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新婚なの! 13-1 (1)

「ねえ、ヴィータちゃん」
「ん、どうしたよ」

 明かりを落とし、枕もとの電気スタンドとモニタの明かりだけが照らす寝室。そのベッドの上で寝転んでいると、なのはが話しかけてきた。
 なのはは、次の教導のスケジュールやらをチェックしている最中で、先に寝室に入ってた。アタシはその横で、風呂上りの熱気を少し逃がすために、布団の中に入るでもなく、ボンヤリと寝転んでたところだった。

「今年もね、そろそろ終わりだなあって」
「ああ、そうだな。そろそろって言っても、まだちょっとあるけどさ。んで、どうしたよ」
「えっとね。今年はいい年だったなって、そう思ってたの」
「へえ」

 いつの間にか、こちらに顔を向け、幸せそうに目を細めている。
 暗い部屋の中で、モニタの明かりだけが照らしているせいか、妙に現実味を感じられない光景で、実は寝ていて、これは夢なんじゃないかと思ったぐらいだ。
 それが手伝ってか、アタシはいつも以上に、曖昧に、かつ素直に頷いてしまった。
 だのに、なのはは、むーっと頬を膨らませて、面白くなさそうにしている。

「な、なに怒ってんだよ。あれか、逆だったか? 悪い年っつーか、去年とそう変わらなかったとでも……」
「ううん! そうじゃなくて~。今年は人生においての、一大ビッグイベントがあったでしょ?」
「なんかあったか? どっこも出かけない、仕事ばっかりの一年だった気が――」

 むぎー。
 不意に伸びた手が、アタシの頬をぎゅーっと引っ張った。
 痛ぇ。マジで痛いけど、頬が伸びてるせいで「ふがふが、むぎゃぎゃ!」と言葉にならない声しか出ない。

「もう~! ヴィータちゃんったらヒドイ! 怒っちゃうよ!」
「んぎゅ! もう、怒ってるだろうが。ったく、痛ってーなあ」

 ヒリヒリする頬を押さえていたら、振り払ったなのはの手が、負けじとこちらに寄ってきた。
 もう一回振り払おうかと思ったけど、時すでに遅し。両頬を押さえ、さしたる抵抗も出来ないまま、なのはの腕の中に収まってしまった。
 良い匂いだなあ――
 ふわんと、ボディーソープなのか、なにかの甘い、果物系の匂いに包まれる。
 抵抗する気なんて、どこへやら。しっとりとした体温と、甘い香りに包まれて、それらに身を委ねてしまう。ただ、頭の端の、冷静な自分というべき箇所が、この香りは自分の身体からもしてるんだぞーなんて言い出して、なんとない気恥ずかしさを覚えていた。

「ねえ、意地悪言わないで~」
「意地悪なんか言ってねえよ。今年は忙しかったろ? 特に後半は――あっ」
「思い出した?」

 見上げると、頭上の電気スタンドを背にしたなのは。逆光のせいで、しっかり見えなかった。
 声の調子からいって、嬉しそうな顔をしていたと思うんだけど……何故か、自信がなかった。

「――思い出した」
「えへへ。どう? 人生におけるビックイベントで今年は……」
「ああ。そのせいで貯金はパーになって、仕事増やして大変だったことをな」
「あ、あは、あははは……スイマセンでした」

 困ったように笑っているんだろう。実際、困るって程度じゃないんだけどな、アタシとしちゃ。

「で、でも。結婚したこと、すぐに思い出してくれないなんてヒドイよ? どーして?」
「あ、うーん。なんでだろうなあ。全然思い浮かばなかったぞ」
「え~」
「いや、決して軽んじてる訳でもねえんだけどさ。ホント、なんでだろうな」

 言い訳染みて聞こえるけど、正直なところ、ホントにその通りだった。
 寝ぼけてた訳――ボンヤリした後に抓られたし――でもないし、眠気と戦ってた訳でもないのに、記憶を巡らせても、何にも出てこなかった。
 それを言うと、なのはが本当に凹みそうだったから、黙ってたけど。
 しかし、何でだろうなあ。やっぱり寝ぼけてたというか、頭が働いてなかったのかもな。

