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新婚なの! 12-3 (1)

 ここ数日、なのはは毎朝恒例の朝練に出かけていない。
 いま入っている仕事が大変なんだろう。体力だけじゃなく神経も随分使うし、多分そっち方面での疲れが溜まってるんだろう。
 身体に溜まった疲れなら、回復魔法を掛けてやるなりしてやれるけど、気疲れはどうにもならない。
 ただ、なのははそういう疲れも身体を動かして吹き飛ばすタイプ……だと思っていたから、少し心配だ。単に、アタシの思い込みっていうか、勘違いなら良いんだけど。
 どちらにせよ、身体の疲れだけでもとってやりたい。

「朝はちゃんと食べなきゃ駄目だぞ」
「ん~……それは分かってるんだけど~」
「頭動かないしな。それに、三食食べないと太るんだってよ。逆に」
「うーん、それは聞いたことある気がするかも……うん」

 ぼーっと間抜けな顔をしているなのはに、なんとか食べさせようと話を振るんだけど、何か不用意なことを口にしたらしい。ちょっとだけ、なのはが元気になった。

「な、なんだよ。その顔は」
「えっとねえ。やっぱり、旦那様にはいつまでも美しくいて欲しいんだなーって。うん、伝わってくるよヴィータちゃんの愛情が」
「は、はあ? アタシは別にそんなこと言ってないぞ」
「えー。こんなに心配してくれてるのにー?」
「そ、それはだな。心配しなくて良いことまで口にして言うもんだろ。お前に対してはだな、なんつーか……しなきゃいけないっつーか、義務みたいなもんだ。大体、お前になんかあったら、迷惑するのは周りなんだぞ!」

 どうにも不満そうななのは。
 大体、今まで何度こんなやり取りを繰り返したんだろう。数えるのもウンザリするぐらい、というのだけは確かだけど。
 なのはとしては、こういうやり取りがしたくてわざとグタグタしてるのか、それとも素でこんなんなのか。最近少し判断出来なくなってきたぞ……
 長くべったり付き合ってるせいで、違うところが見えてきて、逆に判断し辛くなったというか……そんな感じ。
 どっちにしたって、なのはの尻を叩いて、さっさと用意させなきゃいけないことには変わりない。

「あー、はいはい。さっさと食べないとまたギリギリになるぞ! 教官が遅刻してどーすんだ!」
「はーい」

 一口二口、パンを放り込んでから、のそのそと腰を上げる。
 長く腰まで伸ばした髪が、寝癖そのままに揺れる後姿を見ていると、なんか小さく見えて余計心配になる。それは、身体の疲れから来ているんじゃなさそうな雰囲気だったから。
 自分の感覚が正しいか。ただの思い込みなのか。
 最近のことまで含めて考えている間に、洗面所からなのはが帰ってくる。
 今日はちゃんと化粧させないと駄目っぽいな。

「ほれ。髪はアタシがやってやるから、お前は他の用意しろ。みっともない格好じゃ表に出せないからな」
「えへへ。やっぱりヴィータちゃんは良いお嫁さんだね! お母さんとはやてちゃんに教えてあげなきゃ」
「あのなあ。そんなこと言ったら、桃子さんには叱られるし、はやてには返せって言われるぞ?」
「……あー。そっちの可能性もあったかも」
「大体、お前のためなんかじゃねーんだからな。お前がだらしなくしてると、アタシが疑われるだろうが」
「そういうものかなあ」

 かなあ、じゃねーよ、という言葉は飲み込んで、ブラシで頭をコツコツ叩いておいた。
 手元がぶれるー、とかお腹壊したらどーするのー、とか身長が伸びないよーとか言ってたけど、声の調子は軽くなってたし、少しだけ安心できた。
 なのはだってちゃんと自覚あるんだし、一応口にはしておくけど、凹んだところを見るとちょっとだけ甘やかしてもいい気がしてくる。いや、甘やかすってのは違うけど、何ていうか。
 それが、"ただの我侭"じゃないっていうときだけだけどさ。

