも、一晩中。
一緒に探していたかったんじゃないかなって。
それは内面を重ね合わせた吐露なのか、観察からくる本人にも気付かない事実?
家族になったばかりの彼が一生懸命探してくれるというのは、それだけで何かをもたらしたんじゃないかって。
外見に似合わない年不相応な内面、そのギャップにドキドキです。


 どら焼きって、シンプルなのかしら。それとも中に栗が入ってたりマーガリンが入ってたり、例えば牛乳と一緒に食べるのが好きとか――何か拘りがあるわよね、きっと。
それが他の姉妹にも伝わっているほどに。
 
  

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2008年1月29日 (火)

落ちてる

 
 
 19人も姉妹がいるのだから(自分を含めれば20人)母親が一人なんて無理。
これは誕生日からもありえない!と提唱していらっしゃる方は大勢居られます。
しかし、そんなこと思いもよりませんでした。
ただ、なんの根拠もなく母親が二人いて、その内の一人と暮らしているものだと。

「高一の男の子一人暮らしってそりゃ……きっと母子家庭だわ」
母親と二人暮しの彼。
高校入学の春、「本当のお母さん」なる人が現れて、二人で「本当の家族」に会いに行くの。
期待と不安が入り混じるなか、玄関を開けた先に現れる19人の彼女達。
いつも母親を気遣っては家事全般が得意な心優しい彼。
妹達(数名除く)にもあっという間に受け入れられ、今まで感じていながらも決して面に出すことのなかった「寂しさ」を埋めていく。
母二人、姉妹19人、君一人。
総勢22人による「本当の家族」に"なっていく"物語ですよね。
 
 
*一部訂正しました。
 

続きを読む "落ちてる"

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2008年1月28日 (月)

やっちゃいかん

 
 
 しがない二次創作ブログですが、やはりそれらを行う上で気をつけようと思っていることはあります。
自分なりに作品を理解していない内は手を出さないようにしよう、と言うものです。
その中で、キャラ同士の呼び方を間違えないようにしよう。なるべく基本的な設定は守ろう。ぐらいですが。
しかし、そうしている内に明らかに出遅れた感のあることになることも。

 「Baby Princess」ですが、ダメ姉としっかり妹というのは好きな組み合わせで、あれだけ姉妹がいればそのような組み合わせは必ず出来てくるはずです。
そこで、しっかりしない頭でフヤフヤと形になりかけたところ、珈琲みるく症候群様にて、グッとくる記事とSSが。

春風×ヒカルという王子様百合カップリングについて思考の羅列
タイトルだけで期待値が高まるではありませんか。
いざ拝見させていただくとですね。
……むぅ。出遅れた感がますます増してきました。
病んじゃうというか、ヤンデレ。こういうアプローチも十分にあり得ます。

……脳みそが二つになりませんか。
 
 

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2008年1月24日 (木)

新婚なの! 7-25

 
「ヴィータちゃんは、どうだったの?」
「なにがさ」
「一人で寝てたんでしょ? やっぱり寂しかったりした?」
「……ま、まあ。お前と似たようなもんだ」
「えへへー、そっか。ヴィータちゃんも寂しがり屋さんなんだねー。ほらほら、思う存分くっ付いて良いよ~」
「もうくっ付いてるだろうが! これ以上どうやってくっ付けって言うんだよ!」

 確かに夢に見た。
なのはが気になって起床時間がズレた。
指輪に気を取られて危うく左手が胃袋に収まるところだった。
ご飯を食べてる時に思い出すのは、なのはのことだった。
否定したってしょうがない。事実なんだから。
しっかり向き合わなきゃ。否定したり目を背けたり。そんなの意味がない。少なくとも、なのはのために。
やっぱりこういう状態は早くに抜け出さなきゃいけない。
元々任務中に黙ってしたのは、純粋になのはを想ったというよりは、後ろめたさから来たものだった。
任務に出る前も、変に気を遣って悟られないか気にして。
ダメだ。こんなの良くない。

「あ、あのさ。なのは」
「どうしたの?」
「……じ、実は言わなきゃいけないことがあるんだ」
「何か大切なこと?」
「ああ。すっごく大切なことだ」

 後ろめたくて、気を遣って。
普通に二人でいるならそういう気遣いも必要かもしれない。
だけど、今は違う。
アタシとなのはが結婚したんだからさ。もう一歩違った関係になってんじゃないか?
そんな風に付き合ってもらったって、なのはは嬉しくなんか―――少なくとも、アタシはなのはにそんな風にして欲しくない。
どっちにしろ、アタシの我侭に変わりはないけど。
でも。我侭するなら。それが嫌かどうか、判断してもらわなきゃ。
全部正直に話して、あの日のこと。
フェイトが来た日から、なのはの心にわだかまる気持ちを解いてやらなきゃいけない。
それでアタシが嫌われたって……なぁに、そんときゃフェイトがいるさ。
自分が嫌われるから。それでなのはを傷つけて良い理由になんてなりはしない。

「ふぅん……そうだ。その前に頭洗っちゃお? このままじゃ逆上せちゃうから」
「あ、ちょっ、待てって! うわっ、抱っこすんな!」
「抱っこするの久しぶり~」
「久しぶりっつーか抱っこすんな! つーかさっきからずっと抱っこしてるじゃねーか!」
「あれ、そうだっけ?」

 体勢が悪かった。
後ろから抱きかかえられて、まるでザフィーラとか大き目の犬をダラーンとするみたいにしてから、足を持ち上げられる。
言いたかないが、俗に言うお姫様抱っこって言うやつだ。
両手が塞がったまま湯船から上がるのは危ないから、暴れるわけにもいかず、黙ってそのままでいるしかない。
冷たくないお風呂マットの上に下ろされると、内腿で両脇を固められる。
こういう格好して恥ずかしくないのかね、全く。

「シャンプーハットつける?」
「付けてみろよ。家にはそんなもんねーだろ」
「じゃあ今度買ってくるね。シャンプーハットつけたヴィータちゃん。可愛いだろうなぁ」
「変な想像すんなよ! 大体、アタシは子供じゃねーんだぞ!」
「はいはい。分かってますよ、ヴィータちゃん」

 しっかり目瞑ってれば大丈夫だしよ。お湯かけられんのも怖くないし。
コイツ、シャンプーハット好きか。どんなニッチな趣向なんだよ。ホント子供かフェイトぐらいなもんじゃねーか。
ああ、すっかりペースに乗せられちまった。
こんなじゃ何時まで経っても風呂から出られない。

「あのさ。さっきの話の続きだけど」
「大切なこと? あ、お湯かぶすから目、瞑ってね」
「おおー……っふー。あのな……フェイトが来た日の話なんだけどよ」
「……フェイトちゃん、の?」
「ああ。あんときさ。色々嘘だっていったの。覚えてるか?」
「……うん、覚えてるよ」
「た、確かにさ。その、なのはの料理のこと、色々言ったけどさ。元々の原因がさ、言ってなかったなってよ」
「原因?」
「そう。なんで嘘言ったかって。どうしてあの時――本心でもない事を口にしたかってこと」
「……そういえば、どうしてか聞いてなかったね」

 タオルを取って髪を洗い流し、絡まった部分を解していく。
順番が逆だろ、なんて言うところだけど今は黙っておく。
多分、気もそぞろで順番間違えただけだろうし。
打って変わって声のトーンは下がり、作業も機械的な感じを受ける。
今はポンプでシャンプーを手に取り、手の平でお湯と泡立てているところ。
マッサージというより強い指先に、心地よさを通り越している。
でもそれが、今のなのはの正直な気持ちなんだろう。

「そのだ。ええっと、なんつーか」
「……」
「むー……ええい! 良いか? 一回しか言わねーからちゃんと聞けよ!」
「な、なんでそんな上からな物言いなのかな……」
「いいから黙って聞けって!」

 洗いやすいよう下げた頭を上げ、風呂場の空気を湯気ごと胸いっぱいに吸い込めば。
咽るのも我慢して、出来るだけ通る声で、後ろに控えるなのはに届くよう、はっきりと。

「―――フェイトばっか構うなのはにイライラしたからなんだ!」
「…………ん?」
「それにフェイトに嫉妬したってのもあった! 余所余所しくした、憎まれ口も叩いた! 顔も見たくなかった!」
「ヴィ、ヴィータ、ちゃん?」
「でもよ、一番の理由はお前なんだ! フェイトのことばっか。話題も、料理も全部! フェイトばっかいうのが気に入らなかったんだ!」
「え、えー!」
「アタシん家に転がり込んできてよ。それからずっと一緒にいるのはアタシじゃんか!
 朝起こして弁当作って、夕ご飯作って風呂に入れてやって、そんでまた朝起こして! それを毎日毎日!
 そんなのによ。フェイトが来た途端、フェイトの話ばっかしてさ。
 偶にしか作らねーもんだから、アタシだって殆ど口にしねーから言いようがないってのによ!
 それをして"フェイトちゃんは私の味付けが好き"とか言いやがった! 一体どういうつもりだってんだよ!」
「え、あの、でも。好きなのは事実だし……」
「それじゃねーよ! なんでアタシの名前を先に言わないんだ! 回数だけならアタシの方がずっと食べてるんだぞ!」
「え、え? そんな、まさか」
「嘘言ったのは確かに悪かったよ。でもよ、フェイトばっか構うお前が悪いんだかんな!」
「わたし、そんな。だって、ヴィータちゃん」
「お前は気が多すぎるんだ! いっつも必要以上にくっ付いて来るくせに、直ぐにフェイトや他のところにフラフラする!」
「あ、えっと、余り見に覚えがないんだけど……」
「最近大人しくなったかと思いきや、フェイトが来た途端にアレだ! それが面白くないっ!」
「…………」
「フェイトフェイト言いやがって! それをどういう気持ちで聞いてたと思ってんだよ、なのは!」

