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新婚なの! 12-1

 フェイトと約束をしてから直ぐ、なのはが目を覚ました。
 とにかく周囲は喜びで満ちたし、アタシ達は安心しながらもこれからが大変だな、なんて言ってた。――それがどれぐらい甘い考えか、直ぐに思い知ったのだけど。
 それでも、その時はこれ以上ないってぐらい――勿論、はやてが歩けるようになった時には負けるけどさ――嬉しい。それだけだった。


  ◆


 アタシ達は別室に集められ、人の良さそうな医者が、皺の多い顔に更に皺を寄せて語り始めた。
 流石の桃子さんに士郎さん、リンディさんも顔色をなくしていて、アタシといえば顔色どころか頭の中まで真っ白だった。
 そんな凍りつく部屋の中にあって、一人だけ――誰よりもショックを受けていて良さそうな女の子が一人、予想に反して誰よりもしっかりと医者を見据えていた。――フェイトだ。
 元々の紅い瞳を、更に真っ赤にして、逆に、赤く血色のいい唇は、色がなくなるほどに噛み締められていた。
 一字一句聞き逃さないよう、全身が恐怖に震え、今にも崩れ、倒れそうな自分を必死に保たせているのが、嫌って程伝わってくる。
 フェイトを支えていたのは、ひとえに、なのはへの想いだったんだろう。
 こういうことに、勝つとか負けるとか、そもそもそう言うことを言ってる場合じゃないんだけど……それでも、アタシはフェイトに勝てないと思った。
 なのはを支えていくのは、こいつだと思った。
 アタシは、なのはの為に出来ることをしようと思うのと同時に、フェイトにも同じような想いを抱える事になった。


 


 それから二週間なんて、あっという間だった。
 各々、しなくちゃいけない事がある上に、なのはの身の回りの世話やらが重なって、とにかく忙しくて、年末年始以上の慌しさ。
 その間にも、なのははぐんぐん良くなっていって、流石にベッドから身体は起こせないけど、少々会話を交わすぐらいなら問題ない程度までになっていた。
 それはそれで喜ばしいことだったんだけど、アタシ達の間では、別の問題が浮上してきた。
 それは――これからどうやって、なのはと接していこう? というものだ。
 下手な励ましなど通用しない状態だ。なにせ、魔法を使うどころか、歩くことすら出来ないかもしれない状況なのだから。
 なのはの状況に対する動揺は、今だ根強く残っていて、隠し通すなんて無理。言葉を交わせば交わすだけ、相手に伝わってしまう。
 確かに、いつまでも隠してはおけない。なのは自身のことだから、ちゃんと説明をして、これからどうするのか、選択させなきゃいけない。
 けれど、この一大事において、流石の面々も口が重く、進んでこの話をしたがらなかった。
 なのはの落ち込むところを見たくなかったし、そもそも、まだ十二歳になろうかという女の子に、その選択を迫るのは、酷だからだ。
 今やっと、夢に向かって歩みだし、それが見えてきたところだったのだから。

「おい、なのは。起きてるか」

 それでも、ベッドから身体を動かせないなのはを、一人にし続けるわけにもいかず、誰かが、なるだけ顔を出さないといけない。
 けれど、両親は頻繁にこちらにはこられないし、そうなると当然に、アタシかフェイト、ユーノ辺り――はやては心情的に止めさせた――ということになる。

「うん、起きてるよ。ちょうど今月号を読んでたところだから」
「ふうん。これって便利だよなあ。ポテチ食ってても漫画汚れずにすむし」
「そだね。でも私はポテチを食べさせてくれる機械の方が嬉しいかも」
「まあなあ。でもさ、ポテチ食った後に指舐めるのも良いよな」

 なのはは、それもそうだね、なんて笑っていた。
 リクライニングベッドで上半身を起して、備え付けられたアームでなのはが読んでいる漫画は、フェイトが日本から持ってきたものだ。
 腕には、怪我の影響で当分痺れが残るから、無理して動かさないように――と、なのはには説明してある――言いつけてある。アームは、そのために備え付けてもらった。
 アタシは椅子を取り出して、ベッドに横付けし、漫画を覗き込むようにベッドに上半身を預けた。
 ふかふかのベッドは床ずれしないよう、微かに絶えず動いており、もたれていると少し居心地が悪い。落ち着いて漫画も読めやしない。

「それ、面白いか?」
「うん。ヴィータちゃんは、読んでないの?」
「アタシは、もっと戦ったりとかの方が好きだ。格好いいぞ」
「男の子みたいだね、ヴィータちゃんは。可愛いのは好きじゃないの?」
「嫌いじゃねーけどさ。これに可愛いの載ってないじゃんか」

 他愛もない話だ。
 でも、なのはは嬉しそうにしている。
 ここに一人でいりゃ、誰かと話すのは楽しいに決まってる。
 でも、それも一日のうち、とても限られた時間だけだ。
 みんなのスケジュールもあるし、面会時間は限られているから。
 一応、理由らしきものは説明してあるけど、なのはは、この面会時間の短さを、疑問に思っているようにも思えた。

