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新婚なの! 10-7 (5)

 少し早めのお昼ご飯も終わって、珈琲タイム。
 積もる話もあったわけでしたが、いかんせん時間が圧倒的に足りません。
 三人は――ヴィータは様々な理由で余り参加しません――、そんな残りの時間を惜しむように、話に華を咲かせるのでした。
 その場において、先ほどの"空気の悪さ"の原因を知らない、なのは。
 一人、いつもの調子を崩さなかったわけですが、果たしてそれは、知らぬが故の当然の態度であるのか、それとも。
 それは、本人にしか分からぬことで、ここ数年寝起きを共にしているヴィータが本来の調子であれば、本当のところが分かってかもしれませんが。
 多くの場合において、なのはの態度は前者であるとみて間違いないでしょう。
 ですから、アリサとすずかも、特に詮索することもなく、この残り少ない時間を楽しむことに決めたようです。
 この、不義理な親友が、またいつ自分たちの前に姿を現すか分からないのですから。

「ごめんね、次の予定もあるから」
「ううん。少しでも久しぶりに電話越しじゃない声が聞けて嬉しかったよ」
「こ、今度からはもう少し顔を出すようにします」

 食後のコーヒータイムも終わり、二人を見送る為にアリサとすずかも正門まで足を伸ばします。
 一度は言いましたが、再度断るなのはに、すずかは初めて、皮肉に類する棘を忍ばせたのです。
 油断していた――なのはは、そう言わんばかりに苦笑いをしては、素直にしゅんと、反省するのでした。
 アリサと違って、こういう場面において、すずかに敵うわけがないからです。

「良かったら車出すわよ? こっからじゃ不便でしょ」
「そこまで甘えるわけにはいかないよ。じゃあ、バスの時間見てくるね」

 アリサの有難い申し出を丁寧に断り、バニングス邸の正面を構える門構えを抜けて、少し離れたバス停へ駆けていくなのは。
 ヴィータをその場に置いて行くのに、意味はないでしょう。
 生返事をするヴィータ。
 徐々に小さくなる背中に、何故か自分もついて行くとの言葉を継ぐことが出来ませんでした。
 それは、自分の隣に立ったアリサの、無言の訴えがあったからかもしれません。
 それが気になって、生返事にもなってしまったのです。
 ただ、アリサは無言なのですし、雰囲気がそうだと言っても、これが勘違いである可能性は充分にあります。
 勘違いならそれで構いませんし、もし、自分の直感が正しいのであれば、伴侶の親友のそれを聴かなければなりません。
 まだその親友は、何か言いたい雰囲気を、珈琲を飲んでいるときから纏い続けていたように感じたからです。
 完全になのはの気配を感じなくなった頃。
 それは、隣に立つアリサも同じだったのでしょう。
 それを合図にするかのように、アリサが独り言のように、切り出しました。

「……ヴィータ」
「はい」

 日が昇りきり、後は下っていくだけの昼下がり。
 身を包む空気は充分に温まりきり、すでにピークは過ぎた頃でしょう。
 そのお陰で、薄い上着を羽織るだけでも充分な、冬を前にした時期とは思えない温かさ。
 そんな温む空気が、さあっと動いては二人の頬を、そっと撫ぜていきます。
 まるで、ささくれ立つ心を宥めるように。
 そっと髪を抱えるすずかとは対照的に、風の撫ぜるままに任せるアリサ。
 身長の違うヴィータには、当然に、その二人の姿を見ることは出来ませんでした。

「私は――なのはがあんなだから正直、フェイトじゃなくて良かったと思ってるわ」
「は、はい」

 先ほどとは違うことを口にする。
 けれど、そこには揶揄も恨みもなく、その言葉通りの意味で捉えてよいようです。
 しかし、聡明なアリサのことです。
 そこには自分では分からない何かが潜ませてあるのかもしれません。
 ヴィータは、話を先へ進ませるためだけの、なんの意味のない返事をするだけしか出来ませんでした。
 それに構うことなく、アリサは続けます。

「だから。人任せってのは基本的にイヤなの。でも、仕方ない――ああ、この言い方もイヤだわ、ホント」
「……」

 本当に嫌だということが分かる。
 舌打ちをしんばかりに吐き捨てるそれは、自分自身に向けられたもので、ヴィータは遠慮することはないのですけど。
 アリサの、自身に向けられた嫌悪感とでもいうべきものは、あふれだし、ヴィータの皮膚をピリピリと敏感にさせるのに充分なほどでした。
 それほどの嫌悪感。
 それでもアリサは続けます。

「今、なのはの隣にいる人に任せるしかないじゃない。フェイトも……あたしも、違うんだから。だから――」
「…………」
「――なのはのこと、頼んだわよ」

 無感情な、抑揚のない声。
 けれど、触れる空気すら痛いほど敏感になったヴィータには、その裏にひそむ意味をある程度ですが、掴むことが出来ました。
 悔しい。
 心配。
 気がかり――それと……
 言葉に、既存の言葉で言い表してしまうと、陳腐にさえ感じられる。
 言い表せない、もやもやとグラデーションのように境目のハッキリしない、それ。
 正直に、赴くままに露わにしてしまうのを躊躇った理由は分かりません。
 ですが、アリサが現にそうしたのは事実なのです。
 胸に抱える想いを押し止めた結果が、紡がれる言葉をそうした。それだけです。