 言い切った。
心臓が口から飛び出そうに胸の中で跳ね回ってる。頭もクラクラする。まるでのぼせたみたいだ。
何か勢いに乗って余計なことを言った気がしないでもないけど、口から飛び出した言葉はもう返ってこない。
喋っているうちに何だか色々思い出して、段々腹が立ってきて、ホントは謝るつもりだったのに、逆に怒ってしまった。
無茶苦茶だ。
当然なのはも謝られるものだろうと踏んでたはずだ。
それなのに怒られるっていうか、怒鳴られたもんだから呆気に取られて黙りこくってしまった。
頭を洗う手も止まってる。
今、なのははどんな顔してんだろ……

「……ねぇ、ヴィータちゃん」
「な、なんだよ」
「それ。本当?」
「……大体本当だ。大体、な」
「ふぅ~ん」

 不味い。この状況は不味い。
アタシが座ってるのは風呂場だ、間違いない。この見慣れた景色は明らかに風呂場だ。
なのに。その筈なのに身体がどんどん冷えていく。
背中を冷や汗が流れ落ちていくのを感じた。
どうしたら良いだろう。
さっきは勢いで言ってしまったが、やはりここは何か一言フォローをした方が……いいや、下手に触っては事態を悪化させかねない。
ここは黙ってやり過ごすべきなんだろうか。
次になのはが口を開くのが怖い。
何だってこんな事になっちまったんだ……

「ヴィータちゃん」
「ど、どうした」
「…………ごめん、ヴィータちゃん」
「―――ん?」
「私、ヴィータちゃんがそんな風に思ってるなんて知らなかった」
「あ、いや、なんつーか。初めて言ったわけだし、その」
「フェイトちゃんと一緒に居たの、ヴィータちゃんがそんなに気にしてたなんて……二人は仲良しさんだって思ってたから」
「それは……間違っちゃいない、と思いたいな」
「ずっと一緒だって。変わってないって思ってたの。私だけだったんだ」
「……いや、アタシが変わっただけで、なのはもフェイトも悪かねーよ。こと今回に関してはさ」
「ありがと、ヴィータちゃん」

 さっきの雰囲気はなんだったんだ。
口を開けば一番に謝ってきやがる。すっかり拍子抜けだ。
待ち構えてた分、緊張が解けたときの反動も大きくて思わずなのはにもたれ掛かってしまった。
後頭部に感じる瑞々しい弾力が余計に身体の力を抜いていく。
ああ、はやての悪い趣味が感染ったのかなぁ……

「はぁ。私、ヴィータちゃんのこと全然知らなかったんだね」
「そういうもんだろ、普通」
「だって。これだけ一緒にいるのに。ダメだね、私」
「いや、そうならアタシとしては成功だ」
「成功? どういう、意味?」
「そのだな。普段はあーだこーだ言いながら文句言ってんのにさ。ホントはそう思ってたなんてバレてたら、ってこと」
「う、ん?」
「くっ付くなとか言ってんのに、お前が他のヤツとくっ付くのが面白くないなんて思ってるの。バレたら形無しじゃんか」
「……」
「だからお前は知らなくて正解なの。当たり前なんだから落ち込む必要なんて、ない」
「……」

 なんだ。今度は黙りこくっちまって。
雰囲気が読み取れない。別の意味で怖いぞ、なのは。
喋れよ。黙ってないで。

「なぁ、どうしたよ。なの――ぐげぇ」
「んっふふー。ヴィ・ータ・ちゃ~ん?」
「く、くぎが、お、をい」
「知らなかったなぁ、私。ヴィータちゃんがそんなに嫉妬深かったな・ん・てっ」
「だ、だのじ、げぇ――『お、おい! 首を元に戻せ!』」
「そっかそっか。普段はそっけなく振舞ってても、そのひらぺったい胸の内には嫉妬の炎が渦巻いてたんだね」
『随分な解釈だな。そんなんじゃねーぞ。あと、ひらぺったいとか言うな』
「あ~、心配して損しちゃった。ホントに嫌われたかと思ってたんだよ~?」
『全っ然、そんな風に聞こえねーけどな! んだよ、その余裕たっぷりの顔は!』

 いきなり凸に手を当て、無理やり顎を上を向かされる。顎と首が一直線になっちまった。
アタシだから良かったものの、こんなの普通の人間じゃ病院送りだぞ。
そんな無理やり向かされたアタシが見たのは、底意地悪そうな笑顔で口の端を思い切り持ち上げたなのはだった。
ダメだ。これは不味い。さっきとは別の意味で。
何かすげー悪いことを企んでる時の顔だ。こういう顔、はやてが何度かしてるの見たことある。
やっぱこの二人は同類なんだ、類友なんだ。
同情するぜ、フェイト。

「ううん。そんなことないよ? ただ、ヴィータちゃんが私をそんなに好きなんだって分かって嬉しいな~って」
『うぐ、うぐぐ!』
「今まで少し物足りないなぁとか不満に思わなかった訳じゃないけどね。ふふ~ん、なるほどな~」
『……あんだよ。言いたいことがあるならはっきり言えよ』
「じゃあ言うね? ちゃんと聞いてよ?」
『いっつも聞いてやってるだろ。ほれ、首もそろそろ限界だ。早く言え』
「ヴィータちゃん…………大好きだよ。私も、ヴィータちゃんのこと。大好きだから」
『…………』

 ころころ表情を変えるもんだから、頭が全然ついてかない。
だけど、そのどれもが本音で、嘘じゃなくて。アタシみたいに取り繕うとか誤魔化すとか、そういうのがない。
だから。最後の言葉。
目の端に涙を少しためて、下唇を噛んで。ホッと緩めたその表情に。
口に出して言わなくたって。アタシは全部分かってる。分かってるんだ、なのは。

「不公平だよ。きっとヴィータちゃんは私のこと、分かってるんでしょ?」
『まあな。桃子さんや……フェイトには敵わねーけどさ』
「なのに、私はヴィータちゃんのこと全然知らなかったし、分かんなかったんだもん」
『それは言ったろ? 分からないようにしてたんだから仕方ないって』
「違うもん。そうやって"分からない様にしてたことに気づかなかった"事が悔しいんだもん」
『……なるほどな』
「気を遣ってくれてたの、悔しい。嬉しいけど、悔しい。そうやってヴィータちゃんにさせてた自分が」
『勝手にしたことだ、気に病むなって』
「でも!」
『そう思うなら、さ。次から気をつければいいじゃん。明日もさ、明後日もずっと。……一緒にいるんだからよ』
「だって。前に愛想尽かせるなよって」
『割と我慢強いのがアタシの自慢なんだ。それに気を遣ったのはアタシの失敗で……なのはは悪くない』
「ヴィータ、ちゃん……」
『だからさ。……いい加減、首。元に……戻して、ぐれ』
「ヴィ、ヴィータちゃん!?」

 ここらでしっかり言わなきゃいけないと思って頑張ったけど、もう限界だ。
なのはが名前を呼んでくれたところを最後に、アタシに意識は途切れた。
 
 
 
 新婚なの! 7-26 へ

 

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2008年1月22日 (火)

新婚なの! 7-24

 
「ヴィータちゃんとのお風呂、久しぶりだね」
「ひ、久しぶりっつーか。……まあ、そんなもんか」
「ほらほら、もっとこっち来てよ~」
「いいって! そんな引っ付かなくてもよ!」
「そんなこと言ったって湯船に二人で浸かるためには仕方ないんだもん」
「だったら交代で入ればいいだろ。無理やり入ってきたのはお前なんだかんな。出て行くのはお前なんだぞ」
「良いの良いの~」
「何が良いの~、だ。ったく。仕方ないヤツだな」
「えへへ~」

 しばらくアタシ分を補給したなのはは、お風呂の準備が出来ていると言ってきた。
お湯を入れている音がちょっとでも聞こえていれば、こいつが帰ってきてるのに気付けたのにさ。
防音が万全なのも考え物だ。
なのはだから良いようなモノの、これが他人だったらと思うと……普段はその恩恵に与っている身ながら勝手なものだと思うけど。
制服を脱ぎ、脱衣所に向かうと同じようにして制服を脱ぎながら後ろにぴったりくっ付いてくるなのは。
制服だったモンだから着替えるのかと黙っていれば、頭越しに下着を籠へ放り込む。
一糸纏わぬその姿。完全に風呂に入る体勢だった。
もう一度服を着ろと言っても聞かず、一緒に風呂に入るのだと駄々をこねる。
ここで押し問答をしてもしょうがない。
我侭、と言っては可哀想だけどこうなると梃子でも動かない。なのはを諦めさせることは無理だ。
最後の抵抗としてため息を吐いてはみたけれど全く効果はなく、今に至っている。

