« お帰りなさい | トップページ | そういうのって大切よね »

新婚なの! 10-12 (3)

「そう言う割に、あまり身に沁みてないみたいだけど? アンタ、やもめになるわよ」
「う、う~ん」
「性格からして棄てる、って選択肢はないと思うよ? ヴィータちゃんに限って」

 だから安泰だよね――そう言いかけたらしい口は、またもやアリサの抓りによって妨げられてしまうのです。
 も~アリサちゃんったら~、とあくまで冗談であることを強調しても、当のアリサは納得していない様子。そのまま彼是と、文句とまで言わずとも、注文をつけています。
 もう、それは昔のことで今は違うんだから――そう、なのはは準備をしていたものの、結局腹の底に蓄えられたままになってしまいました。
 すっきりはしませんでしたが、下手に口を利かないほうが良かったかもしれない、と直ぐに思い直すなのは。
 アリサの指摘の数々が、まるで今の自分にも向けられているような気がして、ヴィータの姿と被って仕方なかったからです。

「ところでなのは」
「え? な、なにかなアリサちゃん」

 すっかり油断していたために、間抜けな顔を作ってしまうなのは。
 アリサの、声にならないため息が聞こえたような気がします。

「全然眠そうじゃないんだけど、本当にメール、読んだんでしょうね? もし読んでないようだったら……」
「ち、違うよ! ホント、ちゃんと昨日も今日までメール読んでたんだから!」
「……ホントでしょうね」
「その辺はヴィータちゃんに聞いてくれれば分かるから。うん」
「……なら良いわ」

 やけにあっさり引き下がったことに、拍子抜けしてしまいます。
 決して食いついて欲しいわけではありませんが、構えていた手前、そうでないと気が抜けるなあ、と思っただけ。
 しかも、自分の横でクスクスと、笑いを堪えているすずかの様子も気になります。
 一体アリサの何がどうで、すずかにとって何が可笑しい事態なのかしら。
 人並みの鋭さはあるつもりでも、さっぱり分かりません。

「もう。せっかく一人出来たのにやっぱり叱られちゃったよ」
「やっぱりって何よ。それに折角一人とか、どういうこと」
「ええっと。きっと忘れてたことを怒られるだろうから、ヴィータちゃんはついてこなくて良いよって……」
「やっぱり、奥さんには情けないところを見られたくないってことかしら」
「う、う~ん。それより、ヴィータちゃんが二人になったみたい~って感じかな」

 そう、言い終わるか終わらないかの、ほんの僅かな瞬間。
 今度は分かりました。
 間違えることなく、しっかりと。視界の、思考の端がチリチリするような感覚の正体。
 それは、アリサから発せられる空気であるに間違いありませんでした。
 今は、表面上変わらぬ様子ですずかと会話を続けてはいますが、その裏に潜む雰囲気の変化は明らかです。
 ただ、何に対してそうなのか。
 自分に対して――だけではないようですが、その他の原因を特定するには至りません。
 用事は済んだ。いくら自習とはいえ、あまり校舎外でウロウロするのも、学生の二人にはよくありません。
 だったら、ヴィータも待っていることですし、この辺りで話を切り上げたって良いかもしれない。
 けれど。
 この胸に巣食う、モヤモヤを晴らしておきたいと思ってしまった。
 今までの経験――アリサにとっては迷惑なことですが――でいえば、相変わらずな自分が不機嫌にさせたんだろう、と考えられなくもありません。
 しかし。直感とでも言ったらいいのか、そうとしか言いようのないものが、自分を引き止め、語りかけてくるのです。
 その正体をはっきりさせろ、と。
 この胸の靄とアリサの真意。
 それは別の問題かもしれないし、どちらかを起因とするものかもしれない。
 いま自分の考えていること。はっきりさせたいことは、久しぶりに会った友人に、聞くことではないかもしれない。
 悪い方向へ転びそうな予感がビリビリと肌を刺していても、今この自分を突き動かす何かに、なのはは従ってみたくなったのでした。

「ねえ、アリサちゃん。まだ時間、良いかな」
「え? まあ大丈夫だけど」
「あのね。さっきから虫の居所が悪いみたいなんだけど、なにかあった?」

 幾らなんでも聞き方が――すずかの声が聞こえたような気がしますが、時すでに遅し。後の祭りとでも言うのか、一度吐いた言葉は戻ってはきません。
 ここで安易に言い繕ったりするのは得策ではなく、憮然としたアリサの次をジッと待つのです。

「……うーん。普通はそういうの、真正面から聞いたりしないものでしょうに」
「ごめん……聞きたいって思ったら」
「まあ良いわ。聞きたいなら教えてあげる。良い機会だしね」

