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新婚なの! 13-2 (2)

「……さて。どうしたもんか」

 人気のなさそうな場所を選んで、壁にもたれかかると、ひんやり冷たくて、火照った身体に心地よい。
 開いたモニタを前に、誰に聞かせるでもなく呟くけれど、なのはに連絡入れることだけは、決まっていた。
 口から漏れ出た言葉は、一体どういう意味があったんだろう? 自覚がないって辺り、本音なのかもしれないけど……
 自分のことなのに、さっぱり分からなかった。

「電話……はダメだな。勤務中だろうし。流石に出ないとは思うけど……うん」

 口にして、なにをバカなこと言ってるんだろうと思う。
 普段、あれだけ電話すんな、メールにしろとか言ってるくせに、どうしてそれを一番に考えるのか。
 どう考えたって、メールだろうに。
 なのはが、アタシからのメールを見ない可能性なんてないし、確実に伝えられる手段じゃないか。
 それなのにさ――

「はあ」

 思わず、溜め息が、漏れる。
 バカな自分を笑いながら、メールをポチポチと打つ。
 "今日はちゃんと起きれたか""朝ご飯はちゃんと食べたか""遅刻しないでいけたか""ちゃんと早寝したか""具合悪くないか"…………
 画面に文字が現れるたびに、自分でもバカかと思う。
 こんなの、小学生ぐらいの子供に、親が言うセリフじゃないか。
 アタシはな、アイツの母親じゃないんだ。桃子さんに頼まれたって、それは母親代わりをしてくれってことじゃない。
 アタシとなのはは……対等なんだ。
 身長は……全然違うけど、一生縮まらない、距離だけど。

「…………これで、よし」

 簡単に、さっと目を通して、書き足りないことがないか確認。そして、送信ボタンを軽くタッチした。
 可愛らしい、動物のアニメーションが、送信されたことを教えてくれる。
 カスタマイズしたら、自分で用意した――あのウサギとか――のも使えるように出来るらしいけど、誰に頼む訳にもいかないから、初期状態のまま。
 バイバーイと、可愛らしく手を振るキャラクターを見送って、モニタを閉じた。


  ◆


 走って走って、走って。
 真っ白な息を吐きながら、夜道を急いだ。
 バスを降りて、外気がアタシを包むと、鼻の奥と頬がツーンと痛くなる。そんな夜道を走っていると、耳も痛くなってくるし、そんなこんなで、一年に数回、車が欲しくなる事がある。
 そんなの勿体無いし、免許を取りに行く手間もお金も惜しいしで、結局お蔵入りなんだけど。
 だけど、今日は、いつものそんな考えは浮かびもしなかった。
 とにかく、早く家に帰ることだけで、頭がいっぱいだったから。

「よ、よし。まだ帰ってきてないみたいだ……」

 こういうとき、エレベーターを待っている時間の長さっていったら、ない。
 階段を使った方が時間かかるって分かっているのに、ジッとしていると、何だか逃げられてしまうようで、階段を使ってしまう。
 自分の足音を、追いかけるというか逃げるというとか、反響する階段を駆け上って、自分たちの部屋に帰ってきた。
 こういうとき、鍵穴に鍵を上手く差し込めなくて、余計に苛々したりするんだけど、幸いに、こちらの世界はもう廃れていて、それはなかった。

「なのは、今日はいつぐらいになるだろうな」

 明かりを点けて、エアコンをいれ、着替えを済ませて、夕飯の準備に取り掛かる――前にすることがあった。

「……ないな、返事。まだ忙しいのかな」

 モニタを開くのは、郵便ポストを開けるときのドキドキ感に、全然敵わないな、なんて思ったり。
 小さく、溜め息を一つ吐いて、夕飯の準備は、献立を考えるだけに止めておいた。