「もっともたれてくれれば良いのに」
「重くないのか?」
「ヴィータちゃんぐらいなら全然。それにお湯でちょっと浮くし」
「ふ、ふーん。そんなに浮くもんかね」
「で、どうかな? 気持ち良い?」
「?! べ、別に!」
「んもー。ほらほら、どう?」
「押し付けるなって! 抱きしめるな!」
「えへへー。照れない照れない。夫婦のスキンシップだよ~。はーい、もっと~」

 狭い湯船で(二人はいれば当然だ)足を伸ばすために、なのはに抱っこされている。
足を伸ばすのなら、二人の身長差もあって向き合う形でも無理ではなかろうけど、そんなの恥ずかしくて御免だ。
仕方なく抱っこされてやってると言うのに、アタシが観念したとでも思っているのか胸を押し付けてくる。
酷いヤツだ。アタシの身体に凹凸が少ないのを分かった上で誇示するかのようにしやがる。
世の中にはそういうのがステータスだと思っているヤツがいるらしいが、本人にとっちゃ余り歓迎すべきことではない。
……まあ、この形で凹凸激しかったらそれはそれで嫌だけど。
ああ、もう。覗き込んでくるのも邪魔臭い。余計にくっ付くだろうが。

「あのさ。はやてはそういうの好きかもしんないけど、アタシは別にどうだって良いんだからさ」
「はいはーい」
「ホントに分かってんのかよ……」

 ぽよぽよとお湯に浮く胸を肩から首の付け根辺りにかけて感じながら、満更でもない気分で手足を伸ばす。
せっかく一人でゆったり風呂に入れるはずだったのに、なんてのはグッと腹の底に飲み込んで。
テンションの高めななのはが鼻歌交じりなのを邪魔するのも気が引けたから。
やっぱこういうの、早めに何とかしなくちゃいけないって思うんだけどさ……

「~~♪ ―――あっ」
「どうしたよ」
「今回は何処に行ってたの? そういえば聞いてなかったと思って」
「あ、ああ。そういやそうだな。ええっと……138観測指定世界だったかな」
「知らないなぁ。ねぇ、どんなとこ?」
「無人世界だかんな。基本なんにもねーよ。ジャングルが殆どで、行ったわけじゃねーけど砂漠がちょっとあるらしい」
「ふーん。暑かったの?」
「かなりな。日本の夏みたいに蒸し暑くって大変だったぞ」
「蒸し暑かったの。日差しが強くてジカッと暑かったんじゃないの?」
「うん? そうだな……最後の二日はそうだったかな。んで、どうしてそんなこと聞くのさ」
「随分日焼けしてるなーって。ジャケット羽織ってなかったの?」
「羽織ってたけどさ。なんでかな、う~ん」

 なのはには詳しく説明しない。ただちょっと出張だって。
今ぐらいなら喋っても問題ないだろうと思う。もし調べたところで誰もが手にする情報と同じものしか手に入らないだろうし。
"無限書庫の偉いさん"が協力したところで、航行隊の任務までは分かりゃしない。
しっかし、いきなり何を聞いてくるのかと思ったら日焼けだって。
暑いかったの?って、それがジャングルだからと言ったからそう聞いたわけじゃなさそうなのは、雰囲気で分かったけれど。
しかしさ。どの辺が日焼けしてんだろうな。
騎士甲冑にマント羽織って、頭にはフードついてたし……うーん。

「んっふふ~。どこが日焼けしてるか分かんないみたいだね、ヴィータちゃん」
「あ、ああ。でさ、何でそんな楽しそうなんだよ。日焼けぐらいで……」
「それはね~……じゃ~ん、これみてー!」

 話の見えないアタシの、だらんと膝に乗せていた腕を取り湯船から持ち上げるなのは。
左腕が高らかに持ち上げられるけど、一体どういうこった。
右手じゃなくて、左手って……
日焼けするなら右手じゃねーか? アイゼン振るうために右手だけはマントから出してたしさ。
さっぱり話が見えてこないぞ、なのは。

「まだ分かんないみたいだね、ヴィータちゃん」
「左腕だろ? なんで右腕じゃなくて左なのさ。どっちかっつーと、右手じゃ……」
「右腕もしてるかもしれないけど。問題は腕じゃなくてー……左手なの」
「左手?」

 なのはは楽しくて仕方ないらしく、会話の端々で込み上げる笑い――声を上げるのでなく、ニヤケ笑いの類――を堪えるのが辛そうなぐらいだ。
アタシが日焼けしたのがそんなに楽しいのか。
しかも、掴まれた左腕を見たところで、なのはの言わんとすることを汲み取ることは出来なかった。
流石はやてのくれた騎士甲冑に航行隊の装備ってところか。ジャングルの強い日差しぐらいなんてことないぜ。

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2008年1月20日 (日)

新婚なの! 7-23

 
「久しぶりだ……っていうほどでもない、かな」

 身体半分ぐらいありそうなバッグを肩にかけ、ひょこひょこ歩きながら家路を急ぐ。
道中、頭の中を大部分を占めていたのはなのはのこと――主に指輪のことなんだけどさ。
別にいつも通りにしてれば良いじゃないか、とは思うんだけど。
帰りがけに余計なこと言われたもんだから、意識しちまってしょうがない。
任務中は余計なこと考えちゃダメだって、頭の端へ追いやろうという抑制があったけど、そうでなくなった途端。なのはの顔が浮かんできやがる。
夢に見たり、ちょくちょく思い出すことがあったりはしたけどさ。
すっかり気が抜けた証拠なのか。首から提げた指輪が気になってしょうがない。
薬指に収まっているモノとは思えないほどの重さと存在感。思わず首が下がってしまうんじゃないかと思うほどに。
くそ。やっぱりあの後姿は満足から来るモンだったんだ。
休暇、今からでも取り消してやりたいぐらいだ。

「こんなところで突っ立ってたってしょうがねーや。アタシが帰ってきてることは分かってんだからさ」

 独り言が増える。
どのくらいこの玄関ドアの前でぼーっとしてるか。下手すると変質者扱いだな。
なるようになれ。家に帰らないわけにはいかない。取りあえず部屋に入るとするか。
深呼吸一つ。ドアノブに手をかけた。

「たでーまー……って。あ、そっか」

 玄関を開けると上がり口の明かりは灯るが、その向こう。廊下の奥とその向こうのリビングは真っ暗だ。
それもそうか。夕飯の時間前だったら、なのははまだ仕事中だ。家に居るはずがない。
それなのに部屋の前で延々どうしようかと思考を巡らせていたなんて……恥ずかしいにも程がある。
強く玄関ドアを閉め、靴を揃えることもなくリビングに駆け込み、バッグを放り投げてそのままソファーに飛び込んだ。
ソファーは跳ね、床にバタンと大きな音を立てる。
防音とかしっかりしてて良かった。
なってなかったら下の階の人に迷惑かけるところだった。

「うひー。疲れたー」

 ちょうどソファーの端に重ねてあるクッションを抱きかかえて顔を埋める。
久しぶりに寝転ぶソファーと抱きなれたクッションの感触を確かめていると、ふとあることに気づいた。
鼻腔をくすぐるこの匂い。これ、誰の、何の匂いなんだろうなって。
そんなの考えるまでもない。この家には二人しか住んでないんだから。当然残りのもう一人ってことになる。
微かに香る甘い香り。よくアタシの服にも付いてて勘違いされる香水の香り。
フェイトも使ってるらしい、もうすっかり馴染みになってしまった、これ。

「~~~~。……はぁ」

 深呼吸して、胸いっぱいに匂いを満たす。
脳裏に浮かんでくるのは毎朝の光景。視界を埋めているのはなのはの寝巻きの色。
顔を埋め、目を瞑っているとそういう毎朝の光景がはっきりと浮かんで、時間さえ錯覚するよう。
抱きしめてるクッションの感触すら違うものに思えてきた。
そのまま横に身体を起こし、胸に抱きこむようにする。
明かりがなく、日も暮れかけた窓際からの日差しは少なく、部屋の奥の方はすっかり暗くなっていた。
そんな薄暗い部屋をぐるっと見渡せば、アタシが出かけた時のまま、殆ど変化のないように見える。
本人には言えないけど、ホント言うと結構散らかってるんじゃないかと思ってた。
日本に居た頃、なのはの部屋に何度か遊びに行ったけど、ちゃんと整理整頓されてたし掃除が出来ないとか、そういう訳じゃないだろうけど。
なんとなしに、そういうイメージが強くてさ。
何でだろう。いつの間になのはに対するイメージが固まったんだろう。

