« ちょっと遅れて更新 | トップページ | 新婚なの! 10-9 (3) »

新婚なの! 10-9 (2)


「あ、メール」

 夕食後、さあ、これからお嫁さんで遊ぼう、とばかりにソファーにでーんと構えたなのはの元に、RHが知らせの音を鳴らします。
 どうやらメールであり、その主はアリサのようでした。
 ウインドウを投影し文面を確認している顔は、それこそ初めはニコニコとしていましたが、次第に雲行きが怪しくなってきました。

「どうしたよ。なんか具合悪いのか?」
「う、う~ん。悪いといったら……きっと怒られちゃうね。あのね、こんな感じ」

 こちらからは、内容の見えないウインドウをくるりを回して、見せてくれます。
 そこにはウンザリするほど――それこそアリサは怒りそうですが――の文章が綴られていたのでした。
 思わず「うえぇ……」などと、なのはと同じ表情をしてしまいます。
 それほどアリサからのメールは長く、画面をびっしりと文字が埋め尽くしているのです。
 確かに「読むのもイヤになるほど」とは言っていましたが、まさか実行するとは。
 有言実行。
 アリサ・バニングスという人は、そういうひとなのだと、ヴィータは深く納得するのでした。

「まあ今までの不精が祟ったと思うしかねーな」
「これ……何時までに返したら良いかな? 読むだけで二日はかかりそうだよ~」
「明日に帰るんだから、えっと……なるべく早い方が良いな。頑張れ、なのは」

 どう頑張っても四日は掛かりそう(読んで、書いて、推敲して)なところでしたが、あえて日数は言わないことに。
 目標は明確な方が良いかも知れませんが、目の前の絶壁があると思ってしまうと、やる気がそがれてしまうものです。
 自分の旦那さまは、不屈の闘志の持ち主で、逆境こそ力を発揮するタイプですが、どうも、今回は事情が違ったようなので。
 思いのほか、自分が慰めてくれなかったせいか、しょんぼりと肩を落として、なのはは、仕方なさそうに腰を上げました。

「は~い。もう、せめて何回かに分けてくれれば良いのに~。じゃあちょっと部屋に篭ってきます……」
「それが良いぞ。訓練のときの半分でも集中力だしゃ早く終わるだろ」
「うぅ、そうだね……ここじゃヴィータちゃんが居てなにかと誘惑してくるから」

 ちらりと向ける視線は、明らかに助けを請うていました。
 しかし、そんなものは自業自得ですし、自分が悪いといわれては不本意もいいところです。
 ここは拒絶の意思を強く持って、いー!としてやります。
 それなのに当の本人は全く気にする様子もなく、寧ろ「やっぱりヴィータちゃんが居てくれた方が捗るかも」などと軽口を叩くのです。
 これが自分の家なら、クッションの一つでもぶつけてやるのに……
 膝に抱えたクッションを抱く手に、恨めし気に力を込めていると、なのはは「冗談だよ~」なんて、ホントにそうなのか疑わしい顔で、部屋へ引き上げていきました。

「……ったく。こんなことまで面倒見なきゃいけないんじゃ」
「先が思いやられる?」
「う、うわわっ!? も、桃子さん!?」

 突然姿を現したかのように見えたのは、手を拭きながら戻ってきた桃子でした。
 余りに驚いてしまって、どんな見っとも無い顔をしたのか分かりませんが、桃子は、にこにこと、相変わらずの表情を崩すことはありませんでした。

「あらゴメンなさい。そんなに驚くと思わなくて。あの子、部屋に行ったのかしら」
「えっと。はい、そうです。アリサさんからメールが来てて、それで」
「なるほど。大好きなお嫁さんを放っておくぐらいだもの。相当な量が着てたみたいねぇ」

 仕方のない子、といった口調。

「どこでそんな風になっちゃったのかしら」

 溜息を吐く仕草は、それほど深刻でもありませんが、軽い調子でもありません。
 フォローしようと思い、口を開きかけた瞬間。
 どうにも、フォローする材料が見つからない自分に、ヴィータはがっかりするのでした。
 自分にとって、よく顔を会わせるようになったときから、終止この調子で「しっかりしていた」なのはと言うのはイメージし難いのです。
 仕事に限定すればそうでもないのですが、日常生活においては言い切ってしまっても過言ではありません。
 こんなでは、下手に口を利いて、より桃子をがっかりさせるだけ。
 自分が悪いでもないのに、がっかりと肩を落とすヴィータの横に、そっと腰を下ろす桃子。
 朝のままの良い香りに混じって、何かしら甘い匂いが、ヴィータの鼻腔をくすぐるのでした。

