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新婚なの! 10-7 (4)

「ふうん。満更的外れって感じでもなさそうね」

 黙りこくったままのヴィータを視界の端に捉えて。
 魔法を使える、という立場上、その少女は、自分よりもフェイトと仲のいいはずの子。
 自分が知る限りと、すずかやはやての話からして、情の厚そうな子みたい。
 そんな少女が、ここまで友人――なのはを仲介しての、若しくは当人同士が。それは分かりませんが――を否定されて黙っているかしら。
 最後に念を押すように、挑発の意を込めた言葉にも、反応する様子を見せない。
 それは身の振り方を考えているのか、それとも、本当に自分の言葉が的を得ていたのか――
 今、自分がしていることは、八つ当たりに近い――いえ、八つ当たり以外の何ものでもなく――ことであると分かっていながら。
 それに反論されないからといって、更に苛立ちを募らせるなんて。
 なんて勝手なのかしら――舌打ちするのは、自分に対してする他なく。
 けれどそれは、長くポニーテールを垂らした少女には伝わっていないことも、充分に分かりながら。

「あの子のことだから、なんて言ったかなんて、大体想像つくわよ?
 その人が幸せなら、それで良いとか。自分よりその人の幸せが大切とか。……どうせ、そんな奇麗ごと並べたんでしょ?
 くだらない……くだらないわ。そんなの逃げ以外の何ものでもないわ。
 自分があなたを幸せにして見せるとか。あの人より自分が優れているとか……それぐらいの傲慢さがあって然るべきよ。
 何が怖いのか知らないけど、敵前逃亡じゃないの? 戦いもせず、結果すら見ないようにするなんて……逃げてるようにしか見えないわ。
 それを、相手の為だなんて言い訳して――これだけ友達やってるけど、何考えてるのかさっぱり分からないわ。ううん、分かりたくもないわね」

 アリサには分かっていました。
 感情を抑えながらであっても、胸の内にくすぶる想いは隠し切ることが出来ない。
 重々しく吐き出される声に乗せられたそれは、表面的な部分だけであり、相手に対して大きな誤解を呼ぶであろうことが。
 それだけでも、視界の端に捉える少女は、なぜこの場でこんな話をするのか、混乱しているはず。
 それもそのはず。
 いま自分が口にしていることは、別にこの場で言う必要のないことばかり。
 そんなこと、フェイトに面と向かって言えば良いのだから。
 ヴィータの正直な感想としては、私に言ってどうするんだ――というところではないでしょうか。
 そう考えたとして、誰が彼女を責めるというのか。
 寧ろ、それは正論だ。
 そうだと分かっていて――
 こんなことを、腹の底に渦巻くモノを吐き出すように、誰かにぶつけるように。
 抑えきれない感情があふれ出して。
 なのはが"フェイト以外と"結婚したと聞いた時点で、勝手な、妄想とでも言うべきものが頭を駆け巡って。
 ここで、当事者であるヴィータが反論の一つでもしてくれたなら、多少は納まっただろうに。
 何も言わず、黙っているその様子に、やはり自分の考えは正しいんじゃないか、と保身を促す声が聞こえてくる。
 しかも「言いたくないなら」なんて、言い訳をして。
 それは、紛れもない自分自身への逃げ道。それを用意して聞き出して。
 ヴィータを目の前にして言うべきでなくて。
 自分がいかに卑怯なことをしているか、下劣な人間であるか分かっていましたが、それでも――我慢できなかったのです。
 そして。
 そんなことになってしまうだろう、予感がなかったわけではないと言うのに。
 それでも止めることの出来なかった"予想通り"の自分に、更に腹が立つのでした。

「大体、昔から――」
「アリサちゃん。もう、良いでしょ?」
「なっ…………わ、分かってるわよ、そんな、こと」

 すずかは、心のどこかで勝気な親友が、踏みとどまる事を期待していました。
 ならば、そうでなかったと分かった時点ですることがあったはずなのに――それでも止められなかった自分。
 止める者がいなかったために、吐き出すそれを止める術がなく、珍しい自己嫌悪に陥ったアリサ。
 そのことによって、傷つくヴィータ。
 出来ることならこの事態を上手く回避したかった。
 円満に、両者を傷つけることなく、久しぶりの里帰りを終わらせたかった。
 けれど、親友が"何故それを言わずしていられなかったのか"――それが理解できてしまったから。
 だからせめて。
 両方の傷が深まらないうちに、親友を止めるのがせめての務めだと。
 それが、自分だけが傷つかない立場に居続ける、卑怯な行いだと分かっていても。

