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2008年5月17日 (土)

敵わない

 
 ヴィヴィオがすっかり夢の中にいる頃。
枕もとのスタンドの明かりに照らされる、その柔らかな髪を撫でていると、背後に気配を感じた。
寝かしつけるためにヴィヴィオの隣に腰を下ろしていた私の横に、同じようにするなのは。
部屋着に着替え、露わになった太ももを、膝からそっと撫で上げる。
人差し指が何かをなぞる様に上がってくる、そのくすぐったさに、どうしようもなく身体を捩ってしまう。
そんな私の様子を楽しんでいることは、重々承知しているけど、どうしたって、くすぐったいのは仕方ない。
止めて、といっても、それが余計になのはの悪戯心に火をつけてしまうのも分かっているから、黙っている他ない。
そんな黙っているのを良いことに、更になのはは調子に乗ってしまう。
結局のところ、私に選択肢など殆どなく、なのはの好きなようにさせちゃう。

「うふふ。本当にフェイトちゃんの肌は何回触っても飽きないよ~」
「もう、なのはったら。あんまり意地悪しちゃヤダよ」
「えっへへー。フェイトちゃんが悪いなの~」

 人差し指が、太ももをリンクの上を滑るフィギュアスケートの選手のように撫でまわっている最中。
なのははずっと私の顔を、瞳を見つめている。
お互いの顔が、お互いの瞳に映りあうほどの距離で。
なのは曰く「その困った眉が可愛くて仕方ないの」らしい。
キュッと眉を寄せる仕草が堪らなくセクシー、なんて言うけれど、全然分からない。
誰しも長年付き合い、毎朝見る、自分の顔。
それが他人からどう思われているか言われても、ピンと来ないのが普通だと思う。
だから正直に分からないよ、と言うんだけど「またまた~。謙遜謙遜」なんて取り合ってくれない。
他の誰かに聞くのも変な気がするし、結局のところ、なのはの言う通りなんだろう、と結論付けるしかない。
……なのはの言うことを否定するつもりはないんだけど。

「ちょ、ちょっとなのは。駄目だよ、そんな」
「何が駄目なのか言ってくれないと分かんないなぁ?」
「も、もう」
「えへへ~。どうしよっかな~」

 どうあっても、なのはの悪戯心に火をつけるだけみたい。
私はなのはに対していつも八方塞。
それが好意であって、何をしても私のことを好いてくれると言う、これ以上ない幸せなのだけど。
流石にこう、毎晩のように攻められては困ってしまう。
でも以前のように、顔をあわせればところ構わず!な状況から脱することが出来ただけマシかもしれない。
毎晩こうして、なのはの欲求を溜め込むことなく接していれば、外で恥かしい思いをしなくて済むから。
恥かしい……そ、それを決して嫌なだけと思っていないこともバレなかったし。
もしそれが知れてしまったら――想像するだけで恐ろしい。
色々な意味で。

「ねぇ、フェイトちゃん」
「なぁに? なのは」
「そのまま……目を開けててくれる?」
「え? ―――あっ」
「…………んっ」

 私の顔――瞳なんだけど――を見つめたまま。一瞬、顔を寄せる。
元からくっ付いてしまいそうな距離にいるのだから、その動きから予兆を掴むことが出来ない。
ほぼ毎回、「開けててくれる?」といった、自分を見つめたままでいて欲しい、という類のセリフを吐く。
だから分かりそうなモノなんだけど、一度もそれに成功したことはない。
正直に言ってしまうと、殆ど阻止するつもりがないのが、最大の原因なのだけど。
……若しかして、なのははそれも分かっているのかも。

「んんっ……」

 腰を抱いて、グッと唇を寄せる。
ぴったりと隙間を埋めるかのように吸い付く、瑞々しさを湛えた唇は、私の理性を削っていく。
形あるものでもないのに、まるでその崩れていく音が聞こえるよう。
その崩れていく理性に戸惑っている様が、外に現れているんだろうと思う。
私の瞳を見つめたままの、なのはの蒼い、一番の居場所である空を思わせる瞳が、楽しそうに輝いているから。
きっと、そういう私の動揺を楽しんでいるんだと思う。
ホント、困っちゃうんだけど……断れない私が弱いのかなぁ、なんて。