「ふーん。この部屋ってさ、こんな匂いだったんだなぁ」

 家ってのはさ、住んでる人間には分からないけど外から来た人には分かる臭いってのがあるじゃん。
そういうの。この部屋はさ、元々アタシしか住んでなかったから疑問にも思わなかったけど。
今、はやてが来たら"アタシの家"の臭いってのがあるんだろうか。
以前の一人暮らししてた時とは違う。アタシとなのは。二人の生活臭が。
足をブラブラ、ソファーを軋ませクッションをギューっとしていると、俄然家に帰ってきたって実感が沸いてきた。

「……あ~あ。つっかれたな~」

 今度は仰向けに寝転ぶ。
久しぶりに眺める天井は、外から僅かに差し込む日差しに紫とも青とも言えない色に染められていた。
部屋全体の空気、この時間にしては温かいけどそれでもヒンヤリしているのには変わりない。
なのはが帰ってくる前に空調でも点けといてやるかな。

「さて。そうなると夕ご飯、か。どうすっかな」

 ご飯といえば、思い出すのもなのはの顔。
ぼんやりと天井を眺めていれば、何故かそこに顔が見えるような気さえしてくる。
こりゃ重症かも。
メンテの言うとおり、そんなに作ってやりたいのかなぁ……

「久しぶりだからアタシが作ってもいいけど……やっぱなのはに作らせようかな」
「ええー。私は久しぶりにヴィータちゃんの手料理が食べたいなー」
「ああ、やっぱそう―――んっ!?」
「おっかえりなさい、ヴィータちゃん♪」
「うわっ! ちょ、お前! いつ帰ってきてたんだよ!」
「何時って。ヴィータちゃんが帰ってくる十分前ぐらいだよ」
「ど、どうして今日に限って、んなに早いんだよ!」
「今日は偶然ミッドの地上で仕事だったんだ。そしたら本局の方からヴィータちゃんが帰ってきたって連絡が」

 寝転んだまま夕飯に考えを巡らせば、何処からともなく聞きなれた懐かしい声が。
一瞬視界の端が暗くなり、遮ったモノの正体は逆光なのも手伝って分からない。
ついでその影から発せられた言葉。これで完全に分かった、嫌でも分かる。
思わず飛び上がるけれど、背もたれと反対方向だったせいで頭から床に落ちてしまう。
後頭部が痛いのも忘れ、その声の正体――ニヤケ面の高町なのは――に対して疑問を投げかける。
焦っているアタシとは裏腹に、にっこり余裕満面で質問に答えた。
どういうことだ。それに"偶然"地上に居ただ?
あと、アタシが帰ってきたから身内に連絡するシステムなんてあったかよ。知らねーぞ、そんなの。

「ダレからそんな連絡あったんだよ」
「航空隊からだったかな? ちゃんと、ほら」
「……あ~、本当だな。こんな便利なのか不便なのか分からないサービスだな」
「だからね。急いで帰ってきたんだよ?」
「ああ、乗り越えてくるな! み、見えてるぞ!」
「うん? 良いの良いの。だって夫婦なんだし」
「いやいや、そういう恥じらいってのがだな……ああ~、んぎゅ!」
「んふー! お帰りなさい、ヴィータちゃ~ん」
「お、おい! こら! 離せって!」
「やだよー。一週間ぶりのヴィータちゃん分なんだも~ん!」
「あ、あぁ……そうだったな」

 ソファーの背を乗り越え飛び込んできたなのはに押しつぶされながら、遠慮がちに、そっと背中に手を回した。
 
 

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2008年1月18日 (金)

新婚なの! 7-22

 
「どうやらこれで帰れそうだな」
「未だに帰ってこないところを見ますと、相当揉めてますのかしら」
「……まあ、大事なペットのことだかんな。諦めもつかないんだろうよ」
「全く迷惑な話ですわね、そのペットさんは」

 全員でお昼ご飯を食べた後、航行隊の連中も交えて明日の打ち合わせをした。と言っても確認を繰り返すぐらいしかすることないけど。
当然そんなものは直ぐに終わってしまい、時間を持て余したアタシ達は、暇つぶしにフーガが持ち込んだゲームでもして遊んだ。
こんな暑苦しいジャングル。その真ん中を流れる河の辺でゲームをするなんて……何という無駄。
アタシはゲームするなんて久しぶりだし、最新らしいモノにはさっぱりついて行けれない。
結局アタシとメンテは見るばかりで、フーガと航行隊の連中ばかりが遊んでいた。
コイツ等。こっちに来てからずっとこれで遊んでやがったな。
これは報告だ。フェイトに報告してやらなければいけない。減俸ものだ。
仕方なくアタシは一人で外の見張りしたり、晩ご飯の献立考えたりして時間を潰しているうちに日は暮れていった。
お日様がジャングルの向こうに沈んでいくに連れ、肌に触れる空気はひんやりと冷たく、昼間の暑さが嘘のよう。
川向こうがハッキリとしなくなり、背後に控える木々の間も段々と見えづらくなる。
夜になれば大きな月が顔を出して辺りを照らしてくれるんだけど、そうなるまでの間。
逢魔が時っていうんだっけ。この時間帯が一番危ない。
完全に落ちきってしまう前に、メンテが中から出てきてくれた。
今まで何してたんだと聞けば「黙って後ろから眺めていた」ときやがる。
……言っちゃ悪いが、すげープレッシャーじゃなかったんだろうか。
しかし、その中でも敢えてプレイを続ける連中も連中だ。余程面白いんだろう。
うーむ。帰ったら何か新しいのでも買ってみるか。なのはもアレで結構ゲーム好きだしさ。

「でも、私はもう少しここに居ても良いですけれどね」
「あれ? お前も帰りたがってたんじゃなかったか?」
「記憶に御座いません。きっと帰れるなら、という消極的ではあったかもしれなかったりでしょうけど」
「自分のことなのに何つー。まあ、どっちにしろ明日になってみないと分かんねーからさ」
「そうですわん」

 夕飯時になっても連絡に行ったヤツは帰ってこない。
やはり「消えた理由」ってので揉めてるんだろうか。それとも別の理由……根本的に。
どっちにしろ素人のアタシ等じゃここらが限界のような気がする。
ある程度、過去のものじゃない、実地のデータがあるんだから、改めて隊員を派遣した方が良いだろ。
一匹確保、一匹死亡確認。上出来だろ、素人が一週間程度でこれだけ出来れば。

「住めば都と申しますけど、それを実感しつつあるところですから」
「快適だしな。思ったよりってレベルだけど。そんでも都いうほどじゃねーだろ」
「うふ。好きあった方と一緒であれば、という注釈つきですけれどね?」
「……誰と誰が好きあってるって?」
「やだ。怖い顔なさらないで」

 ここでの生活も慣れつつはあるが、それでも住みたいと思うには程遠い。
ここはアタシが直接フェイトに掛け合ったほうが良かったろうか。
いや、任務の詳細に関わるかもしれないし、それが出来るなら初めから任務の核心部分を説明してくれるだろうし。
やっぱりここはジックリ待つか。
フェイトを無用に困らせるのは忍びない。

「下手したら明日も出かけなきゃいけないかもしんないからな。早く寝ろよ」
「ええ。ヴィータさんが寝かせてくれるのなら」
「アタシがいつお前の安眠を妨害したっていうんだよ」
「うふ。ヴィータさんの存在自体が、でしちゃったりですわ」
「……はぁ。もう良いよ。んじゃな、お休みだ」
「お休みなさいませ。ヴィータ隊長」

 夕ご飯もアタシが用意することにした。何となしに期待されてる感があったから。
決して不味いとかそういう訳じゃないんだけどレーションばっかじゃな。味気ないっていうか……古い考え方かも。
ただ、作るといっても材料は持ち込んでないし現地で調達といっても、決して数は多くない。
その出来る範囲内で出来た夕ご飯は、思ったよりも見た目が豪華になった。
それだけでも満足だったんだけど、航行隊の連中は昼以上に喜んでたことで、もう一つ満足を得ることが出来た。
その反対に何故かフーガは不満げだったな。食べ始めるまでは。
テーブルに並べられた皿は次々に綺麗に片付いていって、アタシと小食らしいメンテは出遅れたせいで少し食べ損ねた。
アタシはいつもなのは相手に作ってるせいもあってか、ガツガツ食べる光景ってのが珍しくてさ。
あんな風にあっという間に片付いていく皿を見るのが楽しくって、つい。
ご馳走様の挨拶が終わっても食事中の和やかな雰囲気は続き、夕食の感想をああだこうだと言い合っていた。
これも飯を作った時の醍醐味だよなって。
ただ、作りなれた相手とは違う感想に、僅かばかりの違和感を覚えたけれど。
 
 
 
 
 
