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新婚なの! 10-14 (2)


「結局長居しちまって悪いな、アルフ」
「何言ってんだい。誰もいないんだしさ、アタシも退屈しなくて助かったよ」

 夕暮れは釣瓶落とし、と言われるのは秋ですが、冬は一段と日暮れが早いのです。
 さっきまで赤く空を染めていたかと思われた太陽は、今や街向こうの山々の合間から僅かに頭を覗かせるほどになっています。
 幾ら、ここからなのはの実家が近いとはいえ、早めに帰らなければ、家を暖める時間がなくなってしまいます。
 実体はどうであれ、ヴィータは小学校低学年並の外見なのですし、暗い夜道を歩くのは安全とは言えない、というのも帰宅する理由の一つでした。

「もうあっちに帰るのかい?」
「ああ。今日の夜にはこっちを発つ。そうすりゃ明日の出勤には間に合うはずだからさ」
「大変だあね。ま、夜のシフトは少ないんだろう?」
「たまーにあるけどな。後は教官の仕事とか、大きな事件があったときぐらいか」

 玄関先で、ふうん、とアルフはさして興味のないようです。
 ヴィータは、だったら聞くなよ、と思わないでもありませんでしたが、世間話なんてのはこの程度なのかもしれない、と適当に繋いでおくのでした。

「じゃあな、アルフ」

 靴を履き、上着を受け取っては、玄関ノブに手を掛けます。

「またねー。今度はもっと早くに遊びにきなよ。薄情だって思われちまうよ?」
「分かってる。今度はちゃんとなのはも引っ張ってくるからさ」

 しかし、ノブに掛けられたヴィータの手は、玄関を開けませんでした。ノブを引くだけだというのに、です。何か戸惑いつつ、何かを告げようとしていることは明らかです。
 そんな彼女の様子に気付いたのか、アルフはジッとそれを待ってくれているようでした。
 どうしようかと、ヴィータに迷う気持ちがないわけではありませんでしたが、目の前のアルフの様子に決意を固めます。
 一旦視線を落としては、深く息を吐き、ゆっくりと。
 ヴィータは視線をあげてゆき、少しだけ斜めに、自分を待ってくれている子犬の姿を捕らえるのでした。

「……今日はさ。世話になった。ありがとな」
「なあに水臭いこと言ってんだい。アタシ達さ、友達じゃんか。それに」
「それに?」
「……やっぱりさ。みんなに幸せになってもらいたいんだよ、アタシは。それに――それはフェイトの願いでもあるんだから」

 ヴィータの、その蒼い、大きな瞳に捉えられた赤い子犬。
 その子犬の、青い瞳に宿る光は確かなものでした。「みなの幸せを願う」 それは確かにアルフの願いでありました。
 ただ、それを捉えるヴィータの蒼い瞳には、少しだけ違うものが映っていたのです。
 アルフの想いは疑うべく余地はありません。そうでありながら――その"子犬の主"の願いが、その奥に宿っているように見えたのです。
 「みんなに幸せになってもらいたい」――その言葉の中に、瞳に宿る光の中に。
 子犬の主の想いが深く、深く溶け込んでいて、どこからが彼女自身のモノで、どこからが主のモノであるのか――それが、分からない程に。
 それほどに主の想いは強いのかもしれない――ヴィータが、そう思わざるを得ないほどに、その想いは強い輝きを放っていたのでした。

「ああ。分かってるよ」
「本当かい? どうにも心配だねえ。アンタも、なのはも。勿論、フェイトもさ」
「へへへ。アタシらは心配掛けてばっかだな」
「ホントだよ。今まで心労で禿げが出来なかったのが不思議なぐらいさ」

