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新婚なの! 12-5 (3)

「おはようございます。ヴィータさん。今日も表情が優れませんわね」

 点呼を終えて、各自の業務を片付けにかかったところで、毎朝恒例とばかりに声をかけられた。
 いつもなら「お前の顔を見りゃ浮いた顔なんてするかよ」と返すところだけど、今日はそんな気分じゃなかった。

「あら、元気がありませんわね」
「……朝から元気すぎるのはどうかと思うぞ」
「でしたら昨晩はお楽しみだったり?」
「……全然。そんなんじゃねーよ。ほれ、お前も油売ってないでさっさと戻れ」
「はいはい。分かりました」
「はい、は一回でいい」

 アタシの言葉に、生返事とはいわないけど、決して気のある風ではない返事をして、軽い足取りでデスクに戻っていった。
 普段ならムッとしただろうけど、今日はそんな気すら起きない。
 今でも目を瞑ると、寝しなに"見た"なのはの顔を思い出す。
 やっぱり、アレは夢――よく考えると、あの時は胸に顔を埋めてたんだから――だったんだろうけど、それにしても、印象が強いというか、こびりついて離れない。
 なにをしたらあんな顔になるのか。なにがあったらあんな顔になるのか。
 自分の妄想だっていうのに、どうしてこんなに引っかかるのか。コレは誰かに相談したほうが良いんだろうか?
 もし相談するとなれば……フェイトになるのかな。

「はあ……どうしよっかなあ」
「なんだよヴィータ。朝っぱらから景気悪い顔してさ」
「う、うん……」
「ほ、ホントに大丈夫か? 熱でもあんじゃないか?」
「大丈夫だって。これでもアタシは、丈夫なのが取り柄なんだからよ……」
「そうやって。油断してたりすると駄目なんだぞ。普段ヴィータが口酸っぱく言ってることじゃないか。な?」
「けっ。言うようになったじゃねーか……」
「全然迫力ないぞ」

 フーガにここまで心配されるってことは、今のアタシは相当景気の悪い顔をしてるんだろう。
 この間の出動以来、前にも増して、訓練にも身が入るようになってるみたいだし、自信とかついてきたんだろうか。
 元々良いヤツだからな。他の上官にも受けが良いみたいだし。
 今のこいつには、ちょっとだけ余裕みたいなものが見える。
 そのせいで余計に……とは思わないでもないけど、ここは一つ、その好意に甘えておくことにしよう。
 中途半端な気持ちじゃ、それこそ周りに迷惑をかけるからな。

「おう。ちょっと休んでくる。あ、チェックが必要なのは、デスクに置いとけば良いからな。急ぎのヤツは他の人に頼め」
「分かってるって。今日ぐらいは迷惑かけないようにするさ」
「今日だけじゃなくて、これからもずっと、アタシの調子関係なく気をつけてくれ」

 へへへ、と悪戯小僧みたいな相変わらずの態度。
 前にも思ったかもしれないけど、アタシの周りには、こういうヤツばっかり集まってくんのかな……
 考えても仕方のないことかもしれない、なんて考えながら隊員オフィスを後にした。


  


 単なる寝不足らしくて、医務室で先生に叱られた。
 眠れないようなら、と言われたけど、それを断って一時間ほどベッドを借り、頭をすっきりさせてオフィスへ戻る。当然、というか書類事務は残ってて、それをこなしつつ午前があっという間に終わる。
 こういう日に限って訓練の内容が面倒で、そうでなくても、教官資格をもってる人間は何かと引っ張り出されるものだから、普段から疲れが溜まる仕事だ。今回は、仮想敵役で、本局の航空隊相手なんて面倒極まりないもの。
 こういう時こそ、教導隊の出番だと思うんだけどよ……と愚痴ってみても、あちらさんも人手不足の僻地だし、手が回るようになるわけもない。
 そんなこんなで、帰宅すれば、制服を脱ぐ前にソファーに倒れこむことになった。
 なのはは、今日も遅いらしい。

「まあ、今日は遅くて助かったか……今帰ってこられても相手出来ねーよ」

 帰るなり抱きついてきたり、頬っぺたにキスしようとしたり、何かとスキンシップ――といえば聞こえは良いが、邪魔なだけ――を迫ってくる。
 流石に、今それをやられたら邪険に扱ってしまいそう――普段と変わらないかもしれないけど――だから、助かったというか。これは、あれだ。何事にもタイミングってのは大切って話。
 なのはが突っぱねられながらも、嬉しそうにしている顔が脳裏に浮かんだところで、むくりと身体が起す。
 寝たままだと、なんだか流されちゃいそうで、恥ずかしくなってきたから。
 これは、なるべく制服に皴がつかない内に脱いでしまおうということだ、なんて言い訳しつつ、ソファーに倒れこんだまま、ぽんぽんと脱ぎ捨てていく。
 普段は横着だとか何とか言うけど、なのはが帰ってくる前に片付けておけば良いだろう。

