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新婚なの! 13-6 (1)

 気がついたら朝だった。
 深夜にあれだけ大騒ぎしたというのに、寝てしまったことにすら気付かないのだから、随分現金な話だと思う。
 背中が妙に冷たい。多分、それで目が覚めたんだろうな。
 なのはが隣にいるかどうか、それすら確認しないまま、圧し掛かる布団から這い出して、寝室のドアを開けると、ふわっと温かい空気が頬を撫ぜ、香ばしい香りが、鼻腔を擽った。
 台所からの、熱を感じる。なのはは、もう、起きているみたいだった。

「ヴィータちゃん、おはよう。よく寝れた?」

 まだ髪を結わえてない、制服姿のなのは。出勤準備の真っ最中みたいだ。
 時計を見ると、少し早い。
 今日は久しぶりに、朝錬に行くつもりなのだろうか。

「……うん、まあ。気分はすっきりしないけどさ、随分よくなったと思う」
「そっか、良かった。心配したんだよ?」
「……うん、悪かった」
「うんもー、他人行儀なんだからあ。夫婦なんだから、当然でしょ?」

 ヘンなの――
 ニコニコと笑うなのはを前に、その言葉をグッと飲み込んだ。
 だってさ。
 お前と結婚しなかったフェイトは、ずっと昔から、今もずっと、お前のことを心配してる。
 アタシも結婚する前から、ずっとお前のことを心配してた。
 別に、それはアタシとフェイト――これに限らない多くの面々が――が、結婚しなくたって普通にしてたことだ。
 なのは。
 それは、結婚したから当然なのか――?

「……そうだったな」
「そうそう。そこで、お礼も言ってくれると、もーっと嬉しいんだけどなあ」
「あ、ああ。ありがとな、なのは。助かった」
「えっへへへ。あ、そうだ。人間、行動で示してくれると、もーっと嬉しいんだって? もちろん、私も例外じゃないよ」
「あ、そう。アタシは例外だな」

 もじもじと、なにかを求めているような視線を送ってくるものだから、ぷいっと無視してやると、あからさまに肩を落とした。
 何と言うか、えらくワザとらしく感じられた。いや、いつもの強請る感じなら、そんなに気にしなかったんだけど、なんていうか、なにか――誤魔化しているみたい。そう、思えてならなかったから。
 ……まだ、具合が悪いからかな。うん、多分そうだ。

「今日はやっておきたい事があるから、早く出ようと思ってたの」
「……ちゃんと寝れてるか?」
「うん。ヴィータちゃんを抱っこしてたから、ね」
「ふん。初めっから、心配なんてしてねーよーだ」
「あ、ああ、えと……ふわぁ~あ、眠いなあ。昨日、全然眠れなかったもん」
「いくらアタシでも、そんなのに騙されたりしないぞ。馬鹿にすんな」

 見せ付けるように、大げさに欠伸をしてたなのはは、駄目か~、と言わんばかりに肩を落とした。
 そんなにガッカリされても困るんだけど。
 大体さ。お前の性分じゃ、無理なんだよ。アタシと一緒で、嘘が吐けない性分らしいからな。……吐けないというか、顔や態度に出て、バレバレらしいんだけど。

「朝ご飯、作っておいたから。そんなに冷めてないと思うけど」
「ん、分かった。久しぶりに作ってみて、どうだったよ」
「う~ん……やっぱり、作ってもらった方が美味しいかなあ? えへへへ」
「まあ、それはアタシも一緒だ」

 話してる間にも、髪を結わえ、上着を着込み、出勤の準備を進めていく。
 今日は、アタシが手伝ってやらなかったけど、髪も上手に出来てるし、制服に皺もない。……いやいや、それが普通なんだよ。いつも手伝ってるから、忘れがちだけど。

「あの、もう行くけど、大丈夫?」
「う、ん? ……ああ、大丈夫だ。気にせず行って来い」
「ちゃんと医務室いってね? やっぱり、心配だから。じゃあ、行って来ます、ヴィータちゃん」