「う~ん……あ、そうだ。あのね、ヴィータちゃん」
「アタシとしては、多分どうでも良いことだろうけど。言いたかったら言っていいぞ」
「じゃあ、言っちゃうね。あのね、きっとヴィータちゃんにとって、私と結婚したってことは、それだけ自然な、当たり前のことだったんだよ~。うん、それなら納得」
「……はあ」
「んも~。それほど当たり前に思ってくれてるなら、普段からそう言ってくれたら良かったのに~」
「むぎゅー」

 抱きしめる腕に更に力を込めて、頭にぐいぐいと頬擦りしてくる。
 こっちはそれほど痛くないけど、なのはは痛いだろ、そんなにしたら。そう思ったけど、黙っておいた。
 アタシを包む、温度と匂いが、一層強くなった気がする。

「んん~。ヴィータちゃんったら可愛い~。えへへ~」
「いい加減、苦しいんだけどよ。離してくんねーか」
「だーめ。こんなに可愛いお嫁さんは離してあげないよ~」

 嬉しそうな声を上げ、抱きついてくるのは構わないけど、そろそろ作業に戻らせないと明日に差し障る。
 近づいたのが運のツキだ、と言わんばかりに、なのはの顎をぐいっと押して、抱きしめる腕が緩んだ隙に離脱した。普段と比べて、少しだけ諦めがよかった気もするけど。
 体温がふわっと離れ、代わりにアタシを包んだ空気は、少し冷たかった。空調がきいてるから、そんなこと無いのにな。
 その冷たさは、なのはとの僅かな距離を、やけに強く印象付けてくれた。

「もう準備にもどれよ。明日起してやんねーぞ」
「……はーい。じゃあ、お休みね、ヴィータちゃん」
「おう」

 仕方なさそうにモニタの前に戻るのを確認して、布団に潜った。
 軽い、適度に重さを感じさせる布団は、上で寝転んでたお陰か、いつもより暖かく感じる。
 一方で、なのはが布団の上に寝そべっているせいで、どうにも動きが取りづらいけど。だから早く寝ろっていうのにさ。こんなことぐらいで、ベッド買い換えるのも面倒だし。

「……なあ、なのは」
「うーん? どうしたの?」
「ほどほどにしとけよ。まだ余裕はあるんだろ?」
「うん。明日明後日ってわけじゃないから、そうだけど」
「根詰めるのは、身体に悪いからな。今日は適当なところで切り上げて、寝ろよ」

 布団に、頭半分ぐらい埋めて、なのはに背を向けて言うと「は~い」と、間延びした返事が届く。
 余りその気のない返事だ。
 もし、アタシが寝入りそうになっても布団に入る気配がなかったら、首根っこ捕まえても、一緒に寝なきゃいけねえなあ……

「……ふう」

 なのはの吐いただろう息に、ハッとした。
 一瞬、寝てたんだろうか。ずっと起きてたつもりなんだけど、瞼を一回閉じただけだと思ってたのに。
 作業してるなのはは、キーを叩く音なんかの効果音を消しているせいで、寝室は、名前の通り寝るに相応しい環境だった。
 温かいし、暗いし、静かだし。どうしたって眠たくなる。

「……なのは、寝ろって……言っただろ」
「あれ? 起きてたの、ヴィータちゃん」
「アタシのに答えてからだ……」

 やっぱり寝てたんだろう。上手く頭が働かない。
 のそりと寝返りを打てば、なのははモニタの明かりだけで作業してたみたいだ。スタンドの明かりは、既に熱を失っていた。
 こっちの世界の明かりは、熱くなったりしないんだけど、頭に浮かんだ表現はそうだった。やっぱり、元の世界での癖が抜けないんだろう。こっちの世界では、なんて言うんだろうなあ。

「目が……悪くなるぞ」
「それって迷信だって。実際はあんまり関係ないって聞いたよ?」
「でもよ……関係ないことはないんだろ? だったらさ、止めとけって」
「は~い」

