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新婚なの! 7-8 (1)

「そら。出来上がりだぞ」

 全員が(一人除く)テーブルの中央を眺めるだけ、一言も発せられない非常に居心地の悪い食卓。
ピリピリではなく、どんよりとした空気に火にかけているカレーまで不味くなりそうだ。
そこで現状を打破すべく。気持ち明るめに声を出した。
アタシの声にその重苦しい空気が緩んでいくのを、その場にいた全員が感じたはずだ。……多分。
お店なんかで使うような大きな鍋を持ち上げると、後ろからメンテが支えてくれる。
よく周りを見てて気が利くのがコイツの良いところだな、と思うようになった。
職場が一緒とは言え、そんな顔をつき合わせているわけでなし、知らないことも当然多い。
フーガの印象はそれほど変わらないけど、頑張り屋でアタシが思った以上にちゃんとしてることも分かった。

「ちゃんと手、拭いたか? ばっちぃままじゃ食べさせねぇからな」
「はい、大丈夫です!」
「よし。いただきますだ」
「いただきまーす!」

 全員で手を合わせ、行儀よく頂きますの挨拶。
このカレーは割りと辛いらしく昨日のこともあってか、フーガはかなり警戒してスプーンを中々口に運ばない。
しかし、航行隊の連中はそんなの知らないもんだから、構うもんかとかなり豪快に口いっぱい頬張った。
美味そうに食べてくれるのは良いがあまり行儀よくないぞ……などと思いながら、来るであろうリアクションを待ち構えた。

「口に合うか?」
「「「「…………」」」」
「いや。無理して食わなくて良いぞ。誘ってもらって悪いとか考えなくて良いからな、正直に言えよ」
「い、いえ。その……ちょっとだけ辛いですね」
「やっぱりカレーは辛いからこそのカレーですよね」
「暑い日は辛いカレーに限りますね」
「カレーですね、この辛いは」
「……ぷっ」

 口々に感想を述べるが、皆スースー、ヒーヒーと口を窄め、喋るより息を吸う方が多いぞってぐらいで喋っている。
そんなに辛かったろうか。半分レトルトなんだし、アタシは下手に手を加えちゃいないんだけどな。
手を加えたといえば、少しばかり辛さが減るようにはしたのだけど。
フーガは昨日ので慣れたのか今日の処置が良かったのか。
割とテンポよくスプーンを動かしているものの、額には玉のような汗をかき、ダラダラと顔を滑っては顎から滴り落ちていた。
そのまま視線を横へ滑らせば、メンテは水を得た魚のようにカレーをパクついてる。
具材の大きさぐらいでそんなに違うモンなのか、疑問に思うぐらいだ。
それと。笑うか食うかどっちかにしろ。

「カレーをこんなに食べるなんていくらかぶりでしょう」
「普通、家でこんな大鍋に作ったりしないからな。大家族ならまだしも」
「やっぱさ、大鍋で作ると一段と美味いよなぁ。ああ、そういや訓練校時代にもみんなでこういうの食べた記憶があるっけ」
「ふーん」

 お代わりをし、二杯目にスプーンを入れるメンテ。
今日はそんな動いてないってのにさ、この勢いならまだまだ食べそうだ。
変わってフーガは二杯目の途中で一旦休め、感慨深げに思い出を語り始めた。
訓練校時代は楽しかったのか、カレーを食ったときのことなんかを簡単に話してくれる。
会話のきっかけになるかもしれない。
さっきから苦行のごとく、ひーひー言いながらカレーを食べている航行隊の連中へ話を振ってみた。
額や鼻の頭にさっきとは違う種類の汗をかきながら……鼻水も垂れてるじゃねーか、汚ーなぁ。
そんなに汗が入ったらカレーが塩辛くならないかと心配するぐらい滴らせ、鼻水をすすりながら言うには、それほど違いは無いとのこと。
陸とか海とか、訓練校が違っても大体やることは同じか。
そりゃそうだよな。
違うのは場所だけで、そこにいるのは同じ人間だからさ。
親睦深めたりレクリエーションなんか、どうしたって同じ内容になるだろ。

「そういやさ。さっきから黙ってるけどお前はどうなんだ?」
「……あら。私のことですの? 私は」
「うん?」
「"少しだけ"辛くしたら、他のメンバーが泣きながら平らげている記憶しかありませんわ」

