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新婚なの! 10-13 (2)

「あ~、ヴィータ。悪いねえ」
「いや、こっちこそ。なのはに急用が出来ちまってさ。悪いな」

 ハラオウン家に到着し、幾度か押したことのあるインターホンを軽く押し込む。
 どたどたと、よく見知った赤い毛の小さなワンコの足音が聞こえ、開錠と共に、記憶通りの赤毛がひょっこり頭を出すのでした。
 慣れた家ですが、一応お招きを受けてから靴を脱ぎ、リビングに通されたヴィータは、ふと、ある違和感を覚えたのです。
 それは、可愛らしくも騒がしい、あの双子の気配が感じられず、そこには静かな空気が満ちていたからでした。

「来るってのは聞いて、エイミィも楽しみにしてたんだけどさあ。なんやら用事が出来たみたいでねえ」
「んで、双子ちゃんは頼まれなかったのか?」
「アタシは良いって言ったんだけどねえ。まあ正直一人で相手すんのは大変だからさ。助かったといえば助かったけど」
「ふうん。尻尾やら耳が大変だって言ってたもんな」

 赤ん坊はハイハイし始めると大変なそうで。
 その移動速度は予想よりも速く、加減の利かないせいで、取り押さえるのも、取り押さえた後も大騒ぎ。フェイトとリンディは、その長い髪を引っ張られ、アルフは耳と尻尾が涎塗れ。
 その惨状を「自慢の毛並みがあっ!」とボロボロになった赤毛を見せ付けながら、モニタ越しに語っていたことを、ヴィータは思い出しました。
 可哀相なのは分かるけれど、どうにもその時のアルフの顔が可笑しくて、思わず頬を緩めてしまうと「なに笑ってんのさ」とアルフ。
 どうにもアルフには、どうして笑っていたか分かったようで、にやにやとする彼女を責めるような視線を送ります。
 慌てて顔を作り直すヴィータに、アルフは「別にいいけどさ」と、冗談だという代わりにニシシっと笑っては、ソファーにどさっと腰を降ろします。

「今でもそれは変わらないんだろ?」
「まあ、ねえ。やんちゃ盛りっていうか、毎日どんどん大きくなるからさ。こっちも大変だよ」
「双子じゃ何でも倍だからな。その点。家の末っ子は良い子だったぜ?」
「ヴィータんところもその内分かるさね。三つ子でも生まれりゃ良いんだ」

 くすん、と語尾は僅かに涙声。
 その様子が、毎日の大変さを雄弁に語ってはいるのですが、それに対して、ヴィータがしてやれる事は多くありません。
 ココはせめて、相手の愚痴を大人しく聞いてやるのが友人の務めだ――
 ヴィータは、尻尾の毛玉を手で解し取りながら、いつ終えると知れない友人の愚痴の聞き役に徹します。
 しかし、自慢の尻尾は毛玉も少なく、直ぐに終わってしまいます。手持ち無沙汰なのも何ですから、ザフィーラで慣らしたブラシ捌きで、髪の毛と尻尾を綺麗にすることにしました。

「あれ。これってこっちの世界で買ったヤツか?」
「んー? そーだね。あっちから持ってくるの忘れちまってさ。今は仕方なく」
「そんなら持ってきたら良かったな。んしょっと」
「良いよ、別に。やっぱ犬の毛は違うからさ。気持ちだけ有難く受け取っとくさね」

 髪を梳かしてやれば、足元で揺れる尻尾。
 双子に耕され、艶を失っていた尻尾は、自慢の尻尾たる輝きを取り戻しつつあります。
 こう、丁寧にしてやれば綺麗になるところを見ると、やはりオスとメスの違いがあったりするのか?
 毛並みそのものが柔らかいし、そうかもしれないな――ヴィータに櫛を通して、アルフの髪質が伝わってきます。
 それとも、アルフが――とその主。今はその家族が――特別気をつけているだけなのか。
 こちらに来る前に、久しぶりに味わった蒼い狼の毛並みを思い出しながら、ヴィータは、黙って愚痴を聞き続けるのでした。