「ねえ、ヴィータちゃん」
「どうしたよ、なのは」
「……あのね。みんな、どうしてるのかなって」
「ん? なんでさ」

 なのはの聞きたいことは、なんとなく分かったけれど、アタシは努めて気付かない振りをした。

「あのね。別にお見舞いに来て欲しいってわけじゃなくてね。やっぱり、みんな忙しいのかなって。聞かなくても、分かってるんだけど」
「まあ、おかげさまでな。人材不足ってのは、本当だぞ」

 なのはは至って普通に見える。ある程度親しい仲であれば、問題ないほどには。
 だけど、そうじゃない人間には、それがありありと伝わってくる。
 アタシ以外も当然に気付いているだろうけど、なのはが"普通"を"装ってる"んだ。
 何かを必死に隠しているのが分かる。それがまた、みんなの足を遠ざけている理由でもあった。
 手を差し伸べてやれば良いのか。
 それとも、全てを話して、自分で解決するのを待ってやるべきなのか。
 そんな中アタシは、それに気付いてやるべきか、そうするすべきじゃないのか――正直、決めかねていた。
 結果、一番消極的な方法を選んだ。

「そっか。じゃあ、私もみんなに遅れないようにしなきゃね」
「ばーか。お前は元々突っ走ってたんだから、このぐらいで丁度良いんだよ。追いかけるほうの身にもなってみろって」
「そ、そうかなあ」
「もう直ぐSランク試験受けるつもりだったんだろ? アタシらは、まだ当分かかりそうなんだぞ」
「そんなに、急いでいるつもりはないんだけどなあ」

 苦笑いしてる。

「お前はさ、なにかと人の言うこと聞かないからな。先生の言うことちゃんと聞いて。大人しく寝てろ」
「えー。私、そんな聞かん坊かなあ。それだったらヴィータちゃんだって」
「アタシが何だって言うんだよ」
「はやてちゃんの言うこと以外、全然聞いてくれないもん」
「違う。はやて以外だって聞くぞ。聞く耳もたないのはお前に対してだけだ」

 えー、となのはは口を尖らせている。
 いつもならここで、アタシの三つ編みを引っ張ったりしてくるんだけど、今はそれがない。
 ……寂しさ以外の何でもなかった。髪の毛はひっぱると存外に痛いんだけど、その痛みに懐かしさすら覚える。ほんの数週間前まで嫌なだけだったのに。
 だからと言って、治った引っ張らせてやるかと言われれば、正直悩む。
 今のなのはに"治った後のこと"を話すのは、気が引けるなんてもんじゃない。そうやって励まして、どうにかなる問題じゃなかったから。
 しかも、まだ本当のことを教えてないんだ。ぬか喜びさせたくはない。
 だから、これは、誰もが悩むところで、余り口の上手くないアタシは何かと会話が途切れがちになる。
 だからと言って、なのはに会わない訳にもいかないし、努めてボロを出さないように気をつけてたんだけど。
 今にして思えば、相当ボロを出しつつも黙ってくれてたんだろう。なのはは。

「なにか必要なモンはないか? 一々ナースさんを呼ぶのも気が引けるだろ」
「う~ん……」

 これは決まり文句みたいなもんで、情けない事に話のネタに困ったりするとこう切り出しては、一度距離を取る。

「特にないと思う」
「……そうか」
「あのね、ヴィータちゃん。だったら代わりに、一つ良いかな」
「あ、ああ。アタシに出来ることならな」

 大した間も作れず、どうしたものかと思っていると、珍しくなのはから頼まれごと。
 普段なら聞かないと言い出さないんだから、怪しむべきだったんだ。それを、助かったとばかりに、安請け合いしてしまった。
 全く、自分の浅はかさには呆れてものも言えない。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけどね? ……私ね。ちゃんと歩けるようになるかな」
「……それは先生に聞いてくれ。アタシ等は――桃子さんと士郎さんなら話を聞いてるだろうけど」

 我ながら情けない。
 明らかに言葉に詰まったし、自信のないこと、何かを隠していることは声にしっかりと表れていた。
 口にした本人が気付くほどなんだから、聞きたくて仕方ないなのはにしてみれば、より明らかだったろうに思う。
 それに、両親が事情を知っていて、それを説明しないってことは、何か重大な事があるんだろうって言ってるようなものだ。
 アタシが間抜けなせいで、なのはは結論だけを大方得た形になった。

「やっぱりそうなんだね。寝返り打った感覚はあるのに、身体が全然動いてないんだもん。ずっと変な感じがしてた」
「そ、そういうのは先生に聞いたほうが良いんじゃねーか? 何でも相談しろって言われてるんだろ」
「したって変わらないよ、きっと。色々、大きな機械で見てくれるけど、包帯替える以外に何かしてないみたいだし」
「そうやって……疑うのはよくねーぞ。先生を信頼しないと。治るもんも――」
「――はやてちゃんがそうだったから?」
「……あ、ああ。そうだ」

 こんな感情の篭らない"はやてちゃん"という声を聞いたのは、後にも先にもこれっきり。
 別に、はやてがどうだと言いたいわけじゃない。なのははそんなヤツじゃないからな。精一杯感情を殺した結果、そうなっただけだろうと思う。
 そして、そうさせてしまったことに、胸が痛んだ。

