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2008年3月25日 (火)

開花宣言

 関東甲信越地方は、4月までには出ているようですね。

 語りかけているようで、それでいて詩的な書き方に一瞬戸惑ってしまいます。
全体的な雰囲気からは何か物悲しいような、この季節に似合わないようでいて、ある意味この時期だからこそなのか。
そういった中で今日の日記を書いたのは、去年までのお内裏様であったヒカルです。
今までの傾向というか、先月辺りで「日記が書けない」とか言っていたとは思えない内容です。
何かあったと見るべきでしょうか?
幼稚園、小学生は既に春休みに突入していて、中学生組ももう春休みでしょう。
卒業式でも(そうしてしまうと高校にあがってしまうので終業式でしょうけど)あれば、このような心境の変化も納得です。

 しかし、ここの学校はどうなっているんでしょう。
この冬のいろいろな出来事が――」あるように、新しい家族が増えたのは冬からです。
ヒカルが中学三年生であり、受験が控えていたのならそういう話題が少なくとも出たはずだと思います。
しかし、受験の影など全くなく、毎日の家族との生活を満喫していたように見えました。
すると、ここは中高一貫なのか、若しくは幼稚舎から……(登校途中で分かれてしまうと言う描写からあり得ませんか)
やはりここは、年度の、季節の移り変わりに、ヒカルも何かしら思うところがあった。だけに止めておいた方が良いでしょうか。

    
それでもたまに見失ってしまう気がする。

――自分の居場所。
    

 これは新しい家族が来たことが影響していそうです。
先ほども書いたように前年はお内裏様を演じ、ほか日常でも「王子様」的役割を演じていたことが窺えます。
その自分のポジションに、すっぽりと、"本来通り"の家族が現れたのです。
当時からヒカルは戸惑っているような節があったように思います。(氷柱や麗は拒否の方が強いようですし)
「自分はもういいんだ」という開放からの安堵と、その反動の、急に放り出されてしまったことから来る不安。
それが、「春は――出会いと別れの季節。新しい――旅立ちの季節。」という時期に合わせて一気に表面化したのかも。
これも、今年の状況の変化から思い立ったことなのか、それとも毎年繰り返される、この季節のたびに思っていたことなのか――

    
桜の季節には――

華やかさと寂しさとが同時にやってくる。
    

 やはり急に思い立ったことではなく、毎年その胸に抱いていた思いなのかもしれません。
以前に、ヒカルは上と下で"女の子らしい女の子"に挟まれていて、その事を引け目に思っているかも?と言うようなことを思いました。
それでも、表面的なモノとは別に内面に積もる"女の子らしさ"は募っていったはずです。
その部分は大きく安堵として現れ、今回の「華やかさ」にも表される感情ではなかったかと思います。
しかし、反面。「寂しさ」に表された感情。
今までの自分の居場所がなくなってしまい、けれど、それを埋める方法が見つからない。
一体どうしたら良いんだろう。
そういった不安の気持ちが大きく現れているように思えます。

    
誰かの手に少しだけ――

すがりたくなる。
    

 きっと意識した言葉ではなくて――
思わず呟いて、口から零れてしまった言葉――
でもそれこそ本音が強く現されているのではないでしょうか。
この「誰か」とは母親でもなくて、姉達でもなくて、勿論妹達でもなくて――
けれど新しい家族であるとは出てこなくて――

だけど、この日記は読まれることを前提として書いている日記です。
自分だけの、日々を綴っていくモノではないのですから、何かしら訴えたい気持ちもあったのでは?と。
無意識に。けれど、頼りたい、すがれるかも、頼れそうかも。そんな相手に向けて書かれたモノ。
明日からどうなっていくのでしょう。

 

 それでも、家族中の目に触れる日記に書いてしまう辺り、無防備と言うかなんというか。
明日辺り大騒ぎ(例えば立夏が。氷柱の前科があるわけですし)されて弁解すると言うか、そういう展開もあるかもしれませんね。
ああ、自分でSSなど書いてみましたが、まだまだ考えが足りなかったようで。

 

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