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新婚なの! 10-10 (2)

 
「お風呂。先に頂きました」
「はい、どうぞ。うう~ん、良い匂いねぇ」

 ほかほかと湯気の上がる身体に顔を寄せれば、バラの香りが漂ってきます。
 具体的にバラの香りを知っているわけではありませんが、今日の入浴剤がバラの香りなので、そう思っただけですが。
 髪が長い分、お風呂に入っている時間も、長くなるのは当然です。
 それは自分も含め、娘二人もそうなので、よく分かります。
 何が大変かと言えば、長い髪の洗いや濯ぎなのは言うまでもなく、そうしている内に、身体が冷えてしまいがちなのです。
 そうなっては風邪をひいてしまうので、ゆっくり湯船に浸かって、冷えかけた身体を温めないといけません。
 そんなこんなで、知らずの内に、入浴時間が長くなってしまうのです。
 自分たちと同様の娘のお嫁さん。
 桃子は、ほんのり上気した頬と、モチモチ肌を思わせる胸元が可愛らしいヴィータの手をとります。

「向こうのシャンプーはどういう感じなのかしら」
「ええと、便利で一回で済むようになってます。なんだか、頭皮にも優しいみたいで」
「それだけ長いと手間ですものね」

 リビングでアイロンがけをしていた桃子は、クッションを持って、暖房の近くへ案内します。
 これだけの髪を乾かすとなると、少しどころではなく手間です。
 手伝ってあげるわね、と言う代わりに差し出した手を、黙って取ってくれるヴィータ。
 普段、自分の娘には余りさせていないだろう事を出来る喜び。
 なんというか、出し抜いた気持ちになってしまう桃子なのでした。

「便利ねえ。私も欲しいぐらいだわ」
「多分、あっちに慣れてしまうと戻れないぐらい。便利です」
「うふふ。いつの間にか怠け癖がついちゃった子は、特にそうかもしれないわね」
「そう……かもしれないデスね」

 この場にいない子への、ちょっぴり皮肉。
 その"怠け癖"の一番の被害者であるヴィータは、くすりと笑って同意します。

「さあて。頑張って乾かしちゃいましょうか」

 こうして喋っている間にも、新しいバスタオルで後から頭を抱えるように被せ、ウェーブの乗った髪の水分を、優しく吸い取らせます。
 ドライヤーは勿論。ゴシゴシと擦るのだって大敵なんです。
 そういう手間一つ、普段から心がけることって大切。
 はやてちゃんと一緒の頃から変わってないのね、この髪は。
 この手に乗る、赤い髪の艶。
 それは以前と変わることなく、ただ、その艶やかな光に込められた想いだけが、少しだけ違う意味を持っています。
 この変化に、この子は気付いているのかしら――
 自分の足元に、ちょこんと小さく収まる、娘のお嫁さん。
 二人の関係は、きっと、恋だの愛だのいった言葉で言い表そうとすると、安っぽく聞こえてしまいそう。
 そういった、既知の概念に当てはまらない感情ような抱いて、それが何時しか自然になり、二人は――特にヴィータが――結婚したんじゃないかしら。
 何も、自分の、一般的な範疇に納まることばかりで、人が動くこともない。
 この子は、きっと知らずのうちに、それを受け入れていたんじゃないかしら。
 桃子なりの、現時点での結論。
 それに明確な答えを出すべきか、出さざるべきか――
 考えて、なにも焦ることはない。
 だって、きっと二人は当分袂を分かつことがないだろうから。

「そうだ。答えにくいことでしょうけど、ちょっと気になって」
「はい、なんですか?」

 けれど、一度膨れてしまった好奇心は、なかなか大人しくなってくれない。
 桃子は、その方向性を多少変えることで、己の欲求に折り合いをつけることにするのでした。

「お風呂は一人で?」
「……え、え?」
「ええっとね、変な意味じゃなくて。ああ、なに言ってるのかしら。その、二人とも髪が長いから」
「わ、分かります。一人で洗うのは大変なんじゃないかってこと……ですよね?」