「結局、アレで根を上げたみたいだな」
「良かったですわね。ヴィータさん」
「なんでアタシの名前が出てくんだよ」

 次の日。
連絡が来ないのを良いことに、少し遅めに起床し、昨日同様に全員で朝ご飯を採ることにした。
わいわいと朝ご飯を食ってる最中に連絡があった。
どうやら今日中に引き上げて来いって話らしい。
航行隊は随分ぶー垂れてた。
朝ご飯を食ってる最中だからか、寧ろ喜べよとも思ったが、それほど文句を言うことだろうか。
それから荷物を整理し、寝所を片付けているうちにお日様はどんどん天辺を目指していき、いつの間にか昼になろうとしていた。
その時だ。アイツ等の不機嫌な理由が分かったのは。
「ヴィータ隊長、そろそろご飯の時間ですよね」なんて四人揃って言いやがる。
朝一番で帰って来いなんて連絡があったものだから、アイツら、今日一日はないものだと言う予想が外れたせいらしい。
そんでも実際片付け始めると中々進まず(どうして入っていたはずのものが一旦出すと中に入らなくなってしまうのか)結局お昼まで。
この分なら少なくとも昼ご飯には在りつける!ということで機嫌を持ち直したようだ。
そんなにアタシの料理を気に入ってくれたのかと。流石に悪い気はしない。
一旦作業を中止して、みんなでお昼ご飯を食べることにした。
昨日、そして朝同様。あっという間に目の前に並んだ皿を次々と片付けていく。
ジッとしているだけで汗が滴るような暑さの中、よくこれだけ食べるもんだと半ば呆れながら見てた。
嬉しかった反面。昨晩の夕ご飯どきの違和感が少しだけ大きくなっていた。

 

 

「この分なら夕飯時までには帰れそうだな」
「先ほどから心ここにあらず、って感じですわね。何か気になることでもあるんですかい?」
「なんだよヴィータ。見たいテレビ番組でもあるのか?」
「……はぁ。本当に空気読めませんのね。テレビぐらいなら録画すれば宜しいこっちゃですがな」
「へ、へんだ。オレが珍しく空気を読んだらそれはそれで不気味がるくせによ」
「ええ。不気味ですわ。今みたいに物分りが良いのも」
「く、くぅ~! で、でも良いんだ。これで帰ればお前と毎日顔を引っ付き合わせる日々にさよなら出来るんだからよ」
「同じ部署だけどな」
「……ヴィータも意地悪だ」
「なら意地悪ついでにもっとしてやろうか?」
「いいえ、結構です」
「それじゃ押し売りセールスを断れませんわよ」

 片付けも終わり、アタシたちは一足先に本局へ帰った。
久しぶりに踏みしめる硬い床は、ほんの数日振りだと言うのにやけに懐かしく感じた。
整然と真っ直ぐに伸びる通路に白い壁。程よく効いた空調は快適だけど何か物足りない、そんな感じだ。
だからと言ってもう一度あそこへ戻るかと言われれば勘弁なのだけれど。

「装備の殆どはあっちが片付けてくれるってんだから楽でいいよな」
「向こうでは大変でしたけれども、荷物が少ないと言うのは助かりますわね、ホント」
「さて。家に帰るとするか」
「「了解です」」

 偽装してるんだから、元々装備品は向こう持ち。
地上部隊だと思われてるのは、実は次元航行隊だなんて夢にも思ってないだろうと思う。
片づけを代わりにやってくれるとなれば、疑う暇よりも手間が省けたと喜ぶだろう。
その予想は当たっていて、二人の頭の中はすっかり帰宅モードだった。
帰るまでが任務です、なんて言うつもりはないけど、毎回締めの言葉には困る。
だけど何も言わないわけにもいかなくて、色々考えた結果。この辺りに落ち着いた。
それはアタシだって例外じゃないからだ。
シンプルなのが良いんだ。

「あ、そうだ」
「まだ何かあるんじゃないだろーな、ヴィータ」
「これ。二人ともサインして事務に出しとけ。明日は休みだ」
「マジでか! 休みくれんの!?」
「急な仕事だったしな。このぐらいの融通は利かせてやる」
「では有難く受け取っておきますわ。それではヴィータさん。明日はたっぷり旦那様に甘えてくださいましね」
「ヴィータもしっかり休めよ」
「うっせ。バカ言ってないでさっさと出してこないと取り消すぞ」

 各自の端末にデータを送った。これにサインして事務に出しとけば明日は休みだ。
フェイトからどういう風に手を回したか知らないけど、アタシの了解印つきで休暇をくれる手続きらしい。
ある程度のランクを超えた任務をこなすとこういうのがあるんだっけか……どうせ関係ないと覚えてないんだよなぁ。
休暇の話を聞いたフーガは、どこにそんな元気が残ってたんだ、あと一日向こうに居ろと言うほどの勢いで走っていく。
メンテは軽く会釈すると、気持ち早足で帰っていった。何だかんだ言って家に帰るのが楽しみだったんだろう。
……さて。アタシも帰るとするか。

「あ、しまった。あいつ等に口止めしとくの忘れた」

 この六日間、何してたかって口裏合わせるのやっておかなくちゃいけなかったんだ。
仕方ない。明日中にメールで連絡しておくか。

「う、ん?」

 口裏合わせのこと、フェイトに確認入れておいた方が良いかと思案していると、メンテが踵を返しこっちに向かってくるのが見えた。
いつもの涼しい顔だけれど……なにか忘れモンでもあったか?
立ち去る際よりは少しだけゆっくり。上体を揺らしながら近づいてくると、ぴったり、二歩ほど手前で止まり屈んで見せた。
ずいっと顔を覗き込ませる行為に、思わず顔を背ける。

「……何か忘れもんか?」
「ええ。一つ、言い忘れた事がありまして」
「一応聞いてやる」
「では。おほん。指輪、外してしまいましたのね。片付けているときに?」
「……ま、まあな」
「せっかく。ほんの四日ばかりでしたけれど慣らしをしましたのに」
「良いだろ、別に。もうちょっとちゃんとしてからさ、するつもりなんだ。悪いけどほっといてくれ」
「久しぶりに帰るのですから、今日がベストなタイミングだと思うのですけど。初めにそう申しませんでしたかしら」
「……休暇取り消されたくなかったら黙って帰れ」
「差し出がましいようでしたわね。それでは、また」

 表情を変えぬまま、すくっと背筋を伸ばすとお凸がくっ付きそうなほど深々とお辞儀をする。
踵を返すその動作は局で訓練されたものではなく、モデルか何かを彷彿させた。
戻ってきた時と同じように、ゆったりとした足取りで帰っていく。
その背中は満足そうにも、また不満そうにも見える。どういう理由でゆっくり歩いているのか分からない。
端末を弄ってる。今度こそ帰ってくみたいだけど……油断は禁物だ。
しかし、こっそり指から外したはずなのによく気がついたな。
抜け目ないっていうのが遺憾なく発揮されたってところか。
ちぇっ。頼りになるのかならないのか。自分に向けられると迷惑千万だな、こういうのはさ。

「さて。アタシも帰るとするか」

 端末を取り出し、休暇の手続き用データの打ち込みをしながら家路に着く。
意識しているわけじゃない。そのはずなのに、自然と足取りは軽く、速くなっていた。
 
 

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2008年1月16日 (水)

新婚なの! 7-21

 
「そら。出来上がりだぞ」

 全員が(一人除く)テーブルの中央を眺めるだけ、一言も発せられない非常に居心地の悪い食卓。
ピリピリではなく、どんよりとした空気に火にかけているカレーまで不味くなりそうだ。
そこで現状を打破すべく。気持ち明るめに声を出した。
アタシの声にその重苦しい空気が緩んでいくのを、その場にいた全員が感じたはずだ。……多分。
お店なんかで使うような大きな鍋を持ち上げると、後ろからメンテが支えてくれる。
よく周りを見てて気が利くのがコイツの良いところだな、と思うようになった。
職場が一緒とは言え、そんな顔をつき合わせているわけでなし、知らないことも当然多い。
フーガの印象はそれほど変わらないけど、頑張り屋でアタシが思った以上にちゃんとしてることも分かった。

「ちゃんと手、拭いたか? ばっちぃままじゃ食べさせねぇからな」
「はい、大丈夫です!」
「よし。いただきますだ」
「いただきまーす!」

 全員で手を合わせ、行儀よく頂きますの挨拶。
このカレーは割りと辛いらしく昨日のこともあってか、フーガはかなり警戒してスプーンを中々口に運ばない。
しかし、航行隊の連中はそんなの知らないもんだから、構うもんかとかなり豪快に口いっぱい頬張った。
美味そうに食べてくれるのは良いがあまり行儀よくないぞ……などと思いながら、来るであろうリアクションを待ち構えた。

「口に合うか?」
「「「「…………」」」」
「いや。無理して食わなくて良いぞ。誘ってもらって悪いとか考えなくて良いからな、正直に言えよ」
「い、いえ。その……ちょっとだけ辛いですね」
「やっぱりカレーは辛いからこそのカレーですよね」
「暑い日は辛いカレーに限りますね」
「カレーですね、この辛いは」
「……ぷっ」

