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新婚なの! 13-5 (2)

「んもう。どうしちゃったの、ヴィータちゃん」

 珍しく、なのはが呆れ顔をしている。腰に手を当てて「もう、しょうがないなあ」って感じで。だから、珍しく、アタシは何にも言えなかった。
 しかも、隊員オフィスまで迎えに来てもらう羽目に遭うとは……情けなさも手伝っていた、ように思う。
 まさか、全然動けなくなるなんてさ。どうしちゃったんだよ、アタシの身体。

「無理したんでしょ?」

 ウンザリしてきたとか言って~?――冗談っぽく言うけれど、核心をついてるものだから、何も言い返せなかった。
 ふっふーん。
 勝ち誇る顔を見るのは癪だけど……なのはにしてみれば"お前がいうな"状態だもん。アタシとしては、仰るとおりですとばかりで、悔しさすら湧かない。
 今日は、大人しく従うことにしよう……

「さ、帰ろうか、ヴィータちゃん。一人で待ってて寂しかったでしょ?」
「アタシは子供か」
「見た目はね~」
「ちぇっ。言ってろ」

 自信満々に差し出される手。拒否されることを、微塵も考えていないようなそれに、指先をちょっとだけ重ねる。
 いくら夫婦だって、職場で仲良く手を繋いで歩くのは、褒められたことじゃないだろう。
 だから指先だけ。
 そう。指先だけ。
 摘むようにしたなのはの指先は、いつもより、少しだけ温かく感じた。
 その温かさが、たった指先だけだというのに――身体の芯から温かくなるというか、ホッとさせてくれる。
 大丈夫だ――
 そんな言葉が、じんわりと頭の中に広がっていった。

「今日はね。簡単な打ち合わせだけだったから」
「そっか」
「演習の相手だからね、もう、何回も打ち合わせしてるし。今回は、覚えることが多くて、結構大変かなあ」
「へえ、そうなのか」
「まだ経験の浅い子たち相手だから、コテンパンにして欲しいんだって」
「……"お前ら"の理屈は分かるが、毎度同情するぜ。相手をさせられる連中にはさ」

 なのはは、えへへへ、と笑っているけど、別にアタシは褒めたんじゃないぞ。
 ただ、そんななのはでも、心底気楽に笑ってないことだけは、分かる。
 繋いだ指先から、ホンの少しの緊張が伝わってくる。どれだけ、自分の仕事に責任を感じてるか、という証拠が。
 分かってるさ。
 だから、こんな風に軽口を叩いたり出来る。
 なのはが、自分の仕事を誇りに思ってるって事が。空を飛ぶことが好きだって事が――指先から、伝わってきた。

「ねえ。一人で待ってるの、寂しくなかった?」
「……なんでそんなこと聞くんだよ。さっきも聞いたろ?」
「だって、返事してくれないんだもん」
「……あっそ。じゃあ、言ってやるよ。全ー然、寂しくなんかねーですよ。お迎えを待ってる幼稚園児じゃねーんだからさ」
「え~。なんでそんな、迎えに行き甲斐のないこと言うのー?」

 その不満そうな様子といったらなかった。ぶーぶーと不貞腐れて、口を尖らせている。
 でもさ、そんなこと言ったってよ。アタシが"なのはが来るのを、そわそわしながら待った"なんて言うわけないことぐらい、分かってるんだから、それも、アタシを困らせるというか、いつも通りの反応なんだけど。
 実際、アタシがどうだったかは、別として。うん、別として。
 今回のは意地悪とか、そんなじゃなくて、本当に具合が悪くて、そんなこと考える余裕がなかっただけ。
 それを言うと、余計に心配されそうだから、口にしないだけだけど。

「あ、そういやさ。待ってる間に聞いた話なんだけど」
「なあに?」
「あのさ。こういう噂、聞いたことあるか? アタシさ、そういうの疎くってよ」
「ヴィータちゃん、全然そういうの興味ないもんね。私もそんなに興味ないけど」

 多分、お前の言うそれとは、違う話だろうけどな。
 もっぱらそういうのは、はやてちゃん経由だもんね、というなのはに、曖昧に頷いておく。
 今からの話題も、まさに"はやて経由"だからだ。

「えっとさ……ミッドな、アタシ達が住んでる辺りじゃなくて」
「ふんふん」
「……物騒になってるって話、聞いたことないか?」
「う~ん、どうかなあ。短期的ならそういうこともあるし。ほら、組織的な人たちとか、散発だったりすると」

 いたって普通、噂になるようなことはない。なのはは、武装隊を経ての経験に基づいた見解を述べてくれる。
 それはそれで、正解だけど、アタシは話を続けた。

「ふうん。いやさ、教導で出かけてたり、ほら、この前の、手を貸したって言ってたろ?」
「うん」
「だからさ、なんて言うか、その……聞いたことあるかなってさ」
「……ううん、知らない」

