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新婚なの! 13-3 (1)

「……う、うーん」
「お目覚めかしら?」

 気が付いた……らしい。
 どこで、なにしてんだろう、アタシは。やけに身体が重いし、頭も痛くて、全然動かせそうにない。
 仕方なく、視線だけ彷徨わせ、鼻を利かせると、ここが医務室だってことが分かった。
 と言うことは、さっきの声は先生だ。ちょうど、視界の端に、こっちに歩いてくる姿が映ってる。
 傍らまで来て、ゆっくりとベッドに体重をかけてきた。パッと、照明を遮られてしまう。少し眩しいぐらいだったから、丁度良かったけれど。

「大丈夫? 昏倒したようだから……ああ、駄目。もう少しそのままにしておきなさい」
「……はあ」
「顔色が悪いわね。最近ちゃんと寝てる? してなさそうね、その様子だと」
「……そんなこと、ねーですよ」
「うん、頭打ってるんだから、顔色悪くて当然かしら。でも、目元がげっそりしてるわよ」
「……目つきは生まれつきですよ」
「……一応、調べておいたけど、後でもう一度診てもらいなさい。それと、一週間は安静よ、分かった?」

 先生は、機嫌良さそう――これが逆に怖い――に紙をヒラヒラさせている。
 あれに、休めって趣旨の事が書いてあるんだろう。
 なんか、嫌だなあ。そういうの……
 つーか、具合の悪い人間を見て、何が面白いんだよ。

「模擬戦で、撃墜判定だって聞いたけど、どうしたの? あなた、あの部隊じゃエースなんでしょ?」
「……別に、無敵ってわけじゃありませんから」
「随分弱気な発言ね、いつものあなたらしくないわ」
「……謙虚なんです」
「ええ、そうね。もう少しそのまま寝てなさい。旦那様に連絡しておいてあげま――」
「良いですよ、そんなのしなくて」

 遮る。ベッドに伏せたままで、全く声に迫力は無かったけど。
 それでも、この小言の多い先生は、仕方ないわねって顔をして、黙って隣のベッドに腰掛けた。

「うなされてたわよ。なにか夢でも見た?」
「……いいえ、覚えてません。それより先生、アタシが訓練で撃墜って本当ですか?」

 覚えてたって、言うもんか。

「ええ。初めは私も、出来の悪い冗談だと、思ったんだけどね? あなたを担いできた男の隊員さんが、顔を真っ青にしてたから。寧ろ、あの子の方が倒れそうなぐらいにね」
「ハハハ。あとで笑っておきます」
「今日はもう無理よ、家に帰るだけだから」

 バカ言うんじゃないわ、と言わんばかりだ。
 一言、言ってやりたかったけど、そんな気力も湧いてこないし、倍にして返されたら嫌だから、そのまま黙っておいた。
 唯一の抵抗として、プイっと背を向けるように、寝返りを打つぐらい。
 しっかし、痛えなあ。身体。

「魔法、かけましょうか? もう一眠りしたほうが良いわよ、その間に迎えに来てもらうから」
「……一人で帰っちゃ、駄目ですか?」
「身体を大切になさい」

 いい加減、怒られそうだから、今日は大人しく言うことを聞いておこう。
 だけど、なのはに迎えに来てもらうのは……今はちょっと、顔を合わせたくない。
 撃墜――例え、それが判定でも――だっていうのも知られたくないし、それに、それに――

「強いストレスがかかってたみたいだし、とりあえず寝ちゃいなさい」
「はい、分かりました」
「フフフ、いつになく素直ね。可愛いわよ、弱気なあなたって」

 先生の言う通り、弱気なんだろうか。
 それに、こんなこと言う人だったかな? 美人だけど、しかめっ面しか見た記憶がねえや。
 アタシが弱気で、それが本当に機嫌良いのかもしれないけど……まあ、どうでも良いや。
 言い返す気力もないし、考えるのも面倒。とにかく今は、なのはの顔を見たくないばっかりだった。

「良いわね、迎えに来てくれる人がいて。はあ~」
「……だったら、先生も結婚したらどうですか」
「あなたが、幸せな新婚生活送ってるっていうなら、考えるわ。どうなの?」

 意地悪そうに笑う。
 そんなに困らせたいのかなあ。
 こんな風に、茶化されるのも大分慣れてきたし、このぐらいで動揺したりしない。
 それに、今はそんな気力もない。残念ながら。

「幸せですよ? 人並みには」
「人並みに、ね。そうやって、無理したところで、旦那様は喜ばないんじゃない? 正直になりなさいな」
「……人の家庭に、口を出さないで下さい。望んでやってることなんですから」
「ふふふ。認めたようなものね」