「今日もお疲れ様。お風呂、早めに準備しちゃうわね」
「い、いえ。そんなことないです。今日は、全然」

 不意に気になる左手。
 今日。家に帰るまで、なのはがずっと繋いでてくれた手。
 今日はどちらかと言うと、自分が世話になっていたような感覚。
 あの時。
 なのはは黙って繋いでいた手から、なにを感じ取っていのかしら。なにを考えていたのかしら。
 何も言わなかったのは、気を使ってくれたのか、それとも何も言えなかったのか。
 どちらであったとしても、今の自分にとっては、歓迎すべき事態ではない。
 そう思う気持ちがヴィータの中では大きくなっていました。
 そんなヴィータの胸のうちを見抜いたのでしょうか。
 桃子は、いまこのタイミングで言わないでおく選択肢もあったでしょうが、敢えて口にしたのかもしれません。

「ヴィータちゃん。聞きたいことがあるんだけど……良いかしら。いま、二人きりだから」
「は、はい。構いません。なのはも当分戻ってこないと思いますから」
「そうね。なら二人きりの内に」

 今日二回目。
 こういう切り出し方は心臓に悪くて仕方ありません。

「……なのはとの結婚。どうして踏み切ったのかしら、と思って」

 ああ、またこの質問か――案の定、心臓に悪いことだ、とヴィータはグッと手に力を込めます。
 しかし、こればかりは。
 今回ばかりは説明しなければなりません。
 なにせ、親友や何やらと違い、相手は旦那さまの実の母親なのですから。
 ここで娘から聞かずに自分に話を持ちかけた辺り、信用していないのか、何か他に理由があるのか……
 何しろ話してみなければ始まりません。
 身体中に新鮮な空気を行き渡らせるように深呼吸し、その左手を見つめながら、小さく呟くのでした。

「えっと、何ていうか。なのはからそうしようって」
「う~ん。ヴィータちゃんはその……もうしてるのだから言うのも変なのだけど、ヴィータちゃんになんと言うか……」

 ちらりとこちらを窺う様子は、悩んでいるのだろうけど、それほど深刻さを感じさせない表情。
 「うーん、と」なんて考え込んでいるその表情は、どことなく二人が親子であることを、ヴィータに思わせるものでした。

「なのはが甘えっぱなしみたいで。その辺り、どう思っているのかしらって」
「そう、ですか?」

 なんだか意外。
 確かに、そういう傾向はあるだろうと思ってはいたものの、そこまでとは思っていなかったからです。
 表情に出ていたのでしょう。
 桃子は、もちろん、と言わんばかりに、うんうんと頷くのです。

「誰しもが思うんじゃないかしら。ベッタリよ? 母親の私から見ても羨ましいほどに」
「羨ましい? アタシがですか?」
「そりゃもう。こんなこと言うの、母親としてどうかと思うけれど。余り、甘えられた記憶がないから」

 軽く、流すように口に乗せるけれど、よく聞けば、それは深刻な話じゃないかしら。
 ヴィータは、思わず桃子の調子に流されてしまうところを、寸でのところで押し留まり、しっかりと受け止めるのでした。

「なのはがね。小さい頃は、色々あって余り構ってあげられなかったから。
 何でも自分でしなきゃいけなかったから。……いい風にいえば自立心があるというか、そうなるのだけど。
 でもそのお陰で、人にそれを話したがらない……のじゃなくて、そういう方法を学ぶ機会がなかったというか。
 言ってしまえば甘え方を知らないまま、大きくなっちゃったかしらって。なんとなく……そう思えるの、なのはを見てて」

 深刻さを感じさせないようにする、その口調は、自身に向けられているようでした。
 自分が答える番であるにもかかわらず、ヴィータは、相槌を打つばかりで何も答えることが出来ないでいました。
 それは、口を挟めない雰囲気であると同時に、他の誰も知らないなのはの事が、彼女の母親自身の口から語られているから。
 ヴィータにとって、全く知らない高町なのはが、目の前に現れ始めていました。

「ヴィータちゃんはそういうの……あの時に分かったんじゃないかしらと思うんだけど」
「……は、はい」
「困ってても悩んでても滅多なことでそれを言ってくれなくて。
 でもそれで大きな失敗をしたことが無いものだから、余計に言うチャンスを学べなかったんじゃないかしら。
 当然、私とお父さん。あ、士郎さんと恭也に美由希も。それが心配の種であったのは事実よ。
 信頼している、といえば聞こえは良いかも知れないけど、やっぱりああいう事が一度あってしまうと……うん、そうね」

