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2008年3月 4日 (火)

氷柱ん 前

*Baby Princess SSです。

  

 クローゼットからコートを取り出し、外出の準備。
夜が更けるのもいいところ。カーテンを開けると今だ冬の装いである木々が寒々しくその身を揺らしていました。

「まさか……聞かれてたなんて」

 あのように年上に甘えられることなど――冗談半分を含んでも――年頃の男の子にしてみたら効果は抜群です。
耳を撫で、頭の中をグルグルと駆け巡る言葉を、何とか口にしたとき。
今の時刻のことなど遥か彼方に忘れ去っていました。
恥かしさを吹き飛ばすように大声で、半ば叫ぶようにしてしまったのは仕方のないことかもしれません。
しかし、今思い出してもよくあんな恥かしいことを言えたものだと、思い出すだけでも顔が赤くなる思いです。

「さて。アイスと言っても、なにをどうしたら」

 リビングへ降り、誰にも見つからないように台所へ。
明かりの落ちた中を歩き、冷凍庫を開けます。
冷蔵庫と違い明かりが点きません。失敗したと思い、明かりを点けに腰を上げようとした時、声が降ってきました。

「暗いな――明かりが必要だ」
「うん。だから今点けに行くところ――って! わっ!?」
「――何かいたのか?」
「あ、あの……霙姉さんが」
「私がいると――そんなに驚くことなのか」

 キョロキョロと辺りを見渡しますが、その正体が自分だといわれ、わずかに眉を下げた――ように見えました。
暗い台所で黒い服を着ているから見えなかったんですよ、とフォローは咄嗟のところで飲み込みます。
もっと気の利いたことが言えないものかなぁ、と自嘲気味に笑うしかない弟でした。

「我が家の冷蔵庫は業務用だが、そんなに寒くはないだろう」
「あ、えっと、これは、そういう意味で着てるんじゃなくて、その……」
「――どこかへ出かけるのか? こんな遅くに」
「え、ええ。まあ」
「ふむ。そうか――では、私もついて行くことにしよう」

 ええっ!?と思わず後ずさってしまう。
まだ馴染みの浅い家族において、思考の読み取れなさ具合においてトップクラスの霙。
しかし姉はそうでないらしく、あっさりと弟の言動を見破るのでした。

「アイスを買いに行くのだろう? ならば連れて行くべきだ」
「ど、どうしてそれを!」
「冷凍庫を開け、自分の分のアイスがなかったからだ」
「(そういう風に見えるのかな)」
「弟を一人、夜間外出させるわけには行かない。ここは私の出番だと思わないか」

 リビングから漏れる明かりを背に、普段以上に表情の読み取れない霙。
しかし、その声の様子から自分には拒否権がないのではないかと悟るのでした。
霙姉さんなら口外しないだろう――少ない打算が働き、断る手管を全く持ち合わせない弟は素直に従うことにするのでした。

「よし。では出発だ」
「そんな格好じゃ風邪引いてしまうよ。何か羽織らなくちゃ」
「――ふむ。中々気が利くじゃないか?」
「ふ、普通だと思うよ」

 不思議そうに弟を見つめ、足音もなく自室へ引き返していく霙。
これじゃ姉を一人外出させられないよ、と小さく溜息をつく弟なのでした。

 

 

「――こんな寒い日は肉まんに限ると思わないか」

 雲ひとつない、まるで絵に描いたような星空の下、ぴったりと寄り添って歩く2人。
弟は何度かそれとなく距離をとろうとしましたが姉はそれを許さず、結局根負けをして今に至っています。
背格好の近い姉の顔を横に、白く吐く息の少なさを見つめていた弟は、突然のことに驚きました。

