« ヴィヴィオのホワイトデー | トップページ | 新婚なの! 13-4 (2) »

新婚なの! 13-4 (1)

「お久しぶりね、ヴィータちゃん」
「お、おう。お久しぶりだ、シャマルぅ」
「その、小さい”ウ”は止めてくれないかしら? ねえ」
「う、ん。分かった」

 予約しておいた検査にきたら、とても上機嫌なシャマルが待っていた。
 その上機嫌たるや、部屋に入った瞬間、エアコンが壊れてるんじゃないかと思わせるぐらい。
 一枚、上に羽織ってくるべきだった……なんてのは冗談として、こういう"上機嫌"なシャマルってのは、どうも。
 今のところは、大人しく言うことを聞いとくべきかな。

「検査は直ぐに終わるから、ありがたいわね。こっちの機械だったら、はやてちゃんの検査も、もっと楽だったでしょうね」
「小さいしな。簡単にチェックするなら、携帯で済むってのもな。まあ、過ぎたな話だ」
「……そうね。はーい、それじゃあ上着を脱いで、あっちに寝てちょうだいね?」
「へーい」

 言われたとおりに上着を預け、部屋の真ん中に設置された、ベッドに寝転ぶ。
 精密検査といっても、こっちの世界は機械と魔法の混合だから、部屋自体に、物々しい雰囲気はない。
 普通より、ちょっと大きいぐらいの部屋に、二つ三つ、大き目の計器類が並ぶぐらいだ。
 アタシが寝転んで、安静にしたのを確認すると、シャマルはクラールヴィントを取り出し、もごもごと呪文を唱える。
 辺りが優しい緑色の光に満たされ、同時に、幾つモノ環状陣がぐるりとベッドを囲む。
 この辺は、日本でのCTスキャンだっけ? あれを彷彿とさせる感じだ。

「どうだ、シャマル?」
「ヴィータちゃんは、カップ麺にお湯入れて、直ぐに蓋を開けるタイプ?」
「……もう少し待ちます」
「宜しい」

 満足げなシャマルに対して、アタシは、胃に穴が開くような思いだった。
 なんというか、妙なプレッシャーを受けるというか、シャマルの雰囲気が、ちょっと違うんだよなあ。
 こんな状態じゃ、絶対にいい結果なんて出ないぞ……

「あら、心拍と血圧が高いわね。どうしたの?」

 ほら、言わんこっちゃない。

「なーんてね。冗談よ、うふふ。あら、その顔。なにか思い当たる節でもあった?」
「……いいえ、なんもねーです」
「あらあら。あ、そうだヴィータちゃん。昏倒したって聞いてるわよ?」
「おう。アタシもそう言われた」

 シャマルは、途端に医者としての顔を取り戻す。これは、なんの裏もないみたいだ。
 聞かれたことは気になるけど、それとは別にホッとした。いつまでも、あのまんまじゃ困るし。
 そんなシャマル先生は、アタシの返事を聞いて、首を傾げた。

「変ね、そんな形跡は見当たらないんだけど……本当なの?」
「さあ。アタシも気づいたらさ、ベッドの上だったから。んで、その後も直ぐに寝ちまったし……」
「ふうん」
「でも、気絶はしたんだから、多分あってると思うぞ」

 気になるなあ。
 シャマルの返事の仕方とか、すげーひっかかる。何か、怪しいところがあったんだろうけど……イヤだな、こういうの。
 その後のシャマルは、簡単な受け答えだけの、医者らしいことだけを口にしたから、会話らしいものはなかった。

「はい、おしまい。お疲れ様ね、ヴィータちゃん」

 ベッドをわっか状に取り囲んでいた環状陣が消え、検査が終わったことが分かる。
 ブラウスのボタンを留め、ベルトを締めなおす。
 シャマルが、こっちに来るものだから、ついでだと思って上着を要求すると、その差し出した手は、あっさりと無視された。
 足元が、ギシっと重みで軋む。ベッドに腰掛けたシャマルが、アタシの顔をじーっと覗き込んできた。……少し、寂しげに。
 なんと言って良いのか。嫌なことや、ショックなことがあった後のような、そんな視線だった。

