« 新婚なの! 10-8 (2) | トップページ | チャオオオン!*大変だったよ、の意 »

新婚なの! 10-8 (3)

「どうかな、ヴィータちゃん」
「んー?」

 自分の靴も揃え、返ってくることのない、お邪魔します、の挨拶をして家に上がるなのは。
 傾いて、赤みを帯び始めたお天道様が、リビングを赤ともオレンジともつかない色に染め上げていました。
 そのリビングはがらんどうとしていて、何度か遊びに来ているなのはをして、こんなに広かったのか、と思わせるほどでした。
 そんな広々としたリビングの真ん中に、ポツンと立つヴィータ。
 すっかり元の姿に戻っており、その不安になりそうな小ささが、リビングの広さを際立たせていて――
 がらんどうとしたリビングに伸びる影が、その小ささを際立たせているのでした。

「久しぶりの我が家は。感慨深かったりする?」
「そう、だな……思ったより」

 一度区切りをつけた言葉は、それとは裏腹に、悲しみとも嬉しさともつかない感情に彩られています。
 しかしなのはは、上辺をなぞり、それに頷きつつ、同意の言葉を口にするのでした。

「私もそれ程でもなかったけど……ヴィータちゃんは、ね」

 何もないリビング。
 カーテンは付いていますが、それも色あせて、この二年という時間の経過を示しているかのようです。
 そして、ビルの合間に入ったときよりも、ひんやりと冷え込んだ空気。
 今日は、一日温かかったとはいえ、人気のないことが、これほどに冷たくするものなのかと思わせるのでした。

「ねぇ、ヴィータちゃん。この家、誰が管理してくれてるの?」

 その身を包む寒さ以上に、沈黙に耐えかねたなのはが、疑問を口にします。
 間を持たせるためだけではなく、それはそれで気になってはいたことなのですが。
 ヴィータは、なのはを見ることなく、うーんと考え込んで、そのまま答えます。

「ああ、それはさ。すずかさんにお願いしてるんだ。そんで定期的にノエルさんが見に来てくれてる」
「そうだったんだ。すずかちゃんとはやてちゃん。一番仲良しさんだったもんね」

 充分に納得できる答えです。
 別に、嘘を吐く必要のない場面なのですから、素直に受け取れば良いのですが。
 ふーん、と納得したなのはを、待ったいたわけでもない風に、ヴィータは一人続けます。

「はじめはさ。引っ越すって決めた時。当然だけど、この家をどうすんのかって、話し合ったんだ。
 誰かに売るとか、更地にするって選択肢もあるだろうけど、そんなの誰も選ぶわけないし、口にすらしなかった。
 でも放って置くわけにもいかないし。
 何でかさ、はやてはサバサバしてたけど。
 多分、アタシ達に気を使ったんだろうと思うんだ。
 なにせ、引っ越す理由の殆どはアタシ達にあるわけだし。変身魔法で誤魔化すにしたってさ、不便だし」
「そうだね。……特にヴィータちゃんは」
「あとザフィーラな。大型犬だと15年ぐらい生きるらしいけどさ」
「と、当分大丈夫なんじゃないかな……」

 ヴィータは台所に目を向けたまま。なのはは、その後姿を。
 二人の視線は交わりません。
 隣にぴったり、いつものように並ぶこともなく、なのははその後姿をジッと見つめます。
 少し手を伸ばせば、いつものように抱きしめて上げられる位置にはいるのだけど――
 もっと近くに寄って、抱きしめてあげたい。
 やっぱり家に駆け上がっていったのは、自分に顔を見せたくなかったからじゃないかしら。
 リビングに一人立つヴィータの、背中に感じたモノはなんだったのかしら。
 ポツンと、小さく見えたのは、決して事実そうだっただけでなく、その背中に、見ることの適わない表情を見たような気がしたからじゃないかしら。
 淡々と喋るその姿は、油断すると、不意に感情が漏れ出してしまうからじゃないかしら――
 そう思うのに、何故かそれ以上近づけなくて。
 何が自分を躊躇させているのか、ヴィータの心以上に、自分の心が分からなくて。
 なのはの自問自答が繰り返される間、なおもヴィータの話は続きます。

「どのくらいかしれないけど、掃除とかメンテナンスに来てくれてるみたいなんだ。
 お金持ちだからか分からないけどさ。いくら友達でも、その家を管理してくれるだなんて普通出来ないって」
「……すずかちゃんははやてちゃんとのこと、大切に思ってくれてるんだよ」
「はやてと、アタシたちにとって。この家がどういう意味があるかって、一番の理解者なんだろうな。
 アタシにはさ……到底出来っこねーよ。そんな人のことまで頭回んねーもん。自分のことで精一杯だから」

