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新婚なの! 11-3 (1)

 その後といえば、話も弾むんだろうけど、なにせその前に話が弾みすぎて時間がなくなっていた。
 アタシたちのお弁当というのは、元々冷まして詰めるものだから、蓋を開けたときから冷めていて、さほど問題じゃない。
 ただ、時間が圧倒的にない、というだけ。
 しかし、プリムさんは違う。
 食堂で注文したランチなので、このテーブルに着いたときは、しっかりと食欲をそそる湯気を昇らせていた。
 しかし、今目の前にあるプレートに乗ったランチには、美味しそうな湯気は影を潜め、なんだか見本品みたいな姿に変わり果てようとしていた。
 その姿が、いかに自分たちが話に夢中になっていたかを物語っているようで、同時に間抜け加減も表しているようで、アタシ達は苦笑いするしかなかった。
 既に、食堂は人が入れ替わり始めていて、賑やかしさは相変わらずであるけれど、その多くは別の顔になっているはず。
 自分たちと同じ時間にいた面々は、すでに職場に向かっていて、この場にいるのは、今やっとお昼ご飯にありつけた面々なのだ。
 そうやって入れ替わり激しい食堂にあって、今更にいそいそと箸を進めている。
 なのはとプリムさんは「時間がないよ」なんて言いながら食べていたけど、そんな事を口にしている暇があるなら噛むために顎を動かせ、と言いたい。
 急いで食べるのは、今回は仕方ないとして、行儀が悪いのは頂けない。
 結局、我慢し切れなくて、そうするよう注意せざるを得なくて、なのはは珍しく素直にゴメンと言ってくれた。
 別に、普段から素直に従わないと言うわけじゃないんだけど、無駄口を叩かなかった、という点で"素直"と表現した。
 プリムさんといえば「フフフ。タカマチもそんな風に怒られるのか」なんて、嬉しそうに笑っていた。

「じゃあ、私が片付けてきますねー」

 ここは私が、といってプリムさんのトレーを受付に片付けに行こうとする。
 アタシは、弁当箱は持って帰るからな、といって片付けの手間を省いてやることにした。
 何がそんなに嬉しいのか知らないけど、なのははニヤニヤとしながら、ランチを待つ人ごみの中に消えていった。

「そんなに気になるのか?」

 え? と振り向けば、頬杖をつき、興味に瞳をキラキラさせていた。
 まだ気になる事があるんだろうか。
 こちらとしては、それが気になったわけだけど、そこは黙っておくことにする。
 もう、そんなに時間もないし。
 正直に言えば、なのはが戻ってくるのも無視した方が良いぐらいなんだけど。

「なにが……ですか?」
「タカマチしか映っていないように思えたが……キミの大きな瞳には」

 笑いを含めた言葉にアタシは、それでも分からない、という顔でもしていたんだろうか、余計に笑いを誘ってしまったようだった。
 そんなに気にしてただろうか?
 確かに、しっかりと手綱をもっていないと、どこへ行ってしまうか分からないから、気になるといえば、気にはなるけれど。
 でも、プリムさんの言いたいのは、そういうことじゃないんだろう。
 彼女のいう"そういうこと"でいうのなら、気にはならない――と言いたいところだけど、正直自信はない。
 アタシ自身、きっとよく分かってない感情だろうから。

「そうか」

 何かに納得したかのように頷くや否や、今までにない、胸の内を見透かすような眼差しをこちらに向ける。
 長い睫毛に縁取られた、くっきりした瞳に、見透かすというよりは射抜くような光が宿っている。
 思わずドキリとして、背筋が伸びてしまった。
 こちらが話を聞く体勢になったことを確認したのか、まあ、無粋な話なんだろうが――と、前置きをして。
 ゆっくりと口を開いた。

「傍目から見れば、キミがタカマチに非常に強い好意を抱いているのは一目瞭然だ。私にも分かるほどに、ね。コレは相当なことだと思う」
「は、はあ」
「ふうむ。納得しかねる、といった感じだね」
「え、ええっと。アタシとしては、そんなつもりは……」

 こちらを見つめたまま、話は続く。
 こうも人と視線をあわせながら話をすることなんて滅多にない上に、こちらを見つめる瞳の、意思の強そうな輝き。
 それにガッチリ捉えられているようで、何だかいつも以上に落ち着かない。
 なんだか、責められているようにも感じる。
 そう感じるということは……なにか思い当たる節があり、後ろめたいからだろう。
 はっきりとは分からないけれど、どっちにしろ、居心地の良い状態ではないことだけは確かだった。
 プリムさんのそんな目が、そういうことは間々あることだ――などといって、半眼に閉じられる。

「本人がそう思っていなくとも、他人にはそう思えることがある。
 それらの多くは状況や思い込みによる勘違いで、事実と違うわけだから、そういう時は……その都度説明するしかない。
 しかし。本心に気付かず、または、何か理由があって、本心に向き合っていなくてだ、"他人の思い込み"が正しいこともある。
 それと――キミの場合は違うだろうが、生まれ育った環境によってだな。外に向ける意識が屈折している場合だ。
 これの場合、二重に自覚がないわけでとても厄介なんだ。核心をつく助言であるにも拘らず、上手くそれを生かすことができない」
「……そういうことも、ありますか」
「まあ、なんと言うか……一般論だと、そう……らしい」