 珍しく、コートと鞄を持って玄関に向かうなのは。
 このまま送り出すのもなんだから、見送りだけはしようと、その後ろを追った。
 コートと鞄を持ってやり、靴を履き終えたところで渡す。
 なのはが、コートを受け取ろうと、身を屈め、横に結わえた髪が揺れた時、良い香りが鼻先を掠めた。
 胸の奥から、思わず、声が漏れた。

「な、なあ、なのは」
「どーしたの?」
「あ、あのさ。夜のことだけど……」
「うん」
「アタシさ……なんか言ってなかったか? その、ヘンなこととか」
「――さあ?」

 そんな事なんて考えてもなかったのに、何故か、そう、口走ってしまった。ホントは、もっと違うことが言いたかったのに。
 そして、そのどうでもいい問いの答えとして、なのはは「知らない」と言った。
 嘘だな――そう、思った。
 確たる証拠はない。けど、そう、確信してしまった。
 答えて、アタシを見つめる、なのはの瞳がわずかに揺れて、それを裏付けられてしまっている。そう思えて、ならなかった。

「……変なヴィータちゃん」
「うっせーよーだ」
「恥ずかしい夢でも見たの?」
「ちげーったら」
「あ~、若しかして。私とイチャイチャしちゃう夢? んも~、そうしたいなら、そう言ってくれれば良いのに~」
「ちげーったら! なのはの、ばか、ばーか」
「あ~、またバカって言った!」

 口をへの字に曲げて、不機嫌さをアピールする。
 いつも通りだと言うのに、それすら、何かを隠すためのカモフラージュに思えて仕方ない。
 重傷だな、こりゃ。どこからともなく、嫌な考えが湧いてきて、追い払おうとしても、どこまでも追いかけてくる。

「ふーんだ。ヴィータちゃんのことなんて知らないんだからね!」
「あー、はいはい。勝手にどうぞ」
「そんなに強がって、あとで後悔しても遅いんだからね! 寂しくなって、泣きついてきてもダメなんだから」
「そりゃお前だろ。アタシは少なくとも、泣いたりしねーから。ほれ、早く行けったら」
「んもう。ヴィータちゃんの意地悪。じゃあ、行って来まーす」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけてな」

 プリプリと怒りながらも、ドアノブに手をかける頃には、ニカッと笑顔で、なのはは出勤していった。
 毎度切り替えの早いことで、戸惑うこともあるけど、アタシとしては助かる。特に、今のアタシにとっては。
 バタン。玄関が閉まる。
 今日も、出かけのチューは、なかった。


 


 昨日の今日だけど、夜の事があったので、今日も安静にすることにした。
 ただ、オフィスで書類整理をやるのも飽きてきたので、図書室にでも行って、それとなく時間を潰すことにする。
 ああ、なんて優雅な時間の使い方だろう。みんなが汗と埃に塗れているときに、一人のんびりと椅子に座っていられるなんて。
 ライブラリーで、教導隊やらの演習でも見ておくとしよう。
 忘れがちだけど、これでも教官職もってるからさ。たまには勉強もしておかないとな。

「さて。コレも一応仕事だからな。後で言い訳できるようにはしておくか」

 大き目の椅子に深く腰掛け、しっかり背中を預ける。
 抱きかかえてくれるようで、柔らかすぎず、背筋もぴったりするし、腰も痛くならなそうな、座った途端、良い作りの椅子だって分かる代物だった。
 長時間使う人もいて、その人のためだろうけど、あまりに座り心地が良いのも考え物じゃなかろうか。
 だって、このままゆったりしてると、眠っちまいそうだから。
 ……分かってるなら、ゆったり腰掛けてちゃ駄目じゃないか。はあ、自分にツッコムなんて、なんか寂しいな……