 涼しい顔してスプーンにルーたっぷりのカレーを食べながら、これまた酷いことをいう。
フーガを始め、航行隊の連中まで声にならない声を出す。これはアタシも同意だけど黙ってカレーを口にした。
その"少しだけ辛い"カレーを食べた連中には同情するが、同じように辛いカレーを作った身としては悪くいうのは憚れる。
レトルトとはいえ、さ。
しっかしそうは言いながらも全員よく食べるなぁ。

「ごちそうさまでした。大変美味しかったですわ、ヴィータさん」
「お粗末さまでした。まあ、レトルトだからな、あんまありがたられても困るんだけど」
「いえいえ。世の中にはそれすら不味く作る部類の人間がいるのですから」
「んなのフィクションの中―――だけだって。うん、まあ」
「何か心当たりがあるようですけど。ですけどね、ヴィータさんの愛情はレトルトすら美味しくしますのよ。そうでしょ、みなさん?」

 一足早く食べ終わったメンテはとんでもない事を言いながら、とんでもない同意を求める。
そんな訳ないだろ、とツッコミが入るかと思いきや全員が黙って頷いた。
そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。みっともない顔をしながらされても有り難味が薄いんだよ。
まずはその鼻水拭けって。ちり紙ぐらいは持ってるだろう?

「(まあ良いか)お、よく食べたな。そろそろなくなりそうだぞ」
「んぐ。後どのくらいだ?」
「四杯ぐらい、かな。カレーもご飯も同じぐらいだ」
「……んじゃあ、おかわ―――」
「「「「おかわりっ!」」」」
「お、おぉっ!?」

 威勢よく突き出されたお皿におかわりの声。
ちょうど四つ。上手く調節して四人均等に分けてやらなきゃな。
左から順に皿を受け取り、ご飯をよそっては具が偏らないように上手くすくって盛り付けていく。
四つ目の皿によそうご飯もカレーの量もバッチリ。綺麗になくなった。
二日目だし、ここで残しても仕方ないからさ。ちょうど良かった。
二人暮しだと残った時大変なんだよな。
流石に三日目ってのは勘弁して欲しい。
冷凍という手もあるけどさ。

「……ん? どうした」
「べ、別に」
「良いんなら良いけど。言いたい事があるならはっきりしといた方が良いぞ」
「……そんなら言うけどさ」
「おう」

 空になった皿をスプーンでグルグルとかき混ぜるような仕草をしながら、横に並んだ連中をチラチラと見る。
手にした空の皿を見れば言わずとも分かるし、その寂しそうな目が雄弁に物語っている。
だけど、それはアタシから言うのはちょっとな……気づかなかった手前。
その代わり、今のうちに解決策を模索したいけど――ダメだ。見つからない。
「オレも……」
「うん? どうした」
「……お代わりしたかったんだ。ヴィータの作るカレー。食いたかった……」
「あ、あのさ。ルーはなんつーか、その。あるんだけどよ、ご飯がないんだ。だから、その……悪ぃ」

 空になった鍋を傾けて見せる。
側面や底に残ったのをかき集めれば、鍋の大きさからして割りと纏まった量になる。
だけどご飯だけはどうしようもない。
お櫃に残った米粒をかき集めたところでお寿司一貫すら出来そうにない。
カレーはあってもご飯がないんじゃな。
そんながっかりフーガに対して、気まずそうに背中を向けながらも、カレーを口に運ぶスピードは変わらない。寧ろ早くなってる気がする。
分けてやれ、とか言われると思ってるんだろうな。
だから、そうなる前に食っちまおうという腹積もりなのか。
器がちっちぇーなぁ、と思わないことも無いけれど……気づかなかったアタシが悪い。
これを五等分しちまうのも可哀想だし、元々あんま残ってなかったからな。

「今から炊くわけにも――」
「今日の分のパンがありますわよ?」
「パン?」
「そう。お昼に食べる予定になっていたパンで、鍋の底を拭って食べたらいかがですの?」
「パン、か。アタシもそういうの聞いたことあるな。試したことはないけどさ」
「パンねぇ……おお、なんだか美味そうじゃないか」
「カレーパンという食べ物もあることですし、そういうのも宜しいんじゃございませんこと?」
「そのまんまじゃねーけど、大丈夫そうか?」
「何せヴィータさんが作ったカレーですから。反論は許しません。駄目ならそのまま飲みなさい」
「い、いや。それは流石に」