 アルフは尻尾を振りながら、まあ抜けるって言っても、季節の変わり目に抜けるだけなんだけどさあ、などと冗談めかしています。
 そんなアルフの、カラッとした笑いは、今のヴィータにとってこの上ない救いになっていること。
 彼女のことですから、ちゃんとその辺りを理解して、そっと気を利かせてくれているのかもしれません。大切な主の……大切な親友のために。
 ヴィータは、その想いをしっかりと噛み締めて、ゆっくりと頷くだけに止めるのでした。

「じゃあな、アルフ。また今度、だな」
「ああ、また今度だあね。風邪ひかないように気をつけるんだよ?」
「バーカ。アタシはそこまで子供じゃねーよ」
「形は子供だけどねえ。ま、こればっかりはアタシも言えない立場だけどさあ」

 なんの気兼ねなしに二人は笑いあいます。
 今のヴィータにとって、ここまで気兼ねなしに付き合える人物は他にいないかもしれない、そう思わせるほどに、明るい声が玄関を満たします。
 そんな親友――なのはと結婚するまでは、もう一人いたのだけど。ヴィータはその親友に想いを馳せます。
 そんな風に考えているのは自分だけかもしれない。こんなことを口にしたら笑われてしまうかも。でも、そのことが気にかかって。
 自分の心がけ次第だと、ヴィータ自身分かってはいるのですが、すんなりと心は言うことを素直に聞いてはくれません。
 そんな親友と、再び笑いあいたい――かつて、そうであった相手の影を、アルフの向こう側に見るのでした。

「バイバイ、ヴィータ。フェイトに会ったら宜しく言っといておくれよ」
「べっつにアタシから言わなくたって良いだろ?」
「んもー、分かってないんだからさあ。直接言っちゃあ、ただの我侭になっちゃうだろー?」

 出来の悪い生徒に物申すように、ちょっとだけ偉そうに言うアルフ。
 ヴィータは、へん、それこそ直接言ってもらった方がフェイトは喜ぶんじゃねーの?とお返しとばかりに返しますが、相手も慣れたもので、わははっと笑って応えます。
 ヴィータは溜め息を吐きながら、分かっててやられちゃ立つ瀬がないぜ、と手を振りつつ、ノブを引き、玄関を開けるのでした。

「うわっ、寒ー」

 一気に外の空気が流れ込み、暖房に慣れた身体を、さあっと足元から包み込みます。
 上着を着込んだヴィータですらこうなのですから、見ているほうが寒くなるような季節感のない格好のアルフでは、更に堪えるでしょう。
 ヴィータは、素早く外に出て、ドアを閉めようとしましたが、ドアとの隙間から見た気遣うべき相手は、全く気にする様子もなさそうに、元気に手と尻尾を振っています。
 なーんだ、と呆れる気持ち半分で、ドアを閉めてしまおうとした、その瞬間。
 一瞬だったけれど。でもしっかりと。瞳に焼き付けられた、手を振るアルフの表情。
 それを口にしてしまったり、態度に表すのは、本人に失礼になるかも知れないと、思わせるモノでありました。
 そうヴィータに思わせたアルフの――正確には、その向こうに見えた――表情とは。
 あの日。
 なのはと結婚してから、初めてフェイトとあった日。
 飛び出して、追いかけてきたフェイトの、その気持ちをしっかりと聞いた夜。
 けれどあの時は、相手に対する後ろめたさもあって、しっかりと胸に留めることも出来ず、その表情も見ることが出来なくて。
 そんな、見ることの叶わなかったモノ。
 これは、あの日のフェイトだ―――直感とも言うべきものがヴィータに語りかけてきたのです。
 あの時の、夜道の街灯に、スポットライトのように照らされた表情を、確かに見てはいません。
 それなのに。そうであるのに。
 ヴィータには確かに、今、アルフの向こうに見える――子犬にとってご主人であり、自分にとって親友の――影を、そうであると確信したのです。
 その表情を瞳に、脳裏にしっかりと焼付けて。
 ああ、やっぱりお前の言う通りだよ、とヴィータはそっと玄関を閉めるのでした。

 

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