「そ、そそそうだね」
「アイスは確かに美味だが――やはり肉まんだろう」
「う、うん」
「だろう? やはり――肉まんだ。様々な商品展開がなされているが、やはりシンプルなものが一番だ」
「確かに他のも美味しいけど、そうかもしれないね」
「そうだ。こんな寒い夜には肉まんだ」
「うん」
「…………」
「…………」
「早いところでは9月にも肉まんを置くところがあるらしい」
「へぇ。9月って言ったらまだまだ暑い日が続いてるのに。誰が食べるんだろ?」
「逆に片付ける時期は遅い。まだ当然に店頭には置いてあるだろう。そう考えると一年の殆どが寒い時期だ」
「うーん、そう言われてみるとそうかもしれないね」
「立春を過ぎたとは言え、まだまだ寒い。まだ肉まんの季節なのだ」
「は、はぁ」
「……こんな寒い夜に食べる肉まんは美味いだろう」
「…………」
「…………」
「…………」
「なあ、肉まんといえば――」
「み、霙姉さん?」
「どうした。何か気になることでもあったか?」
「肉まんも……買う?」
「オマエが買いたければ」

 ココまで言わせて。と思わなくもない弟でしたが、楽しげに俯く姉の横顔に、その言葉を口にすることなく腹に収めます。
何時になく饒舌で、流石に照れたのか夜風の冷たさか、頬を紅く染める姉を可愛く思う弟なのでした。

 

 

「ふむ。やはり美味いな」
「最後の一つ、危なかったね」

 ほくほくと湯気の上がる肉まんにかぶりつき、ハフハフと口から白い息を吐く霙。
本当に美味しそうに食べるんだな、と予定外の出費だったけれど何かしら得る物があったと思う弟なのでした。

「しかし――」
「どうしたの、霙姉さん」
「どうして――このように肉まんのあう寒い夜にアイスなのだ?」

 肉まんを咥えたまま、右手にぶら下げたビニール袋に視線を移す。
中にはアイスクリーム――イチゴ味の物が1つ。
さんざアイスクリームの棚の前で悩み選んだと思った途端、肉まんを買う客に向けられた視線は随分と怪訝なものでした。

「ええっと……色々理由があって」
「――氷柱も変わった子だ。絶対肉まんだろうに」

 何を買ったら良いのか分からず、仕方なく姉に意見を求めたところ「イチゴ味が好きだったはず――」と興味なさげに答えます。
これは決して弟の相談事に興味がなかったわけでなく、思考の実に3分の2がレジ横の肉まんに向けられていた為です。
籠に素早くイチゴ味のアイスを放り込むと、レジまでグイグイと引っ張られ肉まん1個と会計し、コンビニを出たのでした。

「ふぅ――美味かった」
「うん。美味しそうだったみたいで良かったよ」
「……」
「み、見ていればね。僕にまで伝わってくるぐらい、その、美味しそうに食べるなって」
「――そうか。残念だったな」
「え、残念?」
「ああ。こんなことなら――」

 何の前触れもなく足を止める。
一歩前に出てしまった弟は踵を返して姉の顔を望みました。

「オマエに一口でもやれば良かったと――そう思ってな」
「え、ええ?」
「ふふ……姉の食べかけは、イヤだったか?」

 さも楽しげに。
一歩踏み出して、家をでた時と同じようにぴったりと隣へ寄せるように。
急に寄せられた――自分よりもショートカットで、その整った目鼻立ちが――姉の顔に。
まるで、あの日。
パーティーの終わった日の夜。
悪戯っぽく、自分の首筋を人差し指でなぞった時と同じ顔で。
その表情と態度に弟の胸は跳ね上がり、一気に体温が上がっていくのを感じたのでした。

「そ、そそそそそんなこと……ない! うん!」
「ふ、ふふふ――可愛いヤツだな。オマエは。海晴姉や氷柱が構いたがる訳だ」
「みみ、みは――え? 氷柱、が?」
「そういう子なんだ。分かってやってくれ」

 答える間もなく左手を掴み、ぐいぐいと引っ張っていく霙。
行きとは違い、自分の前を歩いていく姉の手は、肉まんをずっと持っていたせいかとても熱い。
普段はボヤッとしていても、今の霙をとても頼もしく感じる弟なのでした。

 

 

 コン、コン――

「あ、あの、氷柱? ボクだけど。起きてる?」

 霙とリビングで別れ、一人氷柱のいる部屋の前に立ちます。
この時間帯ならば他の姉妹も一緒にいるだろうから、こういう呼び出した方は不味かったかも、というのは後の祭り。
リビングにいなかった姉妹たちは自室にいるのですから、一人きり出ないのは明白でした。
どうなるのか。息を呑んで扉の前で待っていると、静かにドアノブが回りました。

