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新婚なの! 10-7 (3)

「あ、ちょっと失礼するね」
「ちゃんと覚えてる? 恥かしがらずに聞くのよ?」
「もう、流石にそれはないよ~」

 なのはが大きな五人掛けのソファーから腰を上げると、アリサは心配などを口にするのですが、それが冗談であることは明らかでした。
 むっと頬を膨らませる仕草が、少し幼く見せ、更にアリサの笑いを誘うことになるのです。

「あんなお茶を飲みからかしゃ当然だ」

 ヴィータの指摘も当然でした。
 質問攻めとまではいきませんが、それに準ずる攻勢に、一人喋り続け、何度かお茶のお代わりをしています。
 また、食事の時も同様で、多少飲みすぎではないか?と思われたぐらいです。
 そんな指摘に、なのはは照れたように、頬を赤らめては、背丈より幾らか大きい、立派な作りの扉を開けます。
 恥ずかしげに、小さく手を振っては、ゆっくりと扉を閉じると、防音がしっかりしている為か、足音が遠ざかっていくのは、確認できませんでした。
 なのはがいなくなった途端、しんと静まり返る部屋。
 先ほどと同じ部屋とは思えないほどに、そこは静まり返っていました。
 これも、当然と言えば、当然かもしれません。
 残された三人のうち、ヴィータとすずかは別として、"三人"という括りにおいては、さほど接点を持たないからです。
 この静けさに、気まずい空気にも似たものが漂い始めた頃。
 五人掛けのソファーの端に座ったヴィータに、アリサが切り出します。

「ねぇ、ヴィータ。一つ、聞いて良いかしら」

 なのはと喋っていた時と同じ、あくまでも友人に尋ねるかの如く、軽い調子で。
 しかし、それはアリサが努めてその調子で、その言葉を口に乗せただけであって、それが内心を現した物ではありませんでした。

「は、はい。答えられることなら」
「……出来るとは思うけど」

 ヴィータの返事は、なにもアリサの内心を読み取ったものではなく、単に慣れない相手への、人見知りそれに似ているだけ。
 そんな相手の態度に構うことなく、アリサは溜息混じりに、そう呟き返すだけでした。
 ヴィータと視線を合わせぬまま腰を上げると、ぐるりと回りこみ、丁度なのはが座っていた辺りの背もたれにもたれかかります。
 元々、空気の悪かったところへ、更に拍車をかけるアリサの態度。
 ピンと張り詰めた空気を背負った背中を、視界の端に捕らえるヴィータ。
 そのまま二呼吸ほど黙っていたアリサですが、意を決したように、誰もいない空間を見つめながら話しはじめます。

「なのはがいる前じゃ答え難いだろうと思って」
「は、はい」

 その切り出しは、ヴィータであっても充分に、これは自分にとって好ましくないものだ、ということを予感させるものです。
 敏感にその意図を読み取り、黙ってその続きを待ちます。
 辺りを包む空気と共に、アリサの発する雰囲気と、この沈黙は、この場にいる三人の心をジリジリと焦がすようにも感じられます。
 堪え性がないわけでなくとも、居心地がこれ以上ないぐらいに悪く、じっとりと額に汗が滲みます。
 そろそろ、切り出してはくれないか、とヴィータが思ったところで、アリサは、重々しく口を開きました。

「こういう言い方は卑怯だっていうのは重々承知してる。だから――イヤなら答えなくて良いわ」
「はい」

 そうは言うものの、アリサの言葉に拒否を許すような響きは含まれていません。
 あくまで表面上とはいえ、言質となる表現、というだけ。
 だからと言って黙っているわけにもいかず、ヴィータは、頷き返すのですが。

「――フェイトはどうしてるの?」
「…………」

 "どうしてるの"
 この響きに込められた意味は明らかでした。
 意味するところはわかる。そして自分には答える義務がある――けれどヴィータは、直ぐに返すことが出来ないでいました。
 この沈黙は拒絶ではない――
 少なくとも、それだけは分かって欲しいと思いながらも、伝える術がありません。
 そんなヴィータの思いは、向けられる視線や態度から、察しの良いアリサには分かっていたことでしょう。
 しかし。それでも尚。
 アリサは意地悪とも取れる言葉を呟きます。

「早くしないと帰ってくるわよ」
「あ、はい。分かってます。え、えっと……フェイトは」
「フェイトは――?」

 ごくり、と喉が鳴るのが聞こえ、この質問に答えることが、ヴィータにどれだけの緊張を強いているのか。
 分かってはいても、分かってあげるもんですか――
 そうとも取れる態度で、アリサは続きを待ち受けます。

「結婚して少し経ったある日に尋ねてきて、というかなのはが連れてきて……それっきりです。会ってません」
「連れてきたって……デリカシーがないっていうか」

 呆れ半分で呟きながらも、その日はどうだったの?と詰まらぬ感想を挟む気はないようです。
 ヴィータも、話が逸れそうなことを期待したわけではないので、その緊張感を保ったまま――スムーズには紡げずとも――続けるのです。