「ふー。ありがとね、ヴィータ」

 うーん、と伸びをし、尻尾や髪を撫でながら満足そうに呟く赤い子犬。
 いくら家の中とはいえ、冬の足音が耳元に迫ってきているというこの時期に、半そで半ズボン。元気なことは何にも代えがたいのだけど、見ている者を寒くさせる格好でもあるのです。
 こんなのが子守してたんじゃ、子供に悪い影響とかねーのかよ――
 身内である蒼い狼も、特に寒いといった言葉を口にしたことがなく、人間体になっても、冬でも夏と変わらぬ格好をします。
 自分は昔から一緒にいるし、そういうものだと、今の主の元に来るまで疑問にすら思ったことがありませんでした。
 しかし、そうでないのなら、やはり少なからず影響があるのではないか、と。
 ヴィータは、顔合わせ出来なかった可愛い双子の将来を心配しますが、自身が割りと周囲に同じ思いをさせていたことは、忘却の彼方のようですが。

「やっぱりさ。自分でやると上手くいかないんだよねえ」
「ふーん。やっぱ、そういうもんか」
「自分で梳くより、人にやってもらった方が良いのは、ヴィータだって分かるんじゃないのかい?」
「見えないところもあるしな」

 同意したはずの声に、赤い子犬は、あれ~? といやらしく笑みを浮かべます。

「な、何だよ。そういうことじゃねーのか?」
「そういうんじゃないんだけど、ねえ?」

 ヴィータには、アルフが何を言いたいのか分かりません。
 それは相手にも伝わったのか、仕方ないねえ、とばかりに肩を落としました。
 そんな態度が面白くなかったのか、ヴィータが口を尖らせていると、子犬はどういうつもりだったのか、鈍感な友人に説明してくれるのです。

「はやてやなのはにさ、してもらってないのかい? まあさ、そんなに長けりゃ一人じゃ無理だろうけどさあ」
「あ、ああ。そういうことか」

 大きく後で括った、ウェーブの緩やかな赤い髪を撫でるアルフ。
 撫でては、窓から差し込む温い日差しを、まるで反射するかのような髪に「やっぱり大事に想われてるんだねえ」などと口にする。
 その「やっぱり」は、いま自分が言ったことの裏づけだ、と言わんばかり。
 ヴィータは、そこでやっと――アルフが知ったらガッカリするでしょう――アルフの真意を把握するのでした。
 口の減らない同僚に、大切な主に、そして伴侶の母親に言われた言葉が、その脳裏に蘇ります。
 やはり、誰が見ても明らかなんだろうか。
 そんなに、なのはの想いが篭ってるように見えるんだろうか。
 様々な想いが交錯し、相手の言いたかったであろう意味を把握した上で、ヴィータはアルフの期待に応えないのでした。

「アタシは自分で洗ってんだ。一緒に暮らしてたときはさ、はやてがしてくれたんだけど」
「あれ。じゃあ、なにかい? なのはは全然してくんないの?」
「忙しいからな。どっちかっつーと、アタシが面倒見て……いや、どっちかじゃなくて、全面的に、だ」
「へーえ。向こうに越してからグンと会う機会が減っちまったけどさ。そんなんなってたのかい……」

 もっと驚くかと思われたアルフの反応は、それほどではありませんでした。
 別に驚くのを期待したわけでもありませんが、身構えていた分だけ、何だか損した気になるのも仕方ないかも……しれません。
 でも。
 母の桃子も、娘のずぼらさを嘆きこそすれ、それほど驚いた印象はありませんでした。
 そこで彼女は、これは自分が思っていただけで、なのはは誰から見ても抜けた人間だったんじゃないか?と考えます。
 この考えが正しいのなら、一番近くにいたくせに、自分が一番、相手のことが見えていなかったことになります。
 何気ない一言がきっかけでしたが、これはヴィータにとって大きな衝撃でした。

「まあさ。人の心配したりする分、自分にそれが向かない性質なんだよねえ、なのはは。だからさ、仕方ないんだよ」
「何が仕方ないんだよ。それで煩わされる身にもなってくれよ」
「だったら、そう言えば良いじゃないのさ」