「あとは服着てからな。シャツについても困るしよ、お前もそんくらいにしとけ」
「はーい。じゃあ、制服とって来るね」

 うーん、と伸びする様はしなやかで、いつもの元気さを感じさせてくれる。
 部屋に戻っていく足取りにも元気さが見て取れたし、毎日のことだとしても、このぐらいならやっても良いかな? と思わせた。
 大したことじゃないだろうけど、これぐらいなら安いもんだ。
 やって欲しけりゃ早起きしろ! とか言えるしな。

「よいしょっと。あれ、ヴィータちゃんの用意は良いの?」
「なのはが出来なきゃな安心してらんねーの。それに、アタシはほとんど終わってんだよ」
「あ、そっか。エプロンの下は制服だもんね。たまにはパジャマにエプロンもみたいなあ」
「バカ言ってねーで、さっさと続きするぞ、ほれ」
「ごめんね、ヴィータちゃん」

 えへへ、と照れ笑いするなのは。
 ストンと目の前に腰を下ろすなのはからは、例の甘い香りが漂ってくる。
 ソファーから見下ろすなのはの表情が見えなくて、なんだか少し不安に思う。
 ――なんだろう。
 この間から、なにか自分の中の感覚が、自分の思っているものよりズレてる気がする。


 


 こんなに心配で心配で。
 でも、初めてじゃないような、この感覚。
 アタシはこんなに……こんな風になのはを気に掛けてたっけ?


 


 毎朝の騒動を終えてから、大慌てで出勤し、今日も一日何事もないこと――勿論、平和のためだぞ――を祈っていると、けたたましい声に呼び止められた。

「ね、ヴィータ! あのお店のことだけどね!」
「あの、じゃ分かんねーよ。なんの店の話だ」
「ああ、えっと。宝飾店だけどね。ヴィータのそれと同じの、ないって言われちゃったよ?」
「ない?」

 ホント嫌んなっちゃう! ――なんて頬を膨らませて、子供っぽく――これで大人なんだから敵わない――怒っているが、どうにも意味が分からない。
 品切れ、ということだろうか?
 それなら気にすることはない。だって、なのはだって幾らか前から注文して作ってもらったものなんだから。
 その旨を伝えてやると、アタシが話している途中から神妙な顔になり、最後には首を横に振った。

「じゃあ、どういう意味だ?」
「そんなの取り扱ってないって。愛想の悪い店員に言われたよ、失礼しちゃうね!」

 確かに、あの店には愛想の悪い店員がいた気がする。
 あんな店員なら、コイツでも怒りそうな対応をしそうだ。よく仕事続けられるな、全く。
 腕組みをしてぷりぷり怒るのを諌めて、話を続けた。

「んー。でもよ、ちゃんとなのはに聞いてきたんだぞ。あの店で間違いないって」
「ううん、ヴィータのことは疑ってないよ。う~ん……きっと、面倒な商品だから、そんなのありませ~んって嘘吐いたのかも!」
「流石にそれはねーと思うな。あれ、すげー高いし、きっと儲かるだろ」
「……そんなに高いの?」
「なんだ? 値段も知らずに欲しがってたのか?」

 呆れるとは言わないけど、そんな感じで聞き返せば、少しバツが悪そうに、エヘヘと笑われてしまった。
 夢を壊すようで可哀相な気もするけど、知らないで恥かくのはコイツだし、実際どのくらいのモノなのか、大体の範囲で教えてやることにした。
 もちろん、詳しい経緯までは言ったりしない。そしたら今度はアタシが恥をかく番だからな。
 大体話し終わったけれど、コイツの表情は変わらない――というか、固まっているみたいだった。背中や脇を汗が伝っているかもしれない。そんな感じ。

「まあ、良かったじゃないか。いざ注文の段階になって慌てるよりは、さ」
「う、う~ん」
「まだ何か気になるのか?」
「うん。だってね、どうして店員がそんな嘘吐いたのかなあって」

