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新婚なの! 13-7 (2)

 朝。目覚めはよくなかった。
 夢見の悪さが顕著というか、全然寝た気がしない。気が休まらないというか、まだ寝てるみたいというか、ずっと起きてたみたいな、そんな感じ。
 なんだろう。
 夢を見ていたのすら分からないけど、見ていたとしても、相変わらず覚えてなくて、ただ何となく感覚として、何かから逃げたいような。でも、夢の中では身体が動かないことが多くて、結局逃げられなくて――そんな気がする。

「顔色、悪いよ?」
「……ん」
「昨日も、寝れて――うん、眠れてなかったんじゃない?」
「……起きたのか?」

 視線を床に落としたままのアタシに、なのはは慌てて否定した。
 慌てぶりからして、起きたんだろう。
 多分、アタシが、この間みたいなことになってたんだな。
 何か、なにか……覚えているはずなんだ。この、身体に染み付いた感覚。これをもたらす、その夢の内容――

「……悪かったな、疲れてるのに、起しちまって」
「ううん! そんなことないったら、ホント。あっ、えっと、私は起きてないから、本当に!」
「わーってるって。お前は、アタシが起さないと起きないぐらいだからな」
「あ、あー。ひどいんだ、ヴィータちゃん。ここ最近は、私もちゃんと起きてるよ」
「そうだったな」
「ホント、ちゃんと寝てたから……」

 どっちを指しているのか分からないけど、黙って頷いておいた。
 なのはは、昨日と同じで、アタシとの雰囲気を保とうとしながらも、なにかの機会を窺っているような、そんな態度を匂わせている。
 それが分かってるなら、どうにかしてやれば良いじゃないか、と思わないでもない。でも、今のアタシには、なのはの裏を読むなんて出来ないし、する気が起きない。
 出来るなら、なにも考えたくないんだ。だって、悪いことばかり――浮かんで来るんだ。だから、嫌だ。
 でも、このままだと、一向にアタシの周りから動こうとしないから、間に合わなくなる。
 頭は重いし、身体はダルいけど、なのはを動かすために仕方なく、ソファーから腰を上げて、洗面所へ向かった。

「行って来ます」
「ああ、気をつけてな」

 今日も何事もなく、なのはは出かけていった。
 そう、"なにごともなく"。
 別に期待もしてないし、して欲しいわけでもないし、寧ろ嫌だから助かってるぐらいだけど、だけど……イヤだな、なんか。
 結局、今朝も黙っているつもりだったのに、ちっとも動かないなのはの為に、なにかと喋らなくちゃいけなかったし。
 ホント、イライラする……自分に。

「結局どうしたいんだろうな、アタシは……」

 何かを隠してる、嘘を吐いてるなのは。
 だから、考えるのも嫌だ。自分が、なのはにそんなことされてるって、そんな風に思いたくないから。そう思う前に、倒れるほど考え込んだくせに、今まで以上になのはのことで、頭がいっぱいになってる。
 それこそ、朝から晩まで、なのはのことを考えてる。
 でも、そればっかりでもない。なのはだけじゃない。そこには――金色の髪の影が、ちらついている。
 なのはのことも、アタシ達の親友のことも。そうじゃないと、そんなじゃないと、何度も言い聞かせてるのに、アタシの頭は、さっぱり言うことを聞かなかった。

「そろそろ出かけるか……遅刻だけは出来ねーし」

 今日は昨日と違って、準備が出来ている。
 でも、家は寒かった。
 息が詰まりそうだし、さっさと出勤することにした。
 何かしていれば、余計なことも考えずに済むだろうし……

「最近、出番なくて悪いな」

 テーブルで、アタシに呼ばれるのを待っているグラーフアイゼン。
 ここ何日か、全く出番がない。全く使ってない訳じゃない……せいぜい、日常生活で役に立つ便利グッズ程度に成り下がってる。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 鉄槌の騎士――今更、恥ずかしく思うこともあるけど、この二つ名が、遠く、懐かしく思えてならない。
 相棒を首から下げ、コートと鞄を持って、玄関に向かった。