「どうしたよ、シャマル。また体重でも増えたのか」
「ううん。それと、"また"ってのは誤解だから訂正しておいてちょうだいね」
「あ、そう」

 何とかして、話題を逸らそうとするけど、失敗だった。

「ねえ、この後時間ある? ううん、そんなに時間はとらせないし、どこかに出かけるんじゃないけど」
「大丈夫だ。アタシは今週いっぱい暇でよ」

 そうだったわね――と言いつつ、ホッとしたようなシャマルは、更に一歩にじり寄って、ずいっと顔を近づける。
 ……やっぱり怒ってるのかな。
 哀しげで、寂しげであるのは確からしいのだけど、シャマルの瞳の奥に、なんだか違う光を感じた。
 それのせいなのか、視線を逸らしてしまう。
 こういうのって、意識するかしないかを別として、自分が悪いって認めてる証拠なんだって。
 確かに、当たってるような気がしないでもない。
 何となくだけど、今、シャマルと顔を合わせるのは気まずいんだ……

「どうしちゃったの? 撃墜なんて珍しいじゃない。私たち以外に、そんな人がいたの?」
「……い、いや。なんつーか、あれだ。管理局ってのは広くてさ、強いヤツがいっぱいいるんだよ、うん。それぐらい分かるだろ?」
「うそよ。ヴィータちゃん、そういう人とは戦わない主義じゃない?」
「そうかね、自覚ねーけど」
「あ、でも、結構ムキになり易いし――」
「……って、おい。アタシってムキになり易いか?」

 途端にシャマルが声を上げて笑った。
 失礼なヤツだ。
 アタシは、そんな簡単にムキになったりしねーぞ。

「ほら、そんなむーっとしちゃ駄目よ? えいえい」
「触んな~、ぎぎぎ」
「おほほ、全然なってないわね。ほらほら」
「もがもが…!」
「うふふ。余計に目が釣りあがっちゃってるわあ」

 シャマルの両手から繰り出される、頬っぺた突っつき+頬っぺたムニムニ攻撃は熾烈を極め、アタシはろくにしゃべる事が出来ない。
 しまいには、頬っぺたを両方に引っ張りやがった。
 くひょ~! いったい何のちゅもりなんだにょ~!

「あら、怒った?」
「……べ、別に」
「うふふ、怒ってるわね」
「だから怒ってねーです」
「うん、そうね。いつものヴィータちゃんらしくなったわ」
「――は?」

 クスクスとシャマルは肩を揺らす。
 事態が飲み込めず、唖然とするアタシの顔が可笑しかったのだろうか。
 目尻に涙を浮かべながら、シャマルは笑いを堪えて何とか口を開いた。
 そんなに無理しなくて良いぞ。

「そうやって怒ってるヴィータちゃん。やっぱり可愛いわ」
「……迷惑な可愛がられ方だ」
「だって。そんな風に落ち込んでる様子なんて、見たくないもの」
「……落ち着いたって言ってくれ」
「だーめ。隠したってシャマル先生の目は誤魔化せないわよ?」

 シャマルは、可愛く――本人はそのつもりだろうと思う――ウインクしてみせる。
 確かに、シャマルの見立ては正しい。
 だけど、それは医者としてじゃなく、家族としてだと思ったけど、黙っておいた。
 だって、恥ずかしいし。そんなこと言うの。

「――何があったの?」
「お前さ。そういう聞きにくいこと、ズバっと聞くのな」
「だって。そんなの先延ばししたって良いことないでしょ? だから、最初に聞いちゃうの」
「……あ、そう」
「勿論、相手は選ぶけどね」

 はやてが言うには、シャマルは「ドジっ娘」らしい。
 ドジというかウッカリ屋だと思うし、娘って言うのはどうかと思うけど、その辺の解釈については、色々あって黙っておく。
 そんな"ドジっ娘"シャマルは、切り替えがはっきりしているというか、オンとオフで結構違うところがある。
 はやてのところに来て、一番変わったのがシャマルかもしれない。その変わった部分が、今のオフにあたる部分なんだけど。だからか、こういうとき、割と容赦ない。

「悪いけど、言いたくない」
「家族にもいえないこと?」
「……家族だから、かな。むしろ」
「ふうん。じゃあ、何かあったことは認めるのね?」
「……」
「今更だんまりしても駄目よ? だって"言いたくない"んでしょ? 何もないんだったら、そう返事するのは違うでしょ?」