「さて。あとなんか片付けるもんはっと……」

 一人だと、独り言が増える。
 いや、一人じゃないと言えないし増えて当たり前というか、なんというか。
 一人に慣れてるような、知らない内に一人に不慣れになったというか、そんな気がしつつ、辺りを見渡して片付ける物を探した。

「あー……そうだ。今のうちにフェイトに連絡入れておこうかなあ」

 口にしてみて、何か変だな、と思った。
 アタシの勝手な妄想の可能性が高いのに、それを相談されたってフェイトは困るだろう。
 あいつも人が良いから、頑張って何かと話をあわせてくれるかもしれないし、それで仕事に差し障りが出ちゃ悪いし……ああ、やっぱり駄目だ。
 ゴロンと寝返りを打って仰向けになれば、クリーム色の天井が目に入る。
 昨日食べた饅頭と同じ色だなあ、なんて下らないことを考えていたところで、寝返りを打ったように考えもひっくり返った。

「……やっぱり、フェイトに連絡取るか」

 アタシでは分からなかったことでも、フェイトなら分かるかもしれない。
 ああいった事件は海の連中も耳にする機会があるだろうし、他に情報を持っているかもしれないし、逆に、はやてが内緒で渡してくれたって事は、フェイトは知らないかもしれない。
 そうなれば善は急げだ。
 今どこにいるか分からないから、都合の良いときに、折り返し連絡をくれるよう打っておこう。
 こちらの都合――概ね、ミッドの標準時のこと――を考えて、フェイトが気を使うかもしれないけど。

「さて。コレで良いか、な。まだ時間あるし、悪いけどちょっと寝よう……」

 脱ぎ捨てた服を毛布の代わりにして、瞼の重たさに任せるように目を閉じた。


  ◆


 結局なのはは、普段――残業なんかがなかったときのこと――より三時間ほど遅れて帰ってきた。
 残業としては、まあまあの時間だと思う。日付が変わる前に帰ってこられたのはラッキーだ。
 ご飯は食べてくると、ちゃんと連絡入れたので、準備しておいた風呂に入れてやる。待ってた訳じゃないんだけど、不本意ながら久しぶりに一緒に入った。
 身体とか髪を洗いあったりして「毎日こうすれば早く済むのにー」なんて、呑気なことをなのはは言うが、はっきり言って逆だ。
 もしそうなら、お前が言うまでもなく、毎日一緒になるからな。
 確かに髪を洗ったりは早い。だけど、その短くなった分、いや、それ以上にお前がひっついてくるんだ。
 だから、「毎日一緒に入りたければ、もっと大人しくするこったな」と言ってやった。

「ふわあ~あ。眠てえ……むにゅ」
「私も~。こう毎日だと流石に疲れちゃうなあ」
「お前がそう言うなんて珍しいな。明日は嵐が来るんじゃねーか?」
「ひどーい。せめて雨ぐらいにしておいてよ~」
「だ、だから! そうやって、抱きついてくるのが駄目だって言ってるんだろうが……はあ」

 溜め息をつくアタシに対して、背中のなのはは、えへへ、と可愛らしく笑うだけ。
 そのまま振り払わないでいると、どんどん体重をかけてくる。背中に当たる柔らかな膨らみの感触が強くなる。
 後から回された手に、すっぽりと自分の身体が納まってしまって、そのことに、どうしようもなく安心感を覚えてしまう自分に気付いた。
 何故だろう―――?
 今までも――正直にいえば、だけど――悪い気はしなかったけど。
 だけど今は違う。もっと前向きな評価というか、むしろ、それを望んでいる自分がどこかに居ることを認めるぐらいに。
 何時からこんな風に変わったのか。
 顔に出さないのは同じだけど、胸に抱える想いは前よりも、ずっとなのはに積極的だ。
 分からないけれど、そういう風に変化しているらしいことは、認めざるを得ない。そんな不思議な感覚だ。

