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2008年5月 2日 (金)

雨の日はあなたと。 前

 
「……雨、ですね」

 正午の鐘を控えた隊員オフィスルームにて、一足早く作業を終えたティアナが呟きました。
窓の外に向けられた視線の先には、厚く垂れ込めた真っ黒な雲。
自らの重さに耐え切れなくなったかのように、ポツリ、ポツリと小さな雨粒がガラス窓を濡らし始めていました。

「予報より少し早かったかな?」
「そう、ですね。朝の予報では午後からって言ってましたから」

 くるりと椅子を回し、ゆったりと腰掛けなおしてはティアナの視線に合わせる高町なのは。
今はティアナの持ってきた書類のチェックをしていたところだったのです。
作業の手を休め、段々と雨脚の強くなっていく様子を眺めています。
返事のために振り返ったティアナには、そんななのはが何だか楽しそうに見えたのでした。
 何を楽しく思っているのだろう。
何故か興味が湧き、手を休めているのなら、この興味の正体を突き止めてみようとしたところで、先に切り出されてしまいました。

「ねぇ、ティアナ」
「は、はい。なんでしょうか」
「ティアナは雨って……好き?」
「雨、ですか……うーん、どうでしょう。子供の頃は余り好きじゃなかったような気がします」
「外で遊べないから? それとも、服が濡れちゃうから?」
「……前者ですね。昔からどちらかと言うと活動的だったので。あ、服が汚れてしまう、というのも」
「そっか」

 何を聞きたかったのだろう。
窓を濡らす雨粒か、その先の雨雲か。外を見つめるなのはの態度をティアナは不思議に思いました。
決して自分の話に興味がなかったわけではなさそう。
でも、それ以上でもなく、どちらかというと「ただ単に聞いてみただけー」なんてスバルと同じことを言いそうな雰囲気。
ここは自分からも聞き返していいのだろうか。
まだ作業に戻る様子はないのだし――
デスクの上に並べられた、チェックを待つ自分の書類を眺めながら思案していると……

「どうかした?」
「え、え?」
「そんなに見つめられちゃうと照れちゃうなぁ、なんて。私に聞きたい事があるって顔してるよ」
「あ、ああ。えっと……一つ、良いですか?」
「はいどうぞ。答えられることなら何でも」
「えっと、なのはさんは……雨、お好きですか?」
「う~ん。そうだなぁ……好き、かな。この雰囲気とか」

 この表情で嫌いなわけないわよね、なんて一人納得しているティアナに、なのはは言葉を続けます。

「どうして? 私が聞いたから返してみただけ? それとも」
「はい。何だか楽しそうに窓の外を眺めていましたから。なにかあるのかなぁ、と」
「そうだったんだ、全然気付かなかったよ。そうだなぁ……うん、そうかもしれないね」
「雰囲気以外にも、なにかあるんですか? 好きな理由」

 すぐさま質問をするティアナ。
普段、あまり個人的な――他愛もない世間話の類を――話をしない相手ですが、逆にそれが後押ししているのかもしれません。
一個人として「高町なのは」その人を知らないティアナに、興味という名の感情がむくむくと頭をもたげていたのでした。
そんな、普段世間話程度も余りしないティアナから話を振られても、さして驚いた様子もないなのは。
窓際にジッとこちらを見つめるその姿を視界の端に捉えたまま、う~んと、伸びを一つするのでした。

「雨が降るとね。傘を差すでしょ?」
「はい。訓練校に入って以降、そういう機会は減りましたけど」
「そうだね。私も本局務めだから、ここ何年かは余りそういう機会に恵まれないけど」
「……」
「それが好きなんだ。雨が降らないと傘、差せないでしょ?」
「それはそうですけど」
「日傘じゃなくて雨傘。それもね……相合傘が好きなんだぁ。えへへ」

 その歳不相応な――といっても自分と三つしか違わないのですが――照れ笑いを、思わず可愛いと思ってしまう。
じぃっと見つめていたのか、なのはに「どうしたの?」などと聞かれ、慌てて視線を逸らすティアナ。
胸のうちを見透かされたようで、思わず逸らしてしまったけれど、返って失礼じゃなかったかしら。
また彼是と心配するのですが、そんな心配も無用だったと直ぐに思い知らされるのです。

「ティアナは相合傘、誰かとしちゃったりする?」
「わ、私ですか!? え、ええっと……スバルとなら、数回――もなかったと思いますけど」
「ふぅ~ん、やっぱりスバルとかぁ」
「や、やっぱりって! そのやっぱりはどこから出てきたんですか!?」
「んも~、照れない照れない。言わなくたって分かってるよー。相合傘っていったら――」
「な、なにか誤解されているようですけど。そんなことありませんから!」
「じゃあ、そんなことって、どんなこと?」
「えっ!?」