 玄関前の綺麗さ。手入れの行き届いた垣根。
 幾らか放って置いた部屋特有の、埃っぽいような、ザラザラとした空気感がなかったこと。
 床が綺麗で、靴を揃えたときに見た壁際にも、埃一つ、見受けられなかったこと。
 家具さえ持ち込めば、今日からでも生活が始められそうな、そんな雰囲気であったこと。
 その理由が分かりました。
 けれど、今のなのはにとって、そんな疑問は些細なことです。
 一番気になるのは、届きそうな距離にいて、なのに、とても遠くに感じるお嫁さんのこと。
 何を思っているのか。
 さっきは淡々と。最後には自嘲気味にすら感じて。
 何がそうさせているのか。
 お嫁さんの、ヴィータの心が見えなくて。
 ただ単に、久しぶりの実家だから感傷に浸っている――それだけの理由ではないように、なのはには思えてしょうがないのでした。

「……あのさ。なのは」
「う、うん? どうしたの、ヴィータちゃん」

 考え込んでいた間、喋り続けていたのか、そうでなかったのか。
 ヴィータの、その溜め込んだ間から、後者であったように思えますが、考える間もなく、なのはは返しました。
 そんな、なのはの動揺など気にする様子もなく、ヴィータは、聞かせるつもりなのか、また、独り言なのか。
 どちらとも区別のつかない雰囲気で、喋り始めます。

「やっぱりさ。この家ってのは、アタシ達にとって全てなんだよな。
 そりゃ、最終的には、はやてがいるところがアタシ達にとって帰るべき場所で、居るべきところなんだけど。
 どっか特定の場所を聞かれたら――やっぱりココなんだよな。
 世界はこの家を中心に回ってて、この家を中心とした行動半径がその全てで。
 ここ以外はあっても無くてもアタシ達には関係ない。それぐらい、狭い世界なんだよ。でも、それが全てなんだ」

 まだ、二人の視線は交わることをしません。
 それを構うことなく。
 いえ、むしろそれを望んでいるのかもしれません。
 ヴィータがどのような想いを抱えて、そうしているのか――なのはには、掴み切れないでいるのでした。

「引っ越しするためにさ。家具やなんかは持ち出したり引き払ったり。
 向こうでの暮らしは、まだこっちでの暮らしに比べりゃ当然短いけど、その内長くなるわけじゃんか。
 なんかそういうこと。考えてたら……いつか、この家のことを忘れちゃうのかなって。
 何時までも、すずかさん家に世話になるわけにもいかないしさ。でも、戻ってくることはないんだし」
「そんなこと……ないんじゃないかな。だって、そんな……寂しいじゃない」

 なんと言ってフォローしたら良いのか。
 これが、そもそもフォローすべき事なのかすら。
 肯定してしまえば良いのか。
 そうじゃないよ、と否定してしまえば良いのか。
 ヴィータは何を思って、自分にどうして欲しくて――それを求めてすらいないのか。
 こんなにもヴィータのことが分からないのは、付き合い始めてから初めてかもしれません。
 それでもなのはは、何も言うわけにはいかず、搾り出すように、なるべく正直に、ヴィータの想いに答えるのです。

「…………まあな。でもさ、その寂しいって気持ちすら、どっか行っちゃうかもしれないじゃん。
 あっちでの生活が長くなって、お前との結婚生活が長くなって、それが当たり前になってきた時にさ」
「別……だと思うな。それはそれ、これはこれ。ってよく言うじゃない。そういう風だよ、きっと」
「……まあ。そういう風に考えられなくもねーけど」

 零れる声とは裏腹に、とてもそうとは思えない、との響きを含んでいます。
 何をそんなに疑心暗鬼になっているというか。
 どうして、自分のことを信じられないのか。
 あれだけ、はやての事が好きで、家族というものを大事にしていたヴィータが。
 確かに、そう疑問がないわけではありません。
 しかし。
 その疑問を認めてしまったら、なにか負けてしまうような気がして。
 なのはは、ヴィータの上辺だけを掬い取って、同意の言葉を口にするのです。

