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新婚なの! 10-3 (2)

「ヴィータちゃん、早く入っておいでよ~」
「お、おう。わーってるよ」

 磨りガラスの向こうでモジモジしている影を、なのははかけ湯をしながら待ちます。
一瞬あって、拳一つ分ほど開いた隙間から中の様子を窺うべく、ヴィータはその大きな瞳を覗かせるのでした。
空かさず腕を掴み、中へ引きずり込むと、自分の胸に飛び込む形になってしまうヴィータに、デコピンを一発かまされてしまいます。

「もう、直ぐにそういうことする~」
「こっちのセリフだ。こっちじゃ滑らないように出来てねーんだ。怪我でもしたらどーすんだよ」
「怪我したら看病してくれるでしょ?って、いったーいぃ!」
「バカも休み休み言えっての。アタシ以外のヤツに迷惑かけるって事、どう思ってるんだよ」
「もう、冗談冗談。直ぐにそうやって本気にするんだから」
「そうやって茶化すなよ。お前は言っておかないと本気でやりそうだから困るんだ」
「まさか。進んで怪我をする子なんて滅多にいないよ。誰だって怪我なんてしたくないもん」
「どーだか。その滅多に、ってのがな」

 ムッと怒ってみせますが、胸に顔を乗せたままでは今一迫力に欠けます。
傍から見たら随分と新婚さんらしい体勢ですが、その当事者が全くそう言うことに疎い為に、色っぽい雰囲気など微塵もありません。
きっとはやてなどは、こういう話を聞けば盛大な溜息を吐いてくれることでしょう。
反省の色をさっぱり見せないなのはに呆れて、のそのそと身体を起こすとザッとかけ湯をして、湯船にさっさと浸かることにします。

「あ、ちょっと~。せっかく待ってたのにどうしてそういう事しちゃうの?」
「頼んだ覚えはないんでね。それにいつまでもそうやってると風邪引くぞ、風邪」
「寒いから風邪を引くってのは迷信なんだって。この間テレビで言ってたよ。ホントにホント」
「……ミッドで今更そんなテレビやるかっての」
「信用しないんだね。そんなヴィータちゃんは寒いって風邪を引くといいよ~だ」
「勘弁してくれ。せっかくこっちに帰ってきて風邪なんてひいてられっかよ。それにだ、今寒いのはお前だぞ」
「あっ。そ、そうだったね。えへへ、風邪ひいちゃうところだった」
「うわっぷ!? ぺ、ぺっ! お前なぁ! 子供みたいな真似すんじゃねーよ!」

 ザブンと勢いよく湯船に飛び込み、たっぷりと張ったお湯は大きな波となって襲い掛かります。
アッパーカットを仕掛ける波は鼻を直撃し、喉と鼻の間ぐらいがツーンとします。こればかりはいくら鍛えたって敵いません。
ケホケホと咳き込んでいる様子に、なのはは謝りますが、大して全く悪びれた風もなく、更にイライラが募ります。
こうなっては、黙って引き下がるわけにもかず。
そのまま暫しお説教タイム。
なのはは、形だけでも済まなそうな顔をしておけばよかったかな、とこれまた的外れな反省をしているのをヴィータは知る由もありませんでした。

「久しぶりに家族の顔見てはしゃぐ気持ちも分からんでもないけどな。大体……」
「あ~んもー。分かりました、分かりました~」
「その言い方が反省してねーって言ってんだろ。ギギギ! こっちくんな!」
「あ~、それは聞こえな~い。近づいちゃダメとか抱きつくなとか聞こえな~い」
「お湯かけるぞ!」
「あ~。湯船で暴れるなんていけないんだ~。ほらほら、いつも言ってるでしょ~?」

 狭い湯船では然したる抵抗も出来るはずもなく、しかも、普段口酸っぱく言っていることを返されては文句も言い辛いというものです。
しかし、これはなのはの作戦なのでした。
元々、"普段"口酸っぱく言うほど一緒にお風呂に入るわけではないのに、咄嗟のことで気付かなかったのです。
 その一瞬。
それだけで、なのはには充分でした。
ギュッと両腕を掴んで持ち上げてしまえばこちらの物。
慣れた手で、くるっと回してその胸に抱いてしまえば、文句を言いつつも大人しくなってしまうのが自分のお嫁さんだからです。
案の定。すっぽりと腕に収まったヴィータは、幾らか口を動かそうとするだけで、そこから言葉が発せられることはありませんでした。