 しまった――と、思わず口を押さえるティアナ。
ゆったりと腰掛けたまま、別段表情を変えることなく、けれど楽しそうに見つめるなのはの視線が痛い。
はやて部隊長ほどではないにしろ、やはり年上の貫禄というか、なんというか……
どうやって誤魔化そうかと思案しているところで、くくくっとその表情のまま喉を鳴らすなのは。
何事かと思うティアナに、なのはは「ごめんごめん」と謝るのでした。

「ティアナでもそんな顔するんだなぁって」
「そ、そんなに変な顔、してましたか……?」
「ううん。すっごく可愛かったよ。もちろん、普段も可愛いけどね?」

 にっこり微笑んで、宛も意中の異性を褒めるかのような口ぶり。
ガンとした衝撃に、身体の芯から熱が噴出すようで思わず握る手に汗をかいてしまうティアナ。
 この人は普段から誰に対してもこんな風なのだろうか。
思わず呟くその脳裏には、なのはにぞっこんな二人の姿が浮かび上がります。
初対面では敵対していたはずなのに、最後にはしっかりと説得(というか口説き落とした)されてしまったフェイト・テスタロッサ。
空港火災の最中、危うく命を落としそうになったところで颯爽と現れそのピンチから救われたスバル・ナカジマ。
この調子だと、自分の知らないところでも同じような"被害者"がいるんだろう。
このままでは自分までその被害者リストに名前が載ってしまいそうだ――
ティアナにそれ程の衝撃をもたらした張本人は、一人のほほんと笑っているのでした。

「う~ん、ちょっと話が逸れちゃったかな」
「(み、見事に逸らされちゃたわ……)は、はい」
「その相合傘。なんていうか、雨の日にしか出来ない特別なことってイメージなんだ、私の中では」
「そう、ですか? 確かに余り仲のよくない人と傘を同じくすることはありませんけど……」
「うんうん。だから、相合傘出来る雨の日ってのは好きなんだ~」

 その見つめる先では、降り出した雨は窓を叩くほどに強くなっていますが、防音のしっかりした窓を越すことはありませんでした。
黒く立ち込める雨雲の為に、近くは街灯、遠くにはビル群の警告等が見えます。
それも窓ガラスを流れる雨の為に、明かりが確認できるだけで、しっかりと外の風景を望むことは出来ません。
それにも係わらず、なのはは、これから何処かイベントにでも出かける前かのように、楽しげな表情なのでした。
 流石にこれだけ雨脚が強ければ、相合傘どころではないでしょうに。
そう思わざるを得ない光景でしたが、楽しげにする上官に水を差すのも無粋かと、黙って視線を同じくするティアナでした。

「……まだ、スバルたち来ないね。どうしてた?」
「え、ええっと。多分、いつも通りだと」
「そっか。ならまだ時間かかりそうだね……お昼は? みんなを待って一緒に?」
「はい、そのようにスバルに釘を刺されてしまいましたから」
「じゃあ、まだ良さそうだね」
「何が……ですか?」
「こうやって、ティアナと世間話するの。それに、まだ聞きたそうだったし」
「そんな顔……してましたか?」
「うん。私に興味があるのかなって~って思ってたんだけど。違った?」

 自信満々とまではいかないでも、あっさりと言い切ってしまう。
 普通ならこんな口ぶり、反感を買うのが関の山だが、そう思わせない辺りが強みなのかしら。
何とも得な性分で、自分は決して持ち得ないだろうという気持ちが膨らむも、決して妬んだりすることはない。
同じような性分をもったパートナーの顔を思い浮かべれば、逆に自分は恵まれているのだろうか、と思うティアナ。
しかし、目の前の少女がそんなことを考えているなど露知らず、なのははのん気に話を続けます。

「何ていうのかな。二人きりって感じがするの」
「二人きり?」
「いつもよりくっ付いてられるって言うのかな。それも身体の距離じゃなくて」
「身体、じゃなくて」
「雨が降ってるときって、静かでしょ? 街の喧騒が大人しくて、周りを埋め尽くすのは雨の音ばっかり。
 そんな中に一つの傘に入って。二人でぎゅっとくっ付きあってると、なんだか世界に二人きり見たい――そう思うの」
「……なるほど」
「相手がそう思ってくれてるかは分からないけどね。
 私はそう思うの。でね、そうやって二人きりのまま雨の中を歩いていると、何だかぐっと距離が近くなるような気がして」
「でもそれは、身体の距離じゃなくて」
「うん。心、っていうのとはちょっと違って。意識とか、そういうのが一つになってく気がするんだ」
「意識……」