「はやてちゃんを励ましてた私が、今は逆にこんなになっちゃって……なんだか悪いな」
「なにがさ」
「みんなで色んなところに遊びにいこうって、約束してたのに」
「あんだけ遊びまわって、まだ足りないとかいうのか。だからちょっと休めって言ってるだろ」
「気を使わせちゃってるんじゃないかな。立場が逆なっちゃったわけだし」
「……ふうん。そんなもんかね」
「ホント。分かんないことばっかりだね」

 今度はへらへらと笑い出した。不自然すぎて気持ち悪いぐらいだ。

「こうなってみてね? 私がはやてちゃんを心配してたのは、結局、自分が健康だってことを確認しては、安心してたからなんだね。今更だけど、気付いただけマシかな」
「…………」
「ホント。こうなってみないと分からないんだなあって。身体が動くうちは分からなかったよ」
「……んだよ。はやても一緒だって言いたいのかよ」
「ううん。はやてちゃんはそんなことないよ。ちゃんと、人の痛みが分かる人だから」
「くっだらねえ」
「貴重な体験だったなあ。こうなってみて、初めて自分がどのくらい無神経だったのか分かったんだから」
「……あっそ」
「本当はどう思ってるか。相手に伝わるものなんだよね。表面上は心配してるようで、心のどこかで下に見てたんだ」
「……そう思いたきゃ、そう思ってろよ」

 最初の違和感は、悔しい事にバッチリ当たってた。
 なのはは人を試したりするようなヤツじゃないし、そんな予防線を張るような会話はしない。変に自分を卑下したりしない。
 そんなの下らないって、怒鳴ってでも止めたらよかったんだろうか。それとも、上手く受け流した方が良かったんだろうか――どっちも駄目な気がする。
 アタシには、どっちも出来ないだろうから、無駄なことかもしんない。
 正直なところ、アタシにはなのはの気持ちは分からないから。
 しかも、今のなのはは、とんでもなく落ち込んでて、全く先が見えない状況に陥ってる。
 はやてならまだしも――最悪、逆効果な場合も考えられるけど――、アタシみたいにある程度再生の利く身体の持ち主じゃ、薄ら寒いだけ。
 自分の病状をはっきりと告げられない辺りが、それに拍車をかけてるんだろうと思う。
 どの道、知ることになるんだから、早く教えた方がいいかもしれない。でも、それにしたってまだ、落ち着いてから説明した方がいい。意識が戻ったばかりなんだし。
 最悪、全部を諦めるという選択を迫られることを考えると、些細なことかもしれないけど。

「ふ、ふふふ……えへへへ」
「どうした。さっき読んだ漫画、そんなに面白かったのか」
「漫画よりも面白いよ。自分がどんなに情けないのかって、分かったことが」
「……へ、へえ」
「でも、気付いたところで何の役にも立たないんだけどね」

 こんな投げやりな様子は初めて見た。
 なのはは、あのリインフォースと一人対峙したときすら、全く諦めの表情を見せなかったらしい。
 はっきり言って絶望的な能力差があったはずだ。それを目の当たりにして、しかも一人だったにも関わらず、諦めなかった。
 そんななのはが、諦めの様子を色濃くしている。
 どうにかしようにも、身体が動かないんじゃどうしようもない。そんなところだろうと思う。
 かける言葉が見当たらない。
 はやては昔から歩けなかった――理由が違うので一概には比べられない――けど、投げ出したって仕方ないほどの治療をずっと続けて、今ではちゃんと歩けるようになってる。
 だからといって、お前にもやれ、とは言えない。
 今まで歩けていてからのリハビリと、長く歩けなかってからのリハビリじゃ、心の持ちようが全然違う。
 それに、はやてははやて、なのははなのは。違う人間だ。

「そんなの……まだ分かんねーだろうが」
「良いんだよ、別に。そんな風に言わなくたって」
「アタシは取り繕ったり、気遣ったりするのが下手だって知ってるだろ」
「……知らない」

 それに、もし気の利いた言葉が浮かんだとしてもだ。アタシにそれをいう資格があるのか――そんな疑問はついて回る。
 桃子さんやフェイト、はやてが幾ら言ってくれたところで、こればっかりは仕方なかった。

「……でも、言われてみればそんな気もするね」
「自分で言ったことぐらい覚えておけ」
「じゃあ、そんなヴィータちゃんがどうして私のところに来てくれるの? 気遣ったり出来ないのに」
「…………」
「やっぱり――自分の責任だって思ってるから?」
「…………」
「そんな責任感から、気まずくなるって分かってて来てるの?」
「……ちげーよ」

 それが、なのはの本心から出た言葉なのか、何か思惑があって敢えてこんな口を利いているのか、それは分からない。
 だから、アタシは"言われたこと"に対してだけ、返答をした。
 ……取り繕ったというのは、否定しない。
 責任感からここに来てる、というのは本当じゃないから。でも、嘘でもない。これはフェイトとの約束だから。そして、アタシ自身が決めたことだから。
 そんなアタシの、精一杯の見栄だったんだ。

