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新婚なの! 11-4 (1)

「ヴィータさん、ご存知?」

 朝一から見たくない顔が、にこやかに語りかけてくる。
 しかも、なんとも返答に困る尋ね方だ。
 常々、と言うほどでもないけれど、こういう話の切り出し方はどうかと思うんだ。
 大体、そう言われたところで、こちらはそれを知る由はないのだし、どうも答えようがない。
 言うとすれば「さあ。で、どんな話?」なんて、相手に乗っかってやるのがマナーなんだろう。
 それがだ。
 何だか強要されてるようで、気になる。
 別に、普通に「これこれこういう話があるんだけど」と言えば良いのに、なんて思ってしまう。
 ……いや。こういう考えこそ無粋なのかもしれないけど。

「いんや。知らねー」
「ふふふ。そうでしょうとも」

 これは今朝仕入れたばかりの情報なのですから――!
 どうだい、と言わんばかりに胸を張り、役者のように手を掲げる仕草。
 無性に腹が立つ。
 それが言いたいだけなんじゃねーか。
 だけど、表に出したら負けだ。
 相手に勝ったと思わせないためにも、努めて無表情を装い、知らん顔をして踵を返した。

「ああ、ヴィータさん。お待ちになって」

 こちらの動きが予想外だったのか、慌てて追いかけてくる。
 面倒なヤツだなあ、と思っている間に、あっさりと前に回りこまれてしまった。この狭い通路でよくやるよ。
 どうしても話を聞かせたいらしい。
 仕方がない、という代わりに溜息を吐いて、話を聞いてやることにした。
 にんまりと――いつも通り、軽薄そうに――口の端を上げて、話しはじめた。
 ここは、一応職場なんだけど――それは全く気にしていない様子で。
 ……溜息の意味には気付かなかったみたいだ。

「実は。今度、陸と空、そして海の方々合同で訓練があるそうですよ?」
「へえ」

 さして興味のない話なので、いい加減に返事をしておいたが、それにもめげずメンテは続けるようだ。

「それも、各トップクラスを呼んで……結構なことだと思いません?」
「まあ、な。ご苦労さんなこった。アタシには関係ないことだけどさ」
「いえいえ、そうは問屋が卸しませんわ」

 意味ありげな笑みを浮かべて、アタシの言を否定する。
 何か知ってるんだろうけど……まどろっこしいヤツだ。さっさと結論だけ言ってくれ。
 一応、イライラに近い感情を面に出してみたつもりなのに、一向に態度を崩さず、構いやしません、といった表情すら見せる。
 こちらの思いなど無視して、尚ももったいぶって話を続ける。

「結構なこと。そう言いましたわよね? ええ、その通りなのですけど。なぜそうなのか……気になりません?」
「……気にして欲しいのか?」
「気になりまして?」
「べっつに」
「――ふう」
「……ああ、分かったよ。聞いてやるから言えったら」

 途端に、ふふん、と勝ち誇ったように笑う。
 全くもって面倒なヤツだ。これ見よがしに落ち込んだみたいな態度取りやがるくせに。
 早くしろよ、と待っていると「イライラするのは身体によくありませんわよ」だと。
 そう仕向けたのはお前だろうに、と思うけど、その思惑に乗ってしまったのだから、負けなのだろう。
 もうこの際、負けでも何でも良いやと思った。そもそも、自分の勝手な決め付けなんだし。
 早くけりをつけてコイツから開放されたい、というのが上回ってた。

「……本当の本当に、これは内緒の話ですのよ?」

 ぐっと顔を寄せ、耳元で囁く。
 こそこそと、耳をくすぐる吐息に、ぞわぞわしてしまったけど、これまた表に出すと笑われてしまうので、グッと我慢した。

「実は……その訓練。公にはなされていない内容がありますの」
「うん? 訓練自体、まだ内緒じゃないのか?」
「いいえ」

 不敵な笑み、とでも言ったら良いのだろうか。

「訓練自体はその内公表されますわ。けれど、その内容は……AMF対策らしいですよの?」

 なんの起伏もない、無感情な声。
 これが話の核心だろうというのに、全くそれらしきものを感じさせなかった。
 しかし、その告げる声とは反対に、アタシの胸は跳ね上がった。
 AMF――!
 これは数年前から、管理局の一部を騒がせているものだけど、アタシにとって、それとは別の理由があった。
 何度聞いても人を不愉快な思いにさせてくれる。
 未だにその名前を聞くだけで業腹だ。
 こんな碌でもないモンを、機械で再現できるようにしてくれやがって。
 本当に、本当に……自分に腹が立つ。
 久しぶりだった。
 その名前を聞くたびに、ふとした時に思い出すたびに、どうしようもない憤りと、無力感に苛まれる。
 だけど、これは誰にも相談出来なかった。
 してもいい人物は数人いるのだけど……コレは、自分で解決しなくちゃいけないことなんだ。
 同じような想いを抱えた人はいるのだし、悩みを分かち合う、という好意は分かるんだけど――

