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新婚なの! 8-4 (2)

『ヴィータちゃん』
「うわっ!? な、なんだよなのは! 驚かせんな!」
『私、何か忘れ物しちゃったかな?』
「忘れ――『忘れ物?』
『うん。それで追いかけてきてくれたんじゃないの?』
『忘れ物…………あ、ああ。そうだな』
『うんもー。ヴィータちゃんったらうっかり屋さんなんだからー。しょうがないなぁ』
『人に用意させておいて言う台詞じゃねーぞ。まあ、良いから。さっさとこっち取りに来い』
『はーい』

 念話を繋げたまま、小走りに近づいてくる。
自分で準備もせず、忘れ物したってのに何がそんなに嬉しいんだ。

「ありがと、ヴィータちゃん。それで忘れ物ってなにかな? 何も無いみたいに見えるけど」
「ま、まあ。ところで寒くねーか? これからまだ歩くんだろ」
「それはこっちの台詞。ヴィータちゃんこそ、ほら」
「こ、こら! 鞄をそんな放るんじゃねー!」
「大丈夫だよ、見た目より頑丈だもん」
「そういう問題じゃねーだろ」

 一歩踏み出したかと思うと不意に抱き寄せられる。
鳥肌が立つ。足元からゾクゾクと指先から頭の天辺まで。
やっぱり寒かったんだ。寄せられた身体の温かさに、思わず両手が伸びる。

「あれれ、どうしちゃったの? そんなに寒かった?」
「別に。お前が抱きついて欲しそうだったからそうしただけ」
「えー。そんな顔してたかなー」
「だったら離れたって良いんだぞ。良いか、離れるぞ」
「だーめ。さっき補給し損ねたから」
「手短にな」
「えへへ……ところで補給してるついでだけど。忘れ物ってなんだったかな」
「―――あのさ」

 抱きついたまま。この身長差で顔は見えない。
普段は恨めしいこの埋まらない溝が、ほんの少しだけ余裕をくれる。
背中に回した手の放しどころを図っているのか、この温かさに腕が離れなくなってしまったのか自分でも分からないけれど。
次の句を継げる準備だけは出来た。
後は、この手をいかにして自分に放させるか、だけど。

「どうしちゃったの? 様子、変だよ」
「……そ、そうか」
「うん。さっきは、えっと。怒ってた風だったのに今は全然。私はそれで嬉しいんだけど」
「アタシがくっ付いてちゃ変かよ」
「変、かな。いつも私からくっ付いてばかりだから、珍しいって意味で」
「……じゃあ、今度から珍しくしないよーにするわ」

 やっと放す。
夜の空気が二人の間に入り込むけれど、それぐらいじゃ冷めたりしない。
なのはの体温で暖めてもらったというのもある。けれどそれ以上に身体の芯がカァッと熱くなってる。
顔も赤くなってるだろうか。それぐらいに熱い。
代わりに旋毛を見せ付けるように顔を伏せ、なるべくはっきりと告げる。

「しゃがめ」
「え? あ、はい」

 膝が曲がり、顔の半分だけが現れる。
マンションの玄関から漏れる光を背にしているお陰で、なのはからは影になってしっかり見えないはず。
どうしたのかと、顔を覗き込もうと膝を着き、顔を寄せたところで"忘れ物"を渡すことにした。

「―――あっ」
「…………これ。忘れてったろ」
「う、うん」
「一週間分、ってのは無理だけどよ。まあ、これで勘弁してくれ」

 肩に手を乗せ、つま先を伸ばして。お凸に顔を寄せる。
前髪が邪魔だったと言えば邪魔だったけど、それを退けてしまう動作が何か恥ずかしく思えて。
ほんの一瞬。
触れるか触れないかぐらいで、音もしない。本当にしたのか分からないほど。
けれど、お凸から離した唇はまるで火がついたように熱くて、それが何よりの証拠だった。
ジンジンと痺れる唇を持て余していれば、目を見事にまん丸に見開いたなのはの顔。
そんなに驚くようなことだろうか。
いや、驚くほど貴重だと言うことだ。数が少ないことの裏返しに。

「ね、ねぇ、ヴィータちゃん」
「――なにか不満か」
「もう一回して。一回じゃ足りないよ」
「……それもそうだな」

 今度は左手で前髪を退け、顔を寄せる。
退かした分だけピッタリとつき、少しだけ強く。少しだけ長く。
乾いていない唇は額に吸い付くようで、離す時に僅かな抵抗を覚える。
恥ずかしい音の鳴りそうなほどくっ付いて、普段に比べて僅かに残った理性はそればかりを気にしていた。

「もう、良いか」
「あと六回足りない」
「一回多いぞ」
「今日の分。だからあと六回」
「調子乗るな。一週間分は無理だって言ったろう。聞いてなかったのか?」
「聞いてなかった」
「じゃあもう一回言おうか?」

 無理なのは別に物理的と言うか、なにも制約があるわけではない。
部屋を飛び出してから――どう表現していいか分からない、言葉に出来ない感情が腹の底で渦巻いている。
その感情が身体を突き動かしてここまで走ってきてしまった。
なのはを呼び止めようと。抱きつく腕が離れない。額に触れた唇が。
頭の隅に残った普段の自分がその度に問いかけてくる。
だけど身体はその言葉に耳を貸さなくて、アタシはココまで"忘れ物"を届けに来てしまった。