「ふ、ふふふ……ホント、ヴィータちゃんって嘘が下手だよね」
「嘘が上手なのは、別に褒められたこっちゃねーしな。別に構やしねーよ」
「良いよ、そんな気にしなくて。そうだよね。ヴィータちゃんはとっても良い子だから。私なんかと違って」
「……そんな褒められ方したって嬉しかねえな」
「じゃあ、みんなと違ってヴィータちゃんは私のところなんかに来てくれるから……」
「そういう、人と比べるの、止めろよ」

 ぼんやりと、ちょうど膝の辺りに視線を落としながら、なのはは呟く。
 躊躇うかのようにしながらも、話すことを止めない。諦めから来ているのか、半ば投げやりな感すらある。自嘲、であったかもしれない。
 アタシの抱く、なのはのイメージの対極にあるような感情だった。そんなの勝手だって言われるかもしれないけど、決して長くない付き合いから、そう思ったんだから仕方ない。
 目の前で、そんな風に自分を顧みないなのはが、腹立たしいやら情けないやら、どう説明していいか分からない気持ちが渦巻いてた。
 でも、なのはに向けられた感情はそっくりそのまま、自分に返ってくる。
 誰のせいでこうなったんだ? こんな風にしたのは誰だ?
 ――全部、アタシ自身だから。
 お腹の底に押し込んだはずの感情が、ふつふつと湧き上がってくる。
 目の前で、自分のせいでこんなになったなのはを見るのは、耐えがたかった。
 誰にだって弱い面はあるだろうけど、それをアタシにすら気取られる程に隠せなくなってしまった、なのは。
 それほどのことなんだと。改めて現実を突きつけられて、足は震えるし、頭の中にもう一つ心臓があるのかと思うほど、鼓動が響いていた。
 ――こんなときにまで、自分のことばかり。それ以上に、なのはが辛いだろう事も忘れて。

「もう、人と比べることばっかりだよ。私より辛い目にあった人なんて沢山いるのに……フェイトちゃんだって、はやてちゃんだって」
「……だから?」
「私には無理だなあって。私はこんなに弱いんだって。あんな風に、笑顔でなんていられない」
「……だから、なにさ」
「こんな風に、ヴィータちゃんに意地悪して……私、自分が思ってたよりずっと酷い人間だったんだって」
「……ふうん」
「だから、だから……!」

 震えるばかりの声は、次第に聞き取りづらくなる。
 でもそれは、声が震えてるんじゃない。全身が震えてるからなんだ。
 それが、哀しみなのか悔しさなのか、それ以外なのか。なのはに聞かなきゃ分からないし、聞いたとしても分からないかもしれない。
 ただ、どうしようもない衝動に突き動かされてるんだろうけど、それですら、なのはの身体は動いてくれない。それがまた、余計にそうさせるんだと思う。
 動くものなら、アタシに怒鳴り散らしながら、手元にあるものを手当たり次第にぶつけたかもしれない。
 正直、それでもいい。なのはの気が晴れるなら、気を持ち直してくれるなら。
 でも、それすら出来ない。八つ当たりしようにも、身体は動かず、残酷な現実が、ただ横たわるだけ。
 唯一、ちゃんと動く口すらも、溢れる感情の前には、何の足しにもならない。

「なあ、なのは」
「――っ!」

 なのはは、睨み付けるでもなく、溢れる涙そのままに、しゃくり上げるのも痛そうに顔を歪めている。
 不意に、フェイトに言ったことを思い出した。
 アイツもそうだけど……いや、フェイトに限ったことじゃない。誰だって、泣き顔より笑顔の方が良いに決まってる。
 だから、なのはにも笑って欲しかった。少なくとも、こんな顔を見たくないと思った。

「もう、良いじゃんか。もし、元通りにならなくて、魔法を使うどころか歩けなくなったって」
「そんなの! そんなの嫌だよ! ずっとこのままなんて嫌だよ!」
「そうだな。ずっとこのままは嫌だよな」
「だったら!」
「だからさ。――アタシがお前の足になってやるよ。お前がさ、行きたいところがあったら、アタシが連れてってやる。いつだって、どこへだって」
「そ、そんなの! 出来もしないのに!」
「出来るさ。はやてにだって出来たんだ。お前にしてやるのなんて――まあ、お前の方が我侭だから大変そうだけど」
「無理、無理に決まってる!」
「そういうなよ。やってもいない内に諦めるのはさ。ホントに出来なかった時には、そういってくれて構わないけどさ」

 なのはは馬鹿にするな、という顔をしている。多分に怒りにも近い感情を含んでいるだろう事は、分かる。
 そりゃ、張本人がこんな調子の良いことをいえば、怒りたくもなるだろう。

「海鳴に帰りたかったらさ、先生にどやされるかもしんないけど、アタシが連れ出してやるよ。これでも転移魔法使えるし。
 向こうに着いたら車椅子な。任せろよ? はやてお墨付きの車椅子テクニックを披露してやるかさ。
 久しぶりに空を飛びたけりゃさ、お前が嫌がって帰りたいって言うまで、海鳴の空を飛んでやるよ。
 どっか異世界に行きたい時も言えよ。どんな危険なところだって連れてってやるから。頼りないかもしんないけど、アタシがガードマンだ」

 声を張り上げて、有無を言わせないよう、一気に捲くし立てそうになるのを、懸命に抑える。
 ちゃんとコントロールしなくちゃいけない。アタシが本気だって。一時の感情に任せて言ってるんじゃないって、分かって欲しいから。
 なるべく笑顔で、腹の底から、はっきりと。

