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新婚なの! 10-2 (1)

 
「懐かしいなぁ。全然変わってないよ」
「ふーん」

 窓辺に立ち、空の半ばまで上ろうとするお天道様を見上げて、呟くなのは。
温まりきっていない、朝の冷たい空気を取り入れようと、窓を開けます。
ドアは閉まっているので、部屋の中を通り抜けることはなく、足元を撫ぜるようにヒンヤリとした空気は入ってきました。
思わず飛び退いて、その空気から逃れようとします。
 なにズレたことやってんだ――
ヴィータは部屋の中央辺りで、頭の後ろに腕を組んでは周りを見渡しながらも、さも興味なさ気に答えました。

「んも~。……あ、ほら、見て? 埃も全然ないの。お母さんが掃除してくれたのかな」
「うーん? こりゃ違うだろ。昨日今日で掃除したんじゃねーよ。ちゃんと定期的にしてんだ」
「そっか。ヴィータちゃんったら分かるんだね」
「まーな。前にお前の部屋を掃除したとき、こんな綺麗にならなかったろ?」
「あ、あう……えへへ、そうだったかなー?」

 飛び退いた先にあったのは、使い慣れた、懐かし机。
着いて手をそのままに、人差し指で優しく撫ぜてみます。
少し自慢げに人差し指の腹を見せますが、それを無視して机の端をじっくり眺めるヴィータ。
呆れたような指摘に、なのはは素直に感心したつもりでしたが、嫌味で返され、恍けるしかありません。
小さく聞こえる溜息。
ごめんねー、とは言うものの、ヴィータの呆れ顔を元に戻すことは出来ませんでした。

「ったく。まあ、あれは、引き払う前だったし、全然帰ってなかったんだから仕方ないけどよ。今は――」
「あ、あー。それにしても殆ど帰ってきてないのに掃除してくれてるなんて嬉しいな~」
「……そりゃそうだろ。いつ帰ってきても良いようにしとくもんだ。――特にお前ん家の場合はな」
「……どういう意味?」
「言わなきゃ分かんねーか?」

 ヴィータとは視線を合わせず、机から離れ、反対側にあるベッドの端に腰掛けます。
埃の立たないようゆっくり落としたお尻には、ふんわりとした羽毛の感触が伝わり、それが干したてであることを窺わせます。
これは帰宅の予定を聞いて干してくれたようです。
しかも見覚えのない布団カバー。これも帰宅に合わせて新調してくれたのでしょうか。
でも、これ以外。
足の裏に触れる絨毯も、日差しを部屋へ招き入れている窓ガラスも。
何時。例え明日、急に帰ってきても良いように、普段から手入れがなされていることを容易に想像することができます。

「お前が何時、管理局を辞めても良いようにってことだよ」
「あはは。気の長い話だね」
「どうだか。どのくらい危険な仕事してるかって分かってりゃ、そう無理な心配でもないだろ? ま、生きて帰ってくれば、の話だけど」
「…………不吉なこと言うんだもん、ヴィータちゃん」
「そうやってさ。不安な気持ちを誤魔化してんの。分かってるんだろ」

 ヴィータは絨毯に視線を落とし、なのはから視線を逸らします。
どういうつもりで自分と一緒にココへ来たか。
いま、それを言うべきタイミングでないことも分かっていますが、言わずには居れないのです。
それが、指摘する桃子と同じ行動原理であることに気付かないまま。
対してなのはは、どこを見るでなくお天道様から目を背けるようにするだけ。
何度か遊びに来たことのある部屋で思い出話をするつもりだったのに、どうしてこうなってしまったのか。
どうしてヴィータがそういう態度をとるのか。
直ぐに答えは出そうにありません。

「まあ、今度からちょくちょく帰るんだな。桃子さんの努力が無駄にならな――いや、無駄になるようにかな」
「……無駄に、か」
「そうすりゃさ。毎日か、二日に一回か知らないけど。"よく実家に帰る娘の為に"って。それぐらいしたって罰は当たらないだろ」
「うん。そだね。じゃあ、今度から一緒に。なるべく帰ろっか?」
「な、なんでアタシまで付き合わなくちゃなんねーんだよ。お前だけ、家族水入らずじゃねーか」
「ざーんねん!」

 素早く立ち上がれば、左手でその小さな身体をさらい、有無を言わさず抱き上げます。
そのままの勢いで、ベッドへ倒れこむようにし、ゆっくりとお嫁さんの腰へ手を回します。
普段なら文句の一つも言って離れようとするのに、この時ばかりは黙ってしたいようにさせてくれます。
思わず頬が緩むなのは。
 こうやって甘やかすからダメなんだろうなぁ……
緩んだ顔をするなのはを見ながら、そう思わなくもないヴィータなのでした。

「ヴィータちゃんも今や立派な高町家の一員なんだから、一緒じゃなきゃダメだよー?」
「そ、そういうときは良いんだよ! じゃあ何か? アタシがはやてのところに帰るときはお前もついて来るって言うのかよ?」
「うーん、そうだなぁ……イヤだって言うなら留守番してるよ?」
「む、むぅ。そう面と向かって言われると」
「うそうそ~。そう言うの、ちゃんと分かってるから。私に遠慮しないでね~」
「……ちぇ。そう言うんなら普段から遠慮してくれっての」

