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新婚なの! 12-3 (2)

 その日の午後の訓練は、至っていつも通りで、特筆することはなかった。
 あるとすれば、朝の点呼のことを、誰にも咎められなかったことだろうか。
 メンテのヤツが代返しておいてくれたの、本当だったんだな。しかも、隊長にバレない方法で。
 はっきり言って、想像もつかない。
 気にはなったけど、何か聞いちゃいけないような気もするし、明日辺りに礼をしておくことにした。
 訓練といえば。
 アタシは、正規の課程を経て管理局に入ったわけじゃなかったから、入ったばかりの頃は苦労が絶えなかったのを、今でもたまに思い出す。
 一番大変だったのは、集団行動に慣れてないってことだな。
 今では慣れたものだけど、未だに数人で足並みを揃えることが、じれったく感じたりすることもある。
 別に自分が優れているとか、そういう問題じゃなくて、長らく一人で好き勝手戦ってきたのが影響してるんだろう。
 教官職を取った今となっては、そうも言ってられなくて、口では規律が云々なんて偉そうなことを言ってるわけなんだけど……
 弛んでるのかもしれない――なんて思いながら、吐く息の白くなる家路を急いだ。

「ただいま~」

 明かりの落ちた、誰もいない家に上がって、さっさと着替えを済まし、夕飯の準備に取り掛かる。
 毎日献立を考えるのは面倒だ。冷蔵庫に残ってる物で「今日はコレしかない!」みたいなときは良いけど、そんな日は滅多にないし。
 後は、なんかどうしても食べたい物がある日とか、なのはが我侭言ったりする日は、楽なんだよな。
 どうしても無理ってものでなけりゃ、それで良いわけだし。出かけに「今日はハンバーグが食べたいなあ」とか言われりゃ、文句はいうけど、帰りに足りない材料を買えば済むことだし。
 今日は、そのどれもなかった上に、珍しく道中で要らないことを考えていたせいで、夕飯のことなんてすっかり忘れてた。

「……なのは。今日も疲れて帰ってくるかな」

 献立を考える上で、考慮しなくちゃいけないことの一つ。
 自分のことは分かってるから良いけど、なのはのは、こっちが想像力を働かさなくちゃいけない時がある。
 甘える――のとは誓うかもしれないけど、割と口にするようになったとはいえ、肝心なことを口にせず、無茶をすることが未だにある。
 それでも、気付けば良いほうで、こっちが全く気付かないこともあるはずだ。
 例え気付いて、問い質しても、それが、なのはにとって本気であればあるほど意固地になるというか、余計に口を重く閉ざしたりする、難儀な性格だ。
 大きくなったとはいえ、小さい頃からの性質ってのは早々変わらないもので――こういうのを、三つ子の魂百まで、というらしい――、なのはの幼少期が関係しているらしい。
 治させるのが一番なんだろうけど、そうできない内は、分かっている人間がフォローしてやらなくちゃいけない。

「栄養剤とかそういうの。あんまり使いたくねーしなあ」

 冷蔵庫と睨めっこしながら、何とかこうとか、夕飯の献立を決めることが出来た。


  ◆


「今日も大変だったみたいだな」

 アタシの声に「う~ん……」とだけ、疲れたらしいことをアピールするなのは。
 テーブルに突っ伏すようにして、並べられたおかずを眺めている姿が目に浮かぶ。

「あ、そうだ。あの聞いてきた人、ちゃんとお店いけた?」
「あれって何だ、あれって」
「んも~。あの宝飾店のことだよ~。聞かれたんでしょ? 指輪のこと~」
「あ、ああ。あれか」

 料理の片手間に聞いてるもんだから、すぐに返事できなかったのは勘弁して欲しい――という必要はなかった。
 なにせ、なのはは指輪の話題でご機嫌になっていたからだ。
 元々、この話題を出したときも、ぐたぐたしていて、いかにも疲れたーという顔をしながらも、声の調子までは隠すことが出来なかったみたいで、あれこれ嬉しそうに喋っては、本来の話に持っていくまでに苦労したのを思い出した。
 テーブルに突っ伏すようにしているのは相変わらずだろうけど、雰囲気が変わったことは振り向かなくたって分かる。声の調子も昨日同様、うきうきしているからな。