「…………おっ、なのはからだ」

 ソファーに腰掛けて、ぼんやりテレビを眺めて、どのくらい経ったろう。なのはから連絡があった。
 メールの内容を確認する前に「おせーじゃねーか」なんて、思わず悪態をついてしまう。
 今日は元々、早くに帰してもらえたので、なのはがいつも通りだったとしても、アタシの方が早かっただけで……アホらし。
 冷静になって――何に高揚してたんだ?――考えて、馬鹿馬鹿しいと、自分を笑いながら、メールに目を通した。
 なにやら沢山書いてあったけど、結論から言えば、ちゃんと帰るよってことだった。

「時間、分かんねーし、下ごしらえだけでもしとくかな」

 抱えたクッションを放って、台所へ。
 冷蔵庫の中に碌なものがないことに気付き、「最近買い物いってなかったからなあ」などと独り言を呟き、次の休みをチェックしたりして、なのはを待った。

「たっだいま、ヴィータっちゃん!」
「んぐー!」

 玄関でアタシを待ち構えていたのは、寒さで頬を赤くしたなのはだった。
 出迎えたアタシを、ただいまの挨拶と同時に抱きしめてくるんだけど、そのコートの冷たさといったらなかった。
 外の寒さと匂いを纏ったコートで、抱きしめられると、せっかく温まったのが無駄になりそう。
 コートをさっさと脱いで、手洗い・うがいをしてこいって言うのに、抱きしめたまま持ち上げられてしまって、然したる抵抗も出来ない。
 結局、なのはに抱き上げられたまま、リビングまで連れて行かれてしまった。

「今日は寒かったろ」
「うん。鼻がつーんってするし、髪の毛も冷え冷えだし、やだなあ、寒いの」
「まあな。でもよ、日本よりは寒くねーんじゃねえか?」
「そうだね。海鳴は結構暖かかったし……雪は降ったけどね」

 出来上がったおかずから、テーブルに並べていく間に、どうでも良いような話。
 頬も鼻の頭も、すっかり元通りになったなのはの視線は、目の前に並べられた夕飯とアタシの間を、行き来していた。
 今日のメインはオムライスだ。鶏肉なかったら、ソーセージな。

「ケチャップかけていい?」
「先ず食ってからにしろよ。味が薄かったらかけて良いぞ、最初からかけて食うな」
「はーい。では、いただいきまーす」
「はい、どうぞ」

 いそいそと、スプーンを入れるなのは。
 一口、二口とすすめるが、ケチャップを手に取る様子はない。
 大体、こっちはお前の好みに合わせて、薄くしたり濃くしたりしてあるんだから、ケチャップやソースを後からかけなくて良いんだ。
 失礼な話だ、全く。

「スープは?」
「ああ。今日はインスタントだ、面倒だったからさ。マカロニサラダ作ったから勘弁してくれ」
「ううん、そういうんじゃないけど……いつもと味が違ったから、どうしたのかなって」
「そっか」

 ちゃんと違いに気付いてくれるんだな。
 これで、何にも分からないようだと、腹の一つも立つというか、遣り甲斐がないけど、分かってくれるなら、こっちとしても気の持ちようが違う。まあ、その分、手を抜けないんだけど。
 こういうのって、やっぱり親の教育なのかなあ。

「ああ、そうだ。冷蔵庫さ、よーく冷えるようになってるだろ」
「ええっと……うん、そうだね。空っぽで、冷凍庫のほうも随分寂しくなってたし」
「お前さ、次の休みいつだよ」
「んー?」

 スプーンを咥えたまま、固まってしまって、アタシをジーっと見ている。
 な、なにかそんな変なこと聞いたか……?
 そーじゃなくて、行儀悪いから辞めろ。子どもみたいなことして。