 窓の外は、相変わらずで、全く手を休める様子がありません。
これだけザーザーと降っては、感慨もなにもあったものではありません。
思わず端末を取り出して天気予報を確認するティアナ。
画面には「夕方ごろには雨脚は弱まり、夜には上がるでしょう」との表示。
朝から変わった様子のない天気予報のそれに、何故かガッカリする気持ちを隠せないでいると。

「私たちのいた世界ではね。こんなに降ったら傘を差してもベタベタになっちゃうんだ」
「確かニホン、でしたよね」
「それでこっちの世界に引っ越してきた時、相合傘をするチャンスが減っちゃうのかなって、残念に思ってたんだ」
「さっき言ってた、外を出歩く機会が減るから、ですか」
「う~ん、それもあるけど。
 こっちの世界は科学が進んでるでしょ? あ、これは私たちのいた世界から見てってことね。
 だから、きっと雨が降っても傘なんて差さないで、別の方法で雨をしのぐことになるんだろうなぁって」
「でも、予想に反してこちらでも傘を差していた、と?」
「そう。とっても小さく畳めたり、撥水が凄かったり、軽かったり……比べ物にならないぐらい便利なのは確かなんだけどね」
「私たちは生まれた頃からそうなので、ちょっと実感沸かないですね。もっと便利にならないかなぁとは、思いますけど」
「そうだね。でも、こんなに科学が進歩してるのに、私たちの世界と雨をしのぐ方法が同じだなんて……不思議」

 感慨深く話すなのはに対して、ティアナはそんなこと疑問に思ったこともなかったと考えていました。
雨が降ったら傘を差す。
それは当たり前のことで、濡れない素材の靴を履いたりするなど不快感を減らす方法は他にもあります。
でもそれ以上のモノを求めたことはなく、こういうモノだと、当たり前のように考えていました。

「まだあったかな。相合傘をするチャンスがなくなっちゃうかなって思った理由」
「なんですか、その理由って」
「天気予報の当たる確率。私たちの世界でもそれなりに当たるんだけど、こっちではもっと確実なのかなって」
「そう、ですね。流石に百%とは言いませんけど、ほぼ、当たりますから。でもそれが」
「あのね。相合傘って一つの傘に二人ではいる事でしょ?」
「はい。どちらかの傘に二人で――あっ」
「ご名答。普通、どっちかが傘を忘れちゃわないと、そういう機会ってないじゃない。
 でも、こっちじゃ急に雨に降られるってグンと確率が低いし、後はうっかり忘れたりでもしないと……」
「前者は滅多にないですし、後者だと相手に因りますよね。例えば……スバルとか」
「アハハハ。スバルってそんなうっかりさんなの?」
「あの子って濡れるの気にしないんですよ。寧ろ喜ぶぐらいで。だから忘れることすら気にしないと言うか」
「スバルらしい……なんて言ったら気を悪くしちゃうかな?」
「良い薬ですよ、スバルには」

 なにかあったのかな? と思わせるティアナの表情。
二人は訓練校時代から同室だと聞いているし、べたべたに濡れたまま部屋に入ったりして怒られたり――
まるで犬みたいに懐くスバルと、プリプリと怒りながらも身体を拭いてあげるティアナ。
見たことも無い光景であるにもかかわらず、その様子がありありと脳裏に浮かんできます。
堪らず笑みを零すなのは。
感の良いティアナは、決して自分にとって楽しくない想像なのだろうと肩を落とすのでした。

「だからね。私は相合傘が好きなんだけど、こっちに来てからはやっぱり機会が減っちゃって」
「そうですね。私も、誰かを入れたりと、そういう事は今までなかったですね」
「今日は珍しく予報が外れたのに、そっちの方向には転びそうになくて……ちょっぴり残念かな」

 楽しそうに見えたのは、予報が外れたこと。
けれどその雨は久しぶりな喜びを否定するかのように降り続いています。
それでも、予報では夜までには上がってしまうという。
午後の訓練は昼食後、数度の休憩を挟んですっかり陽が暮れ、二つの月が夜空を灯すまで続きます。
どちらにしろ、分かっている雨にチャンスは巡ってきそうにあまりせん。
「ちょっぴり」と口にした気持ちとは裏腹に、なのはは仕方ないと思いながらも大きく肩を落とすのでした。

「さて。いつまでも遊んでいるわけにはいかないね。しっかり仕事しないとヴィータちゃんに怒られちゃう」

 窓の外へ向ける未練を振り切るように椅子を回し、放っておいたモニタと書類に向かい合う。
 テキパキと続きをこなしていくその背中は、いつも通りでありながら、どこか寂しさを背負っているように見えました。
こんなことで――と思いながらも、そんな"こんなことで"一喜一憂出来る上官を可愛く思うティアナなのでした。

 

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