 確かにそれは気になる。
 面倒な商品ではあるらしいけど、結構な値なんだし、普通は嬉しいもんなんじゃないのか? いや、まさか全然儲からないとかか?
 例えば、作るのが面倒すぎて儲けが全くないとか……その割りに、受け取ったときの店員さんは良い人だったよな。
 いや、それが普通だといえばそうなんだろうけど、あの無愛想な店員がまだいるんだから、違うかもしれない。
 どうでも良いことかもしれないけど、いざ言われるととても気になる。
 そんな感じで、二人でうんうんと腕組みをして首を傾げていたら、もう一人相変わらずな面子が顔を出した。

「二人でモノマネごっこですの? 私も混ぜてくださいな」
「なんだ、お前か」
「おはよう、エッちゃん」

 おはようございます――と行儀よく頭を下げる。
 しかし、相変わらず気配が読めてるのか読めないのか分からないヤツだ。その上、気配も無く現れるもんだから心臓に悪いったらありゃしない。
 顔を顰めたそんなアタシに構わず、元気印はメンテに昨日の話をしているところだった。
 確かに、頭にきたことってのは誰かに話したくなるもんだ。同意してもらうと気が楽になるんだよな。これも人に因るとは思うけど。
 そういう話は、聞くほうにとっては面白くないのが常だけど、コイツは明るい性格がそういうときも働いて、ちっとも苦にならない。
 怒ってるんだけど、子供っぽくて可愛らしいというか。性格を知らない人間からすると、本当に怒っているのか、分かんない感じ。
 だからだろう。仲の良いメンテは、いつもの通りのーんびりと話を聞いていた。

「それは災難でしたわね」
「そーでしょ? 全く失礼な話だよね」
「雰囲気の良さそうなお店でしたのにね。それは残念ですわ」
「なんだ、行ったことあるのか。お前?」
「ええ。言ってませんでした?」
「……さあ。興味ないし」

 酷い! と言いながらも、いつも通りのポーカーフェイス。
 もう慣れたからいいけど、なんだかよく分からないやつだ。隣の奴まで乗せられて酷い! とか言ってる。
 アタシの事が誤解されるから、いい加減その口を閉じてくれ。
 文句を言うと、メンテは何事も無かったかのように話を続けるものだから、はっきり言って付いていけなくて、うんざり。

「あのお店。大変高価な買い物をすると、奥の部屋に通して貰えるんですのよね」
「あれ、そうなのか」
「ヴィータさんも当然、通されましたわよね。その指輪、相当なものですし」
「ま、まあな」
「いかにも高そうな白いソファーで、シャンデリアも……」
「そんな詳しいの、よく覚えてんな。つーかさ、お前もなんか買ったのか?」

 アタシのことを、しれーっと無視しつつ、穴が開きそうな視線を向けてくる。
 二人の視線が左の薬指に集まっていて、どうにも落ち着かない。
 そンな胸のうちを見透かしたかのように「何を恥ずかしがっていますの? 今更」なんて、涼しい顔して言いやがる。
 分かってて楽しんでるんだろうか。
 メンテに乗っかって、隣でそーだそーだ言ってるお前は多分違うだろうけど。
 こう、反発を覚えたとしても、一理あるどころか、メンテのほうが正しいのは分かってる。
 せっかく、なのはがくれたものなんだし「結婚指輪」なんて言うぐらいだ。見せびらかすってのは無いとしても、隠す道理はない。
 別に、これをつけていようが外していようが、アタシとなのはが結婚していることには変わりないけど、やっぱり、なのはは"アピール"した方が喜ぶだろと思う。
 なんていうか「結婚した印」なんだからさ。

「ねー。私には当分買えそうにないからさ、それ。見せて欲しいなあ」
「な、なに言い出すんだ。良いって言う前に触んな! その手を退けろー!」
「そうですわね。私もこの機会にもう一度見ておきたいですわ」
「ねー。独り占めなんて酷いよね~」