「――。――、――」

 目の前で繰り広げられる、教導隊同士の演習に、特に意味もない声を漏らす。
 この人等のマニューバーは、ときに変態染みてるから参考にならない気がしてならない。見てみても、気合が入るどころか逆に気が抜けてしまう。
 いや、それそのものを習えってことじゃなくて、そっから色々引き出して落としていくのが、仕事なんだから、別に構やしないのかもしれないけど。
 するすると、画面を指先で操って、記録映像を次々と流していく。相変わらず、参考になるようなならないような映像が続く。……こんな中に入って、やっていける自信がないな。
 本来の目的を忘れそうになりながら、幾つかめくったところで、ピタリと指が止まった。
 止まったというより、そこに意識が吸い寄せられたというか、引っかかってしまったというか――止められてしまった。

「――相変わらずなこって」

 その白いバリアジャケットに身を包んだ少女は、見事なマニューバーで空を駆け、次々に標的を撃ち落していく。
 直射、集束砲、自動追尾、思考誘導――どれをとっても、射撃型魔導師としては、一つの完成形と言っても過言じゃないだろう。
 それだけのことを、遣って退けている最中だというのに、少女の顔は、厳しさの中にも、歓喜に近い感情を読み取ることが出来る。
 本当に、空を飛ぶことが好きなんだろう。
 これは、誰が見ても分かるだろうか。
 隣を飛んでいなければ、分からないだろうか。
 それとも――伴侶でなければ、分からないだろうか……?

「……自惚れだな、ここまでくると。なのはが空を飛ぶのが好きなんて、ちょっと知ってるヤツならみんな知ってるのに、そんなこと」

 なんで、そんなことを考えたんだろう。
 自分を振り返ってみて、考え付くのは決して多くなくて、その数少ない理由も、言葉には出来ない、あやふやな感じ。
 一つ、強く残っている想いを形にするなら――なのはへの、信頼が揺らいでいることの、裏返しかもしれない。
 最近の行動の端々に、違和感を覚える。決して強くはないけど、だからといって弱くもない。
 そして、何かを隠しているかのような振る舞い。
 違和感の正体が、それじゃないかって、思えてきた。
 なのはは、アタシに何か重要なことを隠している。
 人から見たら、どうでも良いことかもしれないけど、アタシに――若しくはなのはにとっても――とっては、重要な何か。
 そりゃ、誰だって、隠し事や秘密にしたいことの、一つや二つ、あるだろう。
 けど、なのはの隠し事は、そういうものじゃない……気がする。
 でも、その全てが"アタシの思い込み"って領域を出ない。いや、思い込みであって欲しい。なのはが、そんなことするなんて……あり得ない。

「……なにしてるんだろうな、アタシ」

 疑ってばっかりだ。
 いつから、なのははアタシにとって、信用が出来ない相手になったんだ? 気の置けない相手じゃなかったのか?
 この間、信じてみようって決めて。なのはに、信じてって言われたばかりじゃないか。アタシが信じてやらないで、誰が信じてやるって言うんだよ。
 アタシは、アタシはなのはの、なのはの……くそっ、どうかしてる。

「……はあ」

 途端に自分が嫌になってくる。
 夢身が悪くなってから、なにかとなのはが気になって、気になって仕方ない。
 そのせいか、なのはに影がちらつくことに気付かされて、その影が、"気になる"ベクトルを逆方向へ捻じ曲げてしまう。
 気にしない。
 信じてみよう。
 そう決めたはずなのに、些細なことで、直ぐにグラグラ揺れだして、足元が覚束なくなる。

「あれだ、きっと……僻みっぽくなってるんだ」

 何か分からないけど、上手くいかなくて、身体も動かせないものだから、そうなってるだけだ。
 きっと、一種の病気みたいなもんだ。
 美味いもん食べて、ゆっくり寝たら……直ぐに治るさ。
 きっと。


  ◆


 なのはの、演習映像ばかりを見ていたからか。
 何をしても、なのはの影が脳裏にちらついて、どうしようもない。
 ぼんやりしてて、それほどしっかり見てないはずなのに……なんでだろう。