「そうそう。私だって――少し違うけど、そこに誰かが居てくれるからってのはあっても。生まれて、ずっと育った家は……一つだけだから」
「ふうん……」

 僅かに。躊躇われた言葉。
 自分には待ってくれている人がいるけれど、この家には誰もいない。
 確かに家族で過ごした思い出はあるけれど、ヴィータたちを、そこで待っててくれている人はいない。
 すずかも、アリサも、ずっとこの街に居続けるとは限らない。
 そうなったとき。
 誰も待ってくれてないこの家を持つヴィータと、自分を比べることが出来るのか。
 安易な同情など、余計に相手を傷つけるだけなのに――それ以外に何も言うことが出来ないでいる自分に、なのはは舌打ちしたい気分でした。

「お前の言わんとするところは分かる。どんなに遠くに行ったって、アタシ達がここに居たってことに何ら変わらないもんな。
 はやてが闇の書の主に選ばれて、アタシ達がそんな中から出てきて。リンカーコア集めて、そんでお前らと出会って――はやてが学校行って、卒業して」

 一つ一つ事実を拾い上げていく。

「中学に上がって、卒業して。それからミッドに引越しして……今まで随分長く生きてきたけど、こんだけ密度濃かったことなんてないから。まあ活動期間だと短いんだけどさ」

 いくらか重苦しい雰囲気は影を潜め、懐かしむように。
 その小さな胸に秘めた想いが、言葉と共に漏れ出すことで、少しずつ、変化をもたらしているのでしょうか。
 なのはは、もう少しだけ見守ろうと、頷くだけに止めるのです。

「若しかしたらこの先こんなに充実した日々はないんじゃないかって思う。
 ……はやてや、お前らと一緒にいればそんな退屈とは、この先も縁遠そうな気もするけどな。特に――」
「特に?」

 意味ありげに後を引くので、思わず問い返してしまうなのは。
 するとヴィータは――未だ振り返らずとも――半歩下がって、こう、答えたのでした。

「――お前だよ、なのは」

 優しげな、囁くような声。
 母親が、子供をあやすように、優しく、その言葉は、まるで髪を撫で付けてくれるかのように、なのはに響くのでした。
 顔も、身体も。
 未だに前を向いたままだけど、ヴィータの心が、心だけは、少しだけこちらに向いてくれた様な。
 たったそれだけのことで。
 相手の心が見えなくて、不安になっていた、なのはの心の影を無効にするぐらい。
 いつものヴィータが戻ってきてくれたような、そんな想い。
 けれど、その優しさは、なのはの心に、また別の影を落とし、チクリと小さな痛みを残すのでしたが。
 このチャンスを逃すまいと。この痛みを無視して。
 なのはは飛びつくように――なるべく、軽い調子で――、声を発するのです。

「わ、私? どーして」
「普通。親の顔が見てみたいもんだ、なんて言うけどさ。
 どうしてあの桃子さんからお前が生まれたのか、疑問に思うぐらいお前はいい加減で、ズボラだ。
 アタシ一人じゃお前の手綱を扱いきれるか、今だって無理なのによ。この先の事を考えると不安だらけだ」

 本当にいつもの調子を取り戻したかのように。
 ヴィータの意地悪そうにしているだろう顔が、目に浮かぶ。そんな声でした。

「ひ、ヒドイなぁ。私はそんな暴れ馬なんかじゃないよ?」
「暴れてんじゃなくて……そうだな。錆びた鉄砲玉だな。お前は」
「錆びた鉄砲玉?」
「どこ飛んでくか分かんないってこと。しっかり見ていたって……人のことなんて構やしない。
 自由奔放と言いやぁ、聞こえがいいかもしんないけどさ。考えなし……ってわけじゃないのがまた性質が悪いんだ」

 そこまで言って、私に考えがあるように――勿論考えなしではないのだけど――言ってくれるのかしら。
 なんだか、取ってつけたようなフォローのように思えなくもないけれど、そこは好意として受け取っておくことにしました。
 なのはは、そんな風に言ってくれるヴィータの、呆れたような、仕方ねーなぁ、といった響きを含んだ言葉の続きを、ジッと待つのです。

「お前なりに信念……といって良いのか、しっかり心に決めたことがあって。
 そのために周りが見えなくなってるんじゃねーかって。それがさ、アタシ等には無鉄砲に見えるときがあるんだよ」
「い、以後気をつけます……」
「それが、無茶なくせに、ちゃんと実行しちまうもんだから性質が悪い。これが、出来もしない無鉄砲な口先だけのことなら、殴ってでも止めるんだけどさ」

 語尾が僅かに強くなる。
 悔しいのか、苛立ちにも、歯がゆさにも似た感情を読み取ることが出来ます。
 なのはは、てっきり自分に対して言われているものとばかり。
 確かに、ヴィータはなのはに対して、文句とも言えることを口にしているのですが。
 その、様々に隠された感情の矛先は、明らかにヴィータ自身に向けられていたのです。