 二人がジリジリと詰め寄ってくる。まるで、ホラー映画のゾンビみたいに。
 ああ、見た目は違うとはいえ、追い詰められる人間の心境ってこんなものなのか、なんて思ったりもした。
 こういうとき、特にこの形を恨めしく思う。背が低いもんだから、相手が覆いかぶさるようになるんだ。
 迫る二人に、仰け反るようにしてしまう。こうなると、どうにも分が悪い。
 ゾンビに追われる主人公より分が悪いぜ。

「だ、駄目だ! そう易々と他人に見せるもんじゃねえ!」
「他人に見せ付けなくてどうするんですの? 結婚したってアピールなんですから」
「そうそう。その指に光るモノを見るたびに"ああ、私って結婚したんだあ"って思うんだよ。二人にとって大切なんだから、付けておかなきゃ」
「後は虫除けですかね。ヴィータさんに寄ってくるかどうか、しりませんけど?」
「う、うっせー!」

 二人の言ってることが、一般的なのかどうかは分からないけど、今のアタシには真っ当だと思えて、反論できない。

「ど、どーしようとアタシの勝手だろ!」
「あ! 逃げた!」
「あらあら。もう時間だというのに。どうするのかしら」

 何か二人が好き勝手言っているのを背中に感じながら、行く当てもなく、とりあえず駆け出してしまった。


  ◆


 何だかんだ、言い訳にもなってない言い訳をして逃げ出してきたけど、時間が時間だけに遠くに行くわけにもいかず、近くのトイレに隠れるのが精一杯だった。
 それでも点呼のときにいなかったら、怒られることには変わりないんだけど。
 しまったな、ということに気付くと途端に冷めてくるもので、鏡に映った自分が引っ込みつかなくなった犬みたいで、どうにも情けない。
 しかも、三つ編みの高さが左右で違ってるものだから、余計にそう感じる。

「これも、なのはが朝のんびりするせいだ」

 髪を整え、制服をもってきて鞄をチェックして……玄関先でチューを要求して――全然出かけようとしないんだ。
 桃子さんはあんな我侭っ子、どうやって小・中学校とやり過ごしてきたんだろう? 一回、電話して聞いてみたほうが良いか……?
 三つ編みを直しながら、結局考えることはなのはのことばっかりで、全然自覚のない自分が嫌になる……ような、ならないような。
 一旦解いた髪は櫛がないために、その場しのぎで編み直さなきゃいけない。
 こういうとき、なのはやフェイトみたいにバリアジャケットに髪型まで覚えさせとくべきか? と思うけど、普段着じゃ使えないし。というか、アタシはどっちにしても髪型変わらねーから、使えねーや。
 午後から訓練もあるし、今はテキトウで良いかなあ、と面倒臭がりな気持ちが、頭をもたげてきたところで――

「あら。こんなところで身だしなみのチェックですの?」
「……な、なんだお前か。驚かすなよ」
「鏡を見つめて、どうなさったのかと心配で少し様子を見ていましたの。気付きませんでした?」
「――全然。つーか心配なら声かけるべきだろ」
「じゃあ、今度からそうさせて頂きます」

 髪を直してたところ、ずっと見てたって言うのか。
 それをじっと眺めて様子を窺ってたってことは、なんかアタシが変な顔とかしてたんだろうか。
 向き直って、顔を見上げてやると、別にニヤニヤしている様子もない。
 普段の様子からして、絶対そうしてると思ったのに……逆に、気持ち悪いな。いや、してて欲しい訳じゃないけどさ。

「ああ。点呼は代返しておきましたわよ」
「……おう。ありがとな」

 どういたしまして――と頭を下げるが、どう考えてもそんなことが出来るとは思えない。
 恩を売るって訳じゃないだろうけど、嘘を吐いてまですることか?
 こんな嘘、直ぐにバレちまうのにさ。
 相変わらず行動の読めない奴だな、コイツ。