「どうして?」

 やっと口を開いたかと思えば、首を傾げやがる。

「いや……あのさ、一緒に買い物でも行こうかと思って」
「お買い物? ホント?」
「嘘言ったってしょうがないだろ?」
「うん、それはそうだけど……えへへ」

 にへへへ――今までオムライスを食べていた口が、だらしなーく緩まる。
 なんとなく、言いたいことは分かるけど、一応、聞いてやるだけは聞いてやる。

「ヴィータちゃんが、そんなに、私と一緒にお買い物行きたいって言うなら、頑張ってお休みもらっちゃうよ?」
「べ、別に。一人だと大変だから、お前を荷物持ちにしたいってだけだ。期待してるとこ、悪いけど」
「ふふーん。そんな風に誤魔化してもダメだよ~」
「な、なにがダメなのかしらねーけど。お前と行くと余計なもん買わされるから、連れて行きたくねーんだぞ、前にも言ったろ」
「そ、そんな私が子供みたいなこと……」

 スプーンをガジガジ咥えながら、控えめな反論。
 一応、自覚はあったみたいだな。
 ふう、助かった。
 ホント言うと、なのはは出かけるときに手を繋ぎたがるから、両手で荷物持てないし、荷物持ちとして余り役に立たない。
 最近、一緒にいるのは夜だけだし、いつもなら困るけど、偶になら構わないだろうとか。なんとなく。
 別に、なのはを甘やかすとか、他意はないんだ。

「ふーん……」
「す、拗ねるなって。買い物行こうって言ってるんだから、な?」
「うん……じゃあ、金曜日ね。私、お休みだから」
「そっか。じゃあ、その日は誰かとシフト代わってもらうことにする。誰かいるだろうし」
「わーい、えへへ」

 ちぇっ、もう笑ってやがる。面倒というか、御しやすいというか……

「じゃあ、金曜は早起きしろよ。休みだからって、いつまでも寝てたらダメだからな」
「分かってるったら。せっかくヴィータちゃんとお出かけできるんだから、寝坊なんてしないよ」
「お出かけじゃねー、買い物だ、買い物。スーパーに行くだけだぞ」
「えー。どっか行こうよ~、ねえ、ヴィータちゃん」
「アタシも休みなら考えなくもねーけどさ、無理だ。中途半端なところで帰りたくないだろ? 時間気にするのも嫌だしさ」
「う~ん……それはそうだけど」

 ケチャップ味のチキンライス――今日はソーセージだけど――を、美味しく包み込んでいる、ふわふわタマゴを捲ったりして、行儀が悪い。
 でも、様子から、不満はありつつも納得してくれたみたいで……ちょっと可哀相かな。
 立場的に、無理も言えないし、仕方ない。その辺は、なのは自身も分かってるはずで……ホント、休みの少ない仕事だから、我侭と言うか、愚痴を言いたい気持ちも、分からなくはないけどさ。

「じゃあさ。帰りになんか美味しそうなもんでも買ってさ、一緒に食べるか? 最近、そういうのもなかったし」
「……うん。ヴィータちゃんが買ってくれる?」
「……仕方ねーな、一個ぐらいな――」

 そこまで言って、不意に、口の中に甘い、カスタードクリームの味が広がった。
 今日、アコース査察官に奢ってもらった、ミルフィーユだ。
 高かった――支払いはアコース査察官だけど――けど、あれ、美味かったなあ……

「ん? どうしたの、ヴィータちゃん。あっ、もしかして! 今更なしってのはダメだよ! 武士に二言はないんだから!」
「それはシグナムに言え。アタシは武士じゃねーし。あのな、ちょっと予定変更だ」
「え、なんで?」
「あのな。買い物は二人でバラバラにする、広告をチェックして二人で買えば良いんだ」
「えー、そんなの詰まんない~」

 つーんと、口を尖らせる、なのは。
 お前ってさ、子供っぽいよな、そういうところ。

「代わりに、明日か明後日、お前本局にいるか?」
「う、うん、いるよ。次の教導の予定は少し空いてるから、その間は多分」
「じゃあさ。今日初めていったカフェテリアのケーキ、美味かったんだ。だからさ、そこに……いくぞ」
「ホント!? えへー、嬉しい!」
「うわっぷ! 汚え! ご飯粒飛ばすな!」
「ごっめーん」