「ああ、そんな大きな話ばかりじゃなくても良いぞ。例えば……トイレに行きたくなった時とか、昼寝したいから照明消して欲しいとか、漫画落としたから拾って欲しいとか。
 そんな用事でもいい。お前が出来なくなったこと。アタシが全部やってやる。だから――そんな自分が駄目みたいに言うの、止めてくれよ」
「…………」
「落ち込んだときとか、そうやって人と比べてなんて、自分は駄目なんだって。そう、思うときってあるけどさ。
 それで余計落ち込んだりするんだ。コレぐらいは、誰だってあることだと思うから、別に辞めろとか言わない。
 でもさ、自分を悪く言うのは良くないぞ。今のお前はさ、自分を悪く言って、それをするために人と比べてるように見える」
「……」

 なのはが、どうしてそんなことをするのか、はっきりとは分からない。
 何もかもが嫌になって、そんな自分を悪く言うことで諦めようとしているのか。自分には、なんの価値もないんだって。
 違うかもしれない。
 なのはは、アタシと違って、もっと色々考えてるだろうし。
 でも、もし一緒なら放っておけない。そんなのは絶対に間違っているから。少なくとも、なのはを必要としている人が、いるんだから。
 アタシはそれに気づかずに、みんなに迷惑をかけてた。
 今のなのはは、ギリギリ隠しているけれど、近しい人たちは気付いている。
 だから、アタシみたいになる前に、なのはがこれ以上傷つかず、周りを傷つけないようにしてやらなくちゃいけない。
 これは、アタシのやらなきゃいけない事なんだ。

「皆は、お前が今まで隠してたの知ってるんだ。今みたいに、怒ったり泣いたりをずっと我慢してるって。
 だから、一人にはしたくないのに、それを我慢させるって事が辛いってことも分かってるから、中々顔を出せないでいるんだ」
「……私が悪いって、そう言いたいの?」
「ちげーよ。なのはに、そんな我慢させてる不甲斐なさを感じてるんだよ。肝心な時に何にも出来ない自分にイライラしてるんだ」
「やっぱり……私がそうさせてるんだ」

 身体全体の震えは納まりを見せていたけど、涙は未だに流れ続けていた。
 大きな、苦痛にひしゃげた瞳から溢れた涙は、頬を伝って顎から大粒の滴となって、滴り落ち、胸元を大きく濡らしていた。
 気持ち悪いだろうけど、それを拭うことも出来ない。
 ホントはアタシがやってやりたかった。
 でも、今のなのはに触れられる自信がなかった。あんなこと言ったくせに、まだ。

「そう思うならよ。我慢するの止めろよ」
「そ、そんなこと……出来るわけない、よ」
「そうだよな。お前、甘えるの下手らしいからな。フェイトに言われるぐらいだから相当だぞ」
「……う、うぅ」

 なのはは、やっぱりアタシとは違う。
 自分が本音を漏らしたら、みんなの迷惑になるって分かってる。だから、ずっと我慢してた。
 それが分かってるんだ。
 こんなになっても、まだ、相手を思いやることが出来る。
 なのはのこと、このままにしておけるわけ、ないじゃないか。

「だったらさ。せめてアタシの前で我慢するの、止めろよ。溜め込んだこと、嫌なこと全部アタシにぶつけてさ。そんで、みんなの前では素直に笑ってろ。それなら出来るだろ」
「…………」

 びっくりしたようで、目をまん丸にしている。涙も止まっちゃったみたいだ。
 アタシはコレがチャンスとばかりに続けた。
 ここが、一番大切なところ。肺の中の空気、全部入れ替えるつもりで、深く息を吸って、しっかりとなのはを見据えた。

「大切な人の前では笑ってるんだ。でも、無理しちゃ駄目だぞ。そうしてれば、その内いいことも思いつくかもしんない。そんで、嫌なことがあったらアタシを呼び出すんだ。今みたいに思ってること、考えることを全部ぶちまけたら良い。そしたら、また笑えるようになるさ」

 溜め込むのは良くないんだ。
 それを誰かに聞いてもらえるだけで、聞いてくれる人がいるってだけで、どれだけ救われるか分からない。
 シャマルが、ユーノが、桃子さんが、フェイトが、はやてが――みんながアタシのことを見ててくれた。
 今のなのはは、それが分かってるんだけど、それでもどうしようもない感情に捉われてるだけ。だから、直ぐに良くなる。アタシとは違うんだから。

「あのさ、頼むよ。お前が――なのはが自分を傷つけたり、周りの人に悲しい顔をさせるの、見てたくないんだ」
「……自分が、原因だから……?」
「それなら我慢するさ。もし、アタシが我慢すれば解決するんならさ。でも、そうじゃないだろ。みんな、なのはのことが大切なんだから」
「…………」
「認めろよ。自分がみんなから大切に思われてるって。頼りないかも知んないけど、アタシが保障するぞ」
「……わかんないよ、そんなの」
「見せてやりたいよ。お前が意識を取り戻したときの喜びようを。お前が歩けなくなるかもしれないって、そう聞かされたときの落ち込みようをさ」
「……」
「アレを見りゃ、どれだけその人たちにとって、"高町なのは"って子が大切だって、誰でも分かる。それぐらいだ」
「……良いの、かな?」