 顔は埋めたままだから、もそもそと声は篭ったものになったけど、なのはには、しっかり聞こえたようだった。
 モニタが消え、部屋は闇に包まれる。すぐに目が慣れるだろうけど、なのはの目は、しばらく利かないはずだ。
 布団から重みがなくなったかと思うと、ふわっと持ち上がり、中に比べて冷たい空気と共に、なのはが入ってきた。

「あったかーい」
「冷てーぞ……せっかく風呂に入ったのに、これじゃ台無しじゃねーか……」
「眠たいなら寝れば良いのに」
「お前が起きてたから……気になって寝れなかったんだろ」
「んふふー。そんなに気にしてくれるなんて、幸せだなあ」

 布団に入るなり抱きついてきたなのはの、指が冷たく感じる。
 アタシは充分に温まってるから、そう思えるだけで、実際になのはの手足が冷えてるかは分からない。でも、風呂から上がって、いくらか経ってるし冷えててもおかしくはない。
 ホント、台無しじゃねーか。風呂も、早くに入れてやったことも。全く、しょうのないヤツだ。

「寝ようとしてる隣で、起きてる気配がしたら、気になって眠れねーだろ……勘違いすんな」
「うっふふふ。そうだねえ」

 ちっとも反省してない。するどころか、嬉しそうにそれを言う。

「本当、今年はいい年だったねえ」
「勝手に終わらせるなよ……気が早いヤツだな」
「もう。ヴィータちゃんが奥さんになってくれるのをね、帳消しにするほどの悪いことなんて、ないもん」
「あ、っそう……」

 きっと惚気てるんだろうけど、表情は窺えないし、はっきりしない頭では、もう構ってやる気も起きない。
 それが不満だったんだろう。抱きしめる腕に、力が篭る。
 苦しいって思うよりも、寝転んでた時に感じてた、体温や匂い、それになのはの存在を強く感じられて、小船を揺らすような睡魔の波が、大きなうねりとなって襲ってきた。
 もう、抗うのも面倒になってくるほどに。

「……もう、寝ろって。明日に差し支えるぞ」
「んもう。デリカシーがないんだからあ」
「お前に……言われたくねーって……ふわあ~あ」
「ヴィータちゃんも"お前と結婚できて幸せだー"ぐらい、言ってくれても良いのに~」

 抱きしめたまま、揺さぶられる。顔を埋める柔らかな膨らみが、ふよふよと左右に揺れる。
 駄々をこねる子供みたいだ。アタシの眠気を吹き飛ばそうって魂胆もあるかもしれないけど……面倒なヤツ、だなあ。

「私ね、自分で言うのもなんだけど、航空戦技教導隊、若手一番、期待のエースなんだよ? 順調に出世予定なんだよ?」
「……これ以上出世すると、現場に出してもらえなくなるぞ」
「もう! 今はそんな話してるんじゃないのにー! 将来有望だってお話なの!」
「ふわあ~あ……むにゅ」

 拗ねているのが分かる。

「……あのさ、なのは」
「なに? ヴィータちゃん」

 明らかに機嫌が悪くなってる。このぐらいは可愛いけど――放って置いて、明日に引き摺られても困るしな。

「別に、お前の肩書きと結婚した訳じゃねーし……出世しまいが、将来有望じゃなかろうとさ、構やしねーよ」
「……ホント?」
「教導隊にいなくたって、武装隊じゃなくたって、管理局にいなくたって……魔法が使えなくたってさ」
「……うん」
「お前が……なのはがなのはである事には違いないだろ? だからさ……そういうこと」
「うん……」

 ぎゅうっと。力は込められたけど、今度は腕だけじゃなく、身体全部で抱きしめられてる感じ。
 なのはに包まれてるって。腕だけじゃなく、匂いとか、雰囲気とか――存在感、みたいな。それが更に強くなって。ぐっとなのはの存在が、近くなったように思えた。

「でもさ。魔法使えない、空を飛べないお前って想像出来ないし、だから……そうなっちゃう可能性は……全部、出来るだけ潰したい」
「うん」
「だからさ。なるべく……アタシのいうこと、あとフェイトのいうこと聞いてくれよ。…………お前にさ」
「うん」
「……なのは、お前に…………」
「うん? ヴィータちゃん?」