「――ヴィータさん。どうなさいましたの?」

 心配するような声に、ハッと我に返る。
 目の前に、アタシの目を覗き込むようなメンテの顔があって、ビックリして思わず声を上げてしまうところだった。
 声を出すのはなんとか堪えたけど、ビックリするのは抑えられなかった。
 メンテが、可笑しそうにニヤニヤと頬を緩ませたのかと思うと、面白くない。

「べ、別に。ついに重い腰を上げたのかなって思ってさ」
「ふうん。ヴィータさん、なにかお詳しいようですわね」

 詰まらなそうな声に、膝に手を当てて腰を上げる。
 若しかして、その先の話があったんだろうか。
 となれば、相手の話の腰を折ってしまったというか、オチを言ってしまったことになるのか。
 それはそれで、ざまーみろと、思わなくもないけど、なんだか少しだけ悪い気もした。
 せっかく。朝一で話を持ってきてくれた相手だったんだから。

「さあな。そんで、それがアタシになんなのさ」

 悪いので話を振ることにする。
 すると、機嫌を持ち直したのか、さっと表情を変え、先ほどと変わらぬ調子で話し始めた。
 現金なヤツめ。

「私。多少なりとそのAMFなる物に興味がありますの。ですから、ヴィータさんにもお付き合い願いたいと思いまして」
「はあ」
「同じベルカ式の使い手として、一度先輩のご指南を受けたいと思いますの」
「アタシは別にAMFの対策に詳しいとか、そんなことねーぞ? なんか勘違いしてねーか?」
「いいえ。私のは新式のベルカ式でしょう? やはり、こういうとき本当の使い手の運用法と言うのは、気になりますの」
「変わんねーと思うけどなあ」

 素っ気無い態度の――勿論、わざとだけど――アタシに対して、彼是講釈を垂れてくれる。
 世の中のほとんどは、古代と現代の違いなんて気にしないんだけど、コイツはその"貴重は一部"の人間だったんだろうか。
 今までそんな素振りは一切見せなかったけどなあ。

「――と、いうわけでして。私以外の隊員にも勉強になると思いますの」
「う、うーん」
「多分、ですけどヴィータさんには来て頂くことになると思いますけど」
「う、うん? 今なんか言ったか?」
「いいえ? なにも」

 いつもの通り、軽薄な上辺っぽい口調。
 でも、今日はいつもと様子が違った。
 普段は、上っ面だけで、いかにも中身のない風な口調だと言うのに、今ばかりは何か裏があるような気がした。
 その何かを隠すために、表面上、そう装ってる――という印象を与えるための演技かもしれないけど。
 でも、だ。
 コイツがこういう風にやる気――それが例え見せ掛けだとしても――を見せるなんて珍しいことだし、それを蔑ろにするのは可哀想か。
 せっかくのやる気を買ってやらなきゃな。
 それに、古代ベルカ式として持ち上げられりゃ、悪い気もしないでもない。
 ――と、そんな気持ちを表に出さないよう、なるべくぶっきら棒に頷くことにした。

「では、そう申請しておきますわね。ふっふふふ。数日間ヴィータさんと一緒に訓練ですわー」

 らららー、と歌い出さんばかりの上機嫌さで、くるくるとバレリーナの如く回りながら立ち去るメンテ。迷惑なヤツだな。
 しかし……なんてこった。
 結局それが狙いだったのかよ。
 相手の陰謀というか、策略にまんまとはめられてしまった感じだ。
 思わず溜息が漏れる。
 朝一から、ひどく疲れた気が……いや、確実に疲れた。
 デスクにも着いてないというのに、もう、家が恋しくなってしまった。