 今日、初めてなのはがこっちを"見てくれた"気がする。
 明らかにアタシの話を聞こうって、自分はこれからどうしようって、気持ちを向けてくれる。

「なにがさ」
「これから……どんな迷惑かけるか分かんないだよ? それなのに……笑っていられないよ」
「そうか? アタシははやてが歩けなかったこと、全然迷惑に思わなかったぞ。じゃあ、あれか。なのはは、はやてのこと迷惑だと思ってたのか?」

 痛いだろう身体を使って、必死に首を横に振ってる。
 そうだよな、分かってるさ。なのは。

「だろ? それと一緒だよ。むしろ、はやてはお前の役に立ちたいって、恩返しがしたいって言ってる。甘えたって良いじゃんか。みんながそうしたいって言ってるんだからさ。自分が大切に思ってる人のこと、信用できないのか?」
「そ、そんなこと……ないよ。ある訳ない」
「なのはは、そうやってしてくれる人が沢山いるんだ。そうしたいって思える人間なんだよ、なのはは。もっと自信を持てって。な?」

 なのはは、難しい顔をしてる。
 頭では分かってるんだろうけど、すぐさま認めるわけにはいかないってところだろうか。
 変なヤツだ。アタシが言うのもなんだけど。
 自分がして上げたいって思っていることは、相手も同じだってこと。何となく自信がないんだろう。
 でもさ。

「いきなり皆に言うのが無理なら、アタシで練習しろよ。アタシにだったら出来るだろ?」
「……わ、分かんないよ」
「アタシに対する負い目なんざ一つもないんだ。だから、思いっきり我侭言ったって大丈夫だぞ」

 意識的にするのは難しいんだろう。アタシだって、はやてに甘えて良いって言われても、自然に出来るようになるのは時間かかったもん。

「そうだ。良いこと思いついたぞ。ちょっと待ってろ」

 何か切っ掛けをやろう。
 そう思ったアタシは、戸惑うなのはを残して病室を飛び出した。
 ここからじゃちょっと時間かかるけど、次の予定までには余裕で間に合う。
 それでも出来るだけ早く戻ってこれるよう、思いっきり通路を駆け抜けた。


  ◆


「ど、どうしたの、ヴィータちゃん」

 病室に飛び込むように帰ってきたアタシに、なのはは戸惑ってるみたいだった。
 ぜいぜいと乱れる呼吸を整えて、目的の物を取り出す。それを見て、なのはの戸惑いは頂点に達したようだった。

「なのは。これ、アタシの人質にしろ。あ、人形だから人質、か?」
「だ、だから何の?」
「なのは。これを人質にとってだ。アタシに我侭言うんだ。それなら良いだろ」
「でも、それははやてちゃんから貰った大切なウサギさんなんでしょ? 駄目だよ、そんな」
「良いんだ。アタシが勝手にやることなんだから。そんだけ、アタシが本気だって分かってくれるなら」

 なのはは黙りこくってる。
 それを良いことに、アタシは一歩、また一歩近づいて、押し付けがましく呪いウサギを顔にずいっと近づけた。
 そんなことをされても、今のなのはには顔を背けるのが精一杯。そんななのはは、口を真一文字に噤んで視線を膝の辺りに落としていた。

「ここに置いとくからな。もし嫌なら……早く笑えるようになれよ。みんなが安心出来るようにな。辛いこととか嫌なこととかあったら、全部アタシに言えばいい。遠慮すんな。このウサギがいる限り、アタシは言うこと聞くからさ」

 じっとしたまま、なのはの表情は変わらない。
 アタシとしては、ここまで勢いで来ちゃったから、この後どうしようなんてことは全く考えてない。
 やっぱ、誰かに相談した方が良かったろうか。
 でも、これは皆のためでもあるんだから、意味がなくなっちまう気もするし……
 こんなこと言ったら、絶対に怒られるだろうから黙ってるけど、やっぱりこれはアタシのしなきゃいけないことなんだ。責任とか、そんなの全部なしにしても。アタシが、そうしたいから。
 だから、勝手にやることだから、なるべく皆に心配させたくない。
 はやてとの約束を破ることになるけど……
 どうにも手詰まりでモヤモヤと考え込んでいると、なのはの口がゆっくりと開かれた。

「……ホントに、良いの?」
「あ、ああ。嫌なら言わないぞ。アタシはそんな心は広くないんだ。ホントにやるってときしか言わないぞ」
「……じゃあ。ホントに我侭言って……良いの?」
「おう。まあ、アタシから言わせりゃ、今まで通りなような気もするけどさ」

 ちょっと困ったように、それでも、なのはの口元が、少し緩んだ気がする。
 なんか、直ぐにひっついたり三つ編み引っ張ったり、アタシに対しては――フェイトのほうが酷いか――随分遠慮がない気がするけど。
 そんな今までの行動からしたら、随分控えめで、まだまだ全然なんだけど。
 それでも、なのはが少しだけ前を向いてくれたのは嬉しい。