「それがなくなっちまうと……お前らしく、お前じゃなくなっちまう気がするから。
 なんつーかさ。走るのが得意な、走るためのような犬がいるだろ? そいつを室内飼いするっていうか。
 空を飛ぶ鳥を、一生小さな鳥かごに閉じ込めるみたいな……なんつーか、そいつの"居場所じゃない"って思うんだ。
 それが、お前の。なのはの――何ていうか……なのははさ。あの空を飛んでこその、なのは……なんだ。だから、それを辞めろって言えないんだ」

 そのまま。それはストレートに。
 以前。フェイトに嫉妬したと言ってくれたとき並に。もしかしてそれ以上に。
 ヴィータが自分を語ってくれたことが――それは確実に好意、いいえ、愛情をもって。
 そんなヴィータが「だからさ。仕方ないんだけど……心配なんだよ」と言外に告げているのを、はっきりと感じ取ったのです。
 次いで右手に触れた、温かな"何か"。
 自分がそうしたくて堪らなかったくせに、一瞬、それが何なのか分からなくて、びっくりしてしまった。
 それが、しっかりと。
 右手を握る柔らかな感触に、引っ張る力は、普段と比べれば強引さとも言っても差し支えないモノ。
 ぴったりと寄り添ってきた存在に、自分の全てが肯定されたようで。
 今、私が感じた想いは、決して幻でも、自分に都合のいいモノでもないんだ、と。
 その体温が、ヴィータの口から語られた言葉を、なにより強く裏付けていて。
 なのはに、はっきりと確信を抱かせるのでした。

「……うん。分かってるよ、ヴィータちゃん」
「分かってんなら。甘えてばっかじゃなくて……ちっとは、アタシ等の胃痛のネタが減るようにしてくれ」
「もう~。またそんな他人行儀な。愛するヴィータちゃんがお願い~って言ってくれるなら――」

 "いつも通りに"抱き寄せてみるけれど。
 ヴィータは然したる抵抗もしなくて、なのはの伸ばす腕、成すがままになってくれる。
 ことん、と預けられた頭の重さが、なにか、いつもより重く感じられるのでしたが。

「なに言ってやがる。愛してるっつーなら、アタシがなにも言わなくたって気遣うもんじゃねーのか?」
「んもー。ヴィータちゃんの照れ屋さーん」

 今度は腕を身体に回して、痛いと言うんじゃないかしら、というほど抱きしめる。
 それでも、ヴィータの無抵抗さは、変わることなく。
 こんな風に好きにされてくれることなんて、普段ならもっと喜ばしい風を装うのだけど。
 でもこれは、抵抗しないんじゃなくて、何か他ごとに気を取られているような、そんな違和感。
 これだけ、数え切れないぐらい抱きしめてるんだから、そのぐらいの違いを見抜く程度には敏感なんだよって。
 それは胸の中で呟くだけで、なのはの口からは、なにも告げられることなく。
 確かに自分への好意は身体ごと寄せられているというのに。
 さっきは、ヴィータの言葉に、自分への好意を確かに感じ取ったというのに。
 握られた手と、寄せられた温もりに、どうしようもない違和感を覚えて。
 それが錯覚だと言い聞かせられないほど、今の、今日のヴィータは違和感を抱え込んでいて。
 ゆっくりと回された手に重ねられた手が、泣いているんじゃないかと、顔の見えない分、雄弁に語っているような気がして。
 やはり、先ほど自分が感じた好意は、勘違いだったのかしら――
 そんな、ヴィータがこんな状態であるというのに。
 違和感がある、などと言っている暇があるのなら、ヴィータをそうたらしめる原因を取り除いてあげるべきなのに。
 こんな時にも、結局は自分のことばかり。
 自分にヴィータの好意が向いているのか確認している自分が――とても嫌になるのでした。

 

 

 窓からリビングを照らしていた茜色は、いつしか夕闇に変わっていて。
 何も照らすものがない世界に、その場で二人きり。
 そのままずっと視線は交わることをしなくて。
 頭の先から爪先までをチクチクと刺す寒さに包まれたところで、そっと家に鍵をかけたのでした。


 


 新婚なの! 10-9 (1) >


 

|

« 新婚なの! 10-8 (2) | トップページ | チャオオオン!*大変だったよ、の意 »

新婚なの!」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 新婚なの! 10-8 (2) | トップページ | チャオオオン!*大変だったよ、の意 »