「ちゃんと店には辿り着いたみたいなんだけどさ。店員に……ああ、あの愛想の悪い店員にな」
「ああ、あの? 失礼だったよね~」
「で、そいつにそんな商品は取り扱ってないって言われたんだと」
「えー? そんなことないよね? 私たちはちゃんと買ったんだし」
「だよな。まあ、結局なんでそうなったのかアタシは知らないんだけどさ。買えなかったーってよ」
「残念ー」

 そう言うなのはは、言葉どおりでありながらも、少し嬉しそうだった。
 聞いた相手が指輪を購入できなかったのを、確かに残念に思う反面、自分の選んだ指輪が人の目を引いている事実が、そうさせているんだと思う。
 その気持ちは分からなくもない。
 自分が選んだ物が話題に上るってことは、それだけ自分の目に狂いがなかったってことだし、悪い気がするわけない。
 まあ、アレは随分高いもので、実際モノを出されても買えなかっただろうけど。

「あ、そうだ。お前の担当してくれた人。その人の名前出せば良いんじゃねーのか?」
「さっすがヴィータちゃん。それなら大丈夫だよね。え、ええっと、なんて名前の人だったかな……」
「おいおい。散々世話になったんだろ? そんな直ぐに忘れちまうようなもんなのか?」
「う、うーん。何だったかなあ……」
「名刺ぐらい貰ってるだろ? ちゃんとしとかなかったのか」

 なのはは「どこ行っちゃったか、探す」といいつつ、動く気配がない。
 フライパンを振る音、換気扇の音。その合間に椅子が軋む音が聞こえてくる。背もたれに身体を預けて伸びをしながら、考えごとでもしてるんだろう。
 考えてる暇があったら、探しに行け。お前の私物は全部お前の部屋に放り込んであるんだし、それ以外は触ってないんだからな。
 大体、そんな行儀の悪いことをしていると、痛い目みるぞ――そう、注意しようとするタイミングを、フライパンの中身と相談していたら、

「ったーい!」
「ほら見ろ。言わんこっちゃない」
「何にも言ってなかったよ~」
「い、いっつも言ってるだろ。行儀悪くするなって」
「そ、それはそうだけど」
「お前が行儀悪くしてると、この子はどんな親に育てられたんだって、回りの人間に思われるだろうが。桃子さんの名誉が傷つく」

 流石のなのはも反論できないらしい。後ろで、うんうん唸っているのが聞こえる。
 やっぱり、この間の里帰り。思った以上に効果があったみたいだ。
 アタシのいないところでも、幾らかやり取りがあっただろうし、そこで何か言われたりしたんだろうか。
 悪い方向に働かないんなら、アタシにとった有難い傾向なんで、歓迎したいんだけど。
 なんにしろ、鈍い音に振り向いたアタシの目に飛び込んできた、髪と手足を床の上に広げて、仰向けになっているなのはの情けなさは変わりない。
 むーっと頬を膨らませつつ、バツの悪そうに椅子を起す姿ってのは、なんとも情けないながら、どこか可愛らしい。
 笑ってやっても良かったけど、反省もしているだろうし、あまりのんびり出来ないのも手伝って、見なかったことにした。

「あ、ヴィータちゃん。今笑ったでしょ」
「笑ってねーよ。あのな、今は火を使ってるんだから、そんな暇ねーし。ほれ、そんなこと言ってる暇があったら探しに行ってこい」
「ううーん。頭痛いなあ、動けないかもー」
「ったく。またギシギシさせて。こっちの世界でよかったな。海鳴だったら今頃、下の階の人に怒られてるぞ」
「大丈夫。防音ばっちりだって分かってるから、してるんだもん」
「そういう問題じゃねーよ……」
「えへへ~」