「…………な、何しに来たの」
「アイス、買ってきたんだけど」
「―――!?」

 僅かに開いたドアから覗く氷柱の怪訝そうな表情が、兄の一言によって豹変します。
一気にドアを開け放ち、とにかく近い方の腕を取って有無を言わせず引っ張っていきます。
決して力で負けているわけではないのですが、その勢いにただ黙ってついて行くしかありませんでした。

「ちょ、ちょっと! どういうつもりよ!」
「いや、ほら。アイス食べたいなぁって言ってたから」
「――! バ、バッカじゃないの! わざわざこんな時間に出かけなくたっていいでしょ!? 何時だと思ってるの!」
「な、なぁんだ。明日でも良かったんだ。そうならそうと……」
「常識でモノを考えなさいよね! こんな時間に買いに行けだなんて言うわけないでしょ! も、もう!」
「ゴ、ゴメン。急ぎの用かと思っちゃって」
「急いでアイスを食べたいだなんて、私はそんな、子供じゃないんだから……」

 引っ張っていった先は兄の部屋。
端から順に埋めていった家では、図ったように一番端の角部屋になっているのです。
壁を背に氷柱に詰め寄られる兄。
口ぶりから怒っているように感じますが、その表情や言葉の端々に多少の違和感を覚えるのでした。

「でも、せっかく買ってきたんだから食べてよ。一人分だし、他の子と分けてっていうのは無理かもしれないけど」
「な、なによ。まだ受け取るなんて言って……これ――イチゴじゃない。どうしてこれを?」
「これね。霙姉さんが、氷柱はコレが好きだって」
「――霙姉さん、が?」
「そう。一緒に選んでくれた……のとは少し違うけど、そうやって教えてくれたんだ。だから――」

 差し出されたビニール袋を覗き込んで、ハッと顔を上げる氷柱。
その表情は自分に向けられたモノの中では初めての種類のモノで、思わず上機嫌に答える兄。
しかし、氷柱の表情はみるみる曇っていくのでした。

「どうしたの、氷柱。やっぱり、こんな時間からは」
「わ、私は! あな――下僕に買って来いっていったのよ! 霙姉さんを連れて行くなんて反則じゃない!」
「反則って。あ、でも考えてみればそうかも……ゴメン、つら――」
「謝れば良いってことじゃないでしょ! 罰としてこれは没収するわ! いいわね!」
「構わないよ。初めからそのつもりだったから」
「~~~! 下僕なんかに一口でもあげるだなんて仏心を出した私がバカだったわよ! もう知らない!」

 引っ手繰るようにアイスの入ったビニール袋を掴むと、長いツインテールを翻して怒り収まらぬといった様子で引き返していく氷柱。
呆気にとられ、身動きの取れない兄。
2つほど扉向こうまで行ったところでハッと気付き、その後姿を呼び止めようと腕を伸ばします。
しかし、そこで思い出されるのは霙の言葉。
その意味をしっかり掴みきれてはいませんが、今の態度に何か含むところでもあったのかもしれない、と止めておくのでした。

「おい、氷柱。どうしたんだ」

 机に向かっていたはずのヒカルは、酷い剣幕で部屋を飛び出していった氷柱を心配して扉の直ぐで待っていました。
無言のままビニール袋をヒカルに押し付け、ベッドに突っ伏してしまう氷柱。
受け取りはしましたが、余りの態度の違いに顔を覗きこむのでした。

「…………別に」
「別にって。あんな大声出したら誰だって気になるだろ」
「だーかーら。別になんでもないんだってば……」
「全く。――ん? これ、アイスじゃないか。綿雪の好きな。どうしたんだ?」
「……」
「アイツと何があったか知らないけどな。ちゃんと綿雪には説明してやるんだぞ」
「……知らない」

 少し卑怯かと思いましたが、綿雪の名前を出してもベッドの氷柱は動く気配を見せません。
もう少し構っても良かったのですが、暖房の効いた部屋でいつまでもアイスを持っているわけにもいきません。
仕方なく、突っ伏したままの氷柱を放って冷蔵庫へ向かうヒカルでした。

 パタン――

 

 つづく。

 
 氷柱ん 後 へ

 

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