「あんな風に逃げたりして。そんなに後ろめたいんですの?」
「べ、別にそんなんじゃねーって」
「でしたら堂々となさっていれば宜しいでしょう? 私見ですけど、旦那様はそっちの方が喜びますわよ」
「……んなこと、分かってるよ」

 思わず口にしてハッとした。なんでコイツに言わなきゃなんないんだって。
 けど、もう手遅れで、メンテはニヤニヤと嬉しそうにしていた。
 コイツの何がそんなに駆り立てるんだろうか。知りたいような知りたくないような。
 威嚇する、てのも変だけどムーっと目を吊り上げて見返してやるけど、相手はどこ吹く風。涼しい顔を崩さない。
 完全に失敗だった。

「ほらほら。そう思ってるのでしたら」
「わ、分かってたとしてもだ! お前には見せてやんねーよ。何だか減りそうだ」
「まさか! 私の眼力も流石にそこまでは……」
「いや、そこまでもなにも、あり得なえし……」

 アタシのフォロー(?)も空しく、酷いですわ、と言いながら、よよよと崩れ落ちる振りをする。悔しいから無視してやった。
 三つ編みも途中だったし、さっさと結い直して戻らなきゃいけない。
 意識を髪に戻し、鏡に向かうと、三つ編みを掴んだ手に光るものが目に付いた――指輪だ。
 さっきまで全然気にならなかったのに――多分、髪のことばかり考えていたせいだろう――、同じようにしている今、その輝きが気になってしょうがない。
 手を動かすたびに、指輪が明かりを反射して、大きく、そして小さく光る。
 鏡に映る自分ってのは、他人から見た自分の姿のような気がして、その感覚からすると、この指輪の輝きは、普段他人が目にしているものってことになる。
 ――と、いうことは、この指輪はアタシが思っている以上に、その存在感をアピールしていたんだろうか。

「どうなさいましたの? 鏡をじーっと見つめたりして」
「――う、ん? べ、別にそんなんじゃねーぞ。ただ、ちょっと髪が決まらねーなって」
「相変わらず嘘がヘタですこと」

 ふふん、と満足そうに笑う。
 嘘が上手い、というのもどうかと思うが、真正面から「ヘタだ」と言われてしまうと、それはそれで面白くない。
 けれど、ヘタに関わると倍返しというか、薮蛇になるから黙っておくことにした。
 何か言いたそうなメンテの顔が鏡越しに見えるけど、早く戻らないといけないこともあって、さっさと済ませることにした。
 鏡で見ながら直したのに、今一決まらない。
 けど、さっさと戻らないといけないし、午後からの訓練を見越して、コレで良しとすることにした。

「もう、良いんですの?」
「出かける前に、しっかりやっとかなかったアタシが悪いんだしな。身だしなみもそこそこで充分だ」
「いいえ。それもありますけど――」

 含みを持たせた語尾に、思わず注意を向けてしまうと、意味ありげに目元が細められた。
 その視線の先にあるもの――当然、と言って良いのか――、それは左手の薬指に納まる指輪だった。

「飾り気のない指輪ですけど、その分、なのか分かりませんが目立ちますわね、それ」
「そ、そうか?」
「思いのほか明かりを反射しますのよ。それでも下品ではなく、慎ましやかですけど」
「そ、そうか」

 まだどこかに気恥ずかしさもあるのか、メンテの評価にホッと胸を撫で下ろす。
 自分で見た限りでも、慎ましやかに、小さく光るだけだと思ってたけど、やっぱり他人に言ってもらうのとでは安心感が違う。
 ただ、そんな慎ましやかな物を、どうだこうだと言えるほど見られているかと思うと、不安に思わないこともないけど……今回は良いことにする。
 大丈夫だといわれて、しげしげと自分の指に納まったものを見つめてしまう。
 照明の光を受けて――ここがトイレ、というのが残念だけど――いる姿の向こうに、なのはとのやり取りが見えた……ような気がする。