 右手も回してしっかり抱っこすると、ゆさゆさ自分も揺れます。
左右に身体を傾ける度に胸に横っ面を押し付けられ、顔が歪むヴィータ。
しかし、自分の胸が割りとフラットなことをコンプレックスに思っているわけではないので、いやな気分ではありません。
ただ、はやてのおっぱい好きが伝染したのか、と少しだけ心配になるだけです。
それともう一つ当たるのが、なのはのサイドポニー。
頭に乗っかっては、くしゅくしゅと撫ぜてくすぐったいのですが、両腕を押さえ込まれどうしようもありません。
二人が揺れるたびにベッドがギシギシと音を立て、そのぎこちなさは、ベッドが主を迎え入れるのが久しぶりであることを窺わせます。

「ふ、ふぅ。ちょっと気持ち悪いかも……」
「調子乗りすぎなんだ。そんなに頭を揺らしたらそうなるに決まってんだろ?」
「そ、そういうヴィータちゃんはどう? 平気?」
「……平気じゃねーよ。お前の胸は当たって余分に揺れるし」
「ふっふーん。こーんな感じっかな?」
「むぎゅー! お前はそうやって抱きついてばっかいるんじゃねーよ!」
「ヴィータちゃんはそうやって私が抱きつきたくなることばっかり言うんだもん、仕方ないよ~」
「アタシのせいかよ!」

 余りに調子に乗って揺れを大きくするので、いい加減、わき腹を抓ることにします。
しかし、流石引き締まっているというか、掴み損ねて爪先でちょっと引っ掛ける程度になってしまいました。
これが逆効果とでもいうのか、普通に抓るより痛かったようで、なのはは手を離さざるを得なかったようです。
チャンスとばかりに、ベッドを離れ、二歩三歩と机に近づいたところで振り返ります。
ベッドの上では涙目でこちらを見るなのは。
ツンとした表情で、自業自得だ、と無言の抗議をするのでした。

「全く。油断も隙もあったもんじゃない」
「そう言ってぇ、隙だらけなんだもん。ダメだよ、ヴィータちゃん。私以外の人の前でそうやってするの」
「アタシがいつ油断したってんだ。それにな、お前の所有物でもないんだぞ」
「え~、油断だらけだと思うのに……あ、若しかして。それで"警戒してたの"?」
「ど、どういう意味だよ」
「ううん、なんでもないよ~。うんうん」

 一人納得したような態度に、なんだよー、と文句を言いますが、なのはは取り合いません。
何か腹立たしくて、問い質そうとしますが、こうやって近づくのは相手の思う壺。警戒してその場からは動きません。
余裕たっぷりにベッドに寝転び、手足を伸ばしてリラックスムードのなのは。
コレで近寄ったら絶対に押し倒される――アンテナは敏感にそれを察知します。
結局ベッドと机で言い合うばかりで、決着は付きませんでした。

「へ、へん。別に良いんだ。お前がそうやって思い違いをしてれば」
「どうかな? でも、思い違いを放っておくと後で大変だよ。私は頑固だから」
「ちぇ。分かってんなら直せっての、そういうところ」
「は~い」

 ふぅ、と一息。机に寄りかかって休もうとしたヴィータは、あることに気付きました。

「なぁ。この辺りにレイジングハート、置いてたよな? あのハンカチ、どうした?」
「えっとね、どうしたかな……う~んと。そうそう、引っ越す時にちゃんと持っていったよ。今は私の部屋にあるはず。でも、どうして?」
「いんや、別に。ただ、今は肌身離さず持つようになったからさ。どうしたのかなって」
「ふ~ん」
「な、なんだよ。その顔は。だから別にって言ってるだろ」

 ベッドに寝転んだまま、ニヤニヤとこちらを見つめるなのは。
またくだらない事を思いついたな、と思いますが、それを問い質すべきかどうか悩みます。
どうせ先ほどと同じく押し問答になるか、余計なことを口走って更に調子付かせるかのどちらか。
しかも今回は後者の算段が高そうなのだから余計に悩むのです。
こちらとしては、余り来たことのない部屋のインテリアや物が置いてあった場所など覚えていたとバレてしまうからです。
そんな心配は全く骨折り損でした。
時すでに遅し。
なのははヴィータが自分の部屋を詳しく覚えていてくれたことを嬉しく思い、それを隠し切れずに思わずニヤニヤとなっているのでした。

「うん、そだね。別にー、だね。えへへ~」
「く、くそぅ。余計なこと聞くんじゃなかった。ホントどうでも良いことだったのに……」
「何か言ったヴィータちゃん?」
「なーんも! 別に何にも言ってませんよーだ!」
「あん、待ってよヴィータちゃん」

 ツーンとそっぽを向いて部屋を出て行こうとすると、なのはは慌てて後を追うために、ベッドから飛び起きます。
久しぶりに活気を取り戻した部屋は、何時とも知れない、主の帰りを待つ、寂しい空間に逆戻り。
ただ、いつもより少し遅い、少しだけ温まった空気が、そよそよと辺りを満たしていくのだけが違っているのでした。


 


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