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新婚なの! 10-11 (3)

 
「う~ん! やっと目処がついたかな~」

 背もたれに押し付けながら、グーっと伸びをすれば、ギシギシと固まった身体が解れていきます。
 姿勢が悪いのか、デスクワークにからきし向いてない性質のか――
 自分としては後者だと思うのですが、お嫁さんに言わせれば「慣れないことするからだ。普段から――」とお説教が始ってしまいます。
 身体を動かしている方が性にあっている、とはいえ、全部が全部、そうやって終わる仕事ではありません。
 有効な反論もなく、お嫁さんのお説教を頂いていたのを思い出していると、不意にそのお嫁さんの事が気になるのでした。

「ねぇ、ヴィータちゃん。ちょっと過ぎちゃったけど……寝てる?」

 いつからか。全く話しかけていないことに気付きます。
 こちらから言わなければ、向こうから言うこともありません。
 話しかけて欲しいなあ、とは思うけれど、ヴィータとしては、わざわざ作業の手を休める口実を作ってやることはない、と考えるだろうから。
 逆に、こちらから話しかければ「黙って続きやれ」と怒られてしまいます。
 そうでなくても、一日の終わりが近づいているのですから、黙って続きをやらざるを得ないのでしたが。
 寝ているなら、起さないようにしなくちゃね。
 音を立てないよう、ゆっくりと椅子を引けば、そこには案の定、可愛らしい寝顔が布団から出ていたのでした。

「……ちょっと寒かったのかな?」

 お風呂から上がって随分――普段と比べて、ですが――経っていましたから、冷えていたのかもしれません。
 いかにも布団を手繰り寄せた、という感じで首元に丸まっている布団が、そう思わせます。
 もっと近くで見ようにも、スタンドの明かりを自分自身が遮ってしまって、どうしようもありません。
 その時のなのはは、近づくことばかりを考えて、少しだけ横に逸らすとか、そんな簡単なことすら思いつかないのでした。

「じゃあ寝ちゃおう、かな?」

 こういうとき、便利に慣れちゃうと駄目だねえ。
 呟いて机に戻り、スタンドを消せば、部屋は正に真っ暗。なにも見えません。
 その内、この暗さにも慣れるでしょうが、それまで黙って立っているわけにもいきません。
 ただでさえお風呂から上がって時間が経っていますし、なにより、早くお嫁さんの待つベッドに潜り込みたかったからです。
 ならば、と慎重に進むかと思いきや。
 なのはは、十年来使い続けた場所なんだから、部屋の感覚は身に沁みて――

「あいたっ! いったーい……んもう」

 もう一歩。
 そう思ったところで、爪先がベッドの足を捉えたのです。
 思いがけない痛みに飛び出した声は、静まり返った部屋と家に響き渡ってしまった――ように聞こえました。
 起してしまったかとお嫁さんを見やれば、今だ暗さに目は慣れず、姿は全く確認できませんが、その気配はありません。
 きっと、今も可愛い寝顔を披露していてくれることでしょう。
 ホッと胸を撫で下ろし、なのはは、改めてベッドに潜り込む準備をするのでした。

「はあ、中学からそれほど、身長、伸びてないんだけどなあ」

 こう言うときは普通、身長が伸びた分を考慮してなかったー、というのがセオリーです。
 しかし、中学まではこちらにいたので、それはありません。
 やっぱり三年近くという年月は人を変えてしまうのね――なんて下らないことを考えては、そう納得するなのは。
 ……少し足元も冷えてきた上に、ヴィータの隣が恋しくなってきたからです。

「お邪魔しまーす」

 足元から布団を捲り、中を這って進めば、直ぐに顔を出すことが出来ます。
 ヴィータは随分と小さくなっているようで、その分隙間も多く、容易に到達することが出来ました。
 寄ってしまった毛布を元に戻し、ベッドを確かめていると、足元からゾクゾクと這い上がってくる寒気。
 思ったより冷えていたみたい。
 布団に入るまでは分からなかったけど、いくら暖房を効かせていたとは言え、やはりこの時間帯は冷えるものです。

「あ~あ、ヴィータちゃん湯たんぽが恋しいよ~」

 こう言うときは、ヴィータをがっちりと抱き込んで、暖を取るに限るのです。
 そうすると、「アタシに抱きつくなー」とか何とか言って嫌がってくれるのが、可愛いくて仕方ありません。
 抱きつくのを容易に許してくれるのは、ホンの一握りの人たちだけだから。
 ホントにイヤなら、文句を言うまでもなく、そもそも抱きつかせてくれないからです。
 決して口にはしない"好意に"、こっそりと微笑んでみる。
 そうやって反応を確かめつつ、暖を取りながら、お嫁さんの可愛い姿も見ることが出来る。
 ああ、寒い部屋って素晴らしい。
 そう言えば、昨日も寒くてこうやって抱きついてたんだっけ、となのはは、胸元の温かみが染み渡っていくような感覚に重ね合わせます。