「……」
「あれ~? どうしちゃったの? 急におとなしくなっちゃって。えへへ、ついに観念したのかな?」
「ち、ちげーよ。あんま暴れるとお湯が勿体無いだろ。だから、そんだけ。勘違いすんじゃねーぞ」
「は~い、了解しましたよ」

 そんな事を言いながらもヴィータは軽く頭を預け、思う存分手足を伸ばします。
ヴィータの言う「勘違いすんなよ」とは、「なのはの横着を許したわけじゃない」と言う意味で、デレているわけではありません。
しかしなのはは「うんもー。ヴィータちゃんは素直じゃないんだから」と、一人デレデレしています。
この辺りのすれ違いというか、認識の違いはヴィータがはっきりと意識しているので、特に問題化しません。
ただ、ヴィータ自身も気付いていないニュアンスを含んでいる場合もあり、その辺り、なのはの解釈は間違っていないのかもしれません。

「ねぇ、ヴィータちゃん。一つ聞いて良い?」
「んー。別に良いぞ」
「さっきね。どうして直ぐに入ってこなかったの? いつも入ってるんだから恥かしがることないのに」
「質問には答えてやるが少し待て。いっつもはないだろ。その辺さらっと捏造すんじゃないぞ」
「あれ? そうだっけ。じゃあ、最近は割りと一緒に入るの多くなってよーって意味だと思って」
「……なら良いけどよ。他所で言いふらすなよ。勘違いされても困るからな」
「なにが? 私たちは新婚さんなんだから一緒にお風呂はいるぐらい普通でしょ? 普通」
「お前の普通は当てになんないね。一体どこでそんな話聞いてきたんだよ」
「えっとね。確か新婚生活応援雑誌――んぎゅ。いったーい」
「そんなのないだろ。分かりやすい嘘つきやがって。まあ良いや、外で言わなきゃな。そんで、えっと。何の話だっけか」
「なにをモジモジしてたのー?って話」
「あ、ああ。えっとな、なんつーか、その……」

 伸ばしていた手足を抱え込み、急にモジモジ、借りてきた猫のように大人しくなってしまいます。
 これはチャンス!とばかりに追求するなのは。
わき腹を突付いてみたり、頭に顎を乗せてみたり、胸を押し付けてみたり。
もちろんヴィータは嫌がりますが、「だったら早く言ってよー。教えてよー」の催促に黙ってしまいます。
こちらとしても、黙ってしまった理由は当然知りたいですが、このまま遊べるのも別に構わないかなー、などと、呑気に構えていれば。
腕の中で、こちらからのちょっかいに嫌がりながらも、ヴィータはボソボソと零し始めました。

「あの、なんつーか。ここのお風呂使うのさ、初めてじゃないんだけどよ」
「そう言えばそうだね。あの後、はやてちゃんと来たんだっけ? 全部で五回ぐらい?」
「まあ回数は良いんだけどよ。まさかさ、お前と一緒に入ることになるなんて思わなくてさ。そんで」
「ふぅん。でもよく考えると、私の家にお泊りに来てるんだから、一緒に入ってても良かったのにね。勿体無いことしたかなー」
「何が勿体無いんだよ」
「だって。――ううん、なんでもない。今が一緒ならそれで良いよ~」
「ぎゅー。ちっくそう。一人で考えてたのがバカみたいじゃんかよ。ええい! 放せ!」
「イヤですよー。今度帰ってこれるの何時になるか分かんないんだもん。今のうちに堪能しておかないと~」
「ぎぎぎ! そ、そんなこと言ってねーで積極的に帰ってくるよう努力しようとか考えねーのかよ!」
「あれれ? ヴィータちゃんがそんな一緒にお風呂入りたい子だなんて思いもしなかったな~。もう、そうならそうと言ってくれれば~」
「言ってねーだろ! お前の頭ん中どうなってんだよ! いっぺん医者に診てもらって来い!」
「えー? 聞こえなーい。うわっぷ!? もう、暴れちゃダメだよ、ダメだったら」
「うっせ! だったら放しやがれ!」
「うんも~。そういって照れるヴィータちゃんも可愛いですよ~。えへへ~」
 ・
 ・
 ・
「二人とも、一体お風呂でなにしてたの? 逆上せるだなんてよっぽどよ?」
「う、うえぇ~。ちょ、ちょっと……」
「家のお風呂ってそんなに楽しかったっけ? 今住んでるところはどうなの? 広い? 狭い?」
「……ふ、普通、です」
「ふ~ん。一回そっちに遊びに行きたいんだけどなぁ。私には魔法の素質はさっぱりみたいだし。残念」
「そうね。遊びでは行ったことのない所だし……あっちからお土産を持って帰るのもダメなんでしょ?」
「遊びで――あ、はい、そうです。基本的にダメです。役職についているか、事前に面倒な審査をするとか」
「リンディさんに頼むのも何だか違う気がするし。気を利かせちゃ悪いモンね。後はなのはに頑張ってもらうしかないかな~」
「……ど、努力しま、す」