「ふふふ」
「な、なに笑ってんだよ。気味が悪いぞ」
「失礼。あまりにもヴィータさんが可愛らしかったので、つい」
「か、可愛いってなんだよ。大体、いつもなんだ。からかってるのか?」
「まさか。失礼とは思いつつも、なお、口から漏れてしまうほど、ヴィータさんは可愛いということですわ」

 いつも軽薄なヤツで、今もその雰囲気を変えているわけじゃないんだけど、かといって嘘を言ってるわけでもなさそうだった。
 だけど、別にお前に褒められても嬉しくない、と言うことだけは伝えておかないと。調子に乗られても困るし。
 そう言ってやったのに、全くめげる様子もなく「照れなくても宜しいのに」なんて、あくまでも前向きに捉えやがる。
 なのはもそうだとは言わないけど――流石に、それはなのはが可哀相だ――、こうやって何事も前向きなヤツは羨ましい。
 ポジティブなんとかって奴だ。

「ホントですわよ? そうやって、夫婦の繋がりを再確認なさっているヴィータさんは」
「……夫婦の繋がり?」

 途中までは突っ込んでやろうと思っていたのに、思わぬ言葉に反応してしまった。
 メンテはそれが思惑通りだったようで、少しだけニヤリと口元を緩めた。本当に、少しだけ。
 だからか、アタシは大人しく話を聞く体勢になってしまった。

「ええ。それには夫婦の思い出――いえ、想いがつまっているのではなくて?」
「ま、まあな」

 さっきの自分が見透かされているみたいだ。

「その指輪を見つめるたびに、様々なことが思い出されるのでしょう? そうやってお互いの――繋がりを確認するのでなくて?」
「……そう、かもな」
「やっぱり自分達は結婚したんだな、と。形になっているというのは、良いことかもしれませんわね」
「そう、思うか?」
「ふふふ。大切な物ですから、大事になさるのは分かりますけど、"いつか"のような事のないよう、お願いしますわね」
「わ、分かってる!」

 嫌なことを思い出させるヤツだ。
 確かにあの時のことは感謝してるけど、それでからかうってなら話は別だ。
 それを口にするのも癪だから、目に力を込めて、むーっと睨んでやった。……それしか出来ないのが情けない限りだけど。
 案の定、といっていいか、メンテは相変わらずどこ吹く風で――そもそも見下ろしている分、アタシは不利だ――、飄々としている。
 コイツの相手をしていると思うことは、つくづくこういうタイプは苦手ってことだ。
 はやてみたいに頭よくないし、シグナムみたいに何いわれても動じないでもないし、シャマルみたいなお人よしじゃないし、ザフィーラは……どうなんだろうな。
 とにかく、アタシとコイツは相性が悪いんだ。

「さて。そろそろ戻りませんとね」
「あ、ああ。最近暇なもんだから、すっかり悪い癖がついちまったみたいだ」
「そーですの? 悪い癖が付くぐらいが平和で宜しいと思うのですけど。そんなにお仕事が好きなんですの?」
「暇に越したことはねえけどさ。時間にルーズになるってのは、何においても駄目だってことだ」

 真面目ですのねえ、なんて呆れ気味に溜め息を吐くメンテの頭を、小突いてやりたい気持ちをぐっと抑える。
 ここで構ったら思う壺だからだ。
 知らん振りをして、アタシはトイレを後にした。
 後ろからメンテの足音が追いかけてくる。

「そうそう、ヴィータさん」
「んー、なんだよ」
「その指輪、大切になさってくださいましね。決して、外さぬよう」
「お前に言われなくたって、外したりしねーよ。大体、なんなんだ一体」
「ふふふ。私、そちらの方が背徳感があって燃えるタイプですので。是非、そうなさっていただいた方が」
「んだったら外すぞ!」

 ほほほ、と笑っているメンテは、ちっとも堪えてなさそうで、やっぱり一発殴っておくべきかと物騒なことを考えてしまった。


 


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