 さも当然、とでも言いたげな赤い子犬の顔に、ヴィータは、疑問よりも先に渋い顔をしてしまいます。

「"人の"心配をする子なんだよ? だからさ。ヴィータは言えば良いんじゃないのかい?」

 自信満々な、その鼻をグイッと摘んでやりたい衝動に駆られたヴィータは、続けざまに放たれた言葉に、寸でのところで止められてしまいます。

「ヴィータのことを"他人"だと思ってない証拠じゃないのさ。だから甘えてんだよ? それで正直に、こんなに心配してんだぞー!って。そう言えば考え直してくれるよさ」

 ソファーから投げ出した、床に着かない足をブラブラさせながら、どうだ、と言わんばかりの気持ちを声に乗せます。
 ヴィータは、飛び出しそうになった手も、言葉も、ゴクリと飲み込んで腹の底にしまいこみ――というよりは、思わず飲み込んでしまった、という方が正解かもしれません。
 アルフは、全て自分の見込んだ通り、全くにお見通しだ――とその雰囲気が語っています。
 赤い子犬のそれは、彼女にとって驚きでありました。
 思わず目を見張り、呼吸すら止まるほどの彼女に驚きをもたらしたのは―――アルフの観察眼でした。
 なのはのみならず、自分に対してまで。
 なのはに対してたなら分かります。アルフは自分よりも随分早くに仲良くなっている訳ですし、ご主人は、あのフェイトです。
 しかしそれが、自分に対しても及んでいたなんて。
 確かに交流がないわけではありません。友人と呼べるぐらいには仲がいい自覚はあります。
 それでも、こうも手の平で動かされている感。
 はやてのそれとも違う、腹立たしさがなくて――決してはやてに恨めしいと思うわけでなくて――思わず唸ってしまう。
 ヴィータは、得意げにしっぽをぶんぶんと振っているアルフに、思わず頭の下がる思いでした。

「良いじゃないか、それでさ」

 その視線はヴィータを捕らえず、ただリビングの中央へ注がれています。
 こちらを見ない態度に不安もありましたが、僅かな狼狽を隠せずにいるヴィータにとっては有難いことでした。
 しかし、その"こちらを見ない"不安というのは、直ぐに当たってしまう形をとるのです。

「―――なのははさ、アンタを選んだってことなんだよ。分かるだろ、ヴィータ?」

 それでもまだ、こちらに視線を向けないアルフ。
 やはり何か、視線を交錯させては言い辛いことだったんだ。いや、何か別の理由があるのかもしれない―――ヴィータは悩みます。
 性格からいって、アルフは不要な遠慮はしないタイプです。
 ならば、それにどういう意味があるのか。アルフは何を伝えたいのか――
 それをしっかりと読み取らなければなりませんが……どうにも今の自分には無理そうだ、と。
 見た目に反して人生経験豊富そうな赤い子犬を前に、自分は一体なにをしてきたんだろうと、ヴィータの心は暗く沈みこみます。

「アタシとしてはね。あんまり言いたかないんだけどさあ」
「……そこまで言いや、なんとなく分かるけどよ」
「ま、言いかけなんざ気持ち悪いからさ、お互い。だから言わせてもらうけど――」

 視線も、投げ出した足も変わらぬまま。声のトーンすらも変えず、

「アタシはフェイトの使い魔なんだよね。だからさ、誰よりもフェイトの気持ちは分かってる。ううん。若しかしたら、フェイト自身気付いてないことにもさ、気付いてるかもしんない」
「……そういうもんか」
「まあね。でもさ、それとは別に。ヴィータが結婚したこと。アタシはアタシなりに祝福できると思ってる。
 これは、なのはの友人としても。でもさ、ヴィータがそんなじゃ……収まりがつかないんだよ、分かるだろ?」

 口調そのものは柔らかくとも、その奥に潜ませた想いは、決してそうではありません。
 やっぱりそうなのか――
 気付いたヴィータの心は更に硬直するのです。

「きっと聞いてないだろうし、これからも言わないだろうから。アタシから言っとくよ?
 フェイトは本当に二人のことを喜んでる。そりゃ、残念に思う気持ちが全くない、ってなれば嘘だけど。
 でもそれは、当の昔に捨ててるんだ。捨てて、ずっと―――二人の前にいたんだよ……気付かなかっただろう?
 フェイトは気付かれないようにしてたんだからさ、そういうこと。ヴィータが気にすることじゃないんだよ。フェイトを気に掛けてくれるんならさ」

 最後こそ、気遣う素振りを見せますが、所々にグサリと来る言葉を忘れない。
 けれど、そのために。
 気付かせない。気づくことが出来ない。
 それは、一番大切なことを隠すためにしたということ。
 アルフが最大限、ヴィータを気遣い、そして主である少女を守るためであったこと。
 暗たんと、投げかけられた言葉の真意を探ろうとしているヴィータには、そのどちらも、伝わることはないのでした。

