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新婚なの! 10-15 (1)

 玄関で話し込んでいる内に、すっかり陽は落ちてしまって、辺りは街灯が照らし出す光と、ミッドより幾分か小さい月明かりだけ。
 それでも充分に明るいのですが、ミッドでの環境に慣れてしまった目には、いささか暗く感じられるのでした。
 マンションの玄関フロアの自動扉を抜け、正面を走っていくヴィータの目に、ちらりと、見慣れた人影が映ったのはその時です。
 暗い、とそう感じた夕闇も過ぎた頃であっても、それを見間違えるはずのないモノでした。

「――――なのは」

 呟いたのか、呼びかけたのか。
 それすら分からない、無意識のうちにヴィータの口から滑り出た名前は、それでも確かに届いたようです。
 なのは、と呼ばれた人影が動き、自分を呼ぶ声へ視線を向けているのが分かります。
 ヴィータは、やはりそうか、とすら思わない、確信にも似た思いで、駆け寄ります。

「あ、ヴィータちゃん」
「ヴィータちゃん、じゃねーよ。何してたんだ。連絡ぐらい寄越せっての。アルフも待ってたんだぞ」

 えへへ、ごめんね――なんて、なのはは他人が聞いたら誤解されそうな誠意の無さを披露します。
 流石のヴィータも、今日という日のことであるわけですから、げんこつの一つでもお見舞いしたくなったようです。
 しかし、電話口での違和感。それが心のしこりとなって、思わず固めてしまった拳を後へ隠し、何でもない風をヴィータに装わせるのでした。

「学校出てから直ぐに連絡しようって、学校出る前までは思ってたんだけど……」
「友達との会話も弾んで。すっかり忘れてたって訳か」

 いい終わるや否や、零れる溜息。
 ヴィータも、嫌味のためにしたのではなかったので、しまったなと思いながら、ちらりと伴侶の様子を窺えば、そこには全く気にした様子もない顔があったのです。
 今度こそ、本当に嫌味のための溜息が漏れてしまいそう。
 がっかりと落とした肩に、溜め息が漏れはしなかったものの、ヴィータは落胆の色を隠せそうにありません。
 そんな、お嫁さんの変化に流石に気付いたのか、なのはが腕を伸ばしたのでした。

「ごめんね。ホントに……」

 不意に寄せられる温もり。
 黙らせるかのようなそれに、しこりが大きくなっていくのを感じていたヴィータでしたが、それを口にすることはありません。いえ、出来ませんでした。

「むー。だからって口実に抱きつくんじゃねーよ。誰かが見てたらどうすんだよ」
「良いじゃない、夫婦なんだから。見られたってー。これが人に知られてはいけない禁断の愛だっていうなら―――」
「少なくともこっちの世界じゃな」
「あ、うぅ……」
「それにだ。謝るのはアルフに対してだぞ」

 場をわきまえろ、という言葉も合わせての、ヴィータのゲンコツ。
 さっき固めておいたのが無駄にならずに済んだな―――などと口に出すことなく呟いては、涙目ななのはの不服そうな視線をやり過ごすのでした。
 さて。いつまでもここで、下らないやり取りをしている場合ではありません。
 ヴィータは、ゲンコツを作っていた右手で、自分を抱き寄せる腕を払い、宙を泳いだなのはの手が身体に戻ってしまう前に、素早く掴みます。
 なのはの、ハッと息を呑む雰囲気とともに、ヴィータの手に伝わってきた感覚は、酷く冷たいモノでした。
 その冷たい手が何を物語っているのか―――そんなこと、考えるまでもありません。
 こんなに手が冷えてしまうには、幾らこの季節と時間とはいえ、相当に長くいなければならないのですから。
 舌打ちしたくなる。そんな考え以外を許さないほど、ヴィータの掴む手は冷えていたのでした。

「ほれ、行くぞ」
「あ、うん。あ、あのね。ヴィータちゃん」

 掴んだ手を暖めるように、たどたどしくも指を絡めて――俗に言う、恋人握りといわれるもので――手の平をピッタリと合わせます。
 その瞬間。
 握った手が強張り、どうしよう? という戸惑いともいえる気持ちが伝わってきます。
 それでもヴィータは構うことなく、腕に力を込めて引き寄せます。なのはが何か言いたそうに自分の名前を呼ぶのも構うことなく。