 片足に体重を乗せ、短くなった髪をかき上げて、少し顎を逸らします。
 いかにも、なアリサの態度に、なのはは何故か自分の選択に自信が出てきたのです。
 アリサの言葉がどのような物であったとしても、それを尋ねようとした行為、それ自体は間違っていなかったと。根拠など全くなく、ただ、直感が告げるのみですが。
 続けてアリサは、深く、全身の空気を入れ替えるように息を吐き、また深く吸って、一瞬の間の後に切り出しました。

「十年来の親友に対して"ヴィータみたい"ってのは失礼だと思わないわけ?」
「……うん、ごめんなさい」
「そこはせめて、私の前ぐらいは"アリサちゃんが二人みたいで"とかになさい。
 それに! 昨日も同じようなこと言ってたでしょ、アンタ。あの場面で私が二人、っていうのもヴィータに失礼だし、その逆も然りよ。意味、分かるかしら」
「そ、それぐらいは……」
「実行できなきゃ意味ないのよ。言われて分かるなら、見込みもあるんだろうけど、私はそんなレベルの低い話なんてご免よ」
「ご尤もです。それもよくヴィータちゃんに言われます」
「はあ……後ね。惚気話って聞いてる方としては全然面白くないの。ううん、面白くないどころか不愉快だわ」
「そ、そんなしたかなあ」
「ヴィータとああしただの、ヴィータがどうしただの、ヴィータだったら何だ、どうだと云々。アンタったらずっとヴィータとの話ばっかりじゃない」

 態度にも口調にも、皮肉の類は乗せていません。
 アリサは自分たちの中で一番賢く、お嬢様育ちなのも手伝ってその辺りの処理は手馴れたもの。
 そのアリサが言葉に皮肉を乗せない。
 それが、どういう意味を持ってなされていることなのか。
 こんな事を読み取れない"バカ"はお呼びじゃない。アリサの評価に対して、なのはは長らく親友の座に留まることが出来ているのでしたが。

「ヴィータ、ヴィータって。アンタ本人がどういうつもりで喋ってるかじゃないのよ。
 "アタシ"に、どう聞こえるかって事。なのはから、なのは自身の話が聞きたいの。ヴィータと何をしたかなんてまるで興味ないわ」
「あ、うん……」
「だからよ。仕方なくヴィータと話をあわせたの。あの子のフィルターを通すってことは、不本意他ならなかったけど仕方ないでしょ?」
「う、うん」

 ここへ留まろうと、自分を引き止めた直感なるものの正体。
 それは、昨日の昼食時のやり取りからもたらされた事を、はっきりと自覚しました。
 自分自身が、そう認識出来ていたわけでなく、頭のどこかが"これは何か変だ"と受け取り、その部分が呼びかけていたのです。
 そして、その"何か"――正に直感として――が、自身すら認識出来ていなかった違和感が、今この場に引き止めたのでした。

「その顔を見る限り、全く自覚なかったみたいね。ったく、しょうがないわね……」

 逸らした顎を正面に据えなおし、これ見よがしに溜息を吐くアリサ。
 てっきり。
 今の今まで、なのはは、アリサはヴィータとの会話を楽しんでいるものだとばかり思っていました。
 意気投合し、嘗ての自分と、今の自分を照らし合わせて、その感覚と情報を共有していたのだと思っていたのです。
 ホント。駄目だね、私――
 お嫁さんどころか、十年来の親友の気持ちすら、汲み取ることが出来ていなかった。
 こう言ってしまうと、どちらかと優劣をつけてしまうことになるけど、そういうつもりはない。
 結婚したのはヴィータとはいえ、アリサとの付き合いはずっと長く、掛け替えのないものです。決して埋まることのない差です。
 それなのに、たった数年離れていただけで――真っ直ぐなアリサの性格でなければ、気付かなかった。気づくことが出来なかった。
 そして自分の愚かさが、大きな反動となって打ち付けられるのです。

  ◆

「自覚なしついでに教えてあげるわ」

 徐々に視線を落としていったなのはが、ハッとしたように顔を上げた先には、眉宇をひそめたアリサの顔がありました。
 いかにも不機嫌そうな彼女が纏う空気は、すずかの肌をピリピリさせる……それが錯覚とは思えないほど。
 そして、その空気の向かう先は――向けられたなのは自身、はっきりと自覚出来るほどではないのか。それほどに重く、刺々しいものでした。

「自惚れとか、自意識過剰だなんてのはゴメンよ? 見っとも無くてね。でもね、言わせて貰うし、アンタに反論の権利はないの。良い?」

 有無を言わせない、低い、腹の底から響くような声。
 なのはは、返事をすることも頷くことすら出来ず、ただひたすらにアリサの瞳を見つめ続け――いえ、視線を外せないのかもしれません。

