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新婚なの! 10-9 (1)

 
「ただいま~」
「お帰りなさい、二人とも。随分遅かったわね、寒かったでしょ?」

 街はすっかり夜の風景。
 普段、自分たちの暮らしているミッドには、大きな月が二つ、ぽっかりと浮かんではミッドの夜を緑色に染めているけれど、そうでない夜空は久しぶり。
 けれど、今の二人にはそんな久しぶりの夜空を楽しむ余裕などありませんでした。
 「月明かりがない分、街灯が多いのかな」「かもな」なんて、表面上、他愛もないやりとりを繰り返すだけ。
 街中まで戻り、バスを待っている間も、会話は途切れ途切れ。
 時間通りにやってきたバスに、お互いが「やっと来たか」と文句を呟きそうになってしまうのでした。
 やっとの思いで乗り込んだバスの暖房は、昼間に比べ一層強く、暑いぐらいで、汗ばむぐらいです。
 そんな車中にあって、ヴィータは、あれからずっとなのはの手を握ったまま。もちろんバスの中でも手を離しません。
 どんな季節だろうと、それだけ長く手を握っていれば、当然汗ばむもの。
 けれど、普段は――決して、口にはしませんが――それを"嫌がったり"はしません。
 そう。普段ならそうであるのに、です。
 初めて手を離したいと、ヴィータは思ってしまったのです。
 バスの中の、不快を催すほどの暖房の熱気がそうさせた、という言い訳を出来ないわけではなかったのですが。
 それは、なのはに少なからず動揺をもたらしたようであること、ヴィータにも当然伝わりました。
 敏感に"いつも通りに"手を離そうとするヴィータ。
 それに応えるように、なのはも"いつも通りに"手を離させようとしないのかもしれません。
 こんなにも本心を隠して、装わなければ、手も繋いでいられないなんて――
 なのはは、こんな自分に対して、どう思っているんだろう。
 自分のことも、なのはのことも分からないヴィータ。
 なのはは、少しだけ遠くを見るよな目をしています。
 複雑な想いを抱える二人を乗せたバスは、夜道をゆっくりと進んでいくのでした。

「お昼が暖かかった分、冷え込んじゃったのかもしれないわね。あっちで暖房に当たってらっしゃい」

 玄関先で上着を受け取りながら、リビングへ促す桃子。
 けれど、それをやんわり否定するように、なのははかぶりを振ります。

「その前に手洗いとうがい、してくるね。少し汗もかいちゃったし」

 襟元を緩め、汗を拭いてくることをアピール。
 桃子はなるほど、といった顔で頷き、ああそういえば、とぽん、と手を打ちます。

「二人とも、着替えは持ってきてる?」

 丁度良いのがなければ用意するけれど。
 桃子の提案に、なのはは大丈夫だよ~、と言いたげに手を胸の前で振り「ちゃんと準備してあるから」と言うのです。
 そうだったの、と桃子が言えば、えっへんとばかりに、胸を張ります。
 偉そうにしているなのはを、隣に立つヴィータは、多少ばかり苦々しくその様子を眺めます。
 その視線に気付いたのか、なのはは途端に気まずそうな顔を作りました。

「……あ、えっと。それはヴィータちゃんがしてくれたんだけど」
「あら。そんなことまでヴィータちゃん頼りなの? もう少しちゃんと教えたはずなんだけど……」

 はあ、と溜息を吐く桃子。
 勿論、と言っていいでしょう。わざとらしさを含んだそれに、なのはは、えへへー、と笑いながら誤魔化すばかり。
 そんな、情けないなのはの姿に、桃子ばかりでなく、ヴィータも溜息をつい漏らしてしまうのでした。
 コレは不味い、とでも思ったのでしょう。
 なのはは、慌てて自分に対してフォローをして、取り繕うとします。

「ご、誤解だよ誤解! ヴィータちゃんにお任せじゃなくて、なんていうかな。ええっと、率先してしてくれるから……私が手を出すこともないっていうか」
「……本当?」

 段々と弱くなっていく口調。
 そんな娘の態度を、いぶかしげに思った――半ば確信をもって――のでしょう。
 桃子は、ほとんど信じていない、ということが分かる口調で、ゆっくりと尋ねました。
 ぐぬぬ、と下唇を噛み、あっさりと自分の言葉が、取り繕うための、その場限りのモノだったということを白状してしまいます。
 なんて情けないんだ……ヴィータは、またも溜息を吐きたい気分です。

「あ、あうぅ……あ、ヴィータちゃん! 今のホント、ホントだよね!? ねぇ、ヴィータちゃん?」

 進退窮まった今更に、自分に助けを求める旦那さま。
 両手を肩において、ねえねえと同意を求められたところで、どうすることも出来ません。
 あんな下手な言い訳しないか、若しくは、いつもの図々しさで切り抜けりゃ、やりようもあったのに。
 舌打ちでもしたい気分を抑え、さて、この旦那さまをどうやってフォローしようか……
 ゆさゆさと揺れるままに任せ、どうしようかと思案するヴィータ。