 口々に感想を述べるが、皆スースー、ヒーヒーと口を窄め、喋るより息を吸う方が多いぞってぐらいで喋っている。
そんなに辛かったろうか。半分レトルトなんだし、アタシは下手に手を加えちゃいないんだけどな。
手を加えたといえば、少しばかり辛さが減るようにはしたのだけど。
フーガは昨日ので慣れたのか今日の処置が良かったのか。
割とテンポよくスプーンを動かしているものの、額には玉のような汗をかき、ダラダラと顔を滑っては顎から滴り落ちていた。
そのまま視線を横へ滑らせば、メンテは水を得た魚のようにカレーをパクついてる。
具材の大きさぐらいでそんなに違うモンなのか、疑問に思うぐらいだ。
それと。笑うか食うかどっちかにしろ。

「カレーをこんなに食べるなんていくらかぶりでしょう」
「普通、家でこんな大鍋に作ったりしないからな。大家族ならまだしも」
「やっぱさ、大鍋で作ると一段と美味いよなぁ。ああ、そういや訓練校時代にもみんなでこういうの食べた記憶があるっけ」
「ふーん」

 お代わりをし、二杯目にスプーンを入れるメンテ。
今日はそんな動いてないってのにさ、この勢いならまだまだ食べそうだ。
変わってフーガは二杯目の途中で一旦休め、感慨深げに思い出を語り始めた。
訓練校時代は楽しかったのか、カレーを食ったときのことなんかを簡単に話してくれる。
会話のきっかけになるかもしれない。
さっきから苦行のごとく、ひーひー言いながらカレーを食べている航行隊の連中へ話を振ってみた。
額や鼻の頭にさっきとは違う種類の汗をかきながら……鼻水も垂れてるじゃねーか、汚ーなぁ。
そんなに汗が入ったらカレーが塩辛くならないかと心配するぐらい滴らせ、鼻水をすすりながら言うには、それほど違いは無いとのこと。
陸とか海とか、訓練校が違っても大体やることは同じか。
そりゃそうだよな。
違うのは場所だけで、そこにいるのは同じ人間だからさ。
親睦深めたりレクリエーションなんか、どうしたって同じ内容になるだろ。

「そういやさ。さっきから黙ってるけどお前はどうなんだ?」
「……あら。私のことですの? 私は」
「うん?」
「"少しだけ"辛くしたら、他のメンバーが泣きながら平らげている記憶しかありませんわ」

 涼しい顔してスプーンにルーたっぷりのカレーを食べながら、これまた酷いことをいう。
フーガを始め、航行隊の連中まで声にならない声を出す。これはアタシも同意だけど黙ってカレーを口にした。
その"少しだけ辛い"カレーを食べた連中には同情するが、同じように辛いカレーを作った身としては悪くいうのは憚れる。
レトルトとはいえ、さ。
しっかしそうは言いながらも全員よく食べるなぁ。

「ごちそうさまでした。大変美味しかったですわ、ヴィータさん」
「お粗末さまでした。まあ、レトルトだからな、あんまありがたられても困るんだけど」
「いえいえ。世の中にはそれすら不味く作る部類の人間がいるのですから」
「んなのフィクションの中―――だけだって。うん、まあ」
「何か心当たりがあるようですけど。ですけどね、ヴィータさんの愛情はレトルトすら美味しくしますのよ。そうでしょ、みなさん?」

 一足早く食べ終わったメンテはとんでもない事を言いながら、とんでもない同意を求める。
そんな訳ないだろ、とツッコミが入るかと思いきや全員が黙って頷いた。
そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。みっともない顔をしながらされても有り難味が薄いんだよ。
まずはその鼻水拭けって。ちり紙ぐらいは持ってるだろう?

「(まあ良いか)お、よく食べたな。そろそろなくなりそうだぞ」
「んぐ。後どのくらいだ?」
「四杯ぐらい、かな。カレーもご飯も同じぐらいだ」
「……んじゃあ、おかわ―――」
「「「「おかわりっ!」」」」
「お、おぉっ!?」

 威勢よく突き出されたお皿におかわりの声。
ちょうど四つ。上手く調節して四人均等に分けてやらなきゃな。
左から順に皿を受け取り、ご飯をよそっては具が偏らないように上手くすくって盛り付けていく。
四つ目の皿によそうご飯もカレーの量もバッチリ。綺麗になくなった。
二日目だし、ここで残しても仕方ないからさ。ちょうど良かった。
二人暮しだと残った時大変なんだよな。
流石に三日目ってのは勘弁して欲しい。
冷凍という手もあるけどさ。

「……ん? どうした」
「べ、別に」
「良いんなら良いけど。言いたい事があるならはっきりしといた方が良いぞ」
「……そんなら言うけどさ」
「おう」

 空になった皿をスプーンでグルグルとかき混ぜるような仕草をしながら、横に並んだ連中をチラチラと見る。
手にした空の皿を見れば言わずとも分かるし、その寂しそうな目が雄弁に物語っている。
だけど、それはアタシから言うのはちょっとな……気づかなかった手前。
その代わり、今のうちに解決策を模索したいけど――ダメだ。見つからない。
「オレも……」
「うん? どうした」
「……お代わりしたかったんだ。ヴィータの作るカレー。食いたかった……」
「あ、あのさ。ルーはなんつーか、その。あるんだけどよ、ご飯がないんだ。だから、その……悪ぃ」

 空になった鍋を傾けて見せる。
側面や底に残ったのをかき集めれば、鍋の大きさからして割りと纏まった量になる。
だけどご飯だけはどうしようもない。
お櫃に残った米粒をかき集めたところでお寿司一貫すら出来そうにない。
カレーはあってもご飯がないんじゃな。
そんながっかりフーガに対して、気まずそうに背中を向けながらも、カレーを口に運ぶスピードは変わらない。寧ろ早くなってる気がする。
分けてやれ、とか言われると思ってるんだろうな。
だから、そうなる前に食っちまおうという腹積もりなのか。
器がちっちぇーなぁ、と思わないことも無いけれど……気づかなかったアタシが悪い。
これを五等分しちまうのも可哀想だし、元々あんま残ってなかったからな。

「今から炊くわけにも――」
「今日の分のパンがありますわよ?」
「パン?」
「そう。お昼に食べる予定になっていたパンで、鍋の底を拭って食べたらいかがですの?」
「パン、か。アタシもそういうの聞いたことあるな。試したことはないけどさ」
「パンねぇ……おお、なんだか美味そうじゃないか」
「カレーパンという食べ物もあることですし、そういうのも宜しいんじゃございませんこと?」
「そのまんまじゃねーけど、大丈夫そうか?」
「何せヴィータさんが作ったカレーですから。反論は許しません。駄目ならそのまま飲みなさい」
「い、いや。それは流石に」

 ご馳走様をし、黙って事態の推移を見守っていた――面白がっていたとも言うか――メンテが口を開いた。
改めてご飯を炊くわけにもいかない。ちゃんと毎日の予定があるんだから。
現地で調達できない・換えの効かない分は、持ち込んだだけしかない。
それを踏まえた上での提案なわけだ。
パン、か。
今日は予定を繰り上げてというか、昼前に帰ってくる予定がなかったからな。
昼に食べる分として持ち出してたのが余ってるはずなんだ。
その余っているのが、お昼の予定になっていたパン。ということになる。

「そうかそうか。それは良いアイデアだよな。昼飯の分を使って……うんうん。ヴィータ、鍋貸してくれ」

 すっかり落ち込んでいたカラスがもう笑った、とでも言いたくなる程、意気揚々と立ちがる。
テーブルをぐるっと回ってメンテの後ろを通りアタシから鍋を持っていく。
解決策がでたことで、航行隊の連中も自然とゆっくりになっていった。
そんなにカレーが食いたかったのかと思うが、場を荒らすこともないので黙っておく。
バッグからパンを取り出し、カレー鍋に腕を突っ込んでは、パンで側面やらをこそぎとるようにして頬張っている。
本当に美味そうに食うな、お前は。

「なぁ。そんなにカレーが好きか」
「う、ん? まあな。んぐ。何でか知らないけどさ、昔から好きだ」
「そんな大好物をヴィータさんが作って下さったんですから――」
「それはもう良いって。そっか。なら良い」

 不思議そうな表情を浮かべるも、直ぐに思考はカレー鍋に向かったようだ。
時折、航行隊の連中のスプーンが皿に当たる音に混じりながら、鍋をパンでさらっているフーガ。
それを可笑しそうに(そう見える気がする)見つめるメンテに、黙って眺めるアタシ。
自分の作ったとは言えないようなカレーでも、こんなに有難がって食べてくれるというのは嬉しいもんだ。

「そうだよな。こういうのって大切だよな」
「あら。どうしましたのですの?」
「こうやって飯を作ってさ。誰かが美味そうに食べてくれるってこと」
「そうですわね。ここ数日、愛妻料理を旦那様に食べて頂いていませんもの。余計にそう思っちゃったりするのですわ」