 逸らした視線の端、シャマルはにっこりしてるけど、やっぱり怒ってるみたいだった。
 声に、感情の類が聞き取れない。喋り方自体は、いつも通りだけど。
 そのギャップが、シャマルの内心を現しているように思える。

「……ホントさ、今回は勘弁してくんねーかな」
「今回?」
「うん、まだはっきりしないしさ」

 はっきりしないのは、なのはの態度もそうだけど、アタシ自身の選択もそうだった。
 なのはがどうあっても、自分がこうだっていう自信がない。一度決めたはずなのに、その決意は、した時からぐらつきっ放しだ。
 昨日も、夕ご飯を作ってくれるなのはの後姿を眺めながら、何度も問い直した。
 その度に、同じことを考えて、同じ結論になる。なのに、その結論に、全く自信がもてなくて、また、問い直してしまう。
 堂々巡り。手詰まり状態だ。

「だから――」
「今回は? ――そんな無責任なこと、許さないわ」
「……シャマル?」
「今回も、でしょ。ヴィータちゃん」

 しっかりと、アタシの両肩を掴んで挑むシャマルの、緑色の瞳には、明らかに怒りに類する光が宿ってる。
 掴まれた肩も痛いけど、それより、その見つめる視線が痛い。突き刺さってくるみたいで、胸をえぐられるような、そんな錯覚すら覚える。
 まっすぐに、シャマルの目が見られない。

「そういう悪い癖、全然治ってないのね。もう、あれから何年経ってると思ってるの?」
「……い、いや、そんなこと言われても」
「私は覚えてるんだから。ヴィータちゃんが知らないって、そんなこと言っても駄目なんだから」
「誤魔化してる訳じゃ――」
「忘れちゃうより、反省してないほうが余程性質が悪いわね」

 冷え込む。身を包む空気が、がらりと入れ替わったと思うぐらいに。
 シャマルって、こんなに力、強かったっけ?
 シャマルって、こんなに低い声だったっけ?
 シャマルって――こんなにキツイ目したかな……

「……悪い」
「そう思ってるなら、ちゃんと言ってくれなきゃ信用できないわ」

 なにを言えば良いんだ?
 だって「なのはがアタシに隠し事してるかもしれない」ってだけ。
 改めて考えてみると、一人相撲の可能性も高いし、そもそも、こんなのは他愛もない悩みかもしれない。アタシは、こういうの、よく分かんないからさ。的外れっていうか、そんな感じで。
 ただ、どうしようもなく気になるってのは、本当。
 それに――"なのはがアタシに嘘を吐いてる"って知られるのは、一寸気が引ける。
 まだ、なのはが悪いって決まった訳じゃないし。アタシ自身、なるべく避けたいんだ、そんなこと。

「…………」
「――もう、ヴィータちゃんったら!」

 肩を掴んだ手が、緩んだかと思った瞬間、アタシはシャマルの腕なの中にすっぽりと収まっていた。
 ぎゅーっと、背中に回った腕に込められた力に、肺の中の空気が押し出されて、窒息するかと思った。
 顔も、見事に埋まっている。ぽよぽよと、制服越しでも分かる、柔らかな膨らみ。
 シグナムの影に隠れているけど、シャマルも大きいんだよなあ――なんて、くだらないことが頭に浮かんでは、消えた。

「……肝心なこと、ちゃんと教えてくれないんだから」
「シャ、シャマル?」
「シグナムだって、そう! 自分でぜーんぶ抱え込んで、ちっとも人を頼ってくれないんだもん!」
「お、落ち着けったら」
「ふんだ! ヴィータちゃんが何も言ってくれないなら、私だって、離してなんてあげないんだから!」

 困ったな。シャマルの"本気の我侭"なんて聞いたことないもんだから、どう対処して良いのか分かんねーぞ。

「ホント、大丈夫だったら。今回のは、ちょっと疲れが溜まってただけでさ。そうやって、先生にも言われたし」
「そんな疲れるぐらい、無茶してるんじゃないの? 言い訳にしたって下手すぎるわ」
「う、うーん。そんなこと言われてもなあ。出動も相次いでたからさ、それなんだ、本当に。だから、心配しなくて大丈夫」
「ううん、そんなの信用できない。大丈夫なことをアピールするヴィータちゃんなんて」