 何なんだ、この人。
 幾らなんでも、悪ふざけが過ぎる。

「まあ、あなたにそこまでさせる旦那様ってのは、興味あるわね」
「……」
「怖い顔しないで。私もそれぐらい、好きになるような人が、現れてくれないかしらって、そういう話だから」
「……白馬の王子様を待つには、待ちすぎなんじゃないですか」

 というか、なんでこんな人ん家の事情に詳しいんだろう。
 これで元気なら「そうやって意地悪してると、逃げられちゃいますよ」って、もう一言ぐらい言ってやりたかったけど、今はそんな気分にもならない。
 例え言えたとしても、変な薬打たり、余計なんかされても嫌だから、黙っていた方が懸命だろうと思う。

「……寝ます、じゃあ、お休みなさい」
「はい、お休みなさい。旦那様が来たら起こしてあげるわ。二人でたーっぷり、あなたの可愛い寝顔を堪能した後にね」

 トンでもないことを言う。
 だけど、身体はホンワリとした光に包まれて、ベッドにはぐるっと環状陣が出てる。もう、魔法が発動しているんだろう。
 こうなると、もうどうにもならない。
 言われたとおり、弱気なのも手伝って、抵抗する気も起きないアタシは、迫り来る睡魔に身を任せざるを得なかった。


  ◆


「良かった。今日、本局で」

 一時間ほど寝て、なのはに迎えに来てもらった。
 本当に、二人でアタシの寝顔を見ていたようで、寝ぼけ眼のアタシをチラチラ見ながら、なにやら、ひそひそと声を潜めていた。
 先生にお礼を言って、医務室を出た。
 恥ずかしいって言ったんだけど、なのはがどうしてもって聞かないし、先生も無言でプレッシャーを放っていたから、大人しく言うことを聞くことにした。
 それでも、普段のアタシに比べれば、抵抗した内にも入らなかっただろうと思う。
 一眠りしたっていうのに、全然調子が戻ってなかったし、なんていうか……なのはがホントに心配そうだったから。
 でも、恥ずかしいってのは本当。
 何が恥ずかしいって――なのはの背中に負ぶわれてるんだ。

「……」
「もし、どこかに行ってても、すぐに帰ってきたけどね」
「ふうん」
「まだ、気持ち悪い? 先生、気をつけてって言ってたから」
「……大丈夫だ。ちょっと眠たいだけ」

 なのはの肩――左サイドポニーだから、右側――に顎を乗せてると、振り向かれるたびに、顔がぶつかりそうになる。いい加減、覚えてくれ。
 今日のなのはは内勤だったからか、朝出かけたままの、いい匂いがした。
 首筋に近いせいか、一層強く感じられた。

「一週間、安静だってね」
「心配しすぎなんだよ。こんなことさ、よくあるじゃん。それにさ――」
「駄目だよ、ヴィータちゃん。そういうのは」

 少し強く、不満そうな声に遮られた。
 アタシの言おうとしてたこと、分かったのかな――
 普段なら「お前が言うな」って、一言二言、文句もあったろうけど、今はそれを口にすることはなかった。
 言っても良かった。
 でも、もし言ったとして、言葉になるのは同じでも、その響きに込められた意味は、普段とは違ったものに、なってたと思う。
 今、”それ”を口にしたら、止まりそうになかった。胸にわだかまった、この想いが。
 だから、それが零れないよう、きつく口を縛った。

「今日は、私が全部やるから。ヴィータちゃんは休んでて」
「……アタシが怪我しなくても、やってくれると有難いんだけどさ。……ああ、分かったよ。今日は甘えとく」
「んもー。素直にいえば良いのに~」
「そう言うなって、褒めてんだからさ」
「え、そう? えへへ~」

 にっこりと笑っている顔が目に浮かぶ。
 そんな素直に喜ばれると、心苦しいものがあるけど、まあ良いか、という気にもなる。

「……今日さ、帰ってどうするんだ? まだ、少し時間残ってるだろ?」
「うん。だけど、今日は帰って良いって。それで、二日ぐらい、融通利かせてくれるって」
「へえ、結構余裕あんだな。教導官は少ないってのにさ」
「私ね、ここ何回か頑張ったから、ちょっと、ね。えへへ、普段の行いがいいと、こういうこともあるんだね」
「……そだな」

 なにが気になったのか、なのはは心配そうに声を上げる。
 どうやら、アタシが黙って同意したので、調子が悪いのかと心配したらしい。
 頼むよ、なのは。黙らせてくれ。
 コレ以上喋ってると、余計なこと、口走っちまうかもしんないから。

「ホントに大丈夫?」
「しつこいな。そんなに心配なら、話かけんな。喋るのも、結構疲れるんだぞ」
「は~い、分かりましたあ」
「ああ、そしてくれ……」

 そうは言ったものの、やはり心配なようで、なのはは、アタシの顔を見ようと身体を捻るけど、背中のアタシと距離が縮まる訳もない。
 当たり前だ。背中のものが見られるなんて、梟じゃねーか。それに、不気味だぞ。
 ここで負けず嫌いな性格が、頭をもたげたのか、負ぶったアタシを見ようと、自分の尻尾を追いかける犬のようにして、なのははその場をグルグル回り始めた。
 や、やめろ! 目が回る!