 こっち来てから幾度と聞いたからかいの言葉。
今回もニュアンスというか語調から、明らかにその類だと分かる。
普通ここで返すなら、ワッと怒るか無視するかで真面目に返したりはしない。余計調子に乗るからな。
普通なら、だけど。
しかし。ここでメンテの言ったことは本当だ。
今まではレーションで済ませてたから、美味い珍しいぐらいしかなくて、感謝ってのはなかった。
そう。アタシが料理上手くなったのはそれなんだ。
そりゃさ、一人暮らしする前にはやてに習ってたから美味いのが作れて当たり前なんだけどよ。
一人じゃ向上心とか余り沸かなかくて、それ以上上手くなることはなかった。
なったとしても、緩やかなもんだろ。
それが今みたいにグッと上手くなったのは――これははやても認めてくれてる――なのはが転がり込んできてからだ。
毎日違うメニュー考えたり、我侭言うもんだから仕方なくそれに付き合ったり。
試行錯誤が必要だろ? 特にどうこうしようとか無くったっても、自然と上達するってもんだ。
でもそれだけじゃない。
食べた後に「これ美味しいねヴィータちゃん!」っていうあの笑顔。
悪い気はしない。満更でもない。寧ろ良い気分だ。
今まではさ、食べる側だったから気づかなかったけど"美味しい!"って一言が凄い力になるって。
それがどれだけ作る側の人間をやる気にさせるかって。
「美味しい! また作ってね」「あれ、また食べたいな」って。
アタシのさ。料理の腕が上がったのは紛れもなく、なのはのお陰だ。

「――そうだな」
「……あ、あら。やっぱりそうでしちゃったりしますのね」
「うん? どうした。何か変なことでもあったのか? むぐむぐ」
「……黙ってませんと鍋を頭から被せて大好きなカレーと一緒に河へ流しますわよ? この河には大きな魚とかいらっしゃるでしょうし」
「よ、様子が変だったから心配しただけじゃねーか! 何でそんなことになるんだよぉ」
「泣くなって。はぁ、情けない」
「ちげーよ。カレーが辛くて涙出てるだけだよー」
 
 

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2008年1月13日 (日)

新婚なの! 7-20

  
 ほんの一瞬だけ視界が白に目いっぱい塗りつぶされて、反射的に目を瞑ってしまう。
条件反射みたいなもので実際は眩しいわけではないのだけれど。
次に目を開け、辺りを認識できるようになっていれば見慣れた基地に航行隊の連中を捉えることが出来た。

「お疲れ様でした」
「いつもありがとな。そんで一人見えないようだけど?」
「はい。今後のことについて」
「そっか。これで帰れると良いな」
「ヴィータさん。私達は先に引き上げてますわ」
「うん、分かった」

 転送をしてくれたヤツが一番に出迎えてくれる。
いつもならその後ろに二人は居るのだが、数が合わないことは直ぐに分かった。
聞くまでもない話なんだけど、一応念のために声をかけておいた。
それ以上話を続けるつもりは無かったんだけど、気を利かせてか二人が席を外してくれる。
こうなると、直ぐに後を追うのはカッコつかないかなぁ。
何か話すか。なにを話そう?

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2008年1月12日 (土)

新婚なの! 7-19

 
「昨日のじゃ足りないってのか?」
「死体すら見つかってねーんだ。仕方ないだろ」
「一匹だけ、というわけにはいきませんの?」
「後でごねられても困るしな。きっちりやっといた方が良い」
「……うーん。それもそうか」
「ここまでして手当てが減るのも嫌ですし」
「そう思って我慢してくれ」

 朝ご飯を済ませ、いつも通りに転送してもらう。
目的地は足跡の途切れた場所。範囲ギリギリだから送ってもらった後にちょっと歩かなきゃいけない。
そんでも以前のことを思えばこの辺りは危険も少なそうだし、暑苦しさと圧迫感も少ない。自然と気持ちと足取りも軽くなる。
幾分か作業に集中できる。だからと言って警戒を怠るわけにはいかない。
昨日のでこっちを警戒して、他のヤツも近づいてこないと助かるんだけど。
そんな上手くはいかねーか?

「さっきから何が鳴いてるんだろーな。鳥かな」
「鳥っぽいけど……気になるか?」
「まーな。一昨日まではさ、なんの種類か分かんなかったしよ。ちょいと興味湧いたっていうかさ」
「遮蔽物も比べて少ないし、反響しないのかもな」
「あっちはやたら様々な動物が騒いで、さながら街の喧騒となってましたものね」
「ふーん。なるほどなー」

 初めはやたら滑稽だった光景も、一週間もすれば然程気にしなくなるってんだから慣れってのは恐ろしい。
特に今いる場所は木の大きさも足元に生える草の高さも、"ジャングル"という言葉でイメージできる範疇に収まっている。
ギャワギャワと不細工そうな鳥の鳴き声や、猿っぽい何かの遠吠え。
しかし、これはなんつーか……日差しが強い気がする。

「足跡見つかんねーなー」
「運動場の土みたいに固いのですわ」
「腰には気をつけろよー」

 昨日最後に立っていた場所に戻り、三人で銀棒をフリフリ、昨日の道を辿りながら反応を探る。
中腰というか膝を着いて棒を振っている姿ってのは間抜けすぎる。
こんなの他の奴等には見せられない。
若しこの場を他所のヤツに見られでもすれば、残念だがジャングルの肥やしになってもらうしかない。

「うふふふ」
「う、うわっ!? あ、あんだよ。驚かせんな……」
「ほらほら、お構いなく。お続けくださいな。私は黙ってこのままヴィータさんの可愛らしいお尻を録画してますから」
「…………」
「マントで見えないくせに? おほほ。私ぐらいになりますとそれぐらいは何の障害にもなりませんの。ご心配ならずとも」
「……心配してねーし」
「あら。それは」
「それにだな。続けるったって、そんな後ろから見られてたら気になってしょうがないじゃん」
「そんな事ぐらいで気が散るようではまだまだだね、ですわ」
「……なんでお前にそんなこと言われなきゃいけねーんだよ。ほれ、あっちいけ」
「うぅん。ツレないんですのね」
「気持ち悪い声出すなよ……はぁ、疲れる」

 ジッと集中してると誰も居ないはずのそこから、薄気味悪い笑い声がする。
確かに気配をいくらか感じにくい場所ではあるし集中してたとは言え、全く感じないなんて。
アタシと同じように膝を着いているメンテ。手にはちゃんと持ってるけどさ。仕事してる雰囲気は無い。
付き合いきれない。
草を踏みしめマントと擦れる、シャカシャカと軽い音とともに引っ込んでいく。
アイツ、今までも仕事してたのか疑問だな……

「おい、そっちはどうだ」
「駄目だ。やっぱり離れるにつれて薄くなってくって」
「そっか。そっちは……離れたばっかりか」
「いいえ。ちゃんと調べてからそちらに伺いましたもの」
「そんで?」
「結論を申しますと、そちらの方と同じですわ」
「駄目だな。こりゃ」

 やっぱり離れるにつれて反応が薄くなる。と言うことは、そこから何処かへ移動してはいないってことだ。
自分達みたいなのが転送で、ひょいっと別の場所へ一っ飛びというのは別として。
それならそれで別の反応が残るわけだし。
となるとあの場で誰か、昨日みたいなヤツに食べられちまった……というのが妥当な線か。
それにしちゃ血痕すら見つからないってのが不自然だけど。

「――そっから先は流石にアタシ等の仕事じゃないな」
「ん? 何かいったか、ヴィータ」
「なんも。よし、んじゃ今日はもう帰るとするか」
「もう? まだ昼飯も食ってねーじゃんか。そんなんで良いのかよ」
「せっかくやる気出してるところ悪いな。けどよ」
「あなたもこれ以上探したって無駄だと思いますでしょ? 正直に白状なさいな」
「そ、そりゃ思うけどさ。俺から言い出すのもなんつーかその……」
「空気読みなさいな。そういうキャラじゃございませんことですのよ?」
「悪いな。アタシはお前が一番始めに言い出すと思ってた」
「……ちぇ。なんだいなんだい、ヴィータまで! 良いよ、それならそれで良いですよーだ! へーん!」
「可愛くない」
「ええ、全く」

 この辺りは地下からの魔力の影響も小さい。
地盤もそこそこで違ったりしてるんだろう。そういう地質図、と言っていいのか知らないけど、あれば助かるな。
それに合わせるかのように植物を始め、動物も小さいことを考えるとだ。
ここの生き物って、魔力を糧に大きくなるようになってたりするのか?
体内に溜め込んで使うヤツだって居るぐらいだ。そうやって栄養にしてるヤツがいたって不思議じゃない。
それなら獲物がそれほど獲れなくてもだ。身体はどんどん大きくなるのかもしれない。
例えば、あの角野郎とか。
そして植物。
大きいものだと街の高層ビルほどに感じられる程に育っている。
それらがお日様を遮っていた上であの暑さ。
それら木々が普通だモンだから、この辺りは日差しがキツイ。
辺りに満ちる魔力による圧迫感が少なくなっても、その焼けるような日差しのお陰で差し引き無くなってる。
寧ろジカッとしたこの暑さは嫌だな。アタシは。