 行儀が悪いって言ってんだ! と振り返れば、ようやくなのはは自分の部屋に引っ込んでいった。


  ◆


「ねねね。ヴィータちゃん」
「んだよ」

 ベッドに腰掛けながら、明日の予定を確認していると、背中に慣れた重さが圧し掛かってきた。
 いい加減慣れたとは言っても、何かしてるときにされるのが鬱陶しいことには変わりない。なるべく嫌そうに表情を作るけど、これも相手は慣れたものなんだろう。内心、見透かされてんのかな。
 腕を前に回してニコニコと、更に密着させて頬っぺた同士をくっつけてくる。
 お風呂の後で体温も高いせいか、ボディーソープの匂いに混じって、"なのはの匂い"も鼻腔をくすぐる。
 こうしていると、なのはも同じようにアタシの匂いを感じているんだろうか、なんて思うと居ても立っても居られなくなるというか――恥ずかしいってこと。なんかモジモジする。
 コレだけ密着すると、パジャマの下の、しっとりとした肌の感触まで分かるような錯覚に捉われてしまったりする。
 これだって、なのははアタシの――

「重いぞ」
「今日は一寸遅かったね。いっつも直ぐに"離れろー!"って叩くのに」
「……叩かれたかったのか?」
「ううん! 全然!」

 パッと離れてくれて助かった。
 このままだと、要らないことに意識を取られて寝るのが遅くなっちまうところだった。
 急にドキドキしてきて、密着してたなのはにそれが悟られないか、少しだけ心配だった。
 いや、若しかすると、もうバレてたのかもしれない。
 やけにあっさり離れたしな。目的を果たしたせいなのかもしれない。

「はあ。明日も早いんだし、寝るぞ」
「あ、えっと。明日もいつも通りで良いから……うん」
「そっか。じゃあ目覚ましは変えなくて良いな?」

 改めて確認を取ると、なのはは黙って頷いた。

「よし、と。んじゃ寝るぞ。お休みな、なのは」
「うん。お休みなさい、ヴィータちゃん」

 部屋の暖かい空気を、いっぱい取り込むようにして布団を被ると、柔軟材のいい香りが、押し出される空気に乗って鼻に届く。
 ふわっとした温かい空気に包まれながら、寝心地の良くなるように身体を揺すって位置を調節し、ゆっくりと眼を瞑る。
 直ぐに睡魔はやってこないけど、それほど遅いわけでもない。そんな長いような短いような合間に、背中に何かを求める気配を感じた。

「――どうしたよ」
「……珍しいね。ヴィータちゃんの方から来てくれるなんて」
「声かけただけだぞ。別にそっちに行くとか言ってねーし……そんで、なんだよ」
「え、えっとね。くっついて……寝ていいかな?」
「なんだ、今更かよ。いっつも聞いてなんかこないじゃねーか」

 背中のなのはが、困ったように笑っているのが分かる。だけど、振り向いてやらない。

「…………」

 暫しの沈黙の後。先に口をきいたのは……アタシだった。

「事後承諾はお前の得意技だろ? なにを遠慮することがあんだよ」
「う、うん」
「そりゃよ。夫婦だって遠慮とか気遣いとかあるだろうけどさ。ちょっとその辺を気に留めておいてくれりゃ、文句はねえさ」
「ヴィ~タちゃーん」

 "抱きついて"きた。
 こういうとき、抱き寄せることの多いなのはが、だ。
 だけどアタシは聞いたりしない。振り向いたりしない。
 もしそうしたら、何だかひどく甘やかしてしまいそうで、そんな"何か"に自分が負けてしまいそうだったから。


 


 それの正体は分からずじまいで、負けて良いのか悪いのか。その判断が正しいのかすら分からないまま、眠りに落ちた。
 包み込んでくる、なのはの体温を全身で感じながら。


 


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