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新婚なの! 10-8 (2)

「こっからだとちょっと歩かなきゃね」
「そだな。え~っと……」

 寝落ち寸前の二人はバス停を一つ乗り過ごしてしまい、目的地より少し離れたところで降りる羽目になってしまいました。
 優秀なデバイス二人がついていながら、何故こんなことになったのか――さして気にならないことでしたが。
 走り去るバスを見送る二人を迎えてくれたのは、陽も幾らか傾き、徐々にオレンジ色を帯び始めた街並み。
 人や、車の往来もいくらか多くなっています。
 もう、そんな時間なんだ――どちらともなく、呟くように口にしました。
 そんな表通りからいくらか入った住宅街の中。
 今日最後の目的地はそこにあるのですが、ヴィータは辺りの様子を伺うばかりで、動こうとする気配がありません。

「どうかしたの? 早く行こうよ、日が暮れちゃうよ」
「ん、ああ。その前に人気のないとこをさ、ちょっと」
「…………」
「んだよ、その顔は」
「へぇ~。ヴィータちゃんがこんなところでぇ~。んー、どうしよっかなぁ。でも珍しく積極的に――った!?」

 体を抱いて一人くねくね、人目もはばからずイヤンイヤンしていると、脛に痛みが走り、思わず膝を着いてしまいます。
 考えるまでもありません。
 隣にいるヴィータが蹴らなければ、誰が蹴飛ばすと言うのでしょう。
 どうしてそんな事をするのかと咎めれば、人目もはばからずそんなことをするからだ、と叱られてしまいます。

「だって。人気のないところがーって言うから」
「言うからなんだよ」

 冗談だったのに――その言葉を飲み込んで、どうしたのかと尋ねれば「姿を変えなきゃならない」と寂しげに呟きます。
 すっかり忘れていました。
 ヴィータたちが、はやての元に現れてから幾らか経ちます。
 その中で自分のお嫁さんは、姿が変わらないことが一番不自然で、かつ、目立つ存在であったことを。
 この辺りならまだしも、実家の近くを歩くとなれば、ある程度姿を変えなければなりません。
 この二日間、顔見知りばかりと会っていたためにそういう感覚がさっぱり抜けていて、なんとも浅はかだったと、なのはは反省するのでした。

「じゃあ、こっち。小さなビルが並んでるから」
「大丈夫か?」
「うん、任せて。その辺、前もって調べておいたんだよ」
「んなら早く言えって」

 仕方ない、と言わんばかりのヴィータの手を取り、なのははビルの合間へ連れ込みます。
 今日はこの季節にしては温かな日であったとはいえ、この時間帯で日陰に入り込めば、それなりに冷たい空気が身を包みます。
 辺りを見回し、とりあえず人気がないことを確認してはRHを取り出しました。

「認識阻害魔法、ちゃんと申請しておいたから」
「お、そっか。えっと……10秒もあれば充分だから。頼む」
「はーい。それじゃRH、お願いね」

 一瞬。
 使った本人達にも分からない程度のエフェクトが走り、外から見ると、周囲は靄が広がったような雰囲気になります。
 それから僅かに遅れ、ヴィータは変身魔法を使いました。
 どういう容姿にするか。
 シャマルがどうしても決めたいと言っていたのですが、それを無視してフェイトに頼むことにしたらしいのです。
 自分もはやても散々意見を言ったにも関わらず頑なに拒否され、とても無難なモノに落ち着いたのでした。
 それなりに身長が伸び、髪はより緩やかなウェーブ。
 大きく変化するのは身長ぐらいです。
 スタイルは、もっとメリハリのあるモノが良かったようですが、いざしてみると意外に不便だったようで、辞めたみたいです。
 あの時の「もうシグナムのこと、おっぱい魔人とかいわねー」といった、寂しげな表情が印象的でした。

「はーい、丁度10秒ですよ」
「ん。おお、やっぱ視界が広がるなぁ、これ」

 一度自分の身体を見下ろし、それから伸びた手足を確認しています。
 この姿になるのは二度目なのですが、もう一度、とばかりに辺りを見回しています。
 普段から背の小さいことを随分不便に思っているらしい彼女は、存分にこれを楽しんでいるようです。
 自分としては、小さくて、腕の中にすっぽり納まる彼女が好きですので、不憫なのは分かっていても、その辺り協力出来ません。
 このことを知ったら、意地になって、大きくなった姿のままでいちゃったりするかしら――
 歓迎すべきでない事態を予想しては、なるべく悟られないよう、口を引き締めるなのはでしたが。