「その日は……」

 話すには、あの日のことを思い出さなければなりません。
 それは何度目かの、なのはに対する後ろめたい気持ちを抱えた日であり、なのはに対する気持ちを、初めて人に表明した日でもあります。
 今はある程度解決したとはいえ、それでもヴィータにとって、なのはとの関係を語る上で、チクチクと小さな棘のように胸の内に残っています。
 しかし。
 だからといって、二人に話さない理由にはなりえない。
 なのはとフェイト。
 二人の親友であるこの二人には聞く権利がある、そう思い、ヴィータは拳を固め、続けます。

「――フェイトに"絶対なのはを放しちゃ駄目だ"って。怒られました」
「フェイトに?」

 アリサが確認を取るように、親友の名前を呼び、ヴィータはそれに、黙って頷くのです。

「だから。"分かってる"って。フェイトが心配しないで良いように。そうするって答えました」
「…………」

 小さな、小さな舌打ち。
 それは、背中合わせに座るようにする、すずかの耳にすら、辛うじて聞こえるほどの小さなものでした。

「……全く。予想通り過ぎて詰まらないわ」

 重々しく、彼女の吐き出した言葉には、怒りに類する感情をはっきりと読み取ることが出来ます。
 もたれかかる様にしたソファーの背が、掴む主の心情を表すかのように、ギシギシと不安な音を立て、発する気配がそれを裏付けていました。
 けれど。
 その怒りは誰に向けられたものなのか。
 ヴィータではなく。勿論、フェイトでもなく――
 しかし、それを気付くべき人物は、内に向いてしまうことで、それに気づくことはありません。
 そんな怒りの持ち主は、先ほどから見つめ続けている、何もない空間に対して言い放つのです。

「バッカみたい。なに自分の恋敵に塩を送るような真似してんのよ、あの子は」

 小さな舌打ちを交えながら。
 吐き捨てるように。
 呆れてものも言えないとばかりに。
 それが親友だからこそ言えることなのか、それとも親友によくそんな事を言えたものだということなのか。
 ヴィータには、それを判断するだけの余裕もなく、例えあったとしても、正解を導き出せるのか、甚だ疑問の残るところでした。

「お人よしってのは長所たる特徴だとは思うけど……こうまで来るとタダのバカね。救いようのないバカだわ」
「それはちょっと言いすぎじゃない、かな」
「言いすぎ? 自ら身を引くだなんて格好よくも何ともないわよ。体面を気にするぐらいなら、初めからそんなことしなきゃ良いだけの話なんだから」
「アリサちゃん……」

 静かに、先ほどまで纏っていた空気を押し殺し、感情を表に出さないよう、淡々と述べるアリサ。
 ふつふつと、沸き立っているだろう怒りを発散させることなく、内側に止め続けているのは、何故なのか。
 ぶつけるべき相手が目の前にいないからなのか。
 それとも、何か別に理由があるのか。
 それは、傍目からでは判断することが出来ず、宛も自分が言われているように感じられるヴィータとしてみれば、胃が痛くなるどころの話ではありません。
 ギシギシと、不安を掻き立てる音はその間隔を狭めていきます。
 顔をあわせることなく、背中を向けているヴィータは、アリサが感情を抑えているはずだというのに、ジリジリと焼け付くような感覚を覚えているのでした。
 何故だろう――その焼け付くような空気を受けながら、ヴィータは考えていました。
 前兆が見当たらなかった。
 いきなり、これだけの怒りを発するわけがない。
 少なくとも、なのはとすずかとの、三人で会話を楽しんでいるように見えた。
 その下で、一体なにを燻らせていたのか。
 なのはの態度がそれほどに、相手の癇に障るものだったのだろうか。
 だったら、本人がいる前で言えばいいだけのこと。
 付き合いの浅い自分でも、アリサがそんなことを遠慮する人物には見えませんでした。
 若しかして、フェイトの話を聞いて、一気に沸騰してしまったのだろうか。
 本人はここにはいない。
 ならば、別に怒りをぶちまけてしまっても問題はないはず。
 本人に直接言わなければ意味がないと考えている、としたとしても、ここで我慢する理由にはなりません。
 ならば、何故。
 一体、なにがアリサにそうさせているというのか。
 ヴィータの疑問は、誰も答えてくれることのない、出口のない迷路のようになっているのでした。

「這いつくばって。見っとも無くても。絶対に放さないぐらいの……フェイトにはそれぐらいの気概があるべきよ。
 それがなに? "絶対放しちゃ駄目"? はっ。馬鹿馬鹿しい。どうしてそこで、放してくれたら大儲けだと思わないのかしら?
 まさか、手垢のついたのは要らないとでも言うつもりなのかしらね? そんな贅沢いえるような立場じゃないでしょうに。
 寧ろ、仲違いさせるとか、好いた相手をこちらに向かせるとか、そうやって仕向けるぐらいことはやるべきじゃなんじゃないの?」

 アリサの、予てからの親友としての評価。
 フェイトを全否定するかのような、いえ、事実否定している……のかもしれません。


 


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