 僅かに、指先を通して身体が強張っているのが分かる。
 それは、先ほどとは違う緊張から来るものだっていうことも。
 だから、もう少しだけ、続けることにする。

「そっか。いやさ、随分物騒な話だったし、お前のことも心配でさ」

 まだ緊張は緩まない。
 ここで止めることも出来た。この伝わる感触から、なのはが噂を"知っている"ことは明らかだったから。アタシとしては、それが分かるだけで充分だからだ。
 でも、止めなかった。
 ここ幾らかで感じていた、胸のモヤモヤ。それを確かめるか、なのはの具合を見るか、どちらを優先するか。数瞬、それを巡らせた末、前者を取った。

「殉職者が出てるって、聞くし」

 歩きながらの会話。しかも、誰が聞いているか分からない状況。
 内容としては、ありふれてはいないけど、ないとも決して言い切れない、そんな内容。
 なのはだって、今まで耳にしたことあるだろう。決して無縁ではない話題だろう。それなのに――

「ごめん、知らないから」

 強く、言い切った。もうコレ以上、この話をしても返事をしないよ、と言わんばかりに。この話を続けるの、許さないよと言わんばかりに。
 なのはの身体に、緊張が走ったのが分かる。アタシの指が、振りほどかれそうになる。
 明らかな、違和感。
 知っている――なのはは、この噂話が、噂なんかじゃないってことを、身を持って知っている。聞いただけじゃない。実際に知っているって、アタシに確信を抱かせるには、充分な違和感だった。
 やっぱり、はやてから貰ったデータは本当だったんだ。
 そうなると、また別の疑問が一つ、浮かんでくるんだけど……それは、また別に機会に考えることにする。

「……そっか、悪いな、こんな話して。アタシもさ、なのはのこと――」
「うん、それは分かってるから。ヴィータちゃん」

 交わらない視線。
 前を向いたままの、なのは。
 繋いだままの手。
 俯く、アタシ。
 取り繕ったアタシの言葉に、なのはは、ちゃんと"分かってる"と言ってくれた。
 確かめるアタシの言葉に、嘘を吐いたなのは。
 場を繋ぐためにアタシが吐いた嘘に、嬉しそうに応えるなのは。
 お互いに嘘を吐きあって、どうするんだろう。
 どうしてなのはが嘘を吐いたのか――それに考えが及ぶことはなかった。アタシは、なのはから嘘で言葉を引き出したこと。なのはを心配する言葉が、嘘でなら実に滑らかに口を吐いたこと。それを――後悔していた。


  ◆


 夜。
 ベッドに入って、どのくらい経ったか知れない真夜中。
 叩き出される様にベッドから飛び出したアタシは、トイレで、なのはの作ってくれた夕飯を、全部戻してしまった。

「ヴィータちゃん、大丈夫?」
「……わ、わりぃ」
「ううん、それは良いんだけど……全然消化してないよ?」
「……わりぃ、せっかく作ってくれたのに」
「もう、そういう問題じゃないったら」

 便座に顔を伏せているアタシの背中を、なのはは、優しく撫で続けてくれる。
 すっかり寝入ってたはずなのに、飛び出したアタシを、直ぐに追いかけてきてくれた。
 しっかり寝てるんだろうか。それが心配になるほど素早かった。仕事柄、有り得なくはないけれど……
 普段であれば、そうやって考えが及び、もっと早くに気付いたかもしれなかったけど、正直、そんな余計なことを考えている余裕は全くなかった。

「寒い? エアコン入れる?」
「そ、そうか?」
「だって、ほら、凄く震えてるよ? きっと寒かったんだよ、うん」
「う、うわっ!」
「えっ!? ヴィ、ヴィータ……ちゃん?」

 重ねられた手を、思い切り跳ね除けてしまった。思わず、反射的に。
 触れた指先が、全身にぬるりとした感触となって広がり、そのどうしようもない不快感が、なのはの手を払い除けさせた。考えるよりも早く、身体がそう反応してしまった。
 ハッとして、なのはの顔を見る。
 蒼い瞳に、寂しげな光が宿り、傷ついた子どものように、それは大きく揺れていた。
 失敗だ――
 そう思いはしたものの、湧き上がる不快感に、いつまでも便器から顔を離してはいられなかった。

「――ゲホッ、ウォエェ……ゴホッ」
「も、もう胃液しか出てないよ……あっ、薬、なにか持ってくるね!」

 なのはが、手を、指を伸ばしかけたのが、気配で分かった。
 けれど、それはアタシに届くことなく、少し冷たくなった空気を、力なく掴むだけ。
 またアタシに、振り払われると思ったんだろうか。それとも、この場にいても仕方ないと思ったのか、薬を取ってくると都合をつけては、洗面所から出て行った。
 どちらにしろ、アタシとしては都合が良かった。少なくとも、またなのはに、あんな顔をさせずに済む。