「んー。辛気臭い話はこの辺にしないかい?」

 ハッと顔を上げたヴィータの目に飛び込んできたのは、ニカッと、夏の太陽のように明るく笑うアルフの笑顔でした。
 ペタッとした身体の影から、その気持ちを嘘偽りなく現す尻尾がちらちらと揺れています。
 それを見たヴィータが安心とばかりに――しかし、一抹の不安を残しながら――曖昧な返事を零せば、いきなり手を引っ張られてしまいます。
 ヨタヨタと覚束ない足取りで従うと、目の前には、我が家の1.5倍ほどありそうな冷蔵庫が迫ってきます。
 何のことかと思ったのが顔に出たのか、手を引く子犬は「へっへー。まあ、見てれば分かるって~」と打って変わって上機嫌に応えてくれます。
 冷蔵庫、上機嫌――これは何か食べ物関連に違いありません。
 若しかしたら、これは――ヴィータは僅かな期待を胸に、そのままアルフに従うことに。
 そして、その僅かな期待は、見事に的中するのでした。


  ◆


「お、おおー!」
「へへっ、どうだい。今日という日のために買っておいたのさ!」

 えへん、と胸を張るアルフ。テーブルには色とりどり、様々な形のモノが並べられています。
 カップ型の大きいのから小さいの。棒状の物からちょっと変わった形のもの。
 それぞれ大きさや形、色は違いますが、共通しているのは、夏に一番――炬燵に入って食べるのも一興ですが――食べたくて、今もひんやりとした空気を漂わせていること。
 そう。それは、ヴィータとアルフの大好きなアイスクリームでした。

「向こうにもさ、美味しいのはあるけど、やっぱこれじゃないかい?」
「流石分かってるじゃんか、アルフ! そうだよ、これ。この苺のが食べたかったんだ!」

 目を輝かせながら、大好きな苺のアイスを手に取る姿に、アルフは尻尾を振りながら、仰け反らんばかりに胸を張っています。
 これが他の人なら、少しばかりの遠慮があってここまでは出来ませんが、アルフが相手ならば、その必要もありません。
 元々ゲーム好きでお近づきになったのですが、その後にはおやつを――特にアイスクリームが――中心に仲を深めていったのです。
 そのために、アルフは彼女の趣向をしっかりと理解した上で、品定めをしてくれています。
 ならば。遠慮などする必要はありません。
 しっかりと喜んで、その感謝の気持ちを伝えるのがスジと言うものでしょう。
 ヴィータは身体いっぱいに喜びを表現しました。

「向こうでもさ、コンビニなんかで買うんだけどよ」
「ああいう量販店レベルだと、段ちでこっちが上だよねえ。あんま帰ってきてないって聞いてたからさ」
「……まあ、そりゃなのはの話だけどさ。アタシも似たようなもんか」
「はやてが引越しちまったからね。仕方ないさね」

 ふーん、と応えるヴィータを横目に、お目当てのアイスを手に取り、包装を無造作に剥がしては、サッと口に放り込む。
 アルフはチョコアイスを食べたのですが、犬はチョコレートなんて食って良いのか?という疑問は浮かんでは直ぐに消えてしまいます。
 今はそれより、カップについた小さな霜を取り払って、早めに食べてしまうべき。
 蓋を外し、行儀悪くそれをペロッと舐め取れば、ヴィータは久しぶりの一口を運ぶのでした。

「ん~~っ!」
「うふぁい……んぐ。美味いだろ? 冬なのに、ちゃんとそれを置いといてくれるスーパーに感謝だねえ」
「ああ、全くだな」
「これさ。全部食べて良いってリンディからお許しもらってるから。存分に食べようとするじゃないか」
「んー? いつもは違うのか?」
「まーね。普段は双子がいるからさ。落ち着いて食べられないってのもあるし」

 一口、二口とアイスを頬張りながら、再び普段の苦労話に華が咲く。
 アイスのお陰か、アルフの双子に対する柔らかな気持ちが言葉に乗っています。
 憎たらしー、と思いながらも、みなの忙しいときには自分が面倒を見てるんだ、という自負というか、自信の表れみたいなものを感じさせるのです。
 大変な分だけ、やっぱり見返りがあるというか、楽しいもんだよ、と。
 ある意味、自分たちに対する先輩面というか。そんなものがアルフからは感じられるのです。
 一人で背負い込んでいない分、余裕があるのか、あくまで人のお手伝いだからなのか。
 アルフの語りを聞いていると、幾らか魅力的に感じないこともありませんが、当分子供などはいらないし、そもそも既に子供を一人抱えているようなもの。
 まだまだ、子育てに関しては、人の話を聞いているだけで充分だ、とヴィータもアイスを口にするのでした。


 


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