「あっ、ごめん。ヴィータちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃ、ねーよ。頭揺らすなって言われてんだから……」
「う、うん! じゃあ、早く帰ろうね。なるべくゆっくり急いで帰るよ!」
「おう、頼む……」

 ゆさゆさと上下運動を極力抑えながらも、歩幅大きく、廊下を歩き抜く――駆け抜ける、じゃなくて――なのは。
 周囲の視線が突き刺さりまくりだけど、今はどうでもよかった。
 それより、気になることが、アタシの頭を占めていたから。
 とは言っても、恥ずかしいことには変わりなかったけど。なのはも、知る人は知る、有名人だからな。

「えへへー」
「……何だか嬉しそうだな、どうしたよ」
「うん。だってね、ヴィータちゃんとこうするの、久しぶりだから」
「久しぶり?」

 頷くなのはは、やっぱり上機嫌。

「こうして、二人で一緒に歩くの。ずっと忙しくて、夜に少しだけ、お買い物行ったぐらいじゃない?」
「……つい最近、一緒にカフェにケーキ食いに行っただろうが」
「えー? あれは、近くで待ち合わせだったから、全然違うの。こうして二人で一緒なの、楽しいな~って」
「それを言うなら、アタシは負ぶわれてるんだし、違うだろ。一緒に歩くっていったら――手を繋いだりだな、そういうことだろ?」
「うん。でもね、私はこれでも良いよ」

 やっぱり嬉しいようだ。
 しかし、アタシも油断したのか、結構恥ずかしいことを言った気がするんだけど、それもあっさり流した上で。
 なのはは気付いていたんだろうか?
 気付いた上で、あえて無視したんだろうか。

「――それにね」
「うん?」
「こうやってね? ヴィータちゃんを負ぶえるようになったこと、嬉しいな。だからだよ」
「……へえ、そうか」
「ホント言うとね、手を繋いで歩きたいなあって、思うけど……」
「……まあ、それはアタシが元気になったらな」

 仕方ないなって、自分で言ったことだし。
 いつもみたいに、嫌だと言う元気もなかった。ホントだぞ。否定する元気もなかっただけなんだ。
 なにも、特別なことなんて、なにもない。なにも、なにも。
 なのはが、あの時のことを引き摺ってるなんて、そんなの、下衆の勘繰りに違いないんだ――

「――どうしたの?」
「な、なんでもねーよ。お前は前向いて歩いてりゃ良いんだ」
「い、いたい! そんなしたら危ないよ~」
「前向いてない方がよっぽど危ねえよ、前方不注意だぞ!」
「分かったから、顔押さないで! また首がグキッて、変な音したよ~」

 妙にドキドキしたのに、なのはが余計な茶々入れるものだから、雰囲気ぶち壊しだ。
 ――何をぶち壊しだって?
 自分で言って、その言葉が、なんともいえない違和感となって纏わりつく。
 いや、今はそれより考えることがあるって言うのに、なのはの……なんだっけ。
 何かを想ったせいで、考えなくちゃいけいないことが、頭から吹っ飛んじまった。
 今、なのはを想ったことって――そんなに重要なことだったっけ。大切なことだったかな、どうだったろう?
 両方忘れちまったせいで、何にも考えが纏まらないや。
 やっぱ、頭打ったからかな……

「ねえ、もう離してよ~。いつまで顔、挟んでるの~?」
「あ、ああ。えっと、悪ぃ」
「んも~。そんなに触ってたいんだったら、後で好きなだけ触らせてあげるのに~」
「べ、べっつに。お前の頬っぺたなんざ興味ねえよーだ」
「そんなに触ってて、説得力ないんだからね」
「あー、はいはい」

 なあに、その言い方~、と言うなのはを無視することにした。
 このまま、なのはの背中で大人しくして、考えなきゃいけないことを思い出そう。
 黙っていれば、さっきみたいに余計なことを考えて、何かを忘れちまうなんてことも、ないだろうし。
 あー、うーん。
 思い出そうとすると、余計に思い出せないっていうか、焦ってる時は、駄目だな。