「うーん……」

 下駄箱から靴を取り出し、横着せずに履いているところで、ふと、あるものが目に入った。
 ――なのはとの、結婚指輪。
 今になって思えば、コレをつけてから、なんだかケチがつき始めた気がする。
 いや、コレをつけてからってより、結婚してからか――? まさかな。それじゃ、あれからずっと悪いみたいじゃないか。

「いやいや。モノに罪はないし、それに――」

 左手を、電灯にかざしてみる。
 左手の薬指に納まったそれは、今日も変わらず、慎ましやかに光を放っていた。
 色々と、角度を変えたり、手を返したりしてみる。
 完全に馴染んだ。嵌めていることすら、意識しないと分からないほどに。もう、完全にアタシの身体の一部。そう言っても過言じゃない。
 だから――これを外そうだなんて発想、全く浮かんでこなかった。それに……いや、発想があるとかないとか、そんな問題じゃなくて、これは、外しちゃいけないもののような気さえする。
 今更に、あの薄ら笑いを浮かべる同僚の言葉の重みを、身を持って知ったような、そんな気がした。

「――うん、行くか」

 今日も、さっぱり自分の気持ちに整理がつかないまま、出勤することになった。


  ◆


 今日も今日とて、訓練に出かけていく同僚の背中を見送る。
 はっきり言って、飽きた。退屈の虫が鳴き始めて、どうにも退治出来そうにない。
 仕方なく――言い方は悪いけど、まさにそんな気分で――オフィスに一人残り、モニタを立ち上げて、書類仕事を片付けていく。
 ある程度地位も高くなると、自然とこういう仕事も増えていくし、教官免許を取った手前、もたもたしている訳にもいかない。
 必要に迫られて得意になったというか……別に望んで、デスクワークが得意になった訳じゃない。アタシぐらいだったら、数をこなしてりゃ誰だって出来るレベルだし……
 その時だった。
 眺める画面に、一つの便りが届いたことを知らせるマークが灯り、アタシの手を止めた。

「――メンテ、か。なにしてんだ、アイツ」

 ちょうど一段落したところだったし、休憩がてらメールを確認してみることにした。
 文頭から数段にわたって、下らないことが書き連ねてあって、よくもまあ、これだけ思いつくものだと感心するほどだ。だから、読んでやらない。
 斜めも斜め。斜め読みというか読み飛ばしていく視線が、ふと、止まった。
 最近、アイツがしつこく話してた"噂"に関してのことだ。いきなり、なんの脈らもなく、その文言が飛び出してきた。
 ……仕事もせずに、なにやってるんだ。
 眉間に皺が寄るのを感じながら、慎重にページを送っていく。

「…………ふうん」

 公には、任務中の殉職――違法魔導師なんかを相手にすると、ないことはない――となっているものだが、その原因がアンノウンによるものであると、指摘してあった。
 これも、例の掲示板とやらから集めた話なんだろうか。
 下らない――
 そう言い切って捨てるには、どうにも違和感が纏わりつく。
 この"アンノウン"。どうにも、例のガジェットの姿が、そして"アレ"の姿が脳裏にチラついてしょうがない。
 もし、噂とやらが本当なら、それらの関わりを、隠す必要があったんだろうということになる。でも、なんで。
 混乱を招くから?
 失態を隠したいから?
 ……他に理由があるはずだ。なにせ、アタシが思いつくぐらいだしな。

「……もう、良いや。こういうのは、アタシの仕事じゃない」

 そう。アタシのような武装局員の仕事じゃない。こういうのは、それこそ、はやてや……フェイトの仕事だ。
 教えるか?
 いや、こんなことぐらい、必要ないだろう。ただの噂好きの女が集めた与太話、仕事で情報を集めている人間の耳に、入ってないはずがない。
 それに、はやてはともかく、フェイトには……必要ないだろう。