  ◆


 今日は一日、仕事という仕事が手につかなかった。
 朝一からひどく疲れてしまった、というのもあったけれど、理由としては二番手だ。
 あの、久しぶりに聞いた、どこまでも人を不愉快にさせてくれる――AMFだなんて代物だ。
 正直口にもしたくない、考えたくもない。
 けれど、そういう訳にもいかない。
 偶発的に観測されるAMFを搭載した無人機。
 目的もしっかり分かっちゃいない。
 レリックなるロストロギアのあるところに現れるらしいってのは、分かってんだけど……
 だから、局全体として対策を立てた方が良いんじゃないかと思うけど、どうもそれを嫌がってる連中がいるらしい。
 あんな連中が大挙して都市部に現われでもしたら、殆んどの魔導師は太刀打ちできない。
 そんな事態を防ぐには、前もって――それが一部の人間であったとしても――経験を積ませておくに越したことはないんだ。
 それなのに――と、"アタシ"は思うのだけど。
 嫌がってる――という言い方は正確ではない。あちらにも事情があるんだから――連中の言い分も分かる。
 そんないつ起きるか、そもそも起きるのかすら分からない事態への対策よりも、今目の前の対策に人員と資金を割け、というのは。
 ただ、ああまで小型化されてしまうと、後は量産化によるコストの軽減だ。
 それを可能にする、大きな犯罪組織にでも渡ったら……管理局は太刀打ち出来ないだろう。
 そうなる前に――と、まあ、堂々巡りというか、どちらの言うことにも理があるので、後はトップの方で決めるってことになるだろうけど。
 "アタシ"としては、少しばかりは気にかけて欲しい、ということになる。
 普段は使わない頭を使ったせいで、今日はどうにも疲れてしまった……

「ヴィータさん。今日もお疲れ様でしたわ」

 帰り際に、またもや捕まってしまった。
 朝一番に見た顔と、帰り間際に見る顔が同じとか。正直勘弁して欲しい。
 ここで、返事の代わりに盛大な溜息で応えてしまったところで、アタシを責められはしない……と思いたい。
 それでも、全くめげた様子もなく、メンテはにこにことしていた。
 こうまで人の感情に無頓着でいられるというのは、一種の特技なんだろうか。

「なんだかひどくお疲れのご様子……。私、心配ですわ。どうでしょう、これからご予定の程は?」
「予定も何も、家に帰るだけだ」

 この疲れた原因を作ってくれた本人は、全く自分のことなど顧みることなく、あら、と意外そうな顔を作る。
 アタシが、いつも寄り道せずに帰っていることぐらい知ってるだろうに、だ。
 なのはも帰ってくるのだし、余程の事がない限り、まっすぐ帰らないことなんてないんだ。
 わざとらしいというか、なんと言うか。
 けれど、余りぶっきら棒に答えるのもなんだし、普通を装うことにした。

「ヴィータさんもいい大人なのですし。ああ、決して外見のことを言っているのではなくて。その辺りは誤解のないよう、お願いしますわ。
 たまには夜遊びなんかも良いんじゃございませんこと? そういうのも社会勉強というものの一環として、イザというときに役に立ちますわよ」
「……どんな、いざだよ。そんな事態ねーって」

 そうでしょうか? と、あくまで惚けてみせるつもりらしい。
 なんだかメンテは話を続けたそうにしているから、少し思案して、これ以上付き合うのは止めにする。
 こんなところで、うろうろしてて、誰にかに捕まって用事を押し付けられるなんざゴメンだからだ。
 何だかんだと、適当に理由をつけて、さっさと帰ることにした。

「あら、そうですの。それでは、また。ごきげんようですわ」

 拍子抜けするほど、あっさり諦めてくれた。
 別に、引き止めて欲しかったわけじゃないぞ。断固としてそれは、ない。
 そう思ってはいても、いつもと同じように身構えてた手前、なんだかガッカリするような――そんな感じ。
 でも、諦めてくれたのだし、このチャンスを逃すわけにもいかない。
 ここぞとばかりに、さよならの挨拶を交わして、この場を後にすることにした。
 すると、踵を返して、歩き始めたアタシの背中に、声が掛かった。

「旦那様に宜しくお伝えくださいな」

 決まりの挨拶、という風でもない口調に、思わず振り向く。
 何か意図するような、含みを持たせた響き。
 だけど、振り向いたアタシの目に飛び込んできたのは、いつも通りに、にやけ笑いというか軽そうな雰囲気のメンテだけだった。
 アタシを振り向かせるために、口調を変えて見せたんだろうか?
 ……いや、いくらなんでもそれは考えすぎだし、自惚れてる。
 たまたま、そういう風に感じただけだろう。
 未だに手を振っているものだから、こっちもそれに応えて、手を小さく振って、帰ることにした。


 


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