「……意識して言ったことないから、凄く迷惑かもしれないよ?」
「もし、それが迷惑だとして、アタシがみんなにかけた迷惑にしたら、雀の涙みたいなもんだ。気にすんな。そんなじゃ我侭いえねーぞ」

 自信満々に言い放てば、なのはは神妙に頷いてくれた。

「ほれ。このままじゃ気持ち悪いだろ。着替えは何処だ? ナースコールした方が良いのか?」
「ううん。あそこのロッカーに入ってるみたい」
「ああ、ちょっと待ってろ」

 ウサギをなのはの膝元に置き、ロッカーから病院着を取ってくる。
 着替えさせてやろうかと、なのはの病院着に手をかけたところで、手が止まった。隙間から覗くのは、肌ではなく――包帯の白だった。
 胸元から下、見える限り全部に包帯がぐるぐる巻きにされてる。
 手が、震えた。無意識に。
 これだけ包帯を巻いてるってことは、この下には、ずっと傷口が広がってるってことだ。
 一生残るような傷だろうか。もし、残ってしまったらどうなるだろう。
 なのはは、アタシと違って、これからも身体は大きくなるけど、身体を"修復"したり出来ない。
 そんな一生残ってしまうかもしれない。いや、傷だけじゃない。このまま、ずっと歩けないかもしれないんだ。そんな怪我を負わせたのは自分だ。あのとき、もっとしっかりしていれば。なのはの事を見ていれば――色んな情景が頭を過ぎる。
 改めて、事の重大さを見せ付けられた。

「ど、どうしたの。ヴィータちゃん」
「……なのは」
「う、うん」
「――悪かった。ホントに悪かった」
「え?」
「お前のこと。守ってやるだなんて偉そうなこといって。それなのに、何にも出来なくて」

 言うまいとも思った。だけど、言わずにいられなかった。
 病院着にかかった手が震えている。自分の呼吸が、心音が五月蝿く頭に響いてくる。視線が包帯の白に釘付けだった。
 悔しくて、情けなくて、どう表現していいか分からない感情が、腹の底で渦巻いてる。
 全部、それを吐き出してしまいたかった。
 でも、それは絶対に許されない。

「駄目だって言われたんだ。自分を悪く言って、それで目を逸らすのは駄目だって。何の解決にもならないって。だけど、どうしようもないんだ。なのはをこんなにしたのがアタシかと、原因の一端が自分にあって、しかも約束も守れなかったかと思うと」
「ヴィータちゃん……」
「ホントにさ、なんでもする。なのはが元気になってくれるなら。笑ってくれるなら。それに、フェイトのあんな顔も見たくないんだ。だから」
「それは……それは私だって一緒だよ。みんなの悲しい顔なんて見たくない」
「だからさ、なのは。アタシには――」
「違うよ、ヴィータちゃん」

 なのはの、凛とした声に、思わず顔を上げた。
 真っ直ぐにアタシを見つめている視線に、思わず逸らしそうになってしまう。
 でも、なのはの、久しぶりに見た、その真っ直ぐな蒼い瞳に、アタシは動けなくなってしまう。
 胸の奥まで、射抜かれたみたいだった。

「私のね。"みんな"の中にはヴィータちゃんだって入ってるよ。ヴィータちゃんの悲しい顔だって、見たくない」
「だ、だけどさ」
「あの日ね。ずっとヴィータちゃんの腕の中で、ヴィータちゃんの顔を見てて……ああ、最後に見たのが泣き顔だなんて嫌だなって。こんな哀しい顔、見たくないなって。そう思った。ヴィータちゃんが自分を悪く思わないように、私は大丈夫だよって、そう言いたかったんだけど……もう身体に力が入らなくって。涙なんて、見たくなかったから」
「ば、バーカ。そんなの気にすんなって。お前はちっとも悪くないんだからよ」
「こんな風にいえるのも、ヴィータちゃんだからかも。よく考えてみると、私、ずっと我侭言ってたのかもしれないね」
「…………」
「あのね。だから、一つだけ私の我侭、聞いてくれるかな」
「あ、ああ。何でもいいぞ。一つとかケチ臭いこと言わないでさ。もっと言っても良いんだぞ」

 一つ、間を作るように深呼吸するなのは。
 アタシは、絶対に聞き漏らさないよう、なのはの唇と、声に全部の神経を集中させた。

「もう一回。私を守るって、約束して欲しいな」
「――そ、そんなんで良いのか?」
「うん。もう一回。だから、"今度も"私を守ってね、ヴィータちゃん」

 "いつも通り"のなのはの視線と、凛とした声は、ぐちゃぐちゃに入り混じって整理のつかない頭と胸に、ストンと入り込んできた。
 荒れ狂う胸のうちが、一瞬にして静まり返る。
 色んな感情が渦巻いて、マーブル模様になってたのに、それが、一色に染め上げられた――そんな感覚。
 本心だと思った。
 さっきみたいに感情に任せて、自分を傷つけるようなことを口走ったのとは違う。
 逃げたのためにアタシが都合よく解釈したのとも違う。
 これが、本当のなのはなんだって――そう、思えた。