 流石、付き合いが長いだけある。
 こっちの性格はお見通しって訳か。

「疲れたり、落ち込んだりするのは、誰にだってあるわ。仕方のないことだって思える。でもね、それを隠されると心配なの。分かるでしょ?」
「……ま、まあな」
「今のヴィータちゃんってそうよ? 私やシグナムや……はやてちゃんに、隠してるんでしょ? それぐらいは分かるわ」
「……やっぱり、アタシはさ。隠すの下手みたいだな。そんな簡単にバレるなんて」
「それは、感づいた方が偉いって思って欲しいわね」
「そうだな、アタシ的にもそっちの方が良いや」

 相変わらず、アタシの顔はシャマルの胸に埋まっているけど、背中に回った腕の圧迫感は減っている。身体的にも、心理的にも。
 それでも、シャマルはまだ到底離してくれそうにはなかった。
 別に暇だからいいけど、あんまりこのままってのも良くないかもしんない。
 何とも、言い知れぬ気分になってきたし。

「……あのさ、シャマル」
「なあに?」
「お前の言うことはさ、分かるよ。経験あるしさ。でもさ、これはアタシ自身で解決しなくちゃいけないことなんだ」
「……なのはちゃんのことだから?」
「――な、なんで分かったんだよ……」
「ふうん、やっぱりそうだったんだ」

 慌てて顔を上げようとするけど、シャマルが顎を乗っけてきたせいで、頭と胸に挟まれて身動きが取れない。
 そんなだから、アタシの視界は相変わらず埋まったままで、シャマルがどんな顔をしているか、確認できない。
 でも、ちょっぴり意地悪そうに、そして少しだけ得意げにしてるんだろうってのは、想像がついた。
 理由は分からないけど、まんまと思惑に嵌ったみたいだから。
 くっそぅ、どうなってんだ。
 胸全体が揺れている。笑うのを堪えてるんだろうか。イヤらしいヤツだなあ。
 そんなシャマルは、アタシの内心を読み取ったかのようなことを言う。

「どうしてバレたんだろうって、そう思ってるんでしょう?」
「……まあな」
「うふふ。だって、ヴィータちゃんがそこまで真剣になるって、はやてちゃんか、なのはちゃんの事しかないんだもの」
「そ、そんなことねーって。はやてなら分かるけど、なのはの事なんて――」
「ホント、嘘が下手ね。だって、ヴィータちゃんはずっと前から、なのはちゃんの事も真剣よ? みんな知ってるわ」
「う、うぅ……」

 シャマルの確信に満ちた声。反論を許さない、とまで言いそうな響きを含ませている。

「なのはちゃんと同棲を始めてから、全然帰ってこなくなっちゃったじゃない。そうでしょ?」
「……それはさ、悪かったって、ホント」
「今のヴィータちゃんが、そこまで悩むんだもの。なのはちゃんの事しかないじゃない」

 悔しいけど、その通り――かもしんない。

「んなのさ、心配かけるなのはが悪いんだ。アタシは悪くない」
「そうね、なのはちゃんは何かと人を心配させてくれるわ。でも、悪い気はしないわね」
「どうしてさ、シャマル」
「だって。なのはちゃんの性格からいって、甘えてるのが分かるんだもの。心配かけさせてる相手に」

 全然ありがたくないね、迷惑な話だ。
 そのお陰で、こっちがどんだけ胃の痛い思いをしてると思ってるんだ。

「あ、私みたいに、勝手に心配している外野は別よ?」
「外野?」
「そう。なのはちゃんから見て、私は外野よね。それで、内野は勿論――ヴィータちゃんよ」

 分かってるだろうとは思うけど――そう付け加えるシャマルに、アタシは、ふうんとだけ答えた。
 こういう話は、他の人からも聞かされたことあるし、今更って感じがしないでもないけど……自覚があるわけじゃないんだ。
 だから、こうやって節々に、確認させてくれる機会があるってのは、有難いのかもしれない。
 でも、なのは自身の口から、直接聞いたわけじゃないし、本当のことか分からないけど、周りの人がコレだけ言うんだ。間違いない……のかもしれない。
 どっちにしても、アタシとしては、迷惑な話だけどさ。本当に。

「何だか悔しいわね、こんなヴィータちゃんを見てると」
「なにがさ」
「はやてちゃんは分かるわよ? なんて言ったって、私たちの主なんですもの」
「当ったり前だ。ってよ、主とか、そんなの関係ねーもん」
「あら、そうだったわね。でもよ? なのはちゃんは違うじゃない。しかも、出会いは最悪よ?」
「……おう。そういや、そうだったな、シャマル。よくも、あんなこと出来たもんだぜ」
「あ~ん、それは言わないで~」