「……う~ん、これも中々」
「な、なにがだよ。わっ、あんだよ。顔近づけんなって」
「いつものちっちゃなヴィータちゃんも可愛いけど、こうして肩を並べられるのも良いなぁって」

 協力できない、なんて思ったのが嘘のよう。
 近くでじっくり眺めれば、やっぱり自分のお嫁さん。可愛いことには変わりないのです。
 身長は少しだけ低い。
 首を傾げると、くっついたヴィータの頭に預けることが出来るぐらい。
 フェイトのように自分より高いのも良いですが、逆の立場になってみて、僅かに見下ろすのも良いと気付いたのです。
 でも、それよりも。
 いつものように、手を伸ばして、伸ばしてもらって繋ぐことなく、対等な立場で、手を合わせることが出来るのです。
 念願の状況であるのに、そうであるはずなのに。
 何故か、自分の手はヴィータの手を取ることなく、逃げてしまったのです。
 ハッとして、どうしようかと思うなのは。
 今この動きをヴィータに悟られていないか、気になり、ちらりと窺えば、自分から逃げようとするばかりで、気付かなかったようです。
 ホッとするも、どうやってこの間を誤魔化そうかしら。
 悩むのは一瞬。
 離した手をそのまま、ぐるりとヴィータの身体に回し、腰を抱いて歩き出します。
 いきなりのことでヴィータは驚いたようですが、何故かその場では対して抵抗せず、なのはに従うのでした。

 

 

「ちょっと外れちゃうとあんまり居ないね」
「でもそろそろ学校帰りの子供とか、結構増えてくるはずなんだけどな」
「ふうん。私は人気がない方が良い、かな?」

 流石に住宅街を歩く中、腰を抱いたままではいられません。
 これこそミッドでなら珍しくもない――と、なのはは思っています――のですが、日本ではそう言うわけにもいかないようです。
 こちらへ来る前に、ヴィータに口酸っぱく言われたことで、渋々ですが、同意させられました。
 約束は守らなければなりませんし、未練をたらたらと残しながら、手を離すのですが。

「……まあ、アタシもそうかもな」

 二人の間に、少しだけ冷たくなった風が吹き込み、何だか心まで寒くなるみたい――なんて、思っていたなのは。
 態度に出したわけでも、目で訴えかけた訳でもなかったのに、ヴィータの方から寄り添ってきたのです。
 なのはにとって、もちろん歓迎すべき状態ですが、普段ない行動だったので、僅かばかりに動揺してしまいました。
 それを悟られぬよう、ヴィータの気分が変わってしまわないうちにしっかりと手を繋ぐのでした。

「あんま説明したりすんの手間だし、そっちの方が良いしな……な、なんだよその目は。か、勘違いすんなよ!」
「うんうん。分かってますよー。それに、私もちゃ~んとヴィータちゃんのこと考えてるんだから」
「……へー。珍しいことで」

 疑いの色を多分に含んだ、その大きな瞳。
 そんなに自分は信用ないのかしら、と思いながらも、なんだか嬉しい。
 顔が近い分、いつにも増して、胸のうちを読み取られてしまうようで、やり難さが増したように感じるのも確かです。
 それでも、ヴィータの視線をこんな近く感じられて、こそばゆいような嬉しいような気持ちが上回って、大きな問題にはなりませんでした。
 疑われているものの、真意も見抜かれたようではありません。
 本当のことを言えば、ヴィータの疑いは正しいのです。
 お嫁さんの言う通り、説明したりが面倒なのは確かですが、人気のなさを在り難がる本当の理由。
 それが「知った顔を見たらヴィータが離れてしまうから」なんですから。
 なのははそれを悟られぬよう、努めて知らん振りを通すのでした。