「今のアンタを見てると、ヴィータを誰かの代用品としているようにしか思えないのよ」
「アリサちゃん。それは言いすぎ」
「どうかしらね。ここまで鈍感だと、まだ分かってないのかもしれないわよ。他人の気持ちに鈍いってことはないだろうけど、たまに人の気持ちが見えなくなってるじゃない。
 いつも真っ直ぐ。前を向いてることは、長所の他ならないわ。でもね。たまには、その横や、後ろに居る人に目を向けてみたらどうなの? 心当たり、あるでしょ」

 一度、口を挟みはしたものの、アリサがその程度では止まるとも思いませんでしたし、事実、その通りでした。
 その後も、何かあれば止めようと思いはしましたが、実行に移すかは、考えあぐねている。それが正直なところでした。
 なぜなら、今のアリサの脳裏に去来しているだろう風景を、すずかは分かっているつもりだったからです。
 自分とアリサ――自分たち二人を掛け替えのない友人にしてくれたのは、紛れもなく彼女。高町なのは、その人なのです。
 あの時、私の心の痛みを、まるで自分のことのように言ってくれたなのは。
 だから、アリサの言う通り、なのはが、そういう人だとは思いません。
 そして、今のアリサが考えていること。
 それは自分たち三人の親友になった子のこと。輝くような金の髪をなびかせ、どこか憂いを秘めた紅の瞳を湛えた子――フェイト・テスタロッサ。
 あの時――後で考えてみれば、そうだったという事が分かったのだけど。
 なのははフェイトのことばかりで、その横で、自分がフェイトに対するのと同じぐらい、自分のことを心配している人がいることに、ホンの少しだけ気付くのが遅れた。
 あの時のアリサの苛立ちは、今でもはっきり覚えています。
 自分を見て欲しいとか、自分の行為に気付いて欲しいとか――
 そういう利己的な部分が全くなかったとは言えない。少なくとも、あの時はまだ子供だったから。
 けれど、その時分としては精一杯、悩みを抱えた友人の為に、アリサは出来る限りのことをしようと必死でした。
 でも、それが届かなかった時。
 ついに、クラスメイトが多く残る教室で怒鳴りつけたこと。
 あの時と、今の二人のやり取りがダブって見えること。アリサが思っていること。
 ずっと。
 彼女の一番近くに居たのは自分だから、それが分かる――すずかは、なのはの横で一人。アリサの真意を汲み取っていたのです。

「…………」
「ぐうの音も出ない、ってところかしら。それなら見込みがありそうね。そうやって、自分を振り返れる辺り」
「……そう、だね」

 多少の皮肉を乗せた言葉にも、なのはは頷くばかり。
 そういう態度が余計に彼女を苛立たせることが分かっていながら、そうせざるを得ないのは、"間違い"を認めているからかもしれません。
 そして、すずかの思ったとおり、アリサはとても不機嫌そうに、またも顎を逸らすのです。

「ふん。相手の気持ちを全部理解するなんてのは不可能だわ。わざわざ口に出すのも馬鹿馬鹿しいぐらいに当たり前のことよ。
 でもね。そうやって諦めるのはホント馬鹿のすることよ。分かるでしょ? いつもそうやって来たんだから。あんたの十八番でしょうに」
「……うん。言いたいこと、分かるよ」
「自分の気持ちも伝えるけど、ちゃんと相手の話も聞く。それは私も見習うべき点だと認めるわ。
 でもね。今はそう言ってられないの。アンタの気持ちなんて知ったこっちゃないわ。"私が"、そう思ってるの」

 なのはの表情を見る限り、全く納得しているようではありません。
 幾らか言い返したいことはあるのでしょう。
 けれど、その何倍もの言い返せない事実が積み重なっている。それがなのはを思い止まらせているのかもしれません。

「そうやってヴィータに甘えるのは結構だけど? ちゃんと自分の気持ちを伝えてるのかしら。
 珍しく自分を押し殺して、そういう甘ったれた時間に浸って、ごっこ遊びをしているように見えるわよ」
「ごっこ遊び……」
「甘えるな、とは言わないわ。寧ろアンタは、こんなに甘えても良いのかな?っていうぐらいで丁度良いのよ。
 だけどね。今のやり方はフェアじゃない。何かを悟られまいと、その時々の誰かを誤魔化すために甘えてはぐらかしてるのよ」

 アリサはまだ何か言いたそうな態度を崩していません。
 そして、次に何を言うのか。大方の予想は、すずかにはついていました。
 止めるべきか、それとも任せてしまうか。
 幾つかの可能性を検討した結果。
 自分の親友のアリサを信じることにする――すずかはそうやって、そのままに身を委ねることにしました。
 それが、相手に全てを預けてしまう、随分と卑怯な行いであることを承知しながら。

