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新婚なの! 8-4 (1)

 通常勤務に戻り、身体を軋ませる痛みもすっかり取れた頃。
なのはが本部から程遠い、"辺境世界"を幾つか管理している支部で短期の教導をすることになった。
期間は一週間と少しというが、移動に一日近くかかる距離だ。
下手をすると二週間近く家を空けることになる。
自分が同じだけ家を空けていた(しかも本当の理由は言ってない)手前、文句というか小言を言える立場ではない。
大体、別になのはが家を空けて文句なんて出るはずがない。
朝から晩まで手間や気兼ねが減って、寧ろ鬼の居ぬ間になんたらというヤツだ。
それなのに、教導の話を聞いたとき機嫌が悪くなった――らしい。
全然自覚ないんだけど、なのははアタシの態度にとても上機嫌にそう答えてくれた。
嘘かホントか。
多分、本当なんだろうと思うところが悔しい。

「じゃあ、行ってくるね。ヴィータちゃん」
「お、おう。気ぃつけてな」
「なにか美味しそうなのとか名産品とかあったら買ってくるね。楽しみにしててね?」
「名産に美味いものなし。別に無理しなくて良いからな」
「……う、うん」

 朝早くこっちを発つというから夕ご飯を早めにして、なのはには仮眠を取らせアタシが準備をする。
必要なものは向こうで買っても良いし、それほど大荷物にならない。仕事する時は最悪バリアジャケットでも良いわけだし。
ノロノロと靴を履く。
時間に余裕あるので急かすこともない。
ノロノロとしている理由は何となく分かる。これでも付き合いは長いからな。
それに―――嫁だしよ。

「あ、あのね」
「帰ってくる前に連絡しろよ。お前の好きなモン、作っといてやるから」
「じゃあ、お願いあるんだけど、良い?」
「リクエストか」
「ヴィータちゃん」
「なんだ?」
「だから。ヴィータちゃん」
「……?」
「じょ、冗談だよ冗談! えへへへ!」

 自分が家を一週間以上も空けるのを怒っていると思ってるらしく、叱られた子供みたいな態度を取っていた。
別に怒っちゃいない、と言うか傍から見たらそうなのかもしれなくて、自分のことは結構分からないものだとも思ったりした。
実際なのはと一週間も会えない、と先日の任務中のことが思い出されたのか、気付かない変化があったのかもしれない。
知らず知らずの内に、随分となのはベッタリになっているんだろうか。
しかし、こちらの悩みとは関係なく、何やら訳の分からぬことを言っては一人で照れてる。
その能天気な笑顔を恨めしく顔に出しながらも、胸のうちではやはり笑っていてくれた方が良いと思っていた。

「そろそろ時間だな」
「え、まだ早いよ」
「なんでギリギリに行動しようとすんだ。早め早めだ。それに関しちゃお前にこそ教導が必要だな」
「そう? じゃあ、ヴィータちゃんが私の教導官さまになってよー」
「ば、ばか! 直ぐにそうやって抱きつく! は、はなせー!」
「ダメだよー。一週間分のヴィータちゃん分なんだからー」
「……い、一分だけだぞ」
「五分」
「二分だ」
「むー。じゃあ三分で我慢する」

 話を聞かないのは相変わらずだが、なにか様子がおかしい。
三分といっている手も強く押せば放してしまいそうな程しか力が入っていない。
案の定、それを証明するように三分も経たないうちに身体を放してしまった。
肩にかかっていたサイドポニーがスルスルと顔の横を流れ、洗いたてのシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
それが名残惜しくて無意識のうちに右手が伸ばすけど、一瞬出遅れたのを見透かしたかようにすり抜けてく。
手を伸ばしても掴めなくて。
そのどちらなのか、それとも両方なのか。
どちらにしろこの手の所在を知られなくて、素早く身体の後ろに隠した。

「じゃあ今度こそ行くね」
「……ああ。んじゃな。きっちり鍛えて来いよ」
「そ、それは教えられる人に言う台詞じゃないかなー」

 少し困ったような笑みを浮かべてドアノブに手をかけ、一瞬あってから、ゆっくりと回す。
重い扉が静かに開き、その向こう側へ。
手を振りながら、ドアの閉まる瞬間までこっちを見てるのも変わらない。いつもどおり。
蝶番もラッチも静かに、開けたときと同様、音も立てることなく玄関ドアは閉まった。

「……さて。まだ割りとあるな」

 一人になった玄関で、誰に聞かせるでもなく呟く。これもいつもどおり。
目の前には静かに閉まった玄関ドア。
しかし何かが違う。
毎日のように繰り返される光景であるはずなのに。
何かが足りない。
深夜だったせいだろうか。その僅かな、普段は気にも留めないような音は大きく、頭の中で響き渡っている。
今も残るその音は、これから始まる一人の一週間を告げる音みたいだ。
リビングも寝室も電気は点けっぱなし。
今日も仕事だし、寝るなら早く寝なきゃいけない。
なのに。
"何かを忘れていってしまった"なのはのことが気になって。
それが分からない自分への違和感が拭い去れなくて。


 閉まったばかりの玄関ドアを開け放ち、突っ掛けで走り出してた。


「ちぇ、行ったばっかかよ」

 廊下の突き当たりにあるエレベーターは、一つ下の階のランプが点灯している。
走っている間に、一つ二つとランプは降りていく。
普段は待たないと来ないくせに、こういうときだけ素直なんだから困ったヤツだ。
エレベーターに対する不満を胸のうちでぼやきながら、横の階段を駆け下りる。
いつかこの階段を駆け下りた時は逃げ足だったわけだけど、今日は逆。
数段飛び降りるのももどかしく、既にフロアへ着いたろうエレベーターを恨めしく思った。

「う~、ちと冷えるや」

 深夜のフロアはがらんとしていて、肌に触れる空気を一層冷たく感じさせる。
寝るつもりだったパジャマで出歩くには肌寒いが、今更引き返すわけにも行かず構わず走り続ける。
なのはは既にマンションを出た後か。
日本よりも数段スムーズに開閉する自動扉すらもどかしく、僅かな隙間に身体をねじ込むようにして外へ飛び出した。

「あっ、なの…………」

 暗くてよく見えなかったが、もう敷地を出ようとしている後姿を見つけることが出来た。
声が喉の奥でつっかえて最後まで出ない。
伸ばした手が何も掴むことなく、だらんと垂れ下がる。
突っ掛けのまま走った足は今更に痛み出した。
ここまで走ってきたくせに。何も考えず身体の動くままに飛び出してきたのに。
いざ本人が見えてきたら嘘の様に"いつも通りの自分"に戻ってしまった。

「……寒ぃや」

 タイミングよく夜風が薄着の身体を撫でていく。
まるで漫画みたいだ、なんてくだらない事を考えながら、再び掴み損ねた、無様な行き場のない右手を抱える。
馬鹿みたいだ。走っていって追いついて。一体なにをしようってんだ。
まぬけな顔して「いってらっしゃい」とでも言うつもりか。
寒さに鳥肌が立ち、無駄に終わりそうなまま引き返そうとしたとき。
未練がましく視界の端に捉える違和感。見つけたときからその背中が遠のいてないことに気がついた。
でもそれは、未練を抱える自分の願望なんじゃないかって、結局何をどうしたいのか自分でも分からなかった。


 


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