「早く帰るぞ。桃子さんたちが帰ってくる前に、家を温めとかなきゃいけないんだからな」

 有無は言わせないぞ。黙ってついて来い。
 それらの意思が乗せられた声に、さしものなのはも何も言えなかったのか、言うべきじゃないと思ったのか、黙って頷くばかり。
 思い通りにいったことで、ヴィータは安心しますが、実際この試みは余り具合が良いとは言えません。
 それは決して、なのはの胸のうちがどうとか、そういうものでなく。――単に、背丈の差から来るものでした。
 まずは、このしっかりと握り合った手。
 どうしても、ヴィータから少しだけ腕を上げる形になり、なのはは――気を使ってか――少し肩を下げなければなりません。
 しかも、婚姻届を出しに行った日のことを思い出してしまい、どうにも具合が悪いのです。
 次は、この歩幅。
 別に、これは手を繋いでいなくても生じる問題なのですが、手を繋いでいれば特に、ということでヴィータを悩ませます。
 歩幅が合わないために、どうしてもその足りない分を補おうと、前のめり気味に早足になるのは避けられません。
 けれど。それだけの不具合があるにも拘らず。
 具合が悪いのは分かってはいても、今はそうするのが一番だと思ったし、そうしたいと、ヴィータは思ったのでした。

「……ねえ、ヴィータちゃん」
「ん。なんだ」
「こうして。こうやってね? 海鳴の街を、通いなれた道を、こんな風に歩けるなんて夢に思わなかったなーって」

 自分たちを覆い隠してくれそうな空。ちらちらと輝き始めた星々を見上げるように、なのはは呟きました。
 それに対し、そうだな、と相槌を打つ代わりに、ヴィータは同じように空を見上げます。
 その先には、冬らしい、澄んだ空気の向こうに星々が小さく輝き、夜が深まっていく手前であることを伝えてくれています。

「……なんだかさ」
「なあに?」
「そんなに長く離れてたって訳じゃないのにさ。この空が自分たちの知らない空のような気がして、さ」

 そんなことはないのに、なぜかそう感じられてしまって。
 何が違うと言うのか。今まで、余り空なんて見上げることなんてなかったから、新鮮さがそう思わせただけなのか。
 結論の出ない、ただ率直な感想でしかないこの気持ちをどうしようかと、ヴィータが考えたその時。不意に、身体が引っ張られてたのでした。

「な、なにすんだよ」
「どーして違う風に見えたか気になるのー?」
「……ま、まあな。でもさ、別に良いんだ」

 本当に、どうでもいい感想でしかないのですから、そう言ったまでだと言うのに。
 自分を抱きしめる伴侶はどうにもそれでは納得いかない様子で、宛もこちらが嘘を吐いているとでも言いたげに振舞うのです。
 それは流石に言いがかりだぞ、と文句を言えば、しめた、とばかりに、なのははニッコリと笑うのです。
 ヴィータに、寒気にも似た嫌な予感が走ったのは、決して夜の冷えた空気の中にいるせいではなかったでしょう。

「それはねー。私と一緒にいるからじゃないかなー?」
「はあ? なんでそーなんだよ」
「だってね? 隣にいる人が違うだけで、普段の景色が違うものに見えるっていうのは、結構あることなんだよ」
「聞いたことねーな」
「んもー。ロマンっていうか情緒がないなあ、ヴィータちゃんは」

 普段、情緒やら風情と縁遠い人間が何を言うのか――
 ヴィータが、なのはの勝ち誇るような顔を憎らしげに見つめれば、全く気にした風もない伴侶の表情に、暖簾に腕押しとはこのことか、と思わず溜息が漏れてしまいました。
 これもいつもの事か――そんな風に、諦めてしまえばヴィータも楽になるのでしょう。
 それでも元来持つ性格が災いするとでも言うのか、どうしても、そう簡単に割り切れないのです。
 知らん振りを出来ないが為に、悩んだ挙句、その態度を改めさせようと努力するのですが、徒労に終わるどころか、寧ろ相手に餌を与えて喜ばせる始末。
 ヴィータとなのは。この上なく相性が良いような、この上なく相性の悪いような、二人の関係。
 ニコニコと、夜空の星を仰ぎながら歩くなのはに、溜め息交じりながらも、そっと横顔を見つめるヴィータ。
 なのはが喜んでいるから良いや――そう思えるうちに、その性格を少しでも変えてくれないものか。ヴィータは久しぶりの故郷の夜空の星に願うのでした。


 


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