「あ、いけね」

 サボってない口実を、すっかり忘れていた。
 昼休みにでも、なのはに頼んで、昔に作ったレポートかなにか、コピーして貰おうかな……

「ん、誰だ?」

 珍しく、アタシに連絡を寄越すヤツがいた。久しぶりのことで、ちょっとドギマギしながら応答すると、相手は――フェイトだった。

「はい、ヴィータです。どうした、フェイト」
「う、うん。あのね、最近どうしてるかなって、思って」
「最近かあ。……特になんもないぞ。いたって平穏、出動もあんまりないしな」
「そ、そっか。それなら良いんだけど」

 モニタを出しながら、人通りの邪魔にならないよう、壁際に逃げる。
 画面向こうのフェイトは、気持ち表情が暗かったし、声には妙な強張りがあった。
 それは、アタシが嘘をつくことで、一層色濃くなったような気がしたけど、気付かない振りをした。薮蛇になりそうだったし。

「お前もマメだなあ」
「う、ううん。そうじゃなくて、なんて言うかその……」
「ん? 変なヤツだな。最近どうしてるかって、それが気になるの変じゃないだろ? なに気にしてんのさ」
「あ、うん。そうだね、えへへ。何だか、久しぶりで」
「人見知りじゃあるまいし……」

 困ったように、眉を寄せてる。
 何が目的で連絡してきたか分からないけど、まだフェイトは、目的を果たせてないはず。でも、そのために口は動きそうな雰囲気ではなかった。
 早い気もするけど、切り上げるかな。
 別に、フェイトと話したくないって訳じゃないけど、このまま喋ってると、こっちがボロだしそうだし……

「フェイト、そっちは良いのか? まだ休憩時間じゃないだろ?」
「うん。でも、ちょっと暇してたっていうか、時間を持て余してたところで。うん、全然大丈夫だから。若しかして、今忙しかった?」
「あ、いや、そういう訳じゃねえけど。な、なんつーか、その」
「ヴィータ、変なの」

 しまったな。
 せっかく助け舟が出てたっていうのに、それに乗りそこなうなんて。
 他ごと考えてたし、フェイトの顔見てたら、取り繕うの忘れたっていうか、咄嗟に口をつかなかった。
 んー。なんて言って、話を切り上げようか。アタシも、あんまり嘘とか上手くないからな……いや、上手い人が近くにいる訳じゃないんだけど。
 困ったな。昼休みの時間が近づいてきてる。

「あ、あのさ、フェイト――」
「ヴィータ、あのね!」

 思い切りの良い声に、思わず、喉が痞えてしまった。
 まじまじと、フェイトの顔を見つめる。なんだ、そんな真剣な……思いつめたような顔してさ。

「な、なんだよ。お説教なら、聞かないぞ。耳にタコが出来そうなんだ」
「それもあるけど。そうじゃなくて、その」
「……聞くから、ちゃんと言えって」

 嘘だ。正直言って、聞く気なんて、これっぽっちもなかった。
 フェイトが、フェイトじゃなくても、こんな表情してる人間がいうことなんて、大抵碌でもないことだ。聞かないぞ、アタシは。
 考えが顔に出ていたのか、フェイトの表情が段々と渋いものになっていく。なら、好都合だ。そっちがはっきりしないのを理由に、話を切り上げさせてもらおう。

「悪いな、フェイト。休憩前に行きたいところがあるんだ」
「……う、うん。ごめんね、引き止めちゃって」
「気にすんなって。久しぶりだったしな」
「私も。もう少し、時間を作れたら良いんだけど……じゃ、じゃあ、また」
「ああ。バイバイな」

 困り顔のフェイトが、手を振っている。
 やっぱり、何かあったんだろう。話したいことが、話さなきゃいけないことが。
 それを分かっていながらも、アタシは話を切り上げられたことに、ホッとしている。
 フェイトが結局言わなかったんだ。そんなに"大した話じゃない"んだろう。

「……はあ。疲れた」

 大丈夫だと自分に言い聞かせ、とぼとぼと、オフィスへの通路を歩いた。


  ◆


「あ」

 隊員オフィスに着いたところで、見知った背中を見つけ、思わず声を漏らしてしまった。
 失敗だ。
 しかし、一度口を吐いた声を、飲み込むことは出来ない。
 小憎たらしい、軽薄そうな顔がこちらを向いた。