 小さい反撃に、シャマルは可愛らしく泣く。

「ふーんだ。ヴィータちゃんの意地悪」
「へーんだ」
「それでね。だから、それなのによ? なのはちゃんと結婚までしちゃうんですもの。びっくりよ。私たちは、ずーっと一緒にやってきたのに、私たちより大切なものが出来ちゃったみたいで……だから、悔しいの」
「そんなこと……あるわけないじゃんか。みんな――みんな大切だ。一人欠けたって駄目なんだからさ」
「そうね。その"みんな"に、なのはちゃんが入ってるんでしょ?」
「…………さあな」

 背中に回っていた右手が、アタシの後頭部を撫でてくれる。
 優しい手つきだ。
 シャマルが、アタシをどう思ってくれてるのか、それが伝わってくるみたいな、そんな感じ。
 変わって、アタシの手は放り出されたままで、シャマルの身体に回ってはいなかった。

「あ~あ、このヴィータちゃんをここまで惚れさせるなのはちゃんって、本当に凄いのね」
「ほ、惚れるとか! そ、そんなじゃ……」
「そんなじゃないの? うーん、本人に自覚がない場合もあるかもね。ふふふ、それなら楽しみかも」
「アタシは全然楽しくないぞ。それに、自覚ねーとかさ、どういうことだよ」
「ふふふ。そんな態度が、雄弁に物語っているわよ? ヴィータちゃんの自覚のなさを」

 勝ち誇るシャマル。アタシは完全に負け戦状態だ。アタシは負けてるつもりはないけどな。
 お互いに顔を見ていない状態でコレだ。もし普通にしてたら、もっと酷いことになってただろうと思う。
 しかし、気になるな。シャマルの言うこと。
 アタシが、なのはに惚れてるって。
 そりゃ、嫌いだったら一緒にいないしさ。やっぱり、その……そうなんだと思うけどよ。
 アタシがなのはと一緒にいるってのは――なんかこう、もっと違うんじゃないかと思うんだ。
 確かに、抱きついたりさ、チューしたりすると、ドキドキするけどさ――

「……そろそろ離してくんねーかな。もう、満足だろ?」
「いーや。まだ離してあげないんだから。だって、この間に帰ってきてくれたとき、あんまり、こう出来なかったんだもの」
「あの時はさ、お前が悪いんだぞ、シャマル。アタシをからかうようなことばっかさ、するし」
「そーだったかしら? オホホホ。覚えてないわね」

 ちぇ、都合のいい頭してるぜ。
 抱きかかえられてるから、肉の付いてきたらしい、わき腹を揉んで、ささやかな反抗をさせてもらった。
 案の定、シャマルはくすぐったそうに身を捩ったけど、ただそれだけで、思ったようにはならなかった。押し当てられた胸の柔らかさを確認できただけで、離れられない。
 それにしても。こうされるって、なんだか落ち着くな。……はやてみたいな、おっぱい好きじゃないと思ってるんだけど。
 結婚してから、なのはに抱きつく機会も増えて、最近は特に、抱きついて寝てるらしいし。
 これも、自覚ないだけなのかな……

「でも、なのはちゃんがヴィータちゃんを好きな理由は分かるわ」
「そうか? アイツの考えてることなんて、全然わかんないぞ」
「他はどうか、流石に知れないわ。でも、こうやってヴィータちゃんを抱っこしていれば……殆んどの人が同意してくれるんじゃないかしら」
「なんだ、それ」
「もちろん、それが一番の理由じゃないと思うけどね。うふふ」
「気持ち悪いなあ、シャマル」

 不意にアタシを包む力が緩んだ。
 離れても良いってことだろうか?
 いざ離れても良いとなると、戸惑うもんだな、とか考えながら、そっと顔を離してみた。
 少し、名残惜しい気もするけど……いやいや、そんなことねーぞ。
 シャマルとの間に流れ込んだ空気が、少し火照った頬を撫ぜ、なんだかそれが冷たく感じた。