  ◆

「それが、今のヴィータとアンタの関係よ。何を怖がってるの? 何を隠してるって言うのよ」
「……」
「アンタが甘えるようになったのは、何となく分かるけど、それで初めはフェイトだったのが段々と時間が取れなくなって、それでヴィータに乗り換えた。
 今のヴィータは結局、フェイトの代用品なんでしょ? 本当にヴィータが必要で隣にいるわけじゃないんでしょ? 都合が合えばいつだって寄り戻す準備があるんでしょ?」
「……」

 黙りこくったままのなのはに対し、反論ならいつでもどうぞ、と言わんばかりのアリサ。
 しかし、そんなアリサに反して、なのはは特に何を言うでも、そのような態度すら見せませんでした。

「向こうに行ってからどうしたかなんて。私は勿論、全っ然知らないから的外れって事もあるけど、その辺どうなのかしら」
「…………」

 尚も反論を待ちます。
 しかし、なのはは期待には応えてくれませんでした。
 やっぱり、言って正解だったかしらね。
 アリサは、そのままの態度を崩さないまま、視線を徐々に逸らすていく、なのはの態度を注視します。
 昨日、ヴィータがどうだったかは正確には分かりません。
 ただ、少なくとも余り好ましくない状況に陥ってしまったのではないか、という可能性は充分でした。
 別に罪滅ぼしとか、罪悪感とか。そんなちゃちな物じゃない――そう、言いたいけれど。
 ヴィータにあそこまで迫ったのだから、それなりに"頼んだ自分として"責任がある。
 本当のところ、なのはが何を考えているか、自分の考えが正しいかなんて、自信があった……いいえ、殆んどありませんでした。
 だから、猛烈に反論されることを望んでいました。
 余りに突拍子もない――全くの出鱈目ではなく、多少の可能性を含んだものですが――ことを言って、自分の下世話な考えを全否定して欲しかった、
 けれど、その望みに反して、なのはは反論するどころか不快感を露わにすることすらなく、ただ、俯いてしまう。
 その態度は、悪い予想が当たっていたことに他なりません。
 ならば。
 気付いていて知らない振りをしているのか、全く気付いていないのか。
 そのどちらにしろ、あるかもしれない可能性を突きつけて、当人に自覚させる必要があった。
 彼女は時として、周囲が苛立ちを覚えるほどに"前しか見ない"ことがある。
 そしてそれを、内側に抱え込んでしまう。
 隣に、周りに。それを託して、頼れる人がいるというのに。
 だから、そういう意味でヴィータを見てやりなさい、と。
 もっと、本当の意味で相手に預けなさい、と。
 今、一番自分のことを考えて、近くに居てくれるのは紛れもない彼女なのだから。
 それをして、わざと意地が悪く「ごっこ遊び」なんて言葉を使ってみた。
 今のなのはは、夫婦という、外見だけを取り繕った関係で相手を、そして自分を満足させようと、誤魔化そうとしているから。

「……まあ良いわ。まだ言いたいことはあるけど。もし分からなかったら、次に遊びに来たとき。教えてあげるわ」
「……うん。ありがと」
「ふうん」

 髪をかき上げれば、不機嫌そうな顔を隠しもしないアリサ。
 僅かに視線を落とした親友に対して、自分のほうを向けとばかりに睨みつける。
 授業中だと言うのに、校舎から聞こえてくる生徒達の声に、遠くに響く街の雑踏。
 冬の訪れを告げるような風が、校庭に植えられた木々の冬着を揺らしては、乾いた音を奏でる。
 そんな中。ついにすずかが切り出します。

「もう、良いんじゃないかな」
「……そうね。そろそろ戻った方が良いかも」

 まるで何事もなかったように一歩踏み出す。
 その調子で軽く「じゃあね、なのは。今度は早めに顔出しなさいよ」と言って横をすり抜けていく。
 そして。
 なのはの隣にいたすずかに追いつこうとしたとき。
 その場で踵を返す、舗装された歩道を靴底が擦る音がアリサの耳に届きました。

「アリサちゃん」
「……ん? なにかしら」
「あのね、アリサちゃん。…………ありがと。それから――ごめん」
「――ふん。それはヴィータに言うことね」

 真正面からアリサを見つめるなのは。グッと何かを噛み殺したような、けれど、その告げられた言葉は偽りなく、ありのままに。
 そして。
 最後にもう一度。「メールの返事。早めに送りなさいよ」と、アリサは笑顔で薄情な親友に釘を刺しておくのでした。


 


 新婚なの! 10-13 (1) >

 

|

« お帰りなさい | トップページ | そういうのって大切よね »

新婚なの!」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« お帰りなさい | トップページ | そういうのって大切よね »