 長い長~いお風呂から上がった二人は見た目にも真っ赤で、明らかに様子が変でした。
桃子と美由希が駆け寄ると同時に、まるで誰かに引っ張られるように後ろへ倒れる二人。
何とか腕に収まるのでしたが完全に逆上せていました。
今はタオルケット一枚でソファーに横たわり、頭と足、脇を濡らしたタオルで冷やしているところです。
そんな四人を部屋の入り口に大きな影が一つ、こちらの様子を窺っているのでした。

「なぁ~。そっちに行っちゃダメか~」
「ダメよ、ダメダメ。父さんはあっち行ってて」
「そうよ。幾らなんでも年頃の娘の裸なんて見せられないんだから。それにヴィータちゃんだっているのよ?」
「…………分かりました」

 影は未練がましく顔を引っ込めると、順々に足音が遠のいていきます。
 仕方ないお父さんね、と微笑みかける桃子にヴィータは上気した頭のまま、ぽそぽそとある疑問を口にします。

「あの……お父さん、ってのは……ああ言うもん、なんですか?」
「う~ん、そうねぇ。一般的かどうか分からないけど、男親にとって娘は特別大事みたいよ?」
「ふ、ふ~ん。じゃ、じゃあ。お母さん、は?」
「う~ん……どうかしら? 同じ女だからちょっと違うかもしれないわね」
「え~。嘘でも心配って言ってよ~」
「はいはい。心配ですよ。だからもう少し大人しく寝てなさい」
「は、は~い。分かりました……」

 ヴィータはもう少し聞いてみようと思っていましたが、なのはの横槍に、次のタイミングを見失ってしまいます。
 桃子はパタパタと畳んだタオルで仰ぐ手のまま、頭を起こすなのはを寝かせてしまいます。
ヴィータからは伸びた桃子の手しか見えませんでしたが、その手際の良さにヴィータは感心しきりのようです。
それでもまだ、何か言い足りなかったのか、頭の上でブツブツ文句を言っているなのは。
ついにはお嫁さんからも叱られてしまうことになるのです。

「った。いたーい。何するのヴィータちゃん」
「お前、ちょっと静かにしろ。後な、親の言うことは聞いとくもんだぞ」
「……はーい。分かりましたです。もう、ヴィータちゃんのお陰でお母さんが二人みたいだよ~」
「なーに? なのはったらヴィータちゃんにも怒られてるの? といっても母さんに怒られてるところ見たいことないけどね~」
「あらあら。だったらヴィータちゃんの手を焼かせないようにもうちょっと厳しくした方が良いかしら?」
「う、ううん! 全然そんなこと――う、うぅ~。気持ち悪い~」
「だから言ったでしょ? 大人しくしてなさいな」

 完全に頭の上がらないなのは、というのはヴィータにとってとても新鮮で、逆上せたのとは別にとても気分が良いものでした。
その点。いつも自分の言うことを聞かず、我侭を言うなのはに自分はまだまだ何だなぁと実感し、桃子への尊敬の念を強めるのです。
 桃子はヴィータがそんな事を考えているなどつゆ知らず、なのはに小言を言いながら煽り続けます。
 そんな、桃子、ヴィータに責められる妹を前に、美由希は愉快なことになっているなぁ、と黙って煽るのでした。

「…………はぁ。せっかくなのはが帰ってきたって言うのに。この扱いは何なんだ」

 士郎は一人寂しくダイニングで庭を眺め続け、夜は更けていくのでした。


 


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