「やっぱり、起きててくれないと寂しい、かな」

 目下の赤い頭。
 いつもなら、向き合うかそうでないかの違いはありますが、直ぐに黙って抱かせてくれません。
 しかし、今日は先に寝てしまっていて、素直に抱かせてくれる上に、その赤い頭からは何も聞こえてきません。
 勿論、抱っこするのは好きです。
 小さくなってしまった身体が、腕の中にすっぽりと納まって、その髪に顔を埋めると、好きな香りを胸いっぱいに出来るから。
 けれど、一番の目的は、そうすることで、あーだこーだと、文句を言うヴィータを構えること。
 ヴィータ自身、それが目的で、こちらがちょっかいを掛けていることを分かっていると思います。
 それでも。
 最後には「仕方ねーなあ」と言って。口にしないでも、そう態度を取って。
 それ以上は自分にとっても、どうしてなのか分からないけれど。
 ヴィータがそうしてくれることが、なにより自分を安らかにしてくれる――なのはにとって、それだけは、確かなことでした。

「……なんだか。私ばっかりだね」

 ぽにょぽにょお腹に手を回しても、何の反応もありません。
 カレンダー上、新しい日になり、徐々に慣れてきたとは言え、一段と夜が深まっています。
 その、部屋を覆いつくした暗闇に吸い込まれてしまっているのか、何一つ、物音がしません。
 ただ耳に届くのは、自分の心臓の音と、胸に抱くお嫁さんの微かな寝息だけ。
 さっきは「知らないのはヴィータちゃんだけ」なんて言ったけど、殆ど口から出任せ。
 実際、自分が夜中に目を覚ますことなど本当に稀。
 以前偶然に、喉が渇いたか何かで起きたときに見たきりで、その時の話を膨らませただけなのです。

「たまにはこうやって、ヴィータちゃんより遅く寝るのも良いかもしれない、かな?」

 ここまで来ると、その寝顔を間近で拝みたいところですが、下手に動かして起してしまうのは可哀想です。
 なのはは、グッと堪えて、珍しく"ヴィータより遅く寝た夜"を堪能することにします。
 予定としては、明日、リンディの家に――といっても家にいるのはエイミィですが――挨拶に行って終わり。
 他に行きたいところが出来れば別ですが、後は家に帰るか翠屋に顔を出すかぐらい。
 その日の夜にこちらを発ち、ミッドに帰る予定。
 ですから、今日の夜は夜更かしをして多少なり寝不足になったところで、問題はないのです。

「…………」

 段々と、身体の先まで温もりが染み渡っていって、縮込めた足をやっと自由に出来そう。
 なのはは、恐る恐る伸ばしていくと、その先のシーツは当然冷たくて、また引っ込めてしまいたくなるけど、そのまま伸ばしていきます。
 ぐーっと伸ばした身体は窮屈さからの開放感か、思わず、大きく口から漏れるのでした。

「……お、起きてない、よね?」

 返事を求めない確認は、無言という形でもって肯定されます。
 全くブレることもなく、寝息もリズムを崩していません。
 息を潜めて安堵すると共に、それとは真逆の考えが頭を過ぎるのでした。
 別に、いまので起きてくれても良かったかな。
 これだけ抱っこし続けるのは滅多にない機会ですし、充分堪能すべきです。
 しかし、その一番の目的である、ヴィータに構ってもらえる、という欲求は満たすことが出来ません。
 ベッドに入る前。
 お嫁さんが恋しくなった、なんて思っていたのに、抱いている今のほうが、もっと恋しくなってしまったのです。
 距離は近づいているのに。
 その人はこの腕の中にいるというのに。
 何だかどうしようもなく、ヴィータが"この場にいない"ように感じてしまう。
 やっぱり、我侭だね。私――
 はやては、ヴィータと一緒に居られなくなったことを、自分の前では出さないものの、大変寂しく思っているようでした。
 はやてにして見れば、毎晩こうして一緒に寝られることなど、羨ましくて仕方ないことでしょう。
 それなのに。
 自分ほどヴィータの近くにいる人もいないであるのに、それを持って寂しがっているなんて。
 なのはの自嘲的な呟きは、全てを飲み込んでいくような闇に吸い込まれていくのでした。


 


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