「あ、あのね、ヴィータちゃん」
「分かってます。アリサさんはそういう人じゃないって……それが。それが――フェイトのことを考えているって」
「――くっ!」

 燻っていた感情は発散するどころか、逆に勢いが増したように腹の底をぐるぐると駆け巡っている。
 それでも、すずかの視線が、ヴィータの態度が、そして僅かばかりに残った理性が、済んでのところでそれが爆発するのを抑えてくれた。
 背もたれは未だに不安の、自分の心情を表すような音を立て続けています。
 このまま続けては、終いに壊れてしまうのではないか、と言うほどに。
 しかし、寸でのところで自分は踏みとどまる事ができた。
 その最大の功労者は誰であるか――少なくとも、自分ではない――分かりはしないけれど。
 そして抑えの利いているうちに――何とか言葉を続けるのでした。

「ホント……離れてて助かったわ。こんなの目の前でやられちゃ堪らないもの――」

 自分で聞き出して、感情をぶちまけて、勝手に納得して――最低だと思った。
 でも、そうでもしなければ、自分がどうなってしまうか分からなかった。
 何故、ここまで苛立ちを募らせたのだろう。
 裏切られたとでも思ったのかしら。
 誰が、誰を?
 それとも、あれだけなのはと仲の良かったフェイトが、自分のいたかったはずの場所にいた子が、あっさりとその場を譲ってしまったことに対する怒りかしら。
 ならば、このフェイトに対する憤りとでも言うべき感情は正しい?
 それとも、自分のなれなかったモノに、余り親しくもない子が、ちゃっかり居座っていることかしら。
 だったら、ヴィータに意地悪なこの態度は仕方がない?
 それとも――周囲をこんな状況に陥れた親友への憤りかしら。
 ならば、やはり裏切り――?
 そこまで考えて、これは違う。そう思った。
 何か分からない。
 明確に、これだ、と言い切れるものがない。
 それなのに、否定したはずの、なのはの裏切りとでも言うべき認識が、現時点で一番しっくりくるものでした。
 なのはの何が。
 行動なのか、態度なのか。
 ともかく、なのは自身にまつわる何かが、自分をココまで苛立たせている。
 それが――やはり、現時点において、一番納得させられる。
 渦巻く感情に流されて、自分自身を客観的に判断できているのか、甚だ疑問ではあったけれど。

「アリサちゃんは……なのはちゃんとフェイトちゃんの友達だから。だから――」
「……はい」
「分かってくれるなら――私はそれで」

 ホッと、すずかが――それでも、安心しきったわけでなく――息を吐く。
 それを聞いて、アリサは掴む手に更に力を込めます。
 ある意味屈辱的でした。
 自分の発言には責任を持たなければいけないというのに、それを放棄して、予ての親友にそれをフォローさせるなんて。
 そんなこと、して欲しくもないし、させたくもなかった。
 自分の真意が伝わらないのは、それこそ自分の責任なのだ。
 それを、相手のせいにしたり、まして、周りにフォローさせるなど、問題外だ。
 それでも――そう思っているにも拘らず。
 そうであるはずであるのに――すずかのフォローは有難いものでした。
 決して、自分の意図するところを補完してくれたことではなく……間を持たしてくれた、ただそのことに対してだけ。
 その間に、くらだなくとも、考える時間を持つことが出来た。
 今だ結論は出ず、意味のない浪費に成り下がってはいるけれども。
 見栄を張っているのは分かっています。
 傲慢にも、自分の言葉で傷ついたであろう、少女のことに気付かない振りをすることが、どれだけ酷いことかも。
 分かっていながら。
 そんな詰まらない意地を張るのも――そのせいで、募る嫌悪感が更に増すことになっているとしても。
 今更引き返せない。
 今の自分に、素直に過ちを認めて、真摯に胸の内を明かし、謝罪することなど出来なかった。
 粗末なプライド。僅かばかりに残ったそれが、保身に走らせます。
 どうして自分は、これほどに詰まらない人間に成り下がってしまったのか。
 ただ、考える時間が欲しかった。
 それが一体なにであるのか。
 答えを導き出すには、もう少し時間が必要で。
 だから。
 この先もう無いであろう。あって欲しくない、受け入れざるを得ない好意に黙って甘えるのでした。

「…………」
「少し遅いね、なのはちゃん」

 努めて平静を、いつも通りの雰囲気を保つすずか。
 膨れ上がる嫌悪感に、心が焼け付きそうになっているアリサ。
 何を想っているのか、膝の上で固めた拳を凝視するヴィータ。
 三人に共通する想いは、この場にいない、話題の中心人物に対するものでした。