「ああ、何だか懐かしいな。ザフィーラの散歩とか、何度歩いたか分かんないや」
「へ~。あ、そうだ。視点が変わった感想はどう?」
「……ふーん。なるほどなぁ」

 特になにをいうでもなく、感慨深げに首を回すヴィータ。
 握る手に力が入ったり抜けたり。
 表情もくるくると変わり、僅かに見下ろして見つめる、その表情と連動していることに気付けば、楽しさも倍増。
 こんなに近くで、いつもよりずっと。
 ヴィータの視界にも、自分の顔が映り込んでいるはずなのに、全くこちらを気にする素振りがありません。
 この、懐かしい町並みを眺めることに忙しいことが伝わってきます。
 こんなことなら、人気の事など気にせず、腰を抱いたとしても大丈夫だったんじゃないかな、となのはは少し後悔するのでした。

「お、見えてきたぞ」
「ホントだ。何だかすっごく久しぶりな気がするなぁ」
「アタシだって……そうさ」

 そろそろ人影もよく目にするようになった頃。
 家々の合間に、見慣れた、懐かしい二階建ての家が二人の目に飛び込んできたのでした。
 自然と早まる、足。
 ヴィータに握られる手が痛いほどに、力を込めているのが分かります。
 不本意ながら――この世界に居づらくなるだろう、大きな理由の一つ――離れた我が家に対する想いは、自分とは比べられない。
 この痛みは、それがヴィータの心そのものなんじゃないかしら、となのはは思うのでしたが。

「でもさ、たった二年も経ってないんだよな。嘘みてーだ……」
「うん。もっと昔みたいに感じる」
「なんか、やっぱ……ううん、なんでもねーや」
「?」
「早く行くぞ」

 足早に向かい、ついに角を抜け、目の前に姿を現した、家。
 見上げる、かつての我が家を前に、何を思ったのか。口ごもるように、一文字にヴィータは結んでしまいます。
 なのはが続きを引き出そうにも、繋いだ手には更に力が篭り、逆らえないよう強引に引っ張ってしまうので、それも叶いません。
 引っ張る手に込められた力が、ヴィータの拒否の意思の現れのような気がして、喉の奥で引っかかってしまったのです。
 この走る足が、我が家を楽しみにしていたんだろう、と思っていたのに。
 それは間違いだったのかしら。
 なにか、自分は見落としていたのかしら。
 先行くお嫁さんを追う足が、無意識のうちに重くなってしまうのでした。

「……なんだか小さく感じるな。こんなだったっけ?」

 玄関を前に、脇の植木などに目配せしながら、聞かせるでもなく、呟くヴィータ。
 ここを最後に目にした記憶。
 それとの違和感に戸惑っているのでしょうか。
 隣で戸惑いを見せるお嫁さんの姿が、当然に一番気になりますが、なのは自身も、気になることが一つありました。
 綺麗に掃き清められた玄関に、整えられた植木。
 庭に繋がる砂利道にはゴミ一つ無く、とても放って置かれた家とは思えなかったのです。
 そんな疑問があったのは確かですが、今はなによりお嫁さんのこと。
 とりあえず、それらをしまい込み「大きくなってるの、忘れちゃった?」と、にっこり問えば。
 うーん、と考えては「ああ、そっか。へへへ」と、照れくさそうに笑ってくれます。
 さっき、少しだけ落ち込んだように見えたのは気のせいだったのか。
 なのはは思いを巡らせますが、せっかくの実家帰りで、いつまでも難しい顔をしているわけにもいきません。

「ところでヴィータちゃん。鍵はあるの?」

 はやてちゃんから借りてきたのか、私、知らないけど。
 そう口にする前に、ヴィータはセカンドバッグを探り、返事の代わりとばかりに、握ったモノを見せてくれるのでした。

「……これ。さっきすずかさんに借りてきた」
「すずかちゃん? どうしてすずかちゃんが……」
「まあ、そりゃ家の中に入ってから説明してやるよ」

 そう言って、取り出した鍵をドアノブに差し込む動作は、何か、初めての家に入るような、ぎこちなさを感じさせます。
 久しぶりだからか、それとも――しまいこんだはずの気持ちが、少しだけ頭をもたげます。
 ガチャリ、とやけに重々しく響く音。
 まるで、今のヴィータちゃんの心みたい――
 そんな、なのはの勝手な想いに重なるように、玄関ドアは開錠され、次いで、ゆっくりとドアノブに手がかかります。
 握った手は、すぐに回ることなく、その感覚を確かめるかのように、じっと動きません。
 声をかけるのが躊躇われる。
 それは心配ゆえか、それとも、単に感慨に耽っているお嫁さんの邪魔をしなくないのか。
 なのはが、自分の心を把握できないでいるまま、ヴィータの手がゆっくりと引けば、玄関ドアが、何年かぶりに家族の手によって開いていきます。