「……もう寝るぞ。明日も早いんだからな」
「はーい。じゃあ、お休みね、ヴィータちゃん」
「―――。一々頬っぺたにすんじゃねーって」
「じゃあ、口が良かった? 私はいつでも良いんだけどなあ」
「ば、バカ言ってねーで早く寝ろ!」
「あーん。ヴィータちゃんが怒った~」

 枕でボスン、と叩いてやると、なのはは慌てて布団に潜った。
 毎度々々よくも飽きないものだ、と呆れはするけど、それに律儀に付き合ってるんだから、アタシも大概だ。
 頭まですっぽり被っているせいで、こんもりとうず高い布団の中に、渋々入っていくと、いきなり足を掴まれて一気に引きずり込まれた。
 声を出す間もなく、さっきまで背中に押し付けられていた膨らみに、顔が埋まった。
 かなりしっかり抱きしめられている。苦しい。

「えへへ」
「なにが楽しいんだよ……疲れてるんじゃなかったのか?」
「ヴィータちゃんだって眠たいんでしょ? だから寝かしつけてあげよーって思ったんだけどな」
「……普通に寝かせてくれよ。頼むから」
「ふーん。最近はヴィータちゃんのほうが抱きついて来るくせに」
「う、うっせ! そんなの知らねーよ。お前が寝ぼけて抱き寄せてるかもしんねーじゃんか」
「だったらお互い様だね。私はヴィータちゃんの方から来てるって思ってるもん」

 暗い布団の中。喋るたびに上下する胸、伝わってくる音。篭ってしまって何やらくすぐったい。
 確かに、アタシから抱きつきに行ってる―――なのはには言わないけど、そうらしいことは自分が一番分かってる。
 何故かは分からない。
 でも、どうにも不安というか、なのはを離しちゃいけないような気がするんだ。
 そして、なのはに抱きしめられてると、妙に安心するというか、今まで見たいに建前であっても、離そうという気が起きなくなってる。

「ほらほら。寝んねしましょうね、ヴィータちゃん」
「バ、バカにすんなよ? アタシは赤ん坊じゃねーんだぞ」
「分かってますよ。これはね、子供ができたときの練習。私たちの周りって小さな子が殆んどいないでしょ?」
「ま、まあ、エイミィさんとこのカレルとリエラぐらいだもんなあ」
「だから~」
「なにが、だから~、なんだよ。アタシはそんな小さくねーし。大体、毎朝起されてるお前が子育てだって? 冗談も休み休み言え」
「ひっどーい。二人の子供なんだから二人でしなくちゃいけないんだよ?」
「口では何とでも言えるね。へん。その努力が無駄になるように祈っててやるよ」
「もう! なんでそういうこと言うかなあ、ヴィータちゃんは」

 頭の上でぷりぷりと怒っている。その表情が手に取るように分かって、どうにも可笑しい。
 アタシのことを抱きしめたまま、ぶつぶつ文句を言っているけど、そんなのに付き合ってたら寝りゃしねーし、もう無視することにした。
 依然布団の中は、声が篭っているけど、顔を覆う幸せな感触と、微かな振動に身を任せて、ゆっくりと瞼を落とした。


 


「いってきまーす」

 今日も今日とて恒例の"行事"を済ませ、なのははいつも通りに出勤していった。
 未だにこの行事に慣れることなく、頬に残る感触にドギマギして、一人なのにも関わらず、ありもしない視線を気にするようにリビングへ引き返す。
 一時期は大丈夫だと思ってたのに、知らない間にまたぶり返してきてたんだ。
 そんな、誰に聞かせるでもない言い訳をしながら、洗面所に向かう。
 昨日は遅かったせいで、洗濯籠の中はそのままになっていて、少し独特な臭いが充満しているように思う。
 こっちの世界では、下着だの色モノだの分けなくても良いんだけど、やっぱり身に付いた習慣ってのは抜けないもんだ。
 ホント便利だなあ、なんて思いながら仕分けていると、ふと手にしたなのはのブラウスが気になった。

「そういや、この間は良い匂いしたんだっけ……」

 自分の言葉を確認するように、そっと抱き寄せてみる。
 やっぱり、この前と同じ甘くて思わず抱きしめたくなるような匂いがした。
 その感覚を反芻しながら目を閉じる。
 瞼の裏に浮かぶのは、ニコニコといつも通りのなのはの顔だ。

「―――でもやっぱ。"今は"これじゃねーよな……」

 言葉にできない、けれどはっきりと形になりつつある違和感と一緒に、もう少しだけそのままでいた。


 

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