「あら、ヴィータさん、こんにちは。ヴィータさんから声をかけてくださるなんて……明日は雨かしら」
「……最近降ってなかったら、ちょうど良かったんじゃねーの」
「ほほほ、おっしゃる。本局では雨は降りませんことよ」

 うるせえ。ミッドの話だよ。クラナガンはここ最近、雨が降ってねえんだ。

「どうした。まだ、訓練のはずだろ」
「ええ。それが、今日は早めに終了しましたの。ですから、こうして」
「……信用しておく。それで?」
「それで、とは?」
「いや、なんかアタシに用かよ」
「いいえ。ないことはありません。直ぐに作りますから。ですが、どうして? ヴィータさんから声をかけたのに?」

 いっつも、コイツから声をかけてくるものだから、すっかり頭がそっちになってた。

「悪かった、なんも用はない。じゃあな」
「ああ、お待ちになって。それなら、用がありました、というか出来上がりました」
「無理に付き合わなくて良いんだぞ」
「いいえ。ヴィータさんと一緒に居るのに、理由なんてありませんわ。そうでしょう?」
「あ、そう」
「……いけず」

 何が面白くなかったのか、珍しく口を尖らせている。が、直ぐに調子を取り戻し、オホンと、咳払いを一つ、仕切りなおした。

「ヴィータさんは、時空間ネットを使ったりしますの?」
「なんだ。その取ってつけたような、ネーミングセンスゼロのダサい名前は。……ああ、えっと。意識して使ったことはねーぞ」
「でしょうね。さっぱり、噂には疎いヴィータさんですし、使いこなしている姿が、全くと言って良いほど想像できませんもの」
「引っかかる言い方だけど……続けてくれ」

 ――話によると、それを使ったネットワークやらで、ホントとも嘘ともつかない話が飛び交っていて、先日の話も、そこで仕入れたらしい。
 文明が進んでるってことになってるけど、案外やることは変わらないんだろうな。色々な世界が混じってるし。
 アタシ達のいた世界だって、見た目とか環境なんかは、ミッドの郊外ぐらいの感じなのに、区分としては、立ち遅れている世界になってるしさ。

「ふーん。で、それがどうしたのさ」
「ヴィータさんなら、その噂――それが"噂"なのかどうか、ご存知なのではなくて?」

 ニッコリ。いかにも噂好きの、好奇心に目を輝かせる、といった体である。
 この”体である”というのが、厄介この上ない。
 何故か、コイツのそういうところは、読み取れるもんだから、不思議なんだけど……それは置いておいて。
 コレは、慎重に答えなきゃいけない。
 確かに、アタシはそれが”噂なのかどうなのか”を知っている。
 答えは――「No」だ。
 噂なんかじゃない、本当にあることだ。
 本部が緘口令か何かを布いてるんだろうけど、人の口に戸は立てられないということか。
 しかし、流したりすりゃ、直ぐバレそうなもんだけどな。自分の目で見たわけじゃないから、知らないけど。

「どうして、そんなこと聞くのさ。アタシが知らないと思って、親切で教えてくれたんじゃなかったのか?」
「初めは、そのつもりでしたけど……どうも、風向きが違うようでして」
「分かんねえな」
「火のないところに煙は立ちませんでしょ? そういうことです」
「……さあな。面白がってるヤツとか、そういうことを仕事にしてるヤツだっているかもしんないし。大体、噂を知らなかったアタシが、事の真相を知ってる訳ないだろ」

 失敗は……なかったはずだ。
 何が目的なのか、知りたい気持ちもあるけど、下手に突っ込んで、足元をすくわれても嫌だし。
 相手が誰にしろ、この話は"噂以上のことは知らない"んだからさ、アタシは。

「そうですか、それは残念です。あ、そうそう、これ、そこに書いてあった話です」
「……いらねーって」
「まあ、そう仰らずに。ほら、これなんてどうかしら? この辺り、ヴィータさんが結婚した時期の話ですわよ」