 なのはは昔から。
 自分と出会う前からずっとそうだったのでしょう。
 最後にはきっと誰かを頼ったりするのだろうけど、それまでは自分の力で何とかしようともがき続ける。
 自身の前に立ちふさがる問題を乗り越えようとする力。
 それはきっと、なのはを大きく成長させ続けてきた要素だろうことは、容易に想像出来ます。
 話に聞く、フェイトとの顛末も。
 そして自分達との間で繰り広げられた戦い。そして――
 そうやって何度も自分の出来うる限りのことをして、そして突破してきた。
 でもそれは周囲からしてみれば心臓に悪いことこの上ない。
 その事を、今なら実感を持って語ることが出来ます。
 この"実感"を、家族や、親友達は自分よりも長い間、胸の奥で、喉にひっかかるように燻らせてきたのでしょう。
 ヴィータは、その一端に深く、二度も関わったことに、ぐっと胸が締め付けられるような思いで聴いていました。

「でも。そんななのはがベッタリとヴィータちゃんに甘える様子を見て。
 悔しいような嬉しいような。
 だから、なのはがヴィータちゃんと結婚したいと言い出したろう事は、想像に難くないわ。
 でも、それがヴィータちゃんにとってどんなメリットがあるのかしらって。何だか、とても嫌な言い方だけど」
「……メリット?」

 思わず尋ねてしまう口調に、桃子の意外そうな顔。
 その反応は、ヴィータにとって意外なもので、桃子は、ちゃんと説明するわ、とこちらの意図に気付いてくれたようでした。

「好きあって結婚するものでしょうけど、やっぱり少なくとも双方が求めるものがあってのことじゃない?
 その求めるモノっていうのが、なのはからは見えても、ヴィータちゃんから何を求めているのか――気になったの」
「それが、踏み切った理由、ってことですか?」
「そうね」

 いつの間にか、お互いの顔を見ながら話している。
 ヴィータは少し上目遣いに。
 桃子は当然少し見下ろすように。
 二人の間には拳二つ分ほどの隙間があって、それは近すぎず、かといって話すのに遠すぎない距離のように感じられます。
 桃子の求める「理由」
 以前はやてにも語った事がある、それ。
 ヴィータにとって、今もその気持ちに幾分の変化もありませんが、何か少し――語るには少ないような気がするのでした。
 だから、それを言葉に出来ない。
 言葉にして口から吐き出すには、何かが足りないのでした。

「……なのはが。アタシのことを想ってくれてる、から。かもしれません」
「恋とか愛とか、そういうモノ?」
「分かりません。でも、なのはなりに自分で出来ることをしてくれて。アタシに頼りきりって訳じゃなくて」
「それだけで……結婚しちゃうかしら」

 桃子に責めるような口調はありません。
 純粋に、疑問を口に乗せただけでしょう。
 けれど、ヴィータには、その疑問に明確に答えるだけの材料が乏しく、思わず口を噤んでしまうのでした。
 その反応を勘違いしたのでしょうか。
 桃子が慌てた様子で、フォローします。

「ええっと、勘違いしないでね? ヴィータちゃんの結婚が駄目だって言ってるわけじゃなくて。
 私としても、ヴィータちゃんもはやてちゃんも知らない子じゃないから。
 だから、ね? 二人共に幸せになって欲しいの。でも、そうなると、一時の気の迷いとか、なのはに押し切られちゃっただけとか、心配じゃない?」
「あ、ああ。なるほど、です」

 最後の「押し切れちゃった」に何ともいえない居心地に悪さと、こそばゆいような可笑しさを覚える。
 深刻そうな面持ちに反して、実のところその「押し切られちゃった」という、なのはの我侭に付き合わされたことを心配していたんだと。
 慌てるような、取り繕うかのような様子は、どことなく、二人が親子なんだなあ、とヴィータに思わせるのでした。

「ごめんなさいね。何だか初めにそれを言っちゃうと、ふざけてるんじゃないかって思われそうで……」
「大丈夫です。初めからそう言ってもらっても、なのはで慣れてますから」
「あら、そう? なんだか益々悪いわ。そんななのはを育てたのは私なんだから」

 思わず照れ笑いをしてしまう、その態度と表情に、やはりこの二人は親子なんだなあ、と改めて思うヴィータ。
 桃子の言う通り、なのはは強引に押し切ってしまうことがあります。
 ――でもそれは最後にヴィータが譲ってしまうから、結果そうなっていることも多いと、周囲に思われていて、それは決して間違いではありません。
    しかし、ヴィータ自身、気付いていないのですから、二人の関係が変わるのは、当分先になりそうです――
 そんななのはを、全くに押さえ込んでしまう桃子。
 自分には分かりませんが、シグナムが言うには、士郎も美由希も相当の手練なのだそうです。
 そんな二人も全く――特に士郎は――頭が上がらないようです。
 何のかんの言って、この人こそが一番押しが強いのではないだろうか、と思い、それを色濃く受け継いだのが、なのはではないのか。
 なんだか、なのはの原点に触れたような――ヴィータはそんな気がするのでした。
 

|

« ちょっと遅れて更新 | トップページ | 新婚なの! 10-9 (3) »

新婚なの!」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ちょっと遅れて更新 | トップページ | 新婚なの! 10-9 (3) »