「……な、なんでこんなことに」

 形の残る、夕飯だったものが、便器の底に沈んだり浮いたりしているのを見つめながら、少し落ち着いた頭で考えた。
 何かに急きたてられるように、いや、何かから逃げるように、飛び起きた。何か……悪い夢を見た――それだけは、分かる。だけど、内容だけは分からない。
 最近よく見る夢……だったような気がする。
 ただ、夢とは言っても、それが夢だと、目が覚めないと分からないというか、覚めても分からないような、リアリティというか現実味が尋常じゃなかった……気がする。
 "現実味"のある、いや、既に知っているような、まるで追体験……"以前あったことを、もう一度繰り返している"ような、そんな夢。記憶の底から、ふいに浮かび上がってきたモノ。
 それが、さっきの夢の内容……だった気がする。

「起きたばっかだっていうのに……全然思い出せねえ」

 なのはに触れられて、全身に広がった感触が、さっきの夢が、ただの夢じゃなかったと、教えてくれているようだった。
 不思議と、背中を擦ってもらってる時は、何ともなかった。
 それが、手に触れられた途端、この様だ。
 昼間、具合が悪くなったときもそうだ。
 手に、腕に、胸に。強くその感覚が圧し掛かってきて、それが頭の中をぐちゃぐちゃにかき回していく。
 なんだろう――
 この、生暖かくて、ぬるぬるした――身体の表面に纏わりつく、いつか、実際にあったことのある感触……

「う、うぅ!? お、オォ、ガハッ! ゲ、ゲエェ……!」

 だ、駄目だ。
 考えようとするだけで、それを身体が拒絶するように、戻してしまう。
 寒い、寒い……

「ヴィータちゃん! お薬、もってきたよ?」
「……あ、ああ。ありがとな、なのは」
「一寸我慢してね? 気持ち悪いかもしれないけど」
「……んぐ、ん」
「飲めた?」

 空の瓶を渡すと、なのはは、指先が触れないよう、慎重に受け取ってくれた。
 まともに、なのはの顔が見られない。
 こんなに心配してくれてるのに、その身体に触れることも出来ないなんて。
 覚束ない手で空き瓶を返すと、なのはは受け取るなり、アタシの手首を掴んで、抱き寄せた。
 ビックリしたのと、身体に力が入らないのとで、アッサリと、その腕の中に収まってしまう。

「……な、なのは?」
「……きっとね、寒かったんだよ。だから、こうしていれば大丈夫」
「……あ、あんまり大丈夫……じゃないかもしんねえ」
「ううん、大丈夫。こうして温まっていれば、直ぐによくなるから」

 耳元で囁く声が、抱きしめる腕が、震えていた。まるで、何かに怯えるように。
 ドキドキと、心臓の音がうるさい。
 自分のモノなのか、なのはのモノなのか、はたまたその両方か。

「……なあ」
「ねえ、ヴィータちゃん」
「……な、なんだよ」
「私は大丈夫だから。全然、平気だから。いっつも心配かけてて、信用ないかもしれないけど」
「……まあ、な」
「だから、だから……私のこと、信じて欲しいな。出来るだけ、で良いから」
「……」

 何を言ってるんだろうと思った。
 不安で、不安でどうしようもないって、そう言っているかのように、なのはの声は震えていた。

「だったら――」
「だったら……?」
「努力しろよな、そんだけの。だったら、ちゃんと信用してやるから」
「……うん」

 何のことかは分からない。
 でも、答えたなのはの喉の震えは、少しだけ治まっていた。
 こっちだって、そんななのはに構ってられない、それぐらい具合が悪い。今でも、せっかく飲んだ薬を戻してしまいそうなぐらい。
 でも、背中を通して広がる温かさが、お腹から広がる、ぬめぬめとした不快感を抑えてくれる。お腹に回された、なのはの手が、じくじくと嫌な感触を思い出させるけど、背中に当たる柔らかな膨らみが、安心感をもたらしてくれる。
 前にも、こんな風にしてもらった事がある気がする。
 誰だったかな……
 ――シャマル、だったような気がする。

「なのは……」
「なあに?」
「このままじゃ、お前も冷えるぞ」
「ううん、大丈夫。ヴィータちゃん、温かいもん」
「足腰が冷えるぞ、アタシを抱っこしてても」
「そっか。じゃあ、このままベッドまで行こうね?」

 返事をする暇もなく、ふわっと視線が上がる。
 分からないけど、多分、今の自分は、抱っこされた少し大きめの子犬みたいな格好になってると思う。
 手足をダラーンとさせて、力ない、あの感じ。
 そのまま、あっという間にベッドまで運ばれてしまった。

「今日は、このまま寝るからね」
「……おう、分かった」
「最近は、ずっとこうして寝てるけど、こういう形は久しぶりだね」
「……そだな」

 布団の中は、まだ寝ていた頃の体温が残ってる。
 相変わらず、どうしようもない不快感が、全身を覆っているけれど、それでも背中だけは別だった。
 抱きしめてくれる、なのはの存在が、言いようのない安心感を与えてくれる。
 なのはが、全身を包むように抱きしめてくれる――"その事実"が、アタシの"怖い夢"を追い払ってくれるような気がした。


 


 


 

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