「遅くなってごめん。やっぱり言われたとおりちょっと迷っちゃっ――あれ?」

 さほど時間も経たず、大きなドアが開かれ、ひょっこり顔を覗かせたのは、なのはでした。
 安堵と、僅かばかりの緊張が周囲を満たします。
 それに気付いたのでしょうか。
 きょとん、とした顔で辺りを見渡すなのは。
 しかし、その疑問とでも言うべき考えを長引かせないよう、アリサが二の一番に口を開きます。

「なぁに? 管理局ってのは私の家より狭いのかしら?」

 全く変わらぬ様子で、揶揄するような響きを口に乗せる。
 多少、大仰ではあったけれど、普段と変わらぬアリサがそこにいました。
 しかし、そんなアリサの様子など構うことなく、なのははその疑問に正直に従っているようです。
 一瞬。ヒヤリとする空気が三人を包みますが、それを断ち切るように、すずかが口を開きました。

「どうかした? なのはちゃん」
「う、ううん。何だかちょっと――空気が悪いかなぁって。アハハハ」
「そう? 換気するかしらね。ちょっと寒いけど我慢なさい」

 何かしら、気を使ったかのように思えたなのはでしたが……本当のところは本人にしか分かりません。
 それもアリサが触れず、さっさと窓辺に向かってしまいます。
 ソファーに腰掛けたまま、すずかはニコニコとしています。
 全く分からぬ様子を演じる二人に、呆気にとられているらしいヴィータの頬は、緊張からか引きつっています。

「あ、ヴィータちゃんどうしたの? 顔色悪いよ?」
「そ、そうか?」
「うん。あ、若しかして……ご飯食べ過ぎちゃったとか? んも~、幾ら美味しかったってそれは駄目だよ~」

 アリサが離れると同時に、ヴィータの隣に腰を下ろすなのは。
 目敏く――お嫁さんの体調なのですから、当然でしょうが――その変化に気付いたらしく、心配そうに、その顔を覗きこみます。
 思わず、どもるヴィータ。
 傍目にも嘘を吐くのが下手そうなヴィータが上手くやり過ごせるか。
 その場にいたすずかは心配でしたが、のんびした親友の反応に、とりあえず胸を撫で下ろすのです。

「―――あ、アホか。アタシそんな食べてなかったろ」

 上手く誤魔化せたらしいことに安心したのは、ヴィータも同様だったようで、一瞬、上手く言葉を繋げなかったようでした。

「食べてたよー。ねぇ、すずかちゃん」
「う~ん、どうだったかなぁ。お話しするので一生懸命で」
「ああ、まだ勝ち誇るのは早いよ? アリサちゃんに聞いてみてからじゃないと。ねぇ、アリサちゃん」

 なのはの欲しい答えを用意できるすずかでしたが、敢えてここは知らぬ振りをすることにします。
 知られるわけにいかない彼女の興味が逸れることは好都合でしたから。
 惚けてみせて、そちらに興味を牽き付けて、当初抱いた疑問からは、どんどん遠ざけるように。
 それには、彼女のお嫁さんの反応も重要でしたが、一度安心したためか、緊張の面持ちは幾らか和らぎ、なのはの態度に合わせています。
 そんなすずかの思惑通り、なのははこの話題に食いつき、今度は換気から戻ってきたアリサへと、話は転がっていくのでした。

「は? 一人ずつのコースなんだから全部片付きゃ食べた量は同じでしょ? なにボケたこと言ってんのよ……」
「あ、そっか。えへへ、ゴメンねヴィータちゃん。疑ったりして」

 はぁ、とワザとらしく溜息など吐いたアリサでしたが、なのははさして気を悪くしたようではありません。
 悪気がなかったことをアピールするためか、照れ笑いを浮かべ、隣に座るお嫁さんの小さな手に、自分のそれを重ねます。
 膝の上で固めたままになっていた、手。
 もしやバレるのではないかと思ったのか、ヴィータは、ハッと顔を上げますが、そこには、にっこり微笑む伴侶の顔があるだけ。
 大丈夫だ――
 一瞬、ヴィータが浮かべた表情の意味を、その場にいた、なのは以外の二人だけが、理解するのです。

「別に……そんくらいで怒ったりしねーよ」
「じゃあ、今度からも優しくしてね。お願~い」

 なのはが感じていたかもしれない違和感は、すでに霧散したようで、今は当事者の胸の内に微かに燻るだけ。
 "なのはの為に"。
 この場の誰もが、それを胸に行動していたこと。
 知らぬは本人ばかりなのですが、それは願ったことであり、上手くいった証拠に他なりません。

「お嬢様。遅くなりまして申し訳御座いません」
「ううん、"ちょうど良いタイミングよ"。なのはも帰ってきたところだし」
「それでは皆様方、こちらへどうぞ」

 本当に見計らったように――主人の娘の意図を正確に理解して――部屋に入ってきた鮫島に促され、再度テーブルに着くのでした。


 


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