「……ただいま、だな」

 開かれた隙間から、ふわりと、家の中の空気が頬を撫でます。
 すん、と嗅いでみても、特になにも臭うことはなく――他人の家の匂いって気になるでしょう?――、爽やかな感じさえするのでした。
 ここで、なのはは僅かばかりの疑問を覚えるのです。
 締め切っていたはずであろう、家であるはずなのに。
 ただ、そんな疑問も、ヴィータのか細い声によって掻き消されてしまうのでした。

「――お帰りなさい、って言ったほうが良い、かな?」

 心の底から零れた言葉ではなく。
 一歩前に出たために、その表情を窺えないお嫁さんに対する気遣いからでした。
 か細い声が。
 流石に、元気いっぱいに声を上げることはないと思っていましたが、それでも。
 やっとのことで、喉から搾り出すような。
 それは、とても久しぶりの我が家への帰宅を喜ぶようなものではなかったように……なのはには思えたのです。
 それでも、単に自分の勘違いであるという可能性も捨てきれず。
 なのははそれを確認するためにも、ヴィータの言葉に応えるように、口に乗せたのでした。

「……二人一緒に並んでたんじゃな。構わねーよ、別に」

 「別に」は拒絶でもなく、かといって気にするな、という気遣いでもなく。
 一瞬。
 ヴィータを遠くに感じないこともない、なのはでしたが、次の瞬間には靴を放り出すお嫁さんの後姿に、ホッと一息つきます。
 いつも自分に対して、口酸っぱくいうことを放ってまで。
 長く、緩やかな赤い髪を広げ、あっという間にリビングへ消えていくヴィータ。
 それは結局、家に早く入りたくて、それだけが頭にいっぱいで、他の事に頭が回らなかったんじゃないかしら。
 自分の心配なんて、全くの的外れの他なくて、普段にしては珍しく、目の前のことに思考を奪われていて。
 今のヴィータには、家に帰ってこられた、という事実が胸を満たしていて、全部自分の勘違いだったんだ、と。
 なのはは、取りあえずの、その様子に安堵がジンワリと広がっていくのを、感じていたのでした。

「ヴィータちゃん。ちゃんと靴を揃えなきゃ駄目だよ~」
「いっつもお前の揃えてやってるだろ~。アタシの苦労が分かったんじゃねーのか?」

 消えたお嫁さんの靴を揃えながら、母親のようにすら聞こえるように振舞えば。
 それはこっちのセリフだ、と言わんばかりの声が返ってきます。
 完全に、不安が消えたわけではありません。
 ヴィータの、先ほどから。いいえ、もう少し前からの、僅かな変化。
 もし、自分がそれに気付いたと、相手に知れてしまったら、もっと相手に気を使わせてしまう。
 だから。普段どおり振舞うことで、お嫁さんに余計な心配をかけさせないように。
 私は気付いていないんだよ、という代わりに。
 でもそれは、ヴィータには何も心配事などなく、ただ少し、感傷的になっているだけなんだと、言い聞かせたいための裏返し。

「……んもー。ヴィータちゃんの意地悪~」

 お互い姿が見えないために、声だけに神経を払って、誤魔化すことができる。
 "今までは"、上手くやっていけている。
 "本当のところ"を、知られずに済んでいる。
 けれど、自分は表裏が使い分けるのが基本的に下手で、そのためにいつも心配をかけさせていること。
 だから、こんなときぐらい。
 いつ知られるとしれない、この心。
 本心は、けっして本人の前だけでは言うことはなくて。
 いつも、心の中で呟くだけ。
 自分も、ヴィータの胸の内を把握することは出来ないでいることに、これはお互い様なのかも、と自嘲的に呟くなのはなのでした。


 


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