「――あ、ああ。分かった。今度こそ、ちゃんと守ってみせる」
「うん。お願いね、ヴィータちゃん」

 なのはが目を覚ましてから、こんな笑顔を見たのは初めてだ。今までどおりの笑顔。
 アタシがなのはの力になってやらなくちゃいけないのに、逆にアタシが励まされちまった形だ。
 でも、これなら大丈夫そうだと思えた。
 今のなのはならキチンと自分に向き合っていける。
 どういった選択をするのか、それは分からないけど、どっちにしろアタシ達のすることに変わりはない。
 一日でも、なのはに"本当の笑顔"が戻るために、アタシのすることは決まってる――


 


「――なあ、なのは」

 自分の声で目が覚めた。
 目の前には、見覚えのある鎖骨がある――なのは、のか? それを自覚した途端、身体の芯から感じたことのないような寒気に襲われた。
 何故だか分からない。しっかりと布団を被っているにも拘らず、薄着で冬空の下に飛び出したぐらい、いや、それ以上に寒い。
 自然と手が伸びる。
 向かい合って寝ている、なのはの腕を掴んだ。
 年頃の女の子にしては、しっかりとした腕。そのまま下へ辿っていくと、記憶と違い、随分と距離があった。

「な、なのは……?」

 もう片方の手で、胸元に押し付けてみる。
 いつの間にか大きく実った膨らみの、その弾力が、ゆっくりと手の平を押し返してくる。これも、記憶と違った。
 なんだろう? 得も言われぬ違和感が広がっていく。それの正体も分からず、当然に解決の方法も思い浮かばない。
 だからなのか、それも分からないけど、腕と胸を触っていた手は、自然となのはを抱きしめていた。
 身体を寄せて、思い切り抱きつく。
 なのはのゆっくりとした鼓動が、寝巻き越しに、アタシの頭に伝わってきた。
 背中に回した手は、お互いに触れ合わない。寝巻きの下の、張りがありながらも、柔らかさと弾力を持ち合わせた胸に、顔を捻じ込んでいくけれど、身体はそれ以上引っ付かず、足が宙を漕いだ。
 触れる感覚と、記憶のそれの違いに考えを巡らせる。
 どれ程そうしたか分からない。一瞬だったかもしれないし、かなり長い時間だったかもしれない。
 けれど、何とか違和感の正体だけは突き止めることが出来た。

「ああ、そっか――なのはは大きくなったんだ」

 あの時から、いや、それ以前から何度も感じてきたなのはじゃない。
 背も随分伸びて、あの時の怪我なんて面影すら残さないほどに元気になった、なのは。
 そうだ。なのはは大きくなったんだ。
 もう止めろ、という言葉を何度飲み込んだか知れないリハビリを乗り越えて、前より元気になったなのは。
 どんどん背丈ばかりが伸びて、中身が追いついてないぞって茶化した、なのは。
 もうちょっと治らなくても良かったなあ、なんて冗談がいえるようになった、なのは。
 バカ言うんじゃねーよって言い返しても、笑っていられる、なのは。
 ゆっくりしろって言ってるのに、前だけ見て、どんどん突っ走っていく、なのは。
 アタシにも、笑顔を向けてくれるようになった、なのは……

「ああ、良かった。なのははもう大丈夫なんだ。もう、泣かなくても、いいんだ」

 頭の上から、小さな寝息が聞こえる。相変わらずゆっくりとした心音が響く。
 もう大丈夫なんだ。
 あんな風に、泣いてたなのはは、どこにもいないんだ。
 なのは、なのは……なのは――


 


「――で。なんでそないなってる訳?」

 カフェテラスで、また遠出する前のはやてと、にっこりニコニコのなのはと――その膝の上のアタシ。

「分かんねーよ。なのはが朝から離してくんないんだ」
「ええ~。だって、目が覚めたとき、ヴィータちゃんがぎゅーって抱きついてたんだよ」
「へえ。ヴィータは随分と甘えん坊さんなんやねえ」
「ち、ちげーって。なのはが抱きついてたんだ、い、いつも通りに!」
「ふうん」

 何でか知らないけど、起きたらいつも以上にしっかり抱きついてて、それをなのはが喜んで、ずっと離してくれないんだ。

「ほ、ほれ。アタシにも仕事があるんだからよ。いい加減離してくんないと困るんだけどさ」
「ねえねえ。早くこっちにおいでよ。それならもっと一緒にいられるよ? そんな風に別れを惜しむこともないんだから」
「いつ惜しんだよ」

 えー、とか不満そうな顔がありありと想像できる声に、うんざり溜息を吐けば、向かいのはやてはからからと笑った。

「あ~あ。結婚ってエエなあ。私のことも誰か貰ってくれへんかなあ」
「ぶっ!? な、なに言ってんだよはやて! まだ、早――いて、いててて!」
「そない、無理するからや」

 ヒドイ寝違いらしい。
 思わず回した首は、予想以上の痛みが走った。
 朝からずっとこの調子だ。
 ちっとも思うように動けない。

「うんうん。良いよお。だけどね、ヴィータちゃんは返して上げないからね」
「え~。なのはちゃんのいけず~」

 随分と楽しそうな二人に対して、アタシはこれからどうしようか考えるだけで眩暈がしそうだった。
 全く、しようのないヤツだな。なのははさ。


 


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