 大切な話のはずだったのに、アタシの口は、その言葉を紡げなかった。
 強烈なうねりに、ついに飲み込まれて、それがどうしようもなく、抗うことが出来ない。でも、なんていうか、ふわふわと波のないプールに浮かんでるみたいな、そんな安心感で、続きが言えなかったことは、それほど悔しくなかった――


  ◆


 朝。出勤の準備をしていると、寝起きはボーっとしてる事の多いなのはが、妙にご機嫌だった。
 ボーっとしてるのは、なのはが朝に弱いって訳じゃなくて、アタシに甘えてるからなんだと。はやてが言ってたのを思い出した。じゃあ、今のは何なんだろう?

「ねえ、ヴィータちゃ~ん」
「んだよ。邪魔すんなって。朝ご飯食べらんなくなるぞ」
「ヴィータちゃんのお陰で、もう胸がいっぱいですー」

 なにを訳の分からないことを言ってるんだ。若しかして寝ぼけてるのか?

「胸がいっぱいでもよ、腹は膨らんでないだろ? 黙って準備してろ」
「えへへ。そんな風に誤魔化したって駄目だよ?」
「……? なんの話だ?」
「んふふふ」

 後ろから抱きつくなのは――台所にいるときは危ないんだ――に、怪訝な視線を送ってやると、どうもアタシが誤魔化しているんじゃない、と言うことが分かったらしい。
 一つ、息を吐いて離れたかと思えば、えへん、と言わんばかりに胸を張り、ふふんと鼻を鳴らした。
 それは良いから、早く着替えろ。タイミングが読めないだろ。

「あのね、えっとね~」
「……早く言えよ、面倒だなあ」
「じゃあ、言うね。昨日の夜ね。ヴィータちゃんが言ってくれたことの続き、聞きたいなーって」
「続き? さあ、なんだっけ」
「私のことをね? "愛してる。絶対離さないからな"って言ってくれたんだよ」
「……も、もうちょっと嘘は上手く吐けよ」
「なあに、動揺してるの? ヴィータちゃん」

 ウフフフフ――怪しげに口元を緩ませるなのは。
 べ、別に動揺なんざしてねーよ。あんまりお前が突飛なことを言うもんだからさ、呆気に取られただけだ。
 朝ご飯作ってる最中だったこともあって、なのはを無視して、さっさと視線と意識を台所に戻した。
 しかし、後頭部に、なのはの視線が突き刺さり、それを許してくれない。

「でね? その続きを言いかけたんだけど……なんて続けるつもりだったの?」
「さ、さあな。大体、そんなこと言ったのも覚えてねーし」
「ふうん。覚えてないだけなんだ」

 全然凹まない。凹まないどころか、してやったり感すら漂わせている。

「じゃあ、言うこと自体は否定しないんだ?」
「――へ?」
「だって。いつもなら"そんなこと言うわけねーだろ"って、こーんな目をして言うじゃない」
「そ、それは言葉のあやだ。それに、アタシはそんな目つき悪くねーぞ」

 両手を使って目尻を吊り上げてるなのはに、思わず掴みかかろうとしたけど、左手のフライパンの重みが、それを阻止してくれた。

「この熱々のフライパンで殴られたくなかったら、さっさと顔洗って来い!」
「……はーい。じゃあ、昨日のヴィータちゃんは、恥ずかしがって本当のことを言えなかったって。そう言うことにしておくね?」
「か、勝手なこと言うな!」
「あーん。フライパンで叩かれないうちに、洗面所に逃げよーっと」

 きゃっきゃと笑いながら、なのはは足取り軽く、洗面所に消えていった。
 はあ――溜め息が、急に熱を失った台所に落ちる。
 いつまでも、なのはが消えていった方を見ていたって仕方がない。さっさと朝ご飯を作ってしまおう。
 アタシに構ってたせいで、スケジュールが狂ったけど、少し冷めたのは、アイツの責任だし、いい薬だ。
 文句を言ったって、絶対に温めなおしたりしてやんないんだからな。


 


 
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