「よし。全員いるな」
「点呼取るまでもありませんわね。三人しかおらんですから」
「大体一人は遅れるやつがいるんだよな、こういうのって」
「「お前だろ(なのでしょ?)?」」
「……ヴィータのことは信じてたのによ~」
「いや、実際そんな遅刻したのみたことないけど、まあ」
「よく聞く知人の話というのは、大概が自分の話だったりしちゃうものですし」
「違う! 言いがかりだ! 俺は無罪だ!」
「あーあー、分かってるよ。だからこれからも遅刻すんなよ」
「へ、へ~い……」
「よし。転送範囲まで戻るぞ」

 すっかり肩を落としたフーガを他所にご機嫌そうに見えるメンテ。
腰より下の辺りまでに伸びた草も、スカートの中に入ってくると邪魔だけど、柔らかいしかぶれないから少しはマシ。
風も少しあって時折空気が動いては、マントをそよそよと撫ぜていく。
それで涼しくなるかといえば、空気自体が熱いわけで、気休め程度にもならない。
寧ろ熱い空気が露出した頬に当たり、焚き火の近くに居るようで堪らない。
ただ、鬱蒼とした雰囲気も薄れ、動物達の鳴き声が騒がしくないだけ、視覚や聴覚の与える暑さは少ない。
……とまあ、そんな風にでも思わなきゃやってられない。
でもさ。向こう側も一旦連絡取ってくれるって言ったし、上手く行きゃ帰れるかも―――

「うん? どうしたヴィータ」
「……あのさ。その辺の草。テキトウに踏んでみてくれよ」
「草を? あ、ああ。……こうで良いのか?」
「ふんふん。もうちょい、足踏みだ」
「なんだよヴィータ~。俺なんか悪いことしたかー?」
「この人。普段もこうして怒られてばかりなのしょうね。身体に染み付いてますですわ」
「素直だってだけだと思うぞ? ……よし、もう良い」

 また来た道を戻っていく途中。
ふと気になることがあって足を止めた。多分、最後の位置が気になったんだと思う。
最後に居ただろうと思われる場所から少し、草の凹んだ場所があった気がした。
その辺りでご馳走してたヤツの踏みしめた後かもしれないし、ちょっと再現してもらった。

「なあ、何させたんだよ」
「ああ。この辺りの草は柔らかくて、ちょっと踏んだくらいじゃ曲がらないんじゃないかって」
「そうですわね。かなり踏みつけませんと」
「つーことは……あの辺に座ってたってことにならないか?」
「なるほど」
「ここでご馳走なさってたんでないのでわ?」
「そう、だな?」

 凹んだ場所。そこに誰かが長居したかもしれない。
狩りをして持ち運び、あの辺りでゆっくりと頂いた。それをアタシ達が見落としてた、と。
それ自体を示す物証はない。それならもっと血が付いてるとか、分かんないけど何かあるだろ。
ただ、そういう状況も想像し得る。
状況証拠になり得るか心もとないレベルだけど……まあ納得してもらえれば有難い。
駄目だと言われりゃもう一回探すけどさ。

「お、連絡来たぞ」
<<ヴィータ隊長。準備が整いました。これから転送に入ります>>
「うん、頼んだ」

 最後の最後まで気が抜けない。
転送してもらう時、送ってもらうのと戻してもらう瞬間はどちらも同じぐらい危険だ。
こういう無防備な瞬間を狙って相手が攻撃してくるってのは、フィクションの世界でもセオリーだ。
三人で背中合わせになり、それぞれの方向に気を配る。
幸いここいらは草やらの背丈も低くて、それなりの動物が身を隠しづらくなっている。
だからと言って襲ってこないわけでもないからさ。

「ちょい遅めの昼ご飯だな」
「駄目だったらもう一回戻るかもしんないけど」
「ぬか喜びにならないと良いですわね」
「何で喜んでるのが俺だけってことになってんだよ」
「どっちにしろ昼ご飯食べてからだ。どっちにしろ今日はゆっくり出来るぞ」

 足元に現れた魔法陣の放つ眩い光。
段々と強まっていき、視界を埋め尽くしていった。
 
 

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2008年1月10日 (木)

新婚なの! 7-18

 
 その日もちゃんと寝袋にごっそり入って寝た。
昨日同様、少しだけ覗かせていると何が楽しいのか知らないが、メンテはポーカーフェイスを崩していた。
付き合いきれない。
目を閉じた後のことを考えると眠れなくなるので、頭を空っぽにしようと必死になるなんて本末転倒なことをしながら眠りに就いた。
ぐっすり眠るのは得意なはずなのに、また夢を見た。
寝しなに余計なことを考えていたのが悪かったのだろうか。
兎に角内容としては、なのはにカレー作ってやって、豚肉にしたら「えー美味しいのー?」とか怪しんだくせに一口食べたらニコニコしたり。
それで満足したかと思いきや、今度は辛いねーとか言い出して、甘口はヴィータちゃんにピッタリだねとか言ったりして。
いつ甘いのが好きだ何て言ったんだよ、アタシはアイスが好きなだけだ!とか。
次にはニンジンが少ないよとか、今日のサラダは美味しいねとか。
他にも色々喋ってて、アタシが早く食べろよって言っても全然聞かなくて。
そんななのはにしょうがないヤツだなって文句言えば、今度は私が作ってあげるねーって言うから黙って食べる夢。
取りとめもないし、こんなことが実際にあったような無かったような内容で。
まあ、何が言いたいかと言うと。
また早くに目が覚めた。
 
「ヴィータ隊長。今日もお早いですね」
「ふぁ~あ……まあな。お前は見張り番か? お疲れさん」
「まだ三十分ほどほどありますが宜しいのですか?」
「まあな。目覚めちまったし、このぐらいの時間、ちょっと靄がかかって良い雰囲気じゃん」

 今日はやけに靄が多い。昨日は寒かったのか。
そんな風に思わなかったのは、寝所の性能が良いから冷え込みが分からなかったからだな。
ふーむ。そういうのも良し悪しだ。
近くを流れる大きな川の辺りは特に靄が濃くて、本当にその向こうに何かが潜んでいそうな雰囲気だ。
夜は当然に真っ暗で、一寸先は闇。なんてのは言い過ぎでも草むら向こうに何がいるかなんて分からない。
外からの探査とデバイスの警戒がある状況ってのは恵まれてるって思わされる。
……そう思うと余裕が出来るしな。
時折、外からの探索が疎かになっている気がしないでもないが。

「私は……その向こうに何かが潜んでいそうで怖いですね」
「あ~、そっか。見張りしてるとそう思うわな」
「何も無ければ良いのですけれど」
「だと良いな。そんんじゃ、あと三十……うーん」
「どうなさいました?」
「一緒に朝ご飯、食べねーか」
「…………」
「どうした」
「……いえ。なんでもありませ、ん。……くっ」
「?」

 ダメだと思いながらも食事に誘ったが、案の定断られた。
しかし昨日までと反応が違って、なにやら残念そうと言うか何かを堪えているように感じた。
何やら事務的な受け答えの裏に隠された真意、というと大げさだが、それはとても大したことないことの様に思えてきた。
時間もないので、しつこくしたら悪い。
じぃっと見つめられる視線を背中に感じながらその場を後にした。
早起きついでにメンテの装備品もチェックしといてやるか。
 
 
 
 
 
「おはようございます、ヴィータさん」
「ああ、おはようさん。よく眠れたか?」
「ええ。ヴィータさんの控えめな寝言がありましたけど、さほど問題ではありませんことよ」
「ね、寝言!?」
「ええ。なのは~、早く飯食え~とか。なのは~、抱きつくな~とか。なのは~、風呂入れ~などなど」
「そ、そそそそんな内容だったか!?」

 チェックも終わり、そろそろ起床時間になる頃。
寝所で物音がしたかと思うとメンテが起きてきた。コイツは早起きだな。なのはも見習って欲しいところだ。
見習って欲しいと思わせたメンテは、開口一番とんでもない事を言いやがった。
しかも、物真似つき。
見慣れた顔から飛び出す自分の声というのは、とても珍妙というか珍妙だ。
なに? アタシがそんなこと言ってたって? 冗談も休み休み言いやがれ!
などと心の中では思っていても、口を吐いて出た内容は、ただただ動揺するばかり。
そんなアタシを見てなのか、メンテは満足そうに口の端を緩め、目を細めながら続けた。

「寝袋から僅かに覗くお顔はとても満足げでしたわよ。口では嫌がっていましても」
「ま、まさか……いや、あり得ねぇ」
「新婚夫婦の生活を垣間見た瞬間でしたわ。きっと普段もそうなのでしょうね」
「ち、ちげーよ。勝手な想像すんな!」
「あら、そうですの?」
「そうだ、そうだぞ! た、確かによ、なのはとカレー食った夢は見たけど……」
「ふぅん。へぇ~」
「お、覚えてねーだけか? ちょ、ちょっと待てよ……」
「…………う・そ」
「―――は?」
「嘘だっよ