「さて――」
「さて、そろそろお昼にするか。可愛い後輩が帰ってくる頃だしな。今日はさっきのお礼に、お昼を奢ってやろう」
「なっ!?」
「こんにちは、ヴィータさん。お疲れ様です」

 突然の声――しかも、自分の――に振り返れば、いつもとは少し違う姿がそこにあった。
 涼しい顔はそのままに、埃まみれのバリアジャケットには、焦げや裂けなんかの破損がいくつもあって、頬にも擦り傷が出来て、少し血が滲んでいた。
 いや、そんなことはどうでもいい。
 なんで、今ここにお前がいるんだ?
 そんな考えは表情に出ていたようで――あんな声を上げた時点で一目瞭然だけど――、何も言わずとも、それに答えてくれた。

「まだ時間じゃないのに? それは早く終わったからです。この姿をご覧になれば分かるでしょうが、頑張りましたの。次に、どうして気配も感じさせずに後ろに立っていたか? 簡単、いつものことです。私、人を驚かせるのが好きなもので。そして――」
「もう良い。……素早い解答、ありがとな」
「いいえ、お気になさらずに」
「心臓に悪いから、人の後ろに立つのは止めろ、良いな?」

 見上げる顔に、薄く開かれた目は、アタシをバカにしているように見えた。
 態度も口調も、いつも通りだというのに、その瞳だけが"こいつの本音"を語っているように思えてならない。瞼の隙間から見える光が、笑っているように、見えた。
 どういう、つもりだ――?
 普段は小さくて、無視できるような不快感が、爆発的に膨れ上がっていく。

「――おい、ちょっとついて来い」
「お昼を奢ってくださいますの? それでしたら、シャワーを……」
「必要ねえ、今から行くのは訓練室だ」
「あら、どうして?」
「いい加減、お前の性根を叩き直してやろうと思ってさ」

 椅子を蹴って立ち上がる。
 相変わらず背の高いコイツの隣に立つと、顔を見上げるせいで、首が痛い。
 メンテは、そのことすら笑っている気がしてならない。
 ますます、そのにやけた口を、への字に曲げたくなってきた。

「おいおい。どうしたんだよ、二人とも!?」
「お前は黙ってろ。なんなら、一緒に相手してやっても良いんだぞ」
「そういう物言いは……お前! 一体ヴィータになにしたんだ!」
「どうして私が悪者なんですの……心外ですわ」
「じゃあ、違うのかよ!」
「いいえ。あなたにしては素晴らしい判断です」

 訓練室には、人影が疎らで、その他のだだっ広い空間を、熱気と残留魔力がむせ返るほどに満たしていた。
 高揚感がある。
 適度な緊張感に汗が滲んで、動悸が速くなるのが分かる。
 ここ数日、落ち込んでたのが嘘みたいに、力が湧いてくる。心地良ささえ感じるほどだ。
 やっぱり、こうでなくっちゃな。

「このままじゃ、アイゼンが錆ちまうところだったからよ。丁度いい機会だ」
「あら、言いますわね。今のヴィータさんなら、訓練明けの私でも充分でしてよ?」
「ふざけろよ、メンテ」
「ふふん、まさか。ヴィータさんともあろう方が、ランクを目安にする訳でもありませんでしょう?」

 管理局のバリアジャケットに身を包み、愛機を起動させる。
 メンテは、リカバリーを済ませたようだった。余裕といった態度でアタシの前に立っている。特に、構えを取らない。
 フーガと三人娘の二人、その他同じ部隊の連中は、何事かといった感じで、辺りを取り囲み始めてる。
 下手に隊長に報告されないうちに、済ませちまおう。