 ご馳走様をし、黙って事態の推移を見守っていた――面白がっていたとも言うか――メンテが口を開いた。
改めてご飯を炊くわけにもいかない。ちゃんと毎日の予定があるんだから。
現地で調達できない・換えの効かない分は、持ち込んだだけしかない。
それを踏まえた上での提案なわけだ。
パン、か。
今日は予定を繰り上げてというか、昼前に帰ってくる予定がなかったからな。
昼に食べる分として持ち出してたのが余ってるはずなんだ。
その余っているのが、お昼の予定になっていたパン。ということになる。

「そうかそうか。それは良いアイデアだよな。昼飯の分を使って……うんうん。ヴィータ、鍋貸してくれ」

 すっかり落ち込んでいたカラスがもう笑った、とでも言いたくなる程、意気揚々と立ちがる。
テーブルをぐるっと回ってメンテの後ろを通りアタシから鍋を持っていく。
解決策がでたことで、航行隊の連中も自然とゆっくりになっていった。
そんなにカレーが食いたかったのかと思うが、場を荒らすこともないので黙っておく。
バッグからパンを取り出し、カレー鍋に腕を突っ込んでは、パンで側面やらをこそぎとるようにして頬張っている。
本当に美味そうに食うな、お前は。

「なぁ。そんなにカレーが好きか」
「う、ん? まあな。んぐ。何でか知らないけどさ、昔から好きだ」
「そんな大好物をヴィータさんが作って下さったんですから――」
「それはもう良いって。そっか。なら良い」

 不思議そうな表情を浮かべるも、直ぐに思考はカレー鍋に向かったようだ。
時折、航行隊の連中のスプーンが皿に当たる音に混じりながら、鍋をパンでさらっているフーガ。
それを可笑しそうに(そう見える気がする)見つめるメンテに、黙って眺めるアタシ。
自分の作ったとは言えないようなカレーでも、こんなに有難がって食べてくれるというのは嬉しいもんだ。

「そうだよな。こういうのって大切だよな」
「あら。どうしましたのですの?」
「こうやって飯を作ってさ。誰かが美味そうに食べてくれるってこと」
「そうですわね。ここ数日、愛妻料理を旦那様に食べて頂いていませんもの。余計にそう思っちゃったりするのですわ」

 こっち来てから幾度と聞いたからかいの言葉。
今回もニュアンスというか語調から、明らかにその類だと分かる。
普通ここで返すなら、ワッと怒るか無視するかで真面目に返したりはしない。余計調子に乗るからな。
普通なら、だけど。
しかし。ここでメンテの言ったことは本当だ。
今まではレーションで済ませてたから、美味い珍しいぐらいしかなくて、感謝ってのはなかった。
そう。アタシが料理上手くなったのはそれなんだ。
そりゃさ、一人暮らしする前にはやてに習ってたから美味いのが作れて当たり前なんだけどよ。
一人じゃ向上心とか余り沸かなかくて、それ以上上手くなることはなかった。
なったとしても、緩やかなもんだろ。
それが今みたいにグッと上手くなったのは――これははやても認めてくれてる――なのはが転がり込んできてからだ。
毎日違うメニュー考えたり、我侭言うもんだから仕方なくそれに付き合ったり。
試行錯誤が必要だろ? 特にどうこうしようとか無くったっても、自然と上達するってもんだ。
でもそれだけじゃない。
食べた後に「これ美味しいねヴィータちゃん!」っていうあの笑顔。
悪い気はしない。満更でもない。寧ろ良い気分だ。
今まではさ、食べる側だったから気づかなかったけど"美味しい!"って一言が凄い力になるって。
それがどれだけ作る側の人間をやる気にさせるかって。
「美味しい! また作ってね」「あれ、また食べたいな」って。
アタシのさ。料理の腕が上がったのは紛れもなく、なのはのお陰だ。

「――そうだな」
「……あ、あら。やっぱりそうでしちゃったりしますのね」
「うん? どうした。何か変なことでもあったのか? むぐむぐ」
「……黙ってませんと鍋を頭から被せて大好きなカレーと一緒に河へ流しますわよ? この河には大きな魚とかいらっしゃるでしょうし」
「よ、様子が変だったから心配しただけじゃねーか! 何でそんなことになるんだよぉ」
「泣くなって。はぁ、情けない」
「ちげーよ。カレーが辛くて涙出てるだけだよー」


 


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