「あの子。昔っから突っ走る傾向があるし、向こう見ずっていうか。よく言えば一途なんだけど」
「分かります、それ」

 呆れるように。
 けれどしっかりと、愛情を滲ませる。
 遠くに投げかけられるように。

「だから。フェイトみたいに遠慮するんじゃなくて、ヴィータみたいにはっきりモノの言えるこの方が良いわけよ。
 まあ、あの子は人を見る目があったわね。友達選びから――伴侶選びまで。自分に必要な人が分かってるんだから」
「それって自分のこと?」

 笑いながら、からかうようなすずか。
 くすくすと、隠す様子もないそれは、久しぶりに感じた笑みのようにヴィータには思えます。
 話の腰を――それも嫌な形で――折られたアリサは、おほん、と咳払い。

「茶化さないの。ま、そういうこと。"あたしが"、頼んだから」

 それまでにない、強い意志を感じます。
 特別な力などない、魔法も使えないと言うのに。
 そこには抗えないと思わせる、強く、胸を叩くような衝撃をヴィータは受けるのです。
 "頼まれた"という事実。
 そこに込められた、親友である彼女の想い。
 その言葉を何度も反芻しては、しっかりと胸の中に染み込んで行くのを感じるのでした。
 そんな二人の間を、温かな風が吹き抜け、身を纏っていた空気が、それに溶け込んでどこまでも広がっていくようです。
 段々と近づいてくるなのはに、その想いが知られてしまうんじゃないかしら、と意味もない心配をして。
 ただ。その風に身を任せるのでした。

「ふぅ、ただいま。バスの時間ね、今から丁度来るみたいだよ?」
「だったら向こうからヴィータを呼べば良いじゃない。二度手間でしょ?」

 アリサの指摘に、あっ、そうか、という顔を一瞬作りながらも、すぐにかぶりを振るなのは。

「アリサちゃんとすずかちゃんにちゃんと挨拶しなきゃって思い出したから」
「ふうん。普段の不義理をする様子からは、考えられないような心掛けね。結構よ。これからもそれを忘れないように。分かった?」
「は~い、分かりました」

 まるで先生のように偉ぶるアリサに、それこそ叱られた生徒のように、余り反省の色を見せないなのは。
 それでも、ヴィータから「今度からアタシが言ったときにちゃんとするんだぞ」なんて、すかさずアリサへの援護射撃。
 流石のなのはも、これでは形無しです。
 どうにかこの場を切り抜けようと考えたのか、ぽんと手を打ちました。

「じゃ、じゃあ。バスに遅れちゃうといけないから。アリサちゃん、すずかちゃん。またね。近いうちにきっと遊びに来るから」
「精々期待しないで待ってるわ。んじゃ、身体に気をつけて」
「またね、なのはちゃん。フェイトちゃんとはやてちゃんにも宜しく伝えておいて」
「は~い。それじゃヴィータちゃん、行こう?」

 話を引き摺られないよう、ヴィータの手を取るなのは。
 強引に引っ張ろうとしますが、まだ自分は言いたい事があるのだと、その場に踏みとどまります。

「あ、あの……また近いうちになのはを連れてきます」
「ええ。待ってるわ」
「ヴィータちゃんも。ああ、そうだ。鍵、持って行ってね」
「はい、ありがとうございます」

 親友との別れは名残惜しいはずですのに、叱られてばかりのなのはは、逃げるようにヴィータの手を牽いて走り出します。
 まだ何か言いたいことが――
 何か、なのはに直接あったんじゃないか、とアリサの視線を感じていたヴィータですが、それを聞き出す勇気も器量もありません。
 苦々しく思いながら、それに代えて"また連れてきます"とだけ。
 伝わっただろうか、と思いながら、しっかりと握るなのはの手に、黙って引っ張られていくのでした。

「嵐が過ぎ去ったみたい――かな?」
「全く。もう少し余裕を持って来なさいよ。普通もっとゆっくりしていくもんでしょ?」

 聞くべき人間のいない言葉。
 悪態を吐いたとしても、それは意味を成さないのかもしれません。
 そうだとしても、アリサは言わずにはおれず、すずかは、親友の気質を踏まえて応えます。

「う~ん、そうだね。ちょっと残念だったかも」
「そうやって甘やかすから駄目なのよ」

 走り行く二人の背中を見守る二人。
 その影は、段々と小さくなっていきます。
 昔は運動音痴で、それほど足の速くなかった子なのに、いつの間にそうなっちゃったのかしら。
 管理局での訓練でそれが変わったというなら――
 その当時から、自分と彼女の距離は少しずつ開いていたんだ、と認めたくない現実が、アリサの胸に悲しさをもって去来します。

「……ねぇ、アリサちゃん」
「……言いたいことは分かるわよ」

 これだけ付き合いが長ければ、言わずとも伝わることもあります。
 しかも、人の想いに敏感になった――自分がぶつけてばかりだった反動か――アリサには、いつも以上にはっきりと分かるのです。

「類は友を呼ぶ、かな。私たち、そうかもしれないね」
「さあね。……ん。風、出てきたみたいだし、中に入りましょ」

 温い風は体温を奪うこともなく、ただゆっくりと髪や頬を撫ぜていくだけです。
 それでもアリサは、それをこの場から立ち去る理由にしましたし、それを分かって、すずかは従います。
 踵を返し、背を向けるアリサの胸には一つの想いが。
 そればかりは、すずかにも伝わることなく。
 少しずつ――日は西に向かって傾いていくのでした。


 


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