「ねえ、ヴィータちゃん」
「うん?」

 呼ばれて、顔を上げる。
 優しげに笑うシャマルの顔が、そこにあった。

「面と向かって、それも真剣に"守ってやる"なんていわれて、好きになるなって方が難しいわよ?」
「そ、そうか? それでもさ、言われて嬉しくない相手だっていると思うんだけど……」
「じゃあ、元々、ヴィータちゃんの事が好きだったってことね。簡単じゃない」
「い、いやあ……なんつーか」

 正直言って、照れくさい。
 なのは本人から聞かないだけマシだけどさ。
 いや、それを他人に言われる方が恥ずかしいか。そんだけバレバレってことだしな……うーん。

「だからね。なのはちゃんのこと、信じてあげたら良いと思うの。ヴィータちゃんのことを好きななのはちゃんを」
「……そうかな」
「そうよ。自分が好きな人から信用されないって、辛いわ」
「じゃあさ、信用できないかもって、思わせるのはどうなのさ」
「う~ん。それだって、人にはそれぞれ事情があるもの。私たちだって、経験のあることじゃないかしら。心配させたくないがために、言えないことって」
「……あの時のことか?」

 自信なさげに問い返すアタシに、シャマルはゆっくりと頷いた。
 確かに、一理ある。
 はやてがどうだった訳じゃないけど、アタシ達だって約束を破ってたことがある。
 若しかしたら、はやてはアタシたちのことに、気付いてたかもしれない。
 もし、なのはがそれだというなら。アタシには言えない、大事な理由があるってことになる。

「ヴィータちゃんは、なのはちゃんが自分を裏切るような人間だと思ってる? そうじゃないでしょ?」
「……そういうの、アイツからは縁遠そうな感じだもんな」
「そうね、私も同感よ」
「…………分かった。でもさ、もう少し、考えさせて欲しい」

 まだ、しっかりと結論を出せた訳じゃない。
 でも、シャマルがこう言ってるのに、嫁のアタシが信用しない訳にはいかない。
 もう少し、自分の選択に自信を持ってみようと思う。
 こういう、小さな疑いっていうのは、透けて相手に見えちゃうものなんだ。

「そこまで言うなら、私から言うことはないわね?」
「……悪いな、シャマル」
「いいえ、どう致しまして。なにせ、初めからこうなるって思ってたんだもの、気にしてなんかいないわ」
「……いや、ホントに悪い」

 オホホホ、とシャマルは高らかに笑った。
 初めから思い通りだったってことか――
 何だか悔しいけど、それだけアタシのこと理解してくれてるってことだし……やっぱ悔しい。

「う~ん。さっき言ってたことと矛盾しちゃうけどね」
「……あ、そういや。お前、ちょっと都合が良いぞ。だったら、アタシだって黙ってても良いだろ」
「そうね。でも、もう聞いちゃったし~。うふふ、残念だったわね」
「ちぇ。調子の良いヤツだな」
「ごめ~ん」

 謝る顔に、誠意が見えない。

「でも、困った時はちゃんと相談してくれなきゃ、嫌よ?」
「ああ、それは分かってる」
「それと、どうしようもなくなってからじゃ、遅いんだから。もっと早めに、家族なんだから遠慮なんていらないわ」
「ああ、それも分かってる」

 自分の表情が緩んでるのが分かる。
 声も、すんなり出てる。
 うん、大丈夫だ。

「んじゃあさ、もう行くわ」
「もっとゆっくりしていけば良いのに。今週いっぱいは、安静にしてなきゃいけないんでしょ?」
「……あ~、そういやそうだった。ところでさ、シャマル」
「なあに?」

 ベッドから降りて、ぐーっと伸びをする。
 振り返って、ベッドに腰掛けたままのシャマルは、小さく首を傾げた。

「今日、どうしてここにいるんだ?」
「……今更それ? う~ん。どうしてって聞かれると、ちょっとショックだわぁ」
「なんでさ。急に予約入れたのにさ、シャマルだって――」
「ううん、そうじゃなくて」

 かぶりを振り、腰を上げながらスカートの裾を揃え、白衣のしわを伸ばすシャマルは、ゆっくりと手を伸ばした。
 そっと、あたしの頬に触れる手は、温かい。
 しゃがんで視線を合わせると、優しく教えてくれた。

「だって、ヴィータちゃんが検査するのよ? 心配で来ちゃっただけ。それだけよ」
「そ、そんなさ、融通効くものなのか? だってさ、忙しいんだろ?」
「そうね、でも、ヴィータちゃんを放っておくほどじゃないわ」
「……公私混同だ。失格だぞ」
「うふふ、そうね」