「言わなくていい。だって、聞いたら寂しくなっちゃう。一週間もヴィータちゃんに会えないんだって」
「じゃあ言わせるなよ。アタシだって……言いたかねーよ」
「……どうしちゃったの? いつものヴィータちゃんらしくない」
「悪いかよ。いつも普段のように変わらなく過ごさなきゃいけねーかよ」
「新鮮で良いと思うな。ただ、ちょっとだけビックリしちゃっただけ」

 腰に回された手は、強くなく。それでいて弱くなく。
二人の距離の絶妙さを現しているし、なのはの今の気持ちを現していた。
仕事に出かけなきゃいけない。でも、離れたくない。
きっとそうだと……勝手に思っている。

「明日にも帰ってこられるなら……もうこの手を離しちゃえるのに」
「離せよ。行かないわけにはいかねーんだからよ」
「ヴィータちゃんは真面目だね」
「お前を待ってる連中をガッカリさせんな。行って、二度と会いたくないって言わせるほど鍛えてやって来い」
「うふふ。その内私には話が来なくなるかもね」
「そーなったら……やっぱダメだな。怠け癖がつく」
「そこは"アタシが養ってやるよ"って言ってくれなきゃ」

 今度こそと、抱き寄せ胸に顔を埋める。
薄着の胸に鼻の頭がいつも以上に押し当てられ、痛いほどだというのに左手を後頭部に回した。
右手は掴み損ねたモノを撫でている。一度は逃し、次は諦めかけた――

「髪触るの、好きだったっけ」
「お前ほどじゃねーけど。嫌いじゃない」
「嫌いじゃないならいつもこうしてくれると嬉しいなぁ。とっても落ち着くし、ヴィータちゃんの気持ち。分かるよ」
「ふーん。そんなようなこと、前にも言われたことある気がする」
「今、何て思ってるか。当ててあげよーか?」
「無理だから止めとけ」
「今はねー。むむむー…………ティンときたよ」
「マジか」
「あのね。あーなのはを離したくねーなー、こうやって朝までしてたいぜー。だよ」
「バーカ」
「いったーい。なにするのヴィータちゃん」

 せっかくの雰囲気もいつも通りな調子に吹き飛ばされてしまう。
でもこれで良かったのかもしれない。
さっきはしなきゃいけない事があったから手を放せたけれど、今は分からない。
自分が信用できなかったし、自信がなかった。
なのはを胸に抱きしめて、こうやって髪を撫でているのが堪らなくしっくりきた。
仕事の話を聞いてから腹の底で胸のうちで。
正体の分からない、言葉に出来ない感情は静まり返って何も考えずにいられた。
頭の端で声を上げる普段の自分もすっかり形を潜めていたから。

「ほれ。このままじゃせっかく早くに出た甲斐がなくなっちまうぞ」
「ホント、魔法が使えないって不便だね」
「やっぱ要るかな。車」
「その内、ね」

 どちらからともなく。若干アタシの方が早かったか。
膝をはらっている間に放り投げた鞄を拾って渡してやる。
あれだけくっ付いていたというのに、少し離れただけで夜風が身に沁みる。
さっきとは違う。凄く、寒い。

「じゃあ今度こそ、だね」
「ああ。ちょっと走れよ。遅れるわけにはいかねーからな」
「えへへ。ヴィータちゃんの言う通り早めに準備して正解だったね。こういうことも出来ちゃったし」
「バ、バカ言ってねーで早く行けっての」
「もう。すっかりいつも通りなんだからー。仕方ない、それでは行ってきます、なの」
「―――あっ」

 すれ違いざまに、不意に屈められた身体。
ほんの僅かに触れる柔らかな――何か。
耳に当てられた手は、そのまま流れるように髪を浚っていく。
触れる指の一本一本。触れられる髪の毛の一本一本まで意識が行き渡る。
逃げる手を視線が追っていけば、振り返りざまの表情を見逃した。
右手が伸びるけれどそれすらも遅くて、またもや掴み損ねてしまった。
だけど―――

「……行ってらっしゃいだ、なのは。気をつけてな」
「うん。行ってきまーす。ヴィータちゃ~ん」

 くるりと踵を返し、振り向いたなのは。
今度は大丈夫。暗くてもしっかりとその笑顔を確認することが出来た。

 

 

「ふえ、ふぇ…………ふえっくしょんっ! うぃ~」
「はい。鼻紙ですわ」
「お、おおう。ありがとな……チーンっ!」
「どうしたんだよ、ヴィータ。風邪なんてひいちまって」
「馬鹿は引きませんのよ? あなたは一年中元気そうですわね、そう言えば」
「うるせー」
「うぅ。やっぱ甘やかしちゃダメってことか。……自分も含めて」

 頭がガンガンする。
未だにどうしてあんな事したか分からないけれど、なのはの満足そうな顔を見れたので良しとする。
さぁて、二週間。気楽に過ごしてやるんだ。

「夜は暖かくなさってくださいな。若し宜しければ"特製湯たんぽ"を紹介いたしますわ。勿論、私が――」
「生憎二人で寝るには狭いベッドなんでな。遠慮しとく」
「あらあら。なにを想像なされたのか図りかねますわ。ホホホ」
「うっせーよ……ズズッ」
「薬貰ってきてやるから、そこでジッとしてろよ。その代わり――」
「ダメだ。自分でやれ。アタシも自分で取ってくるからよ」
「へ、へーい」

 心配してくれんのは有難いけどよ、家でも仕事場でも心休まる時がないってのは勘弁してほしいぞ。全く。


 


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