 理解が早くて助かるわ~、なんて桃子。
 ヴィータは「変な意味」という言葉の意味を掴みかねているようでしたが、特に追求することなく、話をあわせてくれるようでした。

「え、ええっと……たまに。本当にたまに、なのはが、その、どうしてもって時に」

 少しだけ首を回して、視線を向けるヴィータの頬は、ほんのりと赤みが差しています。
 上がったばかりの頃に比べて、増しているように見えるのは気のせいかしら。
 どちらでも構わないけれど、その口ぶりだと、髪を洗う以外でも一緒に入ってるのね、と桃子は、思わず頬が緩むのを感じます。
 ここで「どうしても髪を洗って欲しいって言うのかしら、あの子」なんて、念を押すように確認することも出来ますが……
 もじもじと恥かしがるヴィータを見ていると、止めておいた方が良いような、余計にしたくなるような。
 この歳にして、お嫁さん相手に悪戯心が頭をもたげそう。
 なんだか、はやてちゃんやなのはの気持ちがわかっちゃうわ、なんてヴィータが聞いたら決して歓迎しないような事を桃子は考えるのでしたが。

「ふふふ。あの子ったら性のない子ね。あまりヴィータちゃんの手を煩わせないよう、言っておきましょうか?」
「桃子さんから……う、う~ん」
「どうしちゃったのかしら。なのはの我侭、なんでしょ?」

 モゴモゴと口ごもるヴィータ。
 話を聞いた限り、首を縦に振るか振らないかといえば、振らないほうが多いような気がしていたのは、なんとなく当たった形に。
 バスタオルの向こうに隠れる、お嫁さんは何を考えているのかしら。
 何が戸惑わせているのか、それについての興味が先立ち、待つべきか、待たざるべきか。
 踏み込みたい気持ちを抑え、桃子はお嫁さんの次の言葉を待ちます。

「……いつも。とにかく我侭を言うわけじゃないんです。アタシに、そうして欲しいときにだけ……そう言うんです」
「何かして欲しいときに?」
「何か具体的に、して欲しいことがあるんじゃなくて……"我侭を聞いてくれる"ってことが欲しい……んだと思うんです」
「自分の欲求を聞き入れてくれる、っていう事実が欲しい。のかしら」
「はい。……多分」

 その口ぶりは、確固たる何かに基づいてのモノではなくて。
 彼女自身も、それがよく分かっていなくて、その自信のなさは、最後に付け足すようにした言葉に現れているようでした。
 自分の問いかけに対して、ジックリと考えながら、自分の中の何かとつき合わせながら。
 それは、問いかけに答えると言う形をとりながら、自分自身に確認を取るように。
 ヴィータの言葉には力強さがなく、これで正解なのだろうか?という疑問符が常に付きまとっています。
 一つ一つ。確かめるように口にする言葉は、途切れ途切れに。
 ヴィータの不安や戸惑いは、バスタオルを触る手を通して、桃子に伝わるのです。

「……本当は、どうしてなのはがそうするのか、解決してやらなきゃいけないんだと……思うんです」
「そうね。もし、ヴィータちゃんの言う通りなら」

 疑問を呈すような言葉。
 それに対し、ヴィータは数瞬の沈黙の後、おずおずと口を開くのです。

「でも、本当にそうなのか……自分の思い過ごしじゃないのか。分かんなくて」
「そう」
「だから。だから……それを求めているかもしれないのに。そういう可能性を考えているくせに、そうしないのは」
「……」
「アタシがなのはに甘えてることに……なるんじゃないかって」
「もし。そうなら、自分でしっかり言わなきゃ、ってことかしら」

 こくり、とバスタオルに包まれた頭が揺れます。

「なら、私から言わないほうが良いわね。でも、もし我侭が過ぎるようなら……一言相談して頂戴?」
「……はい。そうします、です」

 ソファーから降り、足元に座るお嫁さんに覆いかぶさるように、腕を回します。
 一瞬。
 背中が強張るのを感じましたが、それもすぐに緩むのでした。
 背中の重みにゆったりと任せてくれている、その首筋と背中。
 バスタオル越しに頬を合わせれば、ヴィータの高い体温が、それを通り抜けて伝わってきます。
 その触れる頬は、何か言いたそうに震えています。
 話をするときはなるべく、相手の瞳を見たほうが良いのですが、こういう雰囲気の時は逆にそれが妨げとなるものです。
 今の今までしゃべっていた事は、面と向かっては言い難かったのではないでしょうか。
 桃子は、ヴィータを促す気持ちも含め、そのままの体勢で、ジックリと待ちます。
 ただ、何も言うつもりでないのなら、髪を蒸らすのはよくありませんので、放すつもりでいましたが。

「……あの。聞いておいてもらえますか?」

 その必要がなさそうでしたが、依然、話の長くなりそうな雰囲気に、やはり手を離すべきか考えるのでしたが、結局、その空気に任せることにしました。


 


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