「……なにが可笑しいんだよ」
「え? 笑ってた? うん、そうだなあ。弱気なヴィータちゃんって、可愛いねって」
「……誰が、なんだって?」
「エヘヘ、内緒~。でもね、元気なヴィータちゃんが一番好きだよ」
「……あ、そう」

 この往来で、なにを恥ずかしいこと言ってんだか。
 それでも、背中から頭をポカリとする元気もなく、黙ってろよ、なんて言うのが精一杯。
 いつも通りに構ってやれない。
 頭打ってるからなのか、どうにも調子が出なかった。


  ◆


 知らない内に寝てたらしい。
 あれだけ寝て、また寝ちまうなんて、どうかしてる。寝すぎて逆に調子悪いぐらいだ。
 なのはの声に呼ばれて、目を覚ますと――全然寝てた自覚はないんだけど――、見慣れた天井が目に入る。家のソファーの上に、寝そべっていた。
 なのはは何処かと、視線を巡らせるより先に、包丁がまな板を叩く音と、何かを煮る良い匂いが漂ってきて、今は夕飯を作っている最中だって事が分かった。

「なのは。着替えろって。エプロン着けててもさ、汚れるだろ」
「大丈夫、ちゃんと汚れは落ちるんだから。安心設計だよ」
「あのなあ、そういう問題じゃないだろ?」

 寝転んだまま、首だけ伸ばして、夕飯を作るなのはの後姿を、カウンター越しに見つめる。
 今日は、機嫌が良いんだろうか、鼻歌の一つでも聞こえてきそうな雰囲気で、サイドポニーをぴこぴこと揺らしている。
 ああ、大きくなったなあ――
 胸の奥から、自然と湧き出るような感想。なんの考えもなく、その想いだけが、頭を占めた。
 いつの間にか、アタシを負ぶえるぐらいに、大きくなったなのは。
 今日だって、負ぶわれて、相変わらずな甘い匂いに包まれているうちに、寝てしまった。

「やっぱり、随分恥ずかしい格好だよな……うん」

 途中から寝こけてたわけで、知らない人間がみれば、親が、眠った子供を背負ってるようにしか見えなかったろう。
 ミッドについてからは、どうしたんだろうな。流石に、ずっとって訳にもいかないだろうから、タクシーを呼んだだろうけど。それでも、随分な格好だったことには変わりない。
 あーあ。誰も知ったヤツに見られてないと良いけど……

「ヴィータちゃん、起きてる?」
「おう、起きてるぞ」
「まだ、もうちょっと掛かりそうだけど、大丈夫?」
「別にそんな急がなくていいぞ。今日は早いんだからさ」

 なのはに負ぶわれて寝るなんて、想像も出来なかった。
 でも、自分でも思ったより、あっさり受け入れる事が出来た。
 知らない内に、慣れてたのかもしれない。なのはと一緒ってことに。
 そりゃ、結婚してるんだし、何を今更って話だけどさ。
 初めて、朝のお出かけのチューをされたときも、したときも、その時は一日そのことだけで、頭がいっぱいになるぐらいだった。
 ぐたぐた悩んで、結局は、随分大胆なこと――アタシにとっては――をしたんだけど、今となっては、割と普通になってしまった感がある。
 なのはに負ぶわれるのも、一寸前だったら、絶対に拒否したと思う。いや、した。断言だ。
 だのに、だ。

「……はあ」

 違うな。慣れたんじゃない、なのはの背中に安心したんだ。
 今、視線の先で夕ご飯を作っている、いつの間にか大きくなった背中と、長く伸びた髪。
 大きくなったんだなあ。もう、大丈夫なんだなあ――
 あのときの、特になにをするでもなく――しかも、散々寝た後なのに――、寝入ってしまったこと。
 なんていうか、初めてチューされたときみたいに、ぐるぐるなってもよかったはずだ。それなのに……やっぱり、安心してたんだろう。
 そうじゃなきゃ、寝たりするもんか。

「どうしたんだろうな、アタシはさ」

 もう少し、思い返してみる。なのはについて、なんか考えることがあったはずなんだ。
 それなのに、それをさっぱり綺麗に忘れちゃったのは、どうしてだったんだろう。

「若しかして、なのはは気付いてたり……するのかもな」

 朝にチューするのも、一緒にご飯食べるのも、風呂に入ったり、一緒に寝たりするのも――
 その一つ一つに、安心する、それを確認してた。
 でも、何に対して? なにを確認して、どう安心してたんだろう?
 その事実だけは、はっきりしてるのに、その大元が見えてこない。
 なんでだろう、あれかな。
 なんか知らないけど、やっぱ、頭、打ったからかな……


 

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