 恥ずかしくて、思わずぶっきらぼうに答えてしまう。
 でも、シャマルは気を悪くした様子もなく、頬に当てた手を、そのまま背中へ回した。

「ホントいうと、そろそろヴィータちゃんの"検査"がしたかったの。それが一番の理由よ」
「……ああ、そういやそんな時期だっけ」
「うん、だって全然帰ってきてくれないんですもの。ホントだったら、もう少し早くだったんだから」
「うぅ……悪い、シャマル」

 抱きつき、アタシの耳元で囁くシャマルは、少し拗ねているようで、その声は震えてるようにも感じた。背中の手が、ブラウスをキツク握っている。

「ホント言うと、前に帰ってきたときから、少し心配だったんだけどね」
「そ、そうなのか?」
「うん。なんと言うか……直感? はっきりとした根拠はないんだけど」
「……いや、信じる」

 シャマルの腕の下、だらんと垂れ下がったアタシの腕は――

「……ヴィータちゃん」
「……ありがとな、シャマル。感謝してる」
「言葉にしてくれるのも嬉しいけど、態度で示してくれると、もっと嬉しいわ」
「……ん。今度美味しいもん買って行く」

 一瞬あって、シャマルは耳元で、くくくっと喉を鳴らした。
 なにがそんなに可笑しかったんだ?
 ちゃんとさ、"態度で示す"って言ったじゃんか。

「くくく……あー、ごめんなさいね。気を悪くしないでちょうだい」
「もう悪くしたぞ。んだよ、笑ってさ」
「ううん、ヴィータちゃんが素直で可愛いなって、そう思っただけよ」
「だったらさ、笑わなくたって良いじゃんか……」

 背中の手をどうしてやろうかと――アタシとシャマルの、両方――思った。
 でも、シャマルの顔と声が優しいものになってたし、理由は分からないけど、これで良いかな、とも思った。
 だから、軽く抓るだけにしておいた。

「もう、痛いんだから。じゃあ、次のお休み、楽しみにしてて良いのね?」
「ま、まあ、それなりに」
「うふふ。さあて、ヴィータちゃん分をたっぷり補給できたし、そろそろ戻るわね、私」

 子供をあやすように、二度ほど背中を、トントンと叩いた後、シャマルはそう言ってアタシから離れた。
 ふわんと空気が動いて、馴染みのある匂いが、鼻腔を優しくくすぐった。
 シャマルが、ずっと変わってないってことを教えてくれてるみたいで、何だか嬉しかった。
 あんなにキツイ顔をしたのも、よく考えてみれば、シャマルの一面ってこと、すっかり忘れてた。
 そんなことも分からないなんて……変わっちまったのかな、アタシ。

「ヴィータちゃん、どうかした?」
「ううん、なんにも。シャマルに会うのさ、久しぶりだと思って」
「でも、よく考えると1ヶ月ちょっとよね。そんな大げさに言うほどでもなかったり、ね?」
「う~ん。でもさ、アタシたちってよ。ずーっと一緒だったから、一ヶ月近くもバラバラなのって、今までなかったんだよな。だからかな」
「そうかもね、うふふ」

 上着を受け取り、襟と裾をそろえて、シャマルと一緒に部屋を出た。
 精密検査といっても、魔法と機械の併用だから、時間はかからないってのに、随分とゆっくりしちまったや。元々今日は暇だったんだし、構わないんだけどさ。
 ……時間かからないのに、なんでこんな余裕くれたんだろう。まあ、いいや。
 ぐたぐたと世間話をしていると、あっという間に、病棟の出入り口に到着。すると、シャマルの方から切り出して、そこで別れた。

「やっぱ、忙しかったんだな」

 なんだか、悪いことしちゃったや――
 まだ積もる話も――というより、お喋りが好きだから――あったろうから、早めに帰らないと、積もりすぎて埋まっちゃうかもな。
 そんな、下らないことを考えながら、白衣をヒラヒラとさせるシャマルの背中を見送った。


 


 新婚なの! 13-4 (2) >


 

|

« ヴィヴィオのホワイトデー | トップページ | 新婚なの! 13-4 (2) »

新婚なの!」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ヴィヴィオのホワイトデー | トップページ | 新婚なの! 13-4 (2) »