「カートリッジ、使わないでやるよ」
「お優しいことで。元々、私は使えませんから、これでハンデなしですわね?」
「言ってろ」
「戯言でないことを祈ってますわ」

 特に合図をすることなく、同時に地面を蹴った。


  ◆


「ほほほ。怒られてしまいましたわね」

 決着は数分で着いた。狙ったように相打ちだった。
 多分、メンテがその辺気遣ってくれたんだろう。そんな気がする。
 アタシのアイゼンと、リーチの長いアイツの足が同時にヒットするってのも、中々ないからだ。やっぱ、背が高いって良いよな……
 お互いに怪我したもんで、医務室にいったら、運悪くいつもの先生がいて、無言でゲンコツだった。
 コレが、一番痛かった。マジで。
 今は二人で、珍しくしょげながら、オフィスに向かって歩いているところ。

「くっそー。あの先生、実はベルカ式使えるんじゃねーか? すげえ、痛えもん」
「そういうのも必要になるんじゃありません? 言うことを聞かない患者もいるでしょうし」
「……なんでアタシを見るんだよ」
「それを私に聞きますの?」

 不毛な会話だ、相変わらず。
 でも、"普通"とか"相変わらず"とかって、凄く大切だってことに気付いた。
 誰だったかな。なくしてみて、初めて大切さに気付くとか、言ってたの。
 ……いや、誰も言ってないか、そんなこと。

「昼、すっかり食べ損ねたな……」
「私もです。では、このまま食堂へいきます? 今日もお弁当はないのでしょ?」
「……ん、まあ」
「でしたら、医務室が混んでいたことにしましょ。出動さえなければ、大丈夫ですわ」
「……悪知恵働くなあ、お前」
「ヴィータさん、息苦しくなりません?」
「お前みたいな生き方だと、不安になりそうだ」

 苦笑いしている。
 なんだよ。そんなに変なこと言ったか、アタシ。

「ふふふ」
「な、なんだよ。気色悪い」
「いえ。すっきりしましたでしょ?」
「ん? なにがさ」
「身体を動かして、鬱憤が多少は晴れたのでは? 雰囲気が軽くなってますわよ」
「あ、そう」

 気のない返事をしたけど、言われてみれば、確かにそんな気がする。
 鳩尾の辺りで燻ぶっていた、もやもやしたものが、すうっと、どこかに飛んでいったような、そんな感じ。
 身体も軽くなった……のかな。
 メンテのヤツ、コレを狙ってたのか?
 いや、まさかとは思うが……底の知れないヤツだからなあ。もしそうだとして、陳腐でよくある手だけど。

「お昼、どうします? 少し遅れましたけど、選ばなければ、充分残っていると思いますが」
「そうだな。少し遅くなったけど、昼ご飯にするか」
「では、ご一緒いたします」
「奢ってやるぞ。常識の範囲内で好きなのを選べ」
「私はいつだって、いたって常識人ですが」

 本当に減らず口だ。
 この口をへの字に曲げられなかったのは、大いに心残りだけど、次の機会だと言うことにしておこう。
 とりあえず、あと一年はこの部隊に残るんだからさ。
 ……最低あと一年、こいつと付き合わなきゃいけないのか。はあ……

「どうしました? ゲッソリして」
「なんでもねー、腹減ってきただけだから」
「そう、ですか。では、早速参りましょう!」
「あー、引っ張るな引っ張るな!」

 強引に引っ張られて、足が追いつかない。
 背が高い分、足も長くて、その一歩が大きいからアタシは追いつくので必死だ。
 ちぇ。気遣いの出来ないヤツは嫌いだ。アタシは具合が悪いんだぞ。
 その辺、なのはとフェイトとは雲泥の差だな。

「二人きりのランチというのも、乙なものですわね~」
「……ああ。ありがとな、メンテ」
「ん? なにか仰りました? ヴィータさん」
「んーん。なーんも言ってねー」

 振り返りもせず手を引くメンテに、ほんの少しだけ感謝した。


 


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