« 購読してて良かった 3 | トップページ | 購読してて良かった そしてただいま »

新婚なの! 10-10 (3)

 
「え、えっと。……今まで、どうしてそうしてこなかったんだろうって」

 ゆっくりと、非難するような響きを含ませないよう、桃子は慎重に相づちを打ちます。

「なのはは、アタシに何かを求めてたかもしれないのに。それに気付けずにいて……さっき言ったこと。いま――考えたことで。
 普段からそうやって思ってたわけじゃないんです。今日、桃子さんに言われて……初めて、その意味を考えて」
「あら。じゃあ、良かったわあ。聞いておいて」

 うふふ、と笑いを含ませれば、ヴィータの強張りとでも言うべきものが、多少、弱まったように思えました。

「どうして、今までその事に気付かなかったんだろう。どうして、考えようともしなかったんだろう、って」

 そっと覗き込む、その拳は、膝の上で震えていました。
 言葉の端々に、悔しさと怒りと、そして――どうしようもない不甲斐なさを、自分に感じていることが読み取れます。
 いくら、夫婦だといってもそこまで……
 そう思わなくもありませんでした。
 夫婦だといっても、初めから完璧にこなすことなんて、無理に決まっています。
 いくら、夫婦になるほどだと言え、結局は他人同士。
 自分のことすら、完全に理解し、把握している人間なんていないでしょう。ならば、それが他人となれば尚更です。
 だから、一つずつ、それを乗り越えていけるか――そう、アドバイスをしようとした、次の言葉に。
 そんな、ある意味大人な、割り切った桃子の考えは、取り越し苦労である事を窺わせてくれるのでした。

「もう……同じ失敗はしないって。あれだけ思ったのに。約束したのに、どうして……」
「約束?」
「あんまり元気なモノだから。いつも笑ってるから。いつの間にかそれに慣れてて……」
「……」
「心配だって、口にはするけど。そんなのじゃなくて、本当にしなきゃいけない時に出来てなかった……かもしれなくて」
「…………」
「本当は、なのはがアタシを甘やかしててくれたんじゃないか。欲しい時に言わないでいたアタシに、いっつも何にも言わないで……そう、思えて」

 順々に高ぶっていく気持ちを何とか押さえ込んで。
 ヴィータの脳裏に去来しているだろう風景は、桃子にも大方の予想がつきます。

「こんな……!」
「良いのよ、ヴィータちゃん」
「――えっ!?」

 振り向くその顔は、バスタオルに包まれて、桃子の目から隠します。

「だって。こんなに一緒にいたヴィータちゃんが気付かなかったってことは、それだけなのはが元気になったってことじゃない」
「で、でも、それじゃ……」
「気にしてくれる事は、当然あの子も嬉しいだろうし、私も嬉しいわ」
「…………」
「もし、なのはが"ヴィータちゃんを気遣って"いるとしたら? そうやって、負担掛けたくないって思ってるとしたら?」
「そ、それは……分からないです」

 当然のように、力なく、自信のない口調。

「だったら、"気付いて上げない"ことも、別に駄目なことじゃないと思うの。もし、そうなら、ね?」
「自分に都合が良すぎる、気がします」

 ヴィータは、どこまでも自分に厳しい――その、責任感の強さをひしひしと感じる桃子。
 結婚を聞いたときの疑問が消えたとはいえ、やはり、心配な子です。

「そう思えるのが、優しさなのかしらね。でも、悪戯に自分を責めることが良いことだとも思わないわ。
 それは殆どの場合、物事を良い方向へ導かないもの。厳しいかもしれないけど……思い当たる節があるんじゃないかしら」

 震えは止まり、じっくり、その熱を内側に溜め込んでいる……ように思えます。
 その大きな瞳を見つめれば分かるのでしょうけど、それは無粋だわ。
 この、それほど厚くない布一枚。
 それは自分とヴィータにとって、とても厚く、まるで壁のようにすら感じられます。
 この壁は、自分にとっては相手の顔が見えないことに煩わしく、ヴィータにとっては、自分を守ってくれるかもしれないモノ。
 暫しの沈黙の後。すっかり震えも止まり、帯びていた熱も徐々に薄れていった頃。
 隔てていたバスタオルが、するりと、落ちるのでした。

「……ありがとう、ございました。桃子さん」
「どう致しまして」

 真正面から見据えることはしない。
 それが出来ないのは、まだ自分に自信がないのか、ただ恥かしいだけなのか。
 そのどちらでもあるような気も――前者の可能性が高そうだが――しますが、桃子にとって、それは大した問題ではありません。
 左目だけでも。
 バスタオル越しにでなく、しっかりとその目でこちらを見て、言えることが大切なのですから。

「さ。早く乾かしちゃいましょ。風邪を引いちゃいけないわ」

 暖房が利いているのも手伝ってか、表面に、毛先はある程度しっとりとするまでに乾いていました。
 それでも、重なった部分や根元には、充分に水分を感じることが出来て、あまり宜しくありません。
 それに、濡れているままで、そこから熱が奪われていくのですし、髪にもよくありません。
 このまま大人しく待っているよう、一言おいて、洗面台からドライヤーを取って来ることにする桃子。
 リビングを出た廊下も、脱衣所もやはり、足元に流れる空気が冷たく、ヴィータを連れてこなかったのは、正解でした。

「ドライヤーもあまり当てるわけにはいかないから大変よね?」

 手に温風を当てて温度を確かめながら、桃子が尋ねると、ヴィータは、えーっと、と間をおいて答えてくれます。

「向こうじゃそういうのも、全部大丈夫なんです」
「う~ん、便利そうねえ。やっぱり、向こうから送ってもらうのは駄目かしら?」
「リンディさんなら……大丈夫かもしれません。いま、総務統括官ですから」
「すごく偉い人なのねえ。だったら生活用品の一つ位……やっぱり駄目ね、こういうことは」

 軽く、冗談でも乗せた口ぶりに、ヴィータがどうしたものかと、笑いながらも、同意するとは言えないといった顔をしています。
 やっぱり良い子よね、ヴィータちゃんって。
 リンディの役職を持ち出して答える辺り、本当に考えてくれている事が分かります。
 こちらの様子に、冗談として乗っかっても良いのか悩んでいるようですが、冗談が分からない訳でもなさそうです。
 これから、以前に増して付き合いが深くなるわけですから、もう少し自分が冗談を言う人間なのだと、分かってもらわないといけないかも。
 桃子は、それを理解したヴィータがどういう顔をするだろう、とそれを考えてはくすくすと、肩を揺らします。
 その向こう。
 ブツブツと、ドライヤーの風の合間に聞こえる、ヴィータの可愛らしい悩み。
 先ほどとは違った、可愛らしい悩みに「こういうところが好きになったのかもね」と、思わず零してしまう。
 その桃子の呟きは、髪を大きく膨らます風に掻き消され、ヴィータには届かなかったようでした。


 


 新婚なの! 10-11 (1) >

 

|

« 購読してて良かった 3 | トップページ | 購読してて良かった そしてただいま »

新婚なの!」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 購読してて良かった 3 | トップページ | 購読してて良かった そしてただいま »