 嫌な選び方すんな――そう言いかけた言葉は、喉の奥でつかえてしまう。
 確かに、なのはが結婚を言い出した前後、殉職者が出ている事件が数件あった。
 思わず、差し出されたモニタ上のデータに、意識が引き寄せられてしまう。リストを、更に遡っていき、いくらか目星をつけた。
 目で追っていくうちに、嫌な感じが増していく……

「経験者が多いのが痛手でしょうね。タダでさえ、人材不足が叫ばれていますのに。お陰と言ってはなんですけど、そのために管理局に居られる人が近くに――」
「……それ以上、言うなよ。気にしてんだから」
「あら。お優しいことで。で、話を戻しますけど」
「ったく。……頻発したかと思うと、ぱったり出なくなったり。傾向ってのが、あるのかないのか」
「ええ。しかもこれ、ほとんどアンノウンですって。ふふふ……」
「なにが、面白いんだよ」

 思わず睨み付けた。不快感を露わにしたけれど、視線の高さが違った。

「何かを狙っているかのよう、そう言っているんです」
「言ってねーだろ」
「あら、そうでした?」
「……もう良い。んで、これを見せてどうしたいんだ? 含みのあるような口をききやがって」
「済みません。生まれ持ってのモノですので。でも残念ながら、本当に知りませんわ。残念ながら、私は平局員ですので」
「アタシだって、そんな偉いわけじゃねーし。ん、なにか。アタシが何か隠してるって言いたいのか?」
「いいえ、滅相もない。ヴィータさん、そういうことは不得手でしょう?」

 僅かに持ち上がった口の端、見下ろす視線、軽薄な口調。
 完全にバカにしている。
 なんだ。それでアタシが口を滑らせて、なにかを喋るのを待ってるのか?
 まさか。
 いや、そうだとしたら、こいつはアタシが知っていることを知ってることになる。態度か、なにかから、アタシが嘘をついていると見抜いているって――

「いやん、買いかぶりすぎですわ。私、こう見えて下世話な噂話、大好きですの」
「……殆んどのヤツが、お前を正しく評価してるから、安心しろ」
「ふふふ。理解ある同僚に恵まれて、幸せですわ」
「ファスナー、縫い付けてやろうか?」
「お手柔らかに」

 誤魔化したな。分かるぞ、アタシでも。
 一体何がしたいんだろう。警戒させても、良いことなんて何もないだろ。
 それとも、アタシの一人相撲で、コイツとしては楽しんでるだけとか……いや、そうじゃなくても、命に関わるような事件性のものを、上が隠しているとなれば、気になって当然か……?
 その噂の中に、それを確信させるだけの何かがあんのかな。それなら、興味の一つも……

「それ、差し上げますわ。持って帰って、旦那様とご覧になられたら?」
「い、いやだよ。家では仕事の話はしないんだ。大体、なの――」
「旦那様の?」
「……ちげーよ、勘違いするな。大体な、こういう、飯の不味くなりそうな話は嫌なんだ。お前だってそうだろ」
「なんでも肴にするタイプですの、残念ながら」

 もう、メンテの声は耳に入ってこなかった。
 この間の、なのはの行動を怪しく思った、夜の話が思い出されたから。
 そうだ。
 この、列挙されるだけになってしまった、局員たち。
 一人一人に、生活があって、それぞれの人生があったろうに、今、アタシの目の前にあるのは、名前が、そういう事実があったとして並んでいるだけ。
 この中に、なのはの教え子たちもいるかもしれない。
 覚えていないけど、アタシがちょっとだけ、面倒を見たヤツもいるかもしれない。
 そう思うと……やりきれない。
 違うな。そんなの、とっくに分かってたことじゃないか――

「あら、そろそろお昼休み。どうなさいます?」
「アタシはなのはに用があるから、じゃあな」
「ふふん、見せ付けてくれますのね。夫婦揃ってお昼ですの?」
「今日、アイツは本局にいねーから。残念だったな」
「へえ」

 やけに癪に障る「へえ」だった。
 馬鹿にして、相手を鼻で笑うような、そんな感じ。
 でも、付き合ってなんて、やらない。


 


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