「……正直に言えば良いのか、嘘を言えば良いのか悩むな」

 結局、なにも妙案の浮かばなかったヴィータは、渋い顔で、なのはを諌めることにしたのです。
 今ここでフォローしても良かったのですが、なのはの今後を思い、桃子の前でなら――と思ったのです。

「ほら御覧なさい」
「んもー! そういう時はフォローしてくれなきゃ~!」

 ヴィータちゃんもそう言ってるわよ?と桃子。
 肩を掴んだまま、えー!といった顔で固まれば、後からぎゅーっとフォローしてくれなかったお嫁さんを抱きしめるなのは。
 頬をくっつけてくる旦那さまの態度に、ホントこいつ落ち込んでるのかよ、と甚だ疑問なヴィータ。
 なのはのいう「フォローしてくれなきゃ」というのは、夫婦であるなら、分からないでもない意見です。
 しかし。
 この場でヴィータが言うならば、この一言しかないでしょう。

「普段の行動がモノを言うんだよ」

 普段からしっかりしていれば、そもそもフォローの必要がないだろ?
 全くその通り。
 こればかりは分が悪いと思ったのか、なのは、すっかりと大人しくなってしまいました。
 しょんぼりする旦那さまをみて、ヴィータは、もう少し言い方ってモノがあったろうか、と考えてしまうのですが。
 そういうところが甘やかし、なのはの駄目さ加減を加速させていることに、気付いていないのです。
 また、その事実に気付いている人物も、殆んどいないのが、この事態を招いているのでした。

「だ、だってぇ」
「なに言ってるの。そんな嘘吐いたって為にならないでしょ? ヴィータちゃんの親切心を無駄にしないの」
「は~い……以後気をつけます」

 なのはの手綱捌きにかけては、桃子の右に出るものはいません。
 それを遺憾なく発揮したというところでしょうか。
 ぴしゃりと言い切ってしまえば、渋々ではありましたが、お嫁さんを抱いた腕を外し、ゆっくりと腰を上げるのでした。
 ヴィータからは、その顔を見ることは出来ませんが、あまり優れた顔をしていないだろうことは、考えるまでもありません。

「そのセリフも何度聞いたか知れないな、ホント」
「……そうやって言うからぁ」

 更に追い討ちをかける。
 軽く溜息を吐くような呆れ顔とともに、横目でチラリと、なのはを見やります。
 その視線を受けて、むーっと頬を膨らませて、歳不相応に拗ねてみせるなのは。
 二人の、そんなやり取りを微笑ましく見つめているのは、上着を持ったままの桃子。
 愛情の裏打ちがあるというか、ヴィータの言葉には非難の響きは篭っておらず、じゃれ合いの一種であるだろうことは、桃子にも充分に伝わっていたようです。

「はいはい。弁解はまた後で聞くわ。早くうがいしてらっしゃいな」

 桃子に促されると、年甲斐も無く膨れっ面をしていた事に恥ずかしくなったのか、素直に洗面所へ向かっていきます。
 足取り軽く、左右にゆらゆらと肩を振って、その後姿に、ぼんやりと見つめていたヴィータは、僅かばかりですが、気持ちが軽くなる思いでした。
 桃子が間に入ってくれたことで、気を紛らわすことが出来たからかもしれない。
 はっきりとした要因は分かるはずもありません。
 それを当人に確認するなど、これ以上にない愚なのですから。
 けれど、目の前のなのはがそう見える以上、それはそうとして、受け入れるのが妥当です。
 すっかり落ち込んだように見えたなのはが、気を持ち直したかに見えたことは、歓迎すべきことでした。

「はい、ヴィータちゃん。受け取るわ」

 ぼんやりと、その背中を眺めていたせいで一瞬返事が遅れ、慌てて上着を手渡すヴィータ。
 その様子が可笑しかったのか、桃子は声を殺しながらも、クスクスと肩を揺すります。
 桃子にそんな風に笑われたのが、この上なく恥ずかしくて――なのはを見ていたから、なんて口が裂けてもいえません――思わず視線を逸らせてしまう。
 またその様子が可愛かったのか、桃子は当分納まりそうな気配を見せません。
 いつものヴィータであるならば、むっと膨れてそっぽを向いてしまうという選択肢もありますが、相手が相手だけに、そうはいきません。
 そして、もう一つ。
 自分となのは。
 お互いに読めない胸のうちの為に、知らずの内に――しかも相手を思いやったが為に――空気を悪くしていたこと。
 そんな二人の緩衝材となってくれた人に、お礼を言うこそすれ、原因が違うといっても文句を言うなど、お門違いも良いところでしょう。
 気まずそうに視線を彷徨わせるヴィータが、どう思っているのか。
 それを、桃子が知る由などありませんでしたが、気付かないうちに発していた雰囲気を、誰よりも感じ取っていたのかもしれません。
 それが二人を気遣うことになったのか、それとも、関係なく、それが桃子の気質故なのか。
 どちらにしろ、ヴィータがこの上なくこの場を感謝したことには違いはないのですから。


 

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