「……ふぁっ」
「んっふふ。駄目だよ、そんな放しちゃ」
「あ、あむっ……んく」

 考えてばかりで、毎回息をするのを忘れてしまう。
だからいい加減苦しくなったところで、強引に、名残惜しいけれど唇を離してしまう。
触れ合った唇は音がしそうなほど、私の気持ちを代弁するかのように、最後までくっ付いて、離れる。
イメージするなら、中々剥がれないシールみたいに。
そうして放した唇で、忘れていた酸素の取入れを急いで行う。
また、なのはが直ぐに私の唇を塞ぐことが分かっているから。
最後に一つ、大きく息を吸ったところで、それに吸い込まれるように、なのはは寄せてくる。
――けれど、今日はそこからが違った。

「ん、んんんっ!?」

 いつもより、ホンの僅か。
時間にして1秒にも満たないほどの速さで、なのはに唇を塞がれてしまった。
それにも驚いたけれど、直ぐに、比べ物にならないほどの驚きが唇に触れることになる。
少しザラッとして、なにか滑り気のある、温かい何か。
それは右から左へと、私の唇を沿うように這っていき、反対側までいったところで、きつく下唇を吸われる。
思わず声が漏れ、なのはの腰へ回していた手を後についてしまう。
反射的に逃れようとしたんだと思う。
その時、なのははの瞳が悪戯っぽく光ったかと思うと、頭の中に直接声が響いた。

『駄目だよ、フェイトちゃん。そんなしたら……ヴィヴィオが起きちゃう』
「…………っ!」
『そうそう。ベッドを揺らさないように。私に任せてくれれば大丈夫だから』

 背中にヴィヴィオの寝息を感じながら、ゆっくりと前へ体重をかけていく。
なのはに乗り上げるような形になり、それを腰に回した手でサポートしてくれる。
その間も勿論、なのはからは目を離さないし、なのはも私から目を離さない。
完全に乗ってしまったところで、胸が密着するほど抱かれると、直ぐになのはに唇を塞がれる。
今度はキツク閉じていたんだけど、こじ開けようとする滑りに対して、その意思とは逆に、あっさりと道を譲ってしまう。
さっきより口を開いてピッチリと塞がれた唇の裏側へ進む。
そこから下の前歯を通り、上の前歯の表面をザラッとしたそれが、一気に駆けていった。

『あwせdrtfyぐひjこlp!?』
「わっ!?」

 唐突な、今までの人生で感じたことのない刺激に、頭の中で火花が散ったようにチカチカとなる。
念話を繋げたままだったので、その刺激がなのはにも直結送り込まれてしまったみたい。
鳩が豆鉄砲を食らったよう、という言葉がある。
私は鳩が豆鉄砲を食らったところなんて見たことはないけど、きっと今のなのはみたいな顔なんだろうって思う。
そう思えるぐらい、その大きな瞳は、更に大きく、まん丸に見開かれていた。

「ごめん、なのは。急なことでビックリしちゃって……」

 見下ろすように謝ると、思い出したかのようにその表情をパッと変え、むーっと頬を膨らませる。
その変化が堪らなく可愛らしかったのだけど、驚かせてしまったのは私なんだし、その感想をグッと堪えることにした。
でも、言い訳をさせてもらえるなら、あんな事されたら誰だって驚いちゃうよ。
アルフに顔をベロベロと舐められることはあるけれど、歯を舐められたことなんてなかったんだから。
自分で自分の歯を舐める事はあっても、それが人の舌となれば全然違うんだよ。
だから、ホント……

「んもー。それなら許してあげる。私こそ、驚かせちゃってゴメンね?」
「う、ううん。そんなこと……」
「そう? じゃあねぇ……えへへ。一つ、良いかな?」

 ニッコリと笑ってはいるけれど、その瞳の奥に潜む企みを、私は見逃さなかった。
スタンドの明かりを僅かに反射した、それでも蒼く蒼い瞳。
こういう前振りがある以上、絶対にさっきより大胆で、私が困ってしまうことをするに決まっている。
そして――それを絶対に私が拒否しないことも。
ううん、出来ないって言った方が適切かもしれない。
何だかんだ言って、結局最後はなのはの言う通りになってしまうのだから……また叱られちゃうね。

「え、えっと」
「うぅ~ん、だーめ。それは聞けないなぁ」
「あ、う、んんっ」

 初めから、なのはのそれを迎え入れる為に、けれど恥じらいの為にホンの少しに開かれた唇。
塞がれてしまう直前、なのはの唇からちょっぴりだけ覗いたそれが、悪戯っ子みたいでとても可愛らしかった。
私が目を、一瞬とはいえ奪われていたことに気付いたみたい。
なのはは同時に『うふっ。そういうフェイトちゃんも可愛いよ』だなんて。
念話は頭の芯に直接響くようにして、普通に口にするよりもダイレクトに感じてしまう。
そのせいか、思ったよりも唇を開いてしまったみたいで、なのはとの密着は予想以上だった。
腰に回していた腕を、背中に這わせながら徐々に上がっていって、肩甲骨、項、耳元となぞっていく。
耳の裏を撫でられるのが感じてしまって、それがくるであろう、項辺りになったときの期待というかなんと言うか。
ゾワゾワと湧き上がってくる感覚に逃げ出しそうになってしまうけど、頭をしっかり抑えられて、それすら叶わない。