 急に自信がなくなったのか、強引に語尾を変えて取り繕ったような違和感。
 なにを言わんとしているのか、それは分かるのだけど、それでどうしたいのかは余り分からない。
 アタシがそうだ、と言いたいんだろうけど……やっぱり、そうなんだろうか。
 最後が決まらなかったせいか、照れくさそうに、僅かに口の端を緩ませる。
 はにかみ笑い、というのかな。
 これも絵になるのだから、困り者だと思う。
 こっちがどう反応して良いか、困るからだ。

「私にも分からないけれど、一般論だというのだし、タカマチもそう思っているかもしれん。うん」

 無粋な指摘かもしれんが――と僅かに不本意であることを滲ませる。
 ならば言わなければ良いのに、と思わないこともないけれど、それをして言わなければならない、と思っているのかもしれない。
 どうせ、なのはが戻ってきてしまえば、そこで話は終わりになるのだろうし、もう少しこのままに任せても良いか、と思った。
 何より、先輩の助言なのだから。

「で、でだ。その他人の思い違いなんていうものが、どうして起きるかといえば、距離や時間の問題であったりして。
 相手の懐へ飛び込まんと分からない、ということだろうか。勿論、深く付き合うのでなければ、其処までする必要は全くないのだが」

 自信なさげに語られる、それ。
 何かを思い出すかのようにしては、ふと、アタシじゃない、何か別のものを見ているように感じられた。
 ただ、そう思えたのも勘違いだったのかな、と思えるほどに、プリムさんは直ぐに調子を戻してしまう。
 けれど、その一瞬は、ひどく心に引っかかる物を残してくれた。

「私は、タカマチはまだしも、キミには会ったばかりだからな。相手の懐に飛び込んでいるわけではない。
 だから、全くの的外れで、なにやら恥ずかしいことを言っているかもしれない、という自覚は充分に、あるつもりだ」
「い、いいえ。そうじゃ……ないと思います」
「それを承知で――私としては、だ」

 ごくりと、喉が鳴るのが分かる。たったその一言で、自分がひどく緊張していることが。
 その瞳に宿る光は相変わらず、アタシの見透かす、というより射抜くようにしているから。
 その光が、無自覚にアタシを緊張させているんだ。

「相手の懐に飛び込んで、それが当たり前になって……近づきすぎて……それが分からないこともあるかもしれない」
「は、はい」
「そうなってしまった時は、少し距離をおいてみることで、逆に良い結果を生み出せるかもしれない」

 これだけ偉そうに言ってはみたが、実は人の受け売りでね――
 気恥ずかしそうに、少しだけ頬を染めては、はにかむ。
 少し自信なさげだったのは、自分の信念ではなく、人の受け売りだったせいなのか。
 プリムさんの調子の変わりように、僅かな解答を見出したところで、また、話は続けられた。

「それでな? 初対面というか、これから親しくなろう、と思っている相手に対して、懐に飛び込むことは必要なことかもしれない。
 距離を変えることによって見え方というのはだな、随分と違ってくるもの……らしい。
 それにだ。いつまでも距離を保っている相手に対して、好意も抱きにくいだろう?
 ああ、この人はちゃんと自分のことを考えてくれているのだな、と。親身になってくれるのだな、と。
 敵意もそうだが、好意に対しても人は敏感だ。普通は。
 そうして、お互いの壁を――いや、なんだかこうして口にすると、裏があるようで嫌なものだな。今のは、忘れておくれ」

 しまった、と口を一文字に結んでしまう。
 本当にこの人は真っ直ぐというか、素直な人だ。
 今みたいな話で、何か自分が嫌な思いをしたのだろうか。
 またも、下世話な好奇心が頭をもたげようとする。

「そ、そこでだ。一度親しくなってしまうと、今度は逆に、そうなる前には見えていたものが、見えなくなってしまうことがある。見えていたものが、正しかった場合だけれど。
 なんと言うか。客観的な視点が得られなくなってしまうというか、傍から見て、自分と、その相手がどうなっているのか、分からなくなる……んだ」

 まだ失敗した――本人がそう思っているだけであるけど――ことを引き摺っているみたい。
 身振り手振りが大きくなり、チラチラと視線を逸らしてしまう。
 恥ずかしがっているというのもあるだろうけど、自分の言葉にも段々と自信がなくなってきたみたいに感じる。
 けれど。
 しっかりと、初めて聞いたときのままの――多少上擦ってはいるけれど――低めの通る声は、しっかりとアタシの胸に届いている。
 充分に、とは言えないけれど、プリムさんの言いたいことの多くは理解出来ているつもりだった。

「そうしたときに、だ」

 一度言葉を切り、呼吸を整える。
 ここからが、プリムさんのいうところの"老婆心"の本題らしい。

「一度距離を取ってみるのも良い方法だ、ということ。……む、これはさっき言った気がするな」

 せっかく決まったというのに、何かを思い出して、またバツの悪そうな顔をする。

「いかんな。結論を先に言っていたのでは……これはまた叱られそうだ」

 口酸っぱく言われていたことだと言うのに――
 むずむずと、悪戯が見つかってこれから怒られようとしている、そんなような態度を取る。
 プリムさんは、それほどに旦那様や、その他友人たちに頭が上がらないのだろうか。
 いつも叱る立場としては、相手がこうやって気にして自重してくれるという環境は、羨ましいのだけど。
 ……聞かなかったことにしよう。
 目の前で、整った顔を、子供のようにそわそわさせる、"未来の先輩"がとても可愛らしく思えた。


 


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