 全く、誠意が感じられない。

「じゃあ、じゃあ。明日、お昼休みに連絡するね。ちゃんと来てよ」
「それはこっちのセリフ。お前の都合に合わせるからな、ちゃんと忘れずに連絡してこいよ」
「はーい」
「それともうと一つ、割り勘だからな? そこのメニュー、高いから気をつけておけ」
「え、え~。どうしてそんな気を落とすようなこと、言うの~?」

 口ぶりは、不満いっぱい! という感じだが、その裏から、嬉しさが滲み出してるのが分かる。
 食べ終わった後に、もう来ることはないな、なんて思ってたのに、まさか明日にはもう一度足を運ぶことになるなんて……
 どうなるか分かんないもんだな、ホント。

「あれ? なんだか嬉しそうだね、ヴィータちゃん。若しかして、私とデートするの、すっごく楽しみ?」
「デートぉ? なんでだよ、普通にケーキ食べに行くだけだろ?」
「デートだよ、デート。お昼休みの、短い時間だけど。デートっていったらデートなんだよ」
「はあ。そんなもんか……まあ、お前がそれで良いなら、良いや」
「ふ、ふーん」

 意外そうに、頷く。
 確かに、あっさり納得したアタシの行動は、いつもに比べて不思議に思うのも、仕方ないかもしんない。自分で言うのもなんだけど。
 ただ、ミルフィーユの味と一緒に、思い出したものがあったから。
 今日一日、なのはのことばっかり気にしてたこと。
 その事実っていうのか、そのときの"感情"みたいなものが、ふわっと湧き上がってきて、時間が巻き戻されるよう。
 細かな理由は分からないってか、説明出来ないんだけど、今、"そういう気持ち"になったんだから仕方ない。
 ――なんか、最近こういうこと、多い気がする。
 いつからだろう?
 ええっと、里帰りから帰って、それから――
 そうだ、あの――夢見が悪くなってからだ……

「どうしたの、ヴィータちゃん」
「う、ん? 別に。明日なににしようかって、考えたとこ」
「ふーん。ねえねえ、そこのカフェテリアはどうやって見つけたの? 今まで行ったことあったの?」
「うんや。今日見つけたっていうか、連れてってもらった」
「……へえ」

 途端に、なのはの声が低くなる。
 温かい夕ご飯が並ぶ食卓に、冷え冷えとした空気が、なのは中心に広がっていく。
 な、なにかそんな気に障るようなこと、言ったかな……

「誰と行ったの?」
「え、え? そんなの……別に誰でもいいじゃん」
「怪しい」
「は?」
「怪しい~! ヴィータちゃん、若しかして浮気!?」
「はあ!? んなわけねーだろ! ああ、分かったよ、言やあ良いんだろ? アコース査察官だよ! 騎士カリムの弟の!」

 へへん、どうだ! と思ったけど、なのはは全く凹んだ様子がない。

「そーんな嘘吐くのがますます怪しい! アコース査察官はそんな暇じゃないもん、気軽にヴィータちゃんをお茶に誘ったりしないよ!」
「嘘じゃねーって、ホントだって! 疑うんなら確認とったらどうだ? それでもしアタシの言うことが正しかったら、どうするよ!?」
「べっつにー。なんにもでーす」
「お前な、人を疑っておいて、それはねーだろ。良くないぞ、なにかペナルティーが必要だな」
「ふうん。じゃあ、明日、私がおごってあげるね、それで良いでしょ?」
「おう。吠え面かくなよ? お前、自分で連絡取るんだぞ」

 なのはは、うんうんと頷いている。
 へへん、バカめ。これで明日もただで、食べられるぞ。
 ったく。アタシが浮気するなんざ、言い掛かりもいいところだ。
 大体、お前のほうが気が多いじゃないか?
 ふーんだ。明日、泣きを見て、ちったぁ反省しろ。

 


 
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