『んっふふ。だーめ。そんな風に逃げちゃ』
『だ、だって。この……この、こうしてされるのが』
『腰も逃げちゃってるよ? こうやって、お尻を感じるのも悪くないけどねー。えへへ』
『や、やだ。もう』

 逃げようと身体を捩るたびに、なのはに乗ってしまっているから、どうしてもお尻を押し付ける形になってしまう。
これも毎回のこと。
だったならいい加減、そうしないようにすれば良いものを、一向に上手くいく気配がない。
こうしてガッチリと腰を抑えられているというのもあるけど、やっぱり……
なのはが嬉しそうにしてくれるのも分かっているから。
私自身、真剣に止めるつもりがないんだと思う。
そういうのも全部、見透かされているのかなぁ……

『う、ううん!?』
『二度目だよ? まだ慣れない、かな?』
『そ、そんな……んんっ。直ぐに慣れないよぉ』
『だったら慣れちゃうように……やっぱり慣れない方が良いかなぁ』

 どうして意地悪するの?と聞けば、「戸惑うフェイトちゃんが可愛いから」なんて。
前歯の表面を、上と下。丹念になぞってくれる。
ザラザラとした感触に、僅かに歯の表面を削られるような感覚すらする。
ああ、歯を磨いていおいて良かった。
ううん、もっと真剣に磨いておくべきだったかも。
ヴィヴィオと一緒だったから、何時もよりはちゃんとしたんだけど、それでもやっぱり。
やだな、ネバネバしてたり、そんなことないかな。

『なーに他ごと考えてるの?』
『! そ、そんなことないよ』
『う・そ。だって、私のこと見てなかったもん。それぐらい……分かるよ』

 油断したかもしれない。
閉じて重なり合っていた前歯が開いてしまって、その隙間に更に差し込まれる。
歯の先を、ずらっと端までなぞったかと思うと、上前歯の裏にまで侵入してきた。
再度の衝撃。
まさか。そんなところまで入れてくるとは思わなかったから。
驚きに身を引いてしまって、それは当然なのはに抑えられてしまう。
その反動で、私は身体ごとなのはにぶつかってしまった。

「いったーい! ――んぎゅ!」
「あ、わ! なのは、ごめん! 大丈夫!?」

 なのはが悲鳴をあげる直前。
ガチッ!っとお互いの歯がぶつかりあって、なのはも堪えきれなかったんだと思う。
私の重みで、そのまま後ろへ私ごと倒れこんでしまった。
ベッドはふんわりと受け止めてはくれたけど、ぶつかった歯の痛みは意外に鋭く、未だに響いているみたい。
目尻に涙をためた姿に、思わず抱き上げてしまった。

「う、うん。大丈夫だよ」
「そ、そっか。良かった」
「うん。だけど、ヴィヴィオが……」
「え、えっ?」

 なのはを抱いたまま、慌てて振り向くそこには――
さっきと同じ。全く動いた様子すらない可愛い寝顔が、スタンドの淡い光に照らされていた。
――騙された。
腕の中のなのはに意識を向けようにも、時すでに遅し。
顔を戻す間もなく、私の身体は一瞬宙に浮き、次の瞬間には背中でベッドの柔らかさを確かめることになっていた。
駄目だよ、そんなことしちゃ――なんて。
喉の途中でひっかかってしまって、それは表に出ることはなかった。
目の前に広がる光景が、思わず口を噤ませてしまったから。
私の左右に落ちる、なのはの栗色の髪。
部屋は既に明かりが落ちて、私たちを照らしているのはスタンドの明かりだけ。
その淡い明かりに梳かされた髪は、琥珀のそれを思わせる輝きを持って、私を包んでいるように感じられた。
なんて言ったら良いんだろう。
琥珀色。それはそうなんだけど、もっと濃くて、もっと輝きを秘めていて。
それ自体が、光を放つなにかみたいだった。

「どうしちゃったの? 私の髪、そんなに気になっちゃう?」
「……うん。だって、とっても綺麗なんだもん」
「そう? 私は……フェイトちゃんの髪の方が綺麗だと思うな。朝も、夜も」

 以前。なのはが、月明かりを浴びた私の髪は金色じゃなくて白銀みたい、といったことがある。
色素が薄いってことなのかな、と少し、気になった覚えがある。
でも、悪い表現ではないし、褒めるニュアンスだったのだから、直ぐに惚気てしまったんだけど……
やっぱり今も、なのはは私を見てそう思ってくれるのかな。
だったら。
このスタンドの明かりすら、消してしまいたいのだけど。

「消しちゃう? 私は、どっちでも構わないんだけど~」

 構わないことはない。
なのはは私に消させたがっている。
そこまでは分かる。けれど、そこから先が分からない。
明かりを消してしまったらどうなるのか、それが分からないから。
別に、なのはに任せてしまっても良いのだけど……この琥珀の輝きは、捨てがたい。

「う~ん。そうだ、フェイトちゃん」
「なぁに、なのは」
「さっきぶつかっちゃった、お詫び。して欲しいな~」
「え、えっと……しなきゃ、駄目?」
「だーめ。そうじゃなきゃ許してあげないよ~」

 私が動かないから、別のプランに切り替えたみたい。
やっぱり、消しておけば良かったかな……?
でも、こうなってしまっては、動かざるを得ない。
私に覆いかぶさって、瞳を期待に潤ませるなのはに謝ることにした。

「ごめんね、なのは。痛かったでしょ?」
「うん。だから、お詫びの……チュー、して欲しいなぁ」
「え、え? だ、だってそれはさっき散々……」
「ううん。私からじゃなくて~。フェイトちゃんからして欲しいの~」

 腕を折り、顔を寄せて強請る顔をもっとみたいのに、そうさせないかのように、更に寄せてくる。
大きく、蒼い瞳を潤ませて、鼻先で息がそよそよと顔をくすぐる。
卑怯だ――そう思う。
私の顔は見たがるくせに、自分の時は見せてくれない。
今だって、決して見せないように顔を寄せてるんだもの。
目は口ほどにモノを言う、とはいうけれど、やっぱり、その全部を見てみたい。
なのに。

「……だめ?」
「……ううん。そ、それで良ければ」
「じゃあ。お願い、ね?」

 私の次の行動を待ちわびるように、そっと瞳を閉じる。
私から唇を寄せるとき、その表情を見られない安心感はあるけれど、なんだか不公平。
なのはがどうやって受けて入れてくれるのか、それを見てみたいとは思うけど。
でも。
それを口にする勇気が私にはなかった。
欲求よりも、自分がどんな変な顔をしているのか、見られるのが怖いんだもん。

「じゃ、じゃあ。良いね、なのは?」
「はーい」

 脇に、だらんと置いていた腕を、なのはの背中と首元へ回していく。
それを合図に、なのはの身体は徐々に力を抜いていって、私に抱かれるように重ねる。
じっとりとその重みを噛み締めながら、ゆっくりと、自然に唇を重ねていく。
なのはのような大胆さが欲しいとも思うけど、私はコレで充分。
瞼が下りる、その瞬間までなのはを見つめて。
光がなくなり、身体中の意識と神経に、その全てが注がれる。
やはり、目で見ているモノに捉われがちというか、そちらに意識が向いてしまうから。
たまにこうして、真っ暗な中でなのはを感じるのも悪くない。
ううん。こうして、世界で二人きりみたいな錯覚を抱きながら抱き合っていたい。
でも、やっぱりそれをするには……もう少し、大胆さが必要なのかなぁ。

 

 

「おはようさん、二人とも。相変わらず朝から血色エエねぇ」
「そうかな~? フェイトちゃんと一緒に寝てるから自然とそうなっちゃうのかも~。えへへ」
「あー、はいはい。朝からご馳走様」

 登ったばかりの朝日が窓から降り注ぐ、ここは食堂。
ヴィヴィオはまだベッドで夢の中。
私たちだけ先に朝ご飯を済ませているところ。
本当は一緒に食べたいんだけど、今日は早くに出かけなくちゃいけないから……ごめんね、ヴィヴィオ。

「しかし。それは何時ものことやとして。エライご機嫌さんやね? なのはちゃん」
「えへへ~、そうなぁ~」
「うわっ。そのどうしても聞いて欲しそうな顔。くぅ~、聞いたら負けのような気がする~」
「は、はやて。そんなに深刻なことじゃ……」
「あ、あかん。このままじゃ仕事が手につかへん。どうせフェイトちゃん絡みやとは思うけど……教えてなのはちゃん!」
「ふっふっふ。そこまで言うなら教えて進ぜよう、なの」

 ゴクリ。はやての喉が鳴ります。
駄目だよ、はやて。きっとガッカリするだろうから、聞いちゃ駄目だったら。

「実は。今更ーって思うかもしれないけど」
「な、なによ」
「……フェイトちゃんって、とっても歯並びが綺麗なんだよ~。えへへっ。大発見!」
「―――は?」
「だ、だから言ったのに……」
「やっぱり歯並びは重要だもんね。うんうん」
「……フェイトちゃん。ちょいと、イーっとしてくれるか?」
「う、うん。良いよ」

 はやてに向き直り、言われたとおり、イーっとしてみる。
こんな顔したことないから少し恥かしいから、ちょっと控えめにだけど。

「う~ん。ふんふん、なるほど。言われて見れば確かに綺麗な歯並びしてるね」
「そうでしょう~?」
「フェイトちゃんは、そない口をあけて笑わへんし、今まで気付かへんかったんかもな」
「それに美人さんだから、それが当然だと思ってたんだよきっと」
「……まあ、そういうことにしとこかね」

 どうしてなのはは急に私の歯並びの話なんてしたんだろう。
そんな今更するような話でもない思うんだけどな。
はやても私と同じように疑問に思ってるみたい。
さっきから私となのはの顔を交互に見比べては、なにやら考え込んでる。

「この歳になって、改めて相手の良いところに気づくんは良いことかもしれへんね」
「そうそう。これからも、もーっとフェイトちゃんの良いところに気付いていけると良いなぁ」
「そやね。そない口ん中まで分かる――あ、ははーん。なるほどぉ」

 はやての双眸が怪しく光る。
朝日を受けても尚、怪しく光る――ように見えるそれ。
これはきっと良くないことだ。
主に、私にとって。
けれど、それを止めるわけには行かない。
きっと、私が口を挟んだ瞬間に薮蛇になることは間違いないから。
だから、被害を最小に食い止める為に、ここは敢えてはやての企みを見逃すしかないんだ。

「どうしたの、はやてちゃん」
「いんやぁ、別に。いくら仲良うても、そうそう相手の口の中の様子を把握するチャンスってないなぁと」
「そう……だね。うん」

 ああ、なのは。駄目だよそんな。まんまと思惑に乗っちゃ……

「歯並び、いうても前歯の、やからね。それを"何らかの方法"で確かめたんやろうなぁ」
「うん、そうだよ」
「あ~あ。私も"そうやって"前歯の歯並びを確かめ合うような相手が欲しいわぁ」
「えっへへー。羨ましいでしょ、はやてちゃん。でも、フェイトちゃんは上げないからね~」
「ホント、なのはちゃんは欲張りさんやね。なぁ、フェイトちゃん?」
「え? あ、うん」

 はやてに向けられたその視線。
勘が良いはやてのことだ。きっと昨夜の出来事の一端を読み取ってしまったのかもしれない。
言いふらす事はないとは思うけど……ああ、気が重いよ。
それに……恥かしくてしょうがない。
顔が熱くなっていくのが分かるし、今すぐ、ここから逃げ出したい気分。
でも、二人を置いていけば、どこまで会話が進んでしまうかわからないし……

「今度は、フェイトちゃんに私の歯並び、確認して欲しいなぁ。ね~?」
「え、あ、う、うん」
「あ~あ。朝一からこない見せ付けられたら堪らんわ」

 わざとらしく溜息を吐くはやて。
その向かいでは、なのはが蕩けたような笑顔を私に向けてくれている。
ああ。結局のところ、私がどれだけ悩んだり考えたりしたところで、なのはには敵わないんだ。
でも、それは決して悪い気はしない。ううん、何だか心地よい敗北感に、私はゆったりと幸せを噛み締めるのでした。


 


 おしまい。


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 以前、素敵な曲などを聴いていると――と書いたことがありましたが。
このSSはSEA STAR様の描かれた本を読んでいる時に、ふと、浮かんだシーンを元にしました。

さっきと同じ。全く動いた様子すらない可愛い寝顔が、スタンドの淡い光に照らされていた。
――騙された。
腕の中のなのはに意識を向けようにも、時すでに遅し。
顔を戻す間もなく、私の身体は一瞬宙に浮き、次の瞬間には背中でベッドの柔らかさを確かめることになっていた。

 それは、具体的に言うとココです